2016年6月25日土曜日

さみしいから、風呂入る……不愉快な音のなかでやったことは、全部不愉快になる

さみしいから、風呂入る。


風呂入った。

あーー。風呂も、本当に、きちがいヘビメタが鳴っていた時は、毎日はいるとか、一日おきに入るというが至難の業になる。本当に風邪で熱が出て、「入らないとなぁ」と思いながら、も、入れない状態に似ている。これ、健康で普通の精神状態なら、普通に、毎日、なんの抵抗もなく入れるんだよ。で、気持ちよかったなと思える。洗おうと思っていた部分がきれいになって、さっぱりしたと言うような気分になれる。けど、これが、一日に何時間も続く重ヘビメタ騒音のような、心の重荷があると、だんだんと入れなくなる。入っても、ぐったりしていて、ぜんぜん、気持ちよくない。出たあとも、……ヘビメタ騒音が鳴っているんだけど……鳴っている中で着替えたりするのが、なんていうのかな……ヘドロを体に塗りつけているような不愉快感がある。きれいなバスタオルでも、こーー、気持ち悪い感じがする。不愉快な音のなかでやったことは、全部不愉快になる。


きざまれてしまう。

テレビをつけっぱなしにして風呂に入った。さみしいから……。

さっきは、こたつを見て、空想していた。いまはこたつの季節じゃないし、こたつは使っていないのだけど、昔は、使ってたんだよね。お母さんがいた頃は。お母さんが本当に寝たきりになる前は……。あの子と、こたつに入って、仲良くご飯を食べたかったな。あのとき……ヘビメタ騒音が気になって気になって……興味がないふりをしてしまった。あの子は、きれいだった。可愛かった。ショートカットが似合う芸能人より、かわいかったな。あの子と仲良くしておけばよかった。きちがいヘビメタ騒音で大学が決まらないで、そのうち三行半?をつけられることになるにしろ、つきあっておくべきだった。

いまは、ヘビメタ騒音障害の他に無職と無職歴がひっかかる。あとは、年齢か。俺の三〇年って、本当になんだったんだろうな。きちがいヘビメタで苦しい思いでしかない。ヘビメタ騒音の前の思いではある。その思いでは、いいものもある。こころのオアシスになる。

けど、ヘビメタ騒音をやられてからは、関わるものすべてが、黒く塗られている感じだ。見聞きするものすべて……が、ヘビメタ騒音で汚れている。ヘビメタ騒音で黄ばんでいる。ヘビメタ騒音で汚染されている。友情も……。かりに、きちがい兄貴が、いま住んでいるところで静かにするように、普通に静かにしてくれたら、親友と喧嘩しただろうか? 喧嘩というか、わざとひどいことをいって別れるというようなことを俺がしただろうか。

これ、ヘビメタ騒音の問題って本当に、本人と他の人とでは違うんだよな。感じ方が違う。俺が無理だと言ったら無理なのに……。どれだけ耐えて、耐えて耐えて、暮らしてきたと思っているんだよ……。俺がどれだけしつこく希望を持って生きてきたと思っているんだよ……。それでも、ダメだったんだ。きちがいヘビメタ騒音なかではダメだった。ヘビメタ騒音が、普通に鳴っている状態では、ダメなんだよ。全部の時間鳴り止んでくれないと困る。

で、それは、八年目のとき……九年目のとき……一〇年目のとき……。一〇年も毎日鳴らされていたらダメなんだよ。正確には、一〇年マイナス一日だけどな。きちがい兄貴は、うちで一日だけ静かにしたことがある。きちがい兄貴が静かにしたのは、本当にその時だ。あとは、毎日、一分だって、静かにしない状態だよ。いくら親友でも母親でも、違うんだよな。俺ができないといったらできないんだよ。どういう状態で「できない」と言っていると思っているんだ。

2016年6月24日金曜日

死にたくなるほどつかれる日々……六年と半年

ぼくがやりたかったことって、なんなんだろうと考えると、ひとつは経済的不平等を解決するための経済政策は何かということを研究すること。もうひとつは、強迫神経症に関わる心理学の研究……なんだよな。あとは、カリキュラムの研究をしたかった。心理学、教育学、経済学を研究したかった。経済学は、経済政策のほかに、経済思想や経済人類学といった分野の研究もしたかった。教育学は、やはり、学校システムの研究もしたかった。学校というのは、近代の文化装置という側面もあって、ただ単に知識を教えるための機関ではない。学校システム全体を知識の伝達システムと考えてもよいのだけど、知識だけではなくて、どうしても、行動様式を伝達してしまうというところがある。「自由教育」は、この、近代の行動様式をなるべく伝えないようにしようとするのだけど、それでも、「自由教育」の行動様式を伝えてしまうところがある。伝えると書いたけど、押し付けると言ってもよい。無意識的に、押し付ける。だから、常に、反自由なのであり、自由ではない。だから、その反自由な部分というのが、出てしまうのだ。昔、ぼくが一冊書いたのだけど……(出版されなかったが)……。まあ、いいや省略。これ、出てきたら、電子出版しておくよ。


ヘビメタ騒音を残業時間で換算すると、すごいことになってしまう。

ぼくは、この記事を書いたとき、ワタミの元従業員で自殺した人のことを考えていた。自殺する前に書いたメモに「からだがついて行かない」というのがあったように思っていたのだ。調べてみたら実際には違っていた。

参考URL 引用開始-----
http://blogs.yahoo.co.jp/ganho31/8281513.html

ワタミ社員の過労自殺を認定 入社2カ月の26歳女性 <47NEWS>

居酒屋チェーンのワタミフードサービス(東京)社員だった森美菜さん=当時(26)=が入社2カ月後に自殺したのは「長時間労働による精神障害が原因」として、神奈川労働者災害補償保険審査官は21日までに、遺族の労災申請を不支給とした横須賀労働基準監督署の決定を取り消し、労災と認定した。遺族側の弁護士が同日発表した。

 決定書は「時間外労働は月約140時間以上で休日を十分取得できる状況ではなかった。業務の負荷が主因で適応障害を発病し、自殺を思いとどまる力が著しく阻害されていたと推定できる」とした。決定は14日付。

体が痛いです。
体か辛いです。
気持ちが沈みます。
早く動けません
どうか助けて下さい
誰か助けて下さい

引用終了--------

「からだがついて行かない」じゃなくて、「早く動けません」だった。

学校に八時一〇分にはつかなければならなくて、午前七時五〇分に出ると遅刻だったんだよな。七時四五分に出れば間に合った。七時四〇分に起きて、五分で、出て行くような状態だった。あれ、本当につかれた。七時四〇分が、眠たい盛りなのである。きちがい兄貴のヘビメタにやられて、午前四時か四時三〇分ぐらいまで眠れない。五時になってしまったときは、どれだけあせったか。本当に死にたいめちゃくちゃな状態なのである。朝、死にたかった。毎日だからな。五分で、飯を食って、着替えて、出発するんだよ。しかも、走らないとバス停まで五分でいけない。これが、六分かかってしまうもう、次のバスまで待たなければならなくなるから、遅刻確定なんだよ。五分で飯を食って着替えてと書いたけど、なんて言うのかな、飯を食う暇なんてないわけ。だから、飯抜きで、バス停まで走っていたときも、たくさんたくさんある。俺、本当に、きちがいヘビメタにたたられていた中学三年間が、一番辛かった。めちゃくちゃなんだよな。高校のときも、きちがい兄貴のヘビメタに対する態度は変わらなかったから、そのまま辛い。けど、きちがい兄貴のほうで空きができたから、ちょっと減った。減ったと言っても、なんていうのかな、ちゃんと減ったわけじゃないんだよね。きちがい兄貴が夜学をサボればそのまま鳴っているわけだから。あとは、死にたいな。きちがい兄貴が、本当に夜学に行っているのか?と言いたくなるほど、毎日学校に行かないで、家でヘビメタをドカスカ鳴らしている。鳴らしていたら、どれだけ言ったって……どれだけ怒鳴り込んだって、一分だって、ちゃんと静かにしてくれないから、試験の時こまった。きちがい兄貴が、パチンコ屋で鞄を盗まれるまで、わりとまじめに通っていたんだけど、それって半年間だけだから。で、まじめに通っていたときですら、土日は一日に一二時間爆音で鳴っているような状態なんだから、いいわけがない。けど、それでも、その半年間俺は、成績が上がった。本当、ふざけるな!! きちがい兄貴、おまえが鳴らしているあいだ、ずっと、おまえは俺の勉強の邪魔をして俺の足引っぱっている。強く強く引っぱっている。つもりがないというのは、まったくやったつもりがないと言うことだろう。けど、きちがい兄貴が鳴らしていて、一分間でもやめて静かにしてくれたことがないから。だから、ずっと鳴らしてたんだよ。鳴らされているあいだずっと苦しかった。それは、鳴らされているあいだだけ辛いというのではなくて、次の朝、辛いのである。死にたいのである。本当に、ボロボロなんだよな。朝から~~。体がついて行かない状態になる。早く動けない状態になる。まるで、水の中で動いているような状態で、苦しい。なんで朝からそういう状態になっているかというと、きちがいヘビメタが帰ってきたときから、午後一一時一一分まで鳴っているからだ。つかれているから、帰ってきたらご飯を食べて眠って、午前四時ぐらいに起きて勉強するということもできない。俺は、それをやろうとしたけど、ヘビメタ騒音のなかで眠るというのができなかった。本当にくるしい。ヘビメタ騒音が鳴っているあいだ勉強するのはやめて、朝早く起きて勉強をすればいいじゃない」というアドバイスをしてくれた人がいたけど、それは、もう、その時点で、だめなアイディアだった。けど、「それじゃだめなんだ」というと相手は「残念なおもい」をするわけだよ。「エイリになにを言っても否定される」とかそう思うわけだよ。けど、実際できないんだよ。普通に思いつくあらゆる対策をしたけど、きちがい兄貴があの音のでかさでは鳴らさないようにしてくれないと、すべての対策が無意味なんだよ。だいたい、時間を決めて鳴らすということさえしなかった。「全部」なのである。自分がうちにいて鳴らせる時間は、全部鳴らすと決めて鳴らしていた。で、鳴らしているときに、「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言われて、静かにすると言うことが一切合切ないんだよ。一分だって、静かにしてくれない。一分間、鳴らさないで静かにすると言うことが絶対にない。一分間ヘッドホンをしてくれると言うことが絶対にない。一分間、フォークギターぐらいの音に下げてくれると言うことが絶対にない。一分間、テレビの音ぐらいの音に下げてくれると言うことが絶対にない。この、フォークギターとテレビの音だけど、どうして、そこまで下げることが絶対にないかというと、きちがい兄貴がヘビメタを鳴らすときは、爆音で鳴らさないと「気分が出ないから」だ。ヘッドホンをすると気分が出ないという理由とおなじなのである。一分間だってヘッドホンをしてくれない人間が、一分間、テレビの音ぐらいにしてくれるわけがないだろ。で、これが親父とおなじきちがいで、こいつは、フォークギターの何十倍も何百倍もでかい音で鳴らしているのに、「こんなのフォークギターとおなじぐらいの音だ」と思っている状態なのだ。これが嘘できちがいなんだけど。俺は、兄貴がフォークギターを鳴らしている三年間、一回も文句を言ったことがないんだよ。きちがい兄貴は凝ると、毎日ずっと練習するところがあるから、フォークギターも毎日鳴らしてたんだよ。俺は、三年間、毎日、フォークギターを至近距離で鳴らされて、文句を言ったことがないんだよ。それから、きちがい兄の部屋にあったステレオで歌謡曲を聴いていたときに文句を言ったことがない。このきちがい兄貴の部屋にあったステレオというのは、昔、居間にあったステレオで、早い話、テレビぐらいの音しか出ない。普通の人がしゃべるような音のでかさで、ステレオを聴いたり、フォークギターを鳴らしているとき、俺は文句を言ったことがないんだ。そのくらいの音なら平気だから。けど、きちがい兄貴のヘビメタの音は違う。あんなの、本当に六畳間に持ち込むようなオーディオセットじゃない。あんなの本当に、六畳間で鳴らすようなエレキギターじゃないんだ。あのアンプ付きスピーカーを、六畳間でがんがん鳴らしていいわけがないだろ。エレキギターの練習を家でするときは、普通は、ヘッドホンをするものなんだよ。スタジオじゃないんだから、あんな音で鳴らすなよ。これ、本当、何百倍もでかい音。デシベルって対数表記なんだよ。対数!!! ともかく、きちがい兄貴が、きちがい的にデカい音で鳴らしたいなら、そのでかい音は、普通の音になってしまう。きちがい兄貴なかで、「何時間鳴らしたってかまわない普通の音」ということになってしまう。

