2015年8月29日土曜日

母子家庭のほうが良かった

もう、やっぱり、死にたいな。どうやっても、表現できない。きちがい兄貴にやられて、いたたまれない状態のまま時間がたっていくという時の気持ちが、表現できない。毎日やられていたから、毎日つらかったけど、特に、辛い時があった。ひとつは、

あーあ。親父とお母さんが離婚して、きちがい兄貴は親父と一緒に、僕はお母さんと一緒にすむことになればよかったんだ。それなら、母子家庭であっても、貧乏であっても、いまよりもずっと、マシな人生を歩んでいたと思う。きちがいヘビメタさえなければ。なんで、きちがいヘビメタから俺を待ってくれなかったんだよ。お母さん。あれ、本当にきつかった。ほかの人は、「そんな騒音のことなんていつまで気にしていたってしかたがない」などというかと思うけど、そんなんじゃない。毎日だからな。毎日というのがつらい。仮に母子家庭でも、僕は勉強ができたと思う。きちがい兄貴がいなければ勉強ができた。そうなると、学歴……もっと言えば、学校歴が必要なバイトもできたと思う。塾の講師とか。かなり、教え方もうまく、人気もあったと思う。返済不要な奨学金を手に入れることができたと思う。優待生プログラムに応募して、優待生になれたと思う。貧乏で金がなくても、自分の手で、そこをなんとかして、学歴を似に入れることができたと思う。きちがいヘビメタ騒音がなければ。もし、両親が離婚して、きちがい兄貴抜きの母子家庭になったら、僕は貧乏をものともせず、自分力で、進学して、その世界で有名な人になれたと思う。





2015年8月22日土曜日

気持ちがくっついてない人、自分だけは例外、競争主義批判 2


肉を食べることを否定しているときは、否定の強度が、心の綺麗さを表しているということになってしまうのである。「動物が可愛そうだと思わないのか??」「可愛そうだと思わないなんて、人間としての感情がない。血も涙もない」「動物が可愛そうだと思ったら、即座に、食べるのをやめるべきだ」「動物が可愛そうだと思っている人が、肉を食べるということを擁護、容認することはありえない」ということを言う。しかし、下半身が優位なときは、自分も、食べてしまう。俺がおかしいなと思うのは、たとえば、一時間前に、食肉のことでもめているのに、「自分が」牛丼を食べる時は、そういうことをまったく忘れてしまっていることだ。普通、気になると思うけど、気にならない。
ちょっとは、気にして悩めばいいのに、気にしないし悩まないのである。(たぶん、切れちゃっているから。つながってないから)。自分が牛丼を食べるときは、「動物が可愛そうだと思ったら、即座に、食べるのをやめるべきだ」という考えはまったく浮かばないのである。切れちゃっているから。……たぶん。四角さんが、気にすることはあるんだよ。牛丼屋に入って気にすることがある。隣の人が、「つゆだく」を頼んだということが、気になる。向かいの人が、グリグリと、卵をかき混ぜる手つきが気になる。どちらも、「けしからん」ことなのだ。殴りたいほど、腹が立つ事なのだ。あとは、自分が、その店のなかで一番安いメニューを頼んだら、そのことは気にする。「安いメニューを頼んだから、貧乏だと思われているにちがいがない」などと。また、普通の人が働いている時に、牛丼屋に入ると、店員が、自分を無職だと思って、バカにしてわらった」というようなことを、気にするのだ。あれだけ、四足(よつあし)の肉を食べることを否定していたのに……。「アメリカが、日本人の精神性を堕落させるために、肉食を流行らせた。本当の日本人は、大和魂を取り戻して、精神の堕落に抵抗しなければならない。これがわからないのは、偽物の日本人。自分は、本物の日本人だ。四足(よつあし)の肉を食べるのは、共食いだ。これがわからないのは、洗脳された家畜だ。家畜のフンについている糞虫だ」ということを言っていたのに。自分が!牛丼を食べることは、まったく、気にしないんだからな。


