2016年8月31日水曜日

どうしたらいいんだろうな? このつかれやすさは……

あ~あ、つまんねぇな。この現実。

本当につまんねぇ。

横になるか。つかれた。めちゃくちゃにつかれている。

どうしたらいいんだろうな? このつかれやすさは……。

本当、ボロボロだよな。旅行なんて行きたいとも思わない。いや、ちょっと行きたいかも。けど、これは、なんて言うかな本当に行きたいわけじゃない。実際には行かない状態で、「そんなのもいいかもな」と考えるだけだ。具体的な話しじゃないんだよ。

俺の生命力は、きちがいヘビメタに吸い取られたからな。本当にくるしい。

あれからずっとくるしい。くるしいだけだな。

ああっ、そうだ。ビタミン剤を買ったよ。あとは、ローヤルゼリーというのをはじめて買った。元気が出ればいいな。期待!

お弁当でも買ってくるかと思ったけど、お弁当は本当に揚げ物が多いな。昔の俺にとっては、一番安い「のり弁」を買うのも勇気がいったことだけどな。いまは、揚げ物弁当をみても、なんと思わない。というか、あんまり食いたくない。冷凍食品のほうがうまい。


2016年8月28日日曜日

夏はなんかMOT(マイクロソフトオフィシャルトレーナー)の試験を受けてた


そういえばさぁ~~。夏はなんかMOT(マイクロソフトオフィシャルトレーナー)の試験を受けてたな。けっきょく、ヘビメタ騒音で睡眠回路を壊れていたから、むだになっちゃったよ。あの朝の感覚はない。何年我慢したと思っているんだ。ヘビメタ騒音がなかったら、MOTなんて受けてないと思うけど、受けたら楽勝だ。そして、通勤できる状態だったら、通勤してたんだろうな。

ヘビメタ騒音がなかったら俺は普通に大学講師かあるいは教育関係の仕事をしていただろうから、(あのとき)NHKにも出れた。それから、そういう立場であれば、商業出版も楽だっただろう。

つまんない。全部、ボロボロだ。

いまでもまぶたに浮かぶ、きちがい兄貴の態度!!! 本当に、入学試験の前にどれだけ頼んでも、一分だって静かにしてくれないんだからな。あれで、「静かにしてやったつもり」なのかよ。だから、きちがい兄貴!!おまえは、そういうところで、ズレてるんだよ!!!! きちがい兄貴は、親父と同じ!! 本人はまったくそのつもりがないし、そんなんじゃないと言い出すだろうけど、まったく同じ。まったく同じ態度だ。どれだけなにを言っても、自分の「はいっちゃった」考えにこだわって、一切合切認めずに、自分がやりたいことをやる! それで、本人はゆずってやったつもり」なんだよな。

そういうの、何十年もやられてみろよ。そういうの、何千日、何万日とやられてみろよ。どれだけのことが積み重なるか。やられた方には積み重なる。だって、本当に「毎日」同じようにそういうふうになってしまうのだから。毎日、なにかと、そういこうとになってしまうのだから。

それで、やっている本人は、蚊帳の外で、自分はまったく関係がないつもりでいる。

じゃ、譲ってくれるのかというと、それはもう、絶対にないんだよね。だから、絶対に譲らないと言うことを常に選択しているのに、常に本人は、譲ってやらなかったという意識がない。だから、対人関係がめちゃくちゃになる。けど、そういうことをやるのは、家族に対してだけなんだよ。「うちでだけ」なんだよ。

「よそ」じゃ、ゆずっている。「よそ」でゆずったぶんだけ、「うち」では、死んでもゆずらないのである。しかし、自分がそういうことを、強い意志で「選択している」という気持ちがない。認識もまったくない。だから、やられた方は、ものすごく、いやな思いをする。そりゃ、やられっぱなしなのに、……相手はやったつもりがまるでないということになっているのだから、やってられないだろ。

ガチゴチにはまっているのに、「それだけ」は絶対に無視なんだよ。ガチゴチにはまってやったことは、どれだけなにを言われても、「そんなのは知らない」「そんなんじゃない」と真顔で言えるようなことなんだよ。で、その真顔で言った一分後に、その問題行為をしても、まったく矛盾を感じない。そういうところで、精神異常者なんだよ。これ、本当、やられた人じゃないとまったくわからない。ふーーーつーーーーに!!そうだから。毎日ずっとふつーーーにそうなんだよ。そうじゃないときがないんだよ。「うち」にいるのに、そうじゃないときがない。そうじゃないモードになっているときがない。普通に全部やりきる。

で、まったくなにもやったことになってない。必要以上にゆずってやったと思っている。本当は、自分のやりたい気持ちが傷つくようなカタチで、我慢するということがない。これは、まったくないんだよ。だから、やっているのだけど、本人だけは、絶対になにもやってないつもりなんだよ。「つもり」だけは。

だから、そういう人が家族のなかに二人いる状態だと、普通の人は、全然わからない話になる。「そんなの、本人に言えばいいのに。なに、ぐちぐち言ってんだ」という気持ちになる。死にたい。二人いるんだからな。一人じゃないんだからな。二人いる。四人家族で二人。どれだけの確率か。あーー、死にたい。で、意地になってやったことは、たとえ、一〇年間毎日やっていても、二〇年間毎日やっていても、ぜーーーぜん、やったつもりがしょうじないんだよ。「そんなんだったのかなぁーー」みたいな感じしかない。これ、最大限相手に譲歩して、これだからな。自分がまったく責任を追及されないなら、「そんなんだったのかなぁ~~」みたいな気持ちになるときは、あるみたいなんだよな。けど、自分にちょっとでも責任がかかるとなったら、そういう気持ちすら、一切合切沸かないのである。

自分がちょっとでも責任追及されそうなら「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!なんだぁ!!!なんだぁぁ!!!」とあれまくる。……そういう態度で、鳴らしたんだよ。そういう態度でやりきったんだよ。やっているときに、「やめてくれ」「ゆずってくれ」と言われたら、もう、逆上して、顔を真っ赤にして、発狂して、やっちゃう。兄貴よ、おまえ、全然わかってないだろうけど、きちがいヘビメタをやっているときに、「やめてくれ」と言われたときの態度、状態は、ハンダゴテ事件の時の親父の態度、状態そのものだよ。あぶらあせをかいて、顔を真っ赤にして、発狂して自分の言い分を通す。やりたいことをやる!!

で、それがすぎてしまえば「そんなことはない」というのが始まる。

で、これを一日に何十回繰り返しても、トータルでは、「なにもしてない」「そういう争いはまったくなかった」ということになってしまうのである。トータルで、全部やりきっているからな。自分の気が済むカタチでやり通しているから!「そんなんじゃない」「やってない」ということになってしまう。話が一切伝わらない。全部そういうことだから。毎日何十回、きちがい兄貴の部屋に「やめてくれ」「宿題をするからやめてくれ」「勉強をするからやめてくれ」と言いにいっても毎回同じだったよ。毎回同じなんだよ。きちがい兄貴が、鳴らしたいときに、「やめてくれ」と言われたから「やめてやった」なんてことは、一回もないんだよ。一五年間毎日で、一回もない。毎日同じ反応だからな。ヘッドホンをしてくれたこともない。

まあ、これは、一日だけある。一〇分間ぐらいヘッドホンをした。けど、そのあとは入試だろうが、一分もヘッドホンをしてくれなかった。「感じが出ない」からだ。ふざけんな!! そうやって、そういうレベルでこだわって、俺の勉強の邪魔をしているのに、……ずっとずっと、勉強の邪魔をしているのに、まるで、勉強の邪魔をしたつもりがないんだよ。「うるさくしていた」と言えば、きちがい親父のように、言葉だけに反応して「静かにした、静かにした」だよ。言葉だけに反応してと言うのは、自分のそれまでの行いを省みることがない状態で、ともかく、言葉だけに反応することだ。相手が言ったことを、「そうじゃない」と否定してしまえば、それで済んでしまうのである。事実を知っている人にとって見ればこういうことが、屈辱なんだよ。あれだけ、むきになって、あれだけこだわって、あれだけ長い時間、何回も何回も逆上してやっておいて、それかよ!って気持ちになる。


本当は、言われたあともずっと勉強の邪魔をしているのに、ぜんぜん勉強の邪魔をしていると思わないんだよな。たとえば、一日に一四時間鳴らした日は、一四時間全部!勉強の邪魔をしている。今日は八月二八日で、夏休み終了三日前だけど、毎年、夏休み最後の日も一四時間鳴らせるなら、フルに一四時間!……一三時間しか鳴らせない状態でも、フルに一三時間鳴らしている。だから、一日中鳴らして、一日中勉強の邪魔をしている。言わないからわからないのかというと、そうじゃなくて、俺は、一日に何回も何回も何回も「勉強の邪魔だから鳴らすな」「宿題をするから、鳴らすな』と怒鳴りこんでいる。ちゃんと、きちがい兄貴にわかるように言っている。けど、どれだけどれだけ、強く言っても、きちがい兄貴にはつうじない。

それは、きちがい兄貴がきちがい兄貴だから、通じないのである。

しかし、他の人にはそれがわからないから、「あなた(俺)が言わないから、ダメなんじゃないか。言えばわかってくれるよ』というような感想を持つ。それは、たとえば、教師にヘビメタ騒音のことを相談した時、明らかになる。常にそういう返事だった。これは、中学高校を通じてずっとそうだった。教師と言ってもひとりじゃなくて、相談した教師は、そういう反応しか返してこなかった。※普通の人には、きちがい兄貴の意地はわからない※。

どういう「あたま」でヘビメタを鳴らし続けているのか、それがわからないのである。これもしつこくなるけど、一番わかってないのが、きちがい兄貴だ。ほんーーーとーーに、不思議なんだけど、こっちがどれだけ言っても、ぜんぜん悪いと思わないんだよな。実際に一分でもゆずるのはいやだから一分もゆずってやらないという態度で、踏ん張って、こだわってこだわって、しつこくしつこく、鳴らしているのに、本人は、そうやって、一日中鳴らした時も、「鳴らしてない」という気持ちでいる。頭がおかしい。そういう構造で、俺がどれだけ苦しんだと思っているんだ。

兄貴のヘビメタ騒音なんて、子供の成績に関心がある普通の親だったら、絶対に一日目に、やめさせているんだよ。あんな音で鳴らす一日が、ずっと続くなんてことがおかしいんだよ。きちがい兄貴よ。いま住んでいるところで、むかし、夏休みに鳴らしていたような音で、夏休みに鳴らしていた時間の長さ、鳴らしてみろ。一日で、どうなると思うんだよ。

きちがい兄貴よ! 相手がどれだけ、「やめてくれ」「うるさいからやめてくれ」と言ってきても、それを無視して、あの音のでかさで、一日中鳴らしたら、どうなると思うんだよ。そういう想像力がないのか。これ、「うち」でやったことに関してはまるで悪いと思わないんだよな。本当に筋金入り。頭がおかしい。うちの兄貴は頭がおかしいレベルでそういうことがわからないということが、他人にはわからない。ヘビメタ騒音の被害者じゃない人たち!ヘビメタ騒音問題とはまったく関係がない人たちにはわからない。想像はつくかもしれないけど、本当のところはわからない。だから、俺が悪く言われる。

兄貴の認知構造がおかしいことに、責任なんて持てるわけがないだろ。親父の認知構造がおかしいことに、責任なんて持てるわけがないだろ。なにが自己責任だ! ふざけるな!!