本当に、きちがい親父とまったくおなじなんだよな。ヘビメタ騒音でまったく同じことをしている。きちがい的な意地で、相手がどれだけ注意してもやりきる。そして、そうやってやったことに関しては、絶対に認めない。何千日やろうが、「やってないやってない」と言い出す。これおんなじなんだよね。やっているときは、「やめろ」といわれているということを認めるのが不都合なことなんだよ。で、不都合なことは、絶対に認めない。だから、どれだけ言われて、そこでどれだけ喧嘩したとしても、いわれたことになってない。それは、本人が、無視してやりきることができるから、やり続けることができるから、いわれたことになってないし、やったことになってない。で、そうやって、一五年、毎日、ずっーーーっとそういう態度でやり続けるだろ。そりゃ、毎日同じ気持ちで同じことをやっているから全部おなじなんだよ。で、一六年目に、今度は、自分が一五年間毎日そうしたと言うことを認めるのが都合が悪い日が来る。そうたら、認めないのである。全部が全部、これ無意識なんだよな。嘘をいっているつもりがない。あれだけ頑固にやってきて、「やってないやってない」ということになる。ならしているときは、鳴らしているということとと、鳴らしていると相手が困るということを、無意識的に無視して、意地でも?認めない。認めないことは、ないことなんだよ。これ!……これ!! 本人が認めなかったら、どれだけやったって、やってないことになっている。そんなんじゃないということになってしまう。本人が認めなければ、どれだけ「困っているからやめろ」といわれても「そんなの知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということになってしまう。何千日もめててもそうなんだよ。何千日中、毎日、何回ももめているに「知らなかった」ことになってしまう。「いわれなかった」ということになってしまう。それは、認めるとやばいことになるから、認めない。で、この認めないというのが無意識的な過程だから、本人はいつも悪意がないということになってしまうのである。じゃ、いえばやめてくれるかというと、それはないんだよね。血相を変えて顔を真かっにして、頑固にやり切る。例外なく頑固にやり切る。だから、やってんだよ。けど、本人は、追い払うことができれば、「本当に」我慢させられることがなければ、忘れてしまう。認知しない。認識しない。だから、「知らなかった」なんてことになる。何千日も、一日に何回も言われているのに知らないわけがないだろ。けど、「知らなかった」「そんなんじゃないそんなんじゃない」と言い出す。言い出すときは、もう、静かにしてやる必要性がないときなんだよ。兄貴の場合は、「よそ」のうちに行ったから、「うち」で静かにしてやる必要性がなくなったから、「やってないやってない」一六年目に言い出す。けど、それは、一五年目に結婚をしてうちを離れたからで、うちに居続けたら、何十年だろうが、ここに書いてある態度で、ヘビメタを鳴らし続けて絶対に認めないんだよ。あとは、きちがい兄貴にしろ、きちがい親父にしろ、「よそ」と「うち」では、態度がひっくり返るというのがある。これは、ものすごく深いレベルであって、本当にこれも、無意識がなせる技なんだと思う。しかも、「うち」と「そと」で態度が違う、と言うことがわかってない。本人はまったくわかってない。「よそ」なら、普通にイチニチジュウ静かにしてあたりまえなのである。「よそ」では、うちではこだわってこだわってこだわって、一〇万分の一だってゆずらなかったことを、一〇万分の一〇万、ゆずってなんとも思わない。もちろん、一五年間好きなようにやり続けたから、「やりきった」という感じがしているのかもしれないけど、それでも、頭がおかしい。「よそ」では、一日もできないこと、一日に一分ですらできないことを……そういう異常なことを……「うち」では、一日に一四時間やっても、平気だった。ぜんぜん悪いと思わなかった。まったくなにも認めなかったのである。自分が悪いことをしている、非常識なことをしている、相手に迷惑をかけているということを、意地でも認めないのである。うちでは、ヘビメタ騒音は、やっていいことなのである。だから、一回も、一秒も、悪いと思ったことがないのである。いまは、悪いことだから、普通に、我慢して、一日に一分も「生の音で」鳴らさないということができる。けど、「うち」では、一分だって我慢ならないのである。自分が思ったとおりの音で鳴らしたいわけで、ヘッドホンをつけるのは、「気分が出なくなるから」嫌なのである。それだけの理由……それだけの理由で、弟の人生をなんとも思ってないんだよな。いまだに、そうだ。「うち」でやったことに関しては、ぜんぜん悪いと思ってない。親父もおなじなんだよ。あいつも。だから、兄貴や親父が、自分の胸に手を当てて、反省をしようとしても無駄なわけ。そういう、スイッチが他の人にはわからない。で、きちがい親父やきちがい兄貴にもわからない。だから、なんていうのかな、反省のしようがないんだよ。本人は!! いまだにそうだから。

あれ本当に、きちがい兄貴は、「おやじのうち」だから、どれだけなにを言われても、親父のように気にしないで頑固に全部、自分の意地を通して鳴らしたのである。頭がおかしい。で、こういう頭がおかしい人というのがいるというのが、他の人にはわからないんだよ。本当に、俺は、ここに書いているようなヘビメタ騒音を経験した。大げさに書いているわけでもないし、嘘を書いているわけでもない。


























2016年6月21日火曜日

現実は、全部そういうことだ

きちがいヘビメタ騒音で、いつもぎりぎりで、切羽詰まっている。ぐだぐだで失敗ばかりだ。そういう人生だった。これ、本当に、いま明るいけど、明るい時間に「やめてくれ」と言って、「やめてくれたこと」がないよ。「静かにしてくれ」「やめてくれ」と俺が言って、きちがい兄貴が、そのまま、やめてくれたことがない。鳴らさないで我慢してくれたことがない。きちがい的にデカい音で慣らして、我慢してやったつもりになっているだけ。しかも、そういう時間が一日に五分でもあれば、イチニチジュウ鳴らしていても、「静かにしてやった」ということになってしまうらしい。俺は、やられ始めてから、三七年目に、そのことに気がついたよ。あれ、静かにしたつもりがあったのか? おかしいだろ。そんなの!! 全部、そういうことなんだよな。現実は、全部そういうことだ。

