2015年11月25日水曜日

それだけで、隠れキリシタンのような状態になる

いまは比較的、落ち着いている。
あ~~どうしたもんかな。料理もできるけど、料理で時間をつぶすわけにはいかないな。かなり短い、作業ができる時間だ。あんまりやりたくないけど。やろうと思えば、だらだら作業ができる。作業自体が可能ではない時間のほうが長い。

1)だるい状態で横になる(横になっている)(寝床でくるしい状態で寝ている)
2)普通の状態で横になる
3)座って食事をとる
4)料理を作る
5)なんとか自分が考えていることについて書く
6)だらだらと作業をする
7)かなり順調に作業をする

「7)かなり順調に作業をする」という時ですら、「ヘビメタ騒音が鳴り出すんじゃないかという予期不安のようなものがあって、強烈に不愉快になってしまう」。……予期不安と闘いながら作業をすることになるから。で、本当に良い時がなかった。きちがいヘビメタ騒音が鳴っている期間中、本当にいいことがない。ヘビメタ騒音がなければ、自分の趣味に没頭できた。その趣味世界で、生きていくこともできた。その趣味の勉強で、ほかのことに関しても、優位に駒を進めることができた。……しかし、実際にはヘビメタ騒音が常に鳴っていて、「それどころじゃない」のである。

1)から6)までは、予期不安タイプではない、不愉快さがつきまとう。というわけで、僕は、なにをしている時も不愉快だ。ヘビメタ騒音で不愉快だ。本当に、きちがい兄貴のやつ、どれだけ言っても、伝わらない。中学生になって、はじめて中間試験を受けるという時も、ヘビメタが鳴りっぱなしだ。試験は重要なんだよ。勉強の邪魔をするな。あれだけでかい音で鳴らしていて、邪魔をしているつもりがないというのがおかしい。7)の方に書こうかと思ったけど、きちがいヘビメタ騒音で成績が低くて(ぱっとしない状態で)、好きな人に、好きだと言えなかったよ。これも、人生の後悔のなかの一つだ。で、こんなの、お金があったって、どれだけ暇があったって、いまさらできることじゃないのである。その時に、必要なことなんだよ。

ともかく、学生にとって、家で勉強できないということはでかい。ただ単に、家で勉強でないだけではなくて、なんて言うのか……ヘビメタ騒音が鳴り終わった後もひどい状態なのである。これは、要するに、「家の手伝いをして」勉強する時間がないというのとは違う。普通に労働して疲れる……手伝いをして疲れるという、日常の範囲の疲労とは違うのだ。ヘビメタ騒音を六時間以上あびてしまうというのは、そういうことではない。ヘビメタを六時間以上あびた後の、疲労は、普通に生活して感じる疲労とは、まったく違う。違うんだよな。散歩して疲れたとか、読書をして疲れたとかそういうのとは違うんだよな。普通に疲れたというのが、ゼロだとすると、ヘビメタ騒音で疲れたというのは、マイナス一万なんだよ。マイナス一京なんだよ。マイナス一無限大なんだよ。

違う。ともかく違う。違うとしか言いようがないけど、違う。あの疲れは、本当に、マイナスの疲れでしかないんだよな。だいたい、家の手伝いで疲れたという場合は、成果が残っている。ヘビメタ騒音にさらされ続けて疲れたというのとは違う。だいたい、家の手伝いで勉強ができないといった場合、「えらいな」という感じがする。もちろん、勉強する時間ぐらいは、与えるように親に注意したくなるが……。しかし、ヘビメタ騒音で勉強ができないというのは、まあ、ぐちぐち愚痴を言っているようにしか響かないところがある。

けど、体がバラバラになってしまう。精神がバラバラになってしまう。本当に、耐えているだけで、精神がぐちゃぐちゃだ。言い様がない疲れに襲われる。この言い様がない疲れは、相当に悪質な疲れで、鳴ってない日常にものすごい影響を与える。鳴ってない日常って、日常生活のなかでヘビメタ騒音が鳴ってない時間のこと。学校なら、学校にいる時間、働いているなら、職場にいる時間だ。ヘビメタ騒音が鳴っているというのは、鳴ってない時間に影響を与える。多大な影響を与える。で、体の調子が違うんだよな。

