2016年4月30日土曜日

くらいな~~

くらいな~~。くらい。くらすぎる。あ~、なにがゴールデンウィークだよ。にしても、くらい。すべて、くらい。ヘビメタ騒音が始まってから、ずっとずっと、くらい。みんな、よく生きてるな。まあ、ヘビメタ騒音、ないからな。俺は、ヘビメタ騒音が始まってからずっと、くらくて、こころぼそい状態だ。くら~~。また、横になるしかないか。なんか、不安で精神がやばいな。

ほんと、つまんねぇ。

まるまる荘に帰っていた時と同じだ。帰り道のこころぼそさが浮かぶ~~。

あれから二六年。ありえん。くれぇーーー。くらい。

2016年4月29日金曜日

動けるときは、動ける気分になっている。すでになっている

あ~つかれた。どうやって、生活を楽しくしていけばいいのかな? つかれた。また寝る。頭がもやーっとしている時間をどうやって減らすかだな。どうやって減らせばいいのかね? 本当、つかれるんだよな。この疲れがな~~。どうにかして、寝れば、疲れがとれるようなからだに戻りたいものだ。が、しかし、戻れない。戻れないところで、なにを言っても意味がない。戻れれば別だけど。 最近までずっと、一日一個法で乗り切ってきた。これは、限界体力になると、かなり使える方法だ。限界体力というのは、まあ、生命を維持する限界的な体力ということだ。けど、体を清潔に保つために風呂に入ったりする。わりと大変だ。この状態は、病原菌にやられがちなのだけど、やられないように保つ……それが、大変。
ともかく、つかれた。疲れやすい体になっている。そこをどうにかしないとな。けど、まあ、なんだ……俺がそこそこ動けたときというのは、どういうときだろうと考える。この体になってから、そこそこ動けた時って、どういうときなんだろう? と考えてみた。考えてみるとやはり、少なくても気分のほうは、法則性がない。からだの調子がいいときは動けて、からだの調子が特に悪いときは、動けないというような法則性はある。けど、「こういうふうに思うことで」やる気が出るとか、うまくいくというのはないんだよな。要するに、やる気を出そうとして、うまくいったことがない。なんかいつも、「こう思うこと」によって、比較的にうまく動けるという状態がない。気分の方が先なんだよね。ようするに、動けるときは、動ける気分になっている。すでになっている。きっかけとかはないんだよね。あるとしたら、からだの調子がいいということだ。このからだの調子がいいというのも、「比較的に言って」の話だ。自分のなかでくらべてどうかという話だから、相対的な話だ。

要するになにを言いたいかというと、なんかの技や考え方で、やる気を興すことは、不可能だと言うことだ。すくなくても、ぼくの場合は、なんらかの考え方の変化で、やる気になったりしない。ということは、どうしたらよいのだろうか。

2016年4月28日木曜日

じゃ、一分間静かにしてやるから、一分間静かにしてやったら、文句を言ってくるな!!!

なんか楽しい気分になればいいのだけど……。なんか、ひらめいたり、むずむずとやる気になったり……そんなことがあれば良いのだけど……。「つかれたぁ~」「つまんない~」って言葉が頭のなかをまわっている。楽しいことを考えたい。考えたいのだぁ。考えたいのだけど、……やっぱりつかれたという話になる。「休めばいいだろ」と思う人がいるかもしれない。休んでいる。休んでいるけど、だめなんだ。きちがいヘビメタ騒音以降……ヘビメタ騒音七年以降……本当に楽しいとか、本当に休んでからだがさっぱりしたとかそういう記憶がない。たぶん、本当にそういう体験がないのだろう。ヘビメタ騒音というのは、そういうもんだ。そういうところまで、浸食されてしまう。毎日続く、七時間のきちがいヘビメタ騒音というのは、そういうもんなんだよ。他の人はわからないだろうけど。けど、他の人がわからないのは、ぼくのことを馬鹿にしない場合はいい。けど、俺が我慢ならないのは、きちがい兄貴がまったくわかってないということだ。もっとも、本当に、わかっていたら……わかる能力があれば、……静かにしたはずなんだよな。普通に、何時間も何時間も鳴らさないで!!!!!!!!!静かにしたはずなんだよ。「静かにする」というのが一八〇度違った意味で使われてしまうという、不幸があるんだよな。あいつの頭のなかでは、二階で鳴らしているのに、一階の玄関で人が普通に話すことができなくなるほどでかい音で鳴らしても、「静かにした」ということになってしまう。本人が、ほんのちょっとでも音を落とせば、それで静かにしたということになってしまう。けど、その静かにした音というのは、普通の人にとってものすごい騒音、爆音なんだよ。ドカスカドカスカ鳴らして道を通っていくドキュン車みたいな音で鳴らしていても、相対的に、静かにしてやったから静かにしたということになってしまう。一〇〇デシベルで鳴らしていて、それを九九デシベルにしても、九九デシベルは、依然として、くっそうるさい音だと言うことがわかってない。本人が一デシベルでも静かにしてやったら、「静かにしてやった」ということになってしまう。だから、そのあと「もっと静かにしろ」「鳴らすな」と言いに行くと、「なんだ!せっかく静かにしてやったのに……がたがた言ってくるともっと鳴らすぞ」という気持ちになる。で、鳴らす。だから、一〇〇デシベルで鳴らされているか、九九デシベルで鳴らされている状態で、ぜんぜん静かにならないまま、何時間も経過してしまう。そういうことなんだよな。で、そうやって、絶対の意志で、絶対の意地で鳴らしてたのに、それを……一〇年とか、一五年間やると、一五年目には、「鳴らしてない!そんなに鳴らしてない!静かにしてやった!!知らなかった!俺にだって言い分がある!!」なんてことになる。これ、一日に五分間ぐらいは、一デシベル落としたことがあるけど、その日も、ずっと鳴らしていたわけで、鳴らさないで静かにしてくれたわけじゃないのだ。鳴らさないで一分間、静かにしてくれたわけじゃない。で、こういうふうに言うと……鳴らしている期間中にこういうことを言うと……「じゃ、一分間静かにしてやるから、一分間静かにしてやったら、文句を言ってくるな!!!」なんてことになってしまうのだ。これ、中間期末試験の時、入学試験の時、全部……こういうことを言って、鳴らしたんだよ。それでも、鳴らし切ることができたから「そんなんなっているとは知らなかった」とか「静かにしてやった」とか言ってる。嫁さんの前で言い訳しているときは、本当にそういうつもりなのである。嘘をついているつもりがない。けど、鳴らしているときから、「嘘」なんだよ。これが、きちがい構造で、きちがい親父とまったく同じ。ど・れ・だ・け・の意地で鳴らしたと思っているんだよ。「ゆずっているわけがないだろ!!」と怒鳴りたくなる。で、きちがい兄貴がうちにいた期間中は、「ゆずっているわけがないだろ!!」とどれだけ怒鳴っても、きちがい兄貴がきちがい兄貴の部屋で、どかすか全部の時間鳴らして、「鳴らしてないつもり」「ゆずってやったつもり」「静かにしてやったつもり」になっている。どれだけ言っても、そういう構造が崩れないんだよな。これは、本当に、きちがい親父と同じ。きちがい親父が、ハンダゴテや自転車でやったときと同じ。本人のきちがい的な言い分を一〇〇%通して、「やってない!!やってない!!」ってことになってしまう。どれだけ、きたいなんだよ。きたなすぎるだろ。けど、「そんなの知らない」ことで、これまた「やってないやってない」ってことになってしまうんだよ。そういう、きちがい構造を通して、一切合切こっちの言い分を認めないまま、一〇〇%頑固に頑固にやり切るんだよ。で、一〇〇%頑固にやりきれたら、「そんなの知らない」「やってない」「言い分がある」って言い出す。本当に全部同じだから。たとえ、一分間だろうが、ちゃんと静かにしてやるつもりなんて、本当に一〇〇%ないんだよ。そんなのは、絶対いやだから、やってやらないんだよ。それで、一日に、何十階も文句を言われているのに、押し通して、やり切る。そりゃ、殺さなければ、やめさせることができないんだから。そういう状態なんだよ!!! これ、普通の人と……常識的な人と、兄貴は信じない。あれだけがめつく自分がやったことなのに!!!あたりまえのことだと思って「自分」がやったことなのに、ぜんぜん、そんなつもりがないんだよ。だから、言い分がある」と言っている時は、「そんなつもりがない」ままの状態、認識が成り立っている。頭がおかしい。これ、本当に、ずっと毎日、兄貴がやったことなんだからね。も・の・す・ご・い意地で兄貴が、やり通したこと。毎日、何年間も十数年間もそうした。それで、「そんなつもりがない」「知らなかった」だからな。これが、ふざけている。これを、ふざけていると言わずになんと言うのか? 全部、そういう調子で狂っている。兄貴は、親父にやられたことは、覚えているんだよ。親父がそういう態度で、絶対にゆずってくれなかったということを覚えているんだよ。

2016年4月27日水曜日

認知療法家の頑固さは、ある意味、きちがい兄貴の頑固さと同じ

あの感覚がよみがえっちゃうんだよな。やっぱり、苦しい。苦しいったらありゃしない。どうしても、苦しい。考えようで、苦しくなくなる? 冗談じゃないよ。やっぱ、苦しいよ。「あ・れ・は・な・い」って思う。あれはない。あれはない。あのときの、ヘビメタ騒音の連続が忘れられない。あのときのきちがい兄貴の態度……渡り廊下での態度が……忘れられない。あのときの、外を歩いているときの破滅的な気分が忘れられない。

最近、寝ている時間が多い。多くて長い。いま、午前〇時五四分で、普通の人は寝ている時間だけど、やっと、水分を補給した。まだ、ご飯は食べてない。さっき、起きたばかりだ。ものすごく、喉が渇いて、数時間おきに起きている。だから、水分は、補給されていると思うけど、……これは、ひょっとしたらなんかの病気かもしれないな。やたらとのぞが乾く。これは、ちーって音が始まった、二年前から続いている。で、それとは別に、腹が痛い。これは、一週間ぐらいかな。まずいんだよ。なんか、「身も心も疲れ果てた」という感じだ。これで医者に行っても、たいした進展はなく、現状維持みたいな感じになるんだよな。薬を飲んでもさ。あーーつかれた。本当、つかれた。

まあ、いまは、キーボードを打てるぐらいには、復活したわけだ。グロッキー状態で横になっているときは、キーボードを打つためにここに座るということができない。で、その時の体の状態がヘビメタ騒音をあびたときの体の状態と同じなんだよな。俺は、人知れず、何年間、こういう思いをしてきたんだ。「もう、死にたいよ」……こういうことが、頭のなかをまわっている。けど、そのうち、寝ちゃうんだけどな。けど、死にたくはないんだよ。ときどき、このままなにも残さずに、このままなにも経験せずに、消えてしまうのは、ものすごくこわいことだと思える。「なにも経験せずに」と言ったけど、そりゃ、いろいろなことを経験してきたわけだ。だから、「なにも」というのは、非合理だと考える人もいるかもしれない。けど、そこで言っていることは、そういうことではなくて、「自分がやりたいと思っていたことは、なにも経験できずに」ということだ。

エネルギーがないんだよな。たとえば、ある出来事があって、普通なら一〇〇のしあわせを感じるとするだろ。ところが、ぼくの感じ方だと、三ぐらいしかしあわせの感じることができない。高揚感や興奮がない。「やった!よかった!!」と思うことができない。最大限いいことがあっても、あんまり、感じないんだよね。もちろん、最大限いいことなんていうのは、待っていても来ないので、実際にはないんだけどね。まあ、最大限いいことって、好きな女の子に、告白されるとか……それは、普通だったら絶対に、うれしいことで楽しいことだよな。ハッピーな気分になれるはずだ。けど、ヘビメタ騒音や無職のことが気になって、ハッピーな気分になれない。「この子に、どうやって、無職だということを説明したらいいんだろう?」とか「ヘビメタ騒音のことをずっと言ったら、この子もいやになって、どこかにいってしまうんだろうな」とか、そういうことが気になる。ヘビメタ騒音のきゅーっとした雰囲気というのがない。あるいは、たとえば、宝くじで一〇〇万円当たったとする。絶対に、普通だったら楽しいことだよな。「やった」と思うよな。けど、ヘビメタ騒音以降は、そういうことがあったとしても、そんなに「やった」と思えない。無価値なものに思えてしまうのだ。「それがなんだ」みたいな……。もちろん、アルバイトで一〇〇万稼ぐとしたら、かずかずの耐えがたきことに、耐えなければならないわけで、一〇〇万円稼ぐのは、並みじゃないんだけど……一〇〇万円というのは、ぼくにとってそういう金なんだけど……けど、ヘビメタ騒音をやられたあとは、感情が平坦になっていて、楽しむことができない。怒りのほうは、メーターが振り切れるほど、感じてしまうのだけど、楽しみのほうはないんだよね。本当、きちがいヘビメタが八年以上続いた時点で、ぼくの感情が……楽しみを感じる方の感情が、死んでいる。ともかく、つらい。なんだろうがつらい。持続的にずっとずっと、つらい。ずっと、続いている。あの態度!本当に頭にくる。不満が頭のなか、こころのなかにうずをまいている。ともかく、苦しい。で、はちゃめちゃに疲労してなにもできない。この「なにもできない」というのも、そうやってキーボードを打っているわけだから「なにもできない」というわけではないと考える人がいるかもしれない。けど、そこで、言いたいのは、そういうことじゃないんだよ。これ、本当に、非合理なんだろうか。認知療法家的な考え方というのは、はっきり言えば、「いらつく」。頭にくる。そして、認知療法家はある意味、頑固だと思う。で、その頑固さというのが、ベクトルの違いはあるにしろ、本質的なところで、兄貴の頑固さや親父の頑固さと、似てるんだよな。これ、どれだけの人がわかるのか? ある種の「無視」という機制が働いている。

2016年4月25日月曜日

その人なかでは、あたりまえの発言、あたりまえの考えなんだと思う。

つまんねぇ。起きてもつまんねぇ。けど、まあ、しょうがないな。あ~~、つかれたな。なんだか知んないけど、つかれたわぁ~~~~~~。あ~~、つかれた。

精神と体調は連動しているな。からだの調子がいいときは、「おっ、いけるかなぁ」なんて考えるし、からだの調子が悪いときは「だめだ。もうだめだ」と思う。いまは、からだの調子があんまり良くない。腹が痛い。ずっと腹が痛い。困ったな。あ~~。あと、疲労感はあるな。これは、きちがいヘビメタが一四年間続いたあと、ずっと続いているから、いつもの疲労だ。このいつもの疲労がでかすぎるんだよな。他の人にはわからないところだろうけど。

この体で「この先どうしようかな」「どうやって、金を儲けるかな」なんて考えると、……まあ、鬱になるわな。破滅的な考えしか浮かばない。どだい無理な話だからな。普通に勤めるのは……。で、二〇代、三〇代の時も、そうだったんだよね。けど、他の人は、ぼくが普通のレベルで生きていると思うわけだろ。そりゃ、「元気がなさそうで、憂鬱そうに見えるのだけど、働けないとかそういうレベルじゃない」と思うわけだ。ちょっと元気を出せば、働けそうに見える。けど、一四年間のヘビメタ騒音で、「いつも一定の時間に起きる」「普通に通勤する」ということが、どうしてもできない体になっているんだよね。普通にやったら、どれだけがんばっても、一ヶ月で自殺するようなレベルだ。起きれないということの他に、疲れがとれないというのがある。すでに、ヘビメタ騒音で疲れ切っているのだけど、その上で、「通勤して」働くとなると、「その日の疲れ」が次の日に残ってしまう。一日目の疲れと、二日目の疲れが、まったくとれないまま、三日目に突入してしまう。睡眠リズムの乱れと、疲れの累積で、どうしても……どうがんばっても無理な状態になる。そりゃ、ヘビメタ騒音生活が一四年間、な・け・れ・ば、俺だってそういう体じゃないのだけど、実際に、生きているなかで、ヘビメタ騒音生活が一四年間数ヶ月、続いてしまった。なので、苦しい。他の人には見えないのだけど、苦しい。まあ、他の人には、「いいわけ」に聞こえるわけだよ。「俺だって苦しいのにがんばっている」「そんなのは、いいわけだ」と……まあ、こうくるわけだよ。働いていないというのは、どう考えても、みっともないと思っている人たちが、多数いる世界だからね。けど、そう言っている人は、実際には、毎日七時間から一四時間続く、きちがいヘビメタ騒音の日々を、一四年以上、おくったわけじゃない。だから、せんぜん違うと思うんだよな。けど、その人たちは、「そんなのは、どれだけ鳴ってたとしても、いま鳴ってなければどうにかなるだろ」というような意見を持っていることが多い。……どうにかならないんだよね。これが……。七年間毎日、ヘビメタ騒音生活をして、学校か職場に通っていれば、わかるよ。かりに八年目に鳴り止んだとしても、八年目から働くということは、絶対にできない。そのあとも、たぶん、かなりの高確率で働けないと思う。七年間ヘビメタ騒音生活というのは、そういうことだ。経験がないから、実際にはわからないのだろうけど。そして、自分が経験した騒音や疲れの範囲内で、想像してものを言っているのだろうけど。これが、無理なんだよ。けど、たとえば、七年間ヘビメタ騒音生活をした人と、そうでない人の割合はどうかというと、七年間ヘビメタ騒音生活をしてない人のほうが圧倒的に割合が大きいわけだ。だから、感覚は共有できないということになる。みんなが経験して、だいたい知っているようなことじゃないのである。むしろ、世界で一人だけ、この経験をしているのかもしれない。まあ、騒音はいろいろあるけどね。横の部屋にきちがいが住んでいて、ずっとやられ続ける経験なんて、ないだろ。本当に、きちがいだからな。言ったって、通じない。どれだけ言ったって通じない。本人は、まったくやってないのと同じだという感覚のままだ。じゃ、ゆずってくれるのかというと、一分だって絶対にゆずらない……そういう態度、感覚なんだよね。こういう他人が、横で、これまたきちがい的にデカい音を鳴らしている人というのは、そんなにはいないだろう。全部が多勢に無勢になってくる。むかし、六ヶ月間ぐらい同じようなことを経験した人に会ったことがあるんだけど、その人ぐらいだよ。本当にわかっているのは。そういう人と、普通の人だと、俺に対する態度、認識が明らかに違うんだよな。普通の人なんて、「働くということの意味がわかってないから、働いてない」なんて思ってしまうわけだから。……これ、本当、ヘビメタ騒音のことを言った後でも、そういう態度なんだからな。そのくせ、障害者の人権にはうるさいんだよな。精神障害者が犯罪を犯した場合の話に関しても、やたらとその犯罪者に同情的なことを言う……人もいた。これ、おかしいと思うんだけど、その人なかでは、あたりまえの発言、あたりまえの考えなんだと思う。