こっちが困っているのに、シランプリで、無視して鳴らして、……全部の時間、人が一〇人絶叫するのよりもどでかい音で鳴らして、それで、「静かにしてやった」と思っているなんて、異常だぞ。実際、よそ、じゃやらないんだよな。よそだと、たとえ一分間でも、音がうるさすぎるというのがわかっている。だからやらない。けど、うちでは、たとえ一分間も、鳴らさない時間を作らずに、全部そういう音で鳴らし切る。それで、あたりまえで、なにもしてないという「つもり」なんだよな。で、この「つもり」は、俺に、どれだけ文句を言われても、崩れない。鳴らしたまま、崩れない。一日中鳴らしたままの生活を、毎日毎日続けて、崩れない。崩れないから、「まったくなにもやってない」つもりでいる。じゃあ、「やめてくれ」と言えば、やめてくれるのかというと、それは、絶対にないんだよね!! 一日に一分だって、一秒だってない。我慢させられた……本当に我慢させられたら、一秒だろうが一分だろうが、くやしくして、くやしくて、くやしくて、くやしくて、たまらないという気持ちになる。発狂する。ムッときて、頑固にやり切ろうとする。不退転の決意で、たとえ、殺されようとも、絶対にやめてやるものかという意地で、一秒も譲らないで鳴らす。これが、本当にきちがい兄貴が毎日、毎時間、毎分毎秒やってきたことで、これ以外の態度はない。だから、譲ってくれなかった。きちがい兄貴よ。きちがい兄貴が譲るわけがないだろ。きちがい兄貴の譲ったというのは、〇・一デシベル、五分間だけ譲ってやったということだ。一万分の一しか譲ってない。一万分の一でも譲ったら、譲ったと言うことになるかというとならない。これが、きちがい親父や、きちがい兄貴の基本的な態度なんだよ。たとえ、一万分の一でも、ゆずってやったらゆずってやったということになる。そう思っている。自分がやられたら、「そんなのなんだ!!」と腹を立てて、ずっと恨んでいるけど……一回でも、やられたら、腹が立って腹が立って、イチニチジュウ起こっているような状態になるけど、自分が、他人に……家の人に……やりつけるのは、ぜんぜん気にしないんだよ。気にしないどころか、やったってやってことになってない。そういうマジックなんだよな。きちがい兄貴だって、親父に一回、そういうことをやられれば……そういうことって、やったってやってないと言うことだけど……そういうことをやられれば、もう、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になるんだよ。無視して、やりきって……ガチガチに発狂してやりきって……それで、「まったくやってない」という認知のままなんだからな。それは、どれだけ何回言ったって、そういう「砦」が崩れない。そういうやり方で、自分がやりたいことをやりきろうとする。特に、相手から文句が出る迷惑行為は、頑固にそうやる。自分がやりたいことなのに、相手に言われてやめておくとか、我慢するというのは、どれだけ些細なことでもないんだよ。けっきょくやりきる。で、まったく意味がない我慢をする。相手にとっては、意味がないんだよ。たとえ、五分間、〇・一デシベル下げたって、意味がないんだよ。その時間も、うるさいわけだから。おまえ、きちがい兄貴が最大限ゆずってやったつもりの音で、鳴らしてみろ。どれだけのでかい音か。それこそ、きちがい兄貴が最大下ゆずってやったつもりの音で五分鳴らしたら、「おまえうるさい!!」って一緒に住んでいる人に、怒鳴られる。五分間怒鳴られる。そういう音だ。だいたい、人が怒鳴った声より、でかい音量で鳴らしているんだからな。そういう音で鳴らしているのに、本人は「ユズッテヤッタユズッテヤッタ」ということになる。本人のなかでは、「最大限ゆずってやった」と言うことになる。してしまう。「最大限ゆずってやったのに、後から後から文句を言ってくる」……「文句を言ってくる方が悪い」……「だから、そんなやつのいうことを聞く必要がない」……「なんだなんだ」……こういう気持ちになる。こういう気持ちになって、受験前の冬休み、一日に一四時間近く、けたたましい音で鳴らすことができる。そてれ゛、俺の受験を邪魔しているつもりが生じない。一日に、五分間でも、〇・一デシベルだけ下げてやれば、それで「大威張り」だ。「ゆずってやったゆずってやった!!!」ってことになる。「ゆずってやったのになんだ」とへそを曲げて、エレキギターをかき鳴らして、うるさくする。そういうことを、試験前日までずっとやって、……実は試験から帰ってきたあともずっとやって、それで、受験を邪魔しているつもりがない。で、これは、言わなかったからわからなかったのではなくて、何万回言っても、通じないことなのである。だから、そういう人間なのに!!!……きちがい兄貴はそういう人間なのに……よその人にヘビメタ騒音のことを相談すると……「お兄さんと話し合えばいい」「お兄さんに言えばいい」なんて俺が言われておしまいだ。い・ま・だ・っ・てそうなんだよ。これ!!! 「お兄さんと話し合えばいい」って言われる。もう、こんな人生嫌だよ。まるで俺が、間抜けみたいじゃないか。そんなの一日目の五分目から、さんざん言っている。どれだけ言ってもつたわらない人がいると言うことがわかってない。それから、きちがい兄貴が、そういう人間だということがわかってない。それから、きちがい親父もそういう人間だと言うことがわかってない。現状の認知の差なのである。で、現状認知としては、俺が正しい。「お兄さんに言えばいい」と言っている人のきちがい兄貴に対する認知が間違っている。だから、間違いをもとにした、助言なんだよ。けど、これが、言いにくい。説明しにくい。説明したって、こんどは、「そんな人ない」「言えばわかってくれるだろ」なんて、攻撃をしてくる。助言者は、あくまでも、俺を、そんなことも思いつかないバカだと言いたいのか。兄貴のヘビメタ騒音で困っているということをいうことを本人(きちがいあにき)に言うということを、何年間も思いつかないとでも思っているのか? そういうズレがあるんだよな。つねに!!!そういうズレがある。それでぼくが、一五年間も、ヘビメタ騒音をやられて、就職する体力を失い、無職状態でいると、俺がいかにも「ヘンな人」に見えるんだよな。悪い人に見える。努力しない人に見える。甘えている人に見える。自己紹介で、いま現在無職だと言うこととと、アルバイト以外の職歴もないということを言ってしまうと、ヘビメタ騒音のことを説明しても、俺が、悪い奴に見える。なんてたって、日本じゃ、労働生産年齢なのに、働いていないやつは、「つみびと」だからな。そういう地位だ、そういう立場だということがわかると、「あまえだ」「人生をなめている」「ちゃんと働いた方が良い」ということを、言ってくる。だから、ヘビメタ騒音で働けないといっているのに、それは、認めないんだよな。こういうことばかりだよ。

2016年6月20日月曜日

夜と朝では、どうしてこうも気分が違うのかね

起きたけど、なにもする気がしない。こういう時間がけっこう長いな。暑い。どうすっかな。部屋は散らかっているから、部屋を片付けるか? やりたくないな。なんもする気がしないな。もう一回寝るか? 暑いな~~。暑い。

夜と朝では、どうしてこうも気分が違うのかね。朝じゃなくて、日中か。うわ。もう、昼を過ぎているのか。もう、午後一時三〇分なのか~~。暑いな~。どうするかな。片付けはした方が良いけどあんまりやりたくないな。洗濯でもするか。洗うものは少ないけど、洗濯をしよう。楽だからな。




2016年6月18日土曜日

不都合なことに対する態度

きちがい兄貴の無視のしかたが本当に人間としておかしい。きちがい兄貴の無視のしかたが、生きている人間としておかしい。本当に頭にくる。全部、あの感覚なんだよな。それで俺がどれだけひどい目に遭ったと思っているんだ。誰とあってもいいがたい感じがする。他の人にとってみれば、家で鳴らされている騒音なんて見えないんだよ。見えない以上はないんだよ。まあ、言えば、情報としてはつたわるけど、その情報としてつたわる範囲というのは、きちがい兄貴のリアルな態度じゃない。きちがい親父の、うちでのリアルな態度じゃない。だから、「そんなの、言えばいい」などということを言われる。で、肝心なのは、きちがい兄貴やきちがい親父のほうに、「本当にやったつもりがない」ということだ。頑固にやり切るけど、本人はまったくつもりがないままなのである。で、それは、言わないから、わからないだけなのかというと、どれだけ何回、しつこく、頑固に、怒鳴って、言っても、つたわらないものはつたわらないのだ。で、本人は意識してないんだろうけど、普通の常識というのがすっぽり抜けて、普通の認知システムというのがすっぽり抜けている。だから、本人は「つもりがない」だけなのだ。けど、じゃ、やめてくれるかというと、これは、絶対にないんだよね。あとは、時間の長さの問題があって、一日に一四時間鳴らしていたとしても、「つもりがないまま」なんだよ。一四時間鳴らしたら……一三時間近く鳴らしたら、一日中鳴らしたという自覚があって、しかるべきなんだけど、それがない。なんていうのかな、本当になにもつたわらない。自分がやると決めてやっていることは、どれだけやったってやったことにならないという、きちがい回路がある。不都合なことは絶対に認めないのである。認めないというのは、一度は認識するけど、認めないということではなくて、最初から、認識しないで認めない。だから、どれだけ言われても、認めない。わからない。つもりがないということになっている。本当は、絶対に普通に生きている人間なら、わかることなのに、「わからない」ことになっている。それが、きちがい兄貴にとって、認めることが不都合なことに対する態度だ。相手が、自分のヘビメタ音で困っているということは、どれだけ何回言われても認めない。もし認めてしまったら、鳴らさないようにしなければならないのだけど、それは、自分にとって嫌なことなのだ。認めたくないことなのだ。不都合なことなのだ。だから、自分にとって、認めるのが不都合なことは、頑固に全部やり切って、認めない。何万回言っても、最初に「不都合なことだから認めない」と無意識的にセットされている場合、絶対に認めないんだよ。認識しない。最初から、認識しない。どれだけ言われても、まったく受けとめずに認識しない。だから、一応は、相手が言っていることを認めて、自分がそれを無視して、鳴らしているというつもりが、何万時間鳴らしても、ないのである。最初に、不都合なことは認めないということになっているので、それにあがなう情報は、こっちがどれだけ真剣に言っても、一切合切認識しないのである。で、認識しないのだけど、認識しないということも、認識しないようになっている。だから、のれんに腕押しで、どれだけ言っても、きちがい兄貴が、鳴らしてないつもりで、鳴らしまくるといこうとになる。全部、きちがい兄貴が嫁さんの前で言っていることは、嘘だから。もちろん、「嘘をついているつもりがない」という点で、きちがいだ。

だから、「どうして、家で勉強しないんだ」とか「どうして、ちゃんと宿題をやってこないんだよ」とか「どうして、そんなに忘れ物が多いんだよ」とか、俺が普通に言われる。一日目から、そういう状態だから。で、当然「ヘビメタ騒音が鳴っているから」「兄がヘビメタに凝っていて、ヘビメタを鳴らし続けているから」ということを言うわけだけど、相手の人にとってみれば、そんな……いま長々と説明した、きちがい兄貴側の認知システムなんてわからないから……「そんなの、追いにさんに言えばいい」みたいなことを思って、実際にぼくに言う。で、家に帰って、どれだけ激しく、どれだけ何回言っても、いままで長々と説明しような態度で……ちょー矛盾のがある態度で……頑固に鳴らし切る。で、「親はどうなんだ?」「そんなに鳴らしているのに親がなにも言わないなんておかしいじゃないか」なんて言われるんだよ。父親は、きちがい兄貴以上に、狂っているんだよ。きちがい兄貴以上に、説明しがたいサイコパスなんだよ。兄貴は母親のと言うことは、聞かない。そりゃ、「うち」の人だからだ。うちの人に対する態度というのは、俺に対する態度とおなじだ。だから、まあ、親父が言ったにしろ、聞かなかったと思う。けど、これがまた複雑なことで、親父は兄貴に注意しなかったのに「注意してくれなかった」というと「注意した注意した」と始まる。俺がおまえらのそういうしくみで、どれだけ苦労したと思っているんだよ? で、こういう苦しみは、他の人にわからないんだよな。普通の家に生まれて、普通の家ですごした人にはわからない。まるで俺が、変な話をしているようにしか聞こえない! だから、「そんなことってあるのかな」「そんなのないだろ」「それっと本当なのかな?」などと俺に言ってくる。そういうのが、どれだけ、負担か!! きちがい兄貴の態度ときちがい親父態度が異常すぎて、本当のことを言っているのに、普通の人にはつたわらないのである。しかも、きちがい兄貴ときちがい親父には、どれだけ言っても通じない。これ、わかる人いるかな? やっている本人にどれだけ言っても通じないんだからな。よその人がわからないというのは、わかる。そりゃ、「本当にそんな人いるのかな?」「そんなことってあるのかな?」と疑問に思うだろう。

2016年6月16日木曜日

ヘビメタ騒音で、親父とそっくり同じことをしている!!!