で、その、体の調子に関することが、要するに、ガンバリズム?では克服できないことなんだよな。努力したりがんばることで、問題がなくならない。むしろ、問題が増えてしまう。時間が経てば経つほど、問題が増えてしまう。時間が経つというのは、要するに、ヘビメタ騒音が鳴っている時間が増えるということだから……。どれだけ、なにを言っても、やめないわけだから。当たり前のように、家にいる時間は、本人が寝るまで、やり続けるわけだから。本当に死んで欲しい。あいつがいなかったら。あいつが……。



素直にやりたくないことを書いてしまうよ~~
通勤電車で通勤~~
いやだ~~
決まった時間に通勤~~
いやだ~~
決まった時間に起きる~~
わけあってつらすぎる~~死にたい~~
やりたくない作業をする~~
いやだ~~
つきあいたくないひととつきあう
いやだ~~

(箇条書きからは、はずれるけど、ちょっと説明しておこう。たとえば、タバコ、パチンコ、競馬競輪競艇、車、酒、風俗(女)、興味がない芸能人、野球、サッカー、などなどについて語り合うのがいやだ。特に、野球、サッカー、車は嫌だな。バイクはちょっと興味がある。ともかく、なんて言うのかな、そういう話が嫌なのである。酒が飲めないし、宴会も嫌だな。底辺だと、パチンコ、競馬競輪競艇、車、酒場、風俗の話が多そうなんだよな。中流上流でも、スポーツの話はあるだろう。なじめない。そもそも、なじめない。で、これは、はやっているゲームについて知らないのと同じで、知らない人のほうが旗色が悪い。あ、ゲームもあんまり興味がない。知っている方が強い(優勢)。強いほうが優勢だからな。興味のない話題に興味を持っているように振る舞うのとか、少しは話題についていけるように、野球やサッカーに興味をつもつとか……これ、やってみたことがあるけど、どう考えても時間の無駄だ。むなしいだけ。むりむり。男で、野球とかサッカーに興味がないって、それだけで、隠れキリシタンのような状態になる。特に野球話は、苦痛だな。)
やりたくないね~~~

職場の人と忘年会などで酒の飲む~~
あんまりやりたくない。
酒は飲めないけど、気があったひととなら、いい。
(詳しく書くと、酒場の雰囲気はきらいじゃないのである。飲めないけど~~。雰囲気だけは嫌いじゃない)。ただ、やはり気のあったひとと、ということになる。職場だと、どうせ、上記のような話になるわけでしょ。あとは、いないひとの悪口か。上司の悪口か。話題はそんなところなんだろうけど、これはあんまり興味がないな。まあ、上司に不満がある場合は、僕も言ってしまうけどね。





2015年11月22日日曜日

自分がやる気になってやっていることをやめさせられそうになると、発狂する

横になっている時、本当に死にたくなる。「もう、疲れた……もう、疲れた、もう疲れた」ってずっと繰り返している。「あいつ、本当に頭にくる」「あいつ、本当に頭にくる」「あいつ、本当に頭にくる」って、こころのなかで繰り返している。「今、鳴っている時間だ。死にたい」「今、鳴っている時間だ。死にたい」って、こころのなかで、繰り返している。「あいつは、どれだけ言っても、静かにしてくれなかった」「ドシャドシャ鳴らして、絶対に静かにしてくれなかった」「どれだけこっちが頼んでも、しらんぷりだった。静かにしてくれなかった」……って、頭のなかでまわっている。エンドレス。

いま、日曜日の午前一一時だけど、日曜日の午前一一時は、ものすごい音で鳴っているんだよ。で、これを、注意しない親というのは、日本全国で、きちがい親父だけだ。しらんぷり、なんだから。本当に、しらんぷり。絶対に、兄貴に文句を言いたくなかったから、最初から、兄貴に文句を言うことは、考えないようにして、頭のなかから削除している状態なんだよ。本当に、そういう状態。一週間のなかで、日曜日の午前一〇時から、昼間の一二時までは、唯一、兄貴が鳴らしている時に、きちがい親父がうちにいる時間なんだよ。