実は気を遣って、ボロボロになっている

やっぱり、ヘビメタ騒音で苦しい。いままでここに書いたような愚痴がずっと頭の中をまわっている。本当に、どの時間もヘビメタ騒音の時間だよ。どの時間にもヘビメタ騒音の雰囲気がただよっている。あるいは、ヘビメタ騒音にやられて苦しい雰囲気がただよっている。ヘビメタ騒音ってなっているときだけ苦しいわけではなくて、鳴り終わったあとも苦しい。朝も、日中も、前の晩のヘビメタ騒音と積み重なったヘビメタ騒音で苦しい。昨日は日曜日だったんだけど、日曜日は、朝の一〇時ぐらいからヘビメタが始まって、一一時、一二時、一時、二時、三時、四時、五時、六時、七時、八時、九時、一〇時、一一時と鳴っている。だから、一二時間以上、きちがいヘビメタをあびた状態で、朝起きることになる。それで、苦しい。鬱病なんて遙かに超えたレベルのしんどさが、朝の俺を襲う。けど、それでも、歯を食いしばって、行ってたんだよ。それで、おかしくなった。「行ってたんだよ」――「行ってたらなら、いいじゃん」……こういうことにはならない。けど、そういうふうに、受けとめられてしまうんだよな。数千日の苦しさの積み重ねなんて、他の人にはわからない。いくら、数千日ヘビメタ騒音が続いていたと言っても、つらさはわからない。なので、「もう鳴り終わっているなら、大丈夫だろ。働けるだろ」ということになる。けど、それが無理なんだよ。で、無理だと言うことがわからないのは、経験がないからだと思う。けど、きちがいヘビメタをあれだけあびた……あびてしまった人類というのがぼくしかいないのだから、それは、つたわらない。で、そういうことの繰り返しなんだよな。「今日、ここにこれるのだから」「働けるに違いがない」と思われる。年に一回、「ここに」出てくるのと、週に五日間、何年間も働くことを一緒にするなよ。その「今日出席」するのに、俺がどれだけ苦労していると思っているんだよ。前の晩、きちがいヘビメタをやられたときと同じような状態になって眠れずに、苦しんでいる。ぼやぼやしているようでも、実は気を遣って、ボロボロになっている。

ほーーーんとうに、つかれた。意味がなくつかれた。ヘビメタで疲労しているだけだからな。困ったな。本当に、きちがい兄貴対するいらだち、恨み、怒り、が消えない。「よくも」と思う。「よくもよくも」。「あれでゆずったつもりだったのかよ???」って怒りがわいてきて、消えない。そういうことだ。きちがい兄貴。おまえは、きたなすぎる。やり方が親父と同じ。怒ったときの親父と同じ。絶対に自分の気持ちは通す。自分の都合は通す。絶対に、一分も「本当には」ゆずらない。どれだけゆずれる状態でも、ゆずりたくないから、絶対にゆずらない。それで、「ゆずったつもり」だったのかよ。そういうきたなさがゆるせない。本当に、本人がやり切ることができれば……一分もゆずらないでやり切ることができれば……なにもしてないと思ってしまうんだからな。そりゃ、こっちがなにもいわないなら、「なにもしてない」と思って当然だけど、何万回言ったと思っているんだよ? 一日に何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も言ったからな。きちがい兄貴が、やけになって、意地になって、一分もゆずらないで鳴らし続けてただけじゃないか。それで、よく、「知らなかった」とか「そんなになっているとは知らなかった」と言えるな? 良心が痛まないのか? そういうやり方で、俺がどれだけ困っていても、一分もゆずらないでやり続けたんだよ。一四時間で切れば、かならず、一四時間鳴らして、一分だって、ゆずってくれなかった。その一四時間のなかで、こっちが三〇回怒鳴り込んだって、その都度、「むくれる」だけで、絶対に一分だって、静かにしてくれない。一分間ヘッドホンをして静かにしてくれるということがない。一分間ですら鳴らさないで静かにしてくれるということがない。こういう態度で鳴らしておいて、「知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」なんて、よく言えるよね。本当に全部、毎年、毎日、毎時間、毎分、毎秒、そういう調子で鳴らしてた。で、それが、一〇年間とか、一四年間だよ。どんだけのことがあったと思っているんだよ。俺がバイトをしているときだって、絶対に一分も静かにしてくれなかった。日曜日、一二時間以上、基地がヘビメタ騒音をあびて、困るんだよ。日曜日が休みにならない。土曜日だってそうだ。誰のせいで、遅刻していると思っているんだよ。誰のせいで、睡眠回路がこわれて働けない状態になっていると思っているんだよ? 鳴らしているときは鳴らしているときで、何十回……一日で何十回言われても、まるで響かないで、鳴らしているんだよね。きちがい行為を押し通したいときの親父と同じ頭のしくみ。普通に言えば、ひとことでわかることが、一切合切通じない。で、やったことになってない……全部同じ!! 全部同じなんだよ。態度が!!! きちがい親父と同じ。全部同じ!!!

こっちが、どれだけ困るからやめろと言っても、シランプリ、なんだからな。シランプリで、一〇時間鳴らせるのであれば、きっかり一〇時間絶対に一分もゆずらないで鳴らした。そういう毎日だ。「知らない」ということはないんだよ。どれだけ言われても、認めなかったということなんだよ。こっちがどれだけ、(きちがい兄貴の騒音で)困るからやめてくれと言っても、「困る」ということを、きちがい親父のように、一切合切認めない。何十回も言えばわかってやめてくれるという状態じゃないからな。毎値に同じだから。本当に、際限なく、「つたわらない状態」がごく自然に、繰り返される。それで、本人は、「まったくなにも知らない状態」を維持し続ける。で、鳴らす。で、なんとも思ってない。そういう魔法にかかったような状態で、実際には一分だって、一秒だってゆずらずに鳴らし続ける。本当に、毎年毎年そういう態度だから。で、そういう態度だと言うことに気がつかない。そういう態度で鳴らしたということに気がつかない。「そんなの知らなかった」ということになる。「鳴らしてた」ということを、知らなかったというような態度だ。本人は、「そんなつもりじゃない」ままなのである。きちがい。本当に迷惑なきちがい。どれだけの意地がかかっているか、やり通した本人が、いつも、気がつかないだけ。というか、一〇〇分の一〇〇やったことが、ゼロなんだよね。だから、本人が、血相を変えて、意地になってやったことは、やってないことになっている。全部がそう。親父も兄貴も、本当にまったく同じ。きちがい部分が同じなんだよね。で、認識がないというのも同じなんだよね。だから、殺さなければやめてくれないという状態でやり続ける。で、まったくやったことになってないのである。頭がおかしい。まったく、こだわりがないというような意識なのだけど、じゃあ、言えばやめてくれるかと言ったら、それは、絶対にない。きちがい的な意地でやり切る。

2016年4月22日金曜日

あれは、例、原型で、同じしくみで同じようなことが発生する。毎日、毎日。何回も何回も。

「俺がどれだけ……おまえが無視してやってただけじゃないか……どれだけ言ったと思っているんだよ」……こういう考えが一日中、頭に浮かぶ。今朝書いたマラソンのことなんて小さなことだと思うだろ。けど、何千日も毎日あたりまえのように、そういう「小さなこと」が発生したらどうなると思うよ?

疲れちゃうんだよ。小さなことだけど疲れてしまう。ヘビメタで疲れて、学校や職場でも、疲れてしまう。マラソンのことにそれほどこだわる必要もないとは思うけど、あれは、例、原型で、同じしくみで同じようなことが発生する。毎日、毎日。何回も何回も。

で、くたびれ果てて帰ってくると、きちがいヘビメタが鳴っている。俺が、アルバイトしてたとき、きちがい兄貴が、や・め・て・くれたかというと、そうじゃないんだよ。まったく同じように鳴らしてた。

アルバイトの時間を、きちがいヘビメタ騒音の時間にあてたけど、土日で崩れる。しかも、ヘビメタ騒音が七年間毎日、土日も祭日も、「つみあがった」状態で、バイトをし始めたから、なんていうのかな、七年間毎日、ヘビメタがない状態ですごしていて、それで、高校を卒業したから、バイトをはじめたというのとは、まるで違う。体の状態がまるで違う。

本当、その時点で、病人がエベレストを登るような話になる。どだい無理な話なんだよな。七年間で、ほとんどすべての生活体力をなくしている。涸渇している状態でやり始めなければならない。普通の状態でやれるわけじゃない。「普通の状態」というのは、七年間、きちがいヘビメタ騒音が毎日、一分も鳴ってなかった場合の状態だ。それ以外ではない。

きちがい兄貴は、いまになれば、都合が悪いことは認めたくないので、認めないのだけど、「どれだけの意地で」やっていたか。きちがい兄貴が、一分間我慢して、静かにするということが、絶対にあり得ない状態なのである。他の人にその状態がわからないというのは、わかるけど、きちがい兄貴が、他の人のように、わからないというのは、わからない。

けど、そういう、他の人のようにわからない状態で、鳴らしてたんだよ。自分はしがみついて、きちがいおやじできな意地で、絶対にゆずらないで鳴らし切るけど……すべての時間鳴らし切るけど……本人は、鳴らしたつもりもないし、自分がそういう意地を持っているという認識もないんだよ。こういう状態を維持して、一分もゆずらないで鳴らした。

だから、その日その日が、きちがい親父のように切れているわけで、きちがい的な意地でやったことは、ぜんぜんやってないことなのである。主観的には、感覚的には。だから、平気で嘘をつける。で、そういうやつだからこそ、無慈悲に無視して、頑固にすべての時間鳴らすことができた。すべての時間、最大の音か、最大の音マイナス一デシベルぐらいの音で鳴らすことができた。

一デシベルでもゆずってやったら、……きちがい親父のように「ゆずってやった!!!ゆずってやった!!!!なんだなんだ!!!なんだなんだ!!!(発狂、発狂、発狂)」……という状態になって、ゆずってやったつもりになる。本当はゆずってないのだけど、ゆずったつもりになる。一分だろうが、鳴らさないで静かにしなかったのに、あるいは、一分だろうがヘッドホンをして静かにしなかった……のに、本人は、一日中、鳴らさないで静かにしてやったつもりになる。

で、本当に、「他人」以上に、関わりのない人間のつもりでいる。絶対の意地で、すべての時間、最大の音か、最大の音マイナス一デシベルで鳴らすのだけど……その県に関してまったく関係がない人間のつもりでいる。で、このつもりというか、気持ちというか、認識が強固で、強固で、強固で、……それこそ、きちがい親父の爆発や普段の態度と同じように強固で、どれだけなにを言っても、変わらない。

ヘビメタ騒音にまったく関係がない人、以上に、関係がない人のつもりでいる。

それが、こわれない。どれだけなにを言っても、どれだけ、何万回ぶつかっても、こわれない。やりはするけど、「まったく関係がない人のつもり」なんだよな。いつも!!!!!そうだ。いつもなんだよ。いつもいつもそうなんだよ。いつもいつも、そういうつもりで、そういう認識で、頑固にやり切る。

だから、どれだけやっても、本人は、「まったくやってないつもり」「まったく、そのことに関係がないつもり」なのである。そういう気持ちでいられる。だから、いまのきちがい兄貴の態度も、その延長線上にある。同じなのである。だから、きちがい兄貴が嫁さんの前でしらばっくれていたとしても、まったく疑問はない。同じだから。そういう態度で鳴らしてたんだよ」って言いたくなる。

2016年4月21日木曜日

なんか、行動の原理を変えないと、俺はこのままだ

なんか、行動の原理を変えないと、俺はこのままだ。どうにかして、なにかを変えなければ。
このままでは、このまま歳を取って、死ぬ。さみしい気持ちを抱えたまま死んでしまう。

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また、動けなくなってしまった。また、「一日一個法」でやっていくしかないな。


   *   *   *

にしても、つかれた。やっぱり、一〇年ぐらい「ひきつった」生活をしていると、人間というのはだめになってしまうらしい。家に帰ればヘビメタ騒音が鳴っている状態で中学、高校と通学しただけで、ぼくの人生終わっている。きちがい兄貴はまるで気にしてないけど、一日でもすごいことだからな。ひどいことだからな。どんだけひどいことか、「いま住んでいるうちで」やればわかる。あるいは、自分が!!!一日、自分の嫌いな音をあの音のでかさで、浴びせられれば、わかる。一日でわかるよ。次の日、学校や職場に行くことが、どれだけつらいか。日中、どれだけのだるさがおそってくるか? そして、「だるいけど、だるいからできない」という状態で責任がかかることをしなきゃいけない。あるいは、みんなと同じようにマラソン大会に出場しなければならない。ヘビメタ騒音にやられて、前日、前々日とだるくてだるくてしかたがなくて、ちょっと歩いたら、顰蹙を買う。なんだか知らないけど、クラス対抗みたいになっていて、ひとりでも歩いたものが出ると、ダメらしかった。何千日もヘビメタ騒音が続いて、そういうことの連続だよ。いまも、ヘビメタ騒音でつらい。これ、本当に、一〇年以上やられた人じゃないわからないみたいなんだけど、しんどい。身体的にも苦しいし、本当に、「やる気」が出ない。とうてい働けない状態なのである。けど、「働けない」と言うことができない。言ってもいいけどさ。けど、なんというか、不満を感じる人たちがいるんだよな。ヘビメタ騒音で働けないといっても、認めない人たちが半分ぐらいはいる。何度も言うけど、そういう人たちとのあいだに、溝ができる。マラソン大会の時、歩いてしまったあとに、「ヘビメタ騒音が……」と言っても、「甘い」とか言われるのと同じだ。帰れば鳴っている。休みの日は、朝から鳴っている。死にたい。本当に、夏休みも冬休みも春休みも、有効に使えたことがない。ヘビメタ騒音で遅れた勉強を取り戻すということができない。夏休みも冬休みも春休みは、一日一四時間に増えてしまう。どれだけ言っても、「その日」一時間だって、静かにしてくれない。三〇分だって、二〇分だって、一〇分だって、鳴らさないで、我慢して静かにしてくれるということがない。きちがい兄貴が、きちがい兄貴の基準で、静かにしてやったつもりになって、五分間ぐらいドカスカ、鳴らすと、きちがい兄貴のなかでは、一日中静かにしてやったのと同じ」ということになってしまうらしい。そういう、きちがい魔法、きちがい自己洗脳を使って、がんがん鳴らしまくる。一切気にしない。きちがい兄貴の一五年間というのは、そういう一五年間なんだよ。うちにいる限りは、その魔法がかかっていて、どれだけなにを言われても、気にしないで鳴らし続けることができる。気にしないでと言ったけど、言われたら!!!腹を立てるのである。腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。鳴らさないで我慢するなんて発想自体が、ない。鳴らさないで我慢しなければならないという状態を突きつけられたら、きちがい親父が、逆上するように逆上してしまうのである。なにを言っても、一切合切つたわらない状態になってしまう。で、やり切るんだけど……一〇時間でも一四時間でもやりきるんだけど、……やり切ることができたら!!……一分も本当にはゆずらないで、自分の思いを通すことができたら!!!……やってないことになってしまう。まったくなにもやらなかった。まったくなにも言われなかった。「言えば静かにしてやったの」にみたいな気持ちになってしまう。というか、そういう状態なんだよ。何十回怒鳴り込まれても、……なにもいわれなかった……こういうふうに思ってしまう。自動的に!!! で、本人はまるで気にしてない状態が「できあがる」。で、なにも気にしてない状態ができあがったら、本当に本人の主観としては、なにもしなかったと言うことになってしまうのである。だから、本人は、いつでも気楽なんだよ。じゃ、一分でも、鳴らさないで静かにしてくれるかといったら、それはもう、ぜぇぇぇぇっっっったにい、ない!!! 死んでもない。「一分だってゆずるのは絶対にいやだ」という状態になってしまう。そういうとがった気持ちで、鳴らしまくる。わけがわからないことを言って、発狂している親父と同じなのである。ハンダゴテ事件の親父のように、言葉が通じない。普通ならひとこと言えばわかることが、絶対にわからない状態になってしまう。一〇〇回言ったって、つたわらない。それで、そういうことを押し付けた」つもりもないんだよね。自分の言い分が通ってしまえば。自分がやりたいことができれば!!!……できなかったら、ひどい騒ぎだけど……一分もゆずらないでやり切ることができれば!!!……なにもしてないということになってしまう。相手は、自分に対して、ひとことも文句を言ってこなかったと言うことになってしまう。「知らないこと」なのである。だから、そういう一五年間が終われば、「そんなになっているとは知らなかった」みたいなことを、平気で言うことができる。嫁さんには「言えば、静かにしてやった」ということをほのめかしたいんだろうけど、頭がおかしい。どれだけの意地でやったか、本人が覚えてないとか、おかしすぎる。