2016年8月27日土曜日

毎日毎日、六年間鳴らされた時点で終わっている

ここ六日間ぐらい、やばい感じで過ごしたんだけど、今日はなんかぬけた感じがする。けど、この調子がいいときですら、「この感覚」だもんな。これは、やばい。
なんとか宣伝を成功させたい。わかる人のところに届くようにしたい。
しかし、そうはいかない。なぜか知らないけど、本当に現実は、うまくいかないことばかりだ。
この現実。神様のばかん。

むかしの友達と会うのも苦しい。やっぱり、ヘビメタ騒音を鳴らされ続けて、いやになっちゃった。全部、この感覚だからな。毎日毎日、六年間鳴らされた時点で終わっている。

終わったあとを生きているわけか。

この感覚。


   *     *     *

比較的涼しい。腹も痛くないし、胸も痛くない。いいはず。けど、頭がモヤモヤするな。「時間」を壊された。ヘビメタ騒音障害のなかででかいのは、いくつかあるけど、いままで、説明してこなかったもののひとつに、「時間の破壊」がある。これは、睡眠障害と関係はあるけど、睡眠障害そのものではない。いや、そのものと言っていいのだろうか。自分の時間がもったいないという感覚と、だるいまま、暇なまま時間がすぎてしまうという感覚がある。

ああ、やっぱり、睡眠障害そのものだ。睡眠障害の一部だ。これは、強烈に人間関係に影響を与える。つきあう時間がなくってしまうのである。全部が「あわない時間」になってしまうのである。しかも、鳴らされている限り自分でどうにかするということができない。どれだけどうにかしようとしても、結果として、どうにもできない。そういう焦りやだめさがある。これも、言いがたいな。これを、説明できるほど成長してない。これ、説明できないな。

鳴っていると言えば、鳴っているというそれだけのことなのだけど、一日中鳴らされるということが、連続的な精神、連続的な生命活動に与える影響がでかすぎる。いま、夏休みだから、遅くても、朝の九時一五分から鳴らされているという状態になる。いまの時間……午前一一時五二分……きちがいヘビメタが、人が絶叫する声より何倍もでかい音でキースか鳴ってた。一四時間近くなっているんだよな。それで、「ゆずってやった」「そんなに鳴らしたつもりはない」ということになっているんだからな。じゃあ、午前一一時五二分に「やめてくれ」と言ったら「やめてくれた」のか? そんなの無視して、ずっと鳴らしてんじゃないか。そういうことの積み重ねが、俺の身体をむしばんだんじゃないか。俺の時間感覚をむしばんだんじゃないか。……これ、ほかのひとにはわからない。わかったところで、どうでもいいことだ。「ちゃんとして」「しゃっきりして」「元気出して」と言われるだけだ。けど、苦しい。苦しいから、苦しい。

自分がこだわってこだわって、細部に至るまでこだわって、絶対に譲らなかったことなのに、「ゆずってやったつもり」でいる。頭にくる。全部、そういうカタチでやりまくる。鳴らしまくる。鳴らし終わったら……午後一一時一五分になったら、一日中、静かにしてやったつもりになる。日中、二〇回、三〇回と、「鳴らす」「やめろ」と怒鳴り込まれているのに、一回も怒鳴り込まれたと思わない状態になっている。なにも言われなかった」状態なのである。横の部屋の弟は、一切合切文句を言ってこなかったと思っている状態なのである。毎日リセットだ。だから、本人は一四年間そんな状態で暮らしていても、まるで、「迷惑をかけた」と思ってないのである。そういう状態。そういう人間。

他の人には、これがわからない。言えば、静かにしてくれるものだと思っている。それが常識。「言わなかったおまえが悪い」と言ってくる。自己責任自己責任。頭にくる。

2016年8月26日金曜日

ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつは、みんな、「人のせいにしやすい人」

注!以下、「人のせいにするな」と(私に)言ってきた人は、あっちサイトのコメント欄に書いてきた人、このサイトでメールを受け付けていたときに書いてきた人、リアルで会ったことがある人の複合人格です。要は、3人をあわせて作った架空の人格です。だから、実在するわけではありません。

   *     *     *

失敗する可能性がある手術を受けて、失敗したというような場合は、僕は、自己責任だとは思わない。まあ、突きつけられる現実はあるけどさ。けど、たとえば、大学に通っていて、友達ができないから別の大学に行く(受験し直す)というようなことを選択した場合は、自己責任だと思うよ。だいたい、新しく大学を受けるために金が必要だし、新しい大学に受かったら入学金を払わなければならない。

さらに、前の大学(いま現在通っている大学)の入学金がむだになってしまうのだ。これは、本当に、自分の意志で選んで、他人が関わらない場合の話しだろ。他人に「あずける」部分がある場合は、違うと思う。いまの大学に通い続けて、そのままその大学を卒業するか、新しい大学を受けてそこに入学し直すかというような、二者選択の場合と、手術など他人が関わる場合の話しは違うと思う。

しかし、厳密なことを言えば、大学に入り直すということだって、他人は関わっているとは言える。

たとえば、親が入学金を負担するのならば、親が関わってる。けど、それと、手術がうまくいくかどうかというような場合は、違うと思うな。手術の場合は、医者(他人)が関わっている。手術を受けるにしろ、受けないにしろリスクがあるのだから、それは、違うだろう。あってはならないことだけど、医療ミスだってある。だから、そういう部分で他人が関わってる場合の自己責任と、そういう部分で他人が関わってない場合の自己責任は、峻別しなければならないと思う。


だいたい、ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつは、みんな、「人のせいにしやすい人」なのである。

僕の立場を言っておくと、僕は、人に「自己責任」「自己責任」とは言わない人間だ。ただし、ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつには、その言葉を、そいつにそのまま、お返ししたい。そいつは、なんらかのことで俺に腹を立てているけど、それは、自己責任じゃないのか?と問いただしたい。

だから、まあ、そっちがそう言うなら、こっちも、という話だ。

だから、なんていうのかな、他人が関わることで不幸な目に遭っている人に、「自己責任自己責任」といった言葉を投げかけるようなことはしない。その人なりの事情がいっぱいあるわけだからさ。どこまで、自己責任なのかわからないわけだからさ。けど、俺に対して、「自己責任」と言ってくるやつがいたら、そいつに対しては、「自己責任」という言葉を投げ返してやりたいだけだ。

けど、僕のブログを読んだ人が、こいつは(自分のことについて)自己責任だと言っていると思われるのはいやなんだよな。他人が関わることに関しての選択ミスは、不当にその人を追い詰めている場合がある。この「自己責任」という言葉だけどさ、全然良いものだとは思わない。むしろ、なんか、いじめのような感じさえする。困っている人に対してその言葉を投げかけるのは、なんかフェアじゃない。困っている人に「自己責任」という言葉を投げかけること自体が、悪い行為なのではないかと思う。特に、他人が関わることに関しては……。自分の選択だけで終わらない話の場合は……。

だから、僕は、俺に対して「人のせいにするな」と言ってきた人には、「おまえの選択の結果!俺に腹を立てている。自己責任だ」と言ってやりたくなるけど、他の人には、言いたくない。そのような言葉を、気楽に使いたくない。なんてたって、本当に人にはそれぞれ事情があるからな。(俺に対して「人のせいにするな」と言ってきた人の事情は、自動的に考えなくていいことになっている。そいつが俺の事情を考慮しなかったのだから。)




2016年8月24日水曜日

選択肢と選択肢をうばう騒音

注!以下、「人のせいにするな」と(私に)言ってきた人は、あっちサイトのコメント欄に書いてきた人、このサイトでメールを受け付けていたときに書いてきた人、リアルで会ったことがある人の複合人格です。要は、3人をあわせて作った架空の人格です。だから、実在するわけではありません。

   *     *     *



確かにヘビメタ騒音は他の人たちにとって「どうでもいい問題」なのだが、でかすぎる。でかすぎる。あの七年間はない。これ、平日七時間、休日一二時間の、連続騒音がどれだけの影響を与えるか、すぐに考えられる人と、考えられない人がいるんだよな。不思議なことに、学歴とか社会的地位とかIQはまったく関係がない。

ただ、「そういう騒音の影響があったらどんなことになるだろう」ということを普通に考えられる人と、考えられない人が出てくる。平日月曜日から金曜日まで、自分が家に帰ったときから、自分の嫌いな音が、人が絶叫するよりもずっとでかい音で鳴っている……五時に帰ったら、六時七時八時九時一〇時一一時と、ずっと鳴っているということがどれだけの影響を与えるか、わかる人とわからない人が出てくる。まあ、僕の場合は四時に帰ったらということなんだけど、一応、五時に帰ったらということにしておく。社会人の場合を考えて六時でも七時でもいい。「明日も仕事があるのに」……ガシャガシャ・ドンドン・キーキー、許しがたい音で連続で鳴っている。相手が騒音きちがいでなにを言っても通じない……。こういう状態で、会社に通うというシーンを想像できる人とできない人がいるんだよな。

次の朝、どれだけつらいか、想像できる人とできない人がいる。そういう騒音生活をしているわけではないのに……つまり、普通の生活をしているにもかかわらず、会社勤めが限界になる人なんて、そういう騒音生活が始まったら、一ヶ月ももたないだろう。土曜と日曜のことは説明してないけど、平日以上に長い時間!鳴る。土曜日に半日出勤があるか、それとも、完全に休みかでちがうのだけど、休日は、祝日を含めて、ずっと、朝の一〇時から、夜の一一時まで鳴るという生活だ。言っておくけど、週休二日で、残業なしでねをあげている人が、耐えられるようなことじゃないのである。そういう人は、どれだけがんばっても一ヶ月でつぶれると思う。俺は、六年と半年、耐えた。そういう生活に耐えたのだ。

それだけでも、普通のやつよりも、根性があると言っていい。

これ、ちがうのである。僕の身の上に、実際にそういうことが起きたので、僕が弱くなって、普通の生活ができないようになっているから、弱く思われるのだけど、じゃ、実際、上に書いたような騒音生活をして、どれだけの人が、朝七時四〇分には起きて、通勤通学できるというのだ? いったいどれだけの人が?? 

