2014年12月28日日曜日

実際には、水銀を海に流した企業の責任者のような親がいる

これ、二回目だから、簡単に説明しておく。家族がらみの問題だと、すぐに、愛情と憎悪、依存と自立という項目を並べて問題を説明しようとする人たちがいる。けど、純粋に、愛情ではなくて、憎悪の問題もある。憎悪にはかならず愛情が伴っているという文脈で、「他の人の問題」を解釈しようとする人たちがいるけど、違う。「他の人の問題」と言ったけど「他の人の、家族の問題」だ。自分の家族について考える場合は、いいのである。どうとでも解釈してくれ。それで、自分の気持が楽になるなら、どうとでも解釈してくれ。しかし、ほかの人のことは、解釈しなくていいよ。愛情が伴わない憎悪だってあるのだから。

たとえば、ある企業が、有機水銀を海に流したとするだろ。それで、有機水銀を取り込んだ魚を食べた人がいるとするだろ。その魚を食べた人が、神経をやられて、寝たきりの生活になったとするだろ。その場合、魚を食べて寝たきりの生活になった人が、企業に対して、愛情を感じるかということなのだ。愛情なんて感じないだろ。憎しみだけだろ。「どうしてくれるんだ」という気持ちだけだろ。けど、それが、親と子、ということになると、すぐに、愛情という話が出てくる。

「どうしてくれるんだ」とこだわっているのは、依存心からじゃないだろ。「人は、思い通りに動かない。だから、人にはなにも期待しない」などと涼しい顔をしていられるだろうか? そりゃ、障害が残らないならいい。けど、障害が残ったらどうだ? その障害のせいで働けない。その障害のせいで、恋愛ができない。その障害のせいで結婚ができない。その障害のせいで、人並みの暮らしができない。ただ、苦しんで、寝そべっているだけ。なにも悪いことをしてないのに、自分だけそういう状態になったら、恨むだろ。

有機水銀で、動けなくなる人は、実際にいた。だから、その人一生はどうなってしまうんだというような疑問は、あった。僕はずっと、その人の一生はどうなってしまうんだろうと考えていた。で、その障害だって、有機水銀でその障害が生じたという確かな証拠がないと、証明できないんだぞ。原因不明の病気ということになってしまう。まあ、有機水銀で確かにそういう障害が生じるということが、確かめられたから、その問題はいいとしよう。けど、そういう、余地があるということは、覚えておけと言いたくなる。関連性を証明できなければ、言いがかりだと言われる余地がある。あるいは、はっきりしない病気であるなら、「気のせい」とか「自己責任」といわれる余地があるということを、覚えておけ。

有機水銀と障害との関連性が確かめられたから、寝そべっていたって、「だれだって、働くのは苦しい。けど、みんな、我慢して働いている。寝そべっているのは甘え。寝そべっているのは、怠け者だから。しゃきっとしろ」などと言われることは、ない。たぶんないだろう。けど、人によっては、……有機水銀と障害の関連性を認めていない人にとっては、寝そべっている人は、「甘えて、自分の人生を生きようとしていない人」なのである。これ、有機水銀を摂取したことによって生じる様々な障害については、「病気」だと認定されたからいいけど、「原因不明」のままだったら、どうだ? 「病気じゃないのに、そんなのはおかしい。シャキッとすれば、シャキッとできる。シャキッとできないのは甘え」と言われる可能性が出てくる。

まるまるXXXX病って、いまは、病気として認定されている病気があるんだけど、その病気は普通の健康診断では、チェックできない病気だ。けど、その病気にかかった人は、だるくてだるくしてしかたがないというような症状や、少し動くと疲れてしまうというような症状が出る。こういうばあいだって、「怠けている」「甘えだ」と言われる可能性が出てくる。「労働することの意味がわかってない」などと説教される余地が出てくる。病気として認定されていなければ、そういうふうに言われる可能性のほうが高い。可能性が高いというよりも、病気として認定されていなければ、……その病気だということが、わからなければ、完全に、そう言われる。けど、そう言われても、「だるい状態」「疲れやすい状態」は変わらない。そうすると、「生きがたい」という悩みが生じる。

まあ、「生きがたい」という悩みの話はいいよ。けど、俺が言いたいのは、「愛情とからめるな」という話だ。有機水銀の話に戻せば、やられた人は、企業の責任者に対しては、憎しみしかない。愛情なんてない。働けなくなったから、生活費を出せ」と言っても、「依存」の問題じゃない。俺は、企業は、ちゃんと賠償するべきだと思うよ。それから、かりに、生活費を出したとしても、その人の一生は返ってこないんだよ。だから、生活費を出せば、それで、いいという問題じゃない。それで、責任をとったという問題じゃない。……けど、その人一生というのは、返せない。もとに戻すことができない。だから、それに関しては、慰謝料を払うべきだと思うよ。もっとも、慰謝料をもらっても、「やられた人」がそれで、ゆるせるかどうかはべつの問題だ。はっきり言えば、慰謝料をもらったあとも恨んでいいと思う。けど、これが、「慰謝料をもらったのだから、恨むべきではない」というような、アホなことを言う奴がいる。

まあ、それに関しては、またべつの問題だからな。いいや、同じ問題か? けど、なんというのかな、水銀を海に流した企業の責任者が「親」、その結果障害を背負ってしまった人が「子」というようなことになると、たちまち、「愛情」という問題にすり替えようとする奴が出てくる。こいつらは、「憎しみ」「憎悪」があれば、その裏にはかならず、愛情があると言い張る。「親」と「子」という単語が出てくると、「憎悪」だけではなくて、「憎悪と愛情」の問題にしてしまう。

けど、実際には、そういうのがいる。だから、そういう場合は、「憎悪」を感じて当たり前なのである。「愛情」を感じなくて、当たり前なのである。ここのところがわからないやつがいる。そういう人は、たぶん、そういうふうに考えて納得したいことが、あるのだろうと思う。で、そういうふうに考えて納得したいのは、別に問題はない。自分のことであればな……。自分自身にだけ適応される考え方ならな……。けど、こういう人は、一般化して、例外なく「そうなのだ」と言いたがる。例外を認めない。「水銀を海に流した企業の責任者のような親」がいるということを認めない。全部、自分が理解したい、あるいは、納得したい文脈に合わせて、解釈しようとする。で、何回も言うけど、その解釈は、自分に対して行うならいいけど、他の人に対して行うなということだ。そうではないばあいがあるからだ。
























2014年12月27日土曜日

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を静かにさせることができないなら、僕の人生は、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、まったく良いことにならないことは、決まってたんだ。小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合、僕の人生はない、ということが決まっていた。そして、小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に、静かにさせることができなかった。だから、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、自分の人生がなかった。自分の人生をつかむことができなかった。

ぼくの方は、きちがいヘビメタ騒音対抗で、二四時間中、二四時間、爆発的な怒りと、疲労と不安を抱えて、苦しかったのに、きちがい兄貴の方は、まるで、一日に一分しか鳴らしていないような気分だったのだろう。そのくらいに、気にしてない。どれだけなにを言っても、気にするということができない。いま住んでいるうちでなら、言われれば、普通に気にして、やめたはずだ。それで、文句はないはずだ。けど、「うち」では、絶対に、一分だって、「やめてやる気持ち」になれなかったのである。だから、入学試験本番一週間前だろうが、一週間、ずっと、普段通りに鳴らし続けた。絶対にゆずってない。……このゆずった」というのが、クセモノなんだよな。きちがいだから。本当に、一分でも、〇・一デシベルでもゆずってやったら、「ゆずってやったゆずってやった」「なんだ!なんだ!!がたがた言ってくると、もっと鳴らすぞ」「なんだこんにゃろう、人がせっかく鳴らしているのに、がたがた言ってきやがって」という気持ちになる。だから、入学試験前日に、一二時間鳴らせるなら、十二時間普通に鳴らしていた。それが、きちがい兄貴の本当の姿だ。きちがい兄貴が、嘘をついているのは、そういう態度鳴らしたということが、自分にとって不都合なことになったから。で、これは、現在の状態なんだけど、鳴らしている時からそういう態度はあった。そういう態度で、がめつく、一分も、本当には静かにすることなく、自分の意地を通して、鳴らしたのである。で、後のことは、まったく感知しないのである。知ったことじゃないのである。だから、鳴らしたんだけど、それにまつわる責任みたいなものは、一切合切ない。どれだけなにを言われても、鳴らすんだけど、それは、他の人がやっていることなのである。あたかも!他の人が鳴らしていることで、自分には関係がないという、態度なのである。そういう態度を、全部の時間鳴らしながら、とる。そういう態度、そういう感覚なのである。だから、「自分」に言われても、「自分」のことじゃないのである。あるいは、自分がやったことじゃないという感覚が成り立っているのである。血相を変えて、どれだけ言われても、首を縦に振らず、すべての時間、自分が思った通りのでかい音で鳴らしていたのに、「そんなのは、知らないこと」なのである。そういう態度だ。頭がおかしい。きちがいおやじの十倍ぐらい、頭がおかしい。……けど、そういう奴が……そういう兄貴が……他の人の前では、普通の人間なのである。「うち」でだけやりやがった。十五年間毎日、うちでだけ、頑固に頑固にやりやがった。十五年間やり切ることができれば、……実際にできたら……それは、自分がやったことじゃないのである。だから、知らんぷりだ。で、本当に、そういう態度で鳴らしてたよ。鳴らしながら、自分がやっているような態度じゃないのである。どれだけ言われても、ほかのやつが鳴らしてるんだから俺に言ってくるなというような態度全般なのである。……言い表すならば……。





2014年12月23日火曜日

普段から、破滅感がある。足引っ張られ感」がある

ともかく、普段から、破滅感がある。足引っ張られ感」がある。常に、足を引っ張られている感じがする。どの時間のあいだも、きちがいヘビメタが鳴っている……鳴っていた。だから、一秒と一秒の間、瞬間と瞬間のあいだ、きちがいヘビメタの騒音の攻撃を受けている。やまない攻撃を受けている。瞬間瞬間、ずっと、攻撃を受けている。あの時の、頭のまとまらなさとか、持続した腹立ちとか、とてもじゃないけど説明がつかない。だから、その時、「やめてくれ」「静かにしてくれ」といっただろ!!!! きちがいだから、目を三角にして、認めなかっただけ。

俺は、さんざん言ってた。きちがい兄貴がきちがいだから、きちがい的な意地で、やり続けた。全部の時間、鳴らさなければ気がすまないような状態になっていて、実際にそういうことを押し通した。全部、きれいに、……しつこいけど、全部、押し通すことができれば、「自分は静かにしてやった」と思ってしまう。これも、あやしいけどな。ものすごくあやしい。きちがい兄貴が、静かにしない形で、静かにしたと思ったのは、たぶん、ヘビメタ騒音歴一〇年以降の話で、ヘビメタ騒音歴一年、二年、三年、四年、五年、六年、七年は、そういうつもりすら、頭に浮かばなかったと思う。そのくらいに、無視が、徹底している。

俺のいっていることの無視と、自分が意地を通して鳴らし続けたということの無視。どれだけ、全部の時間、自分が意地を通して、鳴らし続けたとしても、なにも浮かばないのである。「自分はなるべく静かにしてやった」というような言い訳すら、浮かばない。そういう徹底した無視だ。「できるだけ静かにしてやった」とか言い出したのは、鳴らし終わってから何年も経って、嫁さんに、自分がやってきた「しょぎょう」を知られたから、そういうふうに言ってごまかしたのがはじめだと思う。だから、そういうごまかしをする必要がない状態では、そういうことは、考えすら、浮かばない状態なのである。そういう「無視」で、首を縦に振らず、鳴らし続けた。これが、一五年間の、……少なくても、一〇年間の真実だ。

「うち」にいるあいだは、「よそ」の人がいないから、「言い訳をする」必要すらなかった。だから、「できるだけゆずってやった」というような嘘の考えも、まったく浮かばなかった。毎日全部、同じように、どかすかずっと鳴らしているだけだ。今、午後九時〇八分だけど。この時間も鳴ってたぞ。




2014年12月19日金曜日

「これなら、シャバに出て行けるかな」と思うんだけど、それは、長くは続かない。

なんとか、通常運行になったけど、二、三日前は、きつかった。
普段から、鬱でだるい状態なんだけど、本当にきつくて、寝てばかりになってしまう時がある。こういう日は、本当に、二〇時間ぐらい、横になっている。二二時間ぐらいか。ともかく、簡単なものを食べて、あとは、ぐわーっと横になってしまう。で、横になっていても、楽じゃないんだよ。この「楽じゃない」というのがきつい。だるくて鬱で、ヘビメタ騒音の記憶がいっぱいよみがえってくる。将来に対して、ものすごく悲観的なものの見方しかできない。ともかく、苦しい。体がきついんだよな。

まあ、ともかく、普段より、きつくなる時がある。普段も、きついんだけどね。ときどき、相対的にはからだが苦しくない時があって、その時は「これなら、やっていけるかも」「これなら、シャバに出て行けるかな」と思うんだけど、それは、長くは続かない。

普通の時、……今は普通の時なんだけど、そういう時も、いろいろな後悔が浮かんでくる。これは、「こういうことを言うべきではなかったか」というような後悔で、相手に対して自分がしたことを後悔している。「そういうつもりじゃなかった」というのがある。たとえば、ある人妻に対して、「人妻と付き合うつもりはないから……」ということを、言ってしまったんだけど、他の人がいるところで言うべきじゃなかったとか。あれは、恥をかかせてしまったんだろうなって思う。けど、本人はともかく、旦那さんとかさ……あとで、出てきて、金を出せとか言われたら、いやだからさ。防衛にまわってしまった。過剰防衛なんだけどね。ともかく、あそこで言うべきじゃなかったんだよな。ちょっと配慮が足りなかった。

ともかく、いろいろと、「人を傷つけたんじゃないか」というような気持ちが襲ってくるときがある。で、そういう記憶が、細かい。ひどいのになると、三〇年前とか四〇年前の、ものすごく細かい記憶が襲ってくるときがある。なんらかの関係で、思い出しちゃうんだよな。いま視ているものや、いま考えていることの、関係で、なんか、ひらめくように、いろいろな細かい記憶を思い出してしまう。本当、自分で細かすぎると思うのだけど、ものすごく、細かい記憶が鮮明に思い出される。……で、なんか、それについて、反省しているというか……「こうすればよかったのかな」と考えている。ヘビメタ騒音が始まってからは、なんというか、ヘビメタに押し出されて……「そういうことになってしまう」ときがある。友だち関係でも、いろいろあった。



2014年12月17日水曜日

朝から晩まで鬱。晩から朝まで鬱

やっぱり、激しく鬱なんだよね。朝から晩まで鬱。晩から朝まで鬱。二十四時間中二十四時間、ずっと鬱。ヘビメタ騒音が鳴っていた時間帯は、ヘビメタ騒音が鳴っている感じの鬱で、ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯は、ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯の鬱。ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯も、「きのう」のヘビメタ騒音で、鬱だった。これは、気持ちの問題ではなくて、体が、本当にだるいのである。これ、もう、絶対、他の人に通じないんだけど、だるくてつらいのである。「鳴っている時間」だけ苦しいわけじゃなくて、鳴っていない時間も、全部通して、苦しい。ヘビメタ騒音で苦しい。どうしてそういうことになってしまうかというと、一日にかならず、六時間四十五分はなることに鳴っているからなのだ。一日に六時間以上、あの音にさらされると、他の一八時間も強烈にだるくなる。土曜日は一〇時間、日曜日は一二時間、夏休み、冬休み、春休みは一四時間鳴らされる。


2014年12月15日月曜日

本当に、異物感ありありだな。きちがいのかたまりだな

本当に、ヘビメタ騒音なしの人生を生きたかった。きちがい兄貴が、いなかったら。きちがい兄貴がヘビメタ興味を持たなかったら。きちがい兄貴が、ヘビメタに興味を持ったとしても、普通に静かにしてくれる人間だったら……。全部、仮定の話。全部、事実とは違う話。……むなしい。こんなところで、ひとりで、こんなことを、タイプしている……むなしい。きちがい兄貴は、やり切ったから、普通に暮らしているんだよ。絶対に自分の意志?意地を曲げなかった。だから、きちがい兄貴が、いまさら、いいわけとしても、「できるだけ静かにしてやった」とか言っているとしたら、ゆるしがたいことだ。本当に、そういう態度で、鳴らしてきたんだよな。絶対にゆずらずに鳴らすんだけど、「つもりがない」。「静かにしてやった」と思っている。この、「静かにしてやったと思っている」というのは、嫁さんに確認しないとわからない。もし、本当にそう言ったなら、本物のきちがい嘘つき。けど、何回も言っているけど、そういう意識で、ぎちぎちに、頑固に、全部の時間、どでかい音で鳴らしたんだと思う。あれ、本当に不思議な意識だ。もし、本当に、「静かにしてやったと思っている」と思っているとしたら、本物の、きちがい。自分の記憶を、書き換えている。けど、本当に、鳴らしている時から、……頑固に、絶対にゆずらずに鳴らしている時から、毎日、毎分毎秒、そういうつもりだったのかもしれないという感じがする。本当に、異物感ありありだな。きちがいのかたまりだな。どれだけの頑固さで鳴らしたと思っているんだよ。ちゃんとゆずってくれたことなんて一回もない。




2014年12月10日水曜日

行く段になって、ものすごく滅入る

ものすごく、光にあふれた部屋の中で、俺は、常に、破滅・破綻を感じている。あの日の破滅感が、繰り返している。あの日々のといったほうが正確だな。本当に、毎日毎日、何年間続いたと思っているんだよ。きちがい兄貴。おまえ、本当に、ギャグじゃなく、まったく、ゆずらなかった。本当にきちがい親父と同じ。絶対にゆずる気がない。絶対に、ゆずれない。一分だろうが、自分が本当に我慢してゆずったら、不満で不満で不満で、腹が立って腹が立って腹が立ってという状態になってしまう。だから、一切がっさゆずらなかった。十五年間にわたって、一切合切ゆずらなかった。これが、本当のおまえの姿だ。で、意地を張ってやったわけだから、わかっているはずなのに、わかってない……ということになっているらしい。これは、本当に信じられない。けど、……けど、最初から最後まで、そういう態度なんだよな。

いまの態度というのは、「そんなの知らなかった」というような態度なんだけど、やっている時から、やっているそばから、そういう態度だ。どれだけ、しつこく怒鳴りこんでも、きちがい兄貴、おまえが認めなかっただけだろ。どれだけなにを言っても、通じない。この通じなさが、ひどすぎる。頭がおかしい。こいつにくらべたら、「荒らし」なんて、子供みたいなものだ。何万回も言われて、何万回ももめているのに、「知らなかった」という態度で鳴らし続ける。今は嫁さんのような「外部の人」がいるから、「外部の人」の前で、嘘をついている。これも、嘘をついている認識があるのか、嘘をついていない認識があるのか、わからない。そりゃ、「くちをきいたことがない」からな。

家族会議のテーブルにつけ、と言われるのが嫌なんだよ。だから、家族会議のテーブルにつけと言われる日は、家族会議のテーブルにつけと言われていることを無視して、自分が鳴らせる時間、普段通りに、できるだけでかい音で鳴らしている。きちがい兄貴が鳴らしているおと言うのは、普段から、限界的にでかい音だ。本当にひどい。直撃で俺がやられた。本当にひどい。あんなの、本当にひどい。まあ、音のでかさのことは、横においておく。いまは、家族会議の話だ。家族会議に出ると、「静かにしてやれ」と言われるので、無視して、一日中、普段通りに鳴らしている。……そういう状態だ。だから、入学試験3ヶ月前から「交渉」しても、席につかない。テーブルにつかない。で、席につかないあいだ、全面的に静かにしなければならないという状態だったら、いいのだけど、全面的にうるさくしたままだから困る。だから、交渉しているあいだずっと、普段通りに、やられている。入学試験が近いからやめろと言われても、やめないやつが、普段、普通の日に静かにすると思うかよ? 思わないだろ。だから、静かにしてない。けど、きちがい兄貴は、フルの音で、すべての可能な時間、全部鳴らして……全部、非常識などでかい音で鳴らして……特になにもしたつもりがないんだよ。「全部の時間鳴らすのがあたりまえだから、全部の時間、鳴らしている……それでいいだろ」という態度なのだ。で、そういう態度が、どれだけなにを言われても、崩れない。だから、「そんなつもりじゃなかった」とか「そんなの知らなかった」と嫁さんの前で言える。「嘘をついているつもりがないまま」そういうことを言える。頭がおかしい。で、そういう態度で鳴らしてた。で、絶対に、一分もゆずらなかった。一分だって、自分が鳴らせる時間に、スイッチを切って我慢しやるということはしなかった。だから、ゆずらなかった。これ、きちがい兄貴も、きちがい親父と同じだから、「ゆずらなかった」と言われると「ゆずったゆずった」なんて話になる。鐚一文、絶対にゆずってやらなかった……鳴らせる時間は全部使って鳴らしした……有効な範囲まで音を下げたことは一分もないというのが、きちがい兄貴のやったことなのである。けど、「そんなに鳴らしてたのか?」って、嫁さんのような「外部の人」から聞かれると、「そんなんじゃない。そんなんじゃない」って言う。これ、嘘。けど、きちがいだから「嘘をついているつもりがない」かもしれない。それがわからない。ともかく、現実としては、俺が言っていることが一〇〇%正しくて、それは、当時俺の部屋に入ったことがある三、四人の友達が証言してくれる。

もっとも、一五年間もきちがいヘビメタを鳴らされて、そういう友達とも、すっかり疎遠になっちゃったけどな。これも、不可避的に疎遠になる。浪人しているような格好が悪い状態で、成人式とか行く気になるか? 人生がまったく開けてないのに、宙ぶらりんな無職状態なのに同窓会に行く気になるか? ただでも、きちがいヘビメタ騒音に一五年間も毎日やられて、日々、暗い気持ちで暮らしているんだ。そんな集まりに出る気になるか? なるわけないだろ。

きちがいヘビメタに一五年間やられて、人生がない状態の気持ちなんて、他の人には、絶対わからない。それは、なんか、壁として感じてきた。それから、行く段になって、ものすごく滅入るんだよ。これは、別に同窓会とかじゃなくて、オフ会でも、面接授業でも、ただ単に(事情を知っている無職の)友だちと会うという場合でも、ものすごく滅入る。

ヘビメタ騒音ですっちゃかめっちゃかだった、朝の気分……ひきつった気分そのままだ。俺は、七年間、そういうすっちゃかめっちゃかな気分に耐えて、学校に行ってたんだ。どれだけ耐えて頑張っても、毎日、苦しさが積もっていくだけだ。憂鬱が積もっていくだけだ。腹立ちが積もっていくだけだ。どうしょうもなさが積もっていくだけだ。我慢して我慢して、頑張って頑張って、そういうものを、ためこんでしまう。……ためこんでしまうからだめなんだということにもなるかもしれないが、きちがいヘビメタ騒音が平日七時間、休日一二時間鳴っているような状態だと、どれだけ気にしないようにしても、体が不可避的にそういう状態になる。精神が不可避的にそういう状態になる。だから、そういう状態になる。それも、頑張って、克服して、耐えて、学校に行く。そういうことを毎日、何年間も繰り返していた。きちがいヘビメタがなければ、……毎日のヘビメタ騒音がなければ、俺はこんなことになってない。そんなに辛い毎日であるはずがない。普通に普通の気分で暮らせていた。そりゃ、学校に行って人と付き合っていれば、不愉快なこともあるだろうし、頭にくることもあるだろう。憂鬱なやりたくないことをやらなければならない場合もあるだろう。けど、きちがいヘビメタ騒音が最大限の音でずっと鳴っている暮らしとは、ぜんぜんちがう。根底からちがう。けど、普通の人にも、きちがい兄貴にも、きちがい親父にも、そういう部分が見えないから、俺が勝手に、ダメになっているようにしか見えない。本当に、きちがい兄貴、なにをどれだけ言っても通じない。「そういう音で鳴ってたら、困るだろ」というのがまったくなにも伝わらない。入学試験前日だろうが、伝わらないのだから、普段の日に伝わるわけがない。今になれば、外部の人前で「そんなにしらなかった」ということになるのだろうけど……そういう嘘を、抵抗なく、つけるのだろうけど、それは、きちがい兄貴が無視しただけだ。どれだけ何回言っても、きちがい兄貴が無視した。どうして無視したかというと、もし認めてしまえば、自分が本当に静かにしなければならないからだ。本当に静かにするのは、死んでも、一分だって、絶対に嫌なのである。嫌な状態なのである。で、そういう、自分の気持ちに気がついていたはずだ。しらばっくれているけど、本当は、知っているはずだ。根本のところでは知っているはずなんだ。で、きちがい兄貴が気楽なのは、全部、無視してやることができたからだ。実際に、静かにさせられたことがない。自分が、鳴らさないで我慢する……鳴らさないで数時間我慢するなんてことを、絶対にやらなかったからだ。だから!!!!!気付いてない。だから、ぎゃくに気付いてない。これ、本当におかしい。意識的な部分ではともかく、無意識的な部分は、知ってたはずなんだ。「頑固に無視して、やったってやてっない」状態にしただけ。「全部、やり切っても、まったくやってないのと同じ」なのである。自分の意地を押し通して、一分だって静かにしてやらなかったというのが本当の話なのに、きちがい脳内変換で、「できるだけ静かにしてやった」ことにしてしまう。嘘だね。本当にきちがい。きちがいなら、きちがいの意地を押し通してもいいかというと、そうではないと思う。本当に、「さんざんやり切って、つもりがない」とか、頭がおかしい。どれだけもめたと思っているんだよ。