で、そういうことが、四角さんが言っていること、すべてに成り立ってしまうのである。たとえば、「競争主義はけしからん」「コンテストは競争心を刺激するから、けしからん」「写真を撮るということさえ、その人に、意識が集中するからけしからん。写真を撮るとどうしても、美しさや人気の競争が始まる。そういうのは、けしからん」と、ものすごい剣幕で言うのだ。「競争主義者は、競争主義者同士で、競争していればいい」「競争主義者は、悪の組織に洗脳されて、なにが正しいのかなにが間違っているのかわかってない」「競争主義者は、悪のエージェント」など言っていたのに。……言っていたのに、実は、普通に、アイドルの写真集や、アイドルのCDを買っているのだ。普通の人が、アイドルの写真集やアイドルのCDを買っても、別にいいと思う。四角さんは、「コンテストは競争心を刺激するから、けしからん」「写真を撮るということさえ、その人に、意識が集中するからけしからん」と言っているのだよ。自分が買うのはいいのに、他の人が買うのはゆるせないのだ。けしからんと思っている。いつもいつも、自分だけは、例外なのである。これも、「競争主義はけしからん」「コンテストはけしからん」「写真を撮ることですら、けしからん」と言っているときは、本当に、そういうつもりなのである。で、コンテストをやる人たちや、コンテストに応募する人たちや、コンテストを見ている人たちは、おろかな人たちなのである。これも、悪の組織に洗脳されて、なにが良くてなにが悪いのかわかってないから、そうしているということなのである。四角さんにしてみれば……。「競争主義者は、悪の組織に洗脳された家畜だ。家畜のフンだ。糞虫だ」と言っているときは、自分だって、写真集やCDを買うということは、捨象されてしまっている。自分は、そういうことはしない人なのである。けど、実際にはやる。けど、競争主義やコンテストを批判している時の自分と、写真集やCDを買うときの自分が、くっついてないので問題にならないのである。

「写真を撮るのは、けしからん。意識が集中してしまうから」というのは、わりと、スピリチュアリズムにはある。だから、そういうことを禁止して昔の状態で住んでいる人たちもいる。まあ、この場合の写真というのは、人の写真のことだ。昔の天皇だと、御真影というのがあって、日本国民には御真影に対して無礼なことをしてはいけないという意識があった。これは、これで、物神性の問題とからめて考えるとなかなかおもしろい。けど、それは今回は関係がない。今回関係があるのは、いわゆるブロマイドのような人物写真を撮ると、人気投票のもとみたいなものが形成されてしまうので良くないという考え方のほうだ。で、四角さんもそういう本を読むと。「これぞ真実」と感じてしまう。けど、四角さんは、アイドルの写真集とか、握手券付きのCDなどを買っている。だから、そういうことについて考えなければならないのだけど、「本人だけは、例外」なので、考えない。他の人たちだって、自分と同じように好きなアイドルの写真集を買いたいと思うような気持ちがあるのだ。自分が好きな人に一票を投じたいという気持ちがあるのだ。けど、そういうのは、反競争主義の観点から、持ってはいけない気持ちなのである。上半身優位の四角さんは、「競争はけしからん」「人気投票はけしからん」「美しさを竸うのはけしからん」「美人コンテストは、開催する人も、出ている人も、投票する人も、けしからん」ということを言う。また、そういうアイドルの出ているテレビなどを見ている人は、「操作されやすいB層で、自分の考えがない愚者だ」ということを言う。四角さんにしてみれば、「アイドルとか、人気投票というのは、大和民族を堕落させるために、悪の組織が仕組んだもの」なのだ。

あとは、平等主義とのからみもあって、やっぱり、コンテストは駄目だということ言う。差をつけるのは、平等主義に反するのである。美人コンテストをやれば、一位の人と一〇位の人とでは、差ができる。差ができるようなことをやるのは、けしからんのである。

