2016年7月31日日曜日

清貧自前生活と生活保護生活だと、生活保護生活のほうが、明らかに余裕がある



しかし、今年も七ヶ月終了。あと五ヶ月しか残ってない。普通に暮らしたかったな。どんだけぼくが~~。いまでも……。あいつは結婚して暮らしてんだからな。本当にふざけている。


引き続きいろいろと検索して読んでいるけど、暗い気持ちになってきた。清貧自前生活と生活保護生活だと、生活保護生活のほうが、明らかに余裕がある。歯医者に行くのだって、保険料だって、NHKだって、なにからなにまで生活保護のほうが余裕がある状態でいきられる。特に医療費はでかい感じがする。そりゃ、病気にならない方が良いけどさ。にしても、生涯独身で死ぬのか~~ あのとき普通に……。一〇代、普通に暮らしたかったな。

なんできちがい兄貴が、普通にさみしい思いをしないで暮らしていて、俺が、さみしい思いをして暮らしているんだよ。おかしいじゃないか。犯罪者、加害者がいい思いをして、被害者がみじめな思いをして暮らしている。おかしいじゃないか。兄貴がいなければ俺は普通に進学して、就職結婚もできた。悪いけど、俺はもてた。中身は、騒音で一杯だったけど。

きちがいヘビメタ騒音がなければ普通に恋愛ができた。そういうチャンスは何回もあった。それがどうだ……。気を遣って人に会えない状態になっている。騒音のことで暗い気持ちになって、関心がないそぶりというか、要するに憂鬱そうな顔になってしまうので、そういう顔で人に会うのは、気が引けるのだ。つまんなそうな顔をしているやつと一緒にいるのはいやだろ。

そこで、ニセの明るさを出すと、まあ、こっちがつかれるわけ。あとは、ニセの明るさなので、わかるひとはわかる。わかってしまう。気を遣ってあんまり良く思われないという結果になる。というわけで、つまんなそうな顔をしているのもいやだし、かといって無理矢理明るく振る舞うのも、いやなので、けっきょく、会わない方が良いんじゃないかと思ってしまう。そういうところまで、追い込まれたんだよな。鳴らされているあいだ、ずっと、友達、親友に愚痴ってた。そりゃ、一〇年も続けばね。


まあ、生活保護であれば、まだ行ったことがない店に行って、チャーシュー麺に餃子をたべられるところが、自前生活だと、たまに安いところに行ってラーメンのみで、餃子は食べないで帰ってくるというような違いでがでてくるわけ。

2016年7月29日金曜日

ミニマムなんて目指さなかったのに限界ミニマムを常に!実行していた俺。

ミニマリストというのがはやっているらしい。いわゆる、持たない生活を目指そうというやつだ。しかし、こんなのは、ぼくはもう、何十年も実行していた。世間が、ミニマリストに注目しだした頃?ぼくは、ミニマリストをやめた。母親の死がきっかけだ。それまでは、外食なんて、何年もしてなかったんだけど、外食ぐらいしようかな思った。お母さんが、これまた欲のないひとで、病気がちで、外食なんて、数えるほどしかないんじゃないかな。ともかく、若い頃もほとんど外食してないし、年取ってからは、病気で、外に出られないような状態だったから、当然外食なんてしてない。もっと、いろいろなものを食べてからあの世に行っても良かったんじゃないかと、葬式を済ませた後一ヶ月ぐらい経って思い始めたのだ。一応は情報として知っているけど、食べたことがないものは、食べておこうかな。と思った。あるいは、一応食べたことはあるけど、うまいといわれている店で食べたことはないものを食べておこうかななどと、思った。生きているうちに……。というわけで、いまは、外食をするようにしている。けど、長年培った金銭感覚は、あまり変わらないんだな……これが。

ヘビメタ騒音で就職できなかったので、我慢我慢の生活を強いられた。その前も、我慢我慢の生活なのである。親父が金を持っていたとしても、必要なときにはいつもないわけだからさ。あとは、ヘビメタ騒音対策のために、ステレオを買ってしまったのは、失敗だったなと思う。けっきょく、自分の部屋で、ステレオをけっこうでかい音で鳴らしても、ダメだった。きちがいヘビメタのほうがでかいので、なんて言うかな、二つのでかい音が、ドカスカ鳴っている状態で、たとえ自分が好きな曲をかけても、それをちゃんと聞ける状態じゃなかった。きちがい兄貴が隣の部屋で鳴らしている音のほうが、自分の部屋で鳴らしている音より、自分の部屋で、でかく聞こえるのである。で、曲のなかで、音が鳴ってない瞬間というのがある。その瞬間に、きちがいヘビメタの間隔の短い音が、でかい音で何個も入ってしまうような状態で、全然落ち着けない。もう、本当に、蜂の巣をたたいたような騒ぎで、あんなの、本当に、「よその家」じゃ、一日に一分だって鳴らせない音だ。あんな音で鳴らしたら、一日目に「いい加減にしろ」と言われて、その後は絶対に、鳴らせない状態になる。それが普通の家だ。けど、「うち」では、鳴らせるすべての時間鳴らしてあたりまえだということになってしまった。それも、一ヶ月に一日は、そういう日があるというのではなくて、毎日……全部毎日。常識が逆なんだよね。「よそでは一日に一分も鳴らせない」……それであたりまえ。うちでは、一日に一三時間だろうが一四時間だろうが鳴らせる時間は全部(一〇〇%)鳴らせてあたりまえ……こういう風になってしまった。お母さんは、「静かにしてあげて」とは言っていたけど、お母さんに、兄貴を押さえつける力はない。で、親父は、一切合切関わらないで、逃げまくっていた。自分がそれまできちがい兄貴にやってきたことがわかっているわけではないのだけど……文句を言えなくなってしまったのだ。で、そうなったら、もう、絶対に注意しない方向でエンジンがかかって、発狂的な意地で「注意しない」ということになる。これも、本当に言いがたい。


ミニマムなんて目指さなかったのに限界ミニマムを常に!実行していた俺。




一歩踏み出せば昨日と違う自分になれる!


ともかく、ヘビメタ騒音のことを記述しておかなければ死ぬに死ねないからね。これ、本当に言いがたいんだよな。言いがたい兄貴。言いがたい親父。言いがたい家族。「言いがたい家族」が俺の一生のテーマになってしまった。なお、「静かにしろ」「ヘビメタ騒音のことをいつかばらしてやる」と言ったときに、きちがい兄貴は、「勝手にしろ」と言って、二階に上がって、それから数時間にわたって、ヘビメタを鳴らし続けたのだ。なので、俺は、「ことわっている」。あれは、ぼくが二〇歳の時だ。下の部屋(居間で)きちがい兄貴が、少年マガジンを読んでいたときに言った。読んでいたときと言うか、読み終わって二階に行こうとしていたときだけどな。下に兄貴がいるのは、そんなに長い時間じゃないんだよ。で、これ、俺が二〇歳の時の話しだからね。中学のときの話しじゃない。中学一年生のときから数えて、何年経っているんだよ。その間、どれだけ毎日鳴らしてんだよ???



2016年7月23日土曜日

きちがい的な意地でやったことは、やってないと思う病気

あいつの態度を思い出しただけで、ドロドロな気分になる。あれ、本当に、つもりがなかったんだな。ひどいことをしているというつもりがなかったんだな。普通の基準で言えば、ひどいことなんだけどな。法律に違反しているんだけどな。迷惑行為の最たるものなんだけどな。本人が、認めなければ、どれだけ言われても、迷惑行為をほんと~~~~~~に、しているつもりになれない。どれだけ言われても……そのまま、本当に率直な言葉で言われても、……普通ならヒトコト言われればわかることでも……一五年間わからないままなんだよな。一五年間毎日!!!わからないまま鳴らして、そのあとも、わかってない。親父とおなじ病気にかかっている。あれ本当に、もめたときは、きちがい的な意地でやるのに、そうやって自分の意地を通してしまえば、「やっていることにならない」んだな。そこでやめさせようとしたら、殺すしかないという踏ん張りようで意地を通して鳴らしているのに、本人は、そうやって鳴らした!!!……つもりがないんだな。何万時間繰り返しても、何千日繰り返しても、まったくそんなことしなかったというつもりのままなんだな。だから、いまでも言っていることがズレている。ほんとうに~~いやだな~~~。きちがい兄貴、おまえのせいで俺がどれだけ。おまえが鳴らしている期間、俺がどれだけ毎日!!! きちがい兄貴が意地になって鳴らし切った一五年間で、どれだけのものを失ったと思っているんだ。きちがい兄貴は、本当に親父とおなじ病気。きちがい的な意地でやったことは、やってないと思う病気!! この病気のせいで、俺がぁぁぁどれだけぇぇぇぇ!!!