2014年12月7日日曜日

何千日も邪魔されて、嫌だったよ

けっきょく、俺だけの「気持ち」なんだが、何千日も邪魔されて、嫌だったよ。何千日も勉強の邪魔されて、嫌だったよ。何千日も、より良く生きることの邪魔をされて嫌だったよ。進学や就職で、自分の駒をすすめるとき、きちがいヘビメタ騒音のハンディが重くて、嫌だったよ。もう、本当に嫌だ。しかし、「嫌だ」と書いても、本当のところは、俺以外の人にはわからない。

あの虚しさが、出てくるんだよね。いつも出てくる。だから、横になっている時も、起きている時も、出てくる。俺は、騒音生活の、続きを生きている。すべてのことで、取り返しの付かないハンディが生じてしまった。人生の大問題だ。けど、きちがい兄貴は、やっているさいちゅう、弟に人生的な問題を押し付けているなんて言うつもりはないんだよ。今だって、そういうふうには思っていない。自分は、やっていいことをやっているだけ、という気持ちしかない。あるいは、そういう気持ちすらない。ようするに、あまりにも、当たり前で、まったく悪いことをしているつもりがない。どれだけなにを言われても、やっているつもりがない。絶対に、静かにしてやらない……自分の意志で静かにしてやらないのだけど、それこそ、絶対に、つもりがない。どれだけなにを言われても、どれだけもめても、つもりがないまま、鳴らし切る。……鳴らし切ることは、もう決まっいて、言っ位合切変えるつもりがない。途中で、やめてやるつもりなんて、まったくない。七時間鳴らせるなら、七時間やりきる。それで当たり前。がたがた言ってくるほうがおかしい……そういう気持ちしかない。「静かにしろ」「静かにしろ」と言ってくるほうが、おかしい。だから、そんなの無視して鳴らすけど、それでまったく問題がない……という態度だ。で、そういう態度のまま、一五年間毎日、過ごしてきたんだよ。どれだけなにを言われても、認めない。認めないということも認めない。「どれだけ鳴らしたっていいだろ」という態度だ。全部の時間、自分が思ったように、でかい音で鳴らし切ることに、命がかかっているのに、それを認めない。気軽にやっているんのである。知らないで気軽にやっている状態だ。けど、絶対の意地で、認めない。やめようとしない。

あいつは、何十年間もそういうまま、なんだよ。それで、毎日僕の、一日が、潰れていく。つぶれていく。このつぶれていくというのは、本当に無意味につぶれていくんで、つぶれたけど、プラスマイナスゼロだということではない。つぶれたうえに、いのちと才能の表出が削られていく。ダメな人になってしまう。




2014年12月2日火曜日

自分が、どれだけ、きちがい親父に頭を押さえつけられたか!

ヘビメタ騒音にやられても、七年、一四年頑張ってきた俺が、どうして……いまさら、そんなわかったようなことをいわれなければならないのか?と思う。本当にすべてがゆるしがたい。きちがい兄貴さえ、ヘビメタに興味を持たなければ、……そもそも、きちがい兄貴がいなければ……そんなことをいわれないで済んだ。何万回の俺の努力が、全部無駄になっている。努力と言っても、平地で……いわば普通の状態で努力しているのとは違う。きちがいヘビメタ騒音の中で努力している。こんなの、腹痛をこらえて走っているようなもので、ぜんぜん、努力の意味が違ってくる。前向きで、力になる努力じゃなくて、体を壊す悪い努力だ。けど、そういう努力しかできないだろ。鳴ってないわけじゃないのだから。ずっと鳴っているのだから。……そりゃ、鳴り止めばいい。そりゃ、鳴り止めばいいのだが。

毎日、全部、成長期にそんなことをされていいわけがないだろ。きちがい兄貴は、何年、毎日やっても、それでいいと思っている。で、「それでいい」と思って、きちがいヘビメタを鳴らす。一日に一四時間鳴らせるのであれば、かっちり、一四時間絶対に鳴らすわけで、一分だってゆずらない。それが、中間期末試験中だろうが、入試本場一週間前だろうが、容赦なく、鳴らし切る。……普通に考えていいわけがないだろ。そんなこと、されて、いいわけがないだろ。けど、きちがい兄貴は、切れてるきちがいだから、それで、ゆずってやったと思っているようなところがある。本当に、きちがい親父を無視すると決めた時に、俺のことは無視して、一切合切、気にしてない。気になしくても、いいのである。そういう権利があると頭から思っている。だから、普通に言えば、わかることが、絶対に、どれだけ、何万回いわれようが、……わからない。で、わからないから、いい。わからないから、気にしてない……だから、悪気があってやっているわけではない……だから、全部やり切っても、特に悪いと思わない……というような、きちがい的な感じ方があって、「認めない」。あんな音で一日に、何時間も鳴らされたら、困るだろ……それが通じない。自分は鳴らしていいと思っている。一分間ゆずるとしたら、自分が、一分間ゆずってやりたい時だけゆずればいいと思っている。そして、実際に鳴らしだすと、一分間ゆずりたいという気持ちがなくなる。実際には、一分間でも、ゆずりたくないわけで、「ゆずってやりたくなる」ことがない。だから、ゆずらない。けど、それでもいいと、こころの奥底の奥底で思っている。それが、「無視」している態度だ。で、この「無視」している態度に、本人だけは!!!無頓着なのだ。いわば、無視している態度を無視している。あったってないことにしている。本人は、気楽だ。そりゃそうだろう。やりたいことを思っきりできるのだから。

自分が、どれだけ、きちがい親父に頭を押さえつけられたか!!!!という気持ちがある。きちがい親父をど・か・し・て、せっかく、おもいっきり鳴らしているのに、「やめろやめろ」「静かにしろ静かにしろ」「鳴らすな鳴らすな」と言ってくる。……「なんだこんちゃろう」という気持ちしかない。こっちが困ることは、一切認めないのである。で、細かい時間も全部使って、全部の時間、きちがい的な音でヘビメタを鳴らし切る。鳴らしている時に、「鳴らすな」と言われれば、気分が悪くなる。「むっ」とくる。それだけ。むっときて、ガチャガチャ、ドカスカ、きちがいヘビメタをかき鳴らしておしまい。それだって、「静かにしてやりたくなった時だけ、静かにしてやればいいのだ」と思っているから、相手の制止を無視して、鳴らしても、なにも感じない。まあ、本人が怒るだけだ。そういうことの繰り返しで、毎日、七時間から、一四時間鳴らしてきた。

ともかく、きちがい的な意地があって、認めない。それで、ずっと毎年毎年、毎日毎日、毎分毎秒、ずっと弟の人生を邪魔してきても、なにも感じない。本人は、なにもしてないつもりだ。入試の前に、「静かにしてくれ」と頼まれても、上に書いてきたような気持ちがあるから、「静かにしてやりたい時だけ静かにしてやればいい」という考え方があって、実際には静かにしない。そりゃ、「静かしてやりたくない場合は、静かにしなくていいということだからな。静かにしてやるとしたら、自分がやりたいかたちで静かにしてやる……それでいいだろ……ということろがある。「それじゃよくない」と言っても、絶対に認めない。それは、絶対に認めない。きちがい兄貴の「静かにする」というのが鳴らさないで静かにするというのではなくて、強烈な音でどかすか鳴らしたまま、本人の思っいきり鳴らしたい気持ちが傷つかない程度に、静かにしてやるということだから、実際には静かにならない。テストの前日、一二時間鳴らせるなら、絶対に一二時間鳴らすわけで、これは、入学試験でも同じだった。なおさら、中間期末試験なんて、眼中にない。どれだけ、試験中に、……試験前に静かにしてくれと言っても、一日の「鳴らす量」というのがかわらない。だから、静かにしてない。けど、きちがい兄貴にしてみれば、たとえば、一二時間五分鳴らせる日に、一二時間100%の音のでかさでどかすか鳴らして、五分間、九九・九%の音のでかさで、鳴らしてやったら、……鳴らしたら……最大限ゆずってやった……ということになってしまうのである。だから、「ゆずってやったゆずってやった」ということになる。「出来る限りゆずってやったのに」後から後から「静かにしろ」「静かにしろ」ってなんだ!!!!!!と怒る。逆上する。不愉快な気持ちになる。そんなに言ってくるんだったら、「もう静かにしてやんねぇよ」……と思う。そして、そういう。ぜんぜん、静かにしてないのに、「もう静かにしてやんねぇよってなんだよ!!!!」って俺が逆上する。それが、入学試験一日前の、うちの光景だ。気持ちが、ブンバラバン、めちゃくちゃ。怒りと騒音で、むちゃくちゃになっている。そういう状態のまま、何時間も鳴らされたあと、入学試験を受けに行く……そういう時の気持ちがわかるか? きちがい兄貴!

きちがい兄貴、おまえは、入学試験前日だろうが、一分もスイッチを切って静かにしてくれなかったよ。だから、何ヶ月も前から憂鬱だ。きちがい兄貴とぶつかって、気分的にむちゃくちゃだ。ヘビメタ騒音が一日中鳴っているということだけでも、めちゃくちゃなのに、「静かにしてくれ」という交渉をして、もっとハチャメチャになっていく。きちがい的な意地で鳴らして、いいと思っているきちがいが、絶対に言うことを聞かない。親父だって、きちがいなんだからな。二大きちがい」を相手にして、むちゃくちゃな気分になっていく。きちがい親父は、かき混ぜることしかできない。きちがい親父はちゃんした常識がある人じゃなくて、きちがいなんだ。だから、親父に期待することはできない。親父が絡むと、もっと、変なことになる。実際、中学の三年間、きちがいヘビメタ騒音のことをどするかという問題でも、きちがい親父はきちがい親父的な反応しか返してこない。本当に、こいつがガンなんだ。宿痾なんだ。ちゃんとうまく動いてくれたことがない。かならず、ひっかきまわす。こっちの気持ちが、ハチャメチャになる。発狂状態のまま、入試を受けに行くような状態だ。毎回そうだよ。きちがい兄貴と四ヶ月前から、交渉」してたって、その四ヶ月間、ずっと、きちがい兄貴が一〇〇%鳴らしている状態がかわらないわけだから、きちがいヘビメタ騒音、プラス、きちがいヘビメタ騒音に関係する交渉で、発狂的な状態になっていく。気分が悪くて、めちゃくちゃな状態になっていく。こんなハンディ、ない。他のやつは、試験前だということで、気にされて、なるべく受かるようにしてもらっているというのに、俺は、きちがいヘビメタが一日中、ドカスカ鳴っている状態だ。きちがい兄貴が静かにした……してやったと思っている時の音が、一階の玄関で、人と人が会話できないような状態なんだからな。二階で鳴らしているきちがいヘビメタの音がでかすぎて、一階の玄関で、普通に会話できない。そういうでかい音で鳴らしながら、「静かにしてやった」「静かにしてやった」「静かにしてやった」と思う。これじゃ、まるで、きちがい親父だ。きちがい親父そのものだ。











2014年11月30日日曜日

これも、親父そっくりなんだけど、「やったってやってない」の世界だ

やっぱり、朝から、気分が悪いんだわ。きちがい兄貴のヘビメタ騒音のことで気分が悪い。ところで、「の」の繰り返しは良くないと言われるのだけど、わざわざ、書き換えるつもりはない。たとえば、「東京の道路の上」という表現を、「東京の路上」と書き換えるつもりはない。もうひとつ、例を出すと、「きちがい兄貴のヘビメタ騒音のこと」を「きちがい兄貴によるヘビメタ騒音のこと」と書き換えるつもりもない。「の」の繰り返しは、二回までなら、良いとする。俺のルール。

実際、「東京の道路の上」と表現しているときは、「東京の道路の上」でしかないんだよ。「東京の路上」じゃない。その時に、そう出てきたのだから、その時の感情に、一番あっている表現なんだよ。替えるつもりはない。

まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、ともかく、朝から気分が悪いわけ。朝からめちゃくちゃに憂鬱なわけ。で、きちがい兄貴は、……なんだろうが毎日、自分が満足できるように、めちゃくちゃにでかい音で、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、ヘビメタを鳴らしきったきちがい兄貴は……憂鬱じゃないんだろうな。自分が思ったことを、青春時代に、こころおきなくできて、普通に暮らしているから、普通の朝なんだろうな。そういうことを考えると、これまた、めちゃくちゃに、腹が立つ。腹が立つというよりも、なんというか、あの時からずっとそうだったと思って、これまた、ものすごく憂鬱な、やりきれない気分になる。

あれ、本当に、なにもわかってないからな。あれ、本当に、「その時」はね返してしまえば、まったく、気にならないんだよな。〇秒で、忘れる。まったく気にしないで鳴らせる状態になる。何度も言うけど、ヘビメタが好きな、兄貴の友達が、「こんな音で鳴らして大丈夫なの?」と不安になるような音で、鳴らしてたんだよ。きちがい兄貴の音は、そのぐらいにうるさいんだよ。これ、きちがい兄貴が絶対に認めないところで、絶対に、「感覚的に」わからないところだ。感覚的に、わからないことにしてしまっている。で、そうしたら……一旦、感覚的にわからないことにしてしまったら、どれだけ明らかなことでも、「そうじゃない」んだよ。感覚的に、そうじゃない。客観的には、ものすごくでかい音なのに、普通の家で鳴らしてたら、その家の人に怒られて当たり前の音なのに、主観的には、「このくらいの音は大丈夫」と思っていて、そのまま、絶対に、鳴らし切る。なにを言ったって、通じない。で、やったことが、やったことになってない。これも、親父そっくりなんだけど、「やったってやってない」の世界だ。もう、ここらへんからして、他の人に話が通じないんだよな。





2014年11月23日日曜日

普通の家の人って、「きちがいのふんばり」を知らない。

昨日言いたかったことは、俺は、「立ち直ってきたんだ」ということだ。さんざん、立ち直ってきた。毎日、立ち直っていた!とも言える。しかし、立ち直る回数より、きちがいヘビメタが鳴ってる回数のほうが多かった。どこまでも、どこまでも、やるせない状態が続いた。昨日のヘビメタ騒音で、……本当は、疲れきってズタボロなんだけど、そうは言ってられないので、無理やり元気を出して立ち直る。

けど、帰ると、また、きちがいヘビメタが鳴っている。きちがい兄貴は、鉄板の意志で、頑固に、無視してヘビメタを鳴らし続ける。どれだけ、「やめろ」「静かにしろ」と怒鳴りこんでも、絶対にやめてくれなかった。こちらの要求は、全部無視した。

無視したけど、……頑固に無視したけど……あまりにも無視が完璧すぎて?……無視したことになってないらしい。本当に頭がおかしいと思う。頭がおかしいのは勝手だけど、横の部屋で、ドカスカヘビメタを鳴らすなって言うの。言ったんだよ。さんざん。さんざん言った。けど、きちがい兄貴が、(弟のことは無視して、なにがなんだろうがヘビメタを鳴らそう)と思っていた時は、絶対に、一日に一〇分だって、ゆずらなかった。

それでまた、驚いことに、きちがい兄貴が嫁さんに言ったことを信じるとすると、「そんなつもりはない」らしい。本当に、人を馬鹿にしている。おまえが無視して鳴らしてたのは、明らかだろ。絶対に首を縦に振らなかった。こっちが大学入試の時だって、どれだけ、頼み込んでも絶対に、一日に一〇分だって、ちゃんと静かにすることがなかった。いつものように、全部の時間……可能な全部の時間を使って……ヘビメタを普通にドカスカ鳴らしていた。

本当に、きちがい兄貴が静かにしたと思っている?レベルで鳴らしていた時も、くっそうるさかった。これは、俺が敏感とかそううことじゃない。いま住んでいるところで、「静かにしたつもり」で、どかすか鳴らしてみろ。一〇分で、嫁さんが、怒鳴りこんでくる。そういう音だ。本当に、きちがい兄貴が静かにして鳴らしている???つもりの時も、何回でも、……何万回でも、警察を呼べばよかったと思っている。

騒音に関する法律が、市レベルの条例だろうがなんだろうが、呼べばよかった。家族だろうがなんだろうが呼べばよかった。まあ、当時は、DV(ドメスティックバイオレンス)なども、「家で解決してください」といわれるたおな問題だったけどね。そういうところで、意識のちがいはある。騒音に関する法律が、条例レベルでしかないということについて、調べる前に、警察を呼んでおくんだったな。

もっとも、警察が来ても、警察が来た時だけ、スイッチを切って静かにして、警察が帰ってしまったら、鳴らし始めるとは思う。警察が帰って、もうこないな……と思ったら、鳴らし始めると思う。その間三分か五分ぐらいだと思う。で、三分後に、また同じことで警察を呼んで、来てくれるかどうか? それほど警察は暇か? たぶん、いそがしいと思う。

けど、本当に、あのレベルの音で、アパートなどの集合住宅で、ヘビメタを鳴らしていたら、そりゃ、一〇分で、警察を呼ばれるだろう。実際、きちがい兄貴は、嫁さんと一緒にマンションに住んでから、きちがいヘビメタを、当時「ゆずった音のでかさ」ですら鳴らしてない。いま住んでいるところで、我慢できるなら、うちに住んでいた時も、我慢出来たはずだ。

けど、「うち」に住んでいた時は、絶対に我慢するのが嫌だから!我慢しなかった。弟が高校入試だろうが、大学入試だろうが、我慢しなかった。一分だって、自分が鳴らせる時間に、我慢してやめるということは、できないことだったのだ。もちろん、きちがい兄貴がそう思って、しなかっただけのことで、やろうと思えば、「うち」でもできた。けど、当時のきちがい兄貴にとってみれば、それは、「不可能なこと」なのである。そのくらいに、やりたくないことだ。で、絶対に、ゆずらない。

で……けっきょくは、一分だって絶対にゆずらないで、鳴らしきった。毎日、例外なく、鳴らしきった。ただ、例外なく鳴らしきったと思うことが、嫌なので、本当は、ぜんぜんゆずってないのだけど、ゆずったことにしてしまった。そりゃ、一日に一四時間鳴らしてたって、自分が一分間、〇・一デシベル下げてやれば、ゆずってやったということになる。

できるだけゆずってやったということになる。ゆずってやったのに、あとからあとから文句を言ってくると思うことができる。本当は、ゆずらずに、自分が鳴らせる時間は全部使って、鳴らした。弟のために、一日中、……鳴らせるのに、我慢して鳴らさない……なんて、そんなことは、耐えられるはずがない。そんなのは、絶対に、一日だって嫌だ……そういう気持ちがあった。そういう気持ちというよりも、なんというか、無意識的な「絶対の意地」があったのである。だから、絶対に静かにしてやらなかった。やらなかったんだけど、そういうふうに思うのが嫌だから、ちょっと、エレキギターの手を休めただけで、ものすごく静かにしてやったと思い込むことに成功した。これも、本当に無恣意的な暗示?なのかもしれないけど、ともかく、本当は、静かにしてないのに、静かにしてやったことにしてしまう。だから、きちがい兄貴は、いつも、気楽だ。こっちは、吉が兄貴のヘビメタ騒音が七時間から一四時間、どれだけこっちがいそがしい時も、疲れている時も鳴っているから、気持ちも体力もボロボロになっている。

今になったら、当時自分がゆずらないで頑固に全部の時間ヘビメタを、自分が思った通りのどでかい音で鳴らしていたということが、他の人に知られるとまずいから、適当に嘘をついて、ごまかしている。当時は、そういうふうに、自分が鳴らしているということを知られるとまずい人が「いえ」にいなかったので、徹底的に、全部の時間鳴らしきったのである。で、それで、当たり前だった。なんにも、悪いことをしているつもりがないのである。ぜんぜん、迷惑をかけていると思ってない。ぜんぜん非常識な音だと思っていない。どでかい音で、入試の日もなにがなんだろうが、全部、鳴らし切るけど、悪気がないのである。じゃ、「やめてくれ」と言われてやめることができるかというと、それは、もう、一分だって、嫌で嫌で嫌で、しかたがないから、できない。で、どでかい音で鳴らしたまま、「静かにしてやった」ということにしてしまう。で、一日中鳴らしても、なんとも思わない。そういうことの連続だったよ。おまえ、きちがい兄貴、いま、嫁さんや嫁さんの家族に、嘘を言っている気持ちは気持ちはないのか? 嘘を言っている気持ちぐらいあるよな。まさか、嘘を言っているつもりがないのか? もし、嘘を言っているつもりがないとしたら、本物のきちがいだと思う。おまえの認知はおかしい。

きちがい兄貴は、きちがい兄貴の理由で、鳴らしていいことにして鳴らしてた。これが本当の話だ。きちがい兄貴の理由というのは、「自分はさんざんきちがい親父にやられてきた。だから、やってもいい」というものだ。きちがい親父が、きちがい的な意地できちがい的なことをやってきたんだから、自分だってやっていい。もし、自分がやることがまずいなら、……自分の意地を通すことができないなら……きちがい親父も(あの時)自分の意地を通さずに折れるべきだった。(普通の行動するべきだった。我慢するべきだった。……しかし、きちがい親父が折れることはなく、我慢することはなく、きちがい意地を通した。(どうしてくれるんだ)。だから、じぶんばやっていい。……こういう気持ちが成り立っていたんだろうと思う。だから、「おやじのうち」……「おやじがつくったうち」なら、なにがなんだろうが、自分が好きな様にやっていい、のである。それで、当たり前、なのである。……というような気持ちが、たぶんだけど成り立っていたのではないかと思う。これ、「頭を押さえつける」というような表現を使うと、もうちょっとわかりやすくなるか。きちがい親父が、自分の頭を押さえつけて、きちがい的な意地を通したので、今度は、おれ(きちがい兄貴)の番だ!ということだ。あいつ(きちがい親父)が、なんだろうがの意地で、きちがい的な意地を通したので、今度は、自分がきちがい的な意地を通す番だということだ。

普通の家の人って、「きちがいのふんばり」を知らない。「きちがいの意地」を知らない。だから、「そんなのはない」とか思ってしまう。「そんな人いるのかな?」と思ってしまう。俺が、きちがい兄貴のヘビメタ騒音に関して話している時も、「そんな人いるのか?」と聞いてくる人がいる。その人は、幸せな家で過ごしたのだろう。「きちがいのふんばり」を知らない。きちがいのふんばりなんて、本当に「問答無用」「認知無用」なんだからな。そういう意地でやったことを、「やってない」「そんなんじゃない」といって平気なんだからな。平気というよりも、「やったといわれて、自分が傷ついた」「どれだけ傷ついたかぁ」という気持ちしかない。やったことなのに……。で、じゃ、「やったといわれて、どれだけ傷ついたかぁ」ということで、もめたあと、やめてくれるのかというとそうじゃないんだよな。そういうところで、「くるってる」。けど、本当に、そういうことは、普通の家で過ごした人にはわからない。きちがいの意地がわかってない。




2014年11月20日木曜日

早く立ち直ってくださいね

本当に、全部がめちゃくちゃだったな。きちがい兄貴は、「軽い」気持ちでやったのかもしれない。まるで、意識してなかったのかもしれない。……これは、言われなかったから、意識できなかったということではなくて、どれだけ言われても、意識できなかったということで、普通の意識できなかったとは、ちょっと意味が違う。いいや、ぜんぜん意味が違う。