まあ、きちがい親父は、庭で、ゴミ燃やしをしていたから、ほとんど外にいるんだけどな。外のほうがまあ、静かだ。本当、ドア一枚でだいぶ違う。けど、隣の人が外に出ていれば「うるさいなぁぁぁ」と思わず思ってしまうような音なんだよ。で、隣の人が、きちがい親父に聞こえるように「うるさいなぁぁぁ」って大きな声で言った時に、親父は、無視している。「なんだ、人の息子がせっかく鳴らしているのに……」なんてことをつぶやいておしまい。

あとは、ゴミ燃やしなんだけど、これも、隣の人が洗濯物を干していると、煙のくささや、灰が洗濯物につくから、やめてくれ言ってたのに、一切合切聞かなかった。これが!これが……。これ、隣の人は、親父に直接言えばいいのに、親父がきちがいオーラを出しているから言いにくいのか、実際にいやな思いをしているから、言いにくいのか良くわからないけど、ともかく、親父には直接言わなかったんだよ。

で、お母さんがいる時に、お母さんに、「洗濯物に灰がつくからやめて欲しい」と言ってきたんだよ。これが問題なんだけど、きちがい親父は、お母さんの言うことは、なんだろうが絶対に聞かない。目下の人間の言うことは、どれだけ言い分が正しくても聞かない。そうなっている。で、隣の人が、「洗濯物に灰がつくからやめて欲しい」と言ったと伝えているのに、「そんなの、気にしてない!!!そんなの気にしてない!!そんなの気にしてない!!」と逆上するんだよ。気にしているから、行ってきているのに、「そんなの、気にしてない!!!そんなの気にしてない!!そんなの気にしてない!!」って顔を真赤にして、発狂して怒鳴る。で、自分がそうやって、発狂して怒鳴ったら、それでもう、すんでいる。頭の先から、足の先まで、それですんでいる。

だから、本人は、聞かなかったのと同じ態度なんだよ。本人としては、そういうことをお母さん(妻)から聞かなかったという態度になる。逆上して、はねのけたら、本人のなかでは、それですんでいるわけ。で、「すみかた」が半端じゃないんだよ。本当に、まったく言われなかった」のと同じ態度、なんだよ。まったく言われなかったのと同じ気持、同じ認識。

だから、たとえば、一週目に、「洗濯物に灰がつくからやめて欲しいって隣の人が言ってきたから、やめて」と言われても、二週目の日曜日に、まったく同じように、いつものように、ゴミをボンボン燃やす。本当に、ボンボン燃やす。そうすると、隣の人は「あの奥さんは、本当に伝えたのか?」と思うわけだよ。で、そういうことが、何回も何回も続く。本当に、本人が、「そんなの気にしてない!!」ってはねのけたら、それで、すんでる。

もう、こういう言い方しかないんだけど、本当に、すんでる。顔真っ赤というか、たぶん、体じゅうを真っ赤にして、怒って怒って怒って、「そんなの、気にしてない!!そんなの気にしてない!!!そんなの気にしてない!!!」って怒鳴るんだよ。本当に、発狂。からだじゅうを真っ赤にして、からだをこわばらせて、発狂して、怒鳴る。

その時に、「気にしているから、言ってくるんでしょ」と言っても無駄なんだよ。どれだけ言っても無駄なんだよ。だから、二週目もまったく、「困るからやめて欲しい」という話を、お母さん(妻)から聞かなかったという態度で、バンバン燃やす。で、二週目も隣の人が、お母さんに、「困るからやめて欲しい」言うことを言うわけだよ。この時は、平日の昼間で、親父はいない。で、その日の夜に、「隣の人が、洗濯物に灰がつくからやめて欲しいと言っているので、やめて」と、お母さんが、親父に言う。

けど、同じことが繰り返されるわけ。「そんなの気にしてない!!そんなの気にしてない!!そんなの気にしてない!!」絶叫!!逆上!! で、本人は、そうやって逆上すると、「やらないで欲しい」と言われたことを、その場で忘れることができる。まったくそういうことを言われなかったのと同じ気分、同じ状態なんだよ。だから、また、三週目、バンバンゴミを燃やす。で、そうすると、隣の人は、「あそこの奥さん(お母さん)が、わざと、伝えなかったんじゃないか」と思うわけ。

