2014年12月28日日曜日

実際には、水銀を海に流した企業の責任者のような親がいる

これ、二回目だから、簡単に説明しておく。家族がらみの問題だと、すぐに、愛情と憎悪、依存と自立という項目を並べて問題を説明しようとする人たちがいる。けど、純粋に、愛情ではなくて、憎悪の問題もある。憎悪にはかならず愛情が伴っているという文脈で、「他の人の問題」を解釈しようとする人たちがいるけど、違う。「他の人の問題」と言ったけど「他の人の、家族の問題」だ。自分の家族について考える場合は、いいのである。どうとでも解釈してくれ。それで、自分の気持が楽になるなら、どうとでも解釈してくれ。しかし、ほかの人のことは、解釈しなくていいよ。愛情が伴わない憎悪だってあるのだから。

たとえば、ある企業が、有機水銀を海に流したとするだろ。それで、有機水銀を取り込んだ魚を食べた人がいるとするだろ。その魚を食べた人が、神経をやられて、寝たきりの生活になったとするだろ。その場合、魚を食べて寝たきりの生活になった人が、企業に対して、愛情を感じるかということなのだ。愛情なんて感じないだろ。憎しみだけだろ。「どうしてくれるんだ」という気持ちだけだろ。けど、それが、親と子、ということになると、すぐに、愛情という話が出てくる。

「どうしてくれるんだ」とこだわっているのは、依存心からじゃないだろ。「人は、思い通りに動かない。だから、人にはなにも期待しない」などと涼しい顔をしていられるだろうか? そりゃ、障害が残らないならいい。けど、障害が残ったらどうだ? その障害のせいで働けない。その障害のせいで、恋愛ができない。その障害のせいで結婚ができない。その障害のせいで、人並みの暮らしができない。ただ、苦しんで、寝そべっているだけ。なにも悪いことをしてないのに、自分だけそういう状態になったら、恨むだろ。

有機水銀で、動けなくなる人は、実際にいた。だから、その人一生はどうなってしまうんだというような疑問は、あった。僕はずっと、その人の一生はどうなってしまうんだろうと考えていた。で、その障害だって、有機水銀でその障害が生じたという確かな証拠がないと、証明できないんだぞ。原因不明の病気ということになってしまう。まあ、有機水銀で確かにそういう障害が生じるということが、確かめられたから、その問題はいいとしよう。けど、そういう、余地があるということは、覚えておけと言いたくなる。関連性を証明できなければ、言いがかりだと言われる余地がある。あるいは、はっきりしない病気であるなら、「気のせい」とか「自己責任」といわれる余地があるということを、覚えておけ。

有機水銀と障害との関連性が確かめられたから、寝そべっていたって、「だれだって、働くのは苦しい。けど、みんな、我慢して働いている。寝そべっているのは甘え。寝そべっているのは、怠け者だから。しゃきっとしろ」などと言われることは、ない。たぶんないだろう。けど、人によっては、……有機水銀と障害の関連性を認めていない人にとっては、寝そべっている人は、「甘えて、自分の人生を生きようとしていない人」なのである。これ、有機水銀を摂取したことによって生じる様々な障害については、「病気」だと認定されたからいいけど、「原因不明」のままだったら、どうだ? 「病気じゃないのに、そんなのはおかしい。シャキッとすれば、シャキッとできる。シャキッとできないのは甘え」と言われる可能性が出てくる。

まるまるXXXX病って、いまは、病気として認定されている病気があるんだけど、その病気は普通の健康診断では、チェックできない病気だ。けど、その病気にかかった人は、だるくてだるくしてしかたがないというような症状や、少し動くと疲れてしまうというような症状が出る。こういうばあいだって、「怠けている」「甘えだ」と言われる可能性が出てくる。「労働することの意味がわかってない」などと説教される余地が出てくる。病気として認定されていなければ、そういうふうに言われる可能性のほうが高い。可能性が高いというよりも、病気として認定されていなければ、……その病気だということが、わからなければ、完全に、そう言われる。けど、そう言われても、「だるい状態」「疲れやすい状態」は変わらない。そうすると、「生きがたい」という悩みが生じる。

まあ、「生きがたい」という悩みの話はいいよ。けど、俺が言いたいのは、「愛情とからめるな」という話だ。有機水銀の話に戻せば、やられた人は、企業の責任者に対しては、憎しみしかない。愛情なんてない。働けなくなったから、生活費を出せ」と言っても、「依存」の問題じゃない。俺は、企業は、ちゃんと賠償するべきだと思うよ。それから、かりに、生活費を出したとしても、その人の一生は返ってこないんだよ。だから、生活費を出せば、それで、いいという問題じゃない。それで、責任をとったという問題じゃない。……けど、その人一生というのは、返せない。もとに戻すことができない。だから、それに関しては、慰謝料を払うべきだと思うよ。もっとも、慰謝料をもらっても、「やられた人」がそれで、ゆるせるかどうかはべつの問題だ。はっきり言えば、慰謝料をもらったあとも恨んでいいと思う。けど、これが、「慰謝料をもらったのだから、恨むべきではない」というような、アホなことを言う奴がいる。