ともかく、鳴ってたんだよ。警察を呼ぶべきレベルで鳴ってた。ここに嘘偽りはない。きちがい兄貴が、そうであることを、認め難くなったので、なんというのかな、自分だってゆずってやったとかそういうことをいっているだけ。本当は、一分だって、自分が折れて、ちゃんとゆずってやることはなかった。ちゃんと静かにする。普通のレベルでちゃんと静かにしてやるということは、絶対にやりたくないことだったから、絶対にやってやらなかった。それが、ここに住んでいたあいだの、一五年間毎日の、真実だ。真実のきちがい兄貴の姿だ。だから、やっているそばから、「これはたいしたことじゃない」「がたがたいってくるほうが、悪い」という気持ちがあって、そういう気持ちのまま、頑固に無視して、自分がやりたい音で……やりたい音のデカさで、ヘビメタを鳴らし続けた。いま住んでいるところでは、一時間はおろか、一〇分だって、鳴らすことができないような音のでかさで、きちがいヘビメタを鳴らし続けた。

で、そういう一五年間の出来事は、言われると、都合がわるいことだ。だから、「ゆずってやった」と「嘘」を言っているだけ。けど、ここで肝心なのは、ひょっとしたら、嘘をついているつもりがまったくないのかもしれないということだ。で、その「つもり」で、頑固に鳴らして、頑固に、鳴らしてないことにした。本当は、入試前日だろうが、一二時間鳴らせるのであれば一二時間、自分が思ったとおりに鳴らしたという気持ちがあって、それを制限されるのが、嫌で嫌でしかたがなかった。だから、一分もゆずらなかった。これが本当の話だ。

隣の家の人がどう思っていたのかは知らない。けど、俺の部屋は、普通に騒音の渦だ。あんな音で鳴らしていいわけがない。何度も言うけど、たとえば、アパートで、隣の部屋の人が、きちがい兄貴のヘビメタ騒音と同じレベルの音量で、なんかの音楽を鳴らしていたら、絶対に気なる。うるさいと思うはずだ。テレビぐらいの音量だからいいや……というような音量ではない。こういうところを、きちがい兄貴は、言い換えている。自分が、やりたい音でやるということに、命がかかっているわけで、それは、鐚一文、譲れないことなのである。だから、ゆずらずに鳴らしきった。けど、それだとまずいことをしていることになる。それで、「こんな音はたいした音ではない」ということに、してしまった。脳内変換で言い換えてしまった。そうしたら、どれだけなにを言っても、認めない。認めないということも認めない。そういう状態で、「無視して」鳴らした。もちろん、「鳴らした」つもりなんてないのである。無視して鳴らしたつもりなんてない。一秒もない。けど、「無視して鳴らす」ということを、全部の時間貫いた。毎日全部の可能な時間、貫いた。で、「やってない」ことになっている。そういうしくみだ。

一切合切、口を利かないというやり方で、自分がやっていこるとは、認めなかった。だから、きちがい兄貴が、自分の騒音について、どう考えているのかも、俺には、正直いってわからない。あれだけやっていれば……あれだけ鳴らしていれば、「つもりはあったんだろうな」と思うしかない。で、俺は、鳴らされている最中……たとえば、中学一年生の時とか、「つもりがある」と思っていた。「つもりがない」なんて、そんなの、認知症でなければ、ありえない。そういうレベルの言い換えだ。けど、嫁さんの話を総合して考えると、きちがい兄貴は、「つもりがなかった」のかもしれないと思える時もある。けど、やっぱり、ものすごくでかい音で鳴らして、本人は、テレビぐらいの音だと思っていたというところなのだろう。けど、こっちは、その音のせいで、ずっとつらかったよ。本当につらかった。こんなの、言葉で言い合わすことはできない。そりゃ、話としては、「つらかったんだな」というのが伝わるかもしれないけど、それは、あくまでも言葉としてだ。本当の部分は伝わらない。おまえ、きちがい兄貴、俺が、部活から帰ってきて、どれだけ苦しい気持ちで、暮らしていたと思っているんだ。俺は、さんざん言ったぞ。一日に、何回も何回も注意した。「気がつかない」とか「つもりがない」なんて、ちゃんちゃらおかしい。もし、本当にそういうことなら、本当に頭がおかしいとしか言い様がない。

きちがい兄貴も、わからないのだけど、他の人にもわからないんだよな。あまりにも常識はずれだから。あまりにも常識はずれの、音。あまりにも常識はずれの態度。あまりにも常識はずれの長さ。長すぎる。そんなのはない。問題が解決しないまま、何年経ったと思っているんだよ。

「早く立ち直ってくださいね」なんて、言われて立ち直れるようなものじゃないのである。それなら、三日以内に、鳴り止むべきだ。一日に、一時間もならないようにするべきだ。そういうことが、成り立たなければならない。もし、「早く立ち直ってくださいね」なんて言い草が成り立つなら、俺の悩みは、三日以内に解決されなければならない。そういうことが成り立たなかったのだから、「早く立ち直ってくださいね」なんて言い草も成り立たない。わかるか? 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、どれだけ頼んでも、一日も、一時間も、静かにしてれなかった。毎日、きちがい兄貴が一時間、ヘビメタを鳴らさずに我慢する……そんなことは、ありえるわけがない。どれだけの意地で鳴らしたか。どれだけ、長い間、首を縦に振らなかったか。おまえが鳴らしているあいだ、本当にずっと苦しかった。ずっと、立ち直りたかったよ。鳴ってなきゃ、立ち直れた。そりゃそうだろ。鳴らしたままの生活を一五年間もやって、それで、「早く立ち直ってくださいね」か? ふざけるな!死ね!! 俺も、きちがい兄貴をころした後に、「早く立ち直ってくださいね」なんて言ってみたい。

いいや。殺しちゃダメか。ともかく、じゃ、動けないようにして、植物状態の人間にして、それで、「早く立ち直ってくださいね」なんて言ってやりたい。きちがいヘビメタ騒音は、やめようと思えば、いくらでもやめることができたことだ。一日や二日のことではなくて、なおさら、一年や二年の弧度はなくて、一一年、一二年、一三年、一四年間のことだぞ。おまえ、その間、良くも無視して鳴らしたな。で、なんというか、本当に、この問題に関係ない人にとっては、俺の騒音の問題というのは、関係がないことなのである。だから、「早く立ち直ってくださいね」なんて軽く、言える。おまえ、どれだけの長さ鳴らされていると思っているんだ!!!!って怒り狂いたくなる。もちろん、この問題に関係がない人が、俺をなぐさめるつもりで、「早く立ち直ってくださいね」と言ったなら、俺が、怒り狂う理由はない。けど、一五年間の経験から言って、俺は、怒り狂う。怒りがこみ上げてくる。怒鳴りたくなる。ゆるせない!!!!!!!!!!!

けど、たとえば、「早く立ち直ってくださいね」と言った人に対して、……兄貴ではなくて、全く関係ない人に対して、俺が怒鳴り散らすと……それは俺が悪いことになる。もちろん、感情的には、怒鳴ったってあたりまえのことだと思うけど、やられたほう」としてはそうではないだろう。感じが悪い」と思うだろう。どうして、自分が怒鳴られなければならないんだ?と不愉快に思うだろう。そして、怒鳴った俺を、異常なやつだと思うだろう。けど、俺は怒る。当たり前だ。どれだけ長い時間やられてきたと思っているんだ。その時間の、全部の感情が、一気に沸き上がってくる。ゆるせん。そんな、くだらないことを言う奴はゆるせん。そりゃ、三日でやめさせることができるなら、それでいいけどね。三日でやめさせて、それで、「早く立ち直ってくださいね」というなら、ゆるせる。止めてくれたのだから、当然、感謝する。一五年、やられた人間に対して言うことじゃない。敬意がない。ゆるせない。俺がどれだけ、「そういうこと」と戦ってきたと思っているんだと言いたくなる。本当、親友だろうが、母親だろうがなんだろうがゆるさない。



2014年11月18日火曜日

昨日書いていて、「感極まって」書けなくなった

終わらない。どうしても、終わらない。この時間になると、「この時間も鳴ってた」というような感じがする。いま、夜の一一時。あと、一〇分鳴るんだよな。その一〇分が苦しい。あと一〇分でおしまいだという希望と、いままでのあいだ、やろうと思っても勉強ができなかったという押しつぶされるような気持ちでいっぱいだった。「希望」と書いたけど、なんというのかな、「希望」自体が「破綻した希望」だ。もう、やる気がないというか、もう、疲れ果てている希望だ。なんというか、ズタボロ。ここに来るまでに、もう、ズタボロ。本当に、きちがい兄貴、何万時間鳴らしたと思っているんだよ。三万時間じゃきかねえよ。本当に、きちがいやろう。一分だっていいわけがない。その、一分だっていいわけがないヘビメタ騒音が、数万時間鳴っている。計算出来ない。ともかく、三万時間以上は鳴っている。

昨日書いていて、「感極まって」書けなくなった。いつもそうだ。だから、本当は、僕の文章というのは、尻切れトンボだ。終わりまで行ってない。終わりまで行く前に、滅びてしまう。手が動かなくなってしまうから。こころに思う文章……心のなかに沸き上がってくる言葉のほうが速くて、なおかつ感極まった状態になって、書けない。途中で書くのをやめてしまう。

今の時間……夜の一一時一一分……ふらふら、絶望の中で、不安になっているという状態だった。……鳴り終わったあとも、なんていうのかな……やっぱり、ふらふらだった。もう、本当に、あらしが過ぎ去ったあとのような感じで、崩壊している。焼け野原。ボロボロ。身も心もボロボロ。そんな感じだ。けど、鳴ってないからわずかばかりの安心感がある。けど、それは、いつわりの安心感で、中身はボロボロ。で、きちがい兄貴がそんなつもりがなかったとすると、やめてくれたはずなんだよ。いま住んでいる家と同じように、一日に一分も鳴らさないで、静かにしたはずなんだよ。けど、きちがい兄貴は、俺が入試の時だって、絶対に一分も、スイッチを切って静かにしてくれなかった。ちゃんと静かにしてくれたことがない。きちがい兄貴の、どかすか鳴らしたい気持ちが、傷つかない程度に静かにしてやるということだから、どでかい音で鳴りっぱなしだ。だから、静かにしてない。で、こういうことが、何万回言われたってわからない状態なんだよな。「わからない状態」であれば、どれだけやったって、やったことにならないのである。だから、本人は気楽だ。一分もゆずらずに、我慢せずに、鳴らし切ることができたので!本人は気楽だ。鳴らし切ることができれば、やってないのと同じなのである。こういう感覚は、他の人にはわからないだろうけど、うちでは、これが当たり前だった。きちがい親父が、やり始めたことだ。で、きちがい兄貴は、いつも、頭を押さえつけられていた。俺もそうだ。で、頭を押さえつけられている時、かならず、自分が好きな様にやってやる……と思っていたはずなのである。絶対に、自分が好きな様にやる。……そう思っていたはずだ。だから、きちがい兄貴が騒音でやったことは、親父が変なことでやったことなんだよ。すべてのことでやったことなんだよ。で、もちろん、親父は「やったつもり」なんてない。だから、そういうのも、そのまま、受け継いでいる。

あれ、本当に、きちがい親父に対する復讐心で、きちがいヘビメタを意地になって鳴らしていたところがある。だから、やり方が、おやじのやり方そっくり。あれ、本当に、きちがい親父がやり始めたことなんだよな。血相を変えて、頑固にやり切って、本人は、まったくやってないと思っているというようなことは、きちがい親父がやり始めたこと。「つもりがない」のであれば、「やめてくれ」といえば、「やめてくれそうなもの」なんだけど、そうは問屋がおろさない。きちがい親父が降ろさない。きちがい的な意地でやりきる。けど、本人は、つもりがない。……こういうきちがい空間の酷さが、わかる奴なんて、そんなにはいない。もしわかる人がいたとしたら、そのひとも、相当に不幸な人だ。たぶん、最低でも神経症になっている。で、そういう家では、ローシナジーが発生するから、色々なことでハンディが生じやすい。ローシナジーというのは、簡単にいえば、たとえば、父親が長男をぶっ飛ばすと、長男が次男をぶっ飛ばすというようなしくみのことだ。

本当に、悪気だけはない状態なんだよな。で、なにを言われても、絶対にやりきる。こっちがどれだけ困っていても、絶対に一分もゆずらずに、やりきる。

いま、起きてきたんだけど、むなしい。さみしくて、さみしくて、たまらない。こんな夜をあと何回繰り返せばいいんだ? 本当、人生ない。俺がどれだけ、さみしいおもいをしてきたと思っているんだ。俺がどれだけ、言い切れない気持ちを抱えて生きてきたと思っているんだ。先行き暗いだろ。さみしいんだよ。本当に普通に働いて、普通に結婚したかった。けっこういい女子と、結婚できたと思う。そういうチャンスは何回かあった。あー、むなしい。俺がやせ我慢の連続。薄ら寒い気持ちで、体じゅうがかゆくなる。




2014年11月17日月曜日

俺だけの問題になってから久しい

俺だけの問題になってから久しい。これ、本当、俺だけの問題になってしまっている。こんな苦しいことはない。本当に、いまも苦しい。全部、人生がなかった。寝る前、も、苦しいし、起きてから、も、苦しい。

2014年11月16日日曜日

本人とって都合が悪いことになると、「言われてない」と言い出す

やっぱり、なにかやっていると、気持ちが落ち着かないところがある。情報の交通整理ができない状態になってしまう。情報の交通整理というよりも、じつは、やはり、気持ちの交通整理なのではないかと思う。気持ちが、あっちこっちに、動く。

もともと、僕はこういう状態じゃなかったんだけど、こういう状態になってしまったな。「有益」「無益」という価値基準が、いちいち、こころをゆるがす。いろいろ思いついたことは、書き残しておきたいんだけどな。すべてが箴言になってしまう。もともと、アフォリズムは好きだった。アフォリズムバンザイ!! ははっ、懐かしい。

なっつかしいなぁ。

犬、うっせ。犬が吠えまくっている。しばらくはとまらないだろう。

あーーあ、けど、どうしたものかな。この先、どうする? 「この先どうする?」という気持ちで、真っ暗闇だった。そして、きちがいヘビメタが鳴っていた。どれだけ、注意しても、絶対にやめてくれなかった。あれ、一分でも、耐えられないから。で、そういうハンディが、「俺」だけなんだよね。だれだって、「騒音はある」なんてものじゃないから、そういうのとは、同じではない。程度問題がある。俺はほんの少しの、短い騒音で、がたがた言っているわけじゃない。もっとも、きちがいヘビメタを一五年間毎日やられて、騒音に対する「耐性」がなくなった、弱くなったというのは、いえる。

あれだけ、(こっちの)感情を無視して、鳴らすやつがいれば、そういう事にもなるだろう。本当に、宇宙人のごとく、ことばが伝わらない。俺は、さんざん言ったぞ……きちがい兄貴! 俺がさんざんいった……きちがい兄貴がさんざん言われたということが、本人とって都合が悪いことになると、「言われてない」とか「そんなに言われてない」とか言い出すんだよな。そういうのも、きちがい親父と同じだ。どれだけ、がんこに鳴らしたと思っているんだよ!!!!

さんざんいった。毎日毎日、さんざんいった。テスト前に、もめてもめてもめてもめてもめた。がんこに無視して鳴らしてただけだろ。本当に、きちがいやろう。自分が本当にゆずらなきゃならないことは、どれだけ明確なことでも、一切……一切合切、認めない。頑固に全部やり切る。一分もゆずらずにやり切る。それで、「しらなかった」「こんなになるとは思わなかった」……だ。誰がどう考えても、あんなふうに毎日やられた、こうなるよ。だから、俺は、さんざん言ってたんだろ。さんざん、言ってたからな。しつこくしつこく、毎日毎日、さんざん、言ってたからな!!!何年間も、毎日、さんざん、言ってたからな。

言い切れない評価の低さがある。俺、本当、きちがいヘビメタがなければ、できてたから。できたから。けど、どれだけ、「ヘビメタがなければできた」と言っても、関係がない人には、「なにそれ?」ってことになる。で、そういう現実をつきつけられていたから、毎日、自分の人生のことを考えて、自分の生活のことを考えて、真剣に、怒鳴りこんでいた!!! 何回も、何回も怒鳴りこんでいた。きちがいが、……きちがい兄貴が、勝手に決めて、一切合切ゆずらずに、鳴らしてただけだろ。こっちに落ち度はない。きちがい兄貴が、きちがい的な感覚で無視して、絶対の意地で鳴らしてた。殺さないとやめさせることができない。常にそういうことを、つきつけられてきたよ。俺の人生は、そういう人生だ。殺さなければ、きちがいの意地が通る。きちがいは、きちがいだから、「やりきれば」やったことになってない。それが毎日続いて、「そんなのしらなかった」なんてことになる。毎日、どかすか鳴らされていたから、毎日、何回も、怒鳴りこんだよ。「やめてくれ」「静かにしてくれ」と怒鳴り込んだ。本当、きちがい兄貴が、きちがい的な無視をして、ゆずらなかっただけじゃないか。

他の人にとっては、「そんなの、どれだけ気にしたって、どうにもならないから、気にしないほうがいいんじゃない」というようなこと!なんだろうけど、それは、その人が、僕じゃないからだ。ヘビメタ騒音を、ずっとやられていないからだ。あの音の、持続……そういうことを毎日経験してないからだ。ひとごとだったら、なんとだって言える。俺だって、他の人のことであれば、なんとだって言える。本当に、引きちぎられる。鳴っているあいだじゅうずっと、引きちぎられる。持続する。鳴っているあいだ、ずっと持続する。

たとえば、「そんなの、どれだけ気にしたって、どうにもならないから、気にしないほうがいいんじゃない」という気持ちと、「鳴ってて苦しい」という気持ちのあいだで引き裂かれる。





2014年11月10日月曜日

この現実はなんだ?

俺はもう、さんざんかぶってきた。もう、かぶりたくない。どれだけ……。きちがい兄貴のせいで、俺がどれだけ、無実の罪をかぶってきたかわからない。


この現実はなんだ?







2014年11月9日日曜日

……「それじゃ、だめじゃん」。 ……「まあ、そういうことだ」。

このまま、ここで、ふけて死んでいくわけか。昨日、「俺は、日時を決められると、そこには行けなくなる」という文章を書いたんだけど、今日は、気分が変わっている。昨日は、「もう、シャバには出て行かなくてもいいかな」と思ったんだけど、今日は、「それもさみしいかな」と思っている。

身体的にふけていくと嫌だよな。記憶が一九歳の頃で止まっているので、精神的には「一九歳固定」なのだが、身体的には「一九歳固定」というわけにはいかない。

最近、昼型で、昼に起きている。動画サイトなどを視て、すごしている。このまま、さみしいまま、年を取るのか。けど、社交の場に出て行くのは、面倒くさい。日時を決められると、動けないので、そういうのは無理だ。まあ、出て行くとしたら、金を稼げる可能性がある社交の場じゃないと無理だ。金が減るだけになるとまずい。けど、やっぱり、体力的に責任が持てないというところがある。

……「それじゃ、だめじゃん」。

……「まあ、そういうことだ」。





2014年11月8日土曜日

きちがい的な意地でやり切ったことは、やってないことなのかよ?

きちがい的な意地でやり切ったことは、やってないことなのかよ?

この、朝の雰囲気。これだよ……僕が、何千日も感じてきたものは。本当に、ヘビメタ騒音で苦しかった。毎日毎日、毎朝毎朝、とてつもなく苦しかった。起きた時に感じる破綻がある。きちがい兄貴は、その破綻の一万分の一もわからないだろう。きちがい兄貴が……きちがい兄貴の騒音が、この、死にたい気持ちを作っている……この朝の雰囲気を作っているということには、まったく気がつかないのだろう。気がつかないまま、ずっとずっとずっとずっと、何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も、毎日毎日、ヘビメタを鳴らしてきたのだろう。

ゆるせるかっていうの? ゆるせるわけないだろ。

どれだけしつこく鳴らしたと思っているんだよ。そういうのが、まったくない。鳴らしている、そばから、まったくなにも感じない。迷惑をかけている、と思わない。騒音を出していると、思わない。やれて当然のことを、やっているとしか思わない。どれだけい文句を言われても、迷惑をけていると、本当に思うことがない。どれだけ言われても、なにもわからない。わからずにやりきる。けど、本人は、やったつもりがない。……そういう、きちがい構造を維持したまま、なにも気しないで、ガンガン毎日、七時間から十四時間、やれるすべての時間を使ってやりきる。

あとは、入試だろうが、中間期末試験だろうが一切合切関係ない。自分が、ゆずらずに、すべての時間やりきることしか、感心がない。自分のことを言われているのに、自分のことを言われた気持ちがしない。どれだけ、文句を言われても、自分がやっていることについて文句を言われている気がしない。そういう態度で、やりきる。で、当然、なにも感じてない。

いま住んでいるところで、鳴らせば、わかるだろうけど、おまえ、きちがい兄貴、それ、たった一日だけでも、すごいことだから。もめてもめてもめてもめまくることだから。きちがい兄貴がうるさくしている時、きちがい親父は、これまた、一切合切関わらなかった。これも変な話なんだけど、うちでは、当たり前の話だ。なるべくしてそうなったということだ。しかし、これもまた、変な話なんだけど、きちがい親父自体は、そういうことに、まったく無頓着なのだ。この、無頓着さは、普通の人には理解できないと思う。ごく自然に無視して、一切合切関わらない。で、きちがい親父にも、きちがい兄貴のヘビメタ騒音の問題というのが、一切合切、通じない。きちがい兄貴と同じように、問題であるということが一切合切通じない。母親は、知っていたけど、……理解していたけど、……母親は、俺と同じように、力がなかった。ともかく、怒って、きちがい兄貴をやめさせるということができない。実際にやめなかった。けど、母親に言われたほうが、きくんだよな。けど、けっきょく、自分のやりたい気持ちが、少しでも、ほんの少しでも、傷つくのが嫌だから、……静かにしてやらない……わけなんだけどな。けど、これが、静かにしてやらなかったということにはなってないんだよな。五分間、〇・一一デシベルでも静かにしてやったら、それは、ものすごく静かにしてやったことになる。自分が我慢できる範囲で我慢しているのだから、けっきょく、ゆずらない。本人は、ものすごくでかい音で鳴らしたいわけだよ。だから、でかい音で鳴らす。でかい音で鳴らすということを維持した中で、「出来る限りゆずってやる」ということだから、実際には、ゆずらない。きちがい兄貴が、ゆずった音で、いま住んでいるところで、鳴らしたら、そりゃ、一〇分でも、「うるさい。やめて」と言われるだろう。そういう音のでかさだ。

ヘビメタはおもいっきり鳴らしたいと思っている。で、おもいっきり鳴らすということを維持したまま、その中で、できるかぎりゆずったということだから、ゆずってない。しかも、きちがい兄貴は、これまた、記憶補正をするのだろうけど、きちがい兄貴が、静かにしてくれたことなんてない。ないというか、いま言っている、ドケチぶりを発揮した、静かにした」ということだけど、これだって、三年間で一〇日間ぐらいだ。五分間ゆずってやっつもりになるという、ことだって、三年間で一〇日ぐらいだ。一分だって、静かにしないままずっと鳴らしてた。これが、普通の日の普通の出来事だ。普通の態度だ。だから、本当に、中学一年生の時なんて、どれだけなにを言っても、「ニセの五分間」ですら、静かにしなかった。三六五日中、三六五日、夏休みだろうが冬休みだろうが、春休みだろうが、中間期末試験前だろうが、中間期末試験中だろうが、体育祭だろうが、マラソン大会だろうが、プールの日だろうが、遠足だろうが、絶対に、一分も静かにしてくれなかった。「ニセの静かにする」というのですら、ない。