どれだけ毎日、俺の足を引っぱってきたと思っているんだよ。毎日七時間から一四時間、足を引っぱった。で、一日に七時間やられると、本当に、そのあとの時間ずっと不愉快で、からだがだるいんだよな。眠れない。つかれているのに眠れないという最悪の状態で、午前四時ぐらいまですごすことになる。めちゃくちゃに苦しかった。日曜日は休みじゃなくて、一日に一二時間に増えてしまう。一週間七日間中、七日間ずっとやられる。一年三六五日中三六五日、ずっと、そういう状態が続く。休みなく続く。それで、七年間耐えて、すべてを失った。そのあとの一年、二年、三年、四年……だって、ずっと鳴ってたんだぞ。きちがい兄貴が、時間を決めて、ちゃんとならさないで一日に一分間静かにしてくれることが、どれだけ頼んでも絶対にないという状態なんだぞ。それで、「協力してやった」「ゆずってやった」「静かにしてやった」とまじで思い込んでいる精神異常者。どういう回路だとそうなるんだよ?? 本当に頭にくる。で、うちでだけ狂ったというのも、本当に頭にくる。

きちがい兄貴のなかでは、なんの抵抗もなく、なにも言われなかったから、鳴らしたということになっているらしい。しかも、自分は静かにしてやったと思っているらしい。これが、おかしい!! おまえ、きちがい兄貴、おまえはきちがい親父だ。きちがい親父とおなじだ。きちがい親父以上にきちがい親父だ!! ど・れ・だ・け・の、意地で鳴らしたと思っているんだよ。本当に殺さないとやめさせることができない。殺さなければ一分だってやめせることができないという意地で鳴らした。常にそういう状態で、鳴ってた!! 事実鳴ってた!! これが、他の人にはわかりにくいんだよな。「そんな音で鳴ってたら、うちのひとがどうにかするはずだ」みたいなことを言う。そんなんじゃないのに。震源地は、親父なのに。親父の態度が普通の人にわからないように、兄貴の態度は普通の人にはわからない。で、当事者が……まったくやってないつもりなんだよ。やりきることができればな!! 一〇〇%自分が思ったように行動できれば、本当には一分も我慢しないでやりきることができれば!!……やったってやってない……ということになる。で、「やったって」の部分が、ごく自然にとれてしまう。だから、本人は、細部の細部まで自分のきちがい的な意地を通して、やりきる。この、細部の細部までというのは、本当に、細部の細部までなのである。こだわり方がちがう。そんな、ちょっと言われて、ちゃんとゆずれるような話しじゃないのである。「ちゃんと」と書いたけど、これも、説明しにくい。ともかく、ゆずるのであれば自分が気に入ったやり方でゆずるというのがある。それ以外にはない。で、自分が気に入ったやり方というのは、本当はまったくゆずったことにならないやり方なのである。そういうことを、まったく意地悪のつもりがないままやりのける。本人は、一万分の一でも、ゆずってやれば、一万分の一万ゆずってやったつもりになってしまうのである。だから、一万分の一ゆずったあとは、正々堂々と??「ゆずってやったから、もうゆずってやる必要はない」という気持ちになって、細部の細部まで、自分のこだわりを押し通してやりきるのである。この、一万分の一でもゆずってやったら、(全部)ゆずったのとおなじという決め付け!! これが、きちがい兄貴ときちがい親父でおなじなんだよ。だ・か・ら!!困るんだよ。話が一切合切通じない。細部の細部までと言うのは、要するに、相手の言うことはまったく聞かず、自分がやりたいように、細部の細部までやりきると言うことだから、相手にとっては、本当にまったくゆずられてないのとおなじなのである。きちがい兄貴に言っておく。きちがい兄貴のやりたい気持ちが粉々になるような状態で「静かにしなければ」静かにしたことにならない。 細部の細部まで自分がやりたいようにできて、それで、「つもりがない」とか「ゆずってやった」とか頭がおかしいんだよ。自分だって親父におなじやり方で、やられれば、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になって、一日中、腹を立ててたくせに!!! 一日じゅう、感情がめちゃくちゃになってたくせに。たとえ、一〇分でも親父にそういうことをやられたら、一日中憤慨してたくせに。自分は毎日俺にそういこうとを、何時間も何時間もやっても、親父と同じようにまったくなにも感じないんだからな。自分がやったことで弟の人生が台無しになっているというのに、「ゆずってやった」「そんなんなっているとは知らなかった」ぐらいの気持ちしか出てこないんだからな。筋金入りだから、いまもそんなことし考えられないんだよ。いまも、自分が、「やってないことを言われて迷惑だ」ぐらいの気持ちしかないんだよ。自分が一日でもやられたら、憤慨して憤慨してものすごい気持ちになることを、弟には一四年間毎日押し付けて、平気なんだよ。入学試験前だろうが、細部の細部までこだわって、一分だって普通の基準で静かにしてくれなかったんだからな。そういう人間なんだよ。きちがい親父にやられてくやしかったことを、そのまま、俺にヘビメタ騒音でやり返している!! 俺がきちがい兄貴にやったことじゃなくて、親父がきちがい兄貴やったことなのに、親父には返さないで俺に返している。で、親父とおなじだから、全然気づかない。本人が、意地になってやったことは、どれだけ細部までこだわってこだわって、毎日毎日やったことだろうが、全然やったことになってないんだよ。本人の頭の中で。気持ちのなかで。だから、嘘でなく「そんなんじゃない」「ゆずってやった」「いいぶんがある」ということを何十年も毎日言い続けることができる。細部の細部まで、絶対に一分もゆずらずに、好き勝手にやったことは、全部自分がやったことじゃないのである。そんなの一分もやってない」という気持ちなのである。じゃ、一日に全部、鳴らさないで譲ってくれるのかと言ったら、それは、絶対にないんだよ。くやしくてくやしくて、そんなのは、絶対にない。一分間静かにしてやるのだって、くやしくてくやしくて、おしくておしくて、絶対にない。一分間静かにするというのは、鳴らさないで我慢して静かにすると言うことだからな。きちがい兄貴が満足できる音で鳴らしたまま静かにする??ということじゃないからな。

2016年7月21日木曜日

一日に一〇分間、ヘッドホンをして静かにすれば、それでいいかというと、良くない

さっきは、お金が入ることをしなければと思って、焦っていたが、いまは、もう、弛緩している。どうでもいいや。なにか価値があることをしようと思うと、だめだ。もう、俺は、ご飯を作ること、ごはんを食べること、食器を洗うこと、洗濯、掃除、入浴、以外のことは、やめた。本は、欲しいんだよな。気になる本がある。けど、買うとカネがかかるから、買わないことにしている。買わないでいると、そのうち、読みたくなくなる。そういうことの繰り返しだからな。考えてみれば、きちがいヘビメタ騒音以降は、そういうことが多すぎる。で、読んでも、それがカネにつながらない。一体何をやってきたんだと、思うけど、しかたがない。なにをするときでも、体力がなくなってしまったというのがある。それが、ヘビメタ騒音の主作用の一つだ。本当にどれだけ長いあいだ、やられたか。全部が全部、ヘビメタ騒音になってしまった。生活のすべての時間が、ヘビメタ騒音になってしまった。いま、夏休み期間中の、午前八時二五分。鳴ってない。けど、四五分後には鳴り始めるな。そうしたら、夜の一一時一一分まで、俺がどれだけ言っても、ヘビメタが鳴っている状態が続く。きちがい兄貴が飯を食う時間と風呂にはいる時間、きちがい兄貴の都合で鳴り止むことはあるけど、俺が「静かにして欲しい時に」鳴り止むということがない。で、ともかく、くるしい。それこそ、ヘビメタ騒音の中では、本さえ読めない。そして、好きな本でも、嫌いになる。嫌な記憶がこびりつく。いやでいやでしかたがない雰囲気がこびりつく。いやでいやでしかたがない雰囲気のほかに、破滅感や、怒りがこびりつく。好きな本なのに、きちがいヘビメタのなかで読んでいたという、いやな記憶がまとわりつくようになる。結果、嫌いになる。興味が持てないものになる。「これ、好きだったのにな」と思うけど、なんて言うのかな……頭がこんがらがる感じがある。ともかく、ヘビメタ騒音の中では、普通にふつうのことが考えられない。すべて、ぶち壊されている。特に、たとえば、それが、エレクトロニクス工作とかある程度、頭を使う本だと、読めない。不愉快な記憶が積み重なる。死にたくなる。