で、お母さんが、板挟みになって、困りまくるわけ。で、親父がいけないんだよ。よその人が言っていることが正しい。あれね……ごみ燃やしの部分は、親父がブロックを使ってつくった自作作品なんだよね。で、よせばいいのに、隣の家に一番近い部分ごみ燃やしをするんだよ。あんなのバンバン燃やしてたら、絶対洗濯物に、灰がわんさと落ちて、においもつく。で、それはやっちゃいけないことなんだよね。

けど、きちがい親父が、自分でやる気になってやり始めたことは、家族がどれだけなにを言っても、やめないんだよね。兄貴も同じ、きちがい兄貴が自分でやる気になってやり始めたことは、家族がどれだけなにを言おうがやめない。やめないし、それでいいと思っている。悪いことをしているとか、迷惑をかけているというのは、どれだけなにを言われても、思い浮かばない。ともかく、相手が自分がやろうとしていることやっていることを、邪魔しにきた……「やめてくれ」と言いにきたというのが、発狂するほど腹立たしいことで、その場で、怒り狂って、本人は、忘れちゃう。

自分の気持を押し通して、その「やめてくれ」と他人が言ってきたことを、やるわけなんだけど、まるで、気にしない。悪いと思わない。迷惑をかけていると思わない。「言われたって、なにも言われてないのと同じ認識のまま」なんだよ。「はねのけることができれば」そういう状態にとどまる。家族が相手なら、「はねのけるということができない」ということはないんだよ。逆上して押し通して、やってないつもりになるから。その場で、こっちが言っていることを認めさせようとしたら、それも、やっぱり、殺し合いになるしかない。その場で、殺し合いになるしかない。

けど、はねのけることができれば、「そんなの知らない……ぜんぜん知らなかった」と嘘でなく言えるような状態なってしまう。相手の要求をはねのけることができれば!!!な。これ、本当に、どれだけ、矛盾がある態度だと思っているんだよ。きちがい兄貴!きちがい親父!!おまえら、本当にそっくりだ。そっくり。同じ!!

同じでも、きちがい兄貴のきちがい親父に対するうらみが半端じゃないんだよ。本当に、そっくりそのまま同じことをやっている。自分がやられて、くやしかったことを、おれに、騒音でやり返している。やり返す相手が違うだろ。兄貴の態度は、親父の態度とまったく同じ。で、世間のひとには、理解しがたい態度なんだよね。「そんな人いるの~~??」「そんなのあるかぁ??」。だからやっぱり、板挟みになる。お母さんなんて、板挟みになって、ストレスをためこんで、病気になっちゃったんだよな。話を、親父と兄貴の話しから、親父の話にもどす。ほかの人信じないかもしれないけど、これ、何回繰り返しても、同じなんだよ。


きちがい親父がバンバンごみ燃やしをするだろ。で、隣の人が、お母さんに、「やめて欲しい」ということを言ってくる。で、お母さんが親父に伝える。お母さんだって、やめて欲しいわけ。本当は。……ともかく伝えると、きちがい親父が、「そんなの、気にしてない」と逆上する。「そんなの、気にしてない」って、「そんなの、隣の人は気にしてない」という意味だからね。自分が気にしてないという意味じゃない。けど、確かに、もう、笑い話になってしまうけど、ギャグになってしまうけど、親父は気にしてない。確かに、気にしてない。どれだけ、「気にしているから、言ってくるんでしょ」と言っても、まったく無駄。まったくの無駄。無駄の無駄。本当に無駄。これ、何十回、何百回言っても無駄なんだよ。家の人に言われているあいだは、絶対にあらためない。ぜったいのぜーーーったいの意地で、あらためない。「そんなのは気にしてない」「気にしているようなことを言ってくるな」……そういう気持ちだけ、成立する。

……このあと、いろいろと考えたんだけど、それは頭のなかを回っていて、書くことができなかった。この、ごみ燃やし事件に関しては、昔、書いた。公開してあるやつが一つと、公開してないやつが二つぐらいある。だから、もういい。けど、今回、伝えたかったのは、そういう人はいるということだ。


あ~~、なんだかんだ言って、つまんないなぁ。最高につまらない。


2015年11月19日木曜日

やりたくないことリストについて考えることについて考えてみた

よくある、やりたいことリスト、やりたくないことリストについて考えてみた。
病気などで寿命が宣言される。たとえば、あと二年しか生きられないとしたら、あなたはなにをやるか? おカネの制限をなくす。なんらかの幸運に恵まれて?おカネは、好きなだけ持っているとする。おカネは持っているのだけど、寿命があと二年だったら、なにをするか?