歴史的に見ても、そういう人が俺以外にいないから、他の人は、まったく状態がわからず、間違った判断をしているのである。週休二日の普通の出勤でねをあげる人が、実際に、そういうことが始まったら……そういう長い時間騒音にさらされるという生活が始まったら、どれだけ長く、出勤できるんだよ? 土日と、合計で二四時間以上鳴らされて、月曜日、遅くても朝の七時三五分に起きて、出勤するということがどれだけ苦しいことだと思っているんだよ? 

この苦しさを、普通に想像できる人と、できないひとがいるんだよな。普通に想像できる人は、自分の体力状況やそれまでの自分の騒音体験などを考えて、リアルに「自分がそういう目に遭わされたら(こういうことになってしまうだろう)」ということが、想像できる。そうでない人は、「なんだ!そんなこと?!」と思って、自分に当てはめて考えるということをしない。こういう違いはでかい。自分に当てはめて、リアルに想像することができない人が、俺を馬鹿にする。

本当は、自分だって(その人だって)実際にそういう騒音生活が始まったら、一ヶ月でねをあげると思う。どれだけ通おうと思っても通えなくなってしまうと思う。俺は、それを、小さいからだで、何年も耐えてきた。こういうことがわかってないやつがいる。で、一番わかってないやつが、きちがい兄貴なんだよ。二番目はきちがい親父だ。一緒に住んでいるやつが、一番わかってない。張本人が、一番わかってない。どうしてかというと、こだわってこだわってやったことは、やってないことになっているからだ。こういう、しくみが……これまた、わかる人とわからない人が出てきてしまうのである。わからない人には、わからないから、わからない。「そんなのは、ないんじゃないの」というような前提が、どこまでもどこまでも、尾を引く。素直に、「そうだったら」ということが考えられない。素直に、もし、自分の身の上にそういうことが発生したら……そういう生活を、強いられたら……どんなことになるか? ということを、考えられないのである。どうしてかというと「そんなことはないから」だ。ここら辺の想像力のあるなしは、僕に対する態度に直結する。

きちがい兄貴、おまえのせいで……。きちがい兄貴、おまえが、頑固にやり切るから。頑固に無視してやりきるから、他のやつとも、対立が生じてしまうよ。そして、対立云々よりも、「普通に通うことができない」のだから、無職・引きこもりになるしかないのである。これも、きちがい兄貴は、自分がやったことが、直接影響しているということが、一五年間、わからないままやり続けた。毎日やり続けた。きちがい兄貴が発狂的な意地で毎日無視し続けたポイントだ。毎日、毎時間毎分、毎秒、どれだけ言われても、かならず!無視したポイントだ。やっている最中、どれだけ何万回言われても、自分がやっていることで弟が困っているということがわからないのである。この「わからなさ」が他の人にはわからないから、俺がとやかく言われるわけだろ。「そんなのは、言えばいいのに」とか。きちがい兄貴はきちがい兄貴だから、二〇年経っても、三〇年経っても、わからないんだよ。「そんなんだったのかなぁ……」ぐらいの気持ちでいる。あれだけ意固地になって、選択して!!!頑固に、いつも鳴らし続けたのに!!


あとは、「人のせいにするな」だけど、これを言っているやつは、ほんのちょっとの助言で「自分が傷ついた」「腹が立った」「失敗した」と、人のせいにする。助言なんて、信じるか信じないかは自分の判断でどうにでもできることだ。どれだけ言っても、鳴り止まないという状態とはちがうのである。選択肢がある。「人のせいにするな」ということを(俺に)言ってくる人は、本当に小さなことで怒るし、俺のせいにする。やつらからみて俺は、他人なので、俺のせいにするということは、人のせいにするということだ。

選択肢を持っていて、その中から、自分にとって良い結果になる選択肢を選べなかったという話しではないのである。ヘビメタ騒音の話しはそういう話しではない。けど、選択肢を持っていて、自分の意志で選んだにもかかわらず、失敗したから、人のせいにするような人が、「人のせいにするな」と言ってくる。それこそ、人のせいにしている。そういうのを、「人のせいにする」って言うんだよ。きちがい兄貴があきらめてやめない限り、ヘビメタ騒音生活以外の生活を、選ぶことができないんだよ。選択肢がないんだよ。そして、きちがい兄貴が実際にやっていること(やっていたことが)原因で、困っているんだよ。ぜんぜん違うだろ。わかってないな~~。

俺の場合は、ヘビメタ騒音だったけど、ヘビメタではなくてもいいんだよ。自分が嫌いな音が、あるいは、普通の音で鳴っていれば中立的な音が、人が絶叫する音よりもでかい音で、ずっと鳴ってたら、困るだろという話だ。そういう生活について、想像できるかどうか、これがポイントだ。もし!!自分の身の上にそういうことが発生してしまったら、普通に通うことができるだろうか? 通い続けることができるだろうか? そういうことを考えることができるかどうかで、俺に対する態度が一八〇度ちがってくる。

そういうことを考える能力が欠落しているやつは、俺とは仲が悪くなる。その人が教授だろうが無職だろうが同じだ。

2016年8月23日火曜日

おもしろくな~~~~い

おもしろくな~~~~い
おもしろくない~~~~

僕はむかし、チャンスがあったのに棒に振っている。

まあ、いいや。どうするかな。一日がなんか苦しいんだよ。

ともかく、寿司食ってくる~~~
寿司しか希望がない~~~

今日やったこと

敷きパッドの洗濯
新しい敷きパッドを布団にかける
ごはん

あ、これだけ??


しかし、どうするかな。意味がない。

なんか、いろいろ考えようとするのだけと、考えられないな。それにしても、思い通りにはいかないな。思い通りにいかないのが現実。思い通りにいかないのが人生。

ふ~~


つまんないな~~
つまんない。顔出ししたり、youtube系でもやるかな。どのみち人生なんて……。
商業出版する機会もあった、NHKに出る機会もあった。ほぼ理想通りの人とつきあう機会もあった。全部、ヘビメタ騒音でない。

2016年8月22日月曜日

「むなしさ」を感じてしまう。

俺、もう、つかれたな、と、弱気になる。

いやー、本当、無駄につかれた。無駄無駄無駄。

webデザインのエンジンがかからない。

あと、この雰囲気はヘビメタ騒音の雰囲気だ。
台風の、午後五時。まだ、明るい。

雨の音なんて、うちけして、ドカスカ鳴ってたな。
この「ドカスカ鳴ってた感じ」がぬけない。
あれだけやって、「つもりがない」とかよく言うよ。
そういう理屈で、頑固にやり通した。
やっぱりゆるせん。


いま、11巻目を上げようかと思っている。
けど、もうつかれたから、あとにしようかな。

本当、どうしたらいいんだ。
これ、むなしい。
小学生のころのことを思い出していた。
ちょっと書きたくないから書かないけど……。
本当につらかった。どうにもならない。

今日は、引きこもり関係の本のレビューを書いていた。
そういうことをしているときも、「むなしさ」を感じてしまう。

2016年8月21日日曜日

全部が他の人と違う

ヘビメタ騒音以降のことを考えている。ヘビメタ騒音以降のことを考えるとやはり、偉大な力が俺を滅ぼそうとしているとしか思えない。ここまで、うまくかないってありえるのかと思えるほど、うまくいかないことが何度もあった。もっとも、携帯電話を持っていなかったからいろいろと不都合が生じたのだけど、携帯電話を持っていないのだって、節約生活をしていたからだ。お金をかけるわけにはいかなかったのである。なんというか、細かいところで、いろいろな誤解と敵意が積み重なっていく。あれ本当に、いま考えてみると、何個も何個も偶然が積み重なって、うまくいかなかった。その偶然が生じる可能性がものすごく小さいのに、けっきょく積み重なって、うまくいかないんだよな。どういう確率だ。なんでよりによってその日にそういうことがしょうじる? おかしいよな。偶然中の偶然が何個も積み重なる。おかしい!

ヘビメタ騒音中と同じなんだよな。一五年間と。もっと言えば、コアの一〇年間と……。一〇年間で、道をはずれてしまった。下に落ちた。全部が違うんだよ。全部が他の人と違う。他の人はジョギングシューズを履いているのに、俺だけ重い鎧を着て三〇キロの錆びた鉄下駄を履いているようなものだ。それで、ジョギングシューズを履いているやつに、「遅い遅い」といわれる。鎧さえなければ、鉄下駄さえなければ」と思う。つい口に出るときだってある。そうすると、「いいわけするな」「愚痴いってんな」と言われる。言わずに我慢しても、言っても、ろくな反応は返ってこない。ともかく、苦しい。鎧と鉄下駄ってヘビメタ騒音のことだけどな。本当、違うのに。ヘビメタがなければ楽にできることで、文句を言われる。「できないやつ」と思われる。そんな五〇〇〇日を繰り返していいいわけがないだろ。成長期に繰り返していいわけがないだろ。人生選択の大切な時期に、そういう日ばっかりで、いいわけがないだろ。それが、一切わからないんだよ。兄貴と親父には、一切合切わからない。どれだけ言っても、これっぽっちも、通じない。きちがい兄貴は「あたりまえのこと」だと思って、きちがいヘビメタを一分だって譲らないでやりきる。きちがい親父は、それをどれだけ説明しても、一切合切わからない状態なんだよ。これで、もめてもめて、実際に兄貴が鳴らしているのに、鳴らしているということが、全然わかってない状態なんだよな。親父は、本当に、鳴らしている一五年間のあいだ、まったくなにもわかってないし、一五年間で三回しか注意しなかった。「そんなのしかたがない!!」って俺に怒鳴っているような一五年間なのである。「注意してくれ」と言われたら、「そんなのしかたがない!!」と俺に怒鳴って、二階で鳴らしている兄貴には絶対に注意しない状態なのである。これも、そういう方向でエンジンがかかってしまったら、こっちがどれだけ言っても、修正できない。きちがい兄貴の場合も同じで、一度(すべての時間鳴らす)という方向で、エンジンがかかってしまうと、殺す以外、修正ができないのである。親父と兄貴が同じ!!! 同じしくみで、き・た・な・い、ことをやり続ける。どれだけ言っても、修正なんてできない。この意固地さみたいなもは、本当に、一緒に住んでいる人しかわからない。だから、俺が、変な風に言われる。「そんなの、言えばいいのに、言わないからダメなんだ」みたいに言われるのである。本当にすべて、そういうしくみが成り立っている。キチガイのしくみなんて、本当、わかってない。


