2016年3月31日木曜日

「こんなことになるとは思わなかった」

きちがい兄貴が「こんなことになるとは思わなかった」と言ったらしいんだけど、「どれだけ!!!」って思う。本当、どれだけ!!!! 思えよ!!! 最初から思えよ。俺がさんざん怒鳴り込んだときに思えよ。本当に、バリアーがある。きちがいバリアーがあって、どれだけ言っても、真剣に受けとめない。どれだけ真剣に言っても、あっちは、真剣に受けとめない。そういうバリアーがある。きちがいバリアーがある。絶対に、つたわらない。絶対に、認めない。どれだけ!!! どれだけぇ!!! どれだけ!!! どれだけのことが!!! おまえがそうやって、すっとぼけて、きちがい的な意地で鳴らしてたんだろ。俺はさんざん言ったからな。入学試験の前ですら、そういう気持ちで、鳴らしてたんである。十四時間鳴らせれば、一四時間、一二時間鳴らせるなら、一二時間、七時間しか鳴らせないなら七時間、ぴったし、全部鳴らしてた。全部ね。どれだけ言っても、鳴らしてた。普通、入学試験前に、一二時間、ああいう音で鳴らすということに、抵抗があるはずだよな。しかも、相手が、「やめてくれ」「試験だからやめてくれ」「勉強するからやめてくれ」って、一日に、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も怒鳴り込んでくるわけだから、気にするよな。けど、きちがい兄貴は、気にしない。「こんなことになる」と思わない。自分が鳴らしていると、弟が困るんだなということを、これっぽっちも認めない。そういうことなんだよ!!! そういうことなんだよ。「こんなことになるとは思わなかった」というのは、そういうことなんだよ!!!!! どれだけ言っても、俺が困るということを認めない。自分の騒音で、俺が困るということを認めない。あれだけけたたましい音で鳴らして、大きな音を出しているということを認めない。全部そう。だから、「こんなことになるとは思わなかった」なんて言ってられる。あれ、通したからな。一切合切認めないで通した。自分の意地は、全部通した。一分だって、鳴らさないで我慢するなんてことはなかった。鳴らさないで我慢するのは、いやだったからだ。それだけ。いやだから、やってやらない」……それだけ。別に、「知らなかった」わけじゃないのである。「言われなかった」わけじゃないのである。「注意されなかった」わけじゃないのである。自分が鳴らさないで我慢するというのは、たとえ一分だろうが一秒だろうが、やってやりたくないことだから、やってやらなかった。意地になってやってやらなかった。一四時間鳴らせるなら、一四時間、どれだけ何十回……一日に何十回も文句を言われても……絶対に、静かにしてやらなかったのである。どうして、静かにしてやらなかったかというと、静かにしたくなかったからだ。しずかにするのがいやだったからだ。それで、入学試験の前に、一二時間、ドカスカ、「よその家では、三分だって鳴らせないような音で」鳴らして、なにも感じない。弟の入試を邪魔したという気持ちが、まったく生じない。どれだけ言われても、生じない。言われたのに、頑固に全部の時間、どでかい音で鳴らしても、まったく、悪いと思わない。恨まれていると思わない。弟が、自分の騒音で困っていると思わない。あれだけでかい音で鳴らしているときに「静かにしてくれ」と何回も怒鳴り込まれているのに……まったく、そういうふうに思わない。だから、「こんなことになるとは思わなかった」なんて言える。すべて毎日、そういう状態。一四年間、一五年間、毎日毎日、全部、そういう状態。きちがい親父と同じで、どれだけなにを言われても、なにも感じない。きちがい親父と同じで、どれだけなにを言われても、どれだけもめても、一歩も動かない。一歩も譲歩しない。一ミリも、一ミクロンも動かない!!! 言われてないときと同じなのである。どれだけ文句を言われても、言われてないときと同じ気持ちなのである。けど、もちろん、言われたら、ふくれるんだよ。むかっとくる。それで、むきになって、絶対不退転の決意で鳴らす。殺されたって、鳴らすという意地で鳴らす。絶対の意地で鳴らす。けど、本人は、やりきって、なにも感じない。弟がうるさいと思っているから、「静かにしてくれ」と言ってくるということを、理解しない。認めない。あくまでも、一切合切、「静かにしてくれ」と言われなかった気持ちが成立し続ける。どれだけ言われても、「まったく言われなかった」という気持ちが、成り立ち続ける。だから、「つもりがない」のである。どれだけ鳴らしてたってまったく注意されなかった……だから気にしないで鳴らしていた……そういう気持ちしかない。だから、「こんなことになるとは思わなかった」なんて言える。一五年間、毎日やり続けて……一分も、ゆずらないで……本当には一分もゆずらないで、頑固にやりきって……それで、「こんなことになるとは思わなかった」なんて言える。これが、どういうことだかわかるか!!! 本当にそのままだよ。腹、たつよ。けど、これが、たとえば、嫁さんあたりだと、「こんなことになるとは思わなかった」という発言をしたということを、俺が聞いて怒るということがわからないんだよ。怒るに決まっているだろ。そんなの!! どれだけふざけた発言だと思っているんだよ!!! 怒るに決まっているだろ!!!