おカネはあるが、寿命が少ない……こういう状態になった時、なにをやって、なにをやらないか? 自分の場合はどうだろうか? 寿命が二年と、一〇年では違うよな。けど、寿命は、あと五〇年とか、そのくらいでは、かなりの高確率で……天国に行ってしまう。寿命、あと五〇年と、寿命あと二年では、だいぶ違うよな。けど、きちがいヘビメタの「雰囲気」が消えない。これは、薬でも消えない。基本的に、ヘビメタ騒音でさまざまな問題が生じている。人生上ものすごくでかい問題が生じている。その、「人生上ものすごくでかい問題」というのは、俺にとって、問題だということだ。他人は、知らない。他人が、「ヘビメタ騒音問題」をどういうふうに考えるのかは、知らない。無視していいだろう。けど、どうなんだろう、無視していれば……そんなことは、考えることすらないのに。ヘビメタ騒音問題について他人がどう考えるのか、気にしてしまうところがある。それは、問題だ。どのみち、きちがいヘビメタ騒音にさらされ続けてたのは、僕なんだから。


ヘビメタ騒音がなかった人たちが、あげる、やりたいことリスト、やりたくないことリストを見ると、なんとも言えない感じがするんだよな。特に、やりたいことリストは、なんとも言えない感じがする。「俺もそうだよ」という感じと「俺がやったとしても楽しくないだろう」という気持ちが、混在する。たとえば、旅行だ。東欧やギリシャには行ってみたいと思っている。

しかし、じゃ、おカネの制限がなくなったとして、行くかというと、わからない。それほど、やりたいことではないのかもしれない。おカネの制限を抜かすというのは重要な事で、おカネの制限を抜かさなければ、「やりたいことリスト」について考えるということも、まるで意味がない事になってしまう。それは、実際には、おカネの制限がいかに大きいかということを意味している。……もし、おカネが使っても使っても使い切れないほどあったら、なにをするかということだから。

だから、実際には、おカネの制限があるので、やりたいことリストの上位にあるものをやらずにすごしているのではないだろうか。やりたくないこと……たとえば、通勤するというのがあるかもしれない。普通に毎日働く……これが、やりたくないことリストの上位にある人は多いのではないか。

しかし、おカネの問題で、やめることができない。だから、架空の話として、やりたくないことリストを考えるのは、意味があるのである。しかし、それは、やはり、架空の話だ。「もし、だったら」の話だ。実際には、寿命の方の宣言をされても、おカネが無尽蔵に出てくるわけではないので、相変わらず、「カネのしばり」が有効だということだ。だから、寿命を宣言された後も、たいして変わらない日常をすごすのではないだろうか。「カネのしばり」はあるから。

まあ、こういうのは、架空の話にしろ、「脱日常」という機会を与えている。だから、ワークショップとか生きがいセミナーでは、良い練習問題になるのだ。しかし、実際には、カネの制限はなくならない。そして、セミナーに出るにしろ、カネが必要だという現実も変わらない。なので、一服の清涼剤として機能するわけだけど、やはり、変わらない日常をすごすことになる。まあ、良い映画を見た時のような気分を味わえるというわけだ。

まあ、いいや。そういう制限はあるということだ。もしもの話で、なおかつ「カネの制限をなくした場合」どうなのかということ……。俺の場合はどうなんだろうな。ともかく、ヘビメタ騒音がでかいんだよ。これ、きちがい兄貴は……やり切ったきちがい兄貴は、まるでつもりがないんだけど、それは、自分がやりたいようにやってたから、どれだけ言われてもつもりがないままでいられたということを意味しているだけだから……。どれだけ言われたって、やっているそばから、やっているつもりではないという気持ちなのだから。やっているさいちゅう、やってないつもりでいる。で、本人はそれに気がつかない……どれだけ言ってもやめない。