まあ、それに関しては、またべつの問題だからな。いいや、同じ問題か? けど、なんというのかな、水銀を海に流した企業の責任者が「親」、その結果障害を背負ってしまった人が「子」というようなことになると、たちまち、「愛情」という問題にすり替えようとする奴が出てくる。こいつらは、「憎しみ」「憎悪」があれば、その裏にはかならず、愛情があると言い張る。「親」と「子」という単語が出てくると、「憎悪」だけではなくて、「憎悪と愛情」の問題にしてしまう。

けど、実際には、そういうのがいる。だから、そういう場合は、「憎悪」を感じて当たり前なのである。「愛情」を感じなくて、当たり前なのである。ここのところがわからないやつがいる。そういう人は、たぶん、そういうふうに考えて納得したいことが、あるのだろうと思う。で、そういうふうに考えて納得したいのは、別に問題はない。自分のことであればな……。自分自身にだけ適応される考え方ならな……。けど、こういう人は、一般化して、例外なく「そうなのだ」と言いたがる。例外を認めない。「水銀を海に流した企業の責任者のような親」がいるということを認めない。全部、自分が理解したい、あるいは、納得したい文脈に合わせて、解釈しようとする。で、何回も言うけど、その解釈は、自分に対して行うならいいけど、他の人に対して行うなということだ。そうではないばあいがあるからだ。
























2014年12月27日土曜日

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合

小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を静かにさせることができないなら、僕の人生は、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、まったく良いことにならないことは、決まってたんだ。小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に静かにさせることができない場合、僕の人生はない、ということが決まっていた。そして、小学六年生の時点で、きちがい兄貴のヘビメタ騒音を全面的に、静かにさせることができなかった。だから、どれだけ頑張っても、どれだけ辛抱しても、自分の人生がなかった。自分の人生をつかむことができなかった。

ぼくの方は、きちがいヘビメタ騒音対抗で、二四時間中、二四時間、爆発的な怒りと、疲労と不安を抱えて、苦しかったのに、きちがい兄貴の方は、まるで、一日に一分しか鳴らしていないような気分だったのだろう。そのくらいに、気にしてない。どれだけなにを言っても、気にするということができない。いま住んでいるうちでなら、言われれば、普通に気にして、やめたはずだ。それで、文句はないはずだ。けど、「うち」では、絶対に、一分だって、「やめてやる気持ち」になれなかったのである。だから、入学試験本番一週間前だろうが、一週間、ずっと、普段通りに鳴らし続けた。絶対にゆずってない。……このゆずった」というのが、クセモノなんだよな。きちがいだから。本当に、一分でも、〇・一デシベルでもゆずってやったら、「ゆずってやったゆずってやった」「なんだ!なんだ!!がたがた言ってくると、もっと鳴らすぞ」「なんだこんにゃろう、人がせっかく鳴らしているのに、がたがた言ってきやがって」という気持ちになる。だから、入学試験前日に、一二時間鳴らせるなら、十二時間普通に鳴らしていた。それが、きちがい兄貴の本当の姿だ。きちがい兄貴が、嘘をついているのは、そういう態度鳴らしたということが、自分にとって不都合なことになったから。で、これは、現在の状態なんだけど、鳴らしている時からそういう態度はあった。そういう態度で、がめつく、一分も、本当には静かにすることなく、自分の意地を通して、鳴らしたのである。で、後のことは、まったく感知しないのである。知ったことじゃないのである。だから、鳴らしたんだけど、それにまつわる責任みたいなものは、一切合切ない。どれだけなにを言われても、鳴らすんだけど、それは、他の人がやっていることなのである。あたかも!他の人が鳴らしていることで、自分には関係がないという、態度なのである。そういう態度を、全部の時間鳴らしながら、とる。そういう態度、そういう感覚なのである。だから、「自分」に言われても、「自分」のことじゃないのである。あるいは、自分がやったことじゃないという感覚が成り立っているのである。血相を変えて、どれだけ言われても、首を縦に振らず、すべての時間、自分が思った通りのでかい音で鳴らしていたのに、「そんなのは、知らないこと」なのである。そういう態度だ。頭がおかしい。きちがいおやじの十倍ぐらい、頭がおかしい。……けど、そういう奴が……そういう兄貴が……他の人の前では、普通の人間なのである。「うち」でだけやりやがった。十五年間毎日、うちでだけ、頑固に頑固にやりやがった。十五年間やり切ることができれば、……実際にできたら……それは、自分がやったことじゃないのである。だから、知らんぷりだ。で、本当に、そういう態度で鳴らしてたよ。鳴らしながら、自分がやっているような態度じゃないのである。どれだけ言われても、ほかのやつが鳴らしてるんだから俺に言ってくるなというような態度全般なのである。……言い表すならば……。