2016年8月18日木曜日

小説なんて売れないよ それと「アマゾンキンドル書籍のサンプルの量は、作者が自由に決められるようなものじゃないのである」

素人の小説が一番売れない。プロの小説だって売れなくてひーひーしているというのが現実だ。小説で売れるのは、エッチな小説かラノベなのである。真面目な小説?は、売れない。プロでも売れない。

コミックは強い。エッチな小説とエッチなコミックだとコミックのほうが何倍も売れる。実用書は売れる。「電子書籍の出し方」みたいなものが、売れる。この、「うれる」というのは、文学系の真面目な小説にくらべればという話だ。

小説なんて売れないよ。二冊ぐらいステマがうまく行って売れた小説もあるけど、あれは、例外中の例外だから。(時期もある。メディアの発達曲線と発売時期の問題だ。たとえば、いまyoutubeでヒカキンのまねをしても、ヒカキンみたいには儲けることはできない。むかし、メルマガマーケティングというのがあったけど、いまメルマガでやろうとしても難しい。)

エッセイと真面目な小説だったら、エッセイのほうが売れる。だから、売りたくて小説を選ぶということはない。エッセイにできるものを、売りたいから小説にするなんてことはありえないんだよ。

あとは、エッチな写真集はアンリミテッドでだいぶダウンロードされているだろう。

ぼくにしたって他人の(真面目な)小説なんてめったにダウンロードしない。真面目な小説でもダウンロードされているとしたら、パブリックドメインになっているむかしの作品だろ。それこそ、芥川とか太宰とか。青空文庫にあるようなむかしの作品ではなくて、なおかつ、真面目な小説なんて、本当に、割合が小さい。まったく売れない分野だと言っていい。(ほ~~んの少しの例外はある)。


以上、電子書籍の話ね。

レビューの効果がでかい。


   *     *     *

からだ、だるい。もう、僕はだめかもしれない。
だるいよ~~だるいよ~~

あー、こんな人生
なんなんだ

ヘビメタが鳴ってから本当にすべてがくるしい。

かなり行き詰まっているな。いまさら……。ヘビメタ騒音が鳴り始めたときから行き詰まっているけどな。本当に、つらいなーー。なんでこういう人生なのかな? 変な宗教に入ってしまいそうになるよな。はぁ~~、ブレークスルーー。はぁ~~。今回の人生は「まなび」が多すぎる。こんなんじゃ、つぶれてしまう。つぶれてしまったら、どうにもならないだろ。

本当にヘビメタがなければな。きちがい兄貴がこったにしろ、ヘッドホンをしてくれたらな~~
ヘッドホンだって絶対に一分だってしないわけだからな。どれだけ、でかい音で鳴らすことにこだわったかだよ。で、こだわっているのに、本人は、特にこだわっているつもりがないのである。あたりまえだから。けど、ものすごく細かいところまで、ぎちぎちにこだわりきって鳴らしているんだよ。だから、こっちが入試だろうがなんだろうが、一分だってヘッドホンをするのがいやだという気持ちになる。で、そういう気持ちを通したまま、ドカスカ鳴らす。こんなの耐えられるわけがないだろ。きちがい兄貴は気がついてないけど、きちがい的にうるさい。……無意識的には気がついていると思うけど、意識的には全然気がつかないままだ。どれだけうるさい音で鳴らしてたって、「こんなのは、普通の音」としか思わない。どれだけ「うるさい」と言われても、言われても、本人は、まるで認めない。「静かに鳴らしている」ぐらいに思っている。じゃあ、当時の音で、いま住んでいるところで鳴らしてみろ。ど・れ・だ・け・の音かわかるから。

で、俺が世間とも対立するわけだろ。説明しなければ、ヘビメタのハンディを背負いきった状態の俺が、普通の状態の俺だと思われるわけだから。そして、説明すれば、「おまえの人生なんて興味ない」「そんなの言えばいい」「そんなのどうにかならなかったのか?」「愚痴ばっかり」と言われることになる。こんな人生、やってやられるか!!!

本人は、シランプリなんだからな。どれだけやったって、やってないのと同じ気持ちでいる。だから、同じ態度で接してくる。鳴らしている最中から、そういう態度だ。どれだけ言っても、通じない。こんな地獄があるか!!

   *     *     *

あとさ、悪意のあるコメントを入れるのに、わざわざブログのURLとブログに使っている名前を入れるわけがないでしょ。そうだよ。最初から最後まで、悪意なんてないよ。あのコメントであんなに恨まれるとは思わなかった。しかも、高確率でその人は2ちゃんに書き込み。本のコメントは、そっちのほうが悪意があるのではないかと思ってしまうような内容だ。だいたい、サンプルのダウンロードについても言ってたけど、サンプルは全部10%って決まっているんだよ。回線が遅くなって、ダウンロードに時間がかかったんだろ。(最近、windows updateで回線が混み合うことが多くて、なかなかつながらないという症状がいろいろな人を襲っているのだ)。それこそ、サンプルの量を俺が意図的に増やして、時間をかけさせたみたいに感じてるんだからな。それも、ちがう。こいつ、本当に勘違いが多い。アマゾンキンドル書籍のサンプルの量は、作者が自由に決められるようなものじゃないのである。アマゾンに言うべき苦情。
あっ、けど、あの人があのレビューを書いたという確証はない。ので、同一人物とは限らない。けど、サンプルの量を俺が意図的に増やして、ダウンロードに時間がかかって困ったということを言ってた人がいるんだけど、それは違う。どれだけ、悪意があるように誤解されるんだよ。

2016年8月17日水曜日

底辺なのに、底辺を軽蔑しているというやつ

それにしても、助言するべきじゃなかったな。どうして僕は、一〇〇%の確率でばばを引いてしまうのか? ものすごく無職に対して偏見があるやつだったんだな。「(おまえみたいな)無職に助言されるのは、たえられない」という人だったんだな。本人も、無職になりがちなのに。あいつがコメントをしたやつだとすると、やっぱり、運がない。勝手な思い込み・個人的な恨みでコメントしやがって。うつ病領域なのかと思ったら、違ってた。困った。あのとき、助言するべきじゃなかったんだな。けど、あいつだとはかぎらないんだよな。


けどそんなことは、ほっうっておいて、なんていうかな、やっぱりヘビメタ、苦しいな。あの感覚はない。俺のことを悪く言っている奴って、ヘビメタ騒音を経験してないんだよな。一日に七時間、三〇〇日ぐらいでいいから、経験してみろ。三〇〇日って連続だからね。毎日連続。来る日も来る日も連続。一日だけ、うるさかったとか、どのみちすぐに終わってしまう花火がうるさかったとかそういうことじゃない。

入試の前のあの感覚はない。あれは、ない。けど、他の人にしてみれば「なんだそんなこと」と思えるようなことなんだよな。「なにが、入試の前のあの感覚はない、だ。ふざけんな」と。

たとえば、俺のアドバイスでマイナスの影響を受けたとしても、そんなのは、ヘビメタ騒音〇・〇〇〇〇一秒にもみたないマイナスだ。アドバイス自体は適切なものだといまでも思うけど……そりゃ、あんなことが書いてあれば……うつ病なってしまっては大変だからと言いたくなるよな……ヘビメタ騒音と違ってやめてしまえば、ストレス源から離れられるわけだから……。だいたい、実際に横の部屋で鳴っている騒音のストレスと、アドバイスによるストレスなんてくらべようもないだろう。それこそ、自己責任。

まあ、たしかに、きっかけを作ったのはぼくだから、うらみをかってマイナスコメントを貰うということがあったとしても、それは、諦めるしかないな。たしかに、自己責任だからな。けど、あの文章は、いかにもなんだけどな。職場のストレスでうつ病寸前の人の文章だったんだけどな。けど、違ってた。そうじゃなかったんだ。うつ病領域じゃなかったんだ。失敗した。

ヘビメタ騒音が毎日一五年間も続かなかったら、俺は無職じゃないから、こんな屈辱をうけることもなかったんじゃないかなと思う。立場に拘る人がいるんだよね。底辺なのに、底辺を軽蔑しているというやつが。底辺なのに、普通の人以上に、底辺に対して偏見があるやつがいる。ものすごい偏見。そうなると、もし、仕事をやめたら、自己嫌悪でたいへんなことになるよな。なんてたって、あれだけ軽蔑している「無職」に自分がなってしまうのだから。こいつは、教授がアドバイスすれば「なるほど」と思うけど、無職がアドバイスすれば「無職のおまえがなんだとぉ」と思ってしまうタイプだ。軽蔑している「無職」にアドバイスされたということで恨みがしょうじてしまうのである。今回のことは、「思い遣り」から出たことだけど、本当に失敗した。勉強になった。これに関しては確かに自己責任だ。(俺の責任だ)。

教授が言ったら「なるほど」と思うと書いたけど、ちょっと違うな。教授に言われても頭にくるんだよ。ただ、教授が言ったんだからしかたがないというような形で、その怒りを抑圧するタイプだ。医者だろうが先輩だろうが、誰に言われても怒りは感じるタイプだ。けど、教授だから、医者だから、先輩だから、と、あとで、怒りを抑圧する。けど、無職に言われたら、抑圧がしょうじないから、怒っりっぱなしになる。「無職ふぜいがぁ、なんだとぉ」「おまえみたいな無職がなにぉぉぉぉ」と怒ったままになってしまう。





2016年8月16日火曜日

どちら側に感情移入するかどうかで、怒るかどうか決まってくる。

各一日だけの無料キャンペーンとなります。
内容は、おのおののページで確認してください。

8月15日 無職の現象学
8月16日 引きこもりの現象学



けど、どうなんだろう。前回書いたように、どちら側に感情移入するかどうかで、怒るかどうか決まってくる。

たとえば、レイプされた人の手記を読んだとしよう。普通の場合は、レイプされた方に同情すると思う。感情移入?するほうは、レイプされた人側だろ。けど、レイプした人に感情移入する人は、そういう手記を読んで「ぐちぐち言ってな!!そんなのどうだっていいだろ!!!」と怒ってしまうと思う。ということは、なにかしら兄貴に似ている部分を持っている人が、怒っているのだろうか?