一日目から「こんなことになると思って」一日中、ヘッドホンをして聞くべきなんだよ。下のテレビの音ぐらいに下げるべきなんだよ。その、どっちもしてないだろ。ふざけるな。きちがい兄貴が、音を下げたと言っても、その下げたというのが、きちがい親父並みのどけちぶりを発揮するわけで、本当にどでかい音で鳴らし続けている。一デシベルでも、〇・一デシベルでも、しずかにしてやったら、それは、静かにしてやったことになるという、きちがい思考が成り立っている。静かにしてねぇ!!!本当、きちがいやろう。ふざけるな。思えよ!!! 「こんなことになると思って」静かにしろよ。普通に静かにしろよ。本当、よその家じゃ、一分だって鳴らすことができないようなでかい音で鳴らして、「しずかにしてやった」と思っている。そういうレベルだ。そういう感じ方だ。そういう状態だ。全部、きちがい兄貴が「しずかにしてやった」と思っている時間はそういう時間だから。二回で鳴らしているのに、一階の玄関で話ができないようなでかい音で鳴らして「しずかにしてやった」と思っている。頭がおかしい!! そういうレベルだ。

なにが「こんなことになるとは思わなかった」だぁ!!!思えよ!!! 一日目に思えよ!!!違いやろう。おまえのせいで、おれがどれだけ!!!おれがどれだけ!!!思えよ!!!

まともな人に……他の部分ではまともな人に「エイリさんの言っていること、本当なのかなぁ?」なんて言われちゃうんだからな。本当、どれだけ!!! 

しかも、こうやって怒っていれば、俺が、「あぶない人」に見える。全部、そういうこと。どれだけ! どれだけ俺の人生を邪魔すれば、気が済むんだ!!! きちがいやろう!!

2016年3月30日水曜日

コンロの火をつけているときは、離れるな

やっぱり、暗い。動いたけど、暗いな。どうしょうもなく、暗い。俺の部屋は、この時間、明るくて、眩しいほどだけど、暗い。苦しい。いま、風呂のにおいのことで、親父がやったことに腹をたてている。

お母さんが天国に行ってしまってから、親父が時々!!親父の食い物を作るようになったんだよ。

けど、親父は本当に、孤児のままで、物を知らないんだよな。だから、料理が下手くそなんだよ。

で、それは良いんだけど、鍋に火をかけたまま、庭いじりをするんだよ。だから、鍋の中の水分が蒸発して、黒こげになった「なにかそれ」が、鍋に張り付くことになる。

で、そういうことを何回もやっているのに、鍋の前を離れるんだよな。「コンロの火をつけているときは、離れるな」って何回も言っているのに、これまた、絶対に聞かないで、火をかけたまま、どこかに行っちゃう。

昔だったら、……たとえば、俺が幼稚園生のとき……俺が親父に、「コンロの火をつけているときは、離れるな」と言うことはないんだよ。

そりゃ、無理だ。

で、年齢がいったから、相手が悪いことをしているときは、注意できるようになった。幼稚園の頃なんて、きちがい親父がどれだけ間違ったことをしていても、注意できなかった。