2016年4月20日水曜日

毎日ごり押しで、自動機械のようにやり切る

寝る前がすごいんだよ。ヘビメタ騒音の記憶が押し寄せてくる。あとは、子供のころの記憶が、めちゃくちゃに繊細に、鮮明によみがえる。わけがわからないけど、まったく忘れていたことまで、ぱしゃって思い出すんだよね。なんなんだろう。まあ、ずっと前からそれはあるんだ。まったく忘れていたことが、たぶん、その日に視たニュースなどとは関係なしに思い出される。けど、まあ、それはどうでもいい。書こうかと思ったけど、いいや。寝る前、かなりまいっていたんだけど、いまそれなりに、文字を打てる。しかし、なにをやっているのかわからないな。また、金になることができなくなってしまった。なぜか、ストップがかかる。もう、ぼくにはそれしか道がないのに。けど、「それしか道がない」とか思うからだめなのかもしれない。……やっぱり、ヘビメタの雰囲気が並みじゃない。特に、朝眠るときは、けっこうそんな感じがする。けど、朝寝て、夜起きるというリズムだと親父と顔を合わせなくて済むから、余計なことで落ち込まなくて済む。やっぱり、親父を見かけてしまうだけでも、けっこう、いろいろな気分になる。で、それが、ものすごく悪い影響を与えるから、良くない。本当に、ものすごく悪い影響を与える。困るんだよな。本当、きちがい兄貴ときちがい親父にやられて、人生ないよ。で、兄貴はうちでだけ、ああだったんだよ。親父のまねをして。だから、根源は親父なんだよ。ヘビメタ騒音の根源は親父。親父の態度。本当に、「うち」にいるときは、常に!!!狂ってたんだからな。それから、ヘビメタ騒音のことは、「意地でも」注意しなかったわけで、「注意した注意した」って嘘を言っている。けど、本人は、嘘を言っているつもりがないらしくて、そういうところで、めちゃくちゃに破滅的な気分がする。どうしてかというと、きちがい兄貴がやったことも同じだからだ。あれ、本当に、きちがい親父のまねなんだよな。全部同じだよ。これ、本人は、まったく気にしないで、自動機械のようにやり始めて、どれだけなにを言っても、ふくれて、やめない。だから、きちがい兄貴やきちがい親父が、なんらかの迷惑行為をした場合、殺さなきゃやめさせることができない。「言ってつたわる」ということが、一切合切ない。けど、一切合切ないのが事実なのに、……うちでは事実なのに、……当の本人は、まったくそう思ってない。で、毎日ごり押しで、自動機械のようにやり切る。けど、何年間毎日積み重なろうが、本人は!!本人だけは!!「つもりがない」ままなのである。ずるで、やり続ける。どれだけ言ったと思っているんだよ。さいちゅうは!発狂してやめないんだよ。やめてくれ」と言われたら、怒り狂ってやめない。それならば、やめてやらなかった」「やり続けた」という記憶があってもいいはずなのに、……なんとずるっちいことに……記憶がないということになっている。これは、本当に、記憶がないわけではなくて、あたかもないような態度を取るということだ。これは、短期的にはそうなんだよ。で、長期的には、本当に忘れてしまうというようなところがある。で、「やった。何年も毎日やった」と言うと「そんなんじゃない。そんなんじゃない!!」って荒れる。あらがえる。で、その時の態度が、やったときと同じなんだよ。やめなかったときと同じなんだよ。「やめてくれ」と言われて、「認めずに!!」「発狂して!!」やってたときと同じ態度なんだよ。もう、こういうことの繰り返しなんだよな。際限なくそういうことが繰り返される。で、本人は、「認めなかった」から「つもりがない」ままなんだよ。だから、際限なく同じ態度で「やり切る」ことができる。で、やり切ったって、……「まったくそんなこと知らなかった」と言うような態度なんだよ。きちがいだろ。こういうずるなんだよ。あいつらが、うちでやってきたことは、こういうずるなんだよ。骨がらみのずるだから、どこかでやめるということはできない。「うち」にいる限り、頑固に、そうする。殺されない限り、絶対に認めないで、そうする。けど、ここらへのことが、「他の人」にはわからないんだよ。「うち」以外の人にはわからない。だから、俺が、よその人から、……事情を知らないよその人から、馬鹿にされて苦しむことになる。よその人は、「そんな人いない」「そんなことない」って思っているんだよ。俺が、「うち」ではこうなんだ。兄貴はこうなんだ。親父はこういう態度なんだと言っても、あんまり信じない。その人たちにとっては、それは、「あり得ない」ことだから、「変だなぁ。そんなことあるのかなぁ?」なんて感じで、信じない。いまいち、信じられないという感情が続く。感情的な話だからね。だから、常識的な人とのあいだに、「溝」ができるんだよね。じゃ、どうして引きこもっているのかというと、「ヘビメタ騒音」なんだよね。



2016年4月19日火曜日

全部の体験が、「崩壊疲労液」につかっている

やっぱり、苦しいな。どうしても苦しい。いま、夕方だけど、きちがいヘビメタが鳴っている雰囲気だ。起きたあと、ものすごく苦しい。なんとか、水や薬を飲んで落ち着くのを待つという感じだ。けど、やっぱり、前のめりになって、ふさぎ込むような形か、あるいは、後ろに反り返って?ぐったりしたような状態になってしまう。……ので、水や薬だけ飲んで、また、寝床に帰るということが、多い。後ろに反り返るというか、腰の位置が椅子の前の方にきて、横から見たときの足と背中の角度が一三五度ぐらいになるという感じだ。まあ、終電の酔っ払いサラリーマンみたいな感じになる。酔っ払いじゃなくても、終電の疲れ切ったサラリーマン。彼らは、働いて、疲れているんだけど、ぼくは、起きたときから、そんな感じで日中もそういう感じだ。彼らは、日中働いて、夜も残業してそんな感じになっているのだろうけど、ぼくは、動く前からそういう感じで、ずっとそういう感じだ。ヘビメタ騒音が鳴ってから、残業サラリーマンの終電状態で、ずっと、生きている。普段からそういう状態なんだからな。ヘビメタ騒音が鳴ってから、ずっときつい。からだがきつい。からだがいつも、悲鳴を上げている。どうしても、つらい。ヘビメタ騒音が鳴ってから、からだがつらくてつらくてしかたがない。どうしても治らない。苦しい。毎日苦しい。「もういいか」という気持ちになる。「もう、死ぬか」という気持ちになる。本当、ヘビメタ騒音が鳴ってからいいことがないよ。全部びしょ濡れ、「崩壊疲労液」につかっている。全部の体験が、「崩壊疲労液」につかっている。 他の人の助言というのは、あんまり役に立たない。どうしてかというと、他の人は一〇年間ヘビメタ騒音をあびて、それで、助言しているわけではないからだ。普通の人は、ぼくが普通の状態だと思って助言している。ヘビメタ騒音で云々という話を聞いたあとも、一〇年間毎日ヘビメタ騒音が続くような状態を経験してないから、あんまりわからない。その人のなかでの「騒音」体験がもとになる。で、「騒音」は普通、鳴り止めば鳴り止んでしまうものだから、からだに残って苦しいということがあまりわからない。感覚としてたぶんわからないのではないかと思う。そういう人だって、俺と同じように、何年間も何年間も何年間も何年間も、毎日毎日、同じ時間の長さだけ、ヘビメタ騒音を経験すればわかるんじゃないかなと思う。これを言うと喧嘩になるけど、他の人の助言というのは、ぼくにとってとうてい無理な話なんだよな。とうてい無理な話なんだけど、一〇年間ヘビメタ騒音が続くという状態を経験した人じゃないと、それが無理だということが、これまた、あんまりわからない。だから、ものすごく深い溝ができる。それは、どんな親友でもそうだ。親友ですら、深い深い溝ができる。 どだい無理な話……どだい無理な注文……なんだけど、言っている方は、そうじゃないと思っている。ぼくにとってどだい無理な話なんだけど、言っている方は、自分にも、ぼくにも、無理ではない話だと思っている。それが、助言の中身なんだよな。で、後退するしかなくなる。そうだろ。そりゃ、言ったって、どだい、俺と同じ経験がない人にはわからないのだから。

きちがい兄貴よ。おまえ、静かにしてくれなかっただろ。一分も、静かにしてくれたことがない。鳴らさないで静かにしてくれたことがない。一分間、やめてくれたことがない。中学三年間のあと、高校三年間、ずっと毎日、鳴らさないでやめてくれたのか? 中学三年間は、毎日全部、自分が好きなように鳴らしたけど、高校三年間は、鳴らさないで……毎日一分も鳴らさないで我慢してやった……だから、ゆずってやった……こう言っているなら、わからないわけではない。三年間で、破滅的な効果があるけどな。人生、どうがんばっても、めちゃくちゃになるような効果が、三年間・毎日・毎分毎秒であるけどな。……けど、高校三年間は、全部、毎日、鳴らさないで静かにしてやった……こういうことをしてくれたなら、「ゆずってやった」と言ってもいいよ。「高校三年間はゆずってやっただろ」と。けど、そうじゃないんだから。高校三年間、フルに、きちがいヘビメタを鳴らし続けた。ぜんぜんゆずってくれなかった。俺が、静かにしてくれ」と怒鳴り込んだあと、ちゃんと、続けて一分間静かにしてくることがなかった。一日もなかった。大学入試の前日ですら、一分も、静かにしてくれなかった。「知らなかった?」……言わないわけないだろ。その日だけで、何十回も言ったよ。何回いいに言っても、しつこくしつこくなっているヘビメタ騒音のなかで、……俺がどういう気持ちになったと思っているんだ? 死んでわびろ。切腹しろ。最低でも、一〇〇〇発なぐらせろ。誠意を見せろ。きちがい兄貴なんて、「すまんかったすまんかった」とニコニコしながら言っているような状態なんだ。そういう状態で、まったく気にしないで、頑固に鳴らした。全部一日中、自分がやりたい音で鳴らすと言うことが決まっていて、その通りにしている。途中で俺がどれだけ怒鳴り込んでも、中断して、……ちゃんとやめて静かにしてくれるということが……入試前日ですら、絶望的にない。何回怒鳴り込んでも、言われたときだけ、ムッときて鳴らしているだけだ。鳴らし終えたら……その日、自分が予定した分だけ鳴らせたら……も宇それで終わっていて、本人だけは!!!!!!!なにもしてないつもりなんだよな。だから、へらへらニコニコ、静かにしてやったと思っているような状態なんだろう。まったくなにも気にしてない。その日、全部の時間、弟が、何十回怒鳴り込んできても、けっきょく、ゆずらないで全部鳴らし切ったのに、まるで、一日中ゆずってやったのと同じ気分になっている。頭がおかしい。おまえのいつもの態度だ。毎日、そうだったよ。本当にきちがい。親父以上のきちがい。親父以上のきちがい感覚。親父以上の頑固さ。親父以上の無関心。親父以上の嘘つき。

きちがい兄貴よ。おまえ、一分間鳴らさないでゆずってやることが、どれだけ腹が立つことか、忘れてしまったのか? 鳴らさないで我慢してやるなんてことは、たとえ、一分間だろうが三〇秒だろうが、腹が立って腹が立って、納得できない気持ちになるから、静かにしてやらなかったんだよ。そういう毎日なんだよ。そういう毎分毎秒なんだよ。そういう毎分毎秒が、切れ目なく二四時間、続いているんだよ。そういう日が切れ目なく、何千日も続いているんだよ。煮え湯を飲まされたような気分になってしまうのだ。一秒、自分が我慢させられたとなったら、まるで、煮え湯を飲まされたような気分になる。だから、絶対に、静かにしてやらなかった。一秒だって、なんだろうが、絶対に、静かにしてやらなかった……これが、きちがい兄貴の普段の状態だ。静かにするわけがなだろ。静かにしないで鳴らし切っていたから、逆に、ゆずってやったと思っているだけだ。本当に、ゆずらされたら……どんな気分になると思っているんだよ。弟が、言ったから、鳴らすことができなくなった……それが、きちがい兄貴とって、どういうものだかわかるのか?? 五分だって、一分だって、「あってはならないこと」だよ。くやしくてくやしくて、発狂するような出来事だよ。五分間、鳴らすことが出なくなった……自分が思ったとおりの音で鳴らすことができなくなった……我慢させられた……となったら、それはそれは、目を三角にして、真っ赤な顔をして発狂するね。ハンダゴテ事件の時の、親父のように発狂して、自分の意地を通す。で、自分の意地を通したのだけど、自分の意地を通したということが、これまた、発狂的にわからないんだよな。自分の意地を通して、相手の都合を考えなかった……こういうことが、まったくわかってない。発狂して、言い勝ちしただけだ。で、押さえつけて、認めてない……相手が言ったことを認めてないということを、認めない。で、これは、言えばわかることじゃなくて、どれだけ言ったって、わからないことなんだよ。相手の意見を押しつぶして、相手の都合を押しつぶして、自分のきちがい的な意見を通したのに、自分のきちがい的な意見を通したということがわかってない。「自然になっちゃったこと」なのである。「そんなの知らない」ことなのである。あれだけ、がめつく頑固に、主張しておいて、自分が主張したということをきれいさっぱり忘れてしまう。絶対無責任の境地。「なっちゃったら、なっちゃったでしかたがない」なんて、自分がやったのに!!言い出す。全部、そういうレベルでめちゃくちゃだからな。「本人」が意地になってやったことなのに、「そんなんじゃないそんなんじゃない」「そんなの知らないそんなの知らない」「なんだなんだ」という状態になる。「やった」と言われたら、そうやって荒れる。で、そうやって荒れる状態というのが、同じなんだよ。……最初に自分の意地を通して荒れたときと同じ。自分の意地を通そうとして、荒れたときと同じ。発狂したときと同じ。だから、「どこかで落ち着く」ということがない。全部毎日、きちがい行為の繰り返しなんだからな。親父も兄貴もまったく同じ。どんだけ、意地になってやったことなんだよ!!! きちがい的な意地でやったことは、全部「そんなんじゃないそんなんじゃない」「そんなの知らないそんなの知らない」ということなだからな。こんなの狂っている。どれだけの意地でやったことだと思っているんだよ!!!!

兄貴よ。言っておく。おまえがしたことの方が、親父がしたことより、遙かにでかい。遙かに大きい。遙かにしんどい。全力で、一四年間毎日、俺の邪魔をしたようなものだ。本人、「つもりがない」というのが本当に、頭にくる。そういう態度で、ずっと、一分もゆずらないで鳴らした!!!