けど、四角さんは、いかがわしい店に行って、お気に入りの嬢を選べなかったことを、くやしがってしまうのだ。「お気に入りの嬢は、人気ナンバーワンの嬢で、もう少し早く来れば、その嬢を選べたのに、選べなかった。けっきょく、人気のない嬢を選んだのだけど同じ金額を払うなら、お気に入りの嬢を選びたかった」と、くやしがっているのである。別にそういう店に行ったということや、写真を見比べて人を選んだということを、批判しているわけではない。僕が批判したいのは、そういう時の気持ちと、「写真はけしからん」「コンテストはけしからん」「写真を並べて、人を選ぶのは差別だ」と言っている時の気持ちが、違いすぎるということだ。また、他の人だって、自分がそうするように、そうすることがあるということを、認めたほうがいいということを言いたい。自分だけは例外という態度は、他の人との人間関係に、かなり深刻な暗い影を落とす。本人が、気がついていないのならば、なおさら、いろいろな問題がしょうじる。友だちができないとか彼女ができないということについて悩む前に、そういう矛盾をなくすように努力した方がいい。要するに、自分が普段やっていることは、普段やっていることとして認めたほうがいい。他人も、自分がやるようにやるのだということを、認めたほうがいい。

自分の中の、「悪いもの」は、すべて、他人の上に投影されるというしくみが成り立っている。ここで言う、「悪いもの」というのは、別に、悪いものではない。四角さんにとって、「悪いもの」だ。たとえば、肉を食べることは、四角さんにとっては悪いことなのだ。しかし、四角さんは、自分が肉を食べることは、一切合切気にしない。四角さんが気にするのは、他人が肉を食べることなのである。常に、自分以外の人間がなになにをするのはけしからんということになっている。本人は、いつも、蚊帳の外なのである。自分のそういう基準に、自分が合致しているかどうかというのは、恐ろしいほど、気にならないのである。気にならないというよりも、最初から、基準の対象になってないから、気にすることができない。そのくらいに、「くっついてない」のである。普通は、自分も対象にするものだということが、最初からわかってないのである。四角さんにとって、「悪」というのは、常に外部に存在するのである。

「他人も、自分がやるようにやるのだということを、認めたほうがいい」ということを言ったけど、これを実際に四角さんに言うとどうなるか。四角さんの反応は、「自分をワナにかけようしている」というものだ。ようするに、自分をだまそうとしてわざと、(相手が)そういうことを言っていると判断してしまう。ここでも、他人は悪意に満ち満ちていて、常に自分をだまそうとねらっているという、意識があらわれてしまう。他人の中にしか「悪」を見いだせない。そして、それが、ハズレなのである。繰り返すけど、友だちができないとか、もてないということを気にするより前に、そういうことを気にした方がいい。気にしてなおした方がいい。




2015年8月21日金曜日

写真を取るのは、けしからん

「写真を取るのは、けしからん。意識が集中してしまうから」というのは、わりと、スピリチュアリズムにはある。だから、そういうことを禁止して昔の状態で住んでいる人たちもいる。まあ、この場合の写真というのは、人の写真のことだ。昔の天皇だと、御真影というのがあって、日本国民には御真影に対して無礼なことをしてはいけないという意識があった。これは、これで、物神性の問題とからめて考えるとなかなかおもしろい。けど、それは今回は関係がない。いわゆるブロマイドのような人物写真を撮ると、人気投票のもとみたいなものが形成されてしまうので良くないという考え方なんだよ。で、三角さんもそういう本を読むと。「これぞ真実」と感じてしまう。けど、三角さんは、アイドルの写真集とか、握手券付きのCDなどを買っている。だから、そういうことについて考えなければならないのだけど、「本人だけは、例外」なので、考えない。他の人たちだって、自分と同じように好きなアイドルの写真集を買いたいと思うような気持ちがあるのだ。自分が好きな人に一票を投じたいという気持ちがあるのだ。けど、そういうのは、反競争主義の観点から、持ってはいけない気持ちなのである。上半身優位の三角さんは、「競争はけしからん」「人気投票はけしからん」「美しさを竸うのはけしからん」「美人コンテストは、開催する人も、出ている人も、投票する人も、けしからん」ということを言う。また、そういうアイドルの出ているテレビなどを見ている人は、「操作されやすいB層で、自分の考えがない愚者だ」ということを言う。三角さんにしてみれば、「アイドルとか、人気投票というのは、大和民族を堕落させるために、悪の組織が仕組んだもの」なのだ。
あとは、平等主義とのからみもあって、やっぱり、コンテストは駄目だということ言う。差をつけるのは、平等主義に反するのである。美人コンテストをやれば、一位の人と一〇位の人とでは、差ができる。差ができるようなことをやるのは、けしからんのである。