ぼくはレイプされたわけじゃないけど、ぼくの立場というのは、家族にレイプされた人の立場と似ている。兄にレイプされて、兄の結婚式に出たあと、自殺してしまった「妹」の話を思い出す。これは、ウエッブ上で読んだだけで、本とかじゃない。「レイプされたのに、結婚式に出たのか?」と思う人もいるかもしれない。けど、これはわかる。わかる話だ。ここらへんがわからない人は、なんていうのかな? 全体の話もわからないんだろうな。

家族っていうのが問題なんだよ。家族っていうのが。これ、妹の方に「済んだことは、早く忘れて元気になって」というような圧力がかかるんだよ。うちの場合は違うけど、身内から犯罪者が出るのが嫌だというような気持ちが、両親にはある。「家名がよごれる。家名に傷がつく」ということを恐れる両親がいる。そうなると、妹には「事を荒立てず、許してやれ」というような圧力がかかる。
で、レイプそのものよりも、そういうことが負担になる場合がある。うちの場合は、違うけどな。これ、本当に言いがたい。やっているそばからやってないのと同じという態度だから。兄貴は。そして、親父もそれを黙認する。いや、味方する。資金援助する。それは、「家名がよごれる。家名に傷がつく」とは違う話なんだよな。これも、言いがたいな。普通の人は、逆立ちしても理解できないかもしれない。(騒音サイコパス、全部読めば、そういう態度、そういう認識についてどっかに書いてある)。「家名がよごれる。家名に傷がつく」というのは、一般的に言ってわかりやすい話だと思う。そういう家も多いだろう。「家名がよごれる。家名に傷がつく」なんてまったく気にしてないのに、結果的には、同じような態度で無視する、黙認するということが発生してしまうんだからな……これが、うちの言いがたい部分だ。






「おまえの苦悩なんで、誰も気にしないんだよぉ!!」「おまえの人生なんて、誰も気にしないんだよぉ!!」というようなことを思っている人もいると思う。実際、そういうことを書いてきた人がいる。その人の苦悩も、俺にとってはどうでもいい話だけどな。

まあ、誰かの苦悩は、他の人にとってどうでもいい話であることは、確かだ。だがしかし……。……だがしかし。ぼくは他の誰かが騒音で苦しんでいるとしたら、深く同情するけどな。関心があるけどな。

   *     *     *

主人公が「おまえは、ゆるさん」と言ったあと仮面ライダーに変身して、ライダーキックで怪人を倒す。普通の人は、仮面ライダー側に感情移入しているから、すかっとする。カタルシスがある。けど、怪人側に感情移入している人は「なにが、ゆるさんだぁ!!ふざけんな!!がたがた言ってんじゃねぇ!!」って怒るよな。そりゃ、怪人側に感情移入していたら、そういう反応になる。

2016年8月14日日曜日

そりゃ、そういうひとが身の回りにいないのであれば、悩みは共有できず、共感もなにもうまれないだろう

無職の現象学 実践経営・リーダーシップ 
 で1位だったのに、2位に転落。
無職よ、無職よ、読もう!! ただだからさ。



まあ、健常者に囲まれて育った人が読むと、「愚痴ばかり」ということになるんだろうな。
(困った人の)つたわらなさと脳内変換が実感としてわからないだろうから。
本当、普通の家で育った人にしてみれば、「そんなの言えばいい」「そんな愚痴どうでもいい」という話になる。
やっぱり、困った人が親だったり、兄弟だったりした人が読むしかない。
健常者が親や兄弟である場合は、本当に、愚痴にしか聞こえないと思う。逆立ちしてもわからない世界の話だと思う。
困った人(精神病質者)が親や兄弟の場合は、「あるある」話として共感してもらえるんじゃないかなと思う。住んでる世界が違うんだよな。頑固と言っても、頑固さがわからないだろ。




無職の現象学 無料セールです。午後五時ぐらいからかな。

騒音サイコパス 1は失敗したかな。最初にインパクトのあるものを持ってこようと思ったからそうしてあるのだけど、それが裏目に出た可能性はある。まあ、わからんでもないんだよ。けど、それは期待しているものが違うからそう思うだけだ。なるべく多めに「内容紹介」「内容抜粋」はしたいのだけど5000文字の制限があるんだよな。

きちがい的な意地で顔を真赤にしてやったことは、やってないことになってしまう人間が身の回りにいる人じゃないと、わからないんじゃないかな。そりゃ、そういうひとが身の回りにいないのであれば、悩みは共有できず、共感もなにもうまれないだろう。ただ単に、怒った人が愚痴を書いているだけ、悩んでいるだけということになってしまうだろう。それはわかる。「もっとちゃんとしたストーリーがある話を読みたかった」と思ってしまうのもわかる。

けど、それは、「きちがい的な意地で顔を真赤にしてやったことは、やってないことになってしまう人」が家族ではない人の特権だ。もちろん、そっちのほうが多数派。絶対的多数。圧倒的多数。けど、「きちがい的な意地で顔を真赤にして意地になってやったことは、やってないことになってしまう人」が回りにいる人にとっては、「よくぞ言ってくれた」と思うような内容になっていると思う。もちろん、そういう人は極めて少数派だから、数としては少ない。

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ちなみに、芥川龍之介の「歯車」も特にストーリー性のない話で、個々にあんまりつながりのない断片的な文章が載せてあるだけだ。ぼくにとっては、歯車が、芥川龍之介の作品のなかで、一番好きな作品だけどね。まあ、「騒音サイコパス」は、特にストーリー性のない話です。だから、エッセイにしろというのも納得出来ないけど。エッセイだとノンフィクションになってしまって、いろいろな問題が発生する。「死にたい」「自殺したい」というような表現に関しても、気を使うことになる。というか、ノンフィクションで、そういうことを書くと、これまた色々問題がしょうじるでしょ。(ここでは、フッターのところに但し書きを書いて、そういう気分のときは、そういうふうに書いているけどさ)。

一応、小説ってことにしておかないとまずいんだよ。

俺の小説を読んで怒る人がいるのは、わからないことではない。人間の脳みそは、自分に言われているように誤解してしまうのである。兄貴に対する愚痴を、まるで、自分に対する愚痴のように感じてしまったら、そりゃ、怒るだろう。まあ、なんて言うのかな100%誤解するわけじゃなくて、自分に言われていることではないということを十分に認識していても、ほんのちょーーっとだけ、そういうふうに誤解する「脳」があるんじゃないかなと思う。けど、そうすると、仮面ライダーですら視ることができなくなってしまう。仮面ライダー、セーラームーン、プリキュア、ドラゴンボールみんな、殺し合いをしている。まあ、いろいろと配慮してあって、怪人に殺された人は、怪人が死んでしまうと、生き返るみたいな描写がある。あるいは、殺されたのではなくて、生命エネルギーを吸い取られただけで、生命エネルギーを取り返せば、生き返るとか。あるいは、なんかの呪文で本当に死んだ人が生き返るとか。

だからまあ、暴力性とかそういうことではなくて、共感できる要素があるかどうかなんだと思う。怪人が悪いことをするので、怪人が倒されると嬉しいわけでしょ。ライダー側の(怒り)に共感しているから、怪人が倒されると嬉しいんじゃないかと思う。兄貴や親父のような特殊な人はなかなかいないから、※ぼくの立場に共感してくれる人が少ないのではないかと思う※。普通なら、「そんなのは言えば済むこと」なのであり、「そんなことを、いつまでも愚痴っているのはおかしい」というような気持ちになる。「そんなのは言えば済むこと」が前提の話だけど、これが一五年間毎日成り立たないから、困っている。「言ったって済まないことだから」困っている。だから、そういう人が家族にいる人じゃないと、わからない。共感できる要素がない。


ともかく、兄貴の感覚がへんだから、他の人とは問題を共有できない。本当に「やったってやってない」だからな。この「やったってやってない」をやり始めたのが親父なんだよね。で、システムとしてそうしているから、いつもそうなる。これが、わかってない人が多い。認知療法家は、システムとしてそうなっているということを、かならず否定する。否定せざるを得ないのである。まあ、「変な人はいます」と認める場合もあるけどさ。まあ、いいや。この話は。

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ちなみに、散文というのは、ちらかっている文章じゃなくて、5、7、5、7、7というような決まった形式がない文章のことなのである。だから、小説なら自動的に散文なのである。

2016年8月13日土曜日

いま、午前五時なんだけど、ヘビメタ騒音の朝が「去来」する

めっちゃつかれた。眠っても眠っても疲れがとれない。いま、午前五時なんだけど、ヘビメタ騒音の朝が「去来」する。あ~~あ、この年になっても、台所で電子レンジをいじって、居間に入ると、入学試験当日の午前五時の記憶が蘇ってしまうんだからな。あの居間は、朝は暗い。雨戸を開けないと、暗い。絶望と焦りでいっぱいだ。これ、本当、つらかったな。つらかった。ともかくつらい。ヘビメタが、せめて入試一ヶ月前からぜんぜん鳴ってない状態ならいいんだけど……それでも、二年と一一ヶ月間毎日、土日祝日を含めてやられっぱなし……なのだから、きついけどさ……けど、ずっと続いたまま、あと三週間、あと二週間、あと一週間、あと、六日、五日、四日、三日、二日、一日となったときの苦しさはない。本当に、無慈悲に鳴らし続けやがって……きちがい兄貴、おまえがそんなふうだから、いまでも苦しいんだ。それから、当時、絶対にゆずらないで鳴らしてたのに、あれでゆずったつもりだったのか? 親父の「注意した」とおなじだな。ほーーんと、苦しい。そんなんだから、なにも気にしないで無慈悲に鳴らし続けるとができたんだろ。全部鳴らすのは自分の権利で、権利がある以上、どれだけ鳴らしたってかまわないという認識、あるいは、態度なのだから。これ、本当、本人がいちばーーーんわかってないんだよな。そういう態度なのに!! そういう態度でやっているのに、やってないと思っている。ゆずってやったと思っている。頭がおかしいから、ハンダゴテ事件の時の親父の態度と同じなんだよ。どれだけ言っても、通じない。本来ならひとこと言えば通じることが通じない。なおかつ、通じないということが、わかってない。それで、意地を張ってやり切って、なにも関係がないつもりでいる。あれだけ意地を張って自分の意見??を通したのに、ぜんぜん、※かかわった※つもりがないんだからな。「そんなの知らなかった」という態度なんだよ。これで、どれだけ苦しめられたか。基本、自分が静かにしてやりたい時だけ、自分が静かにしてやりたい分だけ静かにしてみれば、それで、すべては丸く収まると思っていて、一万分の一しか静かにしない。だから、こっちはやられっぱなして困っている。困っているから、何回も何回も何回も、怒鳴りこんでいるのに、どれだけ言ってもなにも通じない状態が変わらない。一分だって、ヘッドホンをして鳴らすつもりがない。自分は、スピーカーで聞きたい……だから、スピーカーで聞く。「もんく、ないだろ」という態度なのだ。そういうこだわりがある。そういうところで、細部の細部までこだわっているから、けっきょく、自分が思った通りの大きい音で鳴らすということになる。外部から見たきちがい兄貴の行動はそういう行動だ。けど、きちがい兄貴は、〇・一デシベル、■一〇〇分■ひゃくぶん■の一時間でも、ゆずってやったら、「全部ゆずってやった」「全部しずかにしてやった」と思い込んでしまう。だから、その後、ずっと鳴らしていても、「静かにしてやった」と思っている状態が続いてしまう。入試の一日前に爆音で六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間、爆音で鳴らしたって「全部静かにしてやった」という気持ちのままだ。その一一時間、何十回文句を言われても、怒鳴りこまれても、頑固に鳴らす。だから、最大限の音で鳴らしているのに、「ゆずってやった」と思っている状態が成り立つ。だから、あいつは「そんなつもりじゃなかった」なんてことを、一六年目に言い出す。一六年目には、もう、結婚して、家をでるつもりだったので、「うち」で鳴らす必要がなくなったからだ。