2014年12月23日火曜日

普段から、破滅感がある。足引っ張られ感」がある

ともかく、普段から、破滅感がある。足引っ張られ感」がある。常に、足を引っ張られている感じがする。どの時間のあいだも、きちがいヘビメタが鳴っている……鳴っていた。だから、一秒と一秒の間、瞬間と瞬間のあいだ、きちがいヘビメタの騒音の攻撃を受けている。やまない攻撃を受けている。瞬間瞬間、ずっと、攻撃を受けている。あの時の、頭のまとまらなさとか、持続した腹立ちとか、とてもじゃないけど説明がつかない。だから、その時、「やめてくれ」「静かにしてくれ」といっただろ!!!! きちがいだから、目を三角にして、認めなかっただけ。

俺は、さんざん言ってた。きちがい兄貴がきちがいだから、きちがい的な意地で、やり続けた。全部の時間、鳴らさなければ気がすまないような状態になっていて、実際にそういうことを押し通した。全部、きれいに、……しつこいけど、全部、押し通すことができれば、「自分は静かにしてやった」と思ってしまう。これも、あやしいけどな。ものすごくあやしい。きちがい兄貴が、静かにしない形で、静かにしたと思ったのは、たぶん、ヘビメタ騒音歴一〇年以降の話で、ヘビメタ騒音歴一年、二年、三年、四年、五年、六年、七年は、そういうつもりすら、頭に浮かばなかったと思う。そのくらいに、無視が、徹底している。

俺のいっていることの無視と、自分が意地を通して鳴らし続けたということの無視。どれだけ、全部の時間、自分が意地を通して、鳴らし続けたとしても、なにも浮かばないのである。「自分はなるべく静かにしてやった」というような言い訳すら、浮かばない。そういう徹底した無視だ。「できるだけ静かにしてやった」とか言い出したのは、鳴らし終わってから何年も経って、嫁さんに、自分がやってきた「しょぎょう」を知られたから、そういうふうに言ってごまかしたのがはじめだと思う。だから、そういうごまかしをする必要がない状態では、そういうことは、考えすら、浮かばない状態なのである。そういう「無視」で、首を縦に振らず、鳴らし続けた。これが、一五年間の、……少なくても、一〇年間の真実だ。

「うち」にいるあいだは、「よそ」の人がいないから、「言い訳をする」必要すらなかった。だから、「できるだけゆずってやった」というような嘘の考えも、まったく浮かばなかった。毎日全部、同じように、どかすかずっと鳴らしているだけだ。今、午後九時〇八分だけど。この時間も鳴ってたぞ。




2014年12月19日金曜日

「これなら、シャバに出て行けるかな」と思うんだけど、それは、長くは続かない。

なんとか、通常運行になったけど、二、三日前は、きつかった。
普段から、鬱でだるい状態なんだけど、本当にきつくて、寝てばかりになってしまう時がある。こういう日は、本当に、二〇時間ぐらい、横になっている。二二時間ぐらいか。ともかく、簡単なものを食べて、あとは、ぐわーっと横になってしまう。で、横になっていても、楽じゃないんだよ。この「楽じゃない」というのがきつい。だるくて鬱で、ヘビメタ騒音の記憶がいっぱいよみがえってくる。将来に対して、ものすごく悲観的なものの見方しかできない。ともかく、苦しい。体がきついんだよな。

まあ、ともかく、普段より、きつくなる時がある。普段も、きついんだけどね。ときどき、相対的にはからだが苦しくない時があって、その時は「これなら、やっていけるかも」「これなら、シャバに出て行けるかな」と思うんだけど、それは、長くは続かない。

普通の時、……今は普通の時なんだけど、そういう時も、いろいろな後悔が浮かんでくる。これは、「こういうことを言うべきではなかったか」というような後悔で、相手に対して自分がしたことを後悔している。「そういうつもりじゃなかった」というのがある。たとえば、ある人妻に対して、「人妻と付き合うつもりはないから……」ということを、言ってしまったんだけど、他の人がいるところで言うべきじゃなかったとか。あれは、恥をかかせてしまったんだろうなって思う。けど、本人はともかく、旦那さんとかさ……あとで、出てきて、金を出せとか言われたら、いやだからさ。防衛にまわってしまった。過剰防衛なんだけどね。ともかく、あそこで言うべきじゃなかったんだよな。ちょっと配慮が足りなかった。