きちがい兄貴は、一〇分鳴らしても、一〇時間鳴らしても、まったく気にしてなかったけど、俺は、きちがい兄貴のヘビメタで一〇分間、苦しみ抜くことになる。一〇時間、苦しみ抜くことになる。で、一〇時間のあいだ、どれだけ、なにを言っても、けっきょく、一〇〇か九九・九の音で鳴らされる続ける。だから、くるしい。これ、「知らなかった」と言うんだろうけど、知ってるよ。俺、一日目から、さんざん言ってたから。まるで、「静かにしろ」と言われなかったから、知らないで鳴らしてしまったみたいな印象を与えたがっている。きちがい兄貴が他の人にそういう印象を与えたがっている。そんなの、嘘。そんなのありえない。一分だって、絶対に、自分が我慢するのは、いやだから、鳴らし続けた。どれだけ、「静かにしろ」「鳴らすな」と言われても、それを無視して、頑固に、一日中、鳴らし続けたのが、きちがい兄貴なのである。で、それが毎日のきちがい兄貴の態度なのである。すべての時間、きちがい兄貴が満足できる、どでかい音で鳴らすことに決まっていて、一分だってゆずらないというのが、きちがい兄貴が、この世で、毎日毎日、何年間も、十数年感も続けてきたことなのだ。それを、まるで、「静かにしろ」「鳴らすな」と言われなかったから、気付かずに、鳴らしてしまった……と言っている兄貴は、きちがいだ。きちがい的な都合の良さ。きちがい的な認知の湾曲。きちがい兄貴よ。言っておく、きちがい兄貴が、一時間、我慢してくれたことなんてない。それが、きちがいヘビメタ騒音でうめつくされた夏休みの真実だし、きちがいヘビメタ騒音でうめつくされた一四年間の真実だ。途中でやめてくれることなんてないんだから。どれだけ「静かにしろ」「鳴らすな」怒鳴りこんでも、ずっと、きちがい兄貴が満足できるデカイ音で鳴っている状態が続く。いま朝だけど……朝だから、朝の雰囲気だけど……こういう朝の雰囲気の時間から……ずっと夜まで鳴らされ続ける。その間の感覚が、たまらない。たまらなく、嫌だ。生きていけない。こんなしんどいからだで、生きていくのは嫌だ。

本当に、「静かにしてやった」とか言っているみたいだけど、それは一体なんなんだと言ってやりたい。きちがい兄貴が、静かにするわけがないでしょ。一分だって静かにしてくれないよ。静かにするというのは、鳴り止んだ状態で静かにするということだからな。きちがい兄貴が、どかすか鳴らしたまま、「静かにした」と思い込んでいる状態じゃないからな。そういう嘘を平気でつけるというのがおかしい。そういう嘘を平気でつける状態で、固着して、執着して、鳴らしたんじゃないか。絶対に、静かにしてやるのは嫌だったから、静かにしなかったんじゃないか。何度も言うけど、普段の日、きちがい兄貴が一分間、ヘビメタを鳴らさないで静かにしてくれたことなんて、一日もない。それから、きちがい兄貴が、毎日、ヘッドホンをして鳴らしてくれたわけでもない。ヘッドホンにかんては、一日ぐらい一〇分間したことがある。けど、その日以降、一日もしてくれてない。一〇分間で、嫌になってしまったのである。「感じが出ないから嫌だ」……これだけの理由で、きちがい敵などでかい音で、鳴らし続ける。鳴らし続けて、一日に一〇分だって、ヘッドホンをしてくれない。一日に一〇分間、ヘッドホンをして静かにすれば、それでいいかというと、良くない。一日に、一〇分間、ヘッドホンをすればいいんだな!!ということになるんだろうけど、それでは良くない。きちがい兄貴に交渉するとこういうことになる。一日に、一〇分間、ヘッドホンをしたとしても、毎日一四時間鳴らされたら、困るんだよ。きちがい兄貴が一四時間一〇分鳴らす気になれば、そういうことが成立する。そうすると、きちがい兄貴が、一四時間鳴らしているにもかかわらず、俺が文句を言えない状態になる。「一日に一〇分間、ヘッドホンをすればいい」と言ったということになるからだ。そういう条件を飲んだということになるからだ。けど、俺は、ずっときちがい兄貴に鳴らさないで!!静かにしてほしいわけだから、一日に一四時間鳴っていたら、困る。良くない。良くないけど、きちがい兄貴が、そういう条件を突きつけてくる。きちがい兄貴が突きつけてくる条件というのは、俺にとってまったく無意味なのだ。そんな条件を飲んだら、きちがい兄貴が、好きなだけ鳴らすことを肯定してしまうことになる。で、きちがい兄貴の、言い分というのは、そういうものだった。全部が全部、そういうこと。ヘビメタ用のでかいスピーカーの位置を動かすというのも、そういうことになる。「位置を動かしてやれば、どれだけやってもいいんだ」ということになる。で、それじゃ意味がないということを言うと。けっきょく、動かしもしないで、ずっと、鳴らすということになる。ヘッドホンさえしてくれなかった。スピーカーの位置を移動してくれもしなかった。これが、きちがい兄貴のやったことだ。いまは、普通にできるのだから、鳴らすときは、いつもヘッドホンをすればいいだろ!!!それが、普通の家の普通のやり方なんだから。うちだけだよ!!きちがい兄貴が、スピーカーから、あれだけどでかい音で、ずっと何時間も何時間も、鳴らしているなんていうのは、うちだけだ。で、それを親が、黙認していたのも、うちだけだ。黙認というか、放置だ。きちがい親父は、一切合切関わりを持たなかった。かかわりがあるという感じが、しないのである。自分がかかっている感じが本当に生じない。きちがい親父は、きちがい兄貴が鳴らしているあいだ、ずっと家にいなかったので、本人が、困ってないんだよ。で、本人が困ってないと、もう、どれだけなにを言っても、一切合切話が通じないんだよね。それで、今度、「注意しなかった」というと、「注意した!!注意した!!」だからな。本当に、全部が全部こういう形だ。お母さんは、兄貴に「頼む」ことしかできない。きちがい兄貴が、お母さんの言うことを聞くかどうかは、きちがい兄貴に任されているのである。だから、聞きたくないことは聞かない。だから、お母さんに言われても、静かにしなかった。その場合、お母さんがきちがい兄貴の頭を押さえつけて、静かにさせるということは、できないのである。きちがい親父は、しらんぷりで、お母さんは理解していたけど、力がなかった。簡単に言うとそういうことだ。けど、きちがい親父の知らんぷりというのは、なんというのか、本当に、きちがいというのはこういうものだということを理解している人じゃないとわからないところがある。「そんなことはないんじゃない」と言われる。よく言われる。けど、そうなんだよ。で、一度注意しないとなったら、梃子でも、注意しないということになる。意地になって、絶対に注意しないのである。さらに、「注意してくれ」と言われたら、それは、不愉快だから「なっちゃったらしかたがない!!!」「なっちゃったらしかたがない!!!」と絶叫しながら、俺に対して怒っていたのだ。自分がやりたくないことを、頼まれた時の、きちがい親父の典型的な態度だ。きちがい親父だって、自分がやりたくないことは絶対にやらない人間なんだよ。きちがい兄貴が、静かにしないのと同じ意地で、勢いで、静かにさせない。そういう用事、要求は、「おっぱらいたいこと」なのである。で、理不尽なことを言って、怒り狂う。「しかたがない!!」「しかたがない!!」「しかたがない!!」と絶叫して、怒り狂う。自分がやりたくないことをやらされそうになったら、もう、普通にそういうきちがいダンスをする。いつものことだ。めずらしいことではなくて、いつものことなのである。で、それを知らないのは、親父と、世間の人だけなのだ。親父にやられた人は知ってるよ。親父にやられた人って、俺と、きちがい兄貴と、お母さんだけだけど。


2016年7月19日火曜日

起きたときに、死にたいと感じる

本当にくるしかった。ちぎれるほど苦しかった。お母さん助けて。本当にくるしい。ヘビメタ騒音で苦しい。ヘビメタ騒音で、ちぎれるほど苦しい。

あのとき苦しかったな。どうしてもやめさせたかった。本当にくるしいんだよ。本当にくるしい。騒音で苦しい。きちがい兄貴のやつ、どれだけ言ってもやめなかったじゃないか。