きちがい兄貴が、最大限、ゆずってゆずってゆずって、静かにするというのが、実際にはまったく静かにしないで鳴らし切ることだというのが、……いうのが、おかしい。おかしいというか、腹が立つ所だ。腹が立つんだよな。そりゃそうだろ。静かにしてないのに、静かにしてやったと思い込むわけだからな。静かにしてやったと思っているあいだ、きちがい的なでかい音でなっているわけだからな。こっちは、試験で大変な思いをしているのに、そうやって、足を引っ張って、なにもしてないつもりでいる。そういう、人間関係だったね。で、一五年間毎日、そういう状態がかわらない。きちがい兄貴が静かにしたのは、普通に静かにしたのは、きちがい兄貴が結婚して、うちを出てからだ。「うち」にいる間は、自分が五分だろうが、一分だろうが、静かにしてやるというのは、絶対に、嫌だったのである。で、絶対に嫌だったから、適当に理由をつけて、静かにしてやらなかったというのが、本当の話なのである。で、頑固に一五年間毎日、そういう態度で暮らしてきたのに、本人は、それが都合の悪いことになったら、「そうじゃないそうじゃない」と思ってしまうのである。これも、きちがい親父そっくり。頭がおかしい。本当に、俺がいっている通りではないと、きちがい兄貴が、いまも思っているなら、それは本当に、頭がおかしい。そういう態度だ。そういう矛盾が常にある。

「うち」にいる間は、自分が五分だろうが、一分だろうが、なんだろうが、静かにしてやらなかった……静かにしてやるのが、嫌で嫌でたまらないから、毎日、クソうるさい音で……いま住んでいるところでは、五分間ですら鳴らせないような大音響で……ずっと鳴らしていたというのが、この世における、きちがい兄貴の普通の態度だ。
これに、相違がないのである。嫁さんの前で、「できるだけ静かにしてやった」とか言っていたとしたら、本当に頭がおかしい。きちがい中のきちがい。弁護の余地なし。知っているはずなんだよな。

自分が、「うち」にいる間は、自分が五分だろうが、一分だろうが、なんだろうが、静かにしてやらなかった、ということを知っているはずだ。そりゃ、意地をかけて、やったことだからな。強烈な意地で、絶対に譲らないでやり切ったことだからな。知っているはずだ。認知症ではないのだから、知っているはずだ。おまえ、きちがい兄貴、正直に言えば、ゆずってやりたくなかったから、全部なしら切ったということは、理解しているんだろな。……これ、本当にバカらしいところがある。

こんなので、毎日非常識な音に、耐えなきゃいけなかったなんて。あんなの本当におかしい。普通の家だったら、絶対に有り得ないこと。きちがい的な意地でやり切ったことは、やってないことなのかよ? ほんとうに頭がおかしい。で、そういう「頭のおかしさ」を維持して、やりたいようにやったんだよな。これがほんとうのところだと思う。




2014年11月7日金曜日

なにもできてないという意味で、悔いが残りそうだな。

むなしい。外にでる前に、自分の姿を鏡に映したら……「俺もふけたな」って思った。ついにきたか。ついに。まあまあ、若い感じで通ってたんだけどな。あー、こりゃ、だめだわ。俺が若かった時、「しぶかった」人は、もう、半分ぐらいは死んでるかもしれない。

けど、俺も、なんというか、このまま消えてしまったら……なにもできてないという意味で、悔いが残りそうだな。本当、俺の三〇年ってなんだったんだろうね。

ヘビメタ騒音と、ヘビメタ騒音に対する怒り、だけだったよ。いいや、もちろん、ヘビメタ騒音の不安もある。ヘビメタが鳴ってることで、いろいろな不安があった。狂いそうな不安があった。狂いそうな不安があった俺が、まるで、人生を考えてないように言われるわけだが、本当は、そうじゃない。違う。きちがいヘビメタ騒音で、サボっているよう見えてだけ。ヘビメタ騒音で、人生のことを真剣に考えてないように見えただけ。俺は、本当に、いろいろなところで、いろいろな人に、誤解されている。ヘビメタ騒音という特殊な条件のせいで、いろいろなところで、下に見られてきた。いろいろなところで、誤解されてきた。

あれは、本当にない。けど、やり切ったきちがい兄貴は、たいしてつもりがないことなんだよな。それも、頭にくる。人生的に頭にくる。ヘビメタ騒音が、俺の人生のすべてになってしまったよ。




2014年11月6日木曜日

採用する方は、「職歴がない」ということにこだわるだろう

他の人にとってはどでもいいことだけど、成長期に何年も何年もやられた俺にとっては、重要な事だ。いまでも一日中考えている。で、ヘビメタ騒音のことは、終わったわけではない。俺のいのちが続く限り続く。そういうハンディだ。俺が、過去のことはどうでもいいとっても、どうでもいいことにはならない。たとえば、職歴がないというのは、これからもし就職するとすると、ものすごいハンディになる。俺が、「そんなの、どうでもいいでしょ」「過去のことは、考えるのはよしましょう」と言っても、採用する方は、「職歴がない」ということにこだわるだろう。そういった意味で、履歴は関係がある。だから、ヘビメタ騒音のことは、関係がある。過去のことじゃなくて、現在の「属性」として関係があることになってしまう。

きちがい兄貴がヘビメタに興味を持たなかった場合の世界というものを、さっき考えていた。どうして、本当に、よりによって、きちがいヘビメタに興味をもったんだろう。しかも、大音響で鳴らさないと気がすまない状態になっているなんて。あんなのはない。実際、いま住んでいるところで、一〇〇%我慢出来ているのだから



(*注 僕は、縦書にすることを考えて、数字は漢数字で表しています。だから、一二時間といった場合、これは、いちにちじかん、じゃなくて、じゅうにじかんを意味してます。四五時間は、よんじゅうごじかんです。)


週に四五時間、どでかい音で、きちがいヘビメタを鳴らされたら、人生狂うよ。しかも、本人は、ならしたつもりがない」と思っているかのような状態なんだから。ぜんぜんゆずってないのに、できるだけゆずってやったと思っているような状態なのだから。で、これも、ぜんぜんこだわってなくて、いまになれば、嫁さんの前で、自分の立場が悪くなるから、そういうことを言ってるだけ。「そう思いもしない」世界なんだよ。これ、本当に、どれだけなにを言われても、気にしない。気にするということがどういうことなのかわからないといった感じで気にしない。じゃ、ゆずるのかということになったら、それは、本当にゆずるのは一分だって、こころが張り裂けてしまうほど嫌だ。だから、実際には一分だって絶対にゆずらない。一分間、ゆずらなければならない、ということを想起しただけで、発狂してしまう。「むっ」と来る。そんなの絶対に、死んでも嫌だ!!!」という気持ちになる。だから、静かにしない。静かにしないで、やりきれれば、そんなのは、言われたことすら忘れてしまう。「静かにしろ」と言われたことすら、忘れてしまう。自分が、一分間ゆずらなければならないということを、想起したという、ことすら忘れてしまう。「できるから」。できれば、そんなのは、問題じゃない。で、問題じゃないということにしてやりきる。



2014年11月5日水曜日

「わかってない」のはどっちか?

なんかさ、俺が、あることをわかってないから、ダメなんだというような考え方があるんだよ。あることというのは、たとえば、このまま、ひきこもっていてもしかたがないということだったり、あるいは、ヘビメタ騒音のことをどれだけせめてもしたがないということだったりする。で、「わかってないから」ダメなんだ。こだわっているからダメなんだというようなもの考え方がある。で、俺の立場からすると、どれだけいっても無駄だろうけど、そんなの一日目から知っている。で、僕は、知っていて、なおかつ、それを乗り越えて暮らしてきたんだって言いたい。乗り越えて暮らしてきた、あとの状態が、これなんだよ。

憂鬱に対する対処とか、人生の失敗に対する対処と言うとが問題になると、こだわっているひとは「わかってないひとだ」と言われる。しかし、本当にそれはそうなのかというと、そうではない。受け止め方の問題だというのもあるかもしれないけど、それもちょっと違う気がする。たとえば、同じヘビメタの音でも、きちがい兄貴にとっては、快感をもたらすもので、俺にとっては、不愉快なものだ。100デシベルでヘビメタが鳴っていたとして、その音のでかさに対する、感じ方が違う。だから、それと同じように、感じ方の問題であって、きちがい兄貴のヘビメタ騒音のことを「そんなに気にすることはない」というような方便というか、説明のしかたがある。けど、それも違うと思う。きちがい兄貴は、平気だったけど、普通の人は平気じゃない。俺の部屋に、一〇〇人きたら、一〇〇人が、「うるさい音で鳴っている」と感じると思う。あの音で鳴っていて、「これはいいね」と思う人間は、よっぽど、ヘビメタが好きな人間で、自分でも鳴らしている人間だと思う。

物理的な刺激に対して、普通の人の、普通の反応があるから、それを、好き嫌いで、「すべて」相対化することはできないと思う。あとは、条件によって違うと思う。たとえば、ヘビメタ騒音と同じ音量で鳴らすけど、それが実験であって、実際の生活を脅かさないということがはっきりしていれば、違う感情が生じる。たとえば、一〇〇デシベルのヘビメタの音のなかで、実験的に一〇分間、だけ、計算問題を解いてもらうということをした場合、それは、実験であって、自分の生活を脅かすものではないので、頑張って、一〇分間、なるべく計算に集中して、問題を解くと思う。その時の「感情」は、いつ鳴り止むとも知れない、きちがいヘビメタ騒音がずっと鳴っているときに感じる感情とは違うと思う。さらに、たとえば、注意したのに、鳴らしている人間が鳴らしている一〇〇デシベルと、一回、注意したら、その時は、やめてくれた人が鳴らしている一〇〇デシベルでは、感じ方が違うと思う。俺の場合、きちがい兄貴に対する「怒り」が生じていた。そりゃ、何回言ってもやめてくれないからな。端的に言えば、恨みがたまっているにくい奴が鳴らしている音と、特に恨みがない人が鳴らしている音では、音のでかさが同じであったとしても、感じ方が違う。

自分の生活をおかされない状態で、実験室で一〇分間、騒音にさらされる……そういうことであれば、「うるさいな」とは思うけど、その音で「生活自体がめちゃくちゃに鳴っている」わけではないので、それほど気にせず、あるいは、逆に頑張って、計算問題を解けると思う。けど、それは、実際に自分の生活がその騒音によって、おかされている場合とは、ぜんぜん違う感情が支配している空間だ。状態が違えば感じたが違う。それじゃ、たとえば、実際に、きちがいヘビメタが自分の生活を妨害しているのに、これは、実験室の計算と同じなんだと思うことができるかというと、それはできないと思う。どうしてかというと、実際に、生活がおかされているからだ。

ヘビメタ騒音で、次の日の朝起きるのがつらいのである。ヘビメタ騒音で、勉強することができないのである。実験室の場合は、一〇分で終わるということが、約束されている。だから、いい。けど、きちがいヘビメタは一〇分では終わらない。だからだめだ。かりに、きちがい兄貴が、午後四時から、午後四時一〇分までは、絶対に鳴らすけど、それ以外は、絶対に鳴らさないということであれば、その時間、外に出て、ヘビメタ騒音を避けるということで対処可能だったはずだから、ヘビメタ騒音は、僕の生活を脅かすものではなかったと思う。

最初の話なんだけど……最初の話は、あんまり、二番目の話と関係がないのだけど……最初の話は、よくあることだと思う。実際に経験してない人が正論を吐く。頭にくる。実際に、一一歳から二五歳まで、週に四五時間以上、容赦なく鳴っている、きちがい騒音を経験してから、俺にものを言えと言いたくなる。「わかっている」とか「わかってないな」という問題ではないのである。それこそ、きちがいヘビメタが連続している時間について、そういう毎日が続く時間の長さについて、わかってないんじゃないのと言いたくなる。




2014年11月3日月曜日

もう散々やったんだから、やめろ!やめろ!!!やめろ!!!やめろぉぉ!!!!

ヘビメタ騒音対抗で本当に疲れた。俺が朝、「ヘビメタが鳴っている」と書いてから、今の今まで、ずっと鳴っているわけだろ。これはひどいわ。夏休み期間中のことも、思い出したけど、これは、ひどい。普通の日もひどい。日曜祭日もひどい。本当に、きちがい兄貴がヘビメタを鳴らしていい権利なんてないんだけどな。あんなでかい音で、非常識な音で、鳴らしていいという権利なんてない。けど、きちがい兄貴は、あたかも、「うち」でなら、どでかい音で鳴らしていいという権利を持ってるというつもりなのだ。だから、こっち」がなにを言っても、聞かない。一切合切、聞かない。「なんだこんにゃろう」ぐらいにしか思わない。「なんだこんにゃろう。人がせっかく鳴らしているのに、がたがた、言ってきやがって」ぐらいにしか思わない。言われた時そう思って、はねのければ、……つまり、無視して鳴らし続ければ、それで、「なにもしてないつもりになれる」。あとは、それの繰り返しだ。だいたい一時間おきに、一〇回言われても、ぜんぜんこたえないし、だいたい三〇分おきに二〇回言われても、まったくなにも感じない。悪いとは感じない。「うっせえな」とは感じるんだろうけど。きちがい的な音で鳴らしておいて、注意が「うっさい」って、感覚だ。全部、毎日、そうやって、殺されずに、押し切ってきた。で、何年間であろうが、何千日であろうが、そうやって押し切ったら、それは、もう、「やってないこと」に鳴ってしまう。「そんなつもりじゃなかった」ということになってしまう。じゃ、言われた時、注意された時、「聞いて」やめてくれるかというと、そんなことは、絶対にない。頑固にやりきる。そういう毎日の繰り返しで、きちがい兄貴は、きちがい的にうるさい騒音を出してきた。

で、これ、俺が二十歳の時も、同じことが成立していた。一一歳の時も、同じことが成立していた。で、一〇年間、まったくかわらないのである。一切合切かわらない。きちがい兄貴がヘビメタをやり始めた、最初の日から、一〇年間毎日やり切って、一〇年目と一日目まで、まったく態度がかわらない。こっちは、ずっと、毎日、ヘビメタ騒音汚染のままなんだよ。どれだけぬぐってもぬぐっても、きちがいヘビメタの音が「せめてくる」状態がかわらない。本当に、殺さなければ、一分も鳴り止まない。そういう、究極の、切羽詰まった状態だ。本当に、ストレスで、脳内物質がドバっと出ている。怒りをこらえて、なにもできないまま、……プラスのことはなにもできないまま、発狂的に興奮して、怒っている。起こり続けている。プラスのことはなにもできないままというのは、ようするに、本を読むとか、趣味のエレクトロニクス工作をするとか、あるいは、勉強をするということができない。クラスでなんか、やらなきゃならないことがあるとするだろ。それで、俺は責任が生じることを引き受けるのが嫌だった。きちがいヘビメタ騒音の中で、やることができないからだ。それでも、学級新聞みたいなものを押しつけられて、きちがいヘビメタ騒音の中で作っていた。けど、そういう作業が、ちゃんとできない。いつも、後悔が残るものになってしまう。きちがいヘビメタが鳴っているというのは、手足、頭を縛られて、身動きが出ない状態なんだよ。まともなことを、ちゃんと考えようとすると、「考えようとする負荷」がかかる。そして、「考えようとする負荷」にリソースの九九%をとられてしまうという状態になる。その対象に関わる思考に割り当てることができるリソースが一%とかそういう状態になってしまう。きちがい兄貴のヘビメタの中で、なんとかちゃんと作業ををしようとすることは、水の中で、動くのより負荷がかかる。いちいち、身動きができないような抵抗を感じる。同じ所で、思考が足踏みしてしまう。腹がたったまま、計算問題をとくような……ものすごく困った状態になってしまう。整理がつかない。頭がまわらない。ヘビメタ騒音のきちがい音素にやられて、いちいち、思考が邪魔されてるような状態になってしまう。ようなというか、邪魔されている。

ともかく、苦しい。いま、日曜日の午後九時五四分。朝からずっと鳴っている。朝の一〇時三〇分からずっと鳴っている。で、今、午後九時五四分に、「もう散々やったんだから、やめろ!やめろ!!!やめろ!!!やめろぉぉ!!!!」っと、きちがい兄貴の部屋に行って、怒鳴っても、絶対にやめてくれない。一分だって、中断しない。「別にいいだろ」というような「気楽な」態度で、鳴らし切る。一切、伝わらない。で、そういう気持ちで、……殺すわけにはいかないから、自分の部屋に帰るだろ。けど、鳴っているんだよ。鳴ってる。毎日、そういうことの繰り返しだったよ。きちがい兄貴に、言い分なんてない。あるわけ、ないだろ。きちがい兄貴の嫁さんによると、きちがい兄貴は、まだ、言い分があるそうだ。全部、俺が言っていることが本当の話で、きちがい兄貴は、嘘を言っている。はっきり言えば、「そういう態度で」鳴らし続けたんだよ。日曜日も、入試前日も、模擬試験の日も。

これ、二十歳の時に、ぶつけても、同じ態度で、全部の時間、鳴らし切るという状態だったんだぞ。頭がおかしい。ぜんぜんなにも考えてない。伝わってない。だから、そういうことだから、頑固に全部、やり切ったんだろ。本当に、頭がおかしいやつだな。で、頭がおかしいことで得をしている。全部の時間、きちがいヘビメタを好きなように鳴らし切ることができた。頭がおかしいという、その特性を活かして、自分がやりたいようにやりやがった。本当、死のうかな。全部、きちがいヘビメタの怪音波でめちゃくちゃだった。友達の関係も、進学も就職も、全部めちゃくちゃだった。毎日が、めちゃくちゃでいいわけがないだろ。いま、住んでいるところで、きちがい兄貴が「ゆずった音」で鳴らせるのかよ。絶対鳴らせない。きちがい兄貴は、自分が気が済むように鳴らして、静かにしなかった。自分の気が済む範囲で、気分が乗ったら、静かにしてやるということであって、自分の気が済む範囲の音は、めちゃくちゃにでかい。いま住んでいるところでは、五分も、「自分の気が済む範囲でゆずってやった音」で鳴らすことすらできない。自分は、ドカスカほかの人のことは気にないで、どでかい音で鳴らしたい。自分のおもいっきり鳴らしたいという気持ちが、傷つかない範囲で静かにしてやるということだったから、本当には静かにしてない。きちがい兄貴の「静かにする」というのは、まったく無意味な「静かにする」で、その静かにしたつもりの、どでかい音で鳴らされ続けると、困るんだ。で、この「困る」というのが、一切合切、伝わらない。絶対に、自分が鳴らしたいと音で鳴らすという部分については、ゆずらなかった。だから、ゆずってない。頭がおかしくなければわかることなんだけど、頭がおかしいから、一五年間毎日、言ったって、毎日、もめたって、わからない。最初から最後まで、その「モード」で鳴らす。で、「いいだろ」というような態度なのだ。「よくないんだって」。本当に、きちがいだから、ぜんぜんわからない。全部の時間、ゆずらずに、鳴らし切ること、に、本当は、命がかかってた。絶対に、ゆずってやりたくないぶぶなのである。一分だって、本当にゆずらなければならないということになったら、悔しくて、悔しくて、悔しくて、腹が立って腹が立って腹が立って、しかたがないこと。一分だって、そういう不愉快な気持ちになる。腹が立つ。そんなの、一時間とか、やるわけがないだろ。一分だって、絶対に、嫌なことなんだから。で、おまえ、きちがい兄貴、おまえは、本当にそういう自分の気持に気がついた方がいい。これも、絶対に、自分のそういう気持ちには、気が付かないことになっていて、どれだけなにを言われても、気がつかない。で、そういう態度が、殺したいほど、頭をかち割ってやりたいほど、包丁で腹を何千回もさしてやりたいほど、腹立たしいよ。で、きちがい兄貴は、いまも本当は変わってない。俺に対する態度は変わってない。ぜんぜんわかってない状態のままなのである。で、嫁さんや嫁さんの家族に、のらりくらりと、嘘をついている。言い訳して、嘘をついている。きちがい兄貴がなにを言っているのか詳しくは知らないけど、全部、嘘だ。断言できる。で、そういうモードで鳴らしてたんだよ。一五年間。毎日「気にしないから」、それを入試の時期を含めて一五年間やったって、気にしないままだ。どれだけもめたと思っているの??? 俺が、まるまる荘に出なきゃいけなかったのだって、きちがい兄貴が、一分もゆずらずに、全部鳴らしてたからだよ。それに、きちがい兄貴が就職したあとだって、日曜日は、朝の一〇時三〇分ぐらいから、夜の一一時一一分まで鳴らしてたからな。

本当に、殺してやりたい。二浪の時の、殺してやりたい気持ちがそのまま残っている。一四歳の時の、殺してやりたい気持ちがそのまま残っている。で、そういうことだと、ようするに、自分の心が、いかりや復讐心で汚れていることになってしまう。人に言えば、人は、「なんかこわい」とか「なんか嫌だな」と感じるだろう。それは、怒りを「内臓」している人間が目の前にいると、やはり、不安になるんだよ。怒りを内蔵している人間とは、一緒にいたくないという気持ちが生じるんだよ。それは、当然のことだ。じゃ、俺がきちがい兄貴に対する怒りをないことにできるかというと、できない。それは、もう、本当に、小学六年生の時からずっと試みてきたけど、無理だった。やはり、怒りがある。そりゃ、そうだろ。自分の人生、生活を、毎日、全部の時間を使って、破壊し続けるんだからな。しかも、本人は、どれだけやっても、いいと思っている。さらに、本人は、どれだけやっても、やってないのと同じだと思っている。はっきり言えば、どれだけやったって、「つもりがない」のである。で、じゃ、言えば通じるのかというと、それは、鉄壁の防御で通じない。だから、主観としては、全部やりきるのだけど、全部やってないのと同じなのである。悪意もないつもりなのである。ああいう態度で鳴らしていたら、悪意がありそうなもんなんだけど、悪意がないのと同じつもりなのである。もちろん、こっちが、どれだけ言っても、絶対に鳴らし切るのだから、悪意がある。本当は、悪意がある。けど、なんというのかな、「自分は鳴らすだけ」だと思っている。それも、怪しいんだけど、どれだけ鳴らしても鳴らしてないのと同じだからな。けど、ここで言いたいのは、そうじゃなくて、弟の人生を破壊してやろうと思って、きちがい的な騒音を出しているわけではないということだ。けど、実際には、悪意があって鳴らしている。静かにしてくれと散々言われたあとも、くっそうるさい音で鳴らしているのだから、悪意がある。悪意に気がつかないだけだ。





2014年11月2日日曜日

親友の俺に対する態度は、かわらなかった。

やっぱり、朝っぱらから、気分が悪いんだよ。きちがいヘビメタのことで、気分が悪い。この、日曜日の朝の雰囲気は、きちがいヘビメタ騒音の雰囲気だ。これ、俺がどこに行っても変わらない。常にやられた。……家から、最寄りの駅に行って、東京の方に出たとするだろ。で、秋葉原あたりを歩いたとするだろ。新宿でも、渋谷でもいいけど。それで、歩いている時の俺の気分は、どうかというと、やはり、ヘビメタにやられて、重たい気持ちなんだよ。小学生、中学生の頃から、そうだ。絶望的なのである。絶望的な気分で歩いている。

歩いている時、たしかに、きちがいヘビメタは鳴っていない。家に帰れば、どのみち、鳴っているのだけど、東京の道路の上を歩いている時も、ヘビメタ騒音で、ベタベタ、ボロボロ、な気分だ。ものすごく憂鬱な気分なのである。リフレッシュにならない。で、若い時、全部毎日やられた。成長期に、全部毎日やられたということが、でかすぎる。抜けない。この世の、この雰囲気は、僕がどこにいても、ヘビメタ騒音にやられた日々と同じ雰囲気なのである。

いま日曜日の、午前一一時。午前一一時は、かならず、ヘビメタが鳴っていた。どの日曜日も、ヘビメタが鳴っていた。何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も何年間も、ずっと、日曜日は、午前一一時に、ヘビメタが鳴っていたのである。だから、日曜日の午前一一時の雰囲気は、きちがいヘビメタの雰囲気なのである。これから、外に出て、帰ってきたとしても、きちがいヘビメタにやられた雰囲気が変わらないのである。さっき、秋葉原に行ったようなことを言ったけど、日曜日は、業者の模擬試験の日であることが多く、友達と模擬試験を受けに行ったことがある。中学の時の記憶だけど。で、それも、ヘビメタ騒音なんだ。模擬試験を東京の会場で受けるとすると、家を早く出なければならない。しかし、土曜日の夜も、当然、きちがいヘビメタが鳴っている。「明日、模擬試験だから静かにしろ」と昼の一時ぐらいから、夜の一一時ぐらいまで、怒鳴っても、絶対に、その間一分も、本当には静かにしない。どでかい音で鳴らし続ける。ゆずったつもりのどでかい音と、ゆずったつもりもないどでかい音で、一〇時間ちょっと鳴らし続ける。そうすると、一〇時間ヘビメタ騒音を浴びてしまっているので、眠れない。不安になる。不安になるともっと眠れない。どれだけ逆上して、怒鳴りこんでも、けっきょく、きちがい兄貴が、(殺されず)に鳴らし切るという状態に対する、怒りがある。怒りが体の中を回り続ける。それだけではなく、純粋にヘビメタの毒にやられて、からだが、むなしくも、怒りに満ちている。交感神経が逆立っている。一〇時間、きちがい音の攻撃を受けているので、脳内神経伝達物質のバランスが崩れている。さみしいような、気持ちと、不安、怒りなどが、渦巻いた状態になる。そういう状態で眠れない。