2016年4月18日月曜日

人はなぜ働かなければならないのか? について

人はなぜ働かなければならないのか?という問題をたてているのに、そのほかの条件の方が、働いているか働いていないかよりも、上位の条件として認められているのである。にもかかわらず、その上位の条件について、あまり考えない。つまり、上位の条件があまりにも、常識的なので、条件として無視されてしまうのである。

上位の条件というのは、年齢、性別、結婚しているかどうか(未婚か既婚か)である。働いているかいないかという条件よりも、これらの条件の方が「上」なのである。なので、人は、なぜ働かなければならないのか? という問題をたてたにもかかわらず、そこで語られるのは、「人」ではなくて、ある条件を満たした人が働かないのはおかしいという差別意識だけなのである。

常識は、相対化しておかなければならないだろ! これが、わからない人が多い。

現代の日本……この時代の日本……の「なかでの」話なんだよ。

彼らが語っているのは、現代の日本では、という条件が成り立っている。にもかかわらず、「人」という、時代性、地域性を無視した主語を使う。問題をたてるときに、「人は」という主語を使う。

しかし、ここで、語られているのは、「人」ではなくて、ある条件を満たした人は、なぜ働かなければならないのか? ということなのである。

だから、厳密に考えれば、「問題がズレている」。彼らが問題にしているのは、ある条件を満たした人が働かなければならないのは、なぜか?なのである。しかも、そういう条件に関しては、まるで、言及されてないのである。事前に、削除しているからだ。条件が成り立っているとは思ってないからだ。

彼らは、「人」と言うとき、本当に、「人」だと思っているのである。「条件なしで人」だと思っている。彼らが考えているのは、たとえば、年齢は一五歳から六五歳までの人間に限られるのである。人は、なぜ働かなければならないのか? という問題をたてているにもかかわらず、八〇歳の人間や五歳の人間は、事前に、考えのなかから削除されているのである。

男か女かについては、次の「未婚か既婚か」と関係がある。彼らが働かなければならないと考えているのは、年齢は、一五歳から六五歳までの人間であって、なおかつ男性である人間と、年齢は、一五歳から六五歳までの人間であって、なおかつ未婚である女性だけなのである。それ以外は「人」ではないのである。事前に、削除されている。考えのなかから、削除されている。

彼らのなかには「年齢は、一五歳から六五歳までの人間であって、なおかつ男性である人間と、年齢は、一五歳から六五歳までの人間であって、なおかつ未婚である女性」は働くべきだという考えがあって、その上で「なぜ、働かなければならないのか?」ということを考えているのである。

「人」ではないのである。ある条件を満たした人だけに言及されていることなのである。しかし、ならば、なぜ、彼らは、ある条件を満たした人は、除外するということを、最初にことわらないのであろうか? 彼らが除外した人は、人ではないのだろうか? もちろん、そんなことはない。彼らが、その人たちは、働かなくても良いと考えているから、事前に除外しているのである。特に意識することなく、除外してしまう。

それでは、彼らが特に意識することなく除外してしまう理由はなんなのであろうか? それは、彼らのなかに、ある一定の基準と理由が成り立っているからだ。……しかし、それは、その人の価値観でしかない。だから、本当は、明確な理由がない。ただなんとなく、そう思っているということだけなのだ。

なぜ、専業主婦は働かなくても良いか? それは、わからないのである。最初にそう決め付けたから、「なぜ人は働かなければならないのか」という問題から除外されているだけなのである。専業主婦が働かなくても良い理由は、「家事をやっている」「子育てをやっている」というようなことだろう。専業主婦であっても、子供がいるとは限らないのだけど、とりあえず、なぜだか、これもまた、子供がいることになっている。

「家事」や「子供の世話」……子供の世話も家事のなかに含まれているのかもしれないが……とりあえず、わけて書くと……「家事」や「子供の世話」は、いわゆるシャドーワークであって、お金をもらってやることではない。また、これこれの行為をする代わりにお金をもらうというような契約をするわけでもない。だから、働いても、働いていないと見なされるのだ。

本当は、人はなぜ働かなければならないのか?という問題をたてたときに、そこで言う「働く」というのはどういうことなのか?決めておかなければならない。

たいていの場合、人はなぜ働かなければならないのか?という問題を立てたときの、「働く」というのは、外で働いて、お金をもらうということなのである。だから、「人」の範囲だけではなくて、「働く」ということの範囲も、事前に決められているということになる。

「人はなぜ働かなければならないのか?」というわりと普遍的な問題をたてたにもかかわらず、色々な条件がつく。「人はなぜ働かなければならないのか?という問題をたてたときに、想定されている「働く」ということは、「これこれの行為をする代わりにお金をもらうというような契約をして、これこれの行為をすること」だ。

それ以外の行為は、たとえそれが、他者にとって有益な行為であったとしても、労働にはならない。ボランティアで食料を配るというような行為は、「働く」ということには含まれない。契約をして、お金をもらって、食料を配るというようなこと行為をする場合は、「働く」ということになる。

また、狩猟と採集時代のように、自分の食べるものを、取ってきて食べるということをした場合も、働いたことにはならない。さらにまた、畑を耕して種や苗を植えて、自分が食べるものを育てるというような行為をした場合でも、働いたことにはならない。それは、専業主婦が「うち」で働くのと同様に、労働行為とは見なされない。働いたことにはならない。

どれだけ、一生懸命、作物を育てても働いたことにはならない。「なぜ人は働かなければならないのか」という問題をたてたときに想定される「働く」ということは、「外で働く」ということであって、それはつまり、「これこれの行為をする代わりにお金をもらうというような契約をして、これこれの行為をすること」を意味するからだ。

自分が食べる作物をどれだけ育てても、働いたことにはならない。だから、「働かざる者食べるべからず」という言葉はこの点で、おかしい。成り立たない。自分が食べる作物を、他の人に与えたとしても、働いたことにはならない。お金を取らなければ、働いたことにならない。わかるだろうか?



わからない人は、「無職の現象学」を読んで欲しい!!!

無料で読んだ人~~おたのみもうす。
もしよろしければ、こういうことに関係する感想コメントを書いてください。

飢餓陣営の人たちに言っておきたい。あのとき、ぼくが言いたかったことの、ひとつは、こういうことです。


2016年4月16日土曜日

俺の評価にどういう影響を与えるかわかるか?

ヘビメタ騒音以来、やっぱり、だるくてダメだ。体が重い。これ、なんていったらいいのかわからないけど、やっぱり、風邪を引いたときの体の状態が一番近い感じがする。きちがいヘビメタ騒音が一〇〇〇日を超えてから、常に、風邪を引いたような状態で生きている。

だから、なにもかもが、しんどいのである。ぼくも風邪を引いたときがあるけど、風邪を引いたときは、だるくて、勉強をしようと思っても、なかなか勉強ができないでしょ。無理矢理やったとしても、効率が悪いでしょ。そういう感じなんだよなーー。普段から。普段から。普段から!! 風邪を引いてないのに、ヘビメタ騒音にやられて常に、からだがそういう感じだ。

だから、たとえば、人に言われて動かなければならない状態だと、すごくストスレがたまる。「がんばっているんだけど、無理だ」という気持ちがある。からだを早く動かそうとしても、なかなか、早く動かない。なんか、水中で動いているような抵抗がある。普段から!!そういう状態なんだよ。そういう状態が、どういう影響を与えるかわかるか? 俺の評価にどういう影響を与えるかわかるか?

きちがい兄貴がいなければ、きちがい兄貴がいたとしても、ヘビメタをやらなければ、ヘビメタをやったとしても、言えばやめてくれる状態ならば……他人から、「遅い」「だらしない」と思われることがないのである。ぼくは、悪いけど、ヘビメタがなければ、普通に動ける。普通にやる気になって、やらなければならないことをできる。けど、ヘビメタ騒音が一〇〇〇日を超えてから、ともかく、生きているのがつらい……そういう状態になった。

これ、ヘビメタ騒音のせいにしている……とこころない人たちは、言うかもしれないけど、事実、ヘビメタ騒音がなければ、そうじゃない。他の人はどうだか知らないけど、ぼくはそうじゃない。ちゃんと動けた。きちがいヘビメタ騒音が毎日毎日、……どれだけ一〇〇〇日、二〇〇〇日と積み上がっていくから……からだが重くなって、がんばっているのに……苦しい状態になった。鳴ってなければ、そうじゃない。不幸にも、鳴っていない状態でも、そういうふうに思われて、苦しい状態で暮らしている人はいると思う。けど、ぼくの場合はヘビメタなんだよ。ヘビメタ騒音が続かなければ、こんなことになってない。……これは、事実だから、否定しようがない。

過去のことだからどうでもいい?

俺は、いま、だるいんだ。

2016年4月15日金曜日

ヘビメタ騒音で、「鳴ってない時間」もつらくてつらくてしかたがなかった

むなしい。つまらない。あ~~あ、こういう時間か。あ~~。あ~~。これどうなるんだろうな。こういう時間の積み重ねなのか。かりに好きな女の人と一緒に住んでも、変わらないんだろうな。たいして……かわらない。しかし、どうしたものか。

この、しおれた気分。この、しおれた雰囲気。これこそが、きちがい兄貴のヘビメタが鳴り終わったあとの、雰囲気だ。死にたい。鳴り終わったんだから、いいんじゃない」と思う人がいるかもしれない。そうじゃないんだよ。この雰囲気は死にたい。疲労感とやる気のなさがピーク。不安と破滅感がピーク。もやもや度がピーク。

だから、なんていうのかな、やられて、「これはもうおしまいだ」と思っている状態で、苦しい。破滅……「どうにもならさな」と、破滅……「もやもやした疲労」が、わけがわからない状態で、続いている……こんなんじゃ、希望があることを考えられないよね。本当にめちゃくちゃだったなぁ。全部……。

本当につらかったな。ヘビメタ騒音で、「鳴ってない時間」もつらくてつらくてしかたがなかった。希望なんてないよ。

あいつは、何十年間も、俺にこういう思いをさせて「知らなかった」「静かにしてやった」「言い分がある」と言っているんだぞ。そういう態度で、実際には、こっちがどれだけ、困っていても!!ぜーーーたいに一分だって我慢してゆずらずに、鳴らし切ってた。これが本当に、一五年間のきちがい兄貴の姿なのである。「だから、そういう態度で鳴らした」と言って、ぶん殴ってやりたい。一五年分、ぶん殴ってやりたい。ぶん殴っても、なにも解決しないとしても、ぶん殴ってやりたい。……そういう、無視なんだよ。

これ、本人が一番わかってないんだろうな。そういうやり方で、無視して、鳴らせる時間は、全部、きちがい兄貴が気が済む形で……つまり、静かにしないで、我慢してない、鳴らした。一分だって、我慢して、ゆずったことなんてないんだよ。一日に一分だよ。一日に一分、我慢して、ゆずったことがない。毎日毎日、なんだろうが、一日に一分だって、ゆずらない状態で意地を張って、鳴らしてた。こっちが、どれだけなにを言っても、鳴らしてた。

だから、鳴らしているのに……いまになれば……認めるのが都合の悪いことになれば……きちがい親父のごとく、「静かにしてやった」「言い分がある」と言い出す。鳴らしているときは、何千日も、顔真っ赤にして、目を三角にして、絶対に一分だって我慢するのはいやだという態度で鳴らしてたんだよ。これに違いがないのである。きちがい兄貴が、なにを言おうが、事実こうなんだよ。

きちがい親父はきちがい親父で、「顔を合わさなかった」のに、「積極に注意した」だからな。これも、認めるのが都合の悪いことになったら、もう、そういうふうに、変換されてしまう。脳内変換で、嘘をついているつもりがない。こうなったら、今度は、意地でも注意しなかったときのように、「注意した注意した」と言い出す。主張する。頭がおかしい。こういう頭がおかしい人のまわりにいて、俺がどれだけ傷ついたと思っているんだよ。きちがいと健常者は違うんだよ!! それがわかってない。ふつーーの基準で考えやがる。ふつーーの基準が成り立っていたら……どれだけ助かったか。そんなことになってないんだよ。こんなことになってないんだよ。ふつーーの基準が、ふつーーに成り立っていたら、そもそもこんなことになってない。

けど、他人はふつーの基準でものを考えて、ふつーの基準で助言をしてくる。その助言の前提になるものが、根本的に違う。その助言の前提になるものが、根本的に成り立っていなかったから、困っている。まあ、普通の助言をしてくる人は、そういうところがある。本当に、わかってないのである。そういうふつーーの基準が成り立っていたら、俺は、困ってない。こんなふうになってない。愚痴も言ってない。

「よそのひと」には、これまた、一切合切通じないんだよな。我が家の常識が。入っちゃっている人の意地が。意地になって頑固にやっているのに、それがやってないことになっているひとの、頭の中が。態度が。絶対にわからない。どれだけ、俺がそういうことで、「はさまれて」きたか? がちゃめちゃに意地なって、発狂して、一分だって、ほんのちょっとだってゆずらずにやっているやつが、「やってない」つもりなんだからな。あたかも、やってないのと同じ認識、同じ態度だ。頭がおかしい。どれだけの意地でやったと思っているんだよ。ぜっーーったいの意地で、発狂してやり切った!!!

これ、きちがい兄貴をなぐったら、やめさせることができたかというと、そうじゃないのだ。なぐったら、なぐったで、「なぐったのだから、どれだけ鳴らしたっていい」という理屈で鳴らしまくる。不退転の決意で鳴らしまくる。「鳴らしまくってもいい」理由を手に入れたということになる。相手が、暴力を振るったのだから、自分だって鳴らしていい……どこが悪い?」という理屈を武器にして、俄然ゆずらないで、鳴らしまくる。きちがい兄貴のヘビメタ道具を、俺が壊したら、どうなるか? 同じことになる。「人のものを壊すという悪いことをしたのだから、静かにしろなんて言えた義理じゃないだろ」という理屈で鳴らしまくる。そういうことがなくても、同じ分だけ、きちがい的な意地で鳴らしまくるけどね。どれだけ喧嘩しても無駄なんだよ。「理由を与えた」ことになってしまう。俺、本当に、きちがい兄貴がいないあいだに……そういう機会は少なかったけど……なんとかいない時間を見つけて、きちがいヘビメタ道具をバットでめちゃくちゃにしてやろうと思っていた。コードとか、切って、絶対に、弁償しない。どれだけなにを言っても弁償しない。「弁償しろ弁償しろ」と言ってくるだろうけどな。けっきょく、こっちが悪いことをしたら、理由を与えることになるのではないかと思ってやらなかったけど、……やっておけば良かったと思う。きちがい兄貴は、むちゃくちゃな意地でアルバイトをして、直すか、買い直すだろうけど。で、そうたら、もう、「おまえだって、悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをする。それでいいな」という気持ちで、絶対に鳴らすと思う。それから言っておくけど、「おまえだって、悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをする。それでいいな」と、こっちがなにもしないで普通に鳴らしているときの、意地は同じだ。そういう意地なんだよ。すでに……。鳴らし始めたときから。命がかかっている。一分もゆずらないで、自分が思いっきり鳴らすと言うことに、すべての命がかかっている。そういう意地なんだよ。「言って」「聞くわけがないだろ」。

いま、午後六時一七分だけど、午後六時一七分に、俺が石を持って、石をぶん投げて、「鳴らすな」と言っても、絶対に、一分も、ゆずらないで、頑固に鳴らし切った。そういうレベルだ。本当に俺がどれだけ、きちがい兄貴のヘビメタ道具を壊すことを考えたか。これ、本当に、やったら、「あいつが悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをしていい(鳴らしていい)」という気持ちになって、意地でも鳴らすと思う。アルバイトで、金を稼いで、壊されたものを買い直して、意地でも鳴らすと思う。で、買い直したときには、もう、「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしていい」という理由を手に入れている。けど、その理由を手に入れる前から、ずっと、あたかも、そういう理由があるような気持ちで、絶対にゆずらないで鳴らしているんだけどな。

いま、親父が、居間にいるんだけど、親父は、……きちがい兄貴が鳴らしている一四年間と数ヶ月、午後六時台に、家にいたときがない。七時も八時も九時も一〇時もない。日曜だろうが正月だろうが、ない。兄貴とかち合わないように気を遣って、避けまくっていた。だから、「午後九時に帰ってきて、家にいてみろ。どれだけ鳴っているか、聞いてみろ」と俺が言っても……激しく言っても……午後九時に帰ってきて、普段どのくらいの音で鳴っているか、聞いて確かめてみるということをしてないんだよ。入試前の家族会議の時に、俺がこだわってこだわってこだわって、言ったから、一四年間で二日間だけ……高校入試直前の一日と最初の大学入試直前の一日だけ、いたことがあったけど、それ以外はない。で、その日だって、兄貴の部屋に……兄貴が鳴らしているのに、注意をしに行くということがなかった。居間にいただけなのである。黙りこくっているか、俺になにかを言われると「したがない」「したがない」と言って、居間にいただけなのである。ちなみに、きちがい兄貴を、下に連れてくるのも、俺の役目な。……それなのに、「注意をしてくれなかった」といま、言われれば、「注意した注意した」ってなる。

同じ。親父と兄貴は、同じ。そっくり。全部同じ。こういう状態が本当にわかる人が少ない。他の人は、普通の人間だと思っているから、「お父さんだって言えばわかるよ」とか「家族で話し合えばいい」という助言をしてくれた。けど、それ、無意味なんだよ。で、「無意味なんだ」ということが、これがまた、普通の人には通じないんだよね。繰り返しになるけど、そういうことで、板挟みに遭って、俺がどれだけ苦しい思いをしたか。不甲斐ない思いをしたか。

2016年4月14日木曜日

「少しでも稼げるように、作業をしなければなぁ……」と思いながら、上を向いて、横になっていた

強烈に頑固な態度でゆずらない。ゆずらないけど、ゆずらなかったとは思ってない状態なんだよ。いつも毎日。毎分毎秒、そういう態度、認識でやり続ける。だから、やったことになってない。ゆずってやったことになっている……らしい。

けど、じゃ、いま、午後九時二五分だとして、午後九時二五分に、俺が「明日、テストだからやめてくれ」と言っても、……どれだけ怒鳴り込んでも、やめてくれない。一分だってやめてくれな。それが、きちがい兄貴の態度だ。そういう態度以外の態度ですごした時がないんだよ。一五年間、毎日毎日、ずっと、同じ態度。

いつ、言いに行っても、同じ態度。もう、死んでやるか」という気持ちになる。「殺してやる」という気持ちになる。「殺してでも静かにさせたい」……こう思う。そう思っているとき、きちがい兄貴の騒音攻撃が、ガシャガシャ・キーンキン、続く。で、思考が全部そういう「騒音まみれ」になる。で、「騒音まみれ」のまま、一分、二分……一時間、二時間、……四時間、……六時間と続く。それで、苦しい。そういう状態を七時間経験していると、夜になって寝れない。

眠れない。どれだけからだがつかれていても、眠れない。きちがいヘビメタが鳴ってなければ、午後九時には終わった「はず」の宿題が終わってない。ヘビメタが鳴り終わったあと、起きてやろうと思っている……その時点で、気がかりなことがあるわけだよ。そういうことの繰り返しで、宿題ができないのに、夜更かしで?、さらに、注意力がなくなっていく。腹が立ちやすい状態になっていく。