きちがい兄貴の「最大限静かにする」というのが、一〇〇%の時間!でかい音で!鳴らし続けると言うことだから。きちがい兄貴の「できるだけ静かにする」というのが一〇〇%の時間、ずっと、精神異常者的にでかい音で鳴らし続けると言うことだから。本当に、一日のなかで、一分間、続けて静かにしてくれたことがない。一分間だろうが「鳴らさないで」静かにしてくれると言うことがなかった。で、これ、どれだけもめても、かならず、やりきるのである。で、やりきっているのに、本人はまったく鳴らしてないつもりでいるらしい。本当に頭にくる。頭にくる。じゃ、きちがい兄貴よ! おまえ、中間テストのとき、一日に一分間でも、鳴らさないで静かにしてくれたことがあるか? ない! 期末テストのとき、一日に一時間、時間を決めて鳴らさないで静かにしてくれたことがあるか? ない! もう、すでに、鳴らしているんだよ。なぜだか知らないけど、俺が帰ったときには、もうきちがい兄貴が、きちがい兄貴の部屋にいて、鳴らしている。で、鳴らしているときに、俺がどれだけ、「やめろ!!」「鳴らすな!!」「静かにしろ!!!」と怒鳴っても……本当に、手を休めて、一分間静かにしてくれると言うことがない。もちろん、たとえば、午後四時から、午後九時まで静かにしてくれなんてことに、頷くわけがないのである。テスト期間中なので、早帰りで、午後二時に帰ってきたとするだろ。そうすると、午後二時から、午後一一時一一分までかならず、鳴らし続けた。これ、どの中間テストのときもそうだから。中学一年生から、高校三年生までのあいだ、どの中間テストも、かならずきちがい兄貴が、ドカスカ鳴らして、絶対に、静かにしてくれなかった。どれだけ頼み込んでも、三〇分だって、一〇分だって、五分だって、静かにしてくれない。鳴らさないで、五分間我慢するなんてことは、絶対にあり得ないんだよ。兄貴が鳴らす体勢になっていて、五分間我慢して鳴らさないなんてことはない。兄貴が、鳴らしているのを中断して、五分間、我慢してくれるなんてことは、一度もないんだよ。それは、本当に一四年間と数ヶ月で、一度もない。五分間どころか、三分間もないし、一分間もない。それなのに、「最大限静かにしてやった」「できるだけ静かにしてやった」と思っている……。思っていたらしい。これ、嘘なんだと思うけどな。あり得ないんだよ。本当に、きちがい親父とおなじで、嘘をついてへーーき。嘘をついているのだけど、嘘をついているつもりがない。その場で!!!あくまでもその場で!!認めたくないことは、一五年間毎日、頑固にやっていたって、「やってないやってない」と嘘をつくことができる。で、「やってないやってない」と言っているあいだは、本当にやってないつもりなのである。で、それが喉もとをすぎてしまえば、「やってないやってない」と言ったということを、忘れてしまう。その忘れる??速度は、一秒だよ。その場面だけ、いいわけをして、やりやりすごすことができれば、嘘をついたっていいわけ。で、嘘をついたということを、完全に忘れてしまう。「都合が悪くなったら」同じことを繰り返す。だから、まったくなにも通じてないまま、時間がすぎていく。こういう、マジックだから。で、こういうのが、ふつーーーに、成り立ってしまう「家族」というのがぜんぜんわかってないんだよな。他の人には! これまた、ぜんぜんわかってないんだよな。そういう性格なんだって。で、そういう性格だから、「よそ」の人に囲まれた場合は、へーーーきで、嘘をつくんだよな。何度も言うけど、嘘をついているつもりがない。自分もだます。じゃ、一分でも、五分でも、こだわらないで、我慢してくれるのかといったら、ぜーーったいにないんだよ。細部の細部まで、自分の意地を通して鳴らす。だから、かならず鳴らしているのに、嫁さんの前で、「最大限静かにしてやった」「できるだけ静かにしてやった」と嘘をつくことができる。きちがい兄貴よ! 時間は経っているけど、兄貴がやっていることは親父がやっていることとおなじだから。親父がやっていることが、相手にとってどれだけ、屈辱的なことかわかるよね。どれだけ、やられた方は、頭にくるかわかるよね。時間はかかっているけど、やっていることがおなじだから! 兄貴の場合は、一五年間、外部が存在しなかったので、一五年目に嘘をついている。「ずいぶん協力してやった」とか頭がおかしい嘘をついている。どれだけ、俺の人生を破壊し続けたかわかってない。兄貴が意地になって鳴らしている時間ずっと苦しかったよ。そして、それは、一日だけ抜かして、一四年以上、続いている。毎日続いている。俺が、まるまる荘から帰ってきたとき、飯を食っている時間だけ、鳴らさないで我慢してくれたか? 一〇分間、鳴らさないで我慢するということが、きちがい兄貴にとってどれだけ、やりたくないことか?忘れたのか? だから、静かにしてないのに……どれだけ頼まれても、一分間も、鳴らさないで静かにしてくれてないのに、「最大限静かにしてやった」「できるだけ静かにしてやった」「ずいぶん協力してやった」と思える頭の構造というのは、どういう構造なんだよ? そういう頭の構造で、実際には、一分間だって絶対に静かにしてやらなかったのに、静かにしてやったと思っているんだよ。思っているとは思わなかったけど、そうなんだろ! 頭にくるな。で、本当に、学生時代全部!!毎日!!!やりがちだからな。これ、きちがい兄貴が嫁さんなんて説明しているのかわからないけど、きちがい兄貴、おまえが、一分間でもやめてくれるわけがないだろ。一分間だって絶対に譲らないで、そのままの音で鳴らし続けたのが、きちがい兄貴だ。おまえ、きちがい兄貴。おまえが、一分間、我慢させられたらどういう気持ちになると思っているんだよ? 自分の気持ちを忘れたのかよ? 弟が静かにしてくれといっているから、静かにしてやる……そんなことは、あるわけがないだろ。入学試験の時だって一日に一分だって静かにしてくれなかったやつが、どうやって、普通の日に、一分間我慢して静かにするんだよ。本当に静かにさせられる……ならしたいのに鳴らせない……スピーカで聞きたいのにヘッドホンで聞かなければならなくなったら……どれだけ腹を立てるんだよ。そういうことをお母さんが言ったら、どんだけ頭にくるだよ。俺がそういうことを言って、お母さんが「静かにしてあげて」と俺の肩を持ったら、どれだけ、腹を立てて、一分だって、一秒だって譲らないぞという気持ちになって鳴らすか、わからないのかよ。いつもおまえは、そういう気持ちで鳴らしてたんだ。本当に、自分が譲らなければならなくなった……となったら、きちがい親父のようにへそを曲げて、真っ赤な顔をして、絶対に、服従しないという、きちがい的な意地で鳴らしたんだよ。きちがい兄貴が、「静かにしてやったつもりがある」のは、自分が静かにしてやりたい分だけ静かにしてやれば良いという考えがあるからだ。で、自分が静かにしてやりたい分というのが、要するに、ほとんどまったくおなじ音で鳴らすことなのである。要するに、爆音で鳴らしている。きちがい兄貴が、我慢して、フォークギターぐらいの音まで落としてくれたなんてことはないんだからな。一分だって!! それこそ、本当に、一五年間で一分だってない! 自分が本当に我慢させられるとなったら、どれだけ怒ると思っているんだよ。そういうことを押し付けられそうになった……ということだけで、きちがい親父とまったくおなじ状態になるね。顔を真っ赤にして、脂汗をかいて、目を三角にして、絶対に譲らないで、やりきるね。やりきろうとする。腹を立ててやり切ろうとするわけで、その場で、殺さなかったら、絶対にやられてしまう。で、それがすぎてしまえば、……そういう場面がすぎてしまえば……本人はまったくなにも、やってないつもりなんだよな。まったくなにも言われなかったという気分なんだよな。で、そういう場面のあと……きちがい兄貴がきちがい親父のように腹を立ててやり始めたあと……一時間鳴らしてたって、まったくなにも悪いことをしている気持ちがない。迷惑をかけているつもりがない。さっき「やめてくれ」と言われたことを、一時間ずっとやり続けているという自覚がまったくない。言われたら、言われた直後に、言われなかったことになってしまうのである。自分が押し切ることができれば、それで、もう、〇・一秒で忘れてしまうのである。これでまた、五分後に……五分間鳴らし続けているから、「静かにしろ」と言われると、一回目とおなじ気分になって同じように怒って、同じように意地を張って、不退転の決意で、がめつく鳴らし始める。ようは「絶対に静かにしてやんねえぞ」という気持ちを、ガタスタ鳴らすことで表現する。絶対に、おれない。絶対にゆずらない。それなのに、それもまた、〇・一秒で忘れてしまう。自分が思ったようにできるなら、「なにも言われなかった」ということにしてしまうのである。きちがい頭で。自分にとって都合が悪いことは、親父のように、即座に忘れてしまう。あり得ない速さで、忘れてしまう。水に流す。勝手に水に流して、なにもなかったという認識になってしまう。だから、相手がいやがる音を、相手がいやがる音のでかさで鳴らしているという気分だけはない。気分だけはないのだけど、そういうことをしている。現在進行形でしている。そういう七時間とか一〇時間とか、一四時間といったものが、俺にとってどういうものだと思っているんだよ?? きちがい親父のように、「そんなのしらない」「そんなんじゃないそんなんじゃない」で、ゼロなんだろうけど、おまえがそうやって鳴らした一日の長いこと長いこと。本当に死にたい。一日だけでも、死にたいよ。中間テストのとき、期末テストのとき、どれだけ長い間そういう態度で頑固に鳴らしたと思っているんだよ。俺が何回、いいに行ったと思っているんだよ。そのたびに何回おまえが腹を立てて、頑固に鳴らし切ったと思っているんだよ。そういうのが、おまえなかで、全部〇(ぜろ)なんだろ。何万回繰り返しても、ゼロなんだろ。そういう一四年間が、俺にとってどういう一四年間だと思っているんだよ? 本当におまえは親父そっくりだよ!!! ヘビメタ騒音で、親父とそっくり同じことをしている!!!