(親父は)注意されたら、発狂だよ。いまだにそういうところがあるけどな。

で、普段から火をつけっぱなしにして、離れてしまうのだけど、もつ煮込みの時が最悪なんだよ。もつ煮込みのパックを買ってきたわけ。けっこう、でかいパックなんだよ。

で、それは、もう「できている」わけ。できているから、ほんのちょっとあっためれば、それですむわけ。もう、できているから、煮こむ必要はないわけ。

けど、きちがい親父は、煮込むんだよ。火をつけてから、ガスコンロの前を離れる方法で、つけっぱなしにする。で、台所と風呂が、くさくなった。壁とか、くさい。煮込み過ぎ!!! 

あんなの、コンロの前にいて、あっためればいいのに、つけっぱなしにして、どっかいっちゃう。だから、一時間とか、煮込みっぱなしになる。で、そういうことを、何回注意してもやるんだよ。

なんか、壁から、ドブ川のにおいがする。風呂の壁と台所の壁、風呂の天井と台所の天井がくさい。「もう、いいかげんにしろ」ってことで、ケンカになる。

あいつがなにかやると、そういうことばっかりなんだよ。キッタナイやり方で、汚しまくる。昔からそうだ。親父が料理ししないときから、親父が台所のシンクを使うと、……ものすごく、きたなくなる。親父が手を付けたあとは、きったないんだよ。

それとは関係がないけど、みそ汁の作り方も知らない。野菜を茹でる時から、味噌を入れている。それじゃダメなのに……。それも、言ってもわからないんだよな。だしはいれていいけど、味噌は入れない……。味噌を入れて煮込むとか、だめだ。味噌は、最後に入れる。もう、そういう基本的なことがわかってない。

だから、味噌汁だって、壁を臭くする要注意料理になる。「……幼稚園生でだって、もっときれいに使う」と言いたくなる。本当に、基礎がなってない。ぜんぜんわかってない。で、こっちが言っても、一切受け付けないんだよな。

だから、親父が煮物を作るといつも、台所と風呂をくさくされる。で、ドブ川のにおいのする風呂に入っている。しょうがないから、俺が、消臭剤を、壁と天井にまいて、なんとか、においを消すんだけど、二、三日しかもたないんだよな。

で、そうしているあいだに、次のなんか、煮込み料理をするから、追いかけっこになって、けっきょく、くさいのが勝つ。けど、それにもめげず、がんばって、消臭剤をまいたのと、時間の経過で、だいぶにおいはなくなったけど、それでも、まだ、もやーーーっとドブ川のにおいがするんだよ。EM菌でもまくかな。あれは、普通の菌セットとしては使える。消臭剤は、けっきょく、二、三日でもとに戻ってしまうようところがあるんだよな。

その、料理の話は、だいぶ前の話なんだけど、それでも、風呂が、もやーっと、におう。消臭剤が、負ける。







2016年3月29日火曜日

こんな人生ないと思う

やっぱり人生がない。この人生はおかしい。なんで僕だけきちがいヘビメタにずっとやられなければならなかったんだ。ほんとーーに、どれだけいっても、「つ・う・じ・な・い」んだからな。通じないということも通じない。そういう、通じなさだ。

完全に、「やっていい」と決めつけてやっているわけで、試験だろうがなんだろうが、絶対にゆずらない。一分間、ちゃんと静かにしてくれることがない。

けど、きちがい兄貴は、きちがい感覚で、「静かにしてやった」と思っている状態なのだ。一日に一四時間、きちがい的な意地で鳴らして、そう思っている。ずっとずっと、そう思っている。やっているあいだ、何年間も何年間もずっとずっと、そう思っている。毎日毎日、そう思って、きちがい的な意地で鳴らす。こっちがどれだけ何を言ったって、……何回怒鳴りこんだって、「やると決まっているからやる」「それでいいだろ」という態度で、鳴らし続ける。

途中でやめてくれるなんてことはない。途中でやめてくれて、一〇分、二〇分、三〇分、一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、鳴らないままだったということはない。だから、ずっと五時間、六時間、七時間、鳴らしているのに、本人は、「静かにしてやったつもり」でいる。そういう、きちがい的なやり方が成り立っている。