……まず、起きて思うことがこれなんだよ。いま、起きてそう思った。ほんとーーに苦しいんだよ。本当にくるしかった。死にたい。あれ、本当ちぎれちゃう。

こだわりきって鳴らしてたのに、「そんなつもりじゃなかった」とか……。本当にそういう態度で、どれだけ言っても鳴らしてた。どれだけ怒鳴り込んでも鳴らしてた。何回怒鳴り込んだと思っているんだ? 本当に、きちがい親父が意地になっているときとおなじなんだよな。あれ……。意地になっているきちがい親父とおなじ。きちがい親父とおなじ態度で鳴らしている。

それじゃ、どれだけ、きちがい的に意地になって鳴らしてたって、都合が悪いことは認めることができないから、「そんなつもりじゃなかった」ってことになるよな。けど、きちがい兄貴が、やめて静かにする可能性はゼロなんだよ。きちがい兄貴がヘッドホンをしてちゃんと静かにしてくれる可能性はゼロなんだよ。

だから、一分も、一秒もゆずらないで鳴らしてた。だから、苦しい。「そういうつもりだろ」。俺は、何回も何回も言ったぞ。俺は、一日に何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も怒鳴り込んだぞ!! ふざけるな!!!

これ、本当に、他の人に誤解されるんだよな~~。「どうにかならなかったの~~~」なんて言われちゃう。ならなかったから、困っているんだろ。意地になっているわけだから……。サイコパス(キチガイ野郎)が意地になって鳴らしているわけだから、どうにかなるはずがない。矛盾ばかりだよ。黙りこくって、無視して、きちがい的な意地を通す。通したら、やってないことにする。やってないことに自動的になる。やってないことにするような状態なら、一分ぐらいは鳴らさずにゆずってくれるのかというと、それは、絶対にない。

こっちが、どれだけ困っていても、……こっちが困っているということをどれだけ怒鳴り込んで言っても、最初から全部自分が気に入った音でやりきると決めているから、本当に全部、やりきる。無慈悲に、※やってないつもりで※やりきる。一〇〇%やりきることができれば……相手の抗議を押し切ってやりきることができれば……「そんなんじゃない」ことになる。「やってない」ことになる。


全部毎日そういう状態だから、毎日、そういう状態が※自然に※積み重なっていく。


ともかく、苦しかった。いまも苦しい。どうしても苦しい。寝ても起きても苦しい。死にたい。

2016年7月17日日曜日

そんなんで解決したら、苦労してない

つまんないなぁ~~つまんない!!! おそろしいほどつまらない。つまらないなぁ~~。こういう土曜日、こういう日曜日、こういう平日なんだよな。ぼくの居場所はない。ヘビメタ騒音が一二年続いて、まるまる荘にこもっていたとき、ぼくは社会的に自分を抹殺することを考えて、実行に移した。というわけで、社会にぼくの居場所はない。まあ、自分で言ってさみしい気持ちにもなるが、あれ、限界だったんだよな。ヘビメタが一二年間かわらずに、※つもった※時点で、おしまいだ。どうにもならない。

まあ、細かい理屈を言うなら、いまでもやっているじゃないかと言えなくないものはある。かならずしも、社会に居場所がないというわけではないということが、言えなくはない。けど、それは、なんて言うのかな、葉っぱを見て、森を見てない。普通ではないのだ。

じゃ、「普通とはなにか」という話しになるけど、そういうことじゃないのだ。ぼくが言いたいのは……。「かならずしも居場所がないわけではない」という話しは、これまた、理屈なんだよな。ネット上に居場所があるじゃないか。オフ会に行けばいいじゃないか。昔の友達と会えばいいじゃないか。交流会に行けばいいじゃないか。まあ、そういうことが言えるわけ。

けど、そういうんじゃないんだよ。ぼくが言いたいのは。まあ、認知療法的な理論で否定することはできるのだけど、言いたいことはそこじゃないというね!! 「居場所がない」とか「社会に居場所がない」と言った場合、認知療法的な理論で否定することはできる。できるんだけど、言いたいのは、そこじゃない。

   *     *     *

「つまらない」とかそういうことをキーワードにして、いろいろと探していた。昨日ね! きのうきのう。でっ、出てくるページがライフハック系のページばかりなわけ。

で、ライフハック系のページには理解がありそうなことが書いてあるんだけど、けっきょくは、ゴミ情報系情報商材とおなじなんだよな。で、情報商材とおなじになるのは、理由があって、ライフハック系の記事そのものが、下の方にあるセミナーの勧誘だったりするわけ。だから、なんていうかな、情報商材系のランディングページとおなじ構成になる。もっとも、「みなさまの声」みたいなものは載ってないんだけど。

ぼくは、情報商材系のランディングページを書こうと思えばかける。けど、良心がじゃまして書けない。技術的には書けるけど、やっぱり良くないことをやるのは、良くない感じがする。「役に立てば」いいんだけどね。嘘情報、ゴミ情報だから、役に立たない。

「つまらない」系は、つまらないに対処しようということになるんだけど、それがなぁ~~。違うんだよな。俺なんて、いまこれを書いているときでさえ、きちがいヘビメタ騒音の感じがある。日曜日のこの時間は常に鳴っていた。で、この刻まれた記憶や記憶の雰囲気なんだけど、それは、他人には伝わらない。どうしてかというと、そもそも感じたことがないことだからだ。だからなにかというと、違うんだな~~ということだ。

どういうことかというと、つまらない系の記事というのは、自分もつまらなかったけど、こういう風にしたら楽しくなったということが書いてあるわけだ。で、もっと詳しく知りたい人はリンク先にどうぞ見たいな構造になっている。

やる気がない・やる気が出ない系の記事もおなじだ。自分もこういう風にやる気がない状態だった。けど、まるまるで、やる気が出た。こういう風にすればいいということが書いてある。もちろん、情報商材やセミナーのリンクがかならずしかけてある。これは、キーワードによって表示される広告じゃなくて固定広告だ。クリック型じゃなくて、成約型で一件成約すると、それなりのアフィリエイト料がもらえるタイプだ。

アフィリエイト料が欲しいから、わざわざ、ドメインを取ってレンタルサーバーを借りて、そういうサイトを作って、そういう記事を書いているのだ。だから、そのページの核は、アフィリエイトリンクだということになる。記事は、リンクまでの導火線のような役目しかしてない。

で、「自分もかつてそうだった」「自分はこうだった」というようなことが書いてあったとしても、リンクまでの導火線の役目しかしてない。本当にそうだったかわからない。

なんて言うのかな、※ヘビメタ騒音一四年毎日経験者と、そうでない人の「やる気のなさ」や「つまらなさ」はちがう※。※ちがいすぎる※。きちがい兄貴は、本当におまえは、しつこかった。これ、本当に、病気なんだよな。病的なしつこさで、病的な感覚で、一四年間、弟の人生を破壊するために、可能なすべての時間を使って騒音を出してきた。

やっているつもりがないというのは、この目的に奉仕しているだけで、完全に嘘だ。「やっているつもりがないまま」「どれだけ言われても」「頑固に頑固にすべての時間やりつくす」……けど本人はまったくそのつもりがない……こういう構造が一四年間成り立っている。毎日、そうし続けてきた。そうし続けているのだけど、上記の構造によって、「やってないこと」になっているのだ。「そんなんじゃない」ことになってるのだ。※一〇〇%の時間!!一〇〇%から九九・九%の音量!!でやり続けるけどな※。※可能な時間は、すべて※!!!