眠れないまま午前四時五時をむかえてしまので、鬱病的鬱と、鬱病的疲労感に襲われる。で、宿題ができてない日が多くなる。あとでやろうと思っても、きちがいヘビメタを七時間あびたあとだと、午前一時に起きて、やるということができない。蛍光灯を見上げて、むなしい気持ちになる。からだが金縛りにあったように、動かない。「むなしい。死にたい。このままじゃ、おしまいだ。なんとか明日は、ヘビメタをやめさせなければ……」と思ったまま……横になっている。蛍光灯の電気を消すか、あるいは、宿題をしなければ……と思いながら、蛍光灯を見上げている。

……こんなんで、いいわけがないだろ。そういう日が毎日、ずっと一四年間も続いていいわけがないだろ。どれだけの恨みがつもっていると思っているんだよ。他の人は変わったけど、俺は、そういう気持ちで、蛍光灯を見上げていたときと変わらない。まったく変わらない。気分が変わらない。からだの調子が変わらない。全部、同じ。「やらないんだったら、消さなきゃな……」と思いながら、からだが動かないままの時間が長い。今日だって同じだよ。「少しでも稼げるように、作業をしなければなぁ……」と思いながら、上を向いて、横になっていた。


2016年4月13日水曜日

何時間も何時間も何時間もつもって、こっちは、人生がない

ヘビメタが鳴っているとどうしても!!だめだったんだよな。どーーーーしても!!どーーしても、ダメだった。鳴っていて、どうにかなるというものではなかった。どうしても、どうしても、どうしても、鳴り止んで欲しかった。

一日に〇時間しか鳴ってない状態が欲しかった。鳴っていて、どうにかなるということは、なかった。これ、他人には絶対にわからないのだろうけど、日常の感覚として、どうしても、無理だった。どうしても、抜けなかった。

どうしても、ヘビメタが鳴っている状態で、うまくやることができなかった。どーーしても、どうしても、どうしても、どうしても、できなかった。うまくやるって、普通にやるということだから。ヘビメタ騒音がない状態で、どうしても、暮らしたかった。鳴っていて、どうにかなる……ということは、なかった。

この、「鳴っていて、どうにかなるということがない」という絶望が、他の人にはわからない。「そんなの、鳴っているぐらいでなんだ」って言いたくなるだろ。それが、違うんだよ。どうしても、鳴り止んでいなければならなかった。普通に、鳴ってない状態で、暮らさなければならなかった。ヘビメタは、一日中鳴ってない、状態にならなければならなかった。

きちがい兄貴よ、ヘビメタを一日中鳴らさない状態というのは、可能なんだよ。ヘビメタを鳴らすときは必ずヘッドホンをつけるということも可能なんだよ。きちがい兄貴にとって可能なことは、一日中、全部の時間、自分がやりたいように鳴らすということだ。それ以外じゃないのである。

本当に、普通に、ヘビメタ騒音が鳴ってない状態で毎日すごして、それで、女の子に会いたかった。本当に、普通に、ヘビメタ騒音が鳴ってない状態で毎日すごして、それで、受験に望みたかった。試験を受けたかった。自分の人生を切り開きたかった。普通に進学したかった。普通に就職したかった。普通に、恋愛したかった。

兄貴のヘビメタ騒音って、ぼくにとって、「すべて」だから。

すべてなんだよ。あの暮らしが……。あの暮らしがすべてだ。きちがい兄貴が、絶対に一分だって静かにしてくれない暮らしがすべてだ。入試だというのに、きちがい兄貴が、一四時間鳴らせれば、一四時間鳴らし続けて、絶対に一分だって、静かにしてくれないというのが、現実だった。七時間鳴らせるなら七時間だ。

入学試験の前の冬休み……おまえ、きちがい兄貴、一日に一四時間鳴らして、絶対に、一三時間にしてくれなかった。一時間、鳴らさないで我慢するということが、当時のきちがい兄貴には、できないことだった。どうしてもできないことだった。……いや、もちろんやろうと思えば、できるのだけど、絶対にやろうと思わなかった。

どれだけ、こっちが真剣に頼んでも、怒って怒鳴り込んでも、冷静に話し合おうと家族会議を開いても、絶対に、一時間だって、本当には静かにしなかった……これが、現実なんだよ。これが、本当の話。きちがい兄貴が、どれだけ、「静かにしてやった」「そんなの知らなかった」といっても、きちがい兄貴の当時の態度というのは、こういう態度だ。

それも、試験前の冬休みだけそうだってわけじゃなくて、何年間も毎日、ずっと同じ態度なんだよ。きちがい兄貴が鳴らさないで静かにしようと思えば、ならなさいで静かにすることができた。

できるんだよ。

実際、いま住んでいる家でやっているだろ。それが、一分間、鳴らさないで静かにしてやるということができない。絶対にやりたくないから、しない。どれだけ頼まれても、どれだけ怒鳴り込まれても、一分間、自分がぁぁぁぁ!!鳴らさないで静かにするということは、絶対にやりたくないから、入試前だろうがなんだろうが、やってやらなかったことなんだよ。

たとえ、一分間だろうがな。これ、一分間も静かにしてくれない」と文句を言えば、「そんなら、一分間、静かにしてやるから、そのあと絶対に文句を言ってくるな」という態度だったんだよ。そういうふうに言ってたんだよ。俺が中学の時、そういうふうに言っていた。

これ、一分間静かにしたしても、二分間、のばせば、それで、一分間、長くやることができるという状態なんだよ。「一分間静かにしてやれば、あとはずっと、鳴らすけど、……静かにしてやったんだから!!!文句を言ってくるな!!」……こういう態度だよ。

最初の日から、毎日毎日、一五年目まで、ずっと同じ態度。きちがい兄貴が一五歳から、三〇歳までの一五年間ずっと、同じ態度。あとは、むっすり、無視して、すぐに自分の部屋に入って、自分が眠るまで、鳴らすという状態だった。休みの日は、起きたときからだ。起きて、ご飯を食べて、鳴らされる状態になったら、鳴らして、夜まで、絶対に一分だってゆずってくれなかった。

これが、普段のきちがい兄貴の態度なのである。……それで!!「静かにしてやった」「そんなの知らなかった」「俺にも言い分がある」と、嫁さんの前で言っている。……こういうやつなんだよ。

全部同じ。全部!!!同じ!!!そういう態度で、鳴らしているときは、鳴らしてたんだよ!!! きちがい兄貴がこだわってこだわって、意地になって意地になってやったことなのに……こだわり抜いてやったことなのに、「そんなの、知らなかった」「そんなんじゃない」「できるだけ静かにしてやった」ということになってしまう。

これは、親父と同じ。これも、親父と同じ。嘘なんだけど、本人が嘘だと思ってない。どれだけの意地で、鳴らしてたと思っているんだよ。どれだけ、「やめてくれ」と言われたと思っているんだよ。俺がどれだけ、怒鳴り込んだと思っているんだよ? 「知らない」わけ、ないだろ。全部同じ。そういう態度で鳴らしてた。


他の人にとっては、「そういう態度で鳴らしいること」は、関係がないことなんだよ。だから、「ゼロ影響」だと思われる。ヘビメタのことなんて知らない人にとってみれば、俺が、実力で五〇点しかとれないと思えるわけだし、俺がたるんでいるから、あり得ない失敗をしたり、忘れ物をしたり、宿題をやってこないと思えるわけだよ。

これ、「兄貴の騒音のせいだ。兄貴のせいだ」と言っても、失敗したら、失敗したで、どうしても、いいわけに聞こえる。そういうことで、はさまれて、どれだけ俺が苦労したと思っているんだよ。

本当に、兄貴、おまえのせいで、毎日が「ハンダゴテ事件」だ。

おまえが、意地になって、絶対に認めないで鳴らしているのに、俺が、言わないからダメなんだと……まわりの人から、決め付けられて生きているような日々だ。

だいたい、関係がない人にとっては、「鳴っている」と言っても、わからない。通じない。きちがい兄貴の、きちがい的な意地、きちがい的な態度というのは、「ふつーーー」の人にはわからない。親父の態度が普通の人にはわからないのと同じだ。親父の態度が、普通の人には信じがたいのと同じことだ。普通の人にとって、きちがい兄貴の態度は、理解できない態度なんだよ。信じがたい態度なんだよ。

だから、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「家族会議を開けばいい」と、俺が、ピンチの時に言われてしまう。家族会議を開こうとしても、席に着かないけどな!!! きちがい親父と、きちがい兄貴は、全力で、席に着かない。何年間、俺が言っていると思っているんだよ!! 家族会議家族会議って。……おまえ、きちがい兄貴、無視して鳴らしてただけだろぉ!!!!

そういうふうに、自分のヘビメタに制限がつくようなことは、絶対にやりたくなかったんだよ。わざわざ、自分のヘビメタに制限をつけるために……家族会議に出るということは、できないんだよ。無意識的に、それは知っている。

自分にとってマイナスになること……そういうことは、絶対に、可能性としても排除しておく……これが、きちがい兄貴のヘビメタ騒音に対する態度だ。自分が無制限に!!いまやれているのに、それを制限するための会議に出るわけがないだろ。テーブルにつくわけがないだろ。

もうひとり、うちには、絶対に家族会議に出たくないやつがいて、それが、親父だ! これ、いまになれば、「積極的に注意してた」と、どーーやって、そういう嘘をつくんだ??と言いたくなるような嘘を言っているわけだけど、……当時のきちがい親父は、兄貴の会うのがいやだから、兄貴を避けまくってたんだよ。

きちがい親父にとっても、家族会議は、なるべく、出たくないものなのだよ。なるべくと書いたけど、「なんだろうが」出たくないものなんだよ。で、意地通して、出なかった。どーーしょもなくなって、中学三年の受験の時、一回と高校三年の受験の時一回、テーブルについたけど、きちがい兄貴の顔を見ないで、「静かにしてやれ」とひとこと言っただけだから。

それで、ひとこと!!言ってしまえば、それで、関心が切れている……。これ、本当に、「きちがいというのは、こういうものなのか」というほど、関心が切れている。頭がおかしい。ここが、つながってない。あれだ言っているのに、ぜんぜん気になってないんだよな。


きちがい兄貴よ。おまえにやられた「から」死にたい。おまえがやった!!おまえが、おまえが意地になってやった。毎分毎秒、こっちがどれだけ頼んでも、絶対に鳴らした。鳴らし続けた。それが毎日、何時間も何時間も何時間もつもって、こっちは、人生がない。

2016年4月11日月曜日

いつも通りの、寝ているだけのゴールデンウィークなんだろうな

冬のあいだは春になれば、あたたかくなっていいなぁと思っていたけど、春になってみたら、あんまり、良くない。冬の寒い日は、本当に、「気温が一五度ぐらいになれば、どうにかなる」なんて思ってたんだけどな。どうにもならない~~。まあ、毎年のことだよね。春は、なんていうのかな? まあ、冬よりは過ごしやすい。けど、ゴールデンウィークとかいやなんだよ。ゴールデンウィークとゴールデンウィーク直前の雰囲気、どうにかしてよ。ゴールデンウィークとクリスマスは、なんか、苦しい。息苦しい。雰囲気が、いやだ。

まあ、今年も、ひとりきりの、いつも通りの、寝ているだけのゴールデンウィークなんだろうな。


   *   *   *


みなさん、楽しみはありますか?
ぼくは、ありません。


   *   *   *


ともかく、ヘビメタ騒音なしでやり直したい。ヘビメタ騒音がなかった場合の人生を歩んでみたい。それだけ。


   *   *   *


気持ちが落ちているから、やっぱり、人と会うべきじゃないのかもしれない。気持ちがあがらないめんどうくさそうな人と一緒にいるのはめんどうくさいだろ。ヘビメタをやられてから、いつも葛藤状態で、気持ちがあがらない。いつも、疲れ果てた状態で気持ちがあがらない。普通だったらうれしいことがあっても、落ち込む。楽しめない。気持ちがあがらない。……もう、あのきちがいの音で、全部が全部、そうなった。ともかく、苦しい。生きていて苦しい。

まあ、向こうには、「ヘビメタ騒音なし」「ヘビメタ騒音に関係したことは書かない」サイトがあるけど、別に、矛盾しているわけではないんだよ。時間的には、ここの文章の方がズレている。何日か前に書いたこと、を、公開しているだけだから。(まあ、この文章はいま書いているけど)。上の方の文章は、昨日書いた。

なんか、ともかく、希望が欲しい。

ところで、ジョゼフ・マーフィーって知っている? 「思いは現実化する」系統の人なんだけど……。ぼくはこの系統の人に言いたいことがあるんだ。というよりも、その思考そのものについて、いろいろと言いたい。けど、それは、受けない。わかる。他の人が求めているのは、「思っているだけで、現実化しますよ」というような簡単な励ましの言葉なのだ。その励ましの言葉について、実際はどうなのだろうといろいろと考える……ということは、あまりない。というよりも、考えてしまってはいけないのである。宗教のように、馬鹿みたいに信じて、拝まなければならない。空想しなければならないのである。なんてたって、思いは、現実化するのだから。この、「思い」というのは「想い」でもいい。どっちでもいい。