ともかく、いろいろと、「人を傷つけたんじゃないか」というような気持ちが襲ってくるときがある。で、そういう記憶が、細かい。ひどいのになると、三〇年前とか四〇年前の、ものすごく細かい記憶が襲ってくるときがある。なんらかの関係で、思い出しちゃうんだよな。いま視ているものや、いま考えていることの、関係で、なんか、ひらめくように、いろいろな細かい記憶を思い出してしまう。本当、自分で細かすぎると思うのだけど、ものすごく、細かい記憶が鮮明に思い出される。……で、なんか、それについて、反省しているというか……「こうすればよかったのかな」と考えている。ヘビメタ騒音が始まってからは、なんというか、ヘビメタに押し出されて……「そういうことになってしまう」ときがある。友だち関係でも、いろいろあった。



2014年12月17日水曜日

朝から晩まで鬱。晩から朝まで鬱

やっぱり、激しく鬱なんだよね。朝から晩まで鬱。晩から朝まで鬱。二十四時間中二十四時間、ずっと鬱。ヘビメタ騒音が鳴っていた時間帯は、ヘビメタ騒音が鳴っている感じの鬱で、ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯は、ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯の鬱。ヘビメタ騒音が鳴っていない時間帯も、「きのう」のヘビメタ騒音で、鬱だった。これは、気持ちの問題ではなくて、体が、本当にだるいのである。これ、もう、絶対、他の人に通じないんだけど、だるくてつらいのである。「鳴っている時間」だけ苦しいわけじゃなくて、鳴っていない時間も、全部通して、苦しい。ヘビメタ騒音で苦しい。どうしてそういうことになってしまうかというと、一日にかならず、六時間四十五分はなることに鳴っているからなのだ。一日に六時間以上、あの音にさらされると、他の一八時間も強烈にだるくなる。土曜日は一〇時間、日曜日は一二時間、夏休み、冬休み、春休みは一四時間鳴らされる。


2014年12月15日月曜日

本当に、異物感ありありだな。きちがいのかたまりだな

本当に、ヘビメタ騒音なしの人生を生きたかった。きちがい兄貴が、いなかったら。きちがい兄貴がヘビメタ興味を持たなかったら。きちがい兄貴が、ヘビメタに興味を持ったとしても、普通に静かにしてくれる人間だったら……。全部、仮定の話。全部、事実とは違う話。……むなしい。こんなところで、ひとりで、こんなことを、タイプしている……むなしい。きちがい兄貴は、やり切ったから、普通に暮らしているんだよ。絶対に自分の意志?意地を曲げなかった。だから、きちがい兄貴が、いまさら、いいわけとしても、「できるだけ静かにしてやった」とか言っているとしたら、ゆるしがたいことだ。本当に、そういう態度で、鳴らしてきたんだよな。絶対にゆずらずに鳴らすんだけど、「つもりがない」。「静かにしてやった」と思っている。この、「静かにしてやったと思っている」というのは、嫁さんに確認しないとわからない。もし、本当にそう言ったなら、本物のきちがい嘘つき。けど、何回も言っているけど、そういう意識で、ぎちぎちに、頑固に、全部の時間、どでかい音で鳴らしたんだと思う。あれ、本当に不思議な意識だ。もし、本当に、「静かにしてやったと思っている」と思っているとしたら、本物の、きちがい。自分の記憶を、書き換えている。けど、本当に、鳴らしている時から、……頑固に、絶対にゆずらずに鳴らしている時から、毎日、毎分毎秒、そういうつもりだったのかもしれないという感じがする。本当に、異物感ありありだな。きちがいのかたまりだな。どれだけの頑固さで鳴らしたと思っているんだよ。ちゃんとゆずってくれたことなんて一回もない。




2014年12月10日水曜日

行く段になって、ものすごく滅入る

ものすごく、光にあふれた部屋の中で、俺は、常に、破滅・破綻を感じている。あの日の破滅感が、繰り返している。あの日々のといったほうが正確だな。本当に、毎日毎日、何年間続いたと思っているんだよ。きちがい兄貴。おまえ、本当に、ギャグじゃなく、まったく、ゆずらなかった。本当にきちがい親父と同じ。絶対にゆずる気がない。絶対に、ゆずれない。一分だろうが、自分が本当に我慢してゆずったら、不満で不満で不満で、腹が立って腹が立って腹が立ってという状態になってしまう。だから、一切がっさゆずらなかった。十五年間にわたって、一切合切ゆずらなかった。これが、本当のおまえの姿だ。で、意地を張ってやったわけだから、わかっているはずなのに、わかってない……ということになっているらしい。これは、本当に信じられない。けど、……けど、最初から最後まで、そういう態度なんだよな。