なにを言いたいかというと、つまらないと言っても、つまらない系の記事を書いている人のつまらないというのは、かりそめのつまらなさ、であるわけで、たいしてつまらないわけではないということだ。そこに書いてあることや情報商材に書いてあることを実行してしまえば解決できるような「つまらなさ」なのである。

ようするに、記事を書くために作ったつまらなさなのだ。そりゃ、だれだって、「つまらないなぁ」と感じる場合はあるから、自分のそういう浅い体験をもとにして「つまらない」系の記事を書ける。

で、その記事には、読んでみないとわからないのだけど!ゴミ情報が書いてある。「そんなんで解決したら、苦労してない」「そんなんで解決したら、俺はいま悩んでない」ということが書いてあるのだ。

読んでみないとわからないということは、読むということで読むのに時間がかかるということだ。その分だけ、Googleからは高く評価される。独自ドメイン、国内のレンタルサーバー、一応は、そのテーマにそくしたまとまった記事。見出しにはキーワード表現が盛り込まれているといった最低限守らなければならない、集客への努力がある。

※けど、ゴミ情報なんだよな~~~これが~~~※

うつ病系も同じことが成り立っているんだよな。


2016年7月14日木曜日

絶対に本人にはわからないようになっているんだよな

本当にきちがい兄貴の趣味なんだからな。納得がいかない。一秒も鳴らさずに我慢することができた。我慢してあたりまえだ。きちがい兄貴が実際にやったことは、一秒も我慢しないで、鳴らすと言うことだ。一八〇度意味が違う。死にたい。

きちがい兄貴のしらばっくれ方だけど、親父のように「はいって」いて、絶対に本人にはわからないようになっているんだよな。そういうしくみらしい。だから、自分が本当に意地になってやったことは、全部、自分にはまったく関係がないことで、「なにを言っているんだ」というような感じしか持てない。あずかり知らぬことなのである。じゃあ、一分でも、一秒でも正常になって、ちゃんとやめてくれるのかというと、それは絶対にないんだよな。「はいっちゃって」ない。しかも、「うち」と「そと」を使い分けている。この使い分けているつもりもないんだよな。

きちがい兄貴よ。きちがい兄貴のせいで、俺は毎日が、ハンダゴテ事件だよ。鳴っているあいだじゅうハンダゴテ事件だよ。どれだけ怒って、こっちの言い分を言っても、キチガイがまったく認めない。キチガイの意地をかけてまったく認めない。けど、認めなかったつもりもないんだよ。で、認めなかっただろというと、今度は、それを・頑固に認めない。じゃ、やってくれるのかというと、それはもう、また、一回目と同じように、頑固になって認めない。やってくれない。「一秒だろうがやってやらない」という態度でやりきる。

で、それを数万秒やりきってしまえば、本人はまったく関係がない人のつもりでいられる。やっている最中から「はいって」しまって、やっている最中から、自分がやっていることで相手が困っている、だから、相手が言ってくるということを、認めない。

2016年7月13日水曜日

なんか楽しいことを考えたいのだけど、考えられない

文字を打つ以外、本当になにもしたくないな。しかも、打つ文章がこれだからな。なんか楽しいことを考えたいのだけど、考えられない。本当に小学六年生のときから、不利な状態になってしまった。ヘビメタ騒音が鳴っているというのは……きちがい兄貴がうちにいるあいだずっと鳴っているというのは……すべての足かせになる。すべてが、足を引っぱられてできないのである。ヘビメタ騒音中も、できないし、ヘビメタ騒音が長時間鳴り終わったあともできない。長時間聞かされると、やはり、おかしくなる。なるべく楽しいことを考えましょうって、ヘビメタ騒音に一四年間たたられてない人が言っていることなんだよな。そりゃ、一四年間も毎日たたられていなければ、そういうこともできるんだろうな。


2016年7月10日日曜日

スピ系の人は、いじめ肯定、差別肯定になりやすい

今文章の整理はしてないのだけど、ヘビメタ騒音のことで腹が立っている。けっきょく、これだよ。起きた時から、そうだ。起きた時からヘビメタ騒音で絶望を感じて、きちがい兄貴の態度に腹を立てている。頭にくる。どうしても、頭にくる。起きた時は、さみしいよ。もう、きゅーーーーっとくる。これは、もう、いいようがない。お母さんの位牌に向かって「さみしいよぉ」とか言っている。

じゃ、他の人と付き合って、楽しいかというと、楽しくないのだ。どういうふうに楽しくないかというと、ヘビメタ騒音で不安で不安でたまらない状態で楽しくない。ヘビメタ騒音が続いていて、「俺はこの先どうなってしまうんだ」「こんな音が続いていたら、ぼくの人生が台無しになってしまう」と思っていた時と同じ気分になる。実際に、ダメになっているんだけどな。で、この、なんていうかな?

わかってないスピ系の人だと、過去において「台無しになってしまう」と考えたから、いま台無しになっているんだ。(おまえが、台無しになってしまうと考えたのが悪い)といういうことを考えるわけだよな。ぜんぜん、スピリチュアルじゃない。本人は、スピリチュアル的なことを言っているつもりになっているかもしれないけど、こんなの、頭がおかしい説教おじさん(掲示板の説教厨)と同じだ。他人を罵って浮かび上がりたいだけ。

偉そうなことを言って、本人が、浮かび上がりたいだけ。本来のスピリチュアル的な思考とどれだかけはなれているか!差がわからないというところで、絶望的だ。


スピリチュアリズムと■言霊■ことだま■はかぶっているところがあるけど、これは、ただの言霊で、言霊はダメなのである。言霊にとらわれてしまうと、最悪の状態を設定して作戦をたてるということがまったくできなくなってしまうのである。最悪じゃなくても、悪いことを考えることができなくなる。そうなると、かつての日本軍のようボロボロに負けてしまうのである。

けど、切羽詰まった人は、状況が悪くなればなるほど言霊思考にとらわれてしまうのである。スピ系の人たちはあんまり気がついてないみたいだけど、スピ系の人は、いじめ肯定、差別肯定になりやすい。スピ系の人たちは差別やいじめを助長しているし、本人もやっている。相手のことをまったく考えてない、言霊に基づいた説教なんて、優位ゲームを楽しんでいるだけで、ものすごく軽いいじめと同じなんだよ。弱っているやつをやっつけて、いい気分になっているだけなんだよ。わかってないかもしれないけど。

ぼくの人生が台無しになってしまうと考えたのは、実際にヘビメタ騒音で困っていたからだ。根拠がある。具体的な根拠がある。ヘビメタが鳴ってないときに、「将来ヘビメタが鳴って困ったことになるだろう」と思っていたわけではないのだ。ヘビメタが鳴る前にということだ。ヘビメタが鳴る前に「将来ヘビメタが鳴って困ったことになるだろう」と考えていたから、実際に「ヘビメタが鳴ったた」というわけではないのである。

ヘビメタが鳴る前まで、「ヘビメタ」という音楽分野があることすら知らなかった。もちろん、「兄貴の騒音で人生が破壊される」と考えたことがなかった。だから、想起したから、そうなったというわけではないのだ。鳴っている最中、具体的に困っていたから、「このままでは、ぼくの人生が台無しになってしまう」と考えたわけで、ちゃんと根拠があったわけで、想起したから、それが現実化したというわけではないのだ。

このままではダメになってしまうという具体的な理由があった。実際に、困っていた。勉強することができないのである。ドレだけ言っても、きちがい親父のような態度で鳴らし続けて、本人は、なにもしてないつもりなのである。要するに、鳴らしたって鳴らしてないのと同じ気分だ。気分だけではなくて、そういう認知、そういう認識だ。

だから、今も「そんなつもりじゃなかった」と言っているのである。

じゃ、一日中ヘッドホンをしてくれるのかいうと、絶対に一分もヘッドホンをしてくれなかったというのが現実だ。きちがい兄貴がヘッドホンをすることができるかというと、できた。きちがい兄貴がそのつもりになれば、いくらでもてきた。当時、最初から、ヘッドホンをはあった。きちがい兄貴がやってやりたくないから……ヘッドホンをつけたくないから、つけなかっただけなのだ。


   *   *   *

まあ、たとえ、言葉自体がおなじだとしても、相手に対する思いやりがあるかどうかで違ってくるという話しだ。スピ的な言葉を使っているにもかかわらず、相手をおとしめてやろうとか、相手を馬鹿にしてやろうという気持ちが見え隠れしていると、ダメなんじゃないのということだ。そうやって他人を攻撃することによって、自分が浮かび上がりたいという気持ちがあるとダメなんじゃないかなと思う。……けど、ヘビメタ騒音に関する話しとは違う。

おまえ(エイリ)だって、さんざん人のことを攻撃しているじゃないかと思うかもしれない。けど、違うんだよ。わかってないスピ系の人がやっていることと、ぼくがやっていることは違う。どういうふうに違うかというと、実際ぼくが、兄貴や親父にここに書かれたことをされたということだ。それも何年も毎日。一日に何時間も何時間もずっと。どれだけ、こっちが、「やめてくれ」と言っても、やめずに続けた。スピ系の人が、ダメ人間を批判して浮かび上がりたいというのは、それとはぜんぜん違うのである。

スピ系の人が、ダメ人間を批判して浮かび上がりたい場合は、スピ系の人がダメ人間から、なにかをされたわけじゃない。せいぜいのところダメ人間が書いた文章を読んでしまったということだけだろ。そういう違いがある。で、そういう違いはでかい。