だから、前にも書いたけど、旅行に行くにしろ、現在の僕の体力、体調、精神、を考えると、やったところで楽しいわけではないのだ。ここらへんが、他の人と違うんだろうな。ハッピーになれない。きちがいヘビメタが鳴っているさいちゅうの人間関係……鳴っているさいちゅうの……一五年間の人間関係……ヘビメタ騒音が鳴り終わった後の……人間関係……を考えてみても、つらいことばかりなのである。ヘビメタ騒音が鳴り終わった時、僕は二五歳になっているのだけど、一一歳から、二五歳までのあいだ……が。あいだが……。あいだが……。つらすぎる。ヘビメタ騒音歴一六年目以降……これ、どういうことだと思っているんだよ? きちがい兄貴。一日目から、やめることはできたぞ。






2015年11月9日月曜日

人生のほぼ全部の時間を、覆い尽くしてしまったよ

本当につまらない。つまらない。つまらない。つまらない。どうしょうもなく、つまらない。作業可能な状態だから、作業するべきなんだけど、する気がしない。まったくする気がしない。どうするかな。人の一生ってなんなのかな? ほかの人はいいなぁ。ほかのひとは。

あ~~、むなしい。あれから、三〇年経ったのか。あれから~~~。昨日は、不安だった。超不安だね。エンジンが掛からない。昨日書こうと思ったことはいくつかあったんだけど、もう、どこかでいたと思う。だから、いいやということになった。

しかし、これからどうするかな? 時間は経つんだよな。僕を置いて……。僕を置いて時間がたってしまう。なんか、友達の車で、秋葉原に行ったことを思い出したよ。友達は秋葉原に用がないので、僕を連れて行ってくれただけなんだよね。ドライブみたいな感じ。まあ、いろいろと気を使わせてしまったな。あの頃はよく行ったな。あれは、いつなんだろうな? あれはいつ? いろいろと元気づけようとして、頑張ってくれた、友だちがいる。いた。その頃はあんまり嬉しそうではなかったけど、いまは、懐かしいよ。まあ、ヘビメタ騒音を一〇年間やられたあとは、あんまり楽しめない状態になっていて、それがまた、人付き合いに影響をするんだよな。じゃ、そういう親しい友達の前でも、頑張って、楽しうそうに見せるようにすればいいかというと、そうではないんだよな。それは、無理だから、どこかでおかしくなる。

これ、女の人と付き合っても同じなんだよな。まあ、つまらなそうな状態でも、行くということは、それなりに楽しんでいると思ってくれ。ヘビメタがぁ。全部をつぶした。本当に普通の感情がなくなってしまった。楽しいとか嬉しいとか。ともかく、ヘビメタでくるしい。ヘビメタでくるしいだけ。誰といる時も、ヘビメタ騒音でくるしいだけ。全部、苦しかった。生きていてなにがくるしいって、ヘビメタ騒音がくるしい。他の苦しさは、ヘビメタ騒音のおまけみたいなもの。付属品。けど、けど、おまけにしては、でかいな。人生のほぼ全部の時間を、覆い尽くしてしまったよ。

いまもそういう感情のまま生きている。

なんか、できそうな感じはあるけど、もうやる気がない。全部使い果たした感じがする。まあ、こんなことを言って、僕が次々と作品を発表したとすると、「全部使い果たしたわけじゃなかったんじゃん」ということになる。なるなる。まあ、そういう場合は、いまこの時点よりは、エネルギーが溜まった状態になっているんだと思ってくれ。

あんまり、ヘビメタ騒音のことを言い過ぎて、その友達にも嫌われちゃったよ。ヘビメタがともかくくるしい。全部、くるしい。全部、破壊する。どうすることもできない。鳴ってて、どうすることもできない。……どれだけ言ったと思ってるんだよ。これ、本当、あまりにも頭がおかしすぎる。まず、きちがい兄貴は、やれて当たり前だと思ってる。で、やれる時間は全部鳴らす。で、鳴らしたつもりが生じない……まるで、一日中鳴らさなかったと思っているよう態度だ。態度だけはね。そういう毎日が続くと、全部が全部苦しくなる。