2016年4月10日日曜日

兄貴が静かにしてくれたら、俺はアパートに出る必要がなかった

昨日と今日は、一日、二〇時間ぐらい横になっていた。もちろん、だから、気持ちが良いとか、楽だということはない。苦しい状態で寝ている。その前の数日間、なんとか動いてたんだけどな。なんか、シチュー事件で、また、具合が悪くなったわぁ。寝ながら考えることは、ヘビメタ騒音のことだ。親父のこともちょっと考えるけど、割合としては、ヘビメタ騒音九割、きちがい親父一割だ。 実は、今起きたところで、ラーメンを食べたら、腹の調子が悪くなっている。インスタントラーメンしかない。野菜とか、肉とか切れてきた。米はあるけどまだ炊いてない。今日日曜日だけど、日曜日なんて、朝の一〇時三〇分から、きちがいヘビメタが始まって、午後一一時まで、絶対にやめてくれなかったんだよな。ちなみに、今、午後八時一六分で、午後八時一六分に、きちがい兄貴の部屋に、「静かにしてくれ」と言いに行ったら、午後九時まで四四分、鳴らさないで静かにしてくれたとか、ヘッドホンをして静かにしてくれたということは、ただの一日ですらない。だから、静かにしてないのに、「静かにしてやった」と思っている。そこが、きちがいだって言うんだよ。俺がどうして、やなぎそうにでなければならなかったか?それは、きちがい兄貴が、その時も、毎日、すべての時間……すべての可能な時間、きちがいヘビメタを、きちがい兄貴が思った通りのでかい音で鳴らしていたからだ。毎日曜日は、かならず、午後八時から、午後九時まで、静かにしてくれ……と言って、それが通ったか? 他の日だって、帰ってきたら鳴らしているんだぞ。日曜日の午後八時まで、ずっとずっとずっと、朝から鳴らしているんだぞ。午前中から鳴らしているんだぞ。それで、たとえば!!! 日曜日の午後八時から九時だげでもいいから、一時間鳴らさないで静かにしてくれと言って、……きちがい兄貴に俺が言って……それで、通ったか? 通らない。試験前だろうが、試験期間中だろうが、絶対に、一時間ですら、静かにしてくれなかった。……それが、事実だ。なんで、きちがい兄貴は、それなのに、「静かにしてやった」とか「自分にも言い分がある」ということを言ってるのか? それが、きちがいなんだよ。その感覚がきちがいなんだよ。きちがい兄貴は、頑固に、俺が二一歳になるまで、きちがいヘビメタを毎日、一時間もゆずらずに……実際には、一分間ですらゆずらずに……鳴らしてきたんだよ。それで、さんざんもめているんだよ。で、鳴らさないでしずにしろと、二一歳の時ですら、もめていたんだよ。一日に一分だって、静かにするつもりがないから、無視していたわけだけど……。で、言いたいのは、きちがい兄貴が、静かにしてくれたら、俺は、やなぎそうに出る必要がなかったということだ。きちがい兄貴が、毎日、頑固に鳴らしているから、宿を借りなければならないのである。家の近くにアパートを借りなければならないのである。俺が、追い出された。きちがい兄貴が、ヘビメタ騒音にこたわってこだわって……一日に一分だって、ちゃんと静かにしてくれない状態だから、アパートを借りなければならなくなった。……さんざんもめているのに、きちがい兄貴は、まったくなにも知らない状態なのである。どれだけ!!!もめたと思っているんだよ!!! 一日に一分だって、静かにするつもりがなかっただろ。一日に一時間、静かにしてくれたというのか? 一日に、一時間、鳴らしてはいけない時間が決まっていて、その時間は、鳴らしたくても我慢して鳴らさなかったとでも言うのか? そういうことが、絶対に言えない状態なのに、空想的な、妄想的な、きちがい的な世界で「自分にだって言い分がある」と思っているのが!!!きちがい兄貴なんだよ。これ、きちがい兄貴は、自分のせいで!!弟がアパートを借りなければならなくなった……とは思ってないんだよ。自分が、毎日、全部の時間静かにしてやれば、弟がアパートを借りる必要がない……ということは、わかってないんだよ。今ですら、わかってないんじゃないかな。「そんなの、知らなかった」なんてことになるんだろう。けど、それは、一日に、一分だって静かにしてやらないという態度で、実際に鳴らして無視していたから……そういう認識のままでいられるのである。これは、大学入学試験の前にどれだけもめても、一日に一分ですら、静かにしないで、なおかつ、自分は何もやってないと思っていたことと同じだ。大学入試の前ですら、一分もゆずってくれなかった。これが、事実だ。本当のことだ。特筆すべきは、それなのに、自分は何も迷惑をかけてないと思っているところだ。「そんなの知らなかった」……。さんざん言っているのに、さんざんもめているのに、そして、……どれだけ言われても、どれだもめても、一分だって、本当には静かにしないで、自分の言い分を通して、がんに全部の時間、心置きなく、いつものように爆音で鳴らしているのに……それなのに、まったく迷惑をかけたつもりがないのである。「知らないこと」なのである。あるいは、「ゆずってやった」と思っている状態なのである。どっちかというと、「そんなことは、まったく何も知らない」という状態なのだろう。いま、これを読んだら「そんなのはじめて知った」とか嫁さんに言いそうな勢いだ。けど、きちがい兄貴よ、きちがい親父の場合と同じで、さんざんもめた。言わなかったなんてことはないんだよ。毎日ガンガン言ってたんだよ。きちがい兄貴が、意地になって、一分も、ゆずらないまま、ガンガン鳴らしてただけだろ。一分ですら、ゆずらないで、それで、「ゆずってやった」と思っている本物のきちがいなんだよ。やりきれば!!!親父と同じで、自分の意地を一〇〇%通して、まったく折れずに、やりきれば!!!……そんなの知らなかった……ということになってしまう。本当に、そっくりだよ!!!!!! そっくりだよ!!!
いま、午後八時三五分だ。さっき、言いに行って、きちがい兄貴が認めずに鳴らしているから、午後八時三五分に「やめろ!!うるさい!!!やめろ!!鳴らすな!!!」と怒鳴りこんだとするだろ。きちがい兄貴が、一分でも、鳴らさないで静かにしてくれるか? そんな日があったか? 一五年間で、そんな日は、一日もないんだよ。それが、きちがい兄貴が、この世でやったことなんだよ。きちがい兄貴のせいで!!……きちがい兄貴が……毎日毎日、かならず、すべての可能な時間ヘビメタを鳴らしていて……なおかつ、一分間ですら、鳴らさないでゆずってくれるということがないから、俺は、アパートを借りなければならなかったんだよ。きちがい兄貴が、一日中、言えば静かにしてくれという状態なら、借りなくて済むんだよ。わかるか!! きちがい兄貴、わかるか!!! おまえがずっとずっと鳴らしてたから、借りなきゃいけないんだよ。おまえが、拘てっこだわってこだわって鳴らし続けて……一日中鳴らし続けて、一日に一分間ですら、静かにしてくれるということがなかったから、借りなければならなかったんだよ。……知らないだろ。これと同じことが、高校入試の時も、大学入試の時も、成り立っている。やり切って、知らないのである。どれだけ文句を言われても、「まったく知らなかった」状態が成立してしまう。本人は、意地になって鳴らしているだけで、ぜんぜん、静かにしてくれないんだよ。なのに、「静かにしてやった」と思っている。一日に、一分間ですら、鳴らさないで静かにするという時間を作らないのに……そう思っている。頭がおかしい!!!! 意地になっている時の親父とお・な・じ!!!! まったく同じ。このしんどさがわかるか?? このしんどさが。この通じなさがわかるか。このやるせなさがわかるか? けっきょく、きちがい兄貴が「かって」一日中、好きなだけ、鳴らしている状態なんだよ。それなのに、言うに事欠いて、「静かにしてやった」「言い分がある」と言っている。そういう状態なんだよ。じゃ、俺が午後八時四〇分に、「静かにしてくれ」「明日試験だから、静かにしてくれ」「もうさんざん、鳴らしただろ!!!」「静かにしてくれ!!」と逆上して怒鳴った時!!一分間、鳴らさないで静かにしてくれたか? 一時間、鳴らさないで静かにしてくれたか? 一時間、ヘッドホンをして静かにしてくれたか? 入学試験の前ですら、……日曜日なら、朝の一〇時三〇分から、そういうふうに、何回も何回も言いに行く状態なんだよ。それで、一時間おきに何回も言いに行っても、静かにしてくれない。何十回言いに行っても、そのとき!!言われた時ですら!!一分も静かにしてくれない。言われたら、一分ぐらい、鳴らさないで!!静かにしたらどうなんだよ。一回一分間静かにしてくれたら、一日に二〇分ぐらいは、静かにしてしまうことになるからな。そんなのはない、一回につき、〇秒。だから、何回、何十回、言いに行っても、〇秒しか、静かにしてくれない。そのまま鳴らしている!!! 本当に、すべての時間、逆上しているきちがい親父とお・な・じ!!態度なんだよ。同じ反応のしかたなんだよ。そして、それにまつわる記憶が、まったく同じ仕組で成り立っている。「やったってやってない」だ。意地を通して、発狂して絶対にゆずらないでやりきれば、「そんなの、知らなかった」ということになってしまう。そういうきちがいだよ。「静かにしてくれなかった」と言われたら、「静かにしてやったし菅にしてやった」だよ。嘘なんだけどな。そういう状態だよ。毎日毎日、一五年間、一日も、変わらず、そういう状態で、ぜーーーったいに、押し通して鳴らした。鳴らし続けた。だから、朝から注意しなければならない。きちがい親父が荒れていた時のことを思い出せるか? きちがい親父が分けのわからないことで、意地を張って、聞き分けがないことを言って、荒れてた時のことを思い出せるか? あの状態だよ。きちがい兄貴が、鳴らしている状態というのは、あの状態なんだよ。「言われたら」……発狂する。「なんだ!!」と思う。「やってやるものか」と思う。相手が思うとおりには、絶対に動いてやらないと思う。その意地が……本当に、異常に異常に異常に強い。で、そうやって、押し通したことは、全部、「知らないこと」で「やってないこと」になっている。都合良くそうなっている。本人にとってだけ、都合がいいことなんだけど、やりきれれば、そういうことになっている。ちょっとでも、邪魔されたら……実際にゆずらなければならなくなったとなれば……発狂発狂発狂だよ。一分間だって、我慢でない。一分間ですら、長すぎて、長すぎて、我慢でない。自分が鳴らしている一二時間は、〇秒だよ。ゆずらずに、鳴らし続けた一二時間は、やってないことになっている。頭にくるな。その一二時間、ぼくは、横の部屋で、がまんさせられっぱなしなんだよ!!!! わかるかぁ!! きちがい兄貴!!! おまえがやってた。おまえが、こだわってこだわってこだわって、一分だって、我慢しないで、鳴らしてた。おまえがやってた!!! ふざけるな!! ……一日目から、一〇年間、そういう態度だ。そういう態度で鳴らし続けている。一〇年間って、最初の話の、アパートに出なければならなかった時期の話だ。一〇年間毎日そういう態度で鳴らして、人の入試を邪魔して、粉砕して、それで、……鳴らし続けて、……それで、そういう態度だ。そういう一〇年が積もったあとですら……一分だって静かにしてくれなかった。ヘビメタ騒音が積もって、人生がない状態ですごしていた、二一歳の時の、ある日曜日の、午後八時一六分。きちがい兄貴の部屋に、「静かにしてくれ」と言いに行っても、一分ですら、静かにしてくれなかった。もちろん、静かにしてやるつもりがまったくないのである。それで、「言い分がある」と思っている状態なんだよ。これが、すべてだ。別の面から言うとな、他の人達にとって見れば、家の近くにアパートを借りるなんて甘えているということになる。まったく知らない他の人達は、親の金で、家の近くにアパートを借りるなんて、なんて甘えているんだと思う。こっちは、二一歳の時には、一〇年間、きちがいヘビメタ騒音をずっと毎日やられて、アルバイトができる状態じゃないんだよ。それは、一八歳のときにやって、はっきりしている。二一歳の時のからだのだるさがわかるか? 本当に、頭にくる。きちがい兄貴のヘビメタが、一一歳から、毎日一分も鳴ってない状態だったら、俺は、普通に進学して、普通にアルバイトをしている。元気にアルバイトをしている。この、「親に金を出してしもって、自宅の近くにアパートを借りるなんて、甘えている」という考えと、「ヘビメタ騒音」という特殊事情のあいだがわかるか? 全部、これなんだよ!! たとえ、そういうふうに言ってきた人に「ヘビメタ騒音で……」ということを説明しても、相手はわかってくれない。「そんなの、お兄さんに言えばいい」なんて、切り返してくる。そういう時の俺の、情けない、頭にくる気持ちがわかるか? きちがい兄貴。おまえの、きちがい態度で……おまえのきちがい的な意地で……俺が、常に、そういう気持ちにさせられる。俺の人生って、ヘビメタ騒音が始まった小学六年生の時から、ずっと同じだから。今言った「甘えている」とかいう言葉……。だれだって、小学六年生から、二一歳まで、毎日、きちがいヘビメタ騒音を、一日七時間から一四時間聞かされ続けたら……だれだって……バイトすらできない体になるのに……まるで、俺が甘えているみたいなことを言われる。

きちがい兄貴よ、一分だって、我慢してくれなかった。一分間、鳴らさないで我慢するなんてことは、なかった。三〇分に一回言いに行く……という設定でもいいけど、まあ、一時間に一回言いに行くという設定で話をしよう。一時間に一分ですら、鳴らさないで我慢してくれたことがない。一時間に一分間、言われたら、鳴らさないで我慢したなんことがあるか?? ないだろ。一分間ですら、絶対に、我慢するが嫌だったんだよ。鳴らさないで我慢するなんてことは、きちがい兄貴の中では、ないことなんだよ。それを、思い出せ。あるわけがないだろ。こっちが言いに行ったら、一分間、我慢して静かにしてくれて、その一分間は、本当に静かだった……こういうことが、一回ですらないんだぞ。そういう毎日なんだぞ。それで、「静かにしてやった」と思っているのか? で、これ、今言っても、そういう態度なんたげど、二〇歳の時も、二一歳の時も同じなんだよな。そういう態度で、実際には、一分だって我慢しないで、そのまま鳴らしてた!! これが、本当の話だ。いつ我慢したんだよ?? 言い分があるなら、言ってみろ!!! つごうがわるくなっちゃうと、押し黙る。で、押し黙って、二階に上がって、普段通りに、ガンガン鳴らす。あれ、ガンガン鳴らしてた時、「静かにしてやった」つもりだったの?? 本当に、頭がおかしい!本当に、頭がおかしい! 親父と同じ態度なんだよな。絶対に、ゆずらないで、絶対に、全部の時間やり切るのに……。一日二四時間中、二四時間、そういう態度なのに。例外がないのに。それでも、「言われたら」「反対のことを言う」ということになっている。で、そういう態度で、たとえば、やってないやってないと喚いたとして、そのあと、すぐに、そういう態度でやりだす。やってんじゃないか!!!やってんじゃないか!!!やってんじゃないか!!!やってんじゃないか!!!やってんじゃないか!!!やってんじゃないか!!! 本人だけは一切合切わからないんだよな。二四時間、常に、そういうモードで、……「やめろ」と言われたら、逆上してやり切るのに……それなのに、すれが「すんじゃえば」……「やってない!!やってない!!」なんだよな。こんなの、他の人は、わからない。だから、俺が、「甘えている」とか言われる。俺がどれだけ、甘えずに、苦しい状態を我慢してきたと思っているんだよ。苦しい状態のなかで、希望を捨てずに、頑張ってきたと思っているんだよ。きちがい兄貴に、あれだけ、ヘビメタ騒音を浴びせられて、生きているということだけでも、すごいことなんだよ。二一歳の時点で、きちがい兄貴、毎日、中学時代と同じように、ヘビメタをやられて、大学進学を諦めてなかったということですら、すごいことなんだよ。やられすぎだろ。本当に、日曜日なんて、朝の一〇時から鳴ってて、ず~~と鳴っていて、どの時間に、注意しても、一分間ですら、静かにしてくれないまま時間が経っていく……。この時間が経っていくというのが、だるい。苦しい。しんどい。発狂的に疲れる。どれだけ、疲れまい、と思っても、ガンガンやられる時間が積もって、苦しくなる。疲れる。この、疲れが、他の疲れとは、違うんだよな。この、騒音の疲れ……これ、言い様がないよ。あれだけ、頑固に、攻めまくって、一切合切ゆずならなかったのに、「ゆずってやった」と妄想的に思っているきちがい野郎が、きちがい兄貴なんだよ。

よその人の前だと、人格が違うんだよな。うちでは、一分だって静かにしてくれなかったのに、よその家では、一分も鳴らさずに静かにしている。なら、できるんだよ。うちでもできたんだよ。どういう「意地」のかたよりなんだよ???!!!! きちがい兄貴、そういうことを考えたほうが良いよ。まあ、きちがい兄貴だから、考えろと言ったって、親父と同じで、考えないんだろうけどな。で、「うち」でやったことは、本当に反省してないんだよな。骨絡み。おまえみたいな、へんなやつ、いないから、俺が、困る。きちがいヘビメタに押し出されて、どうしても、こういう状態になってしまうのに、他の人から見れば、俺が、へんなやつだ。中学の時から、……小学生の時から、ずっとこういう状態なんだよな。言うに言えない、状況がある。で、言うに言えないというのは、仮にぼくが、そのまま、言っても、他の人が、信じてくれな状態だ。あまりにも、常識はずれな態度、なので、「そんなことあるのかな?」と思ってしまう。で、も、きちがいヘビメタ騒音攻撃が続く。これが、ぼくの毎日だ。遅刻でも、忘れ物でも、アパートを借りるということでも、こういうことが成り立つ。



   *   *   *

書いたら、ちょっと、気が楽になった。動けそうだから、買い物でも行ってくるかな。あとは、図書館の本も返してくるか。いま、動けるけど、この先、動けなくなる場合があるから、「まだ読んでないけど」返してしまおうかな。これ、本当、行ける時じゃないと行けないんだよ。誰もが、風邪を引いて寝込んでいるときは、起きて、外に出たくないだろ。それと同じ状態!! 本当、熱が三八・五度ぐらいあって、「動きたくない状態」なんだよな。そういう状態の時間が長い。「横になってた」と書いてある時は、そんな状態だから。そういう時に、たとえば、そういう気持ちを押し切って、外に出たとしても、おもしろくないだろ。ふらふらして、つらい時間が増えるだけだろ。ただ単に、外に出るだけではなくて、試験を受けなければならないとか、仕事をしなければならないとなったら、どうだ? だるくてだるくしてしかたがない状態なのに、それを押して!出てきているのに「暗い!もっと元気出せ!!」と言われる。「遅い、もっとてきぱき動け」と言われる。きちがいヘビメタが鳴り始めてから、ずっとそういう状態だよ。ヘビメタが鳴ってなければ、俺は、そういう状態になってない。本当に!!! ヘビメタ騒音に……あのどでかい、やかましいヘビメタ騒音に、一日平均八時間やられて、体が元気なんてことはないんだよ。体が普通の状態ということはないんだよ。どうしても、風邪を引いて熱を出したときのような状態になる。で、そういう状態なのに、がんばって、学校に通っていたわけだよ。アルバイトをしていたわけだよ。苦しいんだよ。だらだらしているようでも、苦しいんだよ。もやーっとして、サボっているいるようでも、苦しいんだよ。もう、パンクだよ。早く鳴り止んで欲しかった。一日に一分も鳴ってない状態になって欲しかった。俺がそう持っている一五年間、きちがい兄貴は、どれだけ言われても、一日に、一分も静かにしてくれなかった。それで、「静かにしてやった」とか嫁さんに言っている状態なのである。どんだけ、だよ。全部、それだろ。うちにいて……きちがい兄貴がうちにいて……鳴らしているときから、そういう態度なんだよ。この、矛盾した態度……普通の人は信じない。「そんなひと、いるのかなぁ?」なんて言われる。不思議に思われる。で、言わないからダメなんだみたいなことを言われる。要するに、「ヘビメタ騒音にやられているのは、(おまえの)落ち度だ」というようなことを言われる。いじめられるやつも悪い理論だ。きちがい兄貴よ。おまえが押し付けてきた世界というのは、こういう世界だ。どれだけ何回言っても、静かにしてくれなかった。どれだけ何回言っても、静かにしてくれなかったという事実が、こういう「出来事」を引き起こす。おまえがやっていたことは、ただ単に、うるさくしたということだけじゃない。おまえがやっていたことは、意地になって全部の時間鳴らすけど、まったく鳴らしてないのと同じ気持ち、同じ認識で、すごすということだ。これが、どういうことだかわかるか? いま、説明したとおりのことだよ。







2016年4月9日土曜日

実際、……できない。

正直に言ってつまらない。なんだ、この現実はぁ~~~。なんだ? これはいったいなんだ?? これは!! これは!! これはいったいなんだ。あーー、もういやだ。ともかく、いやだ。先行き、暗い。 あんときーー、ヘビメタが鳴ってなかったら……。あんとき、きちがい兄貴がヘビメタをやめてくれたら・・・。あの子と、あんなことやこんなことをしていたに違いない。それにしてもみじめなんだよな。鳴らされている自分がみじめだ。やめさせることができない自分がみじめだ。劣勢のまま、暮らしているというのがみじめだ。どうやっても、殺さなければ、やめてくれなかったんだよな。一日に、一分ですら、やめてくれなかった。これが事実なのに、きちがい兄貴はゆずってやった」と思っている。そういう毎日だ。そういう毎日が、際限なく繰り返される。だから!!苦しかったんだ。他のことではなくて、そういう毎日が繰り返されているから、ふがいなくて、苦しかった。実際、……できない。