いまの態度というのは、「そんなの知らなかった」というような態度なんだけど、やっている時から、やっているそばから、そういう態度だ。どれだけ、しつこく怒鳴りこんでも、きちがい兄貴、おまえが認めなかっただけだろ。どれだけなにを言っても、通じない。この通じなさが、ひどすぎる。頭がおかしい。こいつにくらべたら、「荒らし」なんて、子供みたいなものだ。何万回も言われて、何万回ももめているのに、「知らなかった」という態度で鳴らし続ける。今は嫁さんのような「外部の人」がいるから、「外部の人」の前で、嘘をついている。これも、嘘をついている認識があるのか、嘘をついていない認識があるのか、わからない。そりゃ、「くちをきいたことがない」からな。

家族会議のテーブルにつけ、と言われるのが嫌なんだよ。だから、家族会議のテーブルにつけと言われる日は、家族会議のテーブルにつけと言われていることを無視して、自分が鳴らせる時間、普段通りに、できるだけでかい音で鳴らしている。きちがい兄貴が鳴らしているおと言うのは、普段から、限界的にでかい音だ。本当にひどい。直撃で俺がやられた。本当にひどい。あんなの、本当にひどい。まあ、音のでかさのことは、横においておく。いまは、家族会議の話だ。家族会議に出ると、「静かにしてやれ」と言われるので、無視して、一日中、普段通りに鳴らしている。……そういう状態だ。だから、入学試験3ヶ月前から「交渉」しても、席につかない。テーブルにつかない。で、席につかないあいだ、全面的に静かにしなければならないという状態だったら、いいのだけど、全面的にうるさくしたままだから困る。だから、交渉しているあいだずっと、普段通りに、やられている。入学試験が近いからやめろと言われても、やめないやつが、普段、普通の日に静かにすると思うかよ? 思わないだろ。だから、静かにしてない。けど、きちがい兄貴は、フルの音で、すべての可能な時間、全部鳴らして……全部、非常識などでかい音で鳴らして……特になにもしたつもりがないんだよ。「全部の時間鳴らすのがあたりまえだから、全部の時間、鳴らしている……それでいいだろ」という態度なのだ。で、そういう態度が、どれだけなにを言われても、崩れない。だから、「そんなつもりじゃなかった」とか「そんなの知らなかった」と嫁さんの前で言える。「嘘をついているつもりがないまま」そういうことを言える。頭がおかしい。で、そういう態度で鳴らしてた。で、絶対に、一分もゆずらなかった。一分だって、自分が鳴らせる時間に、スイッチを切って我慢しやるということはしなかった。だから、ゆずらなかった。これ、きちがい兄貴も、きちがい親父と同じだから、「ゆずらなかった」と言われると「ゆずったゆずった」なんて話になる。鐚一文、絶対にゆずってやらなかった……鳴らせる時間は全部使って鳴らしした……有効な範囲まで音を下げたことは一分もないというのが、きちがい兄貴のやったことなのである。けど、「そんなに鳴らしてたのか?」って、嫁さんのような「外部の人」から聞かれると、「そんなんじゃない。そんなんじゃない」って言う。これ、嘘。けど、きちがいだから「嘘をついているつもりがない」かもしれない。それがわからない。ともかく、現実としては、俺が言っていることが一〇〇%正しくて、それは、当時俺の部屋に入ったことがある三、四人の友達が証言してくれる。

もっとも、一五年間もきちがいヘビメタを鳴らされて、そういう友達とも、すっかり疎遠になっちゃったけどな。これも、不可避的に疎遠になる。浪人しているような格好が悪い状態で、成人式とか行く気になるか? 人生がまったく開けてないのに、宙ぶらりんな無職状態なのに同窓会に行く気になるか? ただでも、きちがいヘビメタ騒音に一五年間も毎日やられて、日々、暗い気持ちで暮らしているんだ。そんな集まりに出る気になるか? なるわけないだろ。

きちがいヘビメタに一五年間やられて、人生がない状態の気持ちなんて、他の人には、絶対わからない。それは、なんか、壁として感じてきた。それから、行く段になって、ものすごく滅入るんだよ。これは、別に同窓会とかじゃなくて、オフ会でも、面接授業でも、ただ単に(事情を知っている無職の)友だちと会うという場合でも、ものすごく滅入る。