2016年6月14日火曜日

引きこもり問題というのは、ゆるい仕事をたくさん作ることで解決できる

●普通の職場で普通に働くことができないという意識の問題

引きこもり自体は、それほど問題ではないというような感じがする。引きこもりの問題というと、「引きこもっていること」が問題なのだと思われてしまうが、実は、引きこもりの問題というのは、「仕事」の問題なのである。世の中にはぼくも含めて、事実上働けない人たちがいる。この事実上働けない人たちは、外側から見ると、「働ける」ように見えるので、外側から見ると「働けるのに、サボって働かない人」に見えるのだ。サボってのところを、たとえば、「甘えたことを言って」と言い換えることもできる。どちらの場合でも、「働ける」ように見えるのに、「働かない」人だと思われていることにはかわりがない。

事実上働けない理由は、人によってさまざまだ。ぼくの場合は、一四年間にわたる毎日のヘビメタ騒音で「難治性の睡眠障害」と「難治性の疲労病(自称)」「外傷後ストスレ障害」になってしまったことが原因だ。人によっては、生まれつき内気で、社交不安障害を抱える人もいるだろう。理由はともかく、本人には「働けない」という強い意識があって、その意識が「引きこもり問題」の根幹にある。だから、基本的には「本人が働けないと思っている障害」なのであって、その具現化した姿が引きこもり問題なのだと言って良い。

働くというのは、この場合、「通勤して」「普通に」働くということなのである。だから、内職をすることではない。日本で、いま内職をするとなると、たぶん、九八%の確率で内職詐欺に引っかかってしまうと思う。一〇%ぐらいは「内職」があるのかもしれないけど、それは、普通の速度で作業することを前提とした場合、たぶん、時給六〇円から良くて一〇〇円ぐらいになる仕事?だと思う。あるいは、犯罪の片棒を担がされてしまう場合もある。犯罪と言っても、著作権法違反ぐらいの、申告する人がいなければ、犯罪にもならないようなものなのだけど。

逆に考えれば、普通の速度で作業して、時給七〇〇円から一〇〇〇円ぐらいもらえる仕事が、あれば、解決してしまうのである。作業所に集める形で、「仕事」を供給しているのだから、引きこもりの人にたいして、そういう仕事を供給してもいいんじゃないかなと思う。まあ、無理だろうけど。

いま、この記事を書いているのは、

引きこもり当事者が明かす“ブラック支援”の実態

という記事を読んだからだ。

引きこもり問題というのは、ゆるい仕事をたくさん作ることで解決できる。もちろん、実際にはゆるい仕事がないので、解決されないまま、問題として残り続けるとは思う。

引きこもりの現象学」で書いた分類をもちいると、かりに時給七〇〇円ぐらいになる仕事(内職)を供給したとしても、第一グループの「引きこもり」の問題は解決できない。しかし、第二グループ、第三グループ、第四グループはかなり改善できるはずだ。


●支援の力学

支援するのだから、支援して「就職してもらわないと」困るわけだけど、引きこもり当事者はなにも就職のためにそこに行っているわけではないというようなズレがあるのだろう。就職はゴールではないと言うことにしておいた方がいいんじゃないかな。だから、ネット作業所を作った方がいいよという話になる。要するに、うちで働くようにすればいい。うちで働くのであれば、「引きこもっている」わけで、問題は解決しないのではないかと思う人もいるかもしれないが、「働いている」ということと「収入がある」ということが、引きこもり当事者に与える影響というのものは、ものすごいものがあると思う。けっきょく、「仕事場の人間関係」や「職場の雰囲気」が問題である場合も多いからね。

あとは、そりゃ、引きこもり支援(サービス)を提供する方としては、「社会に出て」働いてもらわなければしかたがないわけだから、「働け圧力」をかけるわけなんだけど、「働け圧力」そのものが問題なんだという問題がある。引きこもり当事者が、引きこもって避けているのは、この「働け圧力」に他ならないのだから。「働け圧力」を避けるために引きこもっているのに、引きこもり支援(サービス)で「働け圧力」をかけられたら、そりゃ、へこむだろう。引きこもり支援施設からも、引きこもらなければならなくなる。まあ、引きこもり支援というのが、引きこもることを支援することを意味しているのであれば、もちろん、言葉通りの働きをしているとは思うのだが。引きこもり支援というのは、当事者が引きこもりをやめて「外に出る」支援をするということだから、逆の力を加えていることになる。

やはり、ひとりで作業して、お金を稼いで、その金で、遊びに行くというのが、健全な方向なのである。ひとりで作業してと書いたけど、これは、別に、グループで作業しても良いとは思う。しかし、基本的に在宅作業、ひとり作業のほうが、「引きこもり支援」にはむいていると思う。もちろん、「引きこもり離脱支援」ね。遊びに行くと書いたけど、別に遊びに行かなくても良いわけで、たとえば、通信制の大学に通うとか、趣味のサークルに出て行くとかそういうことでいいのではないかと思う。「ひきこもりの問題を解決するような施設」に行くよりも、他の目的のところに言った方が良いと思う。引きこもりを解決するというような目的の場所よりも、自分にとって興味がある場所に行ったほうが良いと思う。お料理教室でも、囲碁教室でもなんでも。パチンコなどの賭博施設よりも、なるべくなら、文化系サークルみたいな場所の方が良いんじゃないかなと思う。

「働け」圧力をかけずに、居場所として機能する「施設」があっても良いのだけど、「引きこもり対策」とは別の目的を持った場所のほうが、より良いのではないかと思うのである。別の目的で集まっている集団のなかにいた方が、リラックスできるのではないか。あるいは、引きこもり対策として、その施設に通うというのは、目的の部分が空白になっているのとおなじ状態なのではないかと思う。もちろん、引きこもり施設に通うと、生活できるほどの「給料」をもらえるというのであれば、問題はない。そこで得た金をもとにして、他のところに行けば良いのだから。

ともかく、引きこもり当事者というのは「なおそうとする圧力」には敏感で、そりが合わない。あわないのだから、しかたがない。最初の主題に戻るけど、引きこもりの問題というのは、「稼げるかどうか」「働けるかどうか」という問題なのだ。生活するぐらいの金が入るかどうかの問題だ。生活できるような金が入らないから、不安になっておびえている。生活できるような金を稼ぐには、嫌で嫌でしかたがない?仕事場に行かなければならないのだ。だから、引きこもるという人たちが、多数を占める。かどうかわからないけど、数多くいると思う。ぼくの分類で第一グループの人は、かりにお金があったとしても、引きこもり状態になってしまうという問題を抱えているかもしれない。しかし、第四グループ、第三グループ、第二グループの大半が、「事実上働けない」という問題を抱えており、それゆえに「生活できるような金を稼げない」というような問題を抱えていると思う。引きこもりの問題というのは「事実上働けない」「生活できるような金を稼げない」というのが問題の核心であって、引きこもりであるという「態(状態)」は問題の核心ではない。

学生や十代の引きこもりが抱えている問題というのは、このままでは「事実上働けない」「生活できるような金を稼げない」という問題でしょ。自分は普通の職場で、働けないというような意識があるから、不安になるわけで、普通の職場で働けなくても、「生活できるような金を稼ぐことができる」のであれば、「将来に対する不安」の大半はなくなってしまう。


2016年6月13日月曜日

八〇歳の俺のこころには、ぽっかりと風穴があいていて

たとえば、八〇歳ぐらいになったことを考えてみよう。その時まだ動けて、自分で喫茶店などに行けるとする。で、近くに行きつけの喫茶店があって、そこには、何人か仲間がいる。で、まあ、散歩がてらにその喫茶店に行って、その仲間といろいろなことを話す。……良さそうだけど、どうだろうか。こういうことをしている以上「引きこもり」の定義には当てはまらない。

しかし、いま引きこもっているのとたいしてかわりがないんじゃないかなと思わなくもない。まあ、こういうことをするには、まず、近くにたくさんの喫茶店がなければならない。そして、その喫茶店のなかで自分に合う喫茶店を見つけなければならない。……八〇歳の俺のこころには、ぽっかりと風穴があいていて、たとえ、誰と話しても、たいして楽しくないという状態が成り立っている可能性はある。ようするに、いまの気持ちで、他の人と会って話しても、ヘビメタ騒音のことが気になって、むなしいだけなんだよな。ヘビメタ騒音のことと書いたけど、ヘビメタ騒音でだめになってしまった自分の人生のことが気になって、だめだ。他の人と話した場合、やはり、「かれとわれの差」が気になる。相手の話を聞くわけだかさ。ヘビメタ騒音で人生がない状態なのだから、やはり、どれだけくらべるのをよそうと思っても、「感じてしまう」ことは、あるだろう。

やっぱり、ぼくの場合、ヘビメタ騒音が問題なのであって、引きこもりが問題であるわけではないんだよな。引きこもってるから、引きこもりで、引きこもりが問題であるように思われるかもしれないけど、誰とあって話していたっておなじだ。

2016年6月12日日曜日

本当に、どれだけの意地で鳴らしたか!! どれだけ言っても、ゆずってくれなかった!!!

実はむかし自分が好きだった曲を聴いていたんだけど、「ヘビメタ騒音でつらい」ということばかりが浮かぶ。ものすごく強く浮かぶ。これは、別に、昔の曲を聴いていたからではない。ぜんぜん関係がない作業をしているときも、ものすごく強い記憶がよみがえってくる。あのときの絶望感といったらない。あのときのつらさといったらない。きちがい兄貴は、本当に、「へーーきで、鳴らしてた」。こっちが、どれだけ頼んでも一分だって、鳴らさないで静かにしてくれたことがない。それが事実なのに、いまでも、きちがい兄貴は、「静かにしてやった」とか「自分にも言い分がある」と言っているのである。そういうやり方で!そういう態度で!!全部の時間、頑固に鳴らした。これに相違がないのである。事実は事実だ。きちがい兄貴がこの世でしたことは、そういうことだ。