で、どれだけ言っても、それが変わらないんだよな。どれだけ、もめても、どれだけ怒鳴り込んでも、ふつーーーに、そういうふうに、鳴らし続ける。頑固に鳴らし続ける。それで、あたりまえなんだよ。そうじゃない日がないんだよ。そうじゃない時間がない。

こっちが中間試験だろうが期末試験だろうが、入学試験本番だろうが、絶対に、一〇分も、静かにしてくれなかった。これが、一四年間の、きちがい兄貴の態度で、ほんとーーーに、ずっーーーーっと変わりがないのである。

で、本人は、「静かにしてやったつもり」でいる。頭がおかしい。頭がおかしい。頭がおかしいやり方で、頑固に、全部の時間、毎日やり続けて、どれだけ何を言われても、反省しない。「やめてやろう」と思わない。

で、そういう日々の影響というのが、でかすぎる。これ、今書いた文を読んだ人は、「毎日鳴ってたんだな」「何年間もなってたんだな」というのはわかるけど、それが与える、影響というのはわからない。わかるわけがない。わかってもらっても、僕の体は良くならないのたげど、それでも、やっぱり、実際にやられた人間の体の状態や、人生そのものは、わからないと思う。

本当にすべてにヘビメタ騒音がまとわりついてしまう。すべての記憶にヘビメタ騒音がまとわりついてしまう。……本当に、やりようがない」のである。なってたら、やりようがない。どうやったって、影響を受けて、だるだるだったりする。ダルダルの体を引きずって生きていくことになる。ダルダルの体で、他の人に対処することになる。

日中、ヘビメタ騒音にやられたダルダルの体で他の人と会話することになる。宿題も、遅刻も、忘れ物も、全部苦しい。ヘビメタ騒音でできないから苦しい。

しかし、「ヘビメタ騒音でできない」ということは、認められない。それで、家に帰ると、きちがい兄貴に、「宿題をするから静かにしろ」と怒鳴る。何回も何回も、何十回も怒鳴る。けど、きちがい兄貴は、一分も静かにしないで、頑固に全部の時間、鳴らす。で、その時間、ヘビメタ騒音浴びてしまって、夜、眠れなくなる。そういうことの、数千日の繰り返し。苦しい。死にたい。今も、苦しい。こんな人生ないと思う。

2016年3月28日月曜日

だから、言ってるのに……

親父は、カレーとかシチューをかならず、こがす。あいつはぁ!!! せっかく作ったのに! なんで、焦げ臭い、燻製みたいな味のシチューを食べなければならないのか? あいつは、早くあたためたいので、最大火力で、火にかけるんだよ。もう、そういうふうにできている。言っても、なおらない。最大火力して、鍋のそばをはなれるんだよ。これもかわらない。

で、けっきょく、こがす。しかも、「こがしてない」とか言いやがる。こがしているのに。学習をしない。普通さ、たとえば、乾いているシチューをあたためなおすときは、ある程度、水かお湯を入れて、混ぜたり、鍋の底にくっつかないように、なるべく鍋の底の部分に水やお湯が、行くようにするよな。それが人間てものだろ。けど、親父は、そんなことはしない。早くあためたいから、水やお湯をくわえないまま、あるいは、水やお湯が鍋の底に行き渡るようにしないまま、最大火力で、火をかける。

何度も言うけど、かならず、火をつけっぱなしにしたまま、コンロからはなれるんだよな。「まぜる」とか「かきまぜる」ということをしない。表面が乾いたシチューだろうが、だいぶ固くなった?カレーでも、かきまぜないで、そのまま、お湯のように、火にかける。そりじゃ、だめなのに、何回言っても、けっきょく同じことをするんだよな。昨日、横になって、下に行きたくない時間に、焦げ臭いにおいがしたから、こんなことになるかなと思ったけど、いっくらなんでも、学習しているかなと思って、注意しに行かなかった。やっぱ、こうなってたか。けど、俺は、親父に、食べさせないようにするというのは、いやだ。そういういじめみたいなことはいやだ。だから、言ってるのに……。