ヘビメタ騒音ですっちゃかめっちゃかだった、朝の気分……ひきつった気分そのままだ。俺は、七年間、そういうすっちゃかめっちゃかな気分に耐えて、学校に行ってたんだ。どれだけ耐えて頑張っても、毎日、苦しさが積もっていくだけだ。憂鬱が積もっていくだけだ。腹立ちが積もっていくだけだ。どうしょうもなさが積もっていくだけだ。我慢して我慢して、頑張って頑張って、そういうものを、ためこんでしまう。……ためこんでしまうからだめなんだということにもなるかもしれないが、きちがいヘビメタ騒音が平日七時間、休日一二時間鳴っているような状態だと、どれだけ気にしないようにしても、体が不可避的にそういう状態になる。精神が不可避的にそういう状態になる。だから、そういう状態になる。それも、頑張って、克服して、耐えて、学校に行く。そういうことを毎日、何年間も繰り返していた。きちがいヘビメタがなければ、……毎日のヘビメタ騒音がなければ、俺はこんなことになってない。そんなに辛い毎日であるはずがない。普通に普通の気分で暮らせていた。そりゃ、学校に行って人と付き合っていれば、不愉快なこともあるだろうし、頭にくることもあるだろう。憂鬱なやりたくないことをやらなければならない場合もあるだろう。けど、きちがいヘビメタ騒音が最大限の音でずっと鳴っている暮らしとは、ぜんぜんちがう。根底からちがう。けど、普通の人にも、きちがい兄貴にも、きちがい親父にも、そういう部分が見えないから、俺が勝手に、ダメになっているようにしか見えない。本当に、きちがい兄貴、なにをどれだけ言っても通じない。「そういう音で鳴ってたら、困るだろ」というのがまったくなにも伝わらない。入学試験前日だろうが、伝わらないのだから、普段の日に伝わるわけがない。今になれば、外部の人前で「そんなにしらなかった」ということになるのだろうけど……そういう嘘を、抵抗なく、つけるのだろうけど、それは、きちがい兄貴が無視しただけだ。どれだけ何回言っても、きちがい兄貴が無視した。どうして無視したかというと、もし認めてしまえば、自分が本当に静かにしなければならないからだ。本当に静かにするのは、死んでも、一分だって、絶対に嫌なのである。嫌な状態なのである。で、そういう、自分の気持ちに気がついていたはずだ。しらばっくれているけど、本当は、知っているはずだ。根本のところでは知っているはずなんだ。で、きちがい兄貴が気楽なのは、全部、無視してやることができたからだ。実際に、静かにさせられたことがない。自分が、鳴らさないで我慢する……鳴らさないで数時間我慢するなんてことを、絶対にやらなかったからだ。だから!!!!!気付いてない。だから、ぎゃくに気付いてない。これ、本当におかしい。意識的な部分ではともかく、無意識的な部分は、知ってたはずなんだ。「頑固に無視して、やったってやてっない」状態にしただけ。「全部、やり切っても、まったくやってないのと同じ」なのである。自分の意地を押し通して、一分だって静かにしてやらなかったというのが本当の話なのに、きちがい脳内変換で、「できるだけ静かにしてやった」ことにしてしまう。嘘だね。本当にきちがい。きちがいなら、きちがいの意地を押し通してもいいかというと、そうではないと思う。本当に、「さんざんやり切って、つもりがない」とか、頭がおかしい。どれだけもめたと思っているんだよ。






2014年12月7日日曜日

何千日も邪魔されて、嫌だったよ

けっきょく、俺だけの「気持ち」なんだが、何千日も邪魔されて、嫌だったよ。何千日も勉強の邪魔されて、嫌だったよ。何千日も、より良く生きることの邪魔をされて嫌だったよ。進学や就職で、自分の駒をすすめるとき、きちがいヘビメタ騒音のハンディが重くて、嫌だったよ。もう、本当に嫌だ。しかし、「嫌だ」と書いても、本当のところは、俺以外の人にはわからない。

あの虚しさが、出てくるんだよね。いつも出てくる。だから、横になっている時も、起きている時も、出てくる。俺は、騒音生活の、続きを生きている。すべてのことで、取り返しの付かないハンディが生じてしまった。人生の大問題だ。けど、きちがい兄貴は、やっているさいちゅう、弟に人生的な問題を押し付けているなんて言うつもりはないんだよ。今だって、そういうふうには思っていない。自分は、やっていいことをやっているだけ、という気持ちしかない。あるいは、そういう気持ちすらない。ようするに、あまりにも、当たり前で、まったく悪いことをしているつもりがない。どれだけなにを言われても、やっているつもりがない。絶対に、静かにしてやらない……自分の意志で静かにしてやらないのだけど、それこそ、絶対に、つもりがない。どれだけなにを言われても、どれだけもめても、つもりがないまま、鳴らし切る。……鳴らし切ることは、もう決まっいて、言っ位合切変えるつもりがない。途中で、やめてやるつもりなんて、まったくない。七時間鳴らせるなら、七時間やりきる。それで当たり前。がたがた言ってくるほうがおかしい……そういう気持ちしかない。「静かにしろ」「静かにしろ」と言ってくるほうが、おかしい。だから、そんなの無視して鳴らすけど、それでまったく問題がない……という態度だ。で、そういう態度のまま、一五年間毎日、過ごしてきたんだよ。どれだけなにを言われても、認めない。認めないということも認めない。「どれだけ鳴らしたっていいだろ」という態度だ。全部の時間、自分が思ったように、でかい音で鳴らし切ることに、命がかかっているのに、それを認めない。気軽にやっているんのである。知らないで気軽にやっている状態だ。けど、絶対の意地で、認めない。やめようとしない。