本当にあれだけ、頑固に、無慈悲に鳴らして「つもりがない」のかよ?? そういう度外れなきちがいみたいな認知が成り立っているのかよ? いるんだろうな。だから、まったく良心の呵責がないし、いまどれだけ言われても、当時どれだけ言われてもこたえなかったように、こたえないのである。「(自分がやってないのに)自分が文句を言われている」という感じしかない。だから、「言い分がある」「静かにしてやった」「ゆずってやった」と兄貴の嫁さんの前で、嘘でなく言える。

全部、こういうしくみだからな。で、こういうしくみは、ほかのひとにわからない。特殊なんだよな。

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PSかんちがいさん
言霊や似非スピに関しては、もともと、「嘘ブログ」さん用なんだけど、勘違いした奴がいるんだな。もともと、嘘設定ブログさん用だから、自分のことを言われたと勘違いする必要はないんだよ。


それから、ヘビメタ騒音がなければもうちょっと人に優しくできたというのは、ある。ヘビメタ騒音に一五年間もやられてなければ、ある中国人アルバイターに最後まで付き合うことができた。最初、わからないことがあったら聞いてくださいと言ったんだけど、あまりにも、たくさん聞かれすぎて、ちょっと困っていた。で、そのときはまだ余裕があったんだけど、ヘビメタで体力がないところでのアルバイトだったから、だんだん、余裕がなくなった。そういう話だ。勘違い野郎とは関係がない話なのである。まあ、中国人アルバイターにかぎらず、ヘビメタ騒音で体力を削られてなかったら、もうちょっと丁寧に対応できたのになぁ、ということだ。最終的には、丁寧に対応できなかったということを、反省しているのである。(期間が長いと、おいつめられていく。どうしても、いろいろと聞かれるとあまり丁寧ではない対応になってしまうところがある。一五年ヘビメタ騒音で本人が、ぎりぎりのところでやってるから。そういう話だ。かんちがいさんの職場の話なんてしてない。

あとは、(アドバイスをしたときは)見逃していたけど医者に通っているなら、抑うつ状態に関しては医者に相談したほうがいいぞ。なんだったら、こういう助言を受けて、こういうふうに腹が立ったということを、医者に相談してもいいよ。頑張れるなら頑張ったほうがいいんじゃないか。けど、潰れてしまってはもともこもないという話で、それだけ言いたかったんだよ。

PS似非スピリチュアリズムさんへ
スピリチュアリズムやイメージ療法、前向きアファーメーション(これも一種の言霊)というのは、うまく使えばそれなりに効果がある。しかし、うまく使うには信じてなければならないのだ。というわけで、ぼくには意味がない。しかし、信じている人には意味がある。それと、言霊(信仰)のもたらす悪い点(弊害)についてはまた別の話だ。これは、要するに宗教と、宗教学の違いだ。ぼくが言っているのは宗教学なのである。(スピリチュアリズムやイメージ療法、前向きアファーメーション(これも一種の言霊)は宗教じゃないという批判もあるかとは思うけど。これは、ここでは、宗教としてあつかう)

それから、本当にスピリチュアリズムのことがわかっていれば、ぼくが言っていることについてもわかるはずなんだよ。本人がスピリチュアリズムだと思っていても、実は、反スピリチュアリズムであることが、ある。スピリチュアリズムの仮面を被ったエゴイズムがそうだ。本当は、自分が得をしたいだけという場合がある。エゴ丸出しなのである。それなら、エゴイズムを気取っていたほうがいいだろう。問題なのは、実際のところはエゴ丸出しで反スピリチュアリズムなんだけど、本人は、スピリチュアリズムだと思っている場合だ。

スピリチュアリズムについてちょっと考えれば、わかると思う。

PSむかし問い合わせフォームから俺に色々言ってきたひとへ
意見の違いは、議論すればいいんだよ。それにしても、うらみがちだね。ぼくが言ったことというのは本来腹をたてることじゃない。自分の意見をほんのちょっと批判されたぐらいで、あれだけ腹をたてるというのはおかしい。というか、怒りやすい人なんだね。


いまに天使級の援軍が来るさ。





2016年8月12日金曜日

もう疲れたな

もう疲れたな。ヘビメタ騒音が始まってから※おなじ※疲れが続いている。
もーーつかれたよ。

九九円で見当違いの文句を言われる。あれ本当に、勝手に誤解しているだけだから。
作品に対する意見じゃなくて、俺の意図に対する意見で、しかも、誤解にもとづいている(勝手な推測にもとづいている)わけで、なんとも言えない嫌な気持ちになるな。

にしても、ヘビメタ騒音が始まってから、ヘビメタ騒音のことを黙っていても、ヘビメタ騒音のことを説明しても、嫌なことばかり発生するな。

ヘビメタ騒音の日々……あれは本当に苦しかった。きちがい的な奴がきちがい的な意地で、やったことで、ぼくが困っているのに、他の奴からぼくが叩かれることになる。どうして、そうなるかというと、家にいる時、ヘビメタ騒音で疲れ果てて、日中うまく反応ができなくなるからだ。ヘビメタ騒音で勉強することすらできないので成績が下がったからだ。ヘビメタ騒音がなければ、俺の三分の一ぐらいの能力のやつに、馬鹿にされる。それが、ヘビメタ騒音期間中の生活だ。ヘビメタ騒音のせいで能力が六分の一ぐらいに落ちている。本当に簡単にできることができなくなる。遅刻せずに学校に行くこと……忘れ物をしないこと……宿題をすること……テストで良い点数を取ること……こんなのは、ヘビメタ騒音がなければ簡単にできたことだ。それが、できなくなる。毎日ずっと続くから、毎日ずっと苦しかった。

いまもそうだ。


この世の理不尽に興味がある人、発達障害・精神病質に興味がある人、家族に困った人がいて困らされた経験がある人、職場に困った人がいて困らされた経験がある人、「地下室の手記」「カラマーゾフの兄弟」「罪と罰」、大正昭和の暗い作品などを読んだことがある人向けです。


騒音サイコパス 2 無料だよ 午後五時ぐらいまで

事実だからこそ、フィクションにしなければならない事情があるんだよ。
サイコパスじゃなくてき○がいという単語を使いたいんだよ。
けど、その単語を使うと、出版自体があやうくなるんだよ。
本当、兄貴が騒音きちがいで困った。
全部の時間鳴らしているのに、「そんなにやってない」と思っているんだからな。
ものすごくでかい音で鳴らしているのに「そんなにでかい音じゃない」と思っているんだからな。
毎日少なくても一四年間にわたって鳴らしているのに「そんなにやってない」と思っているんだからな。

2016年8月10日水曜日

まあ、小説かどうかというと、小説なんだよ。

「騒音サイコパス1」のレビューを読んだ。

まあ、小説かどうかというと、小説なんだよ。
ドストエフスキーの「地下室の手記」やゴーゴリの「狂人日記」を読んだことがないのだろうか?
まあ、本当なら、日付が(おのおのの文章の)タイトルになるところなんだけどな。
あとは、どうして小説にしなければならなかったかというと、事実だからだ。事実だからこそ、小説にしなければならないという事情がある。三島由紀夫の「仮面の告白」と同じだ。あとは、「きちがい」あるいは「キチガイ」という単語を使えないので、「サイコパス」という単語を使った。
以上説明なんだけど、これを作者からの返事としてあそこに書いていいのかどうかわからない。

作品について、思ったことを書くのはいいけど、俺の意図について誤解がある場合は、どうしたらいいのだろうか。作品に関してはそれでいい。けど、サイコパスという単語を使った意図について、完全に誤解をしている。弁明したいな。

ひょっとして助言してやったやつにうらまれているのか? 良い助言だったと思うけどなぁ。うつ病になってしまったらもともこもないだろ。


2016年8月8日月曜日

四〇〇〇日続いてごらんよ

これ、きちがい兄貴は、まったくわかってないんだけど、兄貴の騒音でくるしい。兄貴がやめてくれなかったからくるしい。やっている最中、どれだけ言ってもやめてくれなかったからくるしい。これ、三〇〇〇日、四〇〇〇日続いてごらんよ。ぜんぜん違う。四〇〇一日目がぜんぜん違う。ヘビメタにやられた日が四〇〇〇日積もっている四〇〇一日目と、きちがい兄貴が最初の日にやめてくれて……一日中ヘッドホンをしてくれて……そのあとずっと四〇〇〇日間静かだった場合の四〇〇一日目はちがう。この大きさ。違いの大きさ。これがわかってない。兄貴だけじゃなくて他の人にもわからない。だから、俺が、苦しくなる。こういうしくみがずっと何千日も積もって、いいわけがないでしょ。で、きちがい兄貴が「最大限静かにしてやったつもり」の時間もずっと、でかい音で鳴ってたんだから、いいわけがないだろ。たとえば、四〇〇一日目に、「昨日ヘビメタ騒音が鳴っていてつらかった」とぼくが誰か他の人に言ったとしても、その人に伝わるのは、「昨日」分のヘビメタ騒音なんだよ。まあ、それも情報としてしか伝わらないわけで、誰か他の人がなんかの病気で苦しいと言っても、ぼくにわかるのは、その人がその病気で苦しんでいるんだなということだけだ。その人の実際の苦しみが伝わってくるわけじゃない。だから、その人が苦しんでいても、「お大事に」ぐらいしか言うことができない。で、そういう意味で、ぼくのヘビメタ騒音は、ぼくの固有の問題であって、他の人には関係がない。で、関係がないのだけど、じゃ、一緒に作業をするとなったらどうなるか? 「ヘビメタ騒音が積もっていて苦しい。だから休んでいいか」ということを言っても、たいていの場合認められない。ヘビ召そう音が鳴っているから遅刻して良い。ヘビメタ騒音が鳴っているから宿題をやってこなくても良い。ヘビメタ騒音が鳴っているから、ミスをしても言い。ヘビメタ騒音が鳴っているから忘れ物をしても良い。ヘビメタ騒音が鳴っているから、作業量が普通の人の三分の一でも良い……こんなことにはならない。なので、ヘビメタ騒音が鳴っていて疲れ果てているということと、相手の要求(あるいは、組織の要求)の間に挟まれる。だから、苦しいんだよ。きちがい兄貴、だから!!苦しい。きちがい兄貴の騒音で、相手の要求にこたえられない状態になっているから、苦しい。だから!!!俺は、兄貴「やめくれ」「静かにしてくれ」とさんざん言ったんだよ。学校から帰ってきて、さんざん、怒鳴り込んだ。その日、どれだけ静かにしてくれたか。鳴らさない時間を三時間作ってくれたか? 三時間はずっと静かにしてくれるという約束をしたか? 三時間どころか、三分だって、静かにしてくれたなかったよ。三〇秒ですら。だから、困っている。そういうことが積もりに積もって困っている。けど、こういうことは、他の人にはわからないから、俺がサボっているように見える。あるいは、なんて言うのかな「そんな、暗い顔してないで、元気出してよぉ」とか言われる。ヘビメタ騒音で夜も眠れないで、苦しい思いをして、精一杯相手の要求にあわせてやっているのに、そういうことを言われる。いま、ちょっと、