で、でかい声で注意すると、「食わない」というようなことになったりする。俺が言いたいのは、ちゃんと普通のやりかたで、あたためなおしてくれ!!ということなのだけど、そういうことが、つたわらないんだよ。そうなると、俺がまるで、いじめてるみたいじゃないか。食わせないようにしていじめてるみたいじゃない。

別に脳こうそくで倒れたから、そうなっているわけではなくて、「もとから」そうなんだよ。(俺が)小さい時は、そりゃ、俺が注意することなんてできない。お母さんが、どれだけ注意しても、頼んでも、きちがい親父は、やりたいようにやるから。力の関係というのがあって、俺や兄貴が小さかった頃は、親父のひとり天下だ。こっちが、一般的な正しいやり方でやっているのに、きちがい的な思いつきで、きちがい的なやり方を押し付けてくる。で、押し付けるというのが、もう、発狂!!発狂!!発狂!!発狂!!なんだよ。そういう歴史がある。

家族アドバイサーや、中立を装う人は、実は、そういうことがわかってない。歴史がわかってない。歴史はなかったことにされてしまう。こんなの、卑怯だろ。Aさんと、Bさんがいて。Aさんが、一〇〇〇発なぐったとする。で、一〇〇〇発なぐったあとに、中立を装うアドバイサーが出てきて、「いままでのことはなかったことにしましょう」と言う。Bさんに一〇〇〇発、なぐらさせてくれない。BさんがAさんを、一〇〇〇発なぐったあとに、「いままでのことはなかったことにする」わけではないのだ。

こういうことは、毒親と子供と中立を装うアドバイサーの関係にも当てはまる。中立を装うアドバイサーは、子供が毒親にされたことを、子供が、毒親にやり返すということを、させない。もう、その時点で、中立じゃない。子供が四歳五歳と、小さい時は、毒親のやりがちだ。いじめが、普通に成立するようなものなのである。でも、毒親は、怒り狂っていながら、傷ついている。

これが、わかるか? 不満を爆発させている方が、「傷ついている」気持ちになっている。これが、わかるか?? きちがいだと、そういうことになってしまう。これがわかるか?? 中立を装うアドバイザーは、すくなくても、そういうことは、わかってなきゃいけないんだよ。

けど、中立を装うアドバイザーは、毒親にやられたことがないからわかってない。中立を装うアドバイザーの親は、普通の親なのである。で、どっちかというと、かつて、中立を装うアドバイザーが性格的にひねくれていて、親に不満を感じいたというパターンなのである。

そりゃ、親が普通の人間でも、なにかしらの不満は出てくるものなのである。で、そういう不満と、きちがいにやられた子供が抱える不満というのは、質的に違うんだよ。その質的な違いがわかってない。そういう、ある意味、鈍感で、思考力がないやつが、中立を装うアドバイザーになったりする。あるいは、常識おじさんとして、わかったようなことを言う。

親が、ひどい発達障害だった場合のことなんて、わかるわけがない。大人の発達障害って、はやっているから、そういう言い方をするけど……したほうが伝わりやすいと思うのでそういう言い方をするけど、発達障害の場合もあるけど、神経症領域の場合もある。あるいは、幻覚や幻聴がない統合失調症の場合もある。いわゆるボーダー(境界性パーソナリティ障害)である場合もある。

ともかく、一定数、わけがわからないことをする人達がいるんだよ。

けど、中立を装うアドバイザーは、そういう人たちが親になっている場合というのを、最初から、除外して考えてしまう。どの親だって、子供を本当は、かわいがっている。子供のことを考えている。ただちょっとしたボタンの掛け違いがあるだけだ」なんて、のんきなことを言ったりする。それは、はずれている。間違いだ。

個人には個人の認知の仕組みがあって、普通の人では、許容できない認知の仕組みを持っているものがいるんだよ。そういう人が「親」である場合もあるんだよ。これが、わかってない。親が普通の人なのに、子供のほうが、満たされない「甘えた」感情を保つ場合がある。中立を装うアドバイザーがかつて、そういう子供だった場合、中立を装うアドバイザーは、「みんなそんなものだ」と思ってしまう。「親子の関係はそういうものだ」と思ってしまう。