あいつは、何十年間もそういうまま、なんだよ。それで、毎日僕の、一日が、潰れていく。つぶれていく。このつぶれていくというのは、本当に無意味につぶれていくんで、つぶれたけど、プラスマイナスゼロだということではない。つぶれたうえに、いのちと才能の表出が削られていく。ダメな人になってしまう。




2014年12月2日火曜日

自分が、どれだけ、きちがい親父に頭を押さえつけられたか!

ヘビメタ騒音にやられても、七年、一四年頑張ってきた俺が、どうして……いまさら、そんなわかったようなことをいわれなければならないのか?と思う。本当にすべてがゆるしがたい。きちがい兄貴さえ、ヘビメタに興味を持たなければ、……そもそも、きちがい兄貴がいなければ……そんなことをいわれないで済んだ。何万回の俺の努力が、全部無駄になっている。努力と言っても、平地で……いわば普通の状態で努力しているのとは違う。きちがいヘビメタ騒音の中で努力している。こんなの、腹痛をこらえて走っているようなもので、ぜんぜん、努力の意味が違ってくる。前向きで、力になる努力じゃなくて、体を壊す悪い努力だ。けど、そういう努力しかできないだろ。鳴ってないわけじゃないのだから。ずっと鳴っているのだから。……そりゃ、鳴り止めばいい。そりゃ、鳴り止めばいいのだが。

毎日、全部、成長期にそんなことをされていいわけがないだろ。きちがい兄貴は、何年、毎日やっても、それでいいと思っている。で、「それでいい」と思って、きちがいヘビメタを鳴らす。一日に一四時間鳴らせるのであれば、かっちり、一四時間絶対に鳴らすわけで、一分だってゆずらない。それが、中間期末試験中だろうが、入試本場一週間前だろうが、容赦なく、鳴らし切る。……普通に考えていいわけがないだろ。そんなこと、されて、いいわけがないだろ。けど、きちがい兄貴は、切れてるきちがいだから、それで、ゆずってやったと思っているようなところがある。本当に、きちがい親父を無視すると決めた時に、俺のことは無視して、一切合切、気にしてない。気になしくても、いいのである。そういう権利があると頭から思っている。だから、普通に言えば、わかることが、絶対に、どれだけ、何万回いわれようが、……わからない。で、わからないから、いい。わからないから、気にしてない……だから、悪気があってやっているわけではない……だから、全部やり切っても、特に悪いと思わない……というような、きちがい的な感じ方があって、「認めない」。あんな音で一日に、何時間も鳴らされたら、困るだろ……それが通じない。自分は鳴らしていいと思っている。一分間ゆずるとしたら、自分が、一分間ゆずってやりたい時だけゆずればいいと思っている。そして、実際に鳴らしだすと、一分間ゆずりたいという気持ちがなくなる。実際には、一分間でも、ゆずりたくないわけで、「ゆずってやりたくなる」ことがない。だから、ゆずらない。けど、それでもいいと、こころの奥底の奥底で思っている。それが、「無視」している態度だ。で、この「無視」している態度に、本人だけは!!!無頓着なのだ。いわば、無視している態度を無視している。あったってないことにしている。本人は、気楽だ。そりゃそうだろう。やりたいことを思っきりできるのだから。

自分が、どれだけ、きちがい親父に頭を押さえつけられたか!!!!という気持ちがある。きちがい親父をど・か・し・て、せっかく、おもいっきり鳴らしているのに、「やめろやめろ」「静かにしろ静かにしろ」「鳴らすな鳴らすな」と言ってくる。……「なんだこんちゃろう」という気持ちしかない。こっちが困ることは、一切認めないのである。で、細かい時間も全部使って、全部の時間、きちがい的な音でヘビメタを鳴らし切る。鳴らしている時に、「鳴らすな」と言われれば、気分が悪くなる。「むっ」とくる。それだけ。むっときて、ガチャガチャ、ドカスカ、きちがいヘビメタをかき鳴らしておしまい。それだって、「静かにしてやりたくなった時だけ、静かにしてやればいいのだ」と思っているから、相手の制止を無視して、鳴らしても、なにも感じない。まあ、本人が怒るだけだ。そういうことの繰り返しで、毎日、七時間から、一四時間鳴らしてきた。