けど、きちがい兄貴は、十数年やってたって、一日も鳴らさなかったのと同じつもりでいられる。どれだけ散々言っても……そりゃ、友達に愚痴るよりも、きちがい兄貴に直接「やめろ」「静かにしろ」という機会のほうが多いのに……何千回何万回、言われても、「知らなかった」ままなんだよな。言われて、ゆずるかと言ったら、絶対にゆずらない。一分だって、絶対に、静かにしてゆずるということがない。うるさくしたままゆずった気持ちになるというのは、あるけど、絶対にヘビメタをほとんど同じ音の大きさで聞いたことを知っているはずだ。無視して、どかすか鳴らし続けたことをっているはずだ。それで、つもりがないんだよな。いつもいつも。

だから、一四時間、ドカスカ鳴らしても、本人は、一分も鳴らさなかった……一四時間静かにしてやったというのと同じ認識でいる。同じ態度でいる。それが、「つもりがない」「知らなかった」の本当のなかみ。なかみが、違いすぎる。頭がおかしいレベルで違う。これ、いまになればどういうかしらないけど、絶対に一分だって一秒だって、、やめて、静かにするつもりがなかったんだよ。どれだけ長い時間鳴らし続けても……一日のなかでありえないほど長い時間鳴らし続けても……一分だって、本当に我慢して静かにしてやるつもりがない。まったくない。

自分が我慢しないで、静かにしてやるということだから、静かにならない。本当にがまさせられて、下のテレビの音ぐらいの音で聞かなきゃならないとか、ヘッドホンして聞かなきゃならないとか、そもそも、鳴らせないとかそいうのは、絶対に、どんなことがあっても、一分だって、いやなのである。いやだから、一日に一分だって、してやらなかったことなのである。だから、一分も静かにしてない。これが、こだわりつくして、どんな細かい時間もゆずらずに鳴らし切った兄貴がわからないなんてことはないんだよ

。けど、わからないまま、一四時間鳴らす。で、わからないままなんだよな。その日、どれだけ、もめても、何十回もめても、きちがい兄貴は「つもりがないまま」エレキギターを弾き続けることができる。ステレオを自分の部屋で、きちがい的にでかい音で鳴らすことができる。本当に、あんな音で鳴っている、家なんてない!!!!!ない!!!! それでつもがないとか、頭がおかしい。どれだけの意地で鳴らしたと思っているだよ? どれだけの時間鳴らしたと思っているんだよ。

もう、本当にいやだ。全部がこういう調子なんだよね。だから、どれだけ言っても、通じない。つもりがないまま、やり続ける。どれだけ言われても、ぜんぜんつもりがないままやり続ける。そういう毎日が何千日積もっても、つもりがないままなんだよね。そういう態度だ。ぜーーーんぶ、そういう態度。交渉した時だってそういう態度で鳴らしてたんだよ。おまえ、きちがい兄貴が、家で、当たり前のようにやったことを、「つもりがなかった」とか「知らなかった」とか、どれだけ腐っているんだよ。やめてくれなかっただろ。

一分だってやめてくれなかっただろ。だから、静かにしてない。あれだけ意地になって全部鳴らして、「ゆずったつもり」だとか、頭がおかしい。そういう毎日なんだよ。きちがいが意地を通して頑固にやるけど、本人は「つもりがないまま」。こんな、きちがい空間がなりっている。親父と同じだ。「やったってやってない!!!やったってやってない!!!やったってやってない!!!やったってやってない!!!やったってやってない!!!」。


原理が変わらないと無理なんだよな。彼女ゲットできない。ともかく、これ、鳴っている雰囲気だわ。めんどくさすぎる。すべてがめんどくさすぎる。


2015年11月4日水曜日

つまらなさ。無気力。孤独感。

つまらなさ。無気力。孤独感。

いや~~、昨日の夜は、かなり、きた!きましたきました~~。かなり、きた。やばい状態だった。なんとか、乗り切ったけど。あと、どれだけこんな思いをすればよいのか。やばい時は書けないね。僕はヘビメタ騒音のことで腹を立てている時間が長いんだけど、今後のことを考えて、不安になる時間も、それなりにある。