スピ系の人でもわかっている人はわかっている。わかっている人と、わかってない人のまなざしというのは違う。わかってないスピ系の人は、本当に説教をして自分が浮かび上がりたいだけだ。思いやりがない。しかも、間違っている。ただ単に、弱っている人間をいためつけたいという欲望があるだけなのである。

けど、まあ、そういうスピ系の人を、おまえ(エイリ)は批判しているじゃないかと思う人もいると思う。で、それは否定しない。ぼくはスピリチュアリズムに凝ってないから、それでよいのだ。それに、どちらかというと不用意に弱っている人(集合)を攻撃しているのは、スピ系の人なんだよ。で、スピリチュアリズムに凝っているのであれば、それは違うんじゃないかと言いたいわけ。



2016年7月9日土曜日

騒音サイコパスの表紙を作ったのは、去年の三月

騒音サイコパスの表紙を作ったのは、去年の三月だ。騒音サイコパスというタイトルを考えたのは、もっと前だ。なるべく、最後までタイトルは秘密にしておこうと思った。出したときに、言うつもりだった。実際にそうした。けど、そういうやり方だと真似したと思われる可能性があるので、今後ぼくが出す小説のタイトルについて、説明しておこう。
「家の音」
「五体投地」
「強迫神経症の彼岸」(強迫性障害の彼岸)
「不思議な国の不思議な掲示板」
「光壁の蛾」
などだ。
「家の音」は騒音サイコパスよりもずっとずっと前に考えたタイトルで、本当にもう二〇年前に考えたようなタイトルだ。

眠たくなってきたから、やめる。

じゃ、おやすみ~~



2016年7月8日金曜日

はぶいて考えても、過酷な騒音のなかで月二三〇時間相当の残業をしているのとおなじ

自分の文章を校正するのが苦痛でたまらない。これは、つらい。まあ、俺がやるしかないけど。

あ~あ。自分にとってつらい文章なんだよな。

一番面倒なのが「という」と「言った」の使い分けだ。「という」「そういう」の場合はひらがなで、本当に「言った」場合は、漢字で書くべきなんだけど、書いているときに一度「言った」を使うと、そのあとは「と言う」と変換されてしまう。これ、書いているときに気がついているんだけど修正のために立ち止まると、せっかく浮かんだ文章が消えてしまうので、そのまま書き進むことにしている。

あとで変換するのはけっこう楽じゃない。


そういった技術的なことじゃなくて、自分の文章と向かい合うのが苦しいというのがある。苦しいことについて書いた文章だからなぁ。けど、本当にぼくの人生はこうだったよ。本当に鳴ってた。本当にでかい音で鳴ってた。きちがい兄貴がどう思っているのか知らないけど、あれはひどい。本当に自分の意地を通してものすごくでかい音で鳴らしていたのに、「そんなんじゃない」「そんなつもりじゃない」「そんなつもりじゃなかった」だからな。どれだけの意地で鳴らしたか? 本当に一分だって、静かにしてくれない。そういう毎日だ。

で、過去そうだったけど、いまはどうかというと、いまも苦しい。ヘビメタ騒音のことでいまも苦しい。残業で換算すると月に二三〇時間以上残業していたことになるので苦しい。ヘビメタは平日午後四時から鳴っていたけど、午後五時から、計算してそうなる。学校は八時一〇分までに行かなければならなかったから、九時よりも早いけど、その分ははぶいて、月に二三〇時間相当だ。鳴っている時間だけを扱うのであればもっと長くなる。

きちがい兄貴の態度というのは、鳴らしているときは絶対の意地で鳴らすけど、鳴らし終わったら、一分も鳴らさなかったと思ってる態度なのだ。


きちがい兄貴は最初から自分の「思いっきり鳴らしたい気持ち」にすこしでも傷つくのが嫌なんだよ。一ミクロンのキズだろうが嫌なんだよ。だから、それは、絶対にゆずらない。本人が最大限ゆずってやったつもりになったときも、実は、「思いっきり鳴らしたい気持ち」に傷がつかないように、思いっきりうるさい音で鳴らしている。けど、きちがい兄貴は、「うち」でなら、このくらいの音で鳴らしても大丈夫だと思っている。「このくらいの音」がものすごく非常識な音で、きちがい的にでかい音なんだけど、本人のなかでは、常識的な音だと思っている。けど、それは「うち」限定で、「うち」でなら、常識的な音なのだ。けど、それはもちろん、きちがい兄貴が最大限静かにしてやったつもりの音も含めて、非常識な音で、きちがい的にでかい音なんだよ。で、そのきちがい的にでかい音だということを、どれだけ言っても、認めないんだよね。認めないから、非常識な音で鳴らしているつもりがない。非常識な音で鳴らしていないのだからいいだろというような、アホな考え方がある。で、全部が全部、親父とおなじなんだよ。一五年間、きちがい的にデカい音で鳴らしているのに、でかい音だと一五年間、認めない。二〇年も三〇年も認めない。そういう、本当に、狂っているところがある。俺が、困っているから「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言っているのに、言われたら、言われたときだけ腹を立てるだけで、実際には、自分の音にこだわりつくして、絶対にゆずってくれない。静かにしてくれない。で、それが鳴っていて本当に困った。困るんだよな。本当にくそうるさい音だから。だから、いま住んでいるところで一分間でも鳴らしてみれば、わかるよ。誰にでも、わかるよ。それを、一〇時間鳴らしたって、なんとも思わない。で、その自己催眠が強烈で、うちでやったことに関しては、本当になにも悪いと思ってないんだよ。悪いと思えない。どういうふうに俺に言われても、自分がやったことが悪いと思えない。だから、いまだに「言い分がある」「静かにしてやった」なんて言っている。飯分なんてあるわけがないだろ。入学試験前だって、一四時間鳴らせるのであれば、絶対に一四時間鳴らして……非常的などでかい音で鳴らして絶対にゆずってくれなかったのだから、静かにしてやったわけがないだろ。たとえば、一四時間鳴らせるのに、一時間ヘッドホンをして我慢して、一三時間しか、どでかい音で鳴らさなかったということがないんだよ。これ~~。そこから考えればわかるだろ。やっているときは、俺が一〇分おきに「明日テストだから静かにしてくれ」と怒鳴り込んでも、一〇分ですら、やめてくれない。一〇分間ですら、ヘッドホンをして静かにしてくれない。そのまま鳴らし続けて、「静かにしてやった」と思っているキチガイ野郎なんだよ。頑固に全部やり切るけど、全然やったつもりがないというキチガイ野郎。薄気味悪いほど、親父とおなじなんだよ。不退転の決意で、きちがい的な意地を発揮して頑固にやり切ったことは、特につもりがないことで、やったつもりもないことなのだ。じゃあ、やめてくれるのかいうと、それは、一分だって絶対にない。自分が一〇分でも、ヘッドホンをして静かにしなければならなくなった……となったら、それは、腹が立って腹が立って、ふくれることなんだよ。そんなのは、絶対に嫌だと思うことなんだよ。頭を押さえつけられて、一〇分間、自分がヘッドホンをしなければならなくなったとなったら、それはそれは、腹を立てて腹を立てて、不愉快な気持ちになる。ゆずってないから、気楽なんだよ。全部自分が好きなように、思った通りの音で鳴らしているから、鳴らしているつもりがないだけなんだよ。つもりがな。



   *   *   *

まずい状態になっている。またこの状態か。あ~あ。これ、まずい。二四時間中二〇時間ぐらい横になっている。ご飯も、ふりかけご飯とか梅干しばかりだ。もう、それを食べるのもめんどい。ビタミン剤を飲んでいるから、それが効いて欲しい。まあ、食べ物でとる方が良いんだけどさ。睡眠時間が二つに割れている。一昨日まで、完全夜型だったんだけど、通販の受け取りでなんかおかしくなった。いまさっきまで寝ていて、夢を見ていたんだけど、それが、中途半端な悪夢で……なんとも言えない。ヘビメタ騒音でからだがよれよれの状態で外に出ていくとああいうことになる。俺がどれだけこころぼそい、苦しい状態ですごしてきたと思っているんだよ? くそ兄貴!!おまえがこだわってこだわって、こだわってこだわって、一分もゆずらずに爆音で鳴らすから、日常がめちゃくちゃだ。人間関係がめちゃくちゃだ。本当、はずれていくしかないんだよな。