で、

2015年8月13日木曜日

バイクをあきらめさせるために、あのけちな、親父が、入学祝いをあげる

どうしても、今の時間、きちがい親父の顔をみると、「いまの時間、どれだけの音で鳴っていたと思っているんだ!!!」「きちがい親父は、きちがい兄貴のことを注意しなかった」「おまえが、兄貴をきちがい兄貴にしてしまった」と言いたくなる。で、言ってやったんだけど、「むかっ」ときた顔をした。

「いまの時間、どれだけの音で鳴っていたと思っているんだ!!!」だけど、本当にものすごい音で鳴っている。あんなのない。きちがい兄貴に言っておくけど、「いま住んでいるところで、当時鳴らしていた音で鳴らしてみろ」。絶対できないから。あんな音で鳴らしていいわけがない。普通の家だったら、五分だって、鳴らすことがゆるされないどでかい音なのである。そういう音で、一四時間も鳴らししてたんだからな。それだって、本人は、「静かにしてやった」と思っているような状態なんだからな。本当に、どれだけだよ。で、きちがい兄貴が、一日に一四時間鳴らしていた時、きちがい親父が鳴らしている時間に帰ってきて、ちゃんと注意したことがないのである。というか、鳴らしている……ということすら知らない状態なのである。あんなにでかい音で鳴らしているもうことすら、知らない状態なのである。一緒に住んでいるのに。きちがい兄貴がきちがいヘビメタをはじめて五ヶ月以上、経過しているのに。で、「ものすごい音で鳴らしているから注意してくれ」と小学六年生の俺が、頼んだときは、「なっちゃったらなっちゃったでしかたがない」なんて、絶叫して、絶対に、注意してくれなかったんだよ。それは、中学一年生の時も、中学二年生の時も、中学三年生の時も、高校一年生の時も、高校二年生の時も、高校三年生の時も、一九歳の時も、二〇歳の時も、二一歳の時も、二二歳の時も同じなんだよ。手短に言って、俺が二二歳の時も、きちがい兄貴は、フルの音でヘビメタを鳴らしていたので、親父が一一時一一分前に帰ってくるつもりになれば、いつでも、きちがいヘビメタが、どれだけすごい音で鳴っているか、……どれだけ近所迷惑な音で鳴っているか、経験できたのに、その時は……その期間中はずっと、午後一一時一一分前に帰ってくることは、一度もなくて、鳴らしている最中に、注意しない。で、「うるさい音でなっている」と言っても、「うるさい音でなっている」というのが、わかってないような状態なのだ。一緒に住んでいるのに……。これがまた、「わかってない」というと「わかってるわかってる」と絶叫するのだが……じゃ、注意するのかというと、絶対に注意しない。

西側の、隣の家の人だけど、この西側の隣の家の人は、きちがい兄貴が鳴らしていた時に、西側のうちにいたのかどうかわからない。この人達は、近くに別の家を持っている人なんだよね。近くに! だから、ヘビメタが鳴っているときは、その別の家に退避できたのかもしれない。いずれにせよ、きちがい親父の、きちがいヘビメタに関する無関心さというのはひどすぎる。あんなのはない。西の人が、きちがい親父に聞こえるように、「うるさいなぁ」っていった時の態度が、またひどいんだよな。「なんだ、人の息子がせっかく鳴らしているのにぃぃぃ」みたいな態度で無視して、ゴミ燃やしをする。日曜日だよ。