親友と、模擬試験を受けに行く約束をしてたいので、約束の時間に遅れて迷惑をかける訳にはいかない。けど、眠れない。けっきょく、その日も、親友に迷惑をかけた。俺は、遅れた。で、代々木に行くはずだったんだけど、代々木上原方面に行ってしまった。遅れていなければ、そういう事にはならなかったと思う。親友が、「やっぱりおかしいよ」といって電車を降りた。その後、まあ、急いで会場に行ったわけだけど、途中で、でかい道を横切った。でかい道には、交通整理をしているおまわりさんがいて、中学生が、二人、信号を無視してでかい道を横切ったので、「おまえ、そこ、なんやってんだ」と言っていた。とりあえず、無視して、先に進んだ。あの時から、やっぱり、親友には、迷惑をかけているな。そういうことも、あったんだけど、親友の俺に対する態度は、かわらなかった。事情を知っていたから。その親友とも、ヘビメタ騒音が始まってから一二年目辺りにおかしくなる。きちがい兄貴は、かならず、起きていれば、きちがいヘビメタを鳴らしていたので、一二年目も、一年目と同じぐいに鳴らしている。確かに、社会人になって、夜七時ぐらいに帰ってくるようになったのだけど、週休二日制で、土曜日と日曜日だけで、合計二五時間近く鳴らす状態だったので、やはり、週に四四時間以上鳴らしている状態は、変わらない。本当に、自分の部屋にいて、起きているあいだは、全部きちがいヘビメタを、どでかい音で鳴らしていた。


自分が折れて、一分でも本当に静かにしなければならなくなった……そういうところに、追い込まれたということになれば、もう、顔真っ赤にしてからだを硬直させて、目を三角にして怒る。むっとする。で、そんなのは、耐えられないので、一分も静かにしないで、鳴らす。これが、きちがい兄貴の本当の反応だ。で、一五年間毎日、二四時間、そういう状態だったのである。一分間、本当に静かにするのは、死んでも嫌なのだ。で、死んでも嫌だという自分の気持に気がついてない。どうして、気がつかなかったかというと、「追い込まれなかった」からだ。また、追い込まれた時も、実際には、静かにしないで「やりきったから」だ。やりきることができれば、本人の怒りを自覚することがないわけだ。だから、そのまま、どかすか鳴らした。これが、一五年間のきちがい兄貴の態度で、俺が入試だろうがなんだろうが、どれだけなにを言っても、絶対に、本当には静かにしなかった。実は、一日だけ、例外あるのだけど、それ以外は、本当に、一時間も、「ちゃんと」静かにしてない。鳴らさないで静かにするということがない。


2014年10月31日金曜日

こころのなかで、ぐるぐる回転している

やっぱり、なにをするにしても、思考が拡散してしまうところがある。きちがいヘビメタのノイズが割り込んでくる。雰囲気として、「そこ」にある。きちがい兄貴がやったこと、きちがい兄貴の態度に対する不満がわきおこってくる。雰囲気がもう、ヘビメタ騒音なんだよな。この世の、雰囲気が……。こう、光があるでしょ……で、朝は朝の雰囲気がある……夜は夜の雰囲気がある……雨の日は雨の日の雰囲気がある……晴れた日は晴れた日の雰囲気がある……そういうものが、全部、「きちがいヘビメタにやられた時と同じ」なんだ。だから、ぜんぜん逃れられない。きちがい兄貴は、がんこに無視してやった。いまになれば、「そんなつもりじゃなかった」とか「こんなふうになるとは思ってなかった」なんていうことを言い出す。「そういうつもりだろ」「こういう風になると思えよ」「普通、そう思うはずだ。あれだけやって、あれだけ文句を言われて、どうして、弟の人生の邪魔をしていると考えないんだよ」「毎日、全部、邪魔してただろ。毎日、全部の時間を使って邪魔してきただろ」「入試の日だって、静かにしてくれなかっただろ!」って言いたくなる。

いま書いたようなことが、こころのなかで、ぐるぐる回転している。エンドレステープだ。エンドレスループだ。いま、住んでいるところで、普通に静かにできるのだから、静かにできるんだよ」「どうして、うち、では、一分も静かにしてくれなかった」「いま静かにしているのは、自分の音がヤバイ音だ……うるさすぎる音だということがわかっているからだろ」「常識で考えれば、うるさすぎる音なんだよ」「どうして、うち、では、そのうるさすぎる音で、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、一二時間、一三時間、一四時間鳴らして、まったく、迷惑をかけてないつもりでいられた? おかしいだろ!!」「おまえ、きちがい兄貴、俺がどれだけ言ったと思ってるんだよ。俺がどれだけ、頼んだと思っているんだよ。俺がどれだけ、注意したと思っているんだよ」「中間、期末試験の前も、中間、期末試験のさいちゅうも、絶対に絶対に、一分も静かにしてくれなかった。一分、スイッチを切ってちゃんと静かにしてくれると以降とがなかった。一分だってないのだから、一時間だって、静かにしてないよ。全部、きちがい兄貴が好きなように、鳴らした。それで、なんとも思わない。どれだけ、注意されても、注意された時だけ、振り払うように頭にくるだけで、あとは、なにもしてないつもりなんだからな。試験の前、注意されてから一〇時間、鳴らしたって、なんにもしたつもりがない。そういう、状態で鳴らしてきた。毎日、そういう「つもり」で鳴らした。頭がおかしい。おまえ、きちがい兄貴の頭がおかしいから、こっちは、ずいぶん惨めな思いをしてきたよ。本当に頭にくる」……

……こういうことが、ずっと、頭のなかで、「まわっている」。で、これを、きちがい兄貴に、何千回、何万回、ぶつけても、ぜんぜん、きちがい兄貴の方は、こたえない。これ、嫁さんがいるから、「そんなんだったのかな?」「そんなつもりじゃなかった」とか言っているだけで、嫁さんがいなかったから、そういうことですら、脳裏に浮かばない。そういうことですら、一切考えない。……そういうモード!!なんだよ。頭の先から、足の爪の先まで、そういうモード。だから、実際に!!静かにしろと言われたら、それは、嫌なんだよ。静かにしてやらない。「むっ」とする。不機嫌になる。むっとしたまま、無視して、ドカスカ、とてつもなくうるさい音で鳴らし続ける。本当に、あんなでかい音でなっている「うち」はないぞ!! おまえ、きちがい兄貴、おまえが、勝手に「鳴らしていい音」だと思っていただけだろ。いま住んでいるところで鳴らしてみろ。嫁さんの前で鳴らしてみろ。きちがい的なでかい音だということが、判明するから。あんな音で、七時間から一四時間なっているうちなんてない。しかも、一年だけじゃなくて、一四年と半年も。ありえない。……けど、ありえた。






2014年10月29日水曜日

これはこれで、苦しい。

もう、かなりきてる。昨日も病院(皮膚科)に行けなかった。これも、ヘビメタ騒音のせいなんだよな。くるしいなぁ。本当、人生ない。どうしても、憂鬱だ。憂鬱。

起きたあと、苦しい。眠っているあいだも苦しいけどな。

普通の状態……きちがいヘビメタ騒音をやられる前の状態には戻れないけど……そういうことを度返しにして考えても、やはり、波がある。たとえば、ヘビメタ騒音にやられる前の普通の状態を一〇〇だとする。そうすると、どれだけ調子が良くても、今は、七ぐらいにしかならない。けど、〇と七では違う。いちおう、マイナスはないものとする。

ヘビメタ騒音以降、ずっと体の調子が悪いけど、それでも、波はあるんだよな。からだの波と、精神の波か。けど、苦しいことには変わりがないんだよな。苦しいけど、苦しさがちょっとずつ違う。いまは、昼間、起きているサイクルになっているのだけど、この光のなかで、俺はしおれている。なんというのかな? 光の中の闇。昼間起きているのは、昼間起きているということだけで、精神的に、苦しいわ。まだ、夜のほうが楽だというのはある。昼間はなぁ。特に、今日みたいにギラギラに晴れているとなぁ。

これはこれで、苦しい。

こりゃ、やばいぞ。どうにかしなければと思うけど、どうにもならないな。そういう気持ちを、どれだけ繰り返してきたかわからない。けど、けっきょくどうにもなってないなら、どうにもならないのだろう。毎日、やせ我慢。やせ我慢の毎日。どれも、本当に、憂鬱だ。ヘビメタ騒音以降、ずっと、「こらえて」生きている。やけどしそうな光線を浴びて、こらえて、生きている。本当に、ヘビメタ騒音の毒で、全部が、憂鬱で憂鬱でしかたがない。で、そこから、脱出を試みて、失敗している。まあ、きちがい兄貴を静かにさせることができなかったというのも、もちろん、失敗だ。あれ、殺して静かにさせればよかった。これ、殺したら殺したで、「他に方法はなかったのでしょうか?」などと、言われてしまうのだろうけど。ないよ!!!!!!!!!!!ない!!!!!!!!!

どれだけ、俺が、きちがい兄貴を静かにさせようと、頑張ったか、働きかけたか。けど、絶対に、静かにしなかった。で、朝の雰囲気は朝の雰囲気で、最悪だ。昨日、医者に行けなかったのも、時間は十分にあるのに、やはり行けないんだよな。一日、行くだけでも、そんな感じになる。これ、本当、ヘビメタ騒音の朝、そのものだな。こういう気持ちでいたんだよ。まあ、その頃は、こういう気持ちを振りきって、学校に行ってたわけだけど、……振りきって、と言っても、なんというのかな、本当は痛いけど、気にしないようにしているだけで、本当は痛い。ふらふらな気持ちで、我慢しているだけ。本当は、こたえているのに、こたえてないぞと、無視しているだけ。けど、圧迫感がある。雰囲気がもう、きゅーーっと、自殺したい気分だ。で、頑張ってた。けど、限界がある。毎日、続いた。本当に苦しかった。

どのみち、医者も他人も、わからない。わからないところで、ものをいってる。だって、本人が経験したわけじゃなからね。「時間」っていうのがあるんだよな。俺がこうなるには、……こういう気持ちになるには……一五年以上の、時間の経過がある。もちろん、一五年間、毎日ヘビメタ騒音で苦しかったといこうとは、通じるんだろうけど、それは、言葉として理解したというだけの話だ。もちろん、僕にしても、他人の経験に関しては同じことが言える。他の人が経験したことは、僕が経験したことじゃない。かりに似たようなことを経験していたとしても、それは、似たようなことだ。それ自体じゃない。それ自体を「経験」するには、経験する時間がかかる。時間は、大きい。時間という要素は、大きすぎる。

あとは、ま、あ、こういうことを書いて、俺が死んだ場合、それは、なんだったんだろうって思う。








2014年10月27日月曜日

ヘビメタが鳴っているから、死にたかった。

本当にヘビメタ騒音で、人生全部がうだつのあがらないものになって、苦しい。「ヘビメタ騒音のせいで」となかなか、言えない部分がある。それから、いってもしかたがない部分がある。で、それは、ものすごくでかい。だから、やめて欲しかったのに、……ずっと鳴ってた。俺は、死にたかった。ヘビメタが鳴っているから、死にたかった。

いまも苦しい状態が続いている。こんなに晴れた朝も、気分が悪い。破滅的にだるい。死にたいと思う。まあ、なかなか死ねないんだけどね。それから、これは夜の話なんだけど……夜、起きた時に、「うわっ」て思う。ヘビメタが鳴っている入試当日みたいな気分になる。「このままじゃダメだ」「このままじゃ破滅だ」って思っていた。で、そういう、切羽詰まった時も、きちがいヘビメタが鳴ってた。容赦なく、ドカスカ、どでかい音で鳴ってた。だから、「やめろやめろ」と怒鳴り込んだだろ。怒鳴り込んだあと、ちゃんと、静かにしてくれたことがあるかよ。ないよ! これが、わからないんだから、しかたがない。そういうやり方で、一二時間鳴らせれば、一二時間、頑固に、でかい音で鳴らしてきたのが、きちがい兄貴だ。入学試験前日だろうが、日曜日で一二時間鳴らせるなら、「静かにしてやったつもりで」ドカスカ、どでかい音で、一二時間鳴らしていた。それで、なんにも感じなかった。どれだけなにを言われても、なにも感じなかった。どれだけなにを言われても、自分が損をする形で、静かにするつもりはまったくなかった。だから、一分だって、本当には静かにしないで、ドカスカ、どでかい音で鳴らし続けた。何度も言うけど、入学試験前日の日曜日に、さんざんなら砂と言われているにもかかわらず、一二時間、どでかい音で鳴らしきって、なにも感じない。それどころか、五分間、〇・一デシベル(うるさい音のまま)静かにしてやったから、「十分に、静かにしてやった」「できるだけ静かにしてやった」と恩着せがましく思うような状態だ。ぜんぜん、話が通じない。殺さなければ、一分だって、本当には!静かにさせることができない。

入学試験前日ですらそういう状態なんだから、中間期末試験前日に、静かにするわけがないだろ。一分だって静かにしてもらってないよ。中間期末試験中だって、ずっと、一日に一分だって静かにしてもらってない。だから、静かにしてもらってない。きちがい的な意地でやり続けた、きちがい兄貴に、いまさら、そういうことを、説明しなきゃいけないのだから、地獄だ。こういうこと自体が、きちがい兄貴の騒音に対する態度を物語っている。そういう、「態度」でずっと、無視して、ガンに鳴らしてきたんだよ。そして、自分が、問題なく、(本当には我慢しないで)鳴らし切ることができれば、本人は、「協力してやった」「できるだけ静かにしてやった」と思う……そういう状態だ。だから、本人は、「まったく邪魔したつもりがない」のである。俺の!入試の邪魔をしたつもりがない。俺の!中間期末試験の邪魔したつもりがない。俺の!勉強の邪魔をしたつもりがない。

つもりがないだけで、邪魔しきっている。けど、本人は、それを認めない。もし、認めてしまったら、「自分が嫌なかたち」で静かにしなければならなくなるからだ。つまり、「本当に静かにしなければならなくなる」からだ。本当に静かにするのは、たとえ一分だって、絶対に絶対に、嫌なのである。死んだって、嫌なのである。そういう、感情に、きちがい兄貴自身が、気がつかない。どうしてかというと、本当に静かにしてやらなければならない状態になったことがないからだ。本当に、静かにしてやらなければならない状態になった……ら、そりゃ、目を三角にして発狂状態なんだよ。だから、どれだけなにを言っても、……家族会議でどれだけなにを言っても、首を縦に振らなかった。不愉快な顔をして、二階に上がって、自分の部屋に入って、鳴らしきった。一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間鳴らしきった。それが、俺の入試、前日、前前日、三日前の状態だ。こんな状態で、受かるわけがないだろ。

そうじゃなくても、中学三年間、高校三年間、毎日毎日、一日の例外もなく、ずっと、きちがいヘビメタが可能なときは、全部の時間、ドカスカどでかい音で鳴らすと、決まっていた。もう、本当に、決まっている。で、どれだけなにを言っても、それが変わらない。一日だって、変わらない。

きちがい兄貴にはそういう「意地」があるのに、本人は、無頓着なんだよ。そんな意地は、ないということになっている。ぜんぜん、自分で意識してない。けど、あるんだよ。で、それがあらわになるのは、自分が追い詰められて、静かにしなければならなく鳴った時だ。で、そういう日は、一日しかない。きちがい兄貴が、首を縦に振らなければ、どれだけ家族会議を開いても、きちがい兄貴が、すべての時間、……きちがい兄貴が満足できるどでかい音で……鳴らしていいということになっていた。きちがい兄貴のなかでは、意識はしないけど、自分が満足できる音で鳴らしていいということになっていたから、自分が満足できるでかい音で、弟の入試前日だろうがなんだろうが、鳴らしていいということになっていた。だから、それで、(悪気」はないんだよ。こういう、構造だ。

きちがいすぎて、他の人に説明しても、どれだけの人がわかってくれるか、ぜんぜん自信がない。で、おどろくべきことは、きちがい兄貴が、「他の人のように」わからないということだ。それで、意地を張って……現実的な生活のなかでは……きちがい的な意地で鳴らし切る。で、弟の入試前日に、文句を言われたあと、一二時間鳴らしきっても、本人は、さっぱりしていて、なにも悪いことをしたつもりが生じないという状態だ。だから、「気楽」なんである。だから、「しらなかった」なんていうことになるのである。だから、「十分静かにしてやった」とか、嫁さんの前で言うことになる。全部、きちがい構造から出てくる、嘘。大嘘。自分で、嘘だと思っていないから、たちが悪い。そういうやつだから、本当には、静かにしてやらずに、やり切って、なにも感じなかった。そういう話だ。きちがい兄貴が張本人で、問題の人なのに、その、張本人で問題の人が、常に、「かやのそと」なんだよ。関係ないと思っている。そういう、異常な状態だ。そういう異常な精神状態、そういう異常な家族関係だ。こんなの、普通の家に生まれて育ったやつがわかるはずがない。
だから、「そんなのあるのかな」「いってるだけなんじゃないの」「それ、本当なの?」というような疑念が生じる。

だから、そういう人たちからみると、俺が勝手に「ダメ人間」になっているようにみえるのである。俺が勝手に、あるいは、もとから、注意欠陥系の障害があるようにみえるのである。そんなんじゃない。ヘビメタ騒音で苦しいんだ。







2014年10月21日火曜日

本当、そんなんじゃないよ。

はっきり言って、だるい~~~~~~~~~~~~~
こまったな~~~~
あーー。

ヘビメタ騒音でダルすぎ。いつも、「この時間、鳴ってた」って思う。絶対に、いうことを聞いてくれなかった。一時間、ちゃんと静かにしてくれたことなんてない。三〇分でもない。一〇分でもない。五分でもない。一分でもない。一分間ですら、ちゃんと静かにしない……これがきちがい兄貴の、毎日の姿だ。態度だ。……それなのに、きちがいだから、一五年間やり終われば、「そんなつもりじゃなかった」とか言い出す。そう言うと思った。最初の時から、そう言うと思った。だから、さんざん、明確に言ったのに、さんざん怒鳴りこんだのに、絶対に、やめなかった。……あれで、静かにしたつもりがあるのかよ。本当に頭がおかしい。


おれも、う、いやだよ。だるいよ。死にたいよ。むなしいよ。こんな人生……。こんな体引きずって生きていくのは、もうイヤだ。だから、さんざん言っただろ。毎日言っただろ。毎日何回も何回も、もめただろ。本当に、「全部やりきる」ということしか考えてない。その状態で、なにを言われようが、意地になって、頑固に、鳴らしきった。七時間鳴らせるのであれば、七時間、びっしり全部、鳴らした。一二時間鳴らせるのであれば、一二時間、ぴったり全部、鳴らした。途中で、一時間、鳴らさないで静かにするとか、テレビの音ぐらいに落として静かにするなんてことは、あり得ない。想像の範囲でもあり得ない。そういう状態だった。知らないのは、きちがい兄貴だけか? きちがい兄貴が、頑固に、意志を持ってやったのに、そして、俺がさんざん、文句を言ったのに「そんなつもりじゃなかった」のかよ。そういうつもりだろ。本当にきちがいだな。きちがい以外の、説明がつくか? こんな、ふざけたきちがい認知システムなんて、……こんな、きちがい認知システムの持ち主はきちがい兄貴しかいない。そして、そういう「しくみ」を維持して、鳴らすことができた。少しもゆずらずに鳴らし切ることができた。全部の時間鳴らし切ることができた。そして、「そういうしくみを維持して」まったく気にしなかったのである。まったく気にしないというのは、まったく、鳴らしてないと思っているのと同じだ。まったく、騒音で迷惑をかけてないと思っているのと同じだ。どれだけ何回、文句を言われても、そういう気分・認知を維持できる。そういう、しくみで、全部の時間、鳴らしきった。

だから、全部の時間、ゆずらずに鳴らしたのに、「そんなつもりじゃなかった」ということになる。こんなおかしいことは、普通の人は信じないから、俺の言い分の方がおかしく聞こえる。もう、それは、鳴らしている時からずっとそうだった。「そんなの家族で相談すればいい」「お兄さんに相談すればいい」「お兄さんにちゃんと言えばいい」……こういうことを、言われる。普通の人は、「お兄さん」が認知システムに問題があるきちがいだとは思ってない。さらに、親父のことも、きちがいだとは思ってない。で、俺が、窮地に追い込まれる。

本当、そんなんじゃないよ。



2014年10月20日月曜日

ヘビメタ騒音が始まってから、ずっと、だるい。

このだるさ。この空間。この憂鬱……ヘビメタ騒音以来、ずっとだるい。死にたい。死にたい……。「だめだ、おまえが死ぬ必要はない」……。「うーー」……。「あーー」……にしても、だるい。だるすぎる。もう、本当に死んじまおうかな……。けど、それはできない。それは必要ない。しかし、だるい。だるい。いつも、こういうだるさにさいなまれる。もう、嫌だ。ヘビメタ騒音が始まってから、ずっと、だるい。

このだるさは、ヘビメタ騒音以来、変わらないのだから、ヘビメタ騒音が原因なのだと思う。この雰囲気、このだるさ、この憂鬱。たまらん。本当に、生きてたくない。きちがいヘビメタのせいで、全部めちゃくちゃ。全部、だるい。全部、だるい。

ずっと鳴らして、やめてくれなかっただろ。日曜日なんか、十二時間鳴らしている。だるすぎる。本当に、どれだけ言っても、どれだけ怒鳴りこんでも、そこでちゃんとやめてくれたことがなかった。だから、苦しい。ずっとやられっぱなしじゃないか。ずっと、きちがい的な嫌な音が続く。そんなんで、元気なわけがないだろ。そんなんで、いいわけがないだろ。他人は、そういうことを知らないから、「もっと元気に」動くことを要求してくる。そういう要求に答えられず、窮地に追い込まれる。帰ってくれば、きちがいヘビメタが鳴っている。休みの日は、朝からきちがいヘビメタが鳴っている。どれだけ、元気でも、どれだけ健康でも、元気じゃなくなるよ。健康じゃなくなるよ。

きちがい兄貴の態度というのは、「どれだけ鳴らしても」鳴らしてないのと同じ」という態度だ。そういう態度で、一秒もゆずらずに、全部の時間、鳴らし続ける。きちがい的なでかい音で鳴らし続ける。その場で、金槌で頭を殴って殺さなければ、絶対に、静かにさせることができない。別に、金槌じゃなくても、いいけどさ。ともかく、殺さなければ、静かにさせることができない。で、自分の部屋に返って、きちがいヘビメタがドカスカ鳴っている自分の部屋で、勉強しようとする。けど、それができない。どうしても、ヘビメタ騒音でできない。これも、世間様は、「ヘビメタ騒音で勉強でないなんていうのは、甘えだ」「どれだけ鳴ってたって、勉強なんて、やろうと思えばできる」なんて言う。できない。その世間様はできるのかもしれないけど、俺は、できない。おまえ、あの空間を経験したことがあるのか。何時間も何時間も続く状態を経験したことがあるのか? あの音で!