2016年6月10日金曜日

どこかで気づいてやめてくれるということは、なくて

ああ、この日差しは鳴っている日差しだ。この西日は鳴っている時間の鳴っている日差しだ。こういうとき、どれだけ何回、兄貴の部屋に怒鳴り込んでも一分も静かにしてくれなかった。それがたとえ、期末試験中だろうが、模擬試験だろうが、入試だろうが、ぜっーーたいに一分間も静かにしてくれたことがない。一五年間で一度も、一分間も静かにしてくれたことがない。だから、「鳴らした」といっているのに、きちがい兄貴は「静かにてやった」「つもりがない」と言っている。で、やっているときも、そういうモードで、頑固に認めないでやってたんだよな。同じなんだなよな。態度が! 態度がまったく同じ。これ、ほかの人には僕が嘆いているようにしか見えないけど……。何千日も、こういう西日が差す時間、一分たりとて静かにしてくれたことがないというのは、重要なことなんだよ。ほかの人たちにはどうでもいい愚痴にしか聞こえないのだろうけど、本人としては、じゅーーーーようなことなんだよ。感覚が、否定できない。この日差しの中から、外に出るというのが、うしろ髪をひっぱられるような思いなのだ。あの感覚……。ほんとーーに、俺が悪く言われるんだよな。ヘビメタ騒音なしで生きたかった。どうしても、ヘビメタ騒音なしで生きたかった。一年とか二年ならまだわかるけど、本当に、一〇年とか一一年とか、一二年とか、一三年とか、一四年とか鳴らしている。ゆるせない。で、きちがい兄貴は気楽で……鳴らし切ったから気楽なんだけど……一日も譲らずに、鳴らし切ったから気楽なんだけど……一日に一分も譲らないで自分が好きなように鳴らすことが、実際にできたからこそ、気楽なんだけど……。きちがい兄貴自体は気楽なんだけどそれは、鳴らし続けることができたからだ。実際には一分もやめてやらなくて良いという状態を維持できたからだ。そういう状態を維持できたから、鳴らしてないつもりでいられる。きちがい的な意地で、きちがい的な感覚で、絶対に譲らないで……一日に一分だって譲らないで自分が好きなように、頑固に鳴らし続けることができたからこそ、鳴らしたつもりがないと言うことになっている。頭がおかしい。で、どこかで気づいてやめてくれるということは、なくて、どこまでもどこまでも、うちに住んでいるあいだは、二浪のときの入試の前だろうが、なんだろうが頑固に全部鳴らしてたんだよ。そこまでにどれだけ俺の勉強の邪魔をしていると思っているんだよ。これも、ぜんぜん邪魔をしたつもりがないのだ。つもりがなければ、夏休み、冬休み、一日に一四時間近く、きちがい的にデカい音で鳴らしていても、「つもりがないからやってない」という状態を維持できる。頑固に、どれだけ何回怒鳴り込まれても、一分も譲らずに一四時間鳴らし続けて、それで、「鳴らしてない」つもりでいられる。こういう毎日だから……。俺は小学六年生ときからずっとそういうふうにやられて、うちで勉強することができなかった。どーーーしても、どーーーーしても、できなかった。うちで復習すると、学校で憶えたことも忘れてしまうような感じになる。授業中に憶えたことが、不安定になる。で、鳴っている時間は、寝て、朝早く起きて勉強をするということもできなかった。鳴っている時間、眠れなかったからだ。どれだけからだがつかれていても眠れない。それから、なんて言うのかな? 本当に「親父のように」話が通じない。本当に親父のように話が通じない毎日なんだよな。親父のように話が通じない毎分毎秒なんだよな。鳴らしているあいだ全部、きちがい親父モードで鳴らすわけで、「やったってやってない!!!」だよ。そういうきちがい的な感覚が成り立っている。じゃ、譲ってくれるのかと言ったら、どれだけぶつかっても、どれだけ怒鳴っていても、……一切合切つたわらない。だから、一日に何十回も「鳴らすな!!鳴らすなぁ!!」と怒鳴られていても、本人は、まったくつもりがないまま鳴らすことができる。で、鳴っていると、どーーーしてもできない。これも、他の人にはわからないことで、「鳴ってたってなんとかなるんじゃないの」と言われたりする。その人はぼくの部屋にいたわけじゃない。きちがい兄貴が横でドカスカ鳴らしているときに、うちにきて、ぼくの部屋できちがいヘビメタ騒音をじかに聞いたわけじゃない。だから、わからないだけだろ。これ、本当に、脳みそに炎症が起きて、疲れを感じる。一四年間毎日やられたから……。うんと、どうしょうもなさというのがあって……毎朝、ずっと思い知らされる。いまだよ!!いまの話だよ。いまぼくは、ヘビメタ騒音できつい。ヘビメタ騒音の記憶で苦しい。どこで、気を取り直して新しいスタートを切ろうとしても、四六時中ヘビメタ騒音で苦しくてスタートが切れない。ぼくがどれだけ気を取り直してがんばろうとしたか? 一万回とか二万回とかそんなもんじゃないのである。ぼくはしつこいからしつこくがんばってきた。しつこく気を取り直してがんばってきた。けど、もう、限界だ。無理だ。本当に騒音のことは、他の人には通じない。あれだけ鳴らされていると……他の人には通じない。異質なんだよ。他の人が体験している普通の騒音とか、普通の騒音時間とか、普通の騒音期間とか……そういったものとは、まったく異質な騒音だと思う。騒音時間だと思う。騒音期間だと思う。

どうしても言えないんだよな。

2016年6月8日水曜日

イチニチジュウ静かにする……本当にならさないで静かにするということもできた

だるい。蕁麻疹の薬を飲んでいるんだけど、その蕁麻疹の薬を飲むと眠たくなるので運転などはしないでくださいと言われた。けど、これ、朝昼晩と、食後に三回飲まないとだめなんだよな。ぼくは運転はしないけどさ。自転車はどうしても本を返しに行かなければならないとき以外、無理して乗ることはない。だから、大丈夫かと思ったんだけど、「眠たくなる」というよりも、「だるい」。まあ、普段からだるいから、薬のせいでだるくなっているのかどうかはわからないけど……。


で、眠たいような感じでまどろんでいるときがあるんだけど、まどろんでいるときが「ヘビメタで苦しい」状態なんだよな。おなじ感じ。「あれ、本当に、つ・も・りがなかったのかよ」「あれだけやって、つもりがないとか……」「そういえば、どれだけ言っても、気軽な感じで鳴らしてたな」「言われたときムッとして意固地になって、鳴らすけど、やたらと気楽なことを言っていた時があったな」「こっちは、おまえの騒音で大変なのに……」「こっちは、おまえの騒音で苦しい思いをしているのに……あれを!!!気楽にならすのか?? あれを!!」というような気持ちがずっと頭の中をまわっている。本当にくるしい。死ぬ間際にも、おんなじことを感じるんだろうか?

あいつそういえば、けろっとして気楽なことを言ってたときがあるんだよな。きちがい親父の態度とおなじなんだよな。なんて言うのかな、……一〇〇〇日ずっと毎日、一分も静かにしないで鳴らしているのに、……その都度もめているのに……やたらと気楽な返事をしたんだよな。入試三日前に。本当にゆるせない。あそこの渡り廊下で、まるで、自分が静かにしてやったつもりで、「こんくらいならいいだろ」というようなことを言ったんだよ。おまえ、本当にまるで話が通じてない。きちがい兄貴が「こんくらいならいいだろ」と思う音は、やっぱり、二階で鳴らしているのに一階の玄関で会話ができないような音なんだよ。あれで、「静かにしてやった」と思ってたんだな。

本当に鳴らさないで、数時間静かにしてくれといっているのに……鳴らさないでイチニチジュウ我慢してくれと言っているのに……普段の音とほとんどおなじ音でイチニチジュウずっと鳴らすつもりでいるんだよな。で、実際に、イチニチジュウ、一〇時間ぐらい、こっちがどれだけなにを言っても、鳴らすんだよ。何回怒鳴り込んでも鳴らすんだよ。あれで、「静かにしてやったつもり」だったのか? 本当に気楽に、人の一日を台無しにしやがって。鳴らさないで我慢するということができた!! やろうと思えばできるんだよ。

けど、三分だろうが、鳴らさないで我慢するつもりなんて、さらさらないんだね。それで、「ずいぶん静かにしてやった」「静かにしてやってるんだからいいだろ」という気持ちでいる。もちろん、実際には爆音で鳴らし続ける。ヘビメタが好きな兄貴の友達が、「こんな音で梨ラテ大丈夫なの?」と心配するような爆音で鳴らす。鳴らすとなったら、本当に、イチニチジュウ、一分だって静かにしない。一分だって鳴らさないで静かにしてやるということがない。本当に、絶対に一分だって鳴らさないで静かにするということは、嫌なんだよ。

それで、普段通りの爆音で鳴らして、こっちがどれだけ言っても、「こんくらいいいだろ」という気持ちでいたのか? こっちは、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で毎日、死にたいくらいに深刻な気持ちだったんだけどな。あれ、本当に、親父とおなじきちがいなんだよな。まったくおなじなんだよ。おなじ。きちがい的な意地で全部やりきるけど、本人はつもりがない。そういうのが、一〇年間も一五年間も、どれだけ毎日もめても、殺さない限り、続く。

きちがい兄貴の脳みその中では、自分が〇・一デシベルでも譲ってやったら、何時間鳴らしても、静かにしてやったということになるらしい。で、それが、一〇年間も毎日続いてしまう。一〇年間連続で、イチニチジュウ静かにする……本当にならさないで静かにするということもできたのに、……イチニチジュウ一〇〇%時間、下のテレビの音が聞こえなくなるようなでかい音で鳴らす。ぜんぜん静かにしてないのに、あれで本当に静かにしてやったつもりだったんだな!! 頭にくる!! 死んでも、ゆるせない!!

いま俺がここで憂鬱なのは、きちがいヘビメタ騒音がずっと鳴ってたからだ。あいつのほうでは、本当に、一日も、なにもしてないつもりでいやがる。何千日、頑固に、よそじゃ絶対に鳴らせないような音で、ずっと鳴らしてたと思っているんだよ??

俺は、さんざん言ったからな!! これ、「知らなかった」とか、そういうことを言い出す。これも親父とおなじ。一五年間にわたって、毎日やった意地悪なことは、全部やってないことになっているんだよな。自動的に、頑固に意地悪なことをするわけで、本当に、自動機械だ。頭がおかしい。

毎日、かならずやる、きちがい行為を「やってないつもりでいる」なんて。「そんなの知らなかった」こういう態度だ。そういう態度が取れるのは、実は自分が一五年間、譲らずに……毎日一分だって譲らずに、自分が好きなように……鳴らしてきたからなんだよ。 死ぬかな。何十年も毎日、きちがいヘビメタ騒音で苦しい。全部なかった。俺の人生は、全部なかった。ヘビメタ騒音で、全部なかった。

2016年6月5日日曜日

暇と希望 暇と希望は一セットになっているのかもしれない。

暇と希望

暇と希望は一セットになっているのかもしれない。

1)暇があって希望がない
退屈地獄。なにをしていいかわからないという状態になってしまう。リタイアしてかなりの年月が経つとこういう状態になるのかもしれない。

2)暇も希望もある
これは、一番いい状態で、リタイアをした直後は、人はこんな状態なのかもしれない。一通りやってみたかったことをやってしまうと、1)の状態になる。

3)暇も希望もない
最悪の状態。長く続けば鬱病になってしまう。もっと長く続くと最悪の場合は自殺。きちがいヘビメタが鳴っていたときはこんな状態だな。

4)暇がなくて希望がある
サラリーマンでサービス残業をしているときがそんな感じなのだろうか。希望がある状態は良いけど、暇がないので希望に近づけない。多くの働いている人がそういう状態なのだろう。そして、リタイアすると、最初のうちには2)の状態で、やがて1)の状態に移行する。と。そうなると、今度は、忙しくなってみたくなるのかもしれない。もっとも、ぼくはヘビメタ騒音にさらされながら、学校に行く状態を(日曜日などの休みをのぞいて)毎日繰り返していたので、精神がこわれた。睡眠回路、小便回路、疲労回路?がこわれた。疲労を感じっぱなしなのである。どれだけ休んでも良くならない。いまは1)の状態だ。