ともかく、きちがい的な意地があって、認めない。それで、ずっと毎年毎年、毎日毎日、毎分毎秒、ずっと弟の人生を邪魔してきても、なにも感じない。本人は、なにもしてないつもりだ。入試の前に、「静かにしてくれ」と頼まれても、上に書いてきたような気持ちがあるから、「静かにしてやりたい時だけ静かにしてやればいい」という考え方があって、実際には静かにしない。そりゃ、「静かしてやりたくない場合は、静かにしなくていいということだからな。静かにしてやるとしたら、自分がやりたいかたちで静かにしてやる……それでいいだろ……ということろがある。「それじゃよくない」と言っても、絶対に認めない。それは、絶対に認めない。きちがい兄貴の「静かにする」というのが鳴らさないで静かにするというのではなくて、強烈な音でどかすか鳴らしたまま、本人の思っいきり鳴らしたい気持ちが傷つかない程度に、静かにしてやるということだから、実際には静かにならない。テストの前日、一二時間鳴らせるなら、絶対に一二時間鳴らすわけで、これは、入学試験でも同じだった。なおさら、中間期末試験なんて、眼中にない。どれだけ、試験中に、……試験前に静かにしてくれと言っても、一日の「鳴らす量」というのがかわらない。だから、静かにしてない。けど、きちがい兄貴にしてみれば、たとえば、一二時間五分鳴らせる日に、一二時間100%の音のでかさでどかすか鳴らして、五分間、九九・九%の音のでかさで、鳴らしてやったら、……鳴らしたら……最大限ゆずってやった……ということになってしまうのである。だから、「ゆずってやったゆずってやった」ということになる。「出来る限りゆずってやったのに」後から後から「静かにしろ」「静かにしろ」ってなんだ!!!!!!と怒る。逆上する。不愉快な気持ちになる。そんなに言ってくるんだったら、「もう静かにしてやんねぇよ」……と思う。そして、そういう。ぜんぜん、静かにしてないのに、「もう静かにしてやんねぇよってなんだよ!!!!」って俺が逆上する。それが、入学試験一日前の、うちの光景だ。気持ちが、ブンバラバン、めちゃくちゃ。怒りと騒音で、むちゃくちゃになっている。そういう状態のまま、何時間も鳴らされたあと、入学試験を受けに行く……そういう時の気持ちがわかるか? きちがい兄貴!

きちがい兄貴、おまえは、入学試験前日だろうが、一分もスイッチを切って静かにしてくれなかったよ。だから、何ヶ月も前から憂鬱だ。きちがい兄貴とぶつかって、気分的にむちゃくちゃだ。ヘビメタ騒音が一日中鳴っているということだけでも、めちゃくちゃなのに、「静かにしてくれ」という交渉をして、もっとハチャメチャになっていく。きちがい的な意地で鳴らして、いいと思っているきちがいが、絶対に言うことを聞かない。親父だって、きちがいなんだからな。二大きちがい」を相手にして、むちゃくちゃな気分になっていく。きちがい親父は、かき混ぜることしかできない。きちがい親父はちゃんした常識がある人じゃなくて、きちがいなんだ。だから、親父に期待することはできない。親父が絡むと、もっと、変なことになる。実際、中学の三年間、きちがいヘビメタ騒音のことをどするかという問題でも、きちがい親父はきちがい親父的な反応しか返してこない。本当に、こいつがガンなんだ。宿痾なんだ。ちゃんとうまく動いてくれたことがない。かならず、ひっかきまわす。こっちの気持ちが、ハチャメチャになる。発狂状態のまま、入試を受けに行くような状態だ。毎回そうだよ。きちがい兄貴と四ヶ月前から、交渉」してたって、その四ヶ月間、ずっと、きちがい兄貴が一〇〇%鳴らしている状態がかわらないわけだから、きちがいヘビメタ騒音、プラス、きちがいヘビメタ騒音に関係する交渉で、発狂的な状態になっていく。気分が悪くて、めちゃくちゃな状態になっていく。こんなハンディ、ない。他のやつは、試験前だということで、気にされて、なるべく受かるようにしてもらっているというのに、俺は、きちがいヘビメタが一日中、ドカスカ鳴っている状態だ。きちがい兄貴が静かにした……してやったと思っている時の音が、一階の玄関で、人と人が会話できないような状態なんだからな。二階で鳴らしているきちがいヘビメタの音がでかすぎて、一階の玄関で、普通に会話できない。そういうでかい音で鳴らしながら、「静かにしてやった」「静かにしてやった」「静かにしてやった」と思う。これじゃ、まるで、きちがい親父だ。きちがい親父そのものだ。











わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。