2016年7月5日火曜日

発狂してやりきれば、やったつもりがない

好きなときにシャワーを使える。トイレも使える。エアコンも使える。数年前までシャワーもエアコンもなかったんだけどね。そういう、シャワーもエアコンもない二〇代三〇代四〇代前半だったわけよ。風呂はあったよ。シャワーはないけど。

けど、ヘビメタ騒音なんだよな。ヘビメタ騒音しかないわ。頭のなかを駆け巡るのは、ヘビメタ騒音で友達と喧嘩したとか別れたとかそういった記憶だ。あのとき、気分を変えてどうにかすることができたのか? けど、事情を知っている親友が、まるまる荘時代に、「どうにかなってくれ」「いま、まるまる荘では鳴ってないじゃないか」と言ったときに、崩れたんだよ。

「ともかく、つきあわせるつもりはない。先に行ってくれ」という気持ちになった。そのあとのもう一人の親友とも別れたときは、やはり、ヘビメタ騒音で無職のままおれがなかなか動かないということが、大きな原因なんだよ。これも、「つきあわせるつもりはないから」という気持ちだった。行くなら行ってくれ引き留めはしない。けど、引き留めなかったから、「ばかにしやがって」と思われているかもしれない。そういうことをちょろっと言ったんだよな。

まず、まるまる荘時代のほうだけど、もう限界状態だった。

これ、まるで、ヘビメタ騒音が二三日で終わったような認知なんだよね。俺、ヘビメタ騒音が一〇年間、一一年間毎日続いて、めちゃくちゃだったんだよ。本当に、動けない状態だったの!! たとえば、おなじ時間に起きて、どこかに行って働くなんてことは、絶対にできない状態だった。これ、一〇年間、一一年間毎日続くと、そういう状態になる。親友は知ってはいたけど、なんて言うのかな、やはり、からだにつもっている感覚や、実際に体験してきたあれやこれやは、他の家に住んでいるとわからない。

どのみち、ヘビメタ騒音を経験したことがない人、にはわからないと思う。あのでかさのヘビメタ騒音が、四六時中鳴っている状態というのはわからないと思う。死にたい。きちがい兄貴はこだわってこだわって、実は一秒だってゆずらずに鳴らしてたのに、本人は、すべての時間、自分が思ったとおりに鳴らし切ることができれば、なにもしてないつもりになってたんだよな。一日にずつ更新しているから、それが一一年毎日つもっても、まったくなにもしてないつもりなんだよ。じゃ、やめてくれるのかというと、それは、絶対にないという状態だ。

で゛、これ、本当に頭がおかしい。親父とおなじなんだよな。うそでなく、「そんなに鳴らしてない」とか「静かにしてやった」とか、言える。じゃ、自分が一時間、好きな時間に、鳴らさないで静かにしてくれたことが一日でもあるのか?という話だ。時間を決めて静かにしてくれないと困るけど、実際に、鳴らさないで静かにするとか、ヘッドホンをして静かにしなければならないとなったら、それは、一分だろうが一秒だろうが、「嫌だからやってやらない」ことなんだよ。常に、静かにしてやれなかった。静かにしなかった。頑固に全部鳴らし切った。

この、きちがい兄貴の「静かにした」というのは、どでかい音……自分が満足できるどでかい音……ヘッドホンをするのよりもずっと感じが出るどでかい音で鳴らし切ると言うことなのだ。で、そういうことに、本当に、気がつかない。自分の意地を押し通して鳴らしている時間も、「静かにしてやった」と思っている。

よその家では一分だって鳴らせないような、どでかい音で鳴らしているのに「こんなのたいした音じゃない」と思っている。友達のカオ君に言われただろ。「俺、こんな音で鳴らしたこと、ないよ」「家の人、大丈夫なの?」って。大丈夫じゃないんだよ。本当に親父のように話が通じない。やけを起こしてやっているときの親父のように話が伝わらない。きちがい兄貴がヘビメタを鳴らしているときは、きちがい親父がなんか思いついた変なことを、血相を変えて、意地になってやっているときの状態なんだよ。ちなみに、親父も、発狂してやりきれば、やったつもりがないんだよな。「やめてくれ」と言われたら、言われた途端に、聞こえなようなふりをして?発狂モードでやりきる。からだをこわばらせて、不退転の決意でやりきる。

で、その時、何回、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、怒鳴って、理由を言っても、まるで、通じないんだよ。殺さないと、やめさせることができない。そういう態度全体が、きちがいなんだよ。で、そうやって、やったことは、全部やってないことになっちゃうんだよな。どういうときに、やってないことになっちゃうかというと、それをやったと言うことを認めると都合が悪くなるときは、意地でも認めない。で、その意地でも認めない状態というのが、やっているときの状態とおなじなんだよ。

だから、重複していて、途中で気がつくと言うことがないんだよ。こっちが発狂して、何十回も、「やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!」と怒鳴っても、あぶらあせをかいて顔を真っ赤にして、目を三角にして、からだをこわばらせて、やってしまう。で、「うまいだろ。ほめろ」なんて、「やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!」と怒鳴り散らしていた相手に言う。

だから、本人は、つもりがないんだよ。悪気がないんだよ。けど、じゃ、やめてくれるのかと言ったら、それもう、絶対にないんだよな。で、かならずそういうきちがい的な態度になるんだよな。だから、親父が関わって、「うまくいった話がない」ということになるんだけど、これがまた、他の人にはわからないんだよな。そういう状態を見た人じゃないとわからない。「そんなことない。お父さんだってちゃんと言えばわかってくれる」なんて、そういう状態になるところを一度も見たことがない人に、言われてしまう。

そういうことの繰り返しなんだよ。俺の人生は……。兄貴もまったくおなじなんだよな。ヘビメタ騒音は全部、この親父の態度で鳴らし続けたんだよ。だから、どれだけ鳴らしていても、悪いと思えない。「どれだけ言ったと思っているんだよ!!」と言ったって、まるで通じない。よその人がいる前で認めるとなると都合が悪くなることは、どれだけ言われたって、ムスーーーとっした顔になって、無視するんだよ。で、当時は、自分が思ったようにならせないということが不都合なことだったんだよ。本当に我慢するとなると、自分が思ったようにならせない。きちがい兄貴が、最大限静かにしてやっているときは、自分が思ったようにならせる時間なんだよ。

ヘッドホンなんてつけたら、自分が思ったとおりに鳴らせないわけだよ。だから、ヘッドホンをつけて鳴らすというのは、たとえ、一日に一秒だろうが絶対に嫌なことだからやってやらないことなんだよ。で、それは、親父のように、そうなわけ。で、自分が認めたら、自分がヘッドホンをして静かにしてやらなければならないようなことは、真っ赤な顔をして、目を三角にして、からだをこわばらせて、絶対に認めない。

で、そうやって認めずにやりきった……けっきょく、自分が好きなようにやりきった……相手の言い分は全部無視してやりきったと言うことを、認めない。頑固にそうしているのに、絶対に認めないんだよ。相手の言い分は頑固に認めないし、認めないということも頑固に認めない。認めずにやりきったということは絶対に認めない。そういう毎日の繰り返しなんだよ。毎日そうだから、一四年と数ヶ月間にわたってやったことだろうが、一切合切つもりがないことになっている。だから、「そんなつもりじゃなかった」とか「知らなかった」とか「静かにしてやった」とか普通に言える。頭がおかしい。


2016年7月4日月曜日

タイトルは「騒音サイコパス」

いま、電子出版の用意をしている。
タイトルは「騒音サイコパス」

ぼくの人生をかけて書いたものなのだが……


ま、あ、けど、「この先どうしようかな~」と考えながら、アップロードしている。


   *   *   *

今日やったこと

爪切り
ゴミ捨て
騒音サイコパス一から四までのアップロード

ヘビメタが鳴っている感じがする。
だいたい、つかれてくると、この感じになるな。

この先どうするかな?

あのときとおなじなんだよな~~。

俺はデザイナーにもなるよ。これも、自称デザイナーの領域を出ないと思うけど。
自称ライター、自称デザイナーということでよろしく~~

お金が稼げないことをやっていてもしかたがないんだよな。

電子出版代行でもやるかな。
これ、3万円ぐらい取ってるな。そうしないと、成り立たないのだろう。客が少なくて。



2016年7月1日金曜日

USB扇風機が欲しいけど、もう使わないと思った送風機を復活させて我慢かな?