けど、世間様は、そういう(ご自分の意見)を言っただけで、別に、俺に悪いことをしているわけではない。けど、むかつく。おまえ、本当に、あの音のでかさで、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴っている中で、勉強できるのかよ?って言いたい。一〇分やそこらじゃないんだぞ。一日だけ、うるさいというわけじゃないんだぞ。ずっと、際限なく、毎日くうるさいんだぞ。……少なくても俺は、どれだけ、勉強しようと思っても、きちがいヘビメタ騒音のなかでは、勉強できなかった。勉強することができなかった。しかも、ムダに疲れる。ものすごく、疲れる。ずっと、何時間もマラソンしている時より疲れる。もう、ともかく、はちゃめちゃ。覚えたことですら、ヘビメタ騒音の中で復習しようとすると、「あやふや」になる。おぼつかなくなる。できることさえ、できなくなってしまう。

ともかく、つらい。死にたい。死んでもなんにもならないが、ともかく、つらい。死にたいほど憂鬱になる。だるい。もう、布団の中で、何回「もう死ぬかな」って思っているかわからない。ずっと、むかしからそうだ。ずるずる生きているけど、ずっと昔から、ヘビメタ騒音で苦しくて、死にたい。

……なにが、「それは、家族で話し合ってください」だ。家族で話し合って、解決するなら、とっくに解決している。








2014年10月17日金曜日

全部、めんどう。

とりあえず、生きているけど、すべてがめんどうくさい。
めんどうだ。めんどうだ。
もうちょっと、寝るか。なんか、心細いな。
全部、めんどう。


ヘビメタ騒音が去来する。これは、ヘビメタ騒音の雰囲気だ。ぜんぜん、変わらない。何年たっても変わらない。午後七時は、きちがいヘビメタが鳴っている雰囲気がする。もう、死にたい。全部ない。

心細さは、感じるぞ。感じる感じる。これもヘビメタ騒音の時の心細さだ。「これからどうなってしまうんだろう」ということで、ずいぶん悩んだ。やけくそと、心配。きちがいヘビメタが鳴っているあいだ、ずっと、苦しかった。終わらなかった。

きちがい兄貴、おまえ、軽い気持ちでやったのか? 
俺は、何万回も言ったぞ。
絶対に、静かにしてくれなかった。

とてつもなく、不安だよ。どうやっても、道が拓けない。ヘビメタで打ち消されてしまう。ヘビメタが重荷になって、そもそも、ふさがった気分だ。だから、さんざん、言ったじゃないか。きちがい兄貴が無視して、きちがいヘビメタを鳴らしただけ。きちがいヘビメタを、弾いただけ。無視してただけだ。自分にとって不都合なことは、絶対に認めない。どれだけ言われたって、言われていないのと同じ、という態度だ。だから、「つもり」がない。そうやって、何時間も何時間も、何時間も、何時間も、何時間も、何時間も鳴らしてきた。一日に七時間から一四時間なんて、長すぎるだろ。いっくら長くても、一日に二時間だ。あの音のでかさで二時間も鳴らせるうちは、うち以外にないけどね。本当に死にたい。おまえ、きちがい兄貴のせいで、俺がどれだけ……。何年間、何十年間、こういう気持ちで生きてきたと思っているんだ。おまえ、きちがい兄貴、ふざけるな。





ヘビメタ騒音のせいなんだと言っても、他の人は、「言い訳をしている」と思う

けっきょく、ヘビメタ騒音で起きた時からずっと苦しい。これは、起きる時間に関係なく、ずっと苦しいということだ。たとえば、いま、午前七時なのだけど、午前七時は、「午前七時の雰囲気」が苦しい。ヘビメタ騒音で苦しい。ヘビメタ騒音と、ヘビメタ騒音が鳴っていることによって生じたさまざまな「負の記憶」が押し寄せてきて、苦しい。不愉快だ。怒っている。

いま、俺は、この部屋に取り残されているのだが、……したがって、いま!鳴っているわけではないのだが、しかし、ヘビメタ騒音で苦しい。ぜんぶの朝の雰囲気が、ヘビメタ騒音だ。ヘビメタ騒音の雰囲気だ。本当に、やめて欲しかった。けど、絶対に、一分だって、やめなかった。一分もやめずに、毎日、すべての可能な時間を使って、きちがいヘビメタを鳴らし続けた。こっちがテストだろうが入試本番だろうが、絶対の維持で鳴らして、どれだけ、なにを言われても、やめなかった。これが、一五年間のきちがい兄貴の姿であり、態度なのだけど、きちがい兄貴は、「まるで知らない」といったような状態なのだ。こんなことはあり得ない。けど、ある。そういう具合に、都合良く出来ている。そういう具合に都合良く出来ていて、「どれだけなにをいっても」けっきょく、やめてくれなかった。スイッチを切って静かにしてくれるということが、一日の中で一分もなかった。鳴らしっぱなしなのである。それから、スイッチを切らなくても、「下のテレビの音」ぐらいにしてくれるということもなかった。「下のテレビの音」でも十分に聴こえるのだから、そのくらいの音量で聞けばよいのだ。しかし、きちがい兄貴にとって、ヘビメタは、大音響で鳴らさなければ感じが出ない?音らしく、かならず、大音響で聴いていた。きちがい兄貴が、ヘビメタを、「下のテレビの音」ぐらいに落としてくれたことがない。これは、一分もない。たぶんだけど、「感じが出ない」からだろう。

ともかく、「これくらいの音で鳴らしていいんだ」と決めつけて、頑固に鳴らした。それから、頑固にやっていることは、「やっていると認めなくてもいい」と決めつけて、頑固に認めなかった。一日に一四時間、頑固に鳴らしていても、本人は、「鳴らしてないつもり」なのである。「鳴らしてないのと同じ態度」ということになる。どれだけなにを言っても、そういう態度なのである。だから、やめるということがない。それが、きちがい兄貴の「うち」での姿だった。「よそ」の家に行けばやめられるのだから、「やめられない」ということはない。

しかし、「うち」では、一分だって、「やめる」という選択肢はなかった。絶対にない。それから、「絶対になくても、おかしくない」というような態度だったのだ。「絶対に、静かにしてやらないのだけど」それは、「あたりまえのこと」なのである。「極普通のこと」なのである。だから、本人は、特に悪いことを、しているつもりがない。これも、どれだけ、もめても、どれだけ、文句を言っても、絶対に、「悪いことをしているつもりが生じない」という特異な態度で、他の人に、これまたドレだけ説明しても、わからないものだ。

で、屈辱的なのは、本人に説明してもわからないということだ。あれだけやっておいて、「つもりがないのかよ」と言いたくなる。ともかく、「うち」のなかで、どれだけもめても、ダメだったんだ。一分も静かにならない。だから、午前七時は、前日午後一一時一一分までヘビメタ騒音を七時間近くやられて苦しい状態なのだ。これ、本当に、「眠れない」。きちがいヘビメタ騒音を約七時間浴びると、眠れなくなってしまうのだ。で、これも、「夜更かしなんて良くないよ」などと言われてしまう原因になる。事実、「夜眠れない」。しかし、他の人には、ヘビメタ騒音なんていう特異なハンディのことはわからないから、俺がそういうふうに言われてしまう。で、そういうことが、嫌で嫌でしたがなかった。俺の対人関係や、俺の対人関係の「雰囲気」の一因になっている。全部が全部、こういう状態でダメになっていく。とにもかくにも、つらい。不名誉なことになってつらい。

浪人だって、無職だって、……これ、本当に、きちがいヘビメタ騒音のせいなんだ。けど、「きちがいヘビメタ騒音のせいなんだ」と言っても、他の人は、「言い訳をしている」と思うだろう。「ヘビメタ騒音?なにそれ?」という世界なのだから。そして、そういうふうに感じる人の世界には、きちがい兄貴のような変な人が、いない世界なのである。だから、俺が言っていることが「変」に感じる。本当に、「ヘビメタ騒音のせい」なのに、「ヘビメタ騒音のせい」と言えない現実がある。で、そういうことが、これまた、つらくてつらくてしかたがなかった。だから、「騒音」というのは、そういうところでも問題なんだ。長時間、毎日続く騒音というのは、そういうところで、問題が生じる。きちがいヘビメタ騒音が鳴っている時だけ……苦しいというわけではないのだ。そりゃ、鳴っている時も、めちゃくちゃに苦しいけどな。けど、鳴っている時だけ、苦しくて、鳴り終わったら、まったく問題がないと考える人がいるんだけど……実際そういう感想を持つだろうと思うけど……そうじゃないのだ。睡眠などが、どうしても、影響を受ける。一日に七時間から一四時間、至近距離でヘビメタを浴びるということは、そういうことなんだ。けど、普通、騒音といえば、「鳴っている時だけうるさい」という問題だと思われる。ぜんぜんちがう。

ともかく、鳴っていない時間を含めて、一日が、全部苦しくなる。鳴っているときは、もちろん苦しいけど、鳴っていない時も、苦しい。毎年毎年、毎日毎日、ずっとやられていいわけがないだろ。





2014年10月14日火曜日

どうしても、このサイトは表示されるまでに時間が掛かる

どうしても、このサイトは表示されるまでに時間が掛かる。自分の環境では、たいしたことがないのだが、はじめてきた人だと、けっこう時間がかかると思うだろう。ブログ村のランキングを外すかな。あとは、人気の記事の個数をもっと減らすか。
まあ、今まで通りでいいか。上の広告と下の広告をとるか。どうしたものかな。

2014年10月11日土曜日

僕の名誉に直結することだ。ゆるしがたい

さっき、思いついたことを書こうとしたら、時間を書くところで、入力できなくなって、いろいろな処理をしているうちに、書きたいことを忘れた。というよりも、流れてしまった。このIMは、なぜか知らないけど、数字を含んだ文字列を変換しようとすると、おかしくなってしまうのだ。変換しないで、入力ができない状態になってしまう。対処方法としては、別の所をマウスで、左クリックするか、あるいは、他のIMを起動すれば、どうにかなる。けど、その間に、書きたいことが流れてしまう。

まあ、きちがい兄貴の性格について、どれだけ、語ってもしかたがないという部分がある。しかし、一切合切、気にしなかったね。根本的なところから、通じない。一切合切、通じない。きちがい兄貴にしてみれば、「鳴らせて当たり前」なんである。「鳴らして当たり前」なんである。弟の入試だろうがなんだろうが、鳴らせて当たり前。すべての時間、鳴らせて当たり前、で、一分だって本当には、静かにしない。〇・一デシベルでも、静かにしてやれば、それはものすごくゆずってやったことになる。やってやらなくてもいいことを、してやったことになる。ものすごく、恩着せがましい。ぜんぜん、静かにしてないのに、静かにしたつもりになってしまう。

本当に、……本当に、家で勉強ができなくて、つらかった。これがつらいのなんのって、ない。僕の名誉に直結することだ。ゆるしがたい。きちがい兄貴さえ、うるさくしなければ、俺はもっとずっとできるといっても、実際に三六五日中三六五日、全部の時間うるさくされて、勉強することができない状態が続く。で、それが、足かせなんだ。それが、つらい。で、そういうことが、一切、通じない。自分がやる量は決まっていて、その量をやる。……なにが悪い? というような感じだ。自分がやる量というのは、自分が返ってきてから、寝るまでのあいだ、全部鳴らすということで、最初から決まっている。で、この決まってる量をずっとやる。それだけ。なにも悪いと思わない。どれだけ、試験だからやめてくれと言われても、自分は鳴らす権利があるのだから鳴らすという態度で鳴らす。鳴らすかどうかは、全部自分の裁量で決められることなのである。「ならせない」とか「ゆずらなければならない」ということは、あくまでもない。ほんの少しでも、ゆずってやったら、ありがたがれというような態度だ。本当は、ぜんぜんゆずってやる必要がないのに、ほんの少しだけゆずってやったというような態度なのだ。ほんの少しと思っているかどうかはわからない。全体で一二時間五分鳴らしている時、五分間、一デシベル下げてやれば、もう、十分下げてやったということになる。十分ゆずってやったということになる。本当は、ゆずってやる必要なんてまったくないのに、(俺は優しいから)ゆずってやったと思う……ことになる。俺は優しいから……なのか、あるいは、あまりにも弟がうるさく言ってくるから……なのかわからない。あるいは、そういうことはまったく考えないかもしれない。ただ、単純に、ゆずってやったと思うのかもしれない。……優しいからとか、がたがた言ってくるからということは関係なしに、ゆずってやったと思うのかもしれない。けど、なんというのかな、こっちが切羽詰まっている時に、どれだけ、言っても、一二時間五分、どでかい音で鳴らされるという状態が、続くわけだよ。ぜんぜん、ゆずってもらってない。静かにしてもらって、勉強するということができない。ずっと、可能な時間、鳴りっぱなしだ。可能な時間、どでかい音で鳴らしていても、きちがい兄貴は、ゆずってやったと思うことができる。本当は、一分だってゆずってない。本当は、一分だって、ヘビメタが鳴ってない時間を作らない。

本当に、どでかい音で鳴らして、本人は、ゆずったと思うことが可能なのだ。きちがい兄貴がゆずったつもりの音も、ヘビメタが好きな友だちがきたとき「こんな、大きな音で鳴らして、大丈夫なの? 家族の人、文句言わないの?」と思わず、聞いてしまうような、でかい音だ。きちがいあにきしてみれば、〇・一%でも、相対的に、ピークの音よりも静かになっていれば、静かにしてやったということになる。どでかい音で鳴らしている状態でも、本人は、相対的に、静かにしてやったのだから、静かにしてやったと思ってしまう。きちがい兄貴が、静かにしたつもりの音で鳴らしている時、どういう音で鳴っているかというと、それはそれは、くっそうるさい音で鳴らしている。いま住んでいるところで、鳴らしてみろというのだ。いま住んでいるところで、「静かにしたつもりの音」で鳴らしてみろ。二〇分で、離婚だって話になる。「うるさい。やめろ。いいかげんにしろ」っていう話になる。きちがい兄貴の、騒音の感覚がおかしい。ゆずるとか、静かにするといった場合の感覚がおかしい。どれだけうるさい音で鳴らしていても、どれだけ非常識な音で鳴らしていても、本人が、相対的に「ゆずってやった」と思えば、ゆずったことになる。きちがい兄貴の中では、ゆずってやったことになる。そういうレベルだ。

本当の意味で、静かにさせられた……時分が鳴らしたいのに、鳴らせなくなったということがないから、そういう感覚でいられる。自分は「殿様」で、ずっとそういう感覚だったね。うち」ではずっと、一五年間、……鳴らしている一五年間ずっとそういう感覚だったね。だから、一五年間鳴らしていても、本人は、たいして、鳴らしてないつもりなのである。本人は、たいして迷惑をかけてないつもりなのである。じゃ、言えば静かにしてくれるかというと、そりゃ、一分だって、絶対に絶対に絶対に、静かにしないということになる。これが、毎日の姿だ。これがきちがい兄貴の、毎日の態度だ。毎日同じように、全部の時間、どでかい音で鳴らしきる。鳴らしきれれば、なんとも思わない。だから、いまも、たいして「やった」とは思ってないのである。じゃ、普段の日、一時間、鳴らさないで静かにしてくれたのか? と問いたい。一時間どころか、三〇分だって、一〇分だって、一分だって、スイッチを切って静かにしてくれたことがない。だから、静かにしてない。どうして、そういう簡単なことがわからないんだ? おまえ、きちがい兄貴が、静かにするわけがないだろ。

で、こういう状態で、毎日、目を三角にして、頑固に、全部の時間……本当に、ヘビメタが可能な全部の時間、鳴らしてたのである。全部だよ。一分だって、ゆずってくれなかった。これが、きちがい兄貴の一五年間の姿だ。けど、きちがい兄貴は、「つもりがない」。どれだけ鳴らしてたって、どれだけきちがい的な意地で鳴らしてって、本人は、いつも「つもりがない」んだよ。じゃ、やめてくれるのかと言ったら、絶対に、絶対に絶対に、やめてくれない。どれだけなにを言っても、どれだけ喧嘩しても、絶対に、一分だってやめてくれない。

で、そういうことが、根本的に、わかってないのである。で、わかってないから、やってないということになってしまう。これも、どっかのネット荒らしとおなじ感覚だ。本人が意地になってやり切ったことは、やってないことになっているのである。頭がおかしい。

で、本人は、まともな人間つもりでいる。まったく悪いことをしているつもりがない。まったく迷惑をかけているつもりがない。こういうのも、ネット荒らしそっくりだ。ネット荒らしは確かに、「無視」すればいいのかもしれないけど、きちがいヘビメタがどでかい音で、鳴っているんだから、無視しても、しかたがない。





2014年9月28日日曜日

ネット荒らしの心理学……俺は神だ。おまえごときが俺に口をきくとは100万年早い

IDが毎日変わるので、荒らしが「こんにちは」と書いても、荒らしが書いたかどうかわからないというところがある。で、「こんちには」と誰かが書いた場合には、「こんにちは」と返事を返すのが、その掲示板・スレッドの礼儀だとすると、荒らしとは知らずに、「こんにちは」と返してしまうことがある。
そうすると、自覚のある荒らしだと……つまり、荒らすつもりの荒らしだと、「なんだとこんにゃろう。おまえごときが、俺に返事をするのは、一〇〇万年早い。差別用語1、差別用語2、身体的な欠点を指摘する言葉1、身体的な欠点を指摘する言葉2 くそ野郎、死ね。くそ野郎、死ね。」というような返事をする。

で、まあ、こういうふうに書くと、笑っちゃうようなことなんだけど、身体的な欠点を指摘する言葉1、身体的な欠点を指摘する言葉2などが書いてあると、けっこう、腹が立つんだよ。別に、それがあたってなくても、「なんだ?!こいつ」みたいな気持ちになる。まあ、怒り狂った荒らしが書く言葉というのは、本当に汚らしいもので、そういうことは、こういうところには書けない。だから、いまの例だと、笑っちゃうような感じで、威力がないんだけど、本当にけっこうひどいことを書く。

自覚がある荒らしも、自覚がない荒らしも、自分のことを「神」か「天使」だと思っているところがある。自覚がない人だと、自分は「神」か「神に近い存在」だと思ってることが、ある。これは、かなりの高確率でそう思っている。自覚のある人は、神だとは思っていないけど、神のような存在の「高さ」から、他の人をののしるということに快感を感じているので、わりと、そういう気持ちになっていることが多い。神ではないにしろ、ともかく、荒らしは、自分のことをものすごく偉いと思っているのであって、その偉い人の立場から、他の人をののしるのである。

自覚がある荒らしの場合は、そういうことをして憂さ晴らしをしているので、一種のクレーマーみたいな感じなんだよな。勝手に罪をなすりつけて、勝手に怒り狂う。で、自覚がない荒らしの場合は、本人はまったくそうするつもりがないのだけど、同じことをする。自分のことを、神のような高度な存在だと思っていて、高いところから、相手に罪を着せて、怒り狂うということ……自体は、どっちも変わらない。自覚のないタイプは、本人にはまったく、そのようなことをするつもりがないのだけど、結果的には、いつもそういうことをしているというタイプだ。

これは、本当に、自分が「きれい」な存在で、まわりの人間が、「きたない」存在だという前提が、その人の中に成り立っていて、どうしても、そういう認識が、その人の言葉の端々に出るので、どうしても、そういうふうになってしまうというような場合もある。とにもかくにも、自分の方が、「存在」として「上」なのである。だから、上から目線で、人を誹謗中傷する。わけのわからない「罪」を着せる。
ともかく、自分のこころはきれいで、他人のこころはきたないのである。だから、いつも自分が損をしてしまうと、まじめに、思っている。世の中に存在する、自分以外の人のこころがきたないから、自分は、この世に適応することができないと、まじめに思っている。だから、きたない社会をただす必要があると思って、スレ違いのスレに、本人にとって大切なこと……他人にとっては、わけのわからないこと……を、書き連ねることになる。

結果としては、自覚のある荒らしも、自覚のない荒らしも、半分しか自覚がない荒らしも、同じようなことになる。それから、半分しか自覚のない荒らしは、ものすごく悪質ないたずらをした場合でも、「ちょっとしたいたずら」だと思っているわけで、ちょっとしたいたずらで、怒る方がおかしいと思っているようなところがある。自覚がない荒らしだと、「ちょっとしたいたずら」とも思っていないわけで、悪質度が上がる。




2014年9月23日火曜日

ネット荒らしの心理学……自分が蒔いたものを収穫するようになる

地震に関していっておくと、「江戸時代の地震は、全部、地震兵器によるものじゃないんだろ」ということだ。地震兵器が開発されるまでは、地震兵器による地震はないわけだから。もっとも、江戸時代も地震兵器があったというのであれば、別だ。
じゃ、江戸時代ではなくて、縄文時代はどうなんだ?ということになる。人間が洞穴に住んでいたころの、地震は、地震兵器によるものなのか? ということが問題になる。
で、「地震兵器地震兵器」と騒ぐ人は、最近起こった地震は、全部、地震兵器によるものだと決め付けてしまっているところがある。アメリカが地震兵器を開発してから?は、ほとんどすべての地震が、地震兵器による、地震なのだ。で、それを知らない人たちは、無知蒙昧なのだ。家畜のように洗脳されているから、気がつかないということになる。で、まあ、僕が言いたかったのは、「その」地震が、地震兵器によるものであるというのであれば、「その」地震が地震兵器によるものであるという、証拠や根拠が必要だということなんだ。けど、ちょっとでも、そういうことをいうと、悪のエージェントだとか、底意地が悪いから、自分をだまそうとして、「わざと」そういうことを言ってくると感じてしまう。俺が聞きたかったのは、他でもない「その地震」が、地震兵器によるものだと思った根拠なんだよ。
地震兵器が開発される前から、地震が発生しているのだから、地震兵器が開発されたあとも、地震兵器によらない地震があるはずなんだよ。けど、地震兵器が開発されたあとは、全部が全部、地震兵器なんだよな。わりとまじめなひとも、この地震は自然に発生したものだけど、別のこの地震は、地震兵器によるものだというようなことは、いわないんだよな。全部、地震兵器によるものということになっている。

もちろん、僕は、地震兵器が開発されたのかどうか知らない。彼らは、開発されて、すでにあるといっているけど、それが、どういうものなのか知らない。けど、別に、この地震は地震兵器によるものだというような仮説を、頭ごなしに否定することはない。仮説であればね。それから、そういう考えを、自分のホームページに書くことは、どうでもいいと思っている。問題なのは、三角さんみたいに、「地震兵器地震兵器」って、関係のないスレに、ばんばん書き込む人だ。それで、この三角さんが各文章というのは、全部、地雷文章みたいなものだから、ちょっとでも、矛盾点を指摘すると、三角さんが逆上してしまう。これも、逆上するだけならいいけど、「悪のエージェント」だとか「性格が悪いから、わざといってきた」とか「いいかげんにしろ」など書き込むので、問題がある。そして、ひどいことをしているのは三角さんなのに、「ひどい目に遭った」など書き込むから問題がある。三角さんが、ひどい目に遭ったということは、ひどい目に遭わせたやつがいるということで、そのひどい目に遭わせたやつは、その相手なのだ。「俺」が、矛盾点を指摘した場合は、「俺」が三角さんにひどいことをしたということになってしまう。で、「これはないだろ」と思う。けど、全面的にそういう人なんだよな。三角さんは。

三角さんは、スピリチュアリズムに傾倒しているので、カルマがどうのこうのということを言い出す。自分にひどいことをしたということを、霊界に行って後悔することになるぞというようなことをいうのだ。「人をいじめるというのは、天につばするようなことだ」というようなことをいってくる。「人は、自分が蒔いたものを収穫するようになる」などというのだ。全部、自分が、ひどい目に遭ったというような認識に立ってものを言っているのだ。

人をひどい目に遭わせているのは、三角さんの方。勝手に、いくつもいくつもスレ違いのスレに、関係がないことを書き込んで、人の邪魔をしているのは、三角さん。意見を批判されただけで、根拠のない誹謗中傷をするのは、三角さん。三角さんが、悪いことをしている。それから、自分が蒔いたものを収穫するようになる」などというのは、そのまま三角さんに言い返したい言葉だ。もうすでに、「いいかげんにしろ」と言われて、(三角さんが)傷ついて怒っているだろう。三角さんが相手に投げつけているものが、そういうことだから、そういうふうに言われるのだ。三角さんが、まき散らしているものが、「迷惑」だから、「迷惑行為をやめろ」と言われるのだ。いい加減、理解しろよと言いたくなる。

三角さんが「どこに行っても」注意されるのは、そういうことだ。三角さんが、「どこに行っても」最終的には、「いいかげんにしろ」とか「出て行け」と言われるのは、そういうことだ。けど、三角さんにとっては、そうじゃないのである。そんなことはあり得ないのである。自分に対して、「いいかげんにしろ」「出て行け」というやつがいたら、それは、そいつが、悪のエージェントで集団ストーカーだからそういうふうに言っているのだということになる。で、それは、もう、確定事項なのである。三角さんにとっては、疑いがない確定事項。自分の方が迷惑行為をしているから、「いいかげんにしろ」と言われるということは絶対にあり得ないことなのだ。そんなの、逆立ちしたって、信じることができないことなのだ。ともかく、絶対にあり得ないことなのだ。