だから、本当に親が、なんらかの精神疾患を抱えている場合というのが、わからない。中立を装うアドバイザーの甘えは、あるいは、甘えた感情は、精神疾患と言うほど、強くはない。健常者の範囲だ。

だから、「だれだって、そう」とか「だれだって、不満を感じる」というふうに理解してしまう。けど、違う。なんらかの精神疾患を抱えている親か、発達障害の親にやられた子供が抱えている不満というのは、中立を装うアドバイザーが考える「子供が抱える不満」、あるいは中立を装うアドバイザーが考える「子供が抱えがちな不満」というのとは、違う。

で、中立を装うアドバイザーだけではなくて、常識的な人も、同じようにここらへのことがわかってない場合がある。そりゃ、いわゆる「健常者」に育てられて、こんなことがわかる人のほうがおかしい。そりゃ、だれだって、精神疾患を抱えるほどではないにしろ、性格的な歪みがあるから、不満を抱えることはあるんだけど、それは、やはり、質的に違う。

けど、自分が見た範囲のことでしか考えられないから、そういう間違いが起こる。自分のことを基準にして、考えてしまうのである。「どこだってそう」「みんなそんなようなもの」と。けど、違う。明らかに違う。どちらかと言うと、考え違いをしているのは、中立を装うアドバイザーや常識的な人だ。

本人はそうやって爆発すると、ケロッと忘れて、やり続ける

つまんねぇ。本当にヘビメタ騒音以降、人生がないな。きちがい兄貴よ。どういう気持で生きてた気と思っているんだよ? 俺が、どういう気持で生きてきたと思っているんだよ? ぜんぜん、わからないのだろうけど、おまえ、きちがい兄貴のヘビメタ騒音のせいで、真っ暗だよ。きちがいヘビメタが始まった日から、僕の人生は……僕の生活は、真っ暗闇だ。

いまも、そうだ。 動けば変わると思って動いてみたけど、まったく変わらないな。だるい日々が続いている。本当に、だるいんだ。寝ても覚めても、だるい。死にたい。まあ、死ぬわけにはいかないけど。死にたいというのは、苦しいということだ。苦しい。楽になりたい。きちがいヘビメタ騒音の人生から解放されたい。まあ、死にたいわけではないんだよ。文字通りに死にたいわけではない。

けど、苦しい。生きていると、ヘビメタ騒音で苦しい。動いても変わらないな。苦しさが積もるだけだ。だいたい、動いたことで変わるなら、一日目に変わっていたはずだ。それが、どうだぁ!それがどうだ!!それが、どうだ!! ずっとやられた。キチガイにずっとやられた。ずっとずっとずっとやられた。あれ!やってないつもりなのかよ。じゃ、一日に二〇分でも、一〇分でも、鳴らさないで静かにした時間があるか? きちがい兄貴が普段通りに鳴らして、静かにしてやったと思っているだけじゃないか。

入試の前の日曜日だって一二時間鳴らしている。その一二時間のあいだに、俺が、何回兄貴に「静かにしろ」「静かにしてれ」といったと思ってるんだよ。きちがい的な無視のしかたで無視して、鳴らしてただけじゃないか。きちがい親父と同じやり方で無視して、頑固にやり続ける。やり続けることができれば……本人が満足できるようにやり続けることができれば……「やってなーい!!やってない!!そんなの知らない。なんだ!!なんだ!!!」だよ。

で、本人はそうやって爆発すると、ケロッと忘れて、やり続ける。頭がおかしい。そういう、無視のしかただ。これ、本当に、おかしい。全部、そういうふうに「はいってる」。だから、本人は、つもりがない。きちがい的な意地で、発狂して、顔を真赤にしてやり続けたのに、ケロッとしている。ぜんぜん関係がないつもりでいる。