きちがい兄貴は、もうなんだろうが鳴らすと思っていて鳴らしているだけだ。どれだけ途中で「やめろ」「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言われても、そこで中断するつもりはさらさらない。そういう風に言われたから、ヘッドホンをしてやろうという気持ちもさらさらない。ともかく、「自分はやって良い」という考え方しかない。やって良いことをやっているのだから、文句を言われる筋合いはない」という気持ちしかないのだ。だから、なにを言われても平気だ。普通に、鳴らし切る。普通というのは、きちがい兄貴とっては、自分が好きな音のでかさで好きなだけ鳴らすと言うことであって、普通の音で鳴らすと言うことではない。普通の音だと、気分が出ないからいやなのである。ヘビメタを鳴らす以上は、自分がヘビメタを鳴らす以上は、このくらいの音で鳴らさないと気分が出ないのである。ヘッドホンをすると、気分が出ないからヘッドホンをしたくないのである。それだけ……それだけの理由で、弟の人生を破壊しておいてなんと思ってない。当時言われて、なんと思わずにならしたのと同じ感覚なんだよな。だから、静かにしてないのに……一日に一分だってちゃんと静かにしてくれなかったのに……なおさら、一時間二時間、ちゃんと時間決めて、ちゃんと静かにしてくれなかったのに、本人は、「静かにしてやった」「ゆずってやった」と思っている状態なのである。だから、何回も言うけど……そして、これも、当時のように全然伝わらないんだろうけど、……キチガイ兄貴よ!……きちがい兄貴は、一日に何時間、鳴らさないで静かにしてくれたんだ? 静かにしたというなら、答えられるだろ。で、「静かにした静かにした」「そんなに鳴らしてない」と言うわりには、そういう、質問をされると、黙りこくっちゃうんだよ。で、答えられないんだから、答えられないと言うことをちょっとは認識しろ。これ、そういうことを何千回繰り返しても、「静かにしてやった」という気持ちが消えない。嫁さんに何千回聞かれても、「静かにしてやった」と答えるのである。で、そのやり方が、試験前に「静かにしてくれ」と言われたら、黙りこくって、鳴らしたときのきちがい兄貴のやり方とまったく同じ。鳴らしている!! そうやって、無視して、そのあと一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、プラス四五分とずっと鳴らしているのに、本人は「そんなに鳴らしてない」「静かにしてやった」と思っている状態が成立してしまう。で、自分(きちがい兄貴)が寝る頃には、「自分が一日中静かにしてやった」と思って寝てしまうんだろうな。で、毎日同じことの繰り返し。いまは、「自分が一日中静かにしてやった」と思って寝てしまうんだろうなと書いたけど、これは、ちょっと違う。そういう考えが浮かばないのである。静かにしてやったとか、静かにしてやらなかったとかそういう考えが、ごく自然に浮かばない。きちがい兄貴が、黙りこくって、無視したあとやったことは、全部、親父のように、「やってないこと」になっている。自動的にそうなっている。だから、何千日、十数年繰り返しても、本人は「やったつもりがない」状態のままなのである。だから、気楽なのである。弟の人生を破壊したつもりがまったくない。毎日毎日、全部の時間譲ることができるのに、全部の時間譲らないでヘビメタをとてつもなくでかい音で、鳴らしたということが、わかってない。全部の時間ゆずらないで鳴らすことにこだわりきって鳴らしている期間中、自分が鳴らしたとは、全然思ってない状態なのである。こんなのは、ない!! けど、ある。これ、親父が迷惑行為をするときの態度と同じなんだよ。親父が迷惑行為をとりつかれたようにやるときと同じ態度、同じ認識なんだよ。だから、本人は「そんなの知らなかった」「やってないやってない」「なんだなんだ」とこうなる。本当は、やったのに「やった」と言われると、怒ってしまう。顔を真っ赤にして、爆発して怒ってしまう。で、本人は、その時は!!!自分がひどいことを言われて傷ついた」という気持ちしかないんだよ。本当は、やっているのに!!! 全部!!こういう構造だから!!! 本人は、知らないんだよ。頭がおかしいだろ。けど、この頭のおかしさは、「うち」で一緒に住んでいる人しか、わからないんだよ。本人が、一番わかってない。本人は、そんなことはしてない」つもりなんだから。で、へーーきで嘘をつく。へーーきで、傷つく。これ、やったことをやったと言われたら、傷つくわけだから。それで、その気持ち自体には嘘がないんだよ。本当に、ひどいことを言われて傷ついているつもりになっている。もーーーやってらない!! なんなんだ!!こいつは!!って話になる。で、いつも、そうなんだよ。これも、そういう人間と一緒に住んだことがない人は、わからないんだろうけど、いつもそういうモードなんだよ。これわからないだろうな! わからないと思う。で、わからない人間がもうひとりいて、本人なんだよ。本人は、他の人たちがわからない以上に、わからないんだよ。こんなふざけた話があるか。で、じゃ、忘れてしまうほど?こだわってないのかというと、そうじゃないんだよ。「その時」は、猛烈にこだわる。これ、本当に、どんな些細なことでも、本当は、鬼のような勢いでこだわっている。で、こだわってこだわって、些細なことでも絶対に譲らないんだ。いのちがけで譲らない。で、都合が悪いことを言われると、もう、顔を真っ赤にして、発狂して、シャットアウトなんだよ。一度シャットアウトしたら、そのあと、どれだけ言っても、本人は(言われている本人は)まったくなにも感じない。要するに、言われてないことになっている。本当に「静かにしてくれ」「どいてくれ」と言うことだって、本当は、殺人沙汰になる。絶対に静かにしないし絶対にどかないからな。
普通はここで終わりだけど、うちの奴らだと、「静かにした」「どいてやった」「そんなんじゃないそんなんじゃない」というのが付け加わる。じゃ、本当に静かにしてくれたり、本当に相手が通れるようにどいてくれるのかと言ったらそれは絶対にないんだよ。さしあいになるしかない。殺しあいになるしかない。こちらが、こちらの言い分を通そうとすれば、殺し合いになるしかない。そこで、殺して、どかすとか、そこで殺して静かにさせるということしか選択できない。けど、やりきった本人は、シランプリだよ。シランプリでやりきる。けど、やったつもりがないというおまけがつく。そういうことが毎日毎日、これでもかと言うほど、何回も何回も繰り返される。小さなことなんだけど、本当は、小さなことではない。命がけ。絶対に譲らない。

2016年8月4日木曜日

気がつかないんじゃなくて、きちがい兄貴が何万回も、無視したんだよ

静かだな~~。

ドシャドシャ鳴ってた。死にたかった。あの魔空間。あの亜空間。死にたい。本当にくるしかった。鳴っているだけで苦しかった。鳴っているあいだじゅう持続してしまう。鳴っているあいだじゅう苦しみが持続してしまう。鳴っている異常、その苦しみから逃れることができない。音と音のあいだがものすごく短い。音一と音二のあいだに音三が鳴っている状態だから、切れ目がない。音一、音二、音三が、どれも、脳みそにものすごくびく、悪い音なんだよ。鳴っていて、あの音を無視することなんてできない。だから、鳴らされている最中ずっと苦しい。三分鳴っていれば三分苦しい。三〇分鳴っていれば三〇分苦しい。

俺は、さんざん言ったからな。

耐えられるわけがない。あの音のなかで勉強するなんてことは、不可能。 本当にうるさい音で鳴らしている。きちがい兄貴は、あの音を、「普通の音」ということにしてしまったんだろう。普通の音であれば、いま住んでいるところでも鳴らせるのにね。いま住んでいるところでは、人に気を遣って鳴らせないんだよ。うちでは、絶対に一分だってゆずってやらなかった音が普通の音であるはずがないだろ。あれを、普通の音だと感じてしまうと言うか、脳内で言い換えてしまうと言うのが、おかしい。精神異常者だ。なんでも通る。

そのやり方でやればなんでも通る。どれだけうるさい音で鳴らしてたって、きちがい兄貴が「こんなの普通の音」と思えば、きちがい兄貴のなかでは「普通の音」になってしまうのである。そういうやり方だから。そして、きちがい親父のように頑固にやって、絶対に、やったことを認めないんだよ。だから、いつも本人は気楽なんだよな。で、やめろと言われたら、きちがい親父のように、発狂する。自分が一分でも本当にやめなければならないとなったら、エレキギターにしがみついて鳴らしまくる。だから、本当は一分だってゆずってくれなかったのに、本人は、「ゆずってやった」と思っている。

※きちがい兄貴が最大限ゆずってやったつもりの音※が、普通に言ってでかすぎるのである。頭がおかしい。きちがい親父のように認めないんだよな。で、そういう認めない態度にどれだけ腹を立てていると思っているんだよ。自分が一回やられれば、わかるのに……自分が親父にやられたときはわかるのに、自分が弟にやっているときは何万回、何十万回やったって、わからないのである。何十万回やったって、本人なかでは、「そんなの知らなかった」「一回もやってない」ということになっているのである。