で、俺は、「きちがいヘビメタが鳴ってたんだぞ!!!」って、怒鳴ることにしたんだよ。「俺の怒鳴り声よりずっとでかい音で鳴ってたんだぞ!!!!」って、怒鳴ることにした。「この時間!!「俺の怒鳴り声よりずっとでかい音で鳴ってたんだぞ!!!!」って、親父の顔を見たら、怒鳴ることにした。一五年間、家で鳴らしているのに、その一五年間は、一切注意しないという態度だったから、それに対する、いらだちがある。他の人からすれば、「親が注意しなかったのなら、そんなにすごい音で鳴ってたわけじゃないじゃないの」と思うだろ。「そんなにひどい音で鳴ってたら、親が注意するはずだ。(注意しないのであれば、そんなにひどい音で鳴ってたんじゃないのではないか)」と思うだろ。そういうところで、「フタ」になっている。もう、本当に、そういうことが、まわりまわって、言い切れない状態を作り出している。こいつらは、計画的にそうしているわけではないのだけど、俺が世間から、誤解を受けるようなことばっかりやる。きちがい行為をしている方が悪く言われないで、俺が、悪く言われるような形で、きちがい親父は、きちがい兄貴に協力しているんだよね。実際、きちがい兄貴が高校に受かった時に、資金協力しているんだよな。あれ、本当に!! どうして、金をやったかというと、私立じゃなくて、公立に行ったからなんだけど、それでも、資金協力しているんじゃないかと思う。当時、きちがい兄貴が、バイクを買いたかったんだよね。バイクかヘビメタ道具かで迷っていた。で、入学祝いとして、バイクを買わないなら、金をやるということをした感じがする。バイクは、危ないからダメなのだ。だから、バイクをあきらめさせるために、あのけちな、親父が、入学祝いをあげるということをしている。けっきょく、その金だけでは、ヘビメタ用のどでかいステレオセットや、エレキギター、エレキギター用のアンプ付きスピーカーというものを、買うことはできないので、アルバイトをして、買ったんだけど、それでも、「たし」になっている可能性がある。で、ヘビメタ道具なんて買わずに、バイクを買って、静かにして欲しかったな。バイクなんて、どれだけふかしたってたいしたことはない。きちがい兄貴のヘビメタって、バイクをふかす音の何倍もでかい音だから。普段のヘビメタがそういう音だから。きちがい兄貴が静かにしたつもりの音……きちがい兄貴にとっては、「静かにしてやった」音のデカさが、バイクを蒸す音なんかよりずっとでかい音だから。ヘビメタに関しては、感覚がおかしいんだよな。ヘビメタなら、どれだけでかい音で鳴らしたって、いいと言う感覚が成り立っている。ヘビメタなら、こんくらいの音で鳴らして良いと言う感覚が成り立っている。で、「こんくらいの音」というのがものすごくでかい。けど、同時に、その「こんくらいの音」を、きちがい兄貴の頭のなかで、小さくしてるんだよな。どれだけでかい音で鳴らしてたって、「こんなの、フォークギターぐらいの音」と思っているフシもある。そういう感覚も成り立っている……としか思えない。けど、それは、「うち」限定であって、「よそ」のうちでは、発揮されない。よその家では、ヘビメタの音が特別にうるさい音だというのがわかっている。だから、鳴らせない。だから、嫁さんは、きちがいヘビメタを、あの音のデカさで聞いたことが、一分もないんだよ。それで、公平で中立とか言っている。きちがい兄貴の言い分が成り立つなら、かばってやりたいというような気持ちがあるのだろう。少しでも、(夫を)かばってやれるところがあるなら、かばってやりたいと思っているようなところがある。まあ、夫婦だからな。

言いたいのは、きちがい親父の資金援助がなければ、きちがいヘビメタが始まるのが、多少遅れたかもしれないということだ。ヘビメタ道具に、入学祝いの金が流れている。それと、もし、バイクもオッケーということになっていたら、……バイクに夢中になっていたら、ヘビメタが鳴ってなかったかもしれない。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。