あっ、重要なことを忘れていた。金だカネ。

だいたいは、上に書いたとおりなのだけど、カネがあるのとないのではちょっと状態が違うね。けど、カネがあっても1)の状態になってしまう人はいる。

1)暇があって希望がない・カネがある
よからぬことを考えがち。自滅的な消費行動。馬鹿な遊び、危険な遊びなどをしそう。

1)暇があって希望がない・カネがない
貧乏リタイア状態。まさに、これが、貧乏リタイア。

2)暇も希望もある・カネがある
夢に向かって、希望に向かって一直線。

2)暇も希望もある・カネがない
金を稼ぐことから始めよう。希望があるから、動けるだろう。


3)暇も希望もない・カネがある
どういう状態だろう。暇がないのに、カネがある。金を使う暇もないかもしれない。嫌いな仕事に就いたサラリーマンか。しかし、高給取りという状態。金を使う暇もないのだろう。




ワープア状態。

2016年6月4日土曜日

精神的にかなりやばい。

一日に数時間グロッキーになってしまう。やばい時間がある。精神的にかなりやばい。

   *   *   *

喉が渇くということと、蕁麻疹以外たいした不快を感じていない。けど、不愉快なんだよな。喉が渇いて、水ばかり飲んでいるのだけど、そうなると小便が大変だ。寝ているときも、けっこう頻繁に起きて水は飲んでいる。起きたときに小便もしている。

いまは、基本的に「いい」状態なんだけど、「いい」状態でもやる気がないんだよな。まあ、これは、芯の方から、沸き上がってくるのを待つしかない。ある程度動けるときと、動けないときがあるんだよな。動けないときは動けないので、動けないときにやる気を出して動くというのが、どうしてもできない。まあ、なんとか、洗濯はしている。洗濯をしたりご飯を食べたりはしている。しかし……他の部分でやる気がしない。特に、「稼ぐ系」のことはできない。で、この間……年末とはまた違った形で不安なんだよな。不満なんだよな。

ところで、ぼくがここで不満を書くと、読んだ人はあんまりおもしろくないんだよな。けど、じゃ、ヘビメタ騒音のことを愚痴らずにいても、(ヘビメタにやられて、疲れ切っているわけだから)……いいことにはならない。対人関係上、ヘビメタ騒音を我慢して、ヘビメタ騒音に関する不満を言うのを我慢して、表面上(何の打撃も受けてないようなふりをして)……生きてきても、いいことがなかった。

それは、やはり、我慢して、それで、我慢を隠しているからなんだよ。だから、ヘビメタ騒音をやられてしまった以上……一日に何時間も何時間も……休みの日は一二時間以上やられてしまったと言うのが問題なんだよ。そして、そのまま、生きている。何年間も「かくして」生きてきた。それが問題なんだよ。ヘビメタ騒音の問題は、本当に親しい友達しか知らなかった。だから、他の人たちは、ぼくの力が現れている力だと思っている。けど、違うんだ。ぼくは、ヘビメタ騒音のハンディがなかったら……きちがい兄貴が毎日、騒音でぼくの足を引っぱらなかったら……通常のぼくだと思われている力の三倍ぐらいはできる。偏差値五〇いくつじゃなくて、七〇いくつぐらいは普通に取れたんだよな。へまもしなかったし、体力もあった。遅刻も忘れ物もしなかった。

ヘビメタのハンディがでかすぎる。ヘビメタのハンディなんて本当に認められないのだけど、ヘビメタのハンディはでかい。でかすぎる。全部がこれ、本当に、「そんなのわかっている」ってことで文句を言われるんだよな。そして、点数で五〇点、偏差値で二〇から二五、下の世界で生きている。学生時代ずっと、つもったら困るだろ……というのが、きちがい兄貴にはわからない。本当に、期末試験の時、一分ですら、静かにしてくれなかった。一日何回行ったと思っているんだよ?? ああいう無視の仕方で、無視して、イチニチジュウ爆音で鳴らして、それで、「静かにしてやったつもり」なのか? 

本当に頭がおかしい。どれだけ言われても、気にしないで鳴らしてた。……だから、「つもりがある」んだよ。これ、本当に、ぜんぜんつもりがなくて、ぜんぜん鳴らしてないのとおなじ気分なんだよ。あれ、あれだけこだわってこだわって、一分だって、譲らないでドカスカドカスカ、他のうちじゃあり得ないような音で鳴らして、それで本人は、「なにもしてない」つもりなんだよ。どれだけ「静かにしろ」と言われても、そもそも、「うるさくしているつもり」がない。こんなのおかしいよ。

けど、親父のやり方をまねすると、そういうことが、へーーーきでできるようになる。本人は、「やってないつもり」で、毎日、毎時間、毎分毎秒、こだわってこだわって、譲らずに、することができる。本人のつもりだけなんだよな。本人のつもりは、鳴らしてないのとおなじ。

で、からだは頑固に、やれる時間は全部、一分も譲らないで、やる。もう、そう決まっているからやるという感じでやる。そうするのがあたりまえだからやるという感じでやる。だからやっているのに、気分的には、「つもりがない」。頭がおかしい。こういう分裂した気持ちのまま、頑固にやり切る。で、やりきった日は普通の日で、「なにも特別なことはしてない日」なんだよ。どれだけ、言われても。どれだけ、「やめろ」「鳴らすな」「静かにしろ」と言われても、何でもない日なんだよ。全部鳴らして、なんでもない日なんだよ。

だから、本人は、まったくやった気分がしてない。

じゃ、あ、譲ってくれるのかというと、それは、もう、顔を真かっにして、ない。発狂してない。むかっときて、ない。言われたら……「絶対にそんなこと、してやるか!!」と言う気分になって怒る。自分が、一分だろうが一秒だろうが、本当に静かにしけなければならないとなったら、それは、怒る。本当に静かにするのは、死んでも、絶対に、なんだろうが、いやなんだよ!!! 絶対に!絶対に!!いやなんだよ。だから、そういう気持ちを知っているはずなのに、そして、そういう気持ちで実際には静かにしてやらなかったということを知っているはずなのに、(自分は)なにもしてない、迷惑をかけてない……勉強の邪魔をしてないという気分のままなんだよ。

やっているときからそうなんだから。

一日一四時間鳴らしている、試験前の冬休み、勉強の邪魔をしているつもりがない。試験を受ける邪魔をしているつもりがない。それは、言われなかったから、わからなかったというわけではなくて、その日に何十回言われようとも、ほーーーんとーーーに、わからないんだよ。回路がつながってない。自分が鳴らしているということと、相手がそれについて文句を言ってきたと言うことが、まずつながってない。そして、言われれば怒るけど、相手の言い分を聞かずに鳴らしたというつもりがない。認識がない。そういうふうになからずするのだけど、そういうふうな認知がかならず成り立たない。

そういう頭なんだよ。そういうサイコパス頭なんだよ。だから、なにを言っても無駄なんだよ。で、それは、いまもそうなんだからな。都合が悪いことは認めなくないという一心で、何十年も毎日嘘をついている。けど、嘘をついているつもりがない。ないからない。ないから、「そんなんじゃない」と思っている。やってるそばから、ぜんぜん認知していなかったときとおなじ!! やっているそばから、親父のように無視して、やってないつもりになっている。けど、頑固にやる。そういうきちがい空間が成り立っているんだよね。だから、まるで悪気がないまま、俺の勉強の邪魔を、する。すべての時間、邪魔をするために鳴らす。けど、ぜんぜん邪魔をしたつもりが生じない。言われないから生じないんじゃなくて、言われても、きちがい親父状態で、ぜんぜん「悪気」がしょうじないのである。しょうじないとなったら、しょうじないんだよ。どれだけそのことで注意を受けていても、やめない。やめないと困るから相手が言ってきているのに、やめないまま、相手が困ってないと思っている。

「きちがい兄貴!!!おまえが!!!やっていることで困っているんだぞ!!!」……やりきってまったくやってないつもりのまんまなんだよな。そういう一五年間毎日なんだよな。これが、きちがいでなくてなんだ?? 本当に、気にしないとなったら親父のように気にしない。気にするということができない。普通に言えばひとことでわかるはずのことがぜんぜんわからない。たとえば、「うるさいから困る」「ひどい音で鳴らしているから、宿題ができなくて困る」と言うことは、普通に暮らしていれば、いっくらなんでも中学生ぐらいになればわかることなのに、きちがい兄貴は、高校生だったのに、それがまったくわからない。頭がおかしい。

けど、「よそ」じゃたぶん違うんだよ。きちがい兄貴が授業中にヘビメタをドカスカ、ラジカセや持ち運びのできるコンポで鳴らしたということはないんだよ。ちゃんと、わかっている。けど、「うち」なら、どれだけでかい音で鳴らしたって、文句を言ってくる方が悪いぐらいにしか感じない。どれだけでかい音で鳴らしてたって、弟が、どれだけ言ってきたって、ぜんぜんやめるつもりがないし、やめずにやりきって……試験前日に一〇時間も一一時間も一二時間も、やめずにやりきって……それで、まるで、勉強の邪魔をしたつもりがないのである。ぜーーーんぜん、関係がない人になっている。

で、どれだけ言っても、通じない。だから、「お兄さんに相談すればいい」とか「家族で話しあえばいい」と言っている人は、そういうことがぜんぜんわかってない。こっちもわかってない。で、兄貴が、「お兄さんに相談すればいい」と言っている人たちとおなじつもりでいる。兄貴が、そういう普通の他人ぐらいにしか、考えてない。そのくらいに、自分にとって関係がない話なのである。「ぜんぜん知らない話」なのである。だから、「そんなのぜんぜん知らなかった」なんて、嫁さんに説明できる。その時も特に嘘をついているつもりはないんだよね。……いや、わからない。あるとは思うんだけどな。

兄貴がやっていることで困っているのに、まったくなにも知らない人みたいな態度でいる。ぜんぜん関係ない人のつもりでいる。自分がやったとは、思ってない。じゃ、何時間も何時間もやらないで、何時間も何時間も鳴らさないで!!静かにしてくれるのかというと、それは、毎日毎日、絶対にないんだよね。そういう、矛盾のある態度なんだよ。きちがい兄貴は、ヘビメタに関しては、そういう矛盾のある人なんだよ。

だから、そんなのは、他の人にはわからない。「お兄さんに言えばいい」「家族で話しあえばいい」なんて言う。いまですら、そういうふうに言われる。その人には、兄貴の態度全般が、ぜんぜんわかってない。わらない。説明しても、たぶんわからないんじゃないかな。「そんな人いるのかな?」なんて言われる。説明したあと、そういうふうに言われる。