じゃ、言えば、ちゃんと、やらないで静かにしてくれるのかというと、それは、もう、最初から、頭にない。一分だろうがそんなことは、くやしくて、くやくして、くやくして、くやしくて、できないのである。そういう、ごまかし、の日だ。そういうごまかしの日々だ。そういう、わけのわからないごまかしを、ずっと一〇年間も毎日やっておいて、本人は、まったく関係がないつもりでいるという……きちがい的な世界だ。きちがい兄貴は、きちがい親父の「おかしさ」というのがわかっているのだけど、自分のヘビメタに関しては、……まったく、「おかしさ」がわかってない。

で、わかってないなら、「やってないのと同じ」なんだよ。完全に同じ。そういう、「ごまかし」がある。それで、こっちが、勉強ができなくて困る。そういう日が、何千日続いたと思っているんだ。そんなことをやられて、いいはずがないだ!!! これが、わからない。

端から、まったく、わからない。文句を言われれば、「やってない」「関係がない」つもりになって、ひねくれて怒るのである。で、そうやって、ひねくれて怒ったら、もう、それで、本当に、関係がないつもりに鳴っていて、正々堂々と?なんの気兼ねもなく、普段通りに、きちがいヘビメタを最大限の音で鳴らすことができる。そういう毎日なんだよ。そういう反応なんだよ。そういう一瞬なんだよ。そういう時間なんだよ……全部が。

だから、「やってないつもり」で、ずっと、やり続ける。これが、常識的な人にはわからない。だから、「そんなの、言えばいい」などと、俺が助言されてしまう。どういう気持になると思うよ? 全部そういう仕組だ。俺がこの世で感じてきたことは、全部そういう仕組でできあがっている。似たようなことがいっぱいある。ありすぎて、死にたくなる。本当、ふざけるな。きちがい兄貴……。お前のせいで、どれだけ!!おまえがやってきたことで、どれだけ!!!どれだけ、人から誤解を受けていると思っているんだよ?? どれだけ、嫌な思いをしてきたと思っているんだよ?

どでかい音で鳴らしたまま、「静かにしてやった」「ゆずってやった」と思っている、きちがい野郎!!!