本当に、そんなの、全身やけどで、人混みに出て行くようなものだぞ。人混みなので、肩が触れあうことがある。肩が触れたら、三角さんは、それを、すごい攻撃だと思って、二〇発、ぶん殴るのである。人混みなんだから、ちょっと肩が触れることぐらいあるのだけど、三角さんは、とてつもなく敏感で、ただちょっと肩が触れただけで、二〇発、ぶん殴られた、と感じてしまうのである。実際、三角さんにとってみれば、肩が触れた衝撃というのは、げんこつ二〇発分に相当するのである。だから、三角さんが、二〇発、相手をぶん殴る。まあ、全身やけどといっても、こぶしだけは、やけどしてないのだろう。まあ、実際には、そういうことはないんだろうけど、たとえだ。本当に全身やけどをしていたら、パンチを繰り出すどころじゃないだろうからな。けど、ここではそういうことは、捨象して、ただちょっと肩が触れただけで、飛び上がるほど、痛がって、おかえしに二〇発ぶん殴る人のことを想定している。
この人は、自分が先にやられたと思っている。だから、自分が二〇発ぶん殴った。なにが悪いということだ。けど、最初の肩が触れたという「衝撃」は、本当は、げんこつ二〇発分に相当するものではない。けど、三角さんはそう感じ取ってしまう。だから、「お返しに」二〇発、ぶん殴る。

客観的な事実……三角さんと丸美屋さんの肩が触れあう→三角さんが丸美屋さんを二〇発ぶん殴る

三角さんの認知……丸美屋さんが自分を、突然、ぶん殴ってきた(実際には、肩が触れただけ)

丸美屋さんの認知……三角さんと自分の肩が触れた→三角さんが自分を二〇発なぐった

ということなのだけど、三角さんは、あろう事か、丸美屋さんに自分が先にぶたれた。丸美屋さんが自分を二〇発なぐったと感じてしまう。これ、本当に不思議なことなんだけど、自分がやったことを、相手がやったように思うのだ。二〇発なぐったのは、三角さんで、三角さんが先に、二〇発なぐったのに、三角さんが先に、二〇発なぐられたと思ってしまう。思ったら、それは、即、事実なので、相手が嘘を言っているとか、相手が自分を罠にかけて、嘘を言っているとか、いってしまう。いっておくけど、先に、三角さんが相手を二〇発なぐった。だから、いわれた方は、ものすごいショックを受けるのだけど、三角さんは、自分がひどい目に遭ったと思うだけなのだ。で、そういうズレが常に、存在していて、三角さんが言っていることはなにが本当なのか、本当にわからない。

事実を固定するとこういうことになるけど、実際の場面では、神様的な視点で、事実が固定されているということはない。おのおのの観察者が、おのおのの主観を述べるだけだ。だから、事態を知らない人が、途中から、参加したら、どっちがいっていることが正しいのかわからないということになる。こういうことが、相手のいらだちを誘う。まあ、三角さんも、相手が先に二〇発なぐってきたと言って、相手も、三角さんが先に二〇発なぐってきたと言うことになる。どっちが正しいのか、証言だけではわからないという状態になる。

掲示板では、発言が残るので、ここでこういうことを書いているということは、魚拓を残しておけば、証明できる。まあ、これも、完全な証明ではないけど、まあまあ、証明になるだろう。けど、三角さんの態度というのは、証拠が出てもまったく変わらないのである。これ、証拠が出たとしても、同じ態度をとり続ける。証拠に関しては、「なんだ、そんなの!!」と腹を立ててれば、それで、三角さんにとっては、どうでもいいことになってしまう。「ぷいん」っと思えば、それで、まったく関係がないものになって、三角さんの気分は、「自分が先にやられた」という気分のままなのだ。だから、変化はない。証拠を突きつけられても、態度に変化がない。








本当に、血も涙もない状態で、鳴らし続けて、鳴らしたつもりがないとか、頭がおかしい。

本当に、ヘビメタの連続が苦しい。なにをしていても、そう思う。いついかなる時も、そう思っている。横になっているとき、机の前にいるとき、外出して歩いているとき、外出して自転車に乗っているとき、ずっとずっと、ヘビメタの連続できつい。ヘビメタ騒音の毒素が、体にたまって、体の中を循環し続けている。ともかく、苦しい。で、ともかく、苦しい時間の連続……なんだよな。苦しい。

いま、鳴ってただろ。
さっきも鳴っていたよな、
これから、あと何時間鳴っているんだよ。

ともかく、苦しい。あんなことない。あんなのはない。きちがい兄貴が、無視して鳴らしただけ。
俺は、さんざん、きちがい兄貴の部屋に行って、鳴らすなと、言ったぞ。静かにしろといったぞ。きちがい兄貴に、つもりがないはずがない。どれだけ、苦しいときも、ヘビメタが鳴っていた。ヘビメタ騒音で苦しいときに、ヘビメタが鳴っていた。ヘビメタ騒音の蓄積で、勉強ができないまま、三年間経って、そして、受験というときも、きちがいヘビメタが、「普通に」「普段と同じように」鳴ってた。

どれだけもめたと思っているんだよ。いわないはずがないだろ。何千回もいった。何万回もいった。「つもりがないだと」。きちがい兄貴は、「つもりがないまま」頑固に、意地を張って、一秒もゆずらずに鳴らしてたね。いまになって、「つもりがなかった」とか「そんなつもりじゃなかった」とか言い出すのは、「嫁さん」という外部があるから。「嫁さん」という外部がなければ、どれだけ言ったって、のれんに腕押しで、まったく、関係ないつもりで、ドカスカ鳴らすよ。鳴らすし、鳴らし切ったあと、毎回、毎日、「つもりがない」ということになる。頭がおかしい。そういうやり方で、ずっとやってきた。だから、きちがい兄貴が、「そんなつもりじゃなかった」と嫁さんにいったとしても、それは不思議ではない。本当に、毎日、そういう感じで、一分もゆずらに、ドカスカ鳴らしていたから。だから、「つもりがない」「そんなつもりじゃなかった」というのは、悪意がないという意味ではなくて、そういう状態のまま、絶対の意地で鳴らし切った……全部の時間、鳴らし切ったということを意味している。こっちが、ヘビメタ騒音でどれだけ困っていても、それを、どれだけきちがい兄貴にぶつけても、絶対の意地で鳴らして、なんとも思ってなかった。そういうことの連続だ。毎日。毎年。だから、毎日、一五年間にわたって、頑固に鳴らし続けたとしても、……「そんなつもりじゃなかった」と真顔で言えるのである。で、そういうところが、おかしい。きちがいだ。こんなの、きちがい以外になんというんだ? おかしいだろ。そんなの。

本当に、血も涙もない状態で、鳴らし続けて、鳴らしたつもりがないとか、頭がおかしい。




2014年9月3日水曜日

人生をつかむというのが土台無理な話なんだよね

きちがいヘビメタ騒音にやられながらも、人生をつかむというのが土台無理な話なんだよね。「土台」無理。やってみればわかるさ。だれも、やらないだろうけど。これ、本当に、「無理」なんだよ。どうやっても、無理なんだよ。どうやっても、無理なことを、きちがい兄貴は、俺に押し付けて、まったく押し付けた「つもり」がない。鳴らしているあいだ、いつでも、「鳴らすのをやめる」ことができたのに、鳴らしているあいだ、常に、鳴らしていた。ずっと鳴らしていた。途中で、注意されたから、やめるということがない。途中で、自発的に、気にして、やめるということがない。どれだけいわれようが、自分が鳴らせる時間は、鳴らせる最大限の音で、鳴らした。

きちがい兄貴がやったことは、これだけなんだけど、人間関係や生活態度に、不可避的な影響を与える。俺の人間関係や俺の生活態度に、不可避的な影響を与える。けど、不可避的な影響だと思っているのは、俺だけで、世間の人は、それが不可避的な影響だとは思っていない。ヘビメタ騒音が鳴っているのだ……という話を聞いたばあいも、「人間関係や生活態度」に不可避的な影響が出るとは、考えない。そういうのは、その人の努力……つまり、俺の努力で、どうにかなるものだ……どうにかなる範囲のものだと思ってしまう。あるいは、そもそも、騒音が「人間関係や生活態度」が、影響を与えるとは思っていない。あるいは、「そんなのは、お兄さんに言って、静かにしてもらえばいいだろ」というような事を考える。それは、「いえば、静かにしてくれる」というような前提に基づいた発言で、正しいといえば正しいのだけど、きちがい兄貴」には当てはまらない。で、この、きちがい兄貴には、当てはまらないということを、きちがいという言葉を使わずに、説明するのが難しい。相手が信じるように、説明するのが難しい。相手は、「そんなことはない」と思ってしまう。俺が、事実を説明しても、「そんなことはない」と思ってしまう。「親はなんて言ってるの?」「隣の家は?」……そんな音で鳴ってたら、絶対に、文句をいう……こういうふうに思ってしまう。けど、そうじゃないんだ。

まあ、思うことは勝手なんだけど、前述の話し合いだって、なんというのかな……柔らかに俺と、「他の人」との人間関係を疎外してるよね。柔らかに、だけど。







2014年8月30日土曜日

どれだけ、中間期末試験中、中間期末試験前にもめたと思っているんだよ

いまになれば、「そんなの、知らなかった」なんてことになるんだよ。この感覚だよ。この感覚がきちがいなんだって言ってるんだよ。いまになれば、「そんなに、弟が傷ついているとは知らなかった」「そんなに、弟の邪魔になっていたとは知らなかった」なんてことになる。知ってるよ。ずっと、言ってきただろ。どれだけ、もめたと思っているんだよ。どれだけ、受験シーズンにもめたと思っているんだよ。どれだけ、中間期末試験中、中間期末試験前にもめたと思っているんだよ。どれだけ、普段の日もめたと思っているんだよ。いいわけないだ。良いわけがないから、俺は、毎日、さんざん言ったぞ。もめて、もめて、もめて、もめて、もめてたね。きちがい兄貴が、何回文句を言われても、言われた瞬間に、忘れて、「なかったこと」にしているから、記憶が「たまってない」だけだろ。

逆に言えば、そういう形で、無視して、全部、自分の好きな様にやりきったんだよ。そういう仕組を維持して、「気にしない」で毎日、全部の時間、鳴らしたんだよ。……こいつ、本当に、最初から最後まで、こういうやつ。「知らなかった」と思えるのが、きちがいのしるし。「知らなかった」と思えるのが、毎日、無視して、全部の時間、こっちの都合をまったく考えずに、「鳴らしきった」ということの証拠。頭がおかしい。で、こういう奴のせいで、俺が、マヌケな奴になる。ようは、「お兄さんにちゃんと言わなかったから、だめなんじゃないの?」なんてことを思われてしまうのだ。こんなのない。

実際に、自分が一分でも強制的に我慢させられるとなったら、目を三角にして、ぷんっていうような気持ちになる

本当に自分さえ良ければいいと、くっそそそうるさい音で鳴らしてくれたよな。本当に鳴らすことしか考えてないし、こっちが、どれだけ困っていても、気にしてくれなっかった。自分が一分我慢するのが、いやでいやでしかたがないのである。実際に、自分が一分でも強制的に我慢させられるとなったら、目を三角にして、ぷんっていうような気持ちになる。「だれが静かにしてやるか」「絶対、満足できる音で鳴らす」「せっかく、おもいっきりやろうと思っているのに、辛気臭いことをいいやがって」……たぶん、こんなふうに思って、絶対にゆずらなかった。ゆずらなかったんだけど、「ゆずらなかった」というような記憶はないのだ。一分間、一デシベル下げてやれば、その日、一四時間、どでかい音で鳴らしても、「静かしてやった」ということになるから。こういう、「だまし」で、自分の言い分を通してきたんだ。こういうだましを使って、ずっと、「知らないまま」…絶対の意地で、鳴らしてきた。それで、「本当に鳴らしていたのか」と嫁さんに聞かれたら、都合がわるいので、「そんなに鳴らしてない」「静かにしてやった」とかいうことになる。

一分だって、本当は、静かにしなかった。こっちが、受験だろうが静かにしてくれなかった。受験の時に静かにしないのだから、普段の日に、どれだけ言ったって、静かにするはずがない。そういう、しくみ。世間の人と、きちがい兄貴はわかってない。あとは、きちがいおやじもわかってない。お母さんはわかっていたけど、お母さんがなにを言っても聞かなかった。俺が、どれだけ言っても、聞かないのと同じ。けっきょく、俺とお母さんと、ごく少数のうちにきた友達以外、「そんなひどい音で、そんな長い時間鳴らすはずがない」というような常識が成り立ってしまう。

考えてみれば、あんなに、普段、鳴らされて、勉強なんてできるはずがないんだよな。夏休み最後の日が近づいてきているけど、夏休みは、四〇日間中、四〇日間、全部、一四時間近く鳴らした。ドヒャドヒャ、どでかい音で鳴らした。もう、空気が痛い。本当に、空気ごと鳴っている。空間ごと鳴っている。あんな音で鳴らされて、俺の部屋で、勉強ができるはずがない。どれだけ、集中力がある人だって、勉強できないと思う。そりゃ、一〇分ぐらいだったら、緊張しながら、腹を立てながら、興奮しながら、なるべく早く、終わらせようという気持ちになるかもしれない。けど、一五分、二〇分、一時間、五時間、一〇時間、一四時間って続いたら、そんなことは言ってられなくなる。本当に、ひどい音で鳴ってた。きちがい兄貴だけだ……。あんなの……。



2014年8月29日金曜日

「殺……キーンガタガタしガタガタてギューーン静ドドドドドかガガガガカにキーンさドカッせドッカたドガドガガガカい

あいつの知らんぷり」の度合いと、こっちの「困り方」の度合い。
本当に、高校入試の時も、ずっと苦しかった。中学一年の時もずっと苦しかった。もう、すべてのシーンが苦しい。思い浮かぶ、すべてのシーンが、きちがいヘビメタで苦しい。きちがいヘビメタは、最初の日から、一一歳の最初の日から、「死ぬか生きるか」の状態。あれ、やられて、ちゃんと行きていける感じがしないわ。あれ、本当に、一日中、ずっと苦しい。死にたい。やられた最初の日から、苦しかった。三ヶ月間つもった時には、もう、死にたかった。俺にとって、きちがい兄貴のヘビメタ騒音問題は、そのくらいにでかい問題。きちがい兄貴が、常に、無視して、まったく気にしなかったから、きちがい兄貴の中では、なんでもないことなんだよな。じゃ、俺が言ったかというと、さんざんいった。さんざん怒鳴りこんだ。どうしてくれるんだよ。きちがい兄貴。おまえのせいで、全部めちゃくちゃだ。で、「おまえのせいで、全部めちゃくちゃだ」なんて言っている自分が嫌で嫌でしかたがない。けど、それ、我慢していても、ヘビメタが鳴っていてダメだったし、我慢していなくても、ヘビメタが鳴っていてダメだった。おれ、さんざん、兄貴にやめるように言ったからね。

それ、我慢していても、というのは、他人に、「おまえのせいで、全部めちゃくちゃだ」というようなことを我慢していても、ということだ。殺し合いのテンションなんだよね。毎日。毎時間。毎分。毎秒。大げさじゃなく。殺さなかったから、事件になってないだけ。でも、殺さなかったことで、僕は自分の人生を失っている。きちがい兄貴を、殺さずに、静かにさせるということが、どうしてもできないのだから、そして、常にきちがいヘビメタ音波攻撃が続いているわけだから、鳴っているあいだじゅう、「殺して静かにさせたい。殺して静かにさせなければ静かにならない」と思っているような状態だ。そういう思っているあいだ、どれだけ、ヘビメタ騒音の攻撃さらされていると思っているんだ。

「殺して静かにさせたい。殺して静かにさせなければ静かにならない」……これだって、文で書くと、滑稽だけど、「「殺……キーンガタガタしガタガタてギューーン静ドドドドドかガガガガカにキーンさドカッせドッカたドガドガガガカい。殺ドガガガガしキーンガガガてキーーンガガガがガガガが静ギギキーーンかドガガガドガガカにドガガさキーンガガガせドカッスカドカなスカドカッスカけドガガドガればギギーーンュ~~ン静ドガガガガガカかドガドガにドガカガガガならドガガガドカスないカガガガドッカ」……ッて感じで、落ち着かない。考える中で、一つの単語を思う時間の中に、きちがいヘビメタのきちがい的なでかい音が、横入りしてくる。そうう状態で考えられないまま、苦しい。全部、そういう時間だよ。勉強なんでできない。これも、中学生が「兄のヘビメタ騒音で勉強できない」などというと、それほどひどいとは思ってない人が、「勉強したくないから、そういうことを言っている」と思うわけだよ。だから、「兄のヘビメタ騒音で勉強できない」……これも、あんまり言いたいことではなかった。

けど、ともかく、鳴らされているあいだ、パニックで、なにかを思うあいだ、考えるあいだ、ずっと、今書いたような感じで、単語が細切れになるほど、耳をふさぎたくなるよな甲高い音と耳をふさいでいても響いていくる重低音が鳴っている状態なのだ。で、ヘビメタなんて知らない人に、どれだけ言ってもわからない。きちがい兄貴が聴いていたのは、ヘビメタの中でも、なんか、こう、よっぽど詳しい人じゃないと、聞かないような曲なんだよな。まあ、その世界で有名な曲も、何千回、何万回と、きちがい兄貴が聞いてたけど。俺も、いま書いたような形で、耳にタコができるぐらい何千回、何万回と、有名なヘビメタの曲を聞かされた。ほんとうに死にたい。



文字で書くとさ、滑稽なんだけどさ。本当に苦しい。持続しているあいだずっと苦しい。で、終わった時に、蜂の巣になっている。あるいは、体中、ハチに刺されて、蜂の毒で、体が腫れているような状態になる。頭のなかも、腫れているような状態になる。脳みそが腫れているような状態になる。普通の状態じゃないんだよ。鳴り終わった後に!! 普通、騒音だと、鳴り終わったら、それでいいと思うだろ。けど、あのどでかいヘビメタを至近距離で、ずっと鳴らされていると、鳴り終わった後も、脳みそが腫れて、苦しい。交感神経が、どはーーっと興奮して、眠れなくなる。で、きゅーーーっと、血が引いていくような状態になって、冷たい気分になる。自殺したくなる。不安になる。けど、体は、ヘビメタ騒音の毒で、動けない状態に鳴っていて、小便に行くために立つということも、決心をしなければなかなかできない。決心をしても、なかなかできない。だから、小便を我慢して、横になっている。しょうがないから、最終的には小便に行くけど、なんというのか、貧血でボロボロみたいな感じ、あるいは、熱が三九度出て、だるくてだるくしかたがないのに体を動かす感じで、良くない。で、それが、毎日で、苦しかった。あびてしまったら、からだがそういう状態にならないということがない。で、つもれば、つもるほど、苦しくなる。一日目より、一〇〇〇と一日目のほうが苦しい。一〇〇〇と一日目より二〇〇〇と一日目のほうが苦しい。そういう状態で、積み重なっていく。一八歳になった時には、二五〇〇日以上積み重なっているから、つらい。ともかく、つらい。そういう状態で、バイトの面接に行くとき、どういう気持だかわかるか? きちがい兄貴、わかるか? おまえ!


おまえ、きちがい兄貴、本当に、なにも気にしないで、全部の時間、鳴らしてくれたな! こんなの許せるはずないだろ。

まあ、初めて合う人には、俺が、二五〇〇日以上、そういう問題で苦しんでるということは、わからない。言わなければわからない。だから、健康な人として、あつかう。けど、本当はボロボロだった。だから、アルバイトも、続かない。基本的に続かない。俺は、ヘビメタ騒音で学歴、学校歴を取られただけじゃなくて、普通にバイトする体力も取られた。高度な仕事から、底辺の仕事まで、できない体になった。で、俺がアルバイトをしていた時も、鳴ってたからな。絶対に静かにしてくれなかったからな。土曜日も日曜日も一二時間鳴ってたからな。普段の日も、少なくても、午後六時から鳴ってたからな。まあ、その後は午後七時の時もあったけど、中学と高校と、全部毎日やられている時点で、おしまいだ。中学三年間と、高校三年間、全部毎日、ヘビメタ騒音が「つもって」しまった時点で、おしまいだ。全部、できない。もう、爆発的に、全部的ない。そういう状態になっている。

だらだらと、力がない状態で自転車をこぐしかない。起きられた時はな。本当にあんな惨めな生活ない。きちがい兄貴は、元気に暮らしてたんだよな。そして、エレキギターの練習を、きちがいヘビメタ騒音に合わせて、してたんだよな。毎日、何時間も何時間も、鳴らせる時間は全部使って、鳴らしてたんだよな。あいつがうちにいて、どかすか鳴らしていたとして、俺が、バイトに行くから、やめろと言って怒鳴りこんでも、絶対に鳴らしてた。「行くんだったらいいだろ」。これは、修学旅行の時も、プールの時も、健康診断の時も、そう言われた。きちがいヘビメタが鳴っているところで、行く用意をするのがきついんだよ。きちがいヘビメタが鳴っているところで、行く用意をすると、どれだけ気を使っても、注意しても、肝心なものを忘れてしまったりする。で、そういうものを、遅刻しそうになって取りに帰っている時の、気持ちは、なんだと思ってるんだよ。行く前も、忘れ物を取りに帰ってきた時も、ヘビメタがドカスカ鳴っていて、落ち着いて考えられないだろ。きちがいヘビメタが鳴っているということが、すべての思考回路を奪う。高圧状態だ。圧迫状態だ。きちがい空間だ。ものすごくあせる。ぜんぜん、なにも考えられない。この音をやめさせたい。殺してやめさせたいということ以外、考えられない。ちゃんと、ものをそろえると言うとが、ヘビメタ騒音の中では、絶対にできないことになってしまう。本当に苦しい。これ、他人にどれだけいっても、わからないだろうけど、苦しいんだ。苦しいんだよ。







2014年8月28日木曜日

こっちの気分は、死んでる。自動的に死んでいる

どうしても、納得がいかない。どうしても、納得がいかない。あれを軽い気持ちでやったのか? つもりがない状態でやったのか? 本当にふざけるな。本当に、死ね。どうして俺だけ、常に毎日、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で苦しい状態なんだ。本当に、ぺちゃんこだよ。なにもかも憂鬱だよ。今も、憂鬱だよ。どうしょうもなく、憂鬱だよ。死にたいよ。おまえ、きちがい兄貴、きちがい兄貴の騒音のせいで、俺がどれだけ暗い気持ちで歩いていたと思っているんだ。おまえなんかに、わかって溜まるか。いいや、わかれ。どうしても、理解しろ。同じ目にあわせろ。どういう気分で生きてきたとおもっているんだよ。本当にめちゃくちゃだったぞ。

もう、ともかく嫌だ。どうしても嫌だ。嫌だと言ったら嫌だ。この空間はななんだ?これ、本当に、きちがい兄貴は、一切合切関心なしでやったんだよな。一切合切、関心なしで、迷惑をかけてないつもりでやった……のだろう。あの態度はそうだ。けど、俺は、さんざん言ったからな。どれだけ、言ったと思っているんだよ。どれだけもめたと思っているんだよ。頭がおかしいレベルで無視したから、こころおきなく、きちがいヘビメタを、きちがい的なでかい音で鳴らすことができたんだろ。本当に、「伝わらなさ」が異常だ。頭がおかしい。あんなのと一緒に住んでいて嫌だったな。地獄だ。こんなふうなことになるとこまるから、さんざん言ったんじゃないか。

最初に無視をすると決めて、無視をしたら、どこまでも無視だからな。それで、本人は気軽に、きちがい的に全部の時間、どでかい音で鳴らすんだよな。で、「やったつもりがない」。どれだけもめたと思っているんだよ。本当に殺してやりたい。いまからでも遅くないから、殺してやりたい。なんで俺が、あいつの騒音でこんなに惨めな思いをしなければならないんだよ。自動的に、全部、……全部の場面で、惨めな思いをしてきた。いまだってそうだ。こんな状態で、家にいて、洗濯とかしてる。こんなのはない。なんで僕の人生だけ、こんな状態なんだ。おかしい。きちがいヘビメタで苦しんでいる同級生なんていなかった。どこを歩いても、きちがいヘビメタみたいなでかい音で音楽が鳴っている家なんてなかった。いまも、注意して歩いているけど、ないよ。あんな音で、「家ごと」どかすか鳴っている「家」なんてない。

こっちの気分は、死んでる。自動的に死んでいる。夏休み、どれだけ、「やめろ。鳴らすな。静かにしろ」と言っても、ずっと、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴らし続けただろ。一四時間鳴らし続けただろ。どういう気分で、俺が部屋にいると思っているんだよ。死んでくれよ。あの音は異常だ。死んでくれ。責任をとって死んでくれ。だから、散々言ったのに。だから散々いったじゃないか。おまえ、きちがい兄貴が勝手に無視しだけ。






2014年8月27日水曜日

嘘をつくな! 嘘を!!!!!!!!!