USB扇風機って昔から欲しかったんだけど、断捨離ではないけどなるべくものを増やさないようにしているので、どうするか迷っている。顔に風を送りたい。冷房を使わないつもりだけど、ちょっと風が欲しいというときがあるじゃないですかぁ。その時のために、買っておこうかなと思っているんだけど、迷っている。

で、いま、周りを見ると、送風機がある。これは、後ろから当てることしかできない。前から、顔に風を送るということはできない。この送風機を見たら、ほこりがかなりついている。この送風機は、冬も便利な台として使っているものだ。この「台」の上に、電気ケトルが置いてある。いまも、置いてある。別に、寒くなくても、麦茶やその他のものを飲むために、常温の水を一度、このケトルに入れるのだ。そうすると、歩かなくても済む。


で、送風機の話に戻るけど、送風機をきれいにした。これけっこう、むずかいしいのよ~~。なにがって? きれいにするのがむずかしい。可動式のフィンがついていて、それが縦横についている。だから、指が届かない。それで、要らなくなった歯ブラシを使って、きれいにすることにした。で、いまさっき、その作業が終わったところ。霧吹きで水をかけて、歯ブラシで、ごしごしというか、こちら側に向かって、はき出すようにみがいて、なんとかきれいにした。

送風機の後ろが、これまたほこりで汚れていたので、しかたがないので、濡れた布で拭いておいた。というわけで、いま、その、送風機様が、活躍している。これは、ボタン類がおかしいんだよな。スイッチを切ると設定を忘れてしまう。なので、次にスイッチを入れたときには、また、一から設定しなければならない。これ、不便にできてるんだよな。左右に、稼働するフィンが自動的に動いてしまう。で、それが無駄な設定で、「こんなのつかわないよ」って感じなんだけど、スイッチを入れるたびに、適切な角度になるまで待って、適切な角度になったところで、左右の動きを止めなければならないのだ。あとは、後ろで、水を吸ったフィルターが動くようになっているのだけど、それも、止めなければならない。初期値が全部、裏目に出ている。これは、俺が買ったものじゃなくてもらったものなんだけどね。

左右のスイングを適当な場所で止めるのがむずかしいんだよ。あとは、テレビのリモコンに、反応してしまうという問題がある。

後ろから風が来るんだけど、ちゃんとお仕事しているわ。もう、これ、十数年選手だ。二〇年はどうかな。まあ、風が来るからいいや。ただ、前から来ないんだよな。USB扇風機を買うとものが増えるというね~~

まあ、窓を開けたまま、冷房を二九度あたりでつけるという手もある。まあ、今のところ夜は扇風機・送風機でじゅうぶんだな。

本当、ものが増えていくんだよね。


それにしてもさみしい男になっちまったなぁ~~ 今日はこのあと、なにをすっかな?

寝る前はヘビメタ騒音のことが気になる。どうしても、つかれた感じがおなじなんだよね。寝る前って、つかれているわけでしょ。つかれた感じが、もうヘビメタ騒音の感じだ。あとは、階段の上り下りをするとき、鳴っている感じがする。破壊的な、爆発的な音で鳴ってたからね。階段の近くなんだよ。きちがい兄貴の部屋が。あそこは、もう、破壊的な雰囲気がある。どんだけ、俺が言ったと思っているんだ?? あいつ、ふざけている。親父とおなじなんだよね。普通なら一回言えばわかることが、何万回言っても通じない。で、本人はやってないつもりのままでいる。全部、意地になってやりきるんだけどね。そういう態度がそっくりなんだよな。あ・れ・は・な・い・ぞ。きちがい兄貴は、自分が親父にやられた分は、しっかり記憶しているけど、自分が弟にやった分は、全部記憶してない。そういう一五年間毎日なんだよ。一五年間。一日に何回、言いに行ったと思っているんだよ。一日に、何時間鳴らし続けていると思っているんだよ。中間期末試験中だろうが、入試前だろうが、一日に一分だってヘッドホンをしてくれたことがない。ヘッドホンをするよりも、感じが出る音で、……最大限静かにしてやったつもりの時間も……鳴らしてたっていうことだよ。それもわかってない。一五年間毎日、どれだけ言われたって、それがわかってない。本人がわからなかったら、「やってないのとおなじ」なんだよ。だから、「そんなつもりはない」「そんなんじゃない」と嘘でなく言える。じゃあ、一日に四時間、五時間、六時間、七時間、ヘッドホンをして、我慢できるかというと、そんなことは、できない。一日だってそんなことはしたくない。自分が思ったとおりの音で、スピーカーから聞きたい。それは、絶対なんだよ。当時の兄貴にとって、それは、絶対なんだよ。絶対的にゆずれないことなんだよ。だから、中間期末試験期間中は一日に九時間ヘッドホンして、我慢してくれるなんてことが、一日もなかったわけだから。

こだわりの音なんだよ。細部の細部までこだわりつくした音なんだよ。ゆずって鳴らしているつもりのときも、こだわりに傷がつかないようなでかい音・思い通りの音で鳴らしてたんだよ。で、いつもそうだった。「明日は試験があるからやめてくれ」とどれだけ言っても、絶対に、九時間鳴らせるなら、九時間、鳴らしてたんだ。こだわりつくしているから。だからゆずった量というのも、このくらいなら、自分のこだわりに傷がつかないと思える量なんだよ。それは、他の人からすれば、まったく違いがわからないような変化なんだよ。たぶんだけど、それでも、一〇分で、元の音に戻してたんだろうけど。一日に一〇分間、一〇〇〇分の一ゆずってやれば、それでもう、「最大限ゆずってやった」「できるだけゆずってやった」ということになる。こだわりつくしの音だから。だから、一日に一〇分間一〇〇〇分の一音を落とせば、もう、(こっちが)どれだけなにを言っても、きちがい親父状態になって、ゆずらない。で、きちがい親父状態で一日中ゆずってやったと思っている。最大限ゆずってやったと思っている。そうやって、俺の試験を邪魔しておきながら、「協力してやった」「そんなの知らなかった」「邪魔なんてしてない」「あいつが勝手に言っているだけ」と嘘でなく、むすーーっとした顔で言えるのが、きちがい兄貴なんだよ。自分に都合が悪いこと……たとえば、「ヘッドホンをして静かにしてくれ」と言われたら、むすーーっとした顔で二階に行って、ドカドカ鳴らして、本当には一分も静かにしてくれなかった。これが、入試前の家族会議のときの態度だ!!! 知らないわけがないだろ!!!! 全部、そういうこと。きちがい兄貴、おまえはほんとうにつもりがないんだろうけど、親父とまったくおなじ。親父のやり方で、ドカスカずっと、殺人的な騒音を鳴らされたら、どれだけ苦労すると思っているんだよ? おまえはおなじだ。きちがい兄貴、おまえは、一五年間毎日、ヘビメタで俺のことを攻撃していた。「つもりがない?」……そりゃ、きちがい親父とおなじで、普段ずっと、こだわってこだわって、不退転の決意で、やっていることがわかってないだけだろ。全部やりきることができれば……思い通りにできれば……譲ってやると言っても思い通りにすることにまったく傷がつかない状態でできれば……一日中我慢してやったことになっているだけだろ。きちがい兄貴なかで!!

無職、ダメ人間、ニート、職歴なし、貯金、貯蓄、平均、中央値、などで検索する

本当に、無職というキーワードで検索することが多い。無職+アルファで検索することも多い。そういうことをしても、なににもならないのだが、どうしても、「なにかあるんじゃないか」というような気持ちが根強くあるのか、検索することをやめられない。

無職、ダメ人間、ニート、職歴なし、貯金、貯蓄、平均、中央値、などで検索することが多い。まあ、基本、なんというのかな、それらの検索結果をどれだけ注意深く読んでも、なんにもならない。まあ、目が疲れるだけだ。けど、やめられない。とまらない。

俺は、一体何を求めているのだろう? まあ、解決策? ……解決策に関しては、「ともかくだるい」んだよ。もう、頑張れない。一歩目からして、ぜんぜんやる気がない。気力がない。

まあ、他の人はどうなのかな? という気持ちもあるんだろうな。けど、そういう気持ちで探していると、かならず、ろくでもない情報商材アフィリサイトにたどり着いてしまう。だから、それは良くない。これ、そういうことにならざるを得ない状態というのは、ある。けど、やめておいたほうがいいというのが、俺の結論だ。なんだかんだ言って、「もの」と「値段」が釣り合ってない。そんなの、ただで、いくらでも拾えるだろというようなことしか書いてないものに、4万円払うとか、バカらしい。

まあ、アフィリエイトの話は、長くなるのでやめよう。ともかく、無職+アルファで検索することが多いわ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。