いま起きて、なんとなく気分がリセットされて、なんとかなっている。けど、気分がリセットされても、超孤独状態にはかわりがないので、「いつもの孤独」に戻るだけだ。

ともかく、ヘビメタ騒音生活七年間、一〇年間、一四年間で、削られたものが大きすぎる。で、そんなのは、僕がどれだけ「大きすぎる」などと言っても、他人には伝わらないので「なに言ってんだよ」といった反応が返ってくるのだろう。実際、僕も、他の人が抱えている苦しみや闇の部分は、わからないので、僕にも同じことが言える。僕から見て、他人の苦しみや闇は、わからない。もちろん、話として、理解できる。話として理解できるのだけど、同じものを抱えているわけではないということにおいて、「たにんごと」なのであ~~る。で、さっきから言っているんだけど、他人から見れば、僕の苦しみは「たにんごと」なので、話は理解できるけど、「ぼくではない」ので、実際のところは「わからない」のだろう。さっきから同じことを書いているけど、やっぱり、ヘビメタ騒音生活の苦しさは伝わらない。まあ、伝わってもしかたがないという部分がある。けど、他人から「こうすればいい」という理想論を聞かされても、困るんだよね……。できないわけだから。

そりゃ、実際に体験してなくて、ひとごとであれば、なんとだって言えるよなという感じがする。実際に体験すれば言うことも違ってくるとは思うけど。けど、やはり、他人は他人なので、仮に、僕と同じことを経験した他者が現れて、その他者が僕の言っていることを全部、正確に理解してくれたとしても、なにも変わりがないんだよな。けど、苦しかった。あの生活が長すぎる。長すぎるんだよ。せめて、半年で終わってくれれば。半年で終わってくれれば、当然失ったものも、違ってくる。長すぎるよ。いっくらなんでも。で、一番、生きてて頭にくるのは、きちがい兄貴が、知ってるのにやり切って、しらんぷりをしたということだ。ずっとやられっぱなしなのである。毎日、全部、やられっぱなし。全部の時間やられっぱなし。しかも、相手は、「全部の時間できるのであれば、やってないのと同じ気分でいられる」という特殊な人間なので、全部の時間、やり切れば、本人のつもりとしては、やってないのと同じなのである。うーーん、トートロジーになってしまったが。まあ、「~~だから」はわからない。けど、態度としてそうなんだよ。で、その態度がずーーーーーーーーっと、何年間、毎日どれだけ言っても、変わらない。なので、何年間も毎日、ずーーーーっとやられることになった。殺して排除するということをしなければ、絶対に毎日、毎時間毎分毎秒、やられることが決まっている。そういう状態で、人知れず、苦しんだ。ヘビメタ騒音が鳴っているからできない……というのが本当なのに……よその人は「ヘビメタ騒音、なにそれ?」「ヘビメタ騒音なんて関係がない」という世界に住んでいるから、僕が言い訳をしているようにしか聞こえない。とにもかくにも、この世に存在しにくいのである。きちがい兄貴がやめてくれれば、そういう世間とのズレも、もちろん、自動的に解消される。きちがい兄貴のヘビメタ騒音がもとで、そうなっているのかだから。世間の一般的な要求と、僕が到達できる状態のあいだに、ズレがある。本当に疲れた。

治療方法は、「鳴り止む」しかないのだけど、そこのところには手がつけられないまま、俺が、ひたすら、努力することが求められるである。一日七時間から一四時間のヘビメタ騒音生活をやってみればわかるけど、無理だ。これ、無理なんだよ。どれだけ体力があっても。気力があっても、普通の常識があっても。普通に時間通りに行くということができないことになる。普通に行動するということができないことになる。もう、ヘトヘトだから。まあ、他人の助言としては、「夜早く寝ればいい」「日中日光を浴びればいい」「日中適切な量の運動をすればいい」「夜寝る前に、カモミールティーやココア、牛乳などを飲めばいい」ということになるのだろう。けど、鳴っている以上は、ダメなんだよ。おまえ、きちがい兄貴、どれだけ長い時間、どれだけ長い期間、ヘビメタ騒音を鳴らしたと思っているんだよ。「なにもしてないつもりで」……。こっちが、どれだけなにを言っても「なにもしてないつもり」が変わらないんだからな。本当におかしい。きちがい。きちがい的な思い込みで、きちがい的な精神回路で、こっちが言っていることがぜんぜんわかってないのと同じ状態のままなんだよ。何千回何万回言われても、一回も言われなかったから知らないというのと同じ状態なんだよ。そのくらいに、「つもりがない」。

ともかく、時間が経った。もう、本当、長い時間が経った。どうにもならない。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。