やっぱり、もわーーっとつらい。もわーっとつらい。

いま、午後一〇時二四分。午後一〇時二四分にどれだけ、「鳴らすな」「鳴らすな」「鳴らすな」といっても、絶対に、やめてくれなかった。鳴らし続けた。その連続なんだよ……僕の身の上につもっているものは。そして、それは、どうしても、どけることができない。僕の身の上につもって、僕のなかに侵入して、僕のからだの中にたまっている。どうにもならない。本当に、きちがい的な空間だった。本当に、騒音が、目に見えるようだよ。稲妻のような感じで苦しい。常に、電気攻撃を受けているような感じで苦しい。体じゅう、変な虫に刺されているように苦しい。で、耳をふさいで「うわーーーーーー」っと絶叫する意外、なにもできない。本当に、苦しかった。

で、これ、どれだけ、苦しかったといっても、解決しない。その当時、「苦しい苦しい」と友達にもらしてしまったけど、……誰に言っても解決しない。で、その友達には悪いことをしたと思っている。本当に、いろいろと、自分のことのように心配してくれたけど、どうしても、ひらきがある。実際にやられていて、どうしても、……彼の言葉を使えば、「たちなおれない」。あれ、けっこう、つきあわせてしまったところがあるんだよな。で、それも、ちょっと、気が引ける部分だった。で、もう、俺のことは、置いてきぼりでいいという、気持ちになった。で、そういっても、わかれてはくれないので、俺が、わざと嫌われることをした。言った。ひどいことを言った。「置いてきぼりでいい」と俺が言って、それで、置いてきぼりにできるような人じゃなかったからね。

ともかく、長く鳴りすぎ。せめて、三年で終わらないと、本当に、人生がない。人生全部の問題になってしまう。「それじゃダメだよ……」「本当に、だめになっちゃうよ」「見てられない……」。まあ、ともかく、他人なら、俺の部屋に五分いれば、理解できることが、きちがい兄貴は、一五年、三〇年理解できなかったということだ。いまも、理解してない。「自分は、そんなにやってない」などと思っている。嫁さんの言ったことを総合するとそういうことになる。で、そういう、態度で!鳴らしていたので、納得がいく。たぶん、そんなつもりしかないのだろう。本当に、きちがい。きちがいが、きちがい的な意地で、一分もゆずらずに、全部の時間、本人が思ったとおりに、ドカスカ鳴らしたというのが、本当のことだ。客観的な事実だ。真実だ。きちがい兄貴が、「認知」の部分で、嘘をついているから、「気にしなかった」だけ。ゆずらずに、ガンガンやり切って、「そんなつもりじゃなかった」ということになっているだけ。で、俺は、さんざん言ったからね。本当に、さんざん毎日、言ったからね。嘘をつくな! 嘘を!!!!!!!!!

どれだけ、むちゃくちゃな気分で、「鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!鳴らすな!」と怒鳴りこんでも、きちがいきちがい兄貴がそのまま、鳴らし続けた。やめるわけがないだろ。じゃ、「あっ、そうか。わかった」といって、スイッチを切ってやめたことがあるのか? 自分で自分に聞いてみろ。本当に、頭がおかしいやつだな。そういう、やり方で、無視してやり切ったんだよ。一分もゆずらずに、やり切ったんだよ。それが、この世での、きちがい兄貴の、態度だ。それ以外じゃない。ゆずったって、どういう顔で言っているんだよ。俺がおまえの騒音で、ピンチだった時、きちがい兄貴は、絶対に助けてくれなかった。どれだけなにをいっても、いつものように全部の時間、鳴らしきった。頭がおかしい。

本当に、「一ミリ、どけてやったから、どけたんだ」というような理論だ。ぜんぜん、静かになってない。くっそうるさい音で鳴らし続けて、「静かにしてやった」と思っている。本当にきちがい。








2014年8月25日月曜日

入試一〇〇三日前のきちがい兄貴の姿

ゆずらなければならない状態に追い込まれたら、「むすーーー」っとしてひとことも口を利かずに、二階に行って、普段通りに、ドカスカ鳴らし続けた。普通こういうことをすれば、相手がやめてくれと言っているのに、自分が鳴らし続けた」ということが記憶に残っても良さそうなのに、記憶に残らないのである。頭がおかしい。記憶に残らないどころか、たぶんだけど、一分、エレキギターを弾くと、……わすれてしまう。「いま」「さっき」……自分のエレキギターの音とステレオの音が鳴っていて困ると言われたことを、すっかり、忘れてしまう。一分というか、三〇秒で忘れちゃうんじゃないかな。それで、三分後に、「やめろやめろ!!!!」と怒鳴り込まれても、やっぱり、追い返したら、三秒で忘れてしまう。だから、いつも「つもりがない」ということになってしまう。「相手は言わなかった」ということになってしまう。自分に対して、文句を言わなかった……そんなのは、知らなかった……というようなことになってしまう。おまえ、きちがい兄貴、入学試験前だってそうだよ。普段の、中間期末テスト、なんらかの学校行事の前の日に、静かにしてくれるわけがないだろ。

冒頭で「ゆずらなければならない状態に追い込まれたら」と書いたけど、そんなのは、入学試験本番の前だけだ。普段は、俺がどれだけ言っても、「むすーーっ」とすることもなく、軽く無視して、鳴らしていた。入学試験前だから……交渉のテーブルにつけと、何ヶ月も言われて……交渉のテーブルに付いた時……ゆずらなければならないような雰囲気になったということだ……で、交渉のテーブルにつくかどうかだって、きちがい兄貴の気分しだいなんだから、本当の前日まで、交渉のテーブルにつかなかった。なにが「家族会議」だ。家族会議なんて、あるわけがないだろ。本人が、交渉のテーブルに付いたら、本人にとって、都合がわるいことを言われてしまうのだから、交渉のテーブルにつきたくいという気持ちがある。答えは、最初から決まっている。きちがい兄貴の気持ちは、本人が気がついているかどうかはべつにして「全部の時間、俺が好きなように鳴らしたい。一分だってスイッチを切ってゆずるのは嫌だ」というものだから、首を縦に振るはずがない。入学試験三日前だって、交渉のテーブルにつけ」ということで、もめてもめてもめていたんだ。どれだけ、何回、こっちが、交渉のテーブルにつけ、鳴らすなと言っても、きちがい兄貴が、きちがい兄貴の部屋で、エレキギターを弾きながら、どでかい音で、一日中、ヘビメタを鳴らし続けて、交渉のテーブルにつかなかった。いまになれば、きちがい兄貴は、「そんなつもりはなかった」とか、嫁さんあたりに言っているんだろうけど、そういうつもりで、頑固な態度で、鳴らしていたよ。こっちが、入学試験三日前で、どれだけ、ヘビメタ騒音のことで困っていても、情け容赦なく、関係がないふりをして、鳴らしていたよ。頑固に、頑固に、頑固に一秒も、ゆずらずに鳴らしていたよ。四日前も、五日前も、同じな。一〇〇日前も、三〇〇日前も、四〇〇日前も、六〇〇日前も、同じな。九〇〇日前も、一〇〇〇日前も、まったく同じ。そうじゃない日がないんだから、同じなんだよ。

ともかく、自分が損をする形で、静かにするというのは絶対に嫌だったんだ。だから、自分が損をする形で、静かにしたのは、一日の例外をのぞいて、ない。一五年間で一日だけだ。だから、その一日を除いて、中学時代三年間、全部、毎日、ヘビメタ騒音をドカスカ、一秒もゆずらずに鳴らしていた。それが、きちがい兄貴の真の姿だ。こんなの、きちがい兄貴が知ってて当然なんだけど、「騙し回路」がきちがい兄貴の脳みそに装着されていて、「ゆずってやった」ことになっているらしい。本当に、きちがい。きちがいが、きちがい回路で、得をしているケースだ。毎日、がんこにやり続けた、迷惑行為を、認識していないというケースだ。

「騙し回路」のところで、「 が ( になってしまったので、それを修正しているうちに、最初に思いついた文章を書くことができなかった。

「騙し回路」がきちがい兄貴の脳みそに装着されていて、鳴らしてないことになっているらしい。……か? ともかく、本当は一〇〇%頑固に、やり切っているのに、本人は、ゆずってやったとか、そんなに鳴らしてないとか思っているらしい。「らしい」のだけど。きちがい兄貴は、一切合切、口を利かなかったから、あいつがどう思って、一五年間暮らしていたのかわからない。おまえ、あの態度はないぞ。それから、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で、困っているのに……ずっとずっと困っているのに……「へへっ」といった態度だ。これ、本当に頭がおかしい。頭がおかしいことで得をしている。どういう得かというと、本人が、やりたいことを、なにも気にしないでやりきることができるという得だ。どれだけ、家族に「困るからやめろ」と言われても、困らせているつもりが、生じない。ゼロなのである。で、自分が本当にやりたいこと……ゆずらずに鳴らしきるということを、妨害されそうになったら、その時だけ、「むすっ」として怒る。「なんだ!!!」という気持ちになる。まあ、最初から、ゆずってやる気が、皆無なので、迷いがない。払いのけて頑固に鳴らす。払いのけたら、一秒で、相手が困っているということを、忘れてしまう。だから、気兼ねなく、……まったく気兼ねなく、ドカスカ、いい気持ちで、鳴らすことができる。……そういうことだ。たぶん、そういうことだ。で、殺さなければ、やめさせることができないのである。「はねのけたら」って書いたけど。……そういうことだ。その場で、殺さなかったら、どうやっても、やめさせることができない。説得してやめさせることなんてできない。どれだけ、静かにしろと言っても、なんというのかな、本人とって、まったく負担でない分、静かにしてやって、静かにしてやったつもりになるだけで、その、本人とってまったく負担でない分、静かにしてやったつもりで鳴らしている時間、とてつもなくでかい音で鳴らしている。きちがい兄貴がゆずってやった音と、きちがい兄貴がゆずらずに鳴らしている音の、違いがわからない。きちがい兄貴の「ゆずってやった」ということの、本当の内容はそういうこと。きちがい兄貴がゆずってやった気分になっているだけで、もともとの音のでかさとほとんどまったく変わらない音のでかさで鳴らし続けた。だから、こっちは、その音のでかさで鳴らされていると、……たとえば、試験前だというのに勉強が出来ない時間が続いて困るんだけど……それが、まったく通じない。「自分は静かにしてやった」と思ってしまう。こういう、きちがいてきなところがある。で、そういう、きちがい的な脳内変換を、本人が気にすることはまったくない。ようするに、言い換えの部分だけど、嘘をついているつもりがない。本人の中では、「出来る限り静かにしてやった」ということになってしまう。だから、実際には、試験三日前に、一二時間、どかすか、異常な音で、非常識な音で、ドキュン車の室内よりでかい音で鳴らし続けたとしても、自分は十分静かにしてやったということにしてしまう。本当にゆずるのは、一分だって嫌なんだよ。五秒だって、絶対にできない。鳴らしたいのに、エレキギターを五秒弾かないで、我慢する……そんなことは絶対にできない。あり得ない。自分は鳴らしたいのに、ヘビメタを鳴らさないで、我慢する……そんなことは、五秒だって絶対にないこと。だから、本当は、一日中、全部の時間、鳴らし続けた。これが本当に、きちがい兄貴がやったこと。だから、きちがい兄貴の認識はおかしい。どでかい音で鳴らしながら「十分静かにしてやった」と本人が思っている状態だ。そういう状態で、なんの気兼ねもなく、どでかい音で、ガンガン鳴らし続ける。それが、入試三日前のきちがい兄貴の姿だし、それが、入試一〇〇三日前のきちがい兄貴の姿だ。

入試なんて、本当に、それこそ、中学三年間が問題なんだよ。










2014年8月24日日曜日

鳴らされているあいだじゅう不愉快で死にたい状態になる

ノート(草稿)

ヘビメタ騒音が鳴っていると、鳴らされているあいだじゅう不愉快で死にたい状態になる。ものすごく腹が立つ。腹が立って腹が立って、しかたがない状態になる。これは、強迫的にそうなっているのであって、僕の意志でやめることができない。鳴っていれば、腹が立つ。それで、眠れなくなる。それで、遅刻しそうになる。それで、本当は、自転車で通ってはいけないのだけど、途中まで、自転車で行って、自転車を、停留場があるちょっとしたスペースに置いて、学校にいくという裏の手を使った時がある。何度かは成功したんだけど、


ともかく、きちがい兄貴の態度は、言いがたい。それから、父親に相談すると、悩み事が増えてしまうのである。解決しない。ものすごく、腹が立つ出来事が、二重、三重にかさなる。しかも、相手は、これまた、「悪気がない」つもりなのである。これも、言いがたいな。本当に死にたいわ。きちがい親父に相談してしまったら、「うまくいくことですら」空中分解で、はちゃめちゃになる。普通に言えば、普通の父親だったら、かならず話が通じることでも、ものすごく、変な誤解をして、ものすごく変なことになってしまうのである。これだって、本当に、普通の親しか経験したことがい人は……つまり、「健常者」の親しか経験したことがない人は、わからない。逆立ちしてもわからない。「そんなへんなことはない」ということになる。「そんなへんなことはない」「だから、ない」「だから、あなたが、勘違いしているのではないか」と思われてしまうのである。それは、想定外の話だから、わからない。きちがい親父に関わると、ものすごく、変な話になる。ごく自然にそうなる。それも、「本人は、相手をくるしめてやろう」「窮地に追い込んでやろう」と思っているわけではないのだ。けど、きちがい兄貴と同じような、誤解や、通じなさがあって、常に、こっちがひどい目に合わされる。それで、結果が出ても、認めない。これも、ものすごく、説明しにくいことなんだよな。説明しても、常識的な親との関係しかない人には、わからない。これ、本当に、根本からわからないから。学歴や、心理学の知識に関係なく、根本から、わからないところがある。で、本当は、臨床心理学系の学者には、それがわかっていなければならないんだけど、わかってない人たちも、学者になっている。臨床心理学を学んだ人も、わかってないところがある。









2014年8月23日土曜日

そういうところの認知がおかしい。

「あれ、本当に、つもりがなかったんだろうな」と思うと、発狂的にむかつく。つもりがないまま、きちがい的な意地で。全部の時間、どでかい音で鳴らしし続ける。そして、一二時間でも一四時間でも鳴らし続けたら、「つもりがない」だ。たとえば、逆に、一日に一二時間、鳴らしたいのに、鳴らさずに我慢するということがあったか? そんなのあるはずがない。だから、「好きなだけ」鳴らしていた。きちがい兄貴が、「つもりがない」時は、全部、がめて、鳴らしきったということだから。本人が、きちがいだから、そういうところの認知がおかしい。

きちがい兄貴にとって、鳴らしたつもりがない日というのは、むちゃくちゃにこだわって、こだわって、こだわって、ムキになってムキになって、ムキになって、絶対に一秒もゆずらずに、可能な時間、全部、どでかいと音で鳴らした日なのである。で、それが「毎日」積み重なっている。「毎日」ってどれだけのことだと思っているんだよ。一週間に一日とかそういうことじゃないんだぞ! 本当に、死んでくれ。頭がおかしい。認知がおかしい。きちがい兄貴、おまえにとって、「特につもりがない日」はめちゃくちゃにこだわって、一日中、非常識などでかい音で「鳴らしきった」日だ。









2014年8月22日金曜日

だから、「いま、しんどい」とかいっても、わからないと思う。


なんかさ。起きている時、頭が、どっちかに、傾いている感じがする。というか、傾いている。なんかもう、まっすぐに、座ってられない。もう、なんかそういう感じになっちゃった。まあ、気をつけて、真っ直ぐにしないとな。けど、本当にねー。ヘビメタ騒音で疲れたわ。人生全部、毎日全部、ヘビメタ騒音で疲れたままだ。すべてが、夢の夢になってしまった。もし、きちがいヘビメタがなければ、できたことが、まったくできない。雲をつかむような話。

それから、俺が「辛かった」とか言っても、感触は通じないと思う。感触というのは、いまも残っている感触で、僕の世界認知そのものだ。だから、この感触は、生きている限り、消滅しないのではないかと思う。この感触自体が、体験を伴って、苦しいんだ。ヘビメタ騒音を浴びて、八年目に生存していた時、ものすごく苦しかった。それが、いまでも、同じように、感触として続いている。今この世に存在しているのが、ヘビメタ騒音で、苦しい。ヘビメタ騒音の連続で苦しい。

体験というのは、何年もの、毎日の体験で、時間的に積み重なっている。べつの表現を使うと、毒がたまっている。時間的な経験なんて言うのは、他の人にどれだけ言っても、伝わるわけがない。その時間じゅう、ずっと他の人が、追体験するわけじゃないからな。だから、「いま、しんどい」とかいっても、わからないと思う。








2014年8月20日水曜日

俺は、もう、行き場がない気持ちになる。死にたい。そんなんじゃない……

絶対にやめてくれなかったんだよな。その「絶対」が他の人にわからない。きちがい兄貴にも、わかってないところがある。というか、きちがい兄貴は、まるでわかってないだろう。自分が意地になって、絶対にやめてやらなかったのに、自分が意地になって、実際にはやめてやらなかったという「つもり」がない。「つもり」だけがない。こういう、変な状態なんだよな。

やめてくれるかと言ったら、それは、ぜったーーーーーーーーいにやめてくれない。こっちがどれだけ、困っていても、ぜったーーーーーーーーいにやめない。本当、狂ったように、そういう状態で鳴らし続ける。どれだけの意地で鳴らしきったと思っているんだよ? と訊いてやりたい。きちがい兄貴に訊いてやりたい。俺は、墓場でもそう思っている。棺桶の中でもそう思っている。

いま、夏休み期間中で、朝の九時から鳴っている。もちろん、いまと言っても、いまじゃない。夏休み期間中は、常に、午後八時三三分は、鳴っていたということだ。夏休み期間中は、朝の九時一五分から、かならず鳴らして、朝の九時一五分から、いまのいままで……午後八時三三分まで、ずっと鳴らしていたということだ。そして、午後八時三三分に、どれだけ、「やめろやめろやめろ」「鳴らすな、鳴らすな鳴らすな」「もう、さんざん鳴らしたんだから、静かにしろ」と言っても、一分だって、静かにしてくれことがなかった。ずっと、鳴らし続けるよ。そりゃ、途中でやめて、我慢するとなんてことは絶対にあり得ない。死んでもあり得ない。まあ、きちがい兄貴がその場で死ねばありえるけどね。ともかく、途中でやめるなんて選択肢は、きちがい兄貴にはない。そんなことは、考えもしない。

「静かにしてやる」というのは、きちがい兄貴がクソうるさい音で、その後もずっと鳴らし続けるということだ。これが、伝わらないのである。ずっと、そういうやり方でやられた。まあ、きちがい兄貴が「わかったわかった」などというのは、年に、何回かしかないけど、その年に何回かの「わかったわかった」のあと、やめて静かにするかというと、静かにしない。きちがい兄貴が、譲れる範囲でゆずるということになってしまう。そして、きちがい兄貴が譲れる範囲というのは、ものすごく狭い。だから、殆ど変わらない音で鳴ってしまう。それが現実。だから、現実をきちがい兄貴が理解していればまだいいのだけど、きちがい兄貴は、理解してない。「十分静かにししてやった」と思ってしまう。こっちは、ずっと、どかすか鳴らされて苦しい状態が続くだけなんだ。もともと、どでかい音でガンガン鳴らしたい人の気持ちが、傷つかない程度に……まったく傷つかない程度にしかゆずらない。ようするに、どでかい音でガンガン鳴らすということは維持して、その中で、ほんのちょーーーっとだけ、本当に微々たる量下げけてやるということだ。その……きちがい兄貴が、静かにしてやったつもりの音が、ものすっごくうるさいのである。客観的に言って、ものすごく非常識で、ものすごく、どでかい音なのである。いま住んでいところで、鳴らしてみろというのだ。きちがい兄貴。きちがい兄貴が、ゆずった音で、「ゆずったんだからいいだろ」と一〇時間鳴らしてみろ。おまえ、絶対に、文句を言われる。きちがい的なでかい音で鳴らして、それで、「静かにしてやった」と思っている状態なのだ。そういう、催眠術にかかったように都合が良い状態というのが、ずっと続いた。だから、どんな言葉も、伝わらないのだ。絶対の無視。

きちがい兄貴の伝わらなさというのは、「荒らし」以上だ。あらしなんて、まだ可愛いものだ。けど、なんというか、その「伝わらなさ」が同じなんだよね。本人の中で「つもりがない」というのもまったく、「荒らし」と同じ。何万回やったって、本人は、……「なにも悪いことをしてないのに、突然、いいかげんにしろといわれた」というような気持ちしかない。それで、どれだけ揉め事を起こしても、まったく、気がつかない。普通だったら、一回言われたところで理解しろというの。理解できるはずなんだよな。けど、荒らしやきちがい兄貴は、絶対に、なにがなんだろうが理解しない。相手が、悪いと思っている。そういう状態。一切合切の常識なんて、通じないからね。だから、他の人が「お兄さんだって、ちゃんと言えばわかってくれるんじゃないの」なんていうと、俺は、もう、行き場がない気持ちになる。死にたい。そんなんじゃない……。

ともかく、今の時間、どれだけ、何回、怒鳴りこんで、精一杯の大声で、「うるさいからやめろ!!!!」といっても、絶対にやめてくれない。そういう、毎日だ。そういう、毎時間、だ。毎日、度の時間に言っても、絶対にやめてくれない。途中でやめて静かにするなんてことは、絶対にあり得ない。それは、入学試験の前だってあり得ないことだ。それで、俺が二十歳の時、どれだけ苦しい思いをしたと思っているんだ? きちがい兄貴。きちがいだから、気にしなかった……気にすることができなかった……気にするつもりになれなかった……だけだろ。そうやって、全部の時間、毎日、鳴らしきったんで、「ゆずってない」よ。一分だってゆずってないよ。それがわからないのがおかしい。それで、「それがわからない」ということをいいことにして、鳴らしている……全部鳴らしているという状態なのだ。だから、本人は、常に「悪気がない」。悪気がないけど、どれだけ明確に、注意されても、絶対にやめるつもりがない。やめないけど、「ゆずってやった」と思っている……そういうきちがい的な状態だ。で、そういうきちがい的な状態が、感覚としてわからない人がいるのである。そういう人が俺の話を聞いた場合、俺が嘘を言っている……誇張していっていると思う……傾向がある。だから、そういう人にとってみれば、俺が勝手にダメ人間になったようにみえるのである。そして、ダメ人間だから「それだって、本当のことかどうかわからない」というような気持ちになる。「それ」というのは、きちがい兄貴がきちがいヘビメタを、俺が言った頻度で、俺が言った時間の長さ、俺が言った期間の長さ、鳴らしているということだ。

で、トータルでいうと、俺が「変な人にみえてしまう」のである。そういうことだって、もう、何回繰り返したかわからない。あるいは、「そんな音で鳴らしているのを、そんなに長い間許してしまうなんて、君はなんて、お人好しでバカなんだ」と思ってしまう。ようするに、俺が弱いから、ずっとやられたんだという話になる。あるいは、「ちゃんと言わないから、お兄さんが気が付かないので鳴らしているんじゃないの。そんな話は、おかしい!!」ということになってしまう。きちがい兄貴が、きちがいヘビメタを、きちがい的なでかさで、鳴らしただけなのに、俺がそういうところに、追い込まれる。それも、鳴らされ始めた、小学六年生の頃から同じだ。だれも、そういうすごい音で、すごい意地で鳴らしていると思わない。「言えば静かにしてくれるんじゃないの」なんて態度だ。本当に、死にたい。












わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。