殺して、自分の道を拓いた方が良かったのかもしれない。

どーしても、やめてくれなかったんだよな。そして、鳴っていれば、どうしても、勉強することができなかった。鳴っていれば、どうしても、普通の体でいることができなかった。どうしても、どうしても、風邪を引いて熱を出しているような状態になった。徹夜しているような状態の体だった。徹夜明けで、無理矢理動いているような状態なんだよな。それで、どれだけ気を張っていても、気が抜ける瞬間があって、その気が抜ける瞬間に、失敗することが、多い。で、帰ったら鳴っている。破滅だ。どうやっても、鳴っているのに……気にしないと言うことができなかった。鳴っているのに、影響を受けないと言うことができなかった。鳴っているのに、あたかも鳴っていないような状態の体で、繰らすと言うことができなかった。どうしても、どうしても、どうしても……。鳴っていれば……けたたましい音で一日中鳴っていれば……影響を受けてしまう。どれだけ無視して、勉強をしようとしても、……あるいは、無視して休もうとしても(体を休めようとしても)……影響を受けてしまう。鳴っているなら、影響を受けてしまう。何千日も、積み重なっている。何百日も積み重なった時点で、一日が苦しい。たとえば、三〇〇日、積み重なっているときは、その前の二九九日分の疲れがたまっている状態の、一日なんだよ。三〇〇日目もつらいけど、それは、二九九日、プラス!一日のつらさなんだ。二九九日鳴っていない状態で、三〇〇日目だけ鳴っている……一日だけ鳴っているつらさは、違う。もちろん、一日でも、あれだけ、けたたましい音で、一四時間鳴っていれば、不可避的に疲れる。不可避的に体の状態が悪くなる。不可避的に、精神状態が悪化する。けど、三〇〇日目は、前の二九九日を背負っていて、苦しい。泥沼のように苦しい。

どれだけ言っても、やめてくれなかった。春休み期間中なんて、一日に一四時間鳴っている状態だ。毎日毎日。だから、休みにならない。新学期に向けて勉強をしようとしても、毎日、一四時間、邪魔される。それで!!きちがい兄貴は、邪魔をしてないつもりなんだよ。一日に、何十回怒鳴り込まれても、邪魔をしてないつもりのまま、ずっとずっと、鳴らし続ける。それが、このうちでは、あたりまえのことだから。このうちにいる限り、きちがい兄貴は、ごく普通にそういうことをして、一日に一分だって!!!ゆずらない。絶対に、一分だって、ゆずらない。鳴らしっぱなしだ。けたたましい音で鳴らしっぱなしだ。ぜんぜん静かにしてない。あれでぇ!!あれで!!!!!あれで!!!!「静かにしてやったつもり」なのかよ????? 頭がおかしい。頭がおかしい。どれだけの意地で鳴らしたと思っているんだよ。一分だって、鳴らさないで静かにするということがなかった。一分だって、鳴らさないで我慢すると言うことが、できなかったから……いやだったから、やってやらなかったというのが、真実の姿だ。毎日、そうしてた。なんだろうが毎日、あたりまえのようにそうしていたわけで、本当に、静かにしてくれたことがない。一日に、一分、我慢して鳴らさないようにするということが、できない。してくれたことがない。

それなのに、「ゆずってやった」「静かにしてやった」「そんなになっているとは知らなかった」……なんだこれ?? 本当に、きちがい親父と同じ。親父は言っているよ。「注意した。注意した」って。これも嘘なんだよ。あのときは、兄貴にかち合うのがいやだから、逃げてた。だから、一日一分ですら、顔を合わせてないのである。だから、注意なんてしてないのに、注意しなかったと言うことが、まずいことになると、反射的に「注意した!!注意した」って顔を真っ赤にして怒鳴ることになる。そういう状態で、注意しなかったんだよ。注意してくれと言われたら、顔を真かっにして、「なっちゃったら、しかたがない!!なっちゃったら、しかたがない!!」って怒鳴ってたんだよ。本当に……。全部これだからな。うちのやつらは、全部これだ。

都合が悪くなったら、自分が一五年間、きちがい的な意地でやったことでも、「やってない」ことになってしまう。「やったって、やっない」だ。やらなかったことは、「してやった。してやった」ということになってしまう。本当は、静かにしてないのに、「静かにしてやった!静かにしてやった!」……だ。どんだけの意地で鳴らしてたと思っているんだよ。じゃ、春休みの一日、俺が、「静かにしてくれ」と言ってきたので、鳴らさないで、一〇分間我慢して静かにしてやったという記憶があるのか? ないだろ。ないんだよ。一〇分間我慢して、静かにしてやったということがないから、その記憶もない。あたりまえだ。どういう了見で、静かにしてやった」と言っているんだよ? 親父とまったく同じ。うり二つ。そっくり。全部同じ。

きちがい兄貴は、自分がやられたときは、……親父に、自分がやられたときは、「くやしくてくやしくて、くやしくてくやしくて」という気持ちになって、覚えているんだよな。けど、自分が俺にやったことは、親父のようにまったく、無視して、覚えてない。それが、一五年間、きちがい的な意地でやったことですら、まったくやってないつもりでいられる。そういうところが、そっくりだよ。うり二つ。まったく同じ。

どうするんだよ?? 俺は、これから?? これからの人生??どうするんだよ???どうすんだよ!!!!ふさげんな!! きちがい兄貴死ね。これ、本当に!!! 本当に、全部毎日同じなんだから。一日目と、一〇〇一日目の態度がまったく同じ。一〇〇一日目と二〇〇一日目の態度がまったく同じ。血相変えて、顔を真かっにして、目を三角にして、入試だろうがなんだろうが、一分だって……一日に一分だって、我慢しないで、鳴らしている。自分が鳴らせるのに、弟が言ってきたから、鳴らさないで我慢する……ヘッドホンをつけて鳴らす……そんなことは、絶対にないんだよ。静かにしたというなら、そういうことを、一日に五時間ぐらいはそうしたという記憶があっていいはずなんだよ。ないだろ。全部、きちがい兄貴が、満足できる音で、鳴らして、静かにしてやったつもりになっているだけだろ。一分だって、鳴らさないで静かにしてくれたことがない。これがすべてを物語っている。で、きちがい兄貴が鳴らしながら……本当はでかい音で鳴らしながら……ゆずる、なんていうのじゃ、ダメなんだと言っているのに、それが、親父のようにつたわらない。ハンダゴテの時の親父のように、通じない。言われたやつが、腹を立てて、ガチャめちゃにやっている状態だ。顔を真っ赤にして、脂汗をかいて、絶対に一分だって、一秒だってゆずらないで、頑固に主張している状態だ。ぜんぜんゆずってないから。ぜんぜん、ゆずらないで、顔を真っ赤にして、やっている状態だから……そういう状態で、やったのに、……全部やり切ることができれば、……まったくやってないつもりになれる。「ゆずってやった」という気持ちになれる。頭がおかしい。全部やり切ったから、そういう気持ちになれる。全部やり切ったから……本人が満足できる形でやり切ったから、本人が、意地を通したから……一〇〇%ゆずらないで、自分の意地を通したから、……「やってない」気持ちになれる。「ゆずってやった」気持ちになれる。逆なんだよ。一〇〇%やり切ることができたから……相手の反対を押し切って一〇〇%、自分の気持ちをお通して、やり切ることができたから……「知らない」んだよ。「やってない!!やってない!!」なんだよ。頭がおかしいだろ。一年、三六五日中三六五日、そういうモードでやり切る。目を三角にしてそういうモードでやり切る。そういうモードで、全部、自分が好きなように、我慢しないでやり切ることができたら……「やってない、やってない」なんだよ。「ゆずってやったゆずってやった」なんだよ。頭がおかしいだろ。で、本人は無自覚なんだよな。だから、ふつーーーーに、そう思っている。

けど、よそのうちでフツーーーーに静かにするように、静かにしないんだよ。うちでは、一分だって、一秒だって、鳴らさないで我慢してやると言うことができない。そんなのしてやるぐらいなら、首を吊って死ぬというような、意地がある。だから、本当には、絶対に、一秒だってゆずってやらないんだよ。それが毎日の態度だ。一日に二四時間中、二四時間、そういう態度なんだよ。本人だけは、矛盾を感じないんだけど。そりゃ、矛盾を感じたら、そういうことができなくなるからなぁ!! 矛盾を感じないようになっている。だから、俺からなにを言われたって、友達からなにを言われたって、お母さんからなにを言われたって、……言われたときだけ「ムッ」ときて、あとは、普通にいつもの通りに、一〇〇%ゆずらないでやり切るんだよ。一秒だって、絶対に、相手が言う形では静かにしてやらない。一秒だって、鳴らさないで静かにするとか、ヘッドホンをして静かにすると言うことができない。たとえ、一秒でも、そういうふうにさせられた、となったら……くやしくてくやしくて、くやくして、発狂してしまう。「なんだなんだ!!!」と怒り狂って、絶対の意地を通そうとする。で、通してしまえば、へっちゃらで、やってないことになってしまうんだよな。頭がおかしい。

2016年4月8日金曜日

●バス停で事故を目撃したなら バス停の妄想(公開バージョン)(小説)

●バス停の妄想

かりに、たとえば、三角さんがアメリカに旅行したとしよう。で、アメリカのバス停で、ゲームボーイ」をいじってたとしよう。そうしたら、三角さんの前を走り抜けたバスが、道を外れて、歩道に突っ込んで、歩道を歩いていた人、子供を含む十数人が死んだとしよう。まあ、ゲームボーイじゃなくてもいいよ。たばこの箱でも、スマートフォンや小型のパソコンでもいい。ともかく、そういう事故があったとする。

そうしたら、とあるアメリカ人が、三角さんのところまで来て、「おまえは、かの組織のエージェントだろう。アメリカ人を抹殺するために、そのディバイスで、電磁波を発生さて、バスを遠隔操作したんだろ。日本人がアメリカ人を抹殺しようとしている。子供たちがかわいそうだ」といったら、三角さんはどう感じますか? と訊いておきたい。

三角さんがやっていることは、こういうことなのだ。勝手な決めつけがある。三角さんは、たぶんだげと、自分がやられたら、ひどいことをされた、ひどいことをされたとわめきちらすだろうと思う。実際、自分がなにもやってないのに、犯人に仕立て上げられてしまうというのは、ひどいことだ。自分がなにもやってないのに、「疑いがかかる」ということでさえ、気分のいいことではない。かなり悪い気分になることだと思う。

三角さんに、「アメリカ人を抹殺するために、電磁波を使って、事故を発生させた」といってくるアメリカ人が、本当にそういうふうに思っていたら、どういう気持ちになるか? ということを、問いたいのである。相手は、本当にそういうふうに思い込んでいて、自分(三角さん)がどれだけ、そんなことじゃない。そんなことはしてない。このゲームボーイでは、バスを操作するような電磁波なんて、出せない」といっても、そのアメリカ人は、三角さんが、電磁波を使って、事故を発生させたといってゆずらない。

三角さんにもわかるようにわざと、設定を変えたんだけど、たぶん、わからないだろうなと思う。この、設定を変えたバージョンだと、他の人にもわかりにくいので、設定を変えてないバージョンの話をしておこう。

設定を変えてないバージョンの話は、こうだ。ドイツ人のマルターさんが、バス停のベンチに座って、ゲームボーイをいじっている。そうしたら、マルターさんが座っていたベンチの向こう側の車線を走っていたバスが、歩道の方に突っ込んでしまう。歩道には、当時、子供一人、大人三人の計四人の人がいて、その人達が、バスに轢かれて死んでしまう……としよう。


三角の目からすると、外人はみんなアメリカ人に見える。ドイツ人もカナダ人もイタリア人も、全部、アメリカ人なのだ。そして、アメリカ人が、電子ディバイスを持っていたら、そのアメリカ人は、悪の組織のエージェントで、その電子ディバイスは、車などを操作する電磁波を出す特殊なディバイスなのだ。

バス停のベンチに座っていたのが、ドイツ人でも、三角には、アメリカ人に見える。日本にいるアメリカ人は全員、悪の組織のエージェントに見える。スマホであろうが、なんかのゲーム機器であろうが、特殊な電磁波を出すディバイスに見える。三角からすれば、それらは全部、真実で、それを認めない人たちは、全員、マスコミや教育に洗脳されているのだということになる。


東日本大震災の時もそうなんだけど、「アメリカ艦隊が太平洋上で目撃された」ということが、アメリカ軍が原子爆弾型の地震兵器を使ったということの、「動かぬ証拠」になってしまうようなところがある。これは、三角さんの中で、「動かぬ証拠」になっているだけで、こんなもの、全然証拠にならない。

ところが、三角の中では、それは絶対に正しいことなので、それについて、批判する人は、これまた、悪のエージェントになってしまう。三角がそういうふうに思い込んだら、誰がなんといっても、三角の中では、それが絶対に正しいことなのである。

だから、「正しいことを言っているのに、批判、非難されて、悔しいと思ってしまう。「みんな、洗脳されて、本当のことがわからなくなってしまっている」「こんな汚い世界は滅んだ方がいい」と考えてしまったとしても、不思議ではない。というか、こころのなかで、「みんな死ね みんな死ね」と叫んでいるのである。この世はきたなくなりすぎたから「粛正」が必要だというようなことを考えているのである。で、それを、関係がないスレ(スレッド)に書きまくる。とりつかれたように、書きまくる。

話を元に戻す。

「アメリカ艦隊が太平洋上で目撃された」から、なんだというのだ。「太平洋上で目撃された」から「原爆を使って地震を起こしたに違いがない」と考えるのはおかしい。すくなくても、「太平洋上で目撃された」ことが「原爆を使って地震を起こしたことの証拠にはならない」。しかし、三角の中では、そういうことが、つながっているんだな。いったんつながりができたら、他人が否定しても、絶対に、つながりが切れない。

それから、「誰が目撃したのか」ということが全然明らかにされていなくても、「絶対の証拠」になっている。さらにいうと、「目撃されたとされている」などということになって、全く話があやふやなんだけど、話があやふやな割に、「絶対に正しい」というような自信が、揺らがない。それもおかしいといえばおかしい。

これも、「目撃された」という表現と、「目撃されたとされている」というような表現が、同時に使われていて、「目撃された」と「目撃されたとされている」の区別がついてない。あるいは、そういう区別がどうでもいい次元の話になっているのかもしれない。


けど、こういうことにはもっとまずいことがあって、それは、三角が、批判をした人を、悪のエージェントだと思い込んでしまうことた。三角からしたら、自分の意見を批判する人、自分の意見に疑問を投げかける人は、みんな「悪のエージェント」だ。「アメリカ軍をかばっている」「秘密が漏れるのがそんなに怖いのか?」などまじめに言ってしまうのが三角さんなのだ。

それにしても、近くにいることを目撃されたら、それが、ある具体的な行為の証拠になってしまうという、思考回路はどういうものなのだろう。これ、不思議だな。

三角によると、その目撃されたアメリカ人が、電磁波を使って、バスを遠隔操作して、わざと日本人の子供にぶつけたということになっている。で、三角さんの中では、それが「真実」で、それを信じない人は、「洗脳された家畜だ」ということになる。


自分の中(三角さんのなかにある)「悪のエージェントが日本人を抹殺しようとしている」というような幻想というか妄想の軸があって、どんなニュースでもその軸に、絡みついてしまう。

だいたい、「アメリカ人が」ということになっているけど、その人の国籍がアメリカなのだということを、調べた人がいない。ようするに白人だったら、みんな「アメリカ人」だという思考方法なんだよな。そこで、たとえば、僕が次のように言ったとする。

「アメリカ人が……といっているけど、その人は、カナダ人かもしれないし、オーストラリア人かもしれないし、イギリス人かもしれないぞ。その人がアメリカ人だということは、誰がどのように確かめたんだよ」と。

そうすると、三角さんは「(おまえは)アメリカ人をかばってる。さては、真実が公表されるのが怖いんだな」みたいなことを言う。で、それは、「本気」で言っているのであって、本気で、私のことを、「悪のエージェント」だと思っているのだ。

嘘とか悪口で、悪のエージェントだと思っているのではなくて、本当に悪のエージェントが、自分の書き込みを「監視」していて、「真実が公表されるのが怖いから、自分にいちゃもんをつけてくる」と思っているのだ。

そういうことの、薄気味悪さがまた、そいつから人を遠ざける原因になっているのだけど、本人は、そういうことは考えない。本人からすれば、自分の言ったことを批判してくる人が本当に悪の組織のエージェントで、その(批判した人に)賛成する人は、悪の組織に洗脳された人なのである。

で、俺は考えたんだけど、多分だけど、自分が同じことをされれば、それは、相手が勝手なことを言っているということがわかるはずだ。

たとえば、三角さんが、アメリカを旅行していて、バスを待つために停留場にいたとするだろ。そうしたら、なんだか知らないけど、バスが歩道の方に突っ込んで、結果、歩道を歩いていた人が死んだというような事件が起こったとする。……あくまでも仮定の話だ。