そういう時にぼくは壁を感じる。けど、きちがい兄貴のきちがい壁はそんなものじゃないのだ。本当に頭がおかしい。じゃ、頭がおかしい兄貴は、そうしていいのかというと、頭がいっくらおかしくても、そうしちゃだめだと言える。たとえ一分でもそうしてはいけないのだ。けど、毎日、すべての可能な時間、そうしてきた。実際のきちがい兄貴の行動というのは、そういうものだ。すべての可能な時間、鳴らして、絶対に一分も譲ってくれなかった。


日差しが、きちがい兄貴が鳴らしてたときとおなじだ。地球にいる限り、太陽がこんな感じである限り、のがれられない。




2016年6月2日木曜日

本当に、これが俺の人生だとは、信じらない

いま、午後四時四五分。明るい。午後四時四五分に静かにしてくれと言ったら、静かにしてくれたのか? そんなことは、ない。ずっと毎日、どれだけ、四時台に静かにしてくれ」静かにしてくれと言いに行っても、絶対に一分だって静かにしてくれなかった。それで、「言い分がある」「そんなにやってない」「静かにしてやった」だからな。一四年間毎日やって、そういう態度だ。そういう態度で鳴らしたんだ。本当に、そうやって毎日毎分毎秒、俺の足を引っ張った。最大限、邪魔した。一日に邪魔できる時間はすべての時間を使って、俺の勉強を邪魔した。俺の将来の就職を邪魔した。毎日熱心に、すべての時間を使って、俺の結婚を邪魔した。普通の暮らしを邪魔した。将来の希望を粉砕するために、頑固に頑固に、こっちがどれだけ静かにしてくれと言っても、ぜんぜん静かにしないで、鳴らし続けた。「鳴らし続ける」のがあたりまえで、本当に三六五日中三六五日、そうやって鳴らした。鳴らし続けた。もう、事実そうなんだからそうだろ。どこが違うというのだ? じゃ、午後四時に、「静かにしてくれ」と俺が言ったら、きちがい兄貴が鳴らさないで、五時、六時まで静かにしてくれた日が、一日でもあるか? ないだろ。だから、静かにしてくれない。これが、三〇年間言われ続けてわかってない。やり続けたキチガイ野郎がわかってない。だから、そういうことになってるんだろ!!!

俺はこれからぼろぼろな気持ちで寝るけど、……。本当に、これが俺の人生だとは、信じらない。で、あれだけ長い期間、あれだけやっておいて、「そんなの知らなかった」って態度なんだからな。どれだけぶつかったと思っているんだよ。どれだけ言ったと思っているんだよ? すべてがそう。

俺は本当に、信じらない。信じられない。きちがい兄貴のきちがい的な趣味で、俺の人生が全部ないんだぞ。上流にも、下流にも行けなかった。下流でやっていく体力もない。「睡眠力」もない。で、俺が悪く言われる。隣のジジイは、フルートとかチェロを鳴らすうるさいやつだ。あいつは、俺が無職だから、俺のことを悪く思っているんだよ。頭にくるな!! 本人だって、無職なのにな!! 本当、きちがい兄貴、おまえが、毎日、頑固に鳴らさなかったら、こんなことになってない。たとえば、朝起きることができないということを言うと、俺が甘えているように考える人達がいる。俺は、きちがいヘビメタが始まるまでは、それができてたんだよ。だいたい、そういうふうに考える人達は、ヘビメタ騒音を一五年間経験してない。だから、そういうことが言える。同じ状態で一五年間暮らしてみろ!! 本当!ふざけるな!! これ、本当に、きちがい兄貴は、知らんぷりなんだよな。鳴らしている時、どれだけ言っても、知らんぷりなんだよ。中間テストの日に鳴ってたら困るだろ。けど、どれだけやめろと言っても、そのままずっと鳴らし続ける。本当にあいつが中間テストの日、三〇分は鳴らさないで我慢してくれたとか、そういうことは一切合切ないからな。だから、困っているのに、きちがいだから「そんなの知らなかった」なんて言う。頭にくる。

絶対に知っているよ!!!

本当にどういうハンディだよ。本当にくやしい。どうしても、納得がいかない。死んでも死にきれない。あれ、本当に一日だけでも、ひどいことだからな。あんなの二時間鳴らし続けたら、それだけで、もう、一〇〇発ぐらい殴ったのと同じぐらいにひどいことをしていると言っていい。殺さなきゃ、やめてくれないだろ。そういう状態を突きつけた。そういう状態を突き付けて毎日ずっと鳴らしてた。一分もゆずってくれなかったね。だから、勉強はヘビメタ騒音のなかでやらなければならないことに鳴るのだけど、これが、つらい。マイナスの勉強になってしまうんだよな。勉強にならない。やろうとした分だけ、記憶が飛ぶ。覚えたことが、ヘビメタ騒音のなかで、曖昧になって、飛ぶ。理解したことがヘビメタ騒音のなかでわからなくなる。もう、めちゃくちゃ!! 本当にめちゃくちゃ!!!あの空間の……あの空間の、いやな感じと言ったらない。本当に、死にたい!! 死にたいのを我慢して生きてきても、ヘビメタ騒音で一日が埋まっているのだから、いいことなんてないんだよ。そういう状態で一〇代の日々を全部奪われて良いわけがないだろ!!!


2016年6月1日水曜日

相手がどのくらい本気で言っているのか、というのがわかってない

本当に悪魔的な力動で、外部が関わっているときですら、ものすごくひどい目に遭うんだよな。親父が関わると。親父がかかわったら、ものすごいことになる。親父は本当に頭がおかしい。で、親父の頭のおかしさが、「よそ」の人にはまったくわからないんだよな。「そんなことない」って言われる。あるのに、「そんなことない」「そんな人いない」「なんか、勘違いしているんじゃないの」って言われる。

これ、また、人によっては「親のことを頭がおかしいとか……(そういうこと言っちゃダメだろ)」みたいに思う人がいるんだよな。本当にやられてみろ。親父のほうは、善意で、一応は、こっちにとって悪いことをするつもりがないんだけど、それでも、必ず、ひどいことになるっていう……悪魔の呪い! がある。これ、本当に言いがたい。

こういうことが積み重なるから、強迫神経症になってしまうのだよ。わかってないな。本当に。きちがい親父は、相手がどのくらい本気で言っているのか、というのがわかってないところがある


。まあ、それは兄貴もそうなんだけど。何回、絶叫して、言っても、まるで聞いてないのとおなじ状態なんだよ。十回、二十回怒鳴っても、「まるで」つたわらないときがある。本当に、なんて言うのかな? あの態度。わけがわからない。これ、経験した俺ですら、訳がわからない態度なのだから、他の人にわかるわけがないよな。「そんな人いない」「そんなことない」って言いたくなるよな。けど、そうなんだよな。

「かかわるな!!かかわってくるな!!!いじるな!!いじるな!!いじるな!!いじるな!!いじるな!!いじるな!!」って発狂していっても、「やってやるやってやる」なんてことになってしまう。で、あいつが「やってやるやってやる」なんて言うとき(しゃしゃり出てくるとき)こっちがどれだけ不幸な気持ちになるか。たたられた気分になるか。本当に、ものすごくひどいサイコパスを相手にしたことがない人は、まるでわからないと思う。

あれない。

こっちが、必死になって怒鳴って言っていることを、軽く無視する。頭がおかしい。穏やかに「関わらないでください」と言っても、それは、通じない。怒鳴って怒鳴って怒鳴って言っても、通じないんだけどね。で、一度、スイッチが入ると絶対に聞かない。で、直してやれば、相手が喜ぶと思っているんだよね。あれだけ、何回も何回も、絶叫して、「やめろ」「いじる」「さわるな」って言っているのに……そんなの本当におかしいんだよ。おかしいけど、そういうふうに絶叫せざるを得ない場面がある。

きちがい親父の!スイッチが入っていると、聞かないんだよ!!! ともかく、聞かない!!!普通に話せば、絶対にわかることでも、聞かない。で、自分の意志だけがある状態なんだよな。自分の最初の思い込みと、意志だけがある状態で、相手のことなのに、相手が言っていることを、公然と無視するところがある。で、一度そういうモードになっていると、

あれ、本当、「やってくれるな」「やるな」「かかわるな!!!」ってときは、やってやるやってる」ってなって、聞かないんだよな。けど、こっちが動いて欲しいときは、それは、どれだけ言っても、動かないんだよな。たとえば、きちがい兄貴に……あれだけ鳴らしているんだから、一緒住んでいる親だったら言われなくても、きちがい兄貴に注意してあたりまえなのに、動かないとなったら、もう、動かないんだよね。

そういう、あまのじゃくな側面で、ど・れ・だ・け・こっちが、言いようのない……他の人にはこれまた絶対につたわらない不愉快な思いをしたか!

これ、本当に、しくみとしてそうなっているわけで、その場面に対応した理由というのはないんだよ。ただ、親父の頭がおかしいから、相手が必死になって、何回も何回も怒鳴って、訴えかけていることが、まるで理解できない状態になっている????……いるんだよな。これ、本当に、言いようがない。そういえば、きちがいヘビメタを鳴らしているときの兄貴も同じだよな。

なにを、でっかい声で言われても、言われてないのとおなじ雰囲気が存在する。言われてないのと同じことなんだよな。相手が怒鳴って、必死に、うったえかけていることを、「一回も言われたことがないから知らなかった」という感じで無視する。実際、兄貴のなかでは、一日に何十回言われても、「ぜんぜん言われなかったのとおなじ」なのである。本当に、そういうところがある。

あれ、兄貴は、からだも親父に似ているんだよ。これ、うちは本当に不バランスで、俺の容姿がお母さんに似ていて、俺の性格もお母さん似ていて、兄貴の容姿が親父に似ていて、兄貴の性格が親父に似ている。俺のところには、母親系の遺伝子がたくさん来ていて?兄貴のところには親父系の遺伝子がたくさん行っているんじゃないかと思えるような組み合わせなんだよな。

で、親父系が、なにを言われても、きちがい的な思い込みで、きちがい的なことをやって、なにもやってないつもりでいるというところまで、おなじだ。けど、じゃ、きちがい親父ときちがい兄貴の仲がいいかというと、そうではないんだよ。やられたら、やられたほうは、わかる。

けど、自分が(相手)にやっているときは、どれだけ相手が必死に怒鳴って何回も何回も言っても、まるで通じないんだよな。通じてない。これ、本当に、ハードウエアの問題なのだろうかと思ってしまうよ。脳みそのハードウエアの故障なのかな?って思ってしまう。この間は、神経症だと言ったけど、そうじゃないのかなと思ったりもする。けど、神経症でも、おかしくはないんだよな。神経症的な無視と言うべきものがある。態度がある。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。