2016年3月5日土曜日

きちがい騒音が現前する三〇秒

きちがい兄貴よ。おまえ、がんがん鳴らしてたじゃないか。なにがつもりがないだよ。いま、午後六時五六分。午後六時五六分は、きちがい的な音でヘビメタ騒音が鳴っていた。どれだけ何回怒鳴り込んでもやめてくれなかった。それでどうして、「言い分」があるんだ。「静かにしてやった」と思っているんだ。どれだけ言ったって、「あと、一〇分ぐらいなんだからいいだろ」といって鳴らしてた。当然、午後四時から鳴らしているわけで、午後四時にどれだけ言っても、静かにしてくれなかった。午後四時から、午後六時五六分まで、静かにしてくれたことなんて、一度もない。一日もない。それで、「静かにしてやったつもり」があるというのがおかしい。そもそも、おかしい。きちがい兄貴、おまえは、きちがい的な意地で鳴らしてた。本当に、午後四時から、午後六時まで、鳴らさないで静かにしてくれたことがない。午後四時から、午後六時まで、ヘッドホンをして静かにしてくれたことがない。きちがい兄貴が、一日でも、午後四時から、午後六時まで、鳴らさないで静かにしてくれたことがあるというのであれば、「言い分」を聞いてやる。けど、そんなのは、本当に、一五年間で、一日もないから。本当に、夏休みの時と同じだ。血相を変えて、頑固にやりきるけど、やったつもりがないというきちがい的な認識のまま、鳴らし切るんだよな。どれだけ鳴らしてたって、どれだけうるさいと言われたって、自分にはまったく関係がないことなんだよ。それが、動かない。きちがい親父の聞き分けのなさと同じ。きちがい親父が怒って、意地を通すときのやり方と同じ。頑固にやりきって、やったつもりが生じない。そういうマジックなんだよな。だから、「言い分がある」つもりでいる。一〇時間鳴らせるなら一〇時間鳴らし切って、それで、「静かにしてやった」と思って、言い分があるつもりでいるんだよ。毎日、三六五日、そうしても、「言い分があるつもり」でいるんだよ。それが、きちがい兄貴だ。自分がやったことは、絶対どれだけ、嘘をついていても、知っているはずだ!!! 夏休み中、朝から夜までずっと鳴らしていた。で、俺は、朝から、夜まで、「うるさいからやめろ」「宿題をするからやめろ」と言っていた。知ってるんだよ。一日に何回も言われて、知っている。知っているのに、一時間だって、一〇分だって、やめて静かにしてやるということがなかった。きちがい兄貴にとって静かにしてやった時間というのが、あるとしたら、その時間は、きちがい兄貴が普段通りのでかい音で鳴らしている時間だ。どれだけ言ったって、聞かない。どれだけ言われたって、「聞いてやるつもり」はなかっただろ。どんなときだって。例外的に一日あるけど、その一日で懲りたのか、それ以降、絶対に、一日も、静かにしてない。静かにしないというのは、本当に、一日に一〇分だって、一分だって、やらないで静かにする時間を作らないと言うことなのである。普通に、普段通りに、全部の時間鳴らしている。中断してやめてくれたことがない。中断して、それ以降はヘッドホンをつけて鳴らしたということがない。そういう記憶があるのか? たとえば、午後五時に「静かにしろ」「静かにしろ」と怒鳴り込まれて、注意されて、それで、午後五時から、午後六時まで、一時間のあいだ、ヘッドホンをして静かにしてやった記憶があるのか? そういう記憶が、一日もないのに、静かにしてやったとか嘘をついているつもりがないまま言えるというのがおかしい。そういう記憶が毎日ある場合、やっと、「一日に、一時間は静かにしてくれた」と言うことになる。午後五時から午後六時まで、一日に一時間、毎日静かにしたのに、弟が「一日に、一時間も静かにしてくれなかった」と言っているのであれば、「一時間は静かにしてやった」という言い分が成り立つ。けど、そうじゃないから。そうじゃないのに、どうして、「言い分がある」ようなことを言うのか? そういう態度で、なんだか知らないけど、ずっと鳴らしたんだよ。そういう気楽な態度で鳴らし続けた。じゃ、「静かにしてくれ」と言われたら、静かにするのかというと、それは絶対にないんだよね。そういう態度だ。兄貴、おまえ、あれだけがめつく、頑固にやっておいて、そういう記憶がないとは言わせないぞ。ならば、「午後五時から、午後六時まで、一日に、一時間、静かにしてやったつもりがあるのか。あるいは、弟が、「静かにしてくれ」と言ってきたら、そのあと、一時間は、ヘッドホンをして鳴らしたという記憶があるのか? 一ヶ月間そうしたという記憶があるのか? 一ヶ月間、そうして、やっと、「一ヶ月間は、言われれば、一時間は静かにしてやった」という言い分が成り立つわけだよ。けど、あの長い期間を通じて、「一ヶ月間、毎日一時間、静かにしてくれたことがないだろ。ないからない。だから、「静かにしてくれなかったといっているけど、一ヶ月間、毎日一時間、静かにしてやった」というような言い分があるはずがないのである。一ヶ月間、一日一時間も静かにしてない状態で、「静かにしてやった」と思っているというのは、どういうことか? そういうことを言って、なにも、不思議に思わない、きちがい感覚なんだよ。ぜんぶそれで、ごり押しだ。既成事実を積み上げていく。鳴らしたまま、既成事実を積み上げていく。三〇秒、やめてくれことがないよ。俺がどれだけ言っても。だから、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、と鳴っている時間が続いてしまう。で、その三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、三〇秒、は、鳴っている、時間なんだよ。鳴っているんだよ!!!! だから、影響がある。体に影響がある。時間に影響がある。人生に影響がある。なにを言っているんだ。兄貴、おまえが、意地になって鳴らしただけじゃないか。兄貴、おまえが、一日に三〇秒もゆずらないで、頑固に鳴らしただけじゃないか。事実はそうだ。だから、言い分なんてない。いいわけなら、たくさんあるだろうけど。

自分は親父にやられて悔しかったから、ヘビメタは絶対にゆずってやんなかったというのが本当の話だろ。「ゆずる」わけがない。一分だって、ゆずるわけがない。どれだけ言われたって、ゆずるわけがない。ゆずるわけがないんだよ。一分だって……。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。