そうしたら、とあるアメリカ人が三角さんのところににきて、「おまえが、電子ディバイスで電磁波を発生させて、あのバスをコントロールしたんだろ」と言ってきたらどう感じるかということなのだ。どう感じるだろう? たぶん、「こいつ、なに言ってるんだ。そんなこと、するわけがないだろ。いちゃもんをつけてくるな」と感じるだろう。

そういう場合は、相手が言っていることが「正しい」とは感じないのではないだろうか。しかし、とあるアメリカ人と三角の思考回路は全く同じだ。

だから、自分がやっているときは全く気がつかないのだけど、他人が自分に「やってきたら」それは、「変だ」ということがわかるのではないだろうかと思う。自分が普段使っている同じ理論を使って、ほかの誰かが、自分を責めてきた場合には、それの理論がおかしいということが理解できるのではないだろうかと思うのだ。

しかし、普段自分が、他の人にいちゃもんをつけているとは、絶対に考えないんだよな。こんなもの、本当にいちゃもんでしかない。いちゃもんでしかないのだけど、三角の中では「動かぬ真実」なので、それについて批判したり、疑問を投げかけてくる人がいると、その人のことは、本気で「悪の組織のエージェント」だと思ってしまうのだ。


2016年4月6日水曜日

嘘つきで、まったくなにも感じない。自分がやったことだとは思えない。そういう人間なんだよ

あ~~、つまんないなぁ。ぼく、つまんないなぁ。つまんない。これから、さき、どうなるんだろう。

なんとかしなきゃな。なんとか~~。

つまんないけど。けど、つかれて横になっているときは、そんなのは、どーーーでも良くなっている。ヘビメタ騒音の朝、昼、夜、深夜が復活してしまう。本当に、どれだけ……。「本当に、どれだけ」といいたくなる。きちがい兄貴は、いまだに「ゆずってやった」とか言っている。

どういうのが「ゆずる」ということだかわかってない。きちがい兄貴の辞書だと、「かまわずに、がんがん鳴らし切ること」がゆずるということらしい。おまえ、きちがい兄貴、いま春休み期間中だけど、春休み期間中は、一四時間、鳴らしてた。一四時間のあいだ、どれだけ、何回「静かにしろ」「やめてくれぇ!!!」と言いに行っても、怒鳴り込んでも、「一分ですら」静かにしてくれたことがないんだよ。

一日一四時間なら、一日七時間、続けざまに静かにして……鳴らさないで静かにして、それでやっと、半分静かにした」ってことになるんだぞ。おまえ、きちがい兄貴、……おまえ、一分も、静かにしてくれなかっただろ。じゃ、きちがい兄貴よ、おまえ、春休みは、弟が言ってくるので、一日に七時間しか、鳴らせなかったという記憶があるのか?

七時間、鳴らさないで我慢したという記憶があるのか? ないだろ。あるはずがないんだよ。七時間どころか、一時間、静かにしたことがない。一日に、一時間、ちゃんと静かにしてやった記憶というのはあるのか? ちゃんとというのは、鳴らさないで静かにするということだ。あるいは、ヘッドホンをして静かにするということだ。朝、一〇時にヘビメタを鳴らしていて、俺が、「やめてくれ」と言ったから……弟に「やめてくれ」と言われたので……一一時まで、一時間、鳴らさないで静かにしてやったと言うことがあるか?

一一時のあと、一二時間、ずっと鳴らし続けたとしても、一日で、一時間だぞ。午後二時に、静かにしてくれ」と言われたので、もう一時間、中断して、静かにしてやったことがあるか? そんなのは、何千回、何万回頼んでも、一回もやってくれたことがない。きちがい兄貴よ、おまえが、満足できる音で、ドカスカ、鳴らしているだけじゃないか。

それで、「静かにしてやった」と思っているところが、おかしいんだよ。親父と同じなんだよ。あれだけ強く、「それでいいから持っていけ」と言っておいて、自分がまったく関係がないつもりでいるだろ……親父はいつもそうだったけど……きちがい兄貴よ……おまえも、いつもそうだ。自分が発狂的な意地でやっていることは、全部!!!!……本当に全部が全部!!!……やってないことになっている。

きちがい兄貴よ、おまえが強く主張して鳴らしているから、こっちが困っているんだよ。
だから、関係がある。

けど、強く主張して頑固に鳴らしているのに、まったく関係がないつもりでいる。どれだけ言われても、親父のように、通じない。親父のようにわからない。どれだけ言われても、自分が主張したことと、相手が、それで困ったと言うことが、結びつかない。「なんだ!そんなのぉ!!!」と怒っているだけだ。本当に、自分が強く主張して、強制したことで、相手が困っているというのが、わからない。もう、根本的にわからない。どれだけ何百回言ってもわからない。

で、悪いことをしている方が、腹を立てて、「なんだなんだ」と傷ついて、わめく。自分がひどいことをされたという気持ちになって、ぷんぷん怒って、いつも通りに、自分の主張を通して、きちがい的な迷惑行為をやり切る。だから!!!困っているんだろ。関係ないわけがないだろ。けど、こだわって、こだわって、こだわって、絶対にゆずらないで鳴らし切るけど、相手が困っているということは、絶対に認めないんだよ。「そんなの知らない」ままだ。一年間、二年間……一〇年間、二〇年間、三〇年間、一切合切認めない。

それが、きちがい兄貴の感覚だ。あたりまえだ。きちがい兄貴にとって、それは、あたりまえなのである。あんまりにもあたりまえだから、自分がそうしているということさえ、まったく気がつかない。これたって、どれだけ言われたって、その都度、きちがい親父のように反対のことを言うだけで、まったく、こころに響かない。自分がやったことだと思わない。

あれだけ、こだわって、一分だってゆずらずに、きちがい的意地で、頑固にやったことなのに、自分がやった、つもりがない。自分がやったつもりが生じない。だから、「自分がやったわけじゃないのにそんなことを言ってくるな」という気持ちがしょうじる。あれだけ、頑固にやったのに!! 実際に、何年間も、十数年間も、毎日、頑固に、一日に一分もゆずらないで……本当にはゆずらないで、こだわってこだわってこだわって、……入試だろうがなんだろうが、絶対にやり切ったことなのに……自分がやったという気持ちが生じない。

あれだけ、こだわって、毎日毎日、やったことなのに、どこかでというか、全面的に、自分がやったつもりがないのである。こんなの、きちがい親父ときちがい兄貴しか知らない。リアルで会った人で、こんな状態になっているやつは、兄貴と親父しかいない。頭がおかしい。完全おかしい。本当に……「どれだけ言っても」……通じないんだからな。

それで、自分の主張を押し通して、きちがい的な意地で、迷惑行為を、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も立て続けにやりきる。だ・か・ら!!!!困っているんだよ。関係あるじゃない。きちがい兄貴がやったことだから……関係がある。きちがい兄貴が、こだわってこだわって毎日毎日、きちがい的な意地でやったことだから……関係がある。……これが、わかってないのである。だから、ぜんぜん、なにも悪いと思ってない。

だから、「そんなの知らなかった」のひとことで済んでしまう。きちがい兄貴にとって都合が悪いのは、嫁さんや、嫁さんの親に「これ、本当なの?」と聞かれることだ。それは、不愉快に感じる……都合が悪く感じる。けど、鳴らしていたときは、本当に、無視して、気にしないで、鳴らしてたんだよ。どれだけ俺に、言われたって。

まあ、お母さんに言われれば、嫁さんに「本当なの?」と聞かれたぐらいにはむっときて、不愉快な気持ちになるけどな。

で、うちに住んでいたときは、無視して鳴らし切るんだよ。「お母さんに言うなぁ」なんて、気楽っぽく、言ってたときがあるけど、その時だって、九九%の音で一〇分間、一一分目から、一〇〇%の音で、六時間五〇分鳴らしてたけどな。

全部そういうことだから。ちゃんと、鳴らさないで我慢するということがない。自分が鳴らしたい音で鳴らして、「我慢してやった」と恩着せがましく思っているだけで、その「我慢してやった」と思っている時間も、けっきょく、けたたましい音で鳴らしている。自分が満足できる、異常な音で鳴らしている。それがわかってないんだよな。「自分がぁぁぁ!!!じ・ぶ・ん・がぁぁぁ、俺様がぁぁぁ、一分でも、一デシベルでも我慢してやったら、我慢してやった」だ!!!


「自分がぁぁぁ!!!じ・ぶ・ん・がぁぁぁ、俺様がぁぁぁ、一分でも、一デシベルでも我慢してやったら、ゆずったやったことになる」……それ以外に考えられない。

「それのどこがおかしい? 自分がゆずってやったら、ゆずってやったんだよ!!!」……こういう考え方、感じ方なんだよ。

あいつは、一五年どころか、三〇年もそうなんだよ。そこから、一歩も変わってない。「むかしは、そんなんだったのかなぁ」って感じなんだよ。最高に気にして、そんくらいの感じしか持てない。自分がやったことなのに、親父と同じように、嘘つきで、まったくなにも感じない。自分がやったことだとは思えない。そういう人間なんだよ。

2016年4月4日月曜日

生活のすべてに影響しているのだから、それを、排除することはできない

ヘビメタ騒音のことは、どうしても、書かなければならない。「どうしても」だ。「どうしても」。ぼくの人生そのものなのだから。しかし、問題がある。ぼくが抱えている、ヘビメタ騒音に関する怒り、ヘビメタ騒音に対する怒りというのは、他の人には関係がない。

けど、けど、生活のすべてに影響しているのだから、それを、排除することはできない。一番そういう問題がでかくあらわれるのが、自己紹介だ。……これ、どうするんだよ。ヘビメタ騒音のことは「なし」にはできない。「出さないでつきあう」ということはできる。その場合、自分の状態については、うそをつくことになる。これが問題なんだよな。

どのみち、ヘビメタ騒音のことは、小説として発表する。これはもう決まっている。本当にこの世で生じたことで、毎日、十年以上、ヘビメタ騒音にたたられて、四苦八苦だったということは、事実なのだから。いまも、ヘビメタ騒音で苦しいというのが事実なのだから。

いまも、ヘビメタ騒音で苦しいというのは、「ヘビメタ騒音の後遺症」で苦しいということだ。これは、俺じゃなきゃわからない。ヘビメタ騒音が俺に与えた影響を過小評価するひとは、ここらへんのことがぜんぜんわかってない。人生全体にどれだけの影響をおよぼすか、わかってない。

わからないのは、しかたがない。そんな生活は経験したことがないのだから、わからなくて当然だ。

それにしても、全部めちゃくちゃだったな。きちがい兄貴の意地なんて、他の人には絶対にわからない。本当に、きちがい的な意地で鳴らした。けど、この「きちがい」という単語だって、問題があると考える人にとっては問題がある単語だ。本当、どれだけ! 俺が、どれだけ!!! 常識的な人には、きちがい兄貴の意地がわからない。

だから、たいしたことがないように思える。「言えば静かにしてくれるはずだ」というような考えがあるからだ。しかも、「どう考えたって、一〇年とか、一五年とか、そんなのはない」と思うみたいだ。けど、違う。それこそ「きちがい」と言わなければ、説明できないような、異常な意地なのである。で、きちがい兄貴が、異常な意地を持っていて、異常な行為……軽犯罪行為をやり続けたのであって、俺が悪いことをしたわけじゃない。

ところが、「無職である」ということで、まるで俺が、悪いことをしている、悪いことをしていたというような目で見る人たちがいる。その人たちの感覚だと、「無職でいること」は道徳的な意味で、罪なのである。ゆるせない。

2016年4月3日日曜日

俺の人生はなんだったんだろう

本当にこういう時間、俺の人生はなんだったんだろうなぁ~~」って思う。思う。思う。本当、なんだったんだろう。ヘビメタ騒音でひたすら苦しかったな。もっと小さいときは、親父にやられていたし。親父が後退したころ、きちがいヘビメタが始まった。地獄の生活が始まった。あれ以来、切れ目なく、「く・る・し・い」。切れ目なく、苦しいんだよな。どうでもいいけど、苦しい。ともかく、苦しい。歩いていても、寝ていても、苦しい。短い期間だったけど、働いていても苦しい。

2016年4月2日土曜日

七時間、ヘビメタを浴びたあとの、静かな夜……どういう気持になると思っているんだよ。

なんか正直言って、書きにくくなっている。今日の午前一二時ぐらいに、俺は起きた。小便をするのに起きたんだけど、気分が最悪だった。きちがいヘビメタ騒音を浴びた夜の気分なのである。一二時ということは、ヘビメタ騒音は鳴ってない。

鳴ってないなら、良いんじゃないかと、普通の人は考えるだろう。けど、その日、七時間ヘビメタ騒音を浴びていると、からだがおかしいのだ。気分が、おかしいのだ。破滅的におかしくなる。体の調子がおかしい。一時間前というか、五〇分前に鳴り止んでいるんだよ。

だから、「その時」はうるさくない。けど、強烈に苦しい。からだが変な感じになる。死にたい気分になる。あれは、ない。ここらへんのことが、他の人にはわからないんだろうなと思う。あとは、「人のせいにしている」だけど、本当に俺のせいじゃないから。俺が、誰からも頼まれないのに、パチンコ屋に行って、金をすったというのとは話が違うのである。

けど、そういうことと同じだと思っているやつがいる。けど、違うから。選択した行為の結果じゃないんだよ。パチンコ屋に行って、借金をこしらえた人が、「店のせい」にしているのとは、違うんだよ。なんで、この違いがわからないのか。

まったくめんどうだな。どういう気持になると思っているんだよ。

七時間、ヘビメタを浴びたあとの、静かな夜……どういう気持になると思っているんだよ。

2016年4月1日金曜日

正規表現で、「範囲選択」なんてできるのか?

横書きにするとき、一文字の英数字は、全角にして、二文字以上の英数字は半角にするということを考えたんだけど、いまいち、うまくいかない。いつも、URLが問題になる。このURLは、リンクになってない、そのままのURLだ。これが、リンクになっていれば、また話が違ってくる。

すでに公開されている秀丸マクロを使ったのだけど、URLの%などが、ぼくのやり方だと、全角になってしまう。ぼくのやり方は、すべての半角英数文字を、一度全角にして、左右の文字が日本語で、なおかつ一文字だけ半角英数字が出てくるところは、全角のまま残して、あとの全角英数字をすべて半角英数字にするというやり方なんだけど、そのやり方だと、URLがうまく行かないんだよな。すでに公開されている秀丸マクロを組み合わせると、そういうことができるのだけど、URLがうまく行かない。

URLのところだけ、手で選択して、半角化マクロをかけなければならなくなる。これ、どういう公開されているマクロを使って、どういうふうにやるとこうなるということを書かなければならないのだけど、失敗しているやり方だから、細かく説明する気がうせる。

あとは、変換時の問題なんだけど、ぼくは、このサイトは最終的に縦書きにすることを考えて、漢数字を使っているのだけど、他のところでは、横書きにすることを考えて全角数字を使っている。英語は、半角なんだよな。それは、全角の英語が嫌いだからだ。けど、たとえば、「Aさん」というようなところは、全角にしないと、やばい。Windowsなどは半角だ。

ともかく、同じIMEを使っている以上、こっちとあっちで書き方を変えるとなると、問題がある。じゃ、違うIMEを使えばいいということになるかというとならないんだよな。これは、これで問題がある。どうしたもんなんだろうな。横書きにするときは、すべて、半角でいいのか? いや、横書きでも、たとえば、文末の疑問符?は、全角だろ。この記号が含まれるかどうかで、だいぶ違ってくるんだよな。

いま、いろいろと試している最中で、どうすればいいのか、迷っている。一度、すべて全角化して、一文字を残して、すべて半角化するというやりかたで、行けるかと思ったら、行けなかった。URLがだめだ。けど、URLをちゃんと、HTMLのアンカーにするなら、また、話が違ってくるんだよな。

httpで、はじまって、改行で終わる範囲だけを、マクロで選択する方法ってどういう方法なんだろう。その範囲だけに「すべて半角化」をかけるという方法なら行けそうなんだけどな。正規表現で、「範囲選択」なんてできるのか?

一文字のところは全角で、他は半角というのがむずかしいな。
行けそうで行けなかった。

全角英数字といった場合、全角記号が含まれているのかどうかで、対処が違ってくるんだよな。ぼくがやりたいのは、全角英数字のなかに全角記号は含まれないという考え方に立ったマクロじゃないとだめだ。全角数字、全角アルファベット、全角記号というわけ方じゃないとだめだ。アルファベットと記号はわけてくれないと。そこの解釈の違いなんだよな。

横書きの場合、一文字だけの英数字は全角で、二文字以上の場合は半角というのは、あんまり意味がないかもしれない。そうやってみたのだけど、そんなに良くない。一文字だけのときも、半角でいいかなという感じがする。これは、楽だ。縦書きのなかで、半角一文字のアルファベットがあらわれると、かなりだめなんだよな。縦書きだとね。けど、横書きの場合は、半角一文字のアルファベットがあらわれても、おかしくはない。あとは、いま書いていて気になるのは、たとえば、
「半角一文字」というような表現だ。どうすんのよ? これ?? まあ、「?」も全角だし、こういう地の文では、全角のスペースを使うべきだろう。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。