あんな音で、普通の場所で鳴らせるわけがないんだよ。普通の場所で、あんな音で鳴らしたら、一〇分で逮捕される。頭がおかしい音で鳴らしやがって!!! 頭がおかしい音で鳴らしやがって!!! 一日に一四時間鳴らしたって、一日に何十回文句を言われたって、まったく鳴らしてないのとおなじ気分なんだよな。本人が五分間、一デシベル下げてやれば、……その一デシベル下げた音が、人が絶叫している声よりもずっとずっとでかい音なのに、……下げてやったから、静かにしてやったということになってしまう。きちがい兄貴のなかでなってしまう。その五分間だって、どれだけうるさいか。本当に、一階の玄関で話ができないような音で、鳴らしているのに「静かにしてやった」と、嘘でなく思える。そういう感覚の持ち主で、ずっとそうだったんだよな。

きちがい兄貴よ。きちがい兄貴が静かにしてくれなかったのは、自分が一日に何分鳴らさないで静かにしたか考えればわかる。弟が「やめてくれ」と言ったとき、何分間鳴らさないで静かにした考えればわかる。ゼロ分だよ。試験期間中も含めて、たとえば、午後四時から午後四時三〇分まで、三〇分間は静かにしてやるというような約束をしなかっただろ。

一回も、……一五年間で1回も、午後四時から午後四時三〇分まで三〇分間、鳴らさないで静かにしてないだろ。午後四時から午後四時三〇分まで三〇分間、ヘッドホンをして静かにしてやったことがないだろ。中間試験一週間前、中間試験中、期末試験一週間前、期末試験中ですら、午後四時から午後四時三〇分まで三〇分間、鳴らさないで静かにしてくれたことがないんだよ。これ、三〇分間じゃなくて、一〇分でも五分でも一分でもおなじだから。時間を決めて鳴らさないで静かにしてくれたことが一日もない!! そういう状態なのに、「静かにしてやった」「最大限静かにしてやった」と嫁さんの前で嘘をついて、嘘をついているつもりすらないというのがおかしくはないか? きちがい兄貴のやり方は、い・つ・も、そう!!!!

だから、実際には、一分だって、鳴らさないで静かにすると言うことができない。しない。そんなのは、一分だろうが、自分の気持ちが崩れるので……腹を立てて、絶対にやってやらなかったことだ。それが、本当の姿。「静かにしてやった」「そんなに鳴っているとは知らなかった」とかどの口で言っているんだよ? いま、よそのうちでならすわけにはいかないから、静かにする必要がなく、だからこそ、そういう嘘を言えるだけだろ。うちにいるときは、一〇〇%時間鳴らすのがあたりまえなんだから、絶対に、一分間でも時間を決めて静かにする約束をしなかった。

で、よその家では、鳴らしてはいけないようなでかい音だと言うことがわかっているのに、うちでは、鳴らしてはいけないでかい音だとは、それこそ、一分も考えなかったのである。一日に一分じゃなくて、一五年間で一分も、そういうふうに考えなかった。だから、普段からずっと鳴らして、絶対に、一分もゆずってレなかった。これが本当の姿なのに、どう思っているんだよ???

本当に、親父とおなじなんだよな。もう、やる必要がなくなったから、「知らなかった」「そんなことに鳴っているとは知らなかった」ととぼけているだけで、鳴らしているときは、どれだけ言われたって、知らない状態なんだよ。何万回言われたって、知らない状態なんだよ。頭がおかしいだろ!!!! 何万回言われても、気がつかないとかおかしいだろ。気がつかないんじゃなくて、きちがい兄貴が何万回も、無視したんだよ。

やり方が親父とおなじ。自分にとって不都合なことは、どれだけ何万回言われても、無視して、やりきる。それで、自分は一回も言われてない……というような意識を持っている。頭がおかしいだろ。で、そういう頭のおかしさを利用して、鳴らし続けたんだよ。頭のおかしさを利用して、自分がゆずらずに、でかい音で鳴らす環境というのを手に入れた。

で、一度手に入れたそういう環境は、頭のおかしさを利用して、絶対に手放さない。手放すわけがない。自分がやりたい時間は、全部自分がやりたいようにやりたいわけで、一分だって、自分が本当におれるカタチでゆずりたくないわけだから。ゆずりたくないからゆずらないというのを、頭のおかしさを利用して、実現した。だから、なにもしたつもりがないのである。

それを本当に、一四年間と数ヶ月間、ずっと毎日繰り返している。うちにいる限り、どれだけなにを言われても気がつかない。うちにいる限り、何万回言われても、気がつかない。何万回も、文句を言われているのに、……「静かにしろ」「鳴らすな」「やめろ」と何万回も言われているのに……そして、そういう風に言われても本当には一分間だって静かにしてないのに……弟が困っていると言うことがわからない。認めない。

弟が困っているなんてことは全然知らなかった。だから鳴らしたんだという立場なんだろ。いまは!!! 頭がおかしい!!!! 俺は何万回も怒鳴り込んだ。知らないわけがないだろ。中間試験前にどれだけ言ったと思っているんだよ? 中間試験中(期間中)にどれだけ言ったって思っているんだよ? 期末試験だってそうだ。入学試験だってそうだ。入学試験一ヶ月前、二月前、三ヶ月前からどれだけ!!!!どれだけ!!!行ったと思っているんだよ!!! 知らないわけがないだろ。

これ、本当にハンダゴテ事件とおなじなんだよな。「そのハンダゴテじゃダメだ」と何回言っても親父が認めない。発狂して認めない。それと同じで、「きちがい兄貴の音がうるさい」と何回言っても、きちがい兄貴が認めない。本人が認めなければ、何万回言われても、一回も言われなかったということになってしまうのである。それが、うち!!! うちでは、毎日それで、あたりまえ。逆にそうじゃない反応が返ってくることがない!! 永遠にだよ。やっているあいだ!!!永遠にだよ……。

やっている以上は、常にそうなんだよ。これが他の人にはわからない。だから、ハンダゴテ事件とおなじで「そんなのちゃんと言えば、わかってくれるはずだ。説明のしかたがまずかったんじゃないか」などと常識的な、きちがい家の事情を知らない!普通の人に言われて、悔しい思いをする。他の人からみれば、「ちゃんと言わないおまえが悪い」ということになってしまう。ちゃんと言っているのに、キチガイだから通じないだけなのに!!!!!!!


いま、午後六時〇四分。鳴っている時間だ。この時間にどれだけ怒鳴り込んでも、午後六時三〇分まで、鳴らさないで静かにしてくれるとかそういうことがなかっただろ。一回も、午後六時台に一分間ですら、ちゃんと鳴らさないで静かにしてくれたことがないだろ。ヘッドホンをして静かにしてくれたことがないだろ。それなのに、「静かにしてやった」とか、嫁さんの前で、言ってるんだろ。二五年間も毎日。頭がおかしいぞ!!! おまえは!!!!きちがい兄貴!!! じゃ、六時台に、一分間鳴らさないで静かにしてくれた日が、あるのか? 答えろ。静かにしてないだろ!!! なに言ってんだよ。そういう通じなさで、毎日、鳴らしたんだ。そういう通じなさで、入学試験前に何回も何回も交渉しているにの、一日に一分だって静かにしてくれなかった。


2016年8月2日火曜日

あまりにも非常識すぎるでかい音だからだ

本当に鳴ってた。今の時間鳴ってた。なってたぁ~~~~~という感じしかしない。この夜の雰囲気は、鳴っている雰囲気だ。本当にすべての日、すべての時間、耳をどれだけきつくふさいでも、無遠慮にどかどか入ってくる、きちがい的にでかいヘビメタ騒音が鳴ってた。どれだけ、耳をふさいでも、きちがいヘビメタ騒音で、いっぱいで逃げ場がなかった。逃げ場がないんだよ。

ここで、ヘビメタ騒音に焼かれるだけになってしまう。それから、きちがい兄貴は、俺が「しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだ時だけ、うるさく感じていると思ったかも知れないが、あるいは、思っているかもしれないけど、そうじゃなくて、我慢している。たとえば、午後九時に「うるっさささいぁぁぁいうるさいっぁぁぁい!!!しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだあと、午後九時四〇分に「しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだとしよう。

この場合、四〇分間ずっと煮えくり返っている。どうしてかというと、ヘビメタ騒音が四〇分間「なりつづけて」いるからだ。別に、午後九時だけうるさかったのではないのである。午後九時四〇分だけうるさかったのではないのである。耐えている。四〇分耐えている。その四〇分間が俺にとってどういう状態だと思っているんだ? ときちがい兄貴に聞いているわけ。

どれだけなにを言っても、きちがい兄貴が、顔真っ赤にして、願に鳴らし続ける。無視して鳴らし続ける。そういう状態だ。それが、まあ、「おっぱらった」状態だよ。で、一日に一三時間鳴らしているときは、一三時間、どの時間に行っても、同じだったんだからな。きちがい兄貴が、きちがい的な決意で、絶対に弾いていた。鳴らしていた。

どでかいヘビメタの音に合わせて、エレキ・ギターをこれまたドデカイ音で鳴らしていた。あれだけの音を、いま住んでいるところで、一日に五分でも鳴らせるのか?と聞いているんだよ? いま!!! 鳴らせないだろ。あまりにもでかい音だからだ。あまりにも非常識な音だからだ。きちがい兄貴が鳴らしていた時、かならず、そういうでかい音で鳴らしてたんだよ。

「ゆずってやった」とか「静かにしてやった」とか嫁さんの前で言っているけど、それ、嘘だから。自分で嘘を付いているつもりがないかもしれないけど、嘘だから。

で、自分で嘘を付いているつもりがないというしくみが、親父と同じなんだよ。あの時の音がなんでもない普通の音だ……自分は普通の音で鳴らしていたというのであれば……いま住んでいるところで鳴らしてみろと言っているんだよ。一分だって、いま、住んでいるところで、鳴らせない。それは、迷惑だからだ。あまりにも非常識すぎるでかい音だからだ。「うちでは」なんだろうがあたりまえなんだよ。

それが、また、キチガイオヤジと同じなんだよな。きちがい親父にたたきつけられて……一五年間たたきつけられて、キチガイオヤジとまったくおなじになってしまった。きちがい親父は、これまた、きちがいだからとしか言い様がないのだけど、「すべてのことで」そうなる。すべてのことで、話が通じない。すべてのことで、きちがい兄貴がヘビメタでやったような、「わからない」ことをする。

で、そうやって意地になってやったことは、全部やってないことになっているんだよな。それは、何十年毎日、そうしていても、一回もやってないことになっている。逆に、これまた、きちがい的な意地で、どれだけ言っても、絶対にやってくれなかったことに関しては、「やってやったやってやった」ということになっている。

で、それが、本当に、際限なく続く。

きちがい親父の……なんて言うのかな??人格……構造?が同じだから「いつも」そうなるんだよ。これを、たとえば、認知療法家は「またまた、そうなった」と言い換えるんだよ。そうじゃないわけ。だから、きちがい親父が原因で!強迫神経症になった人は、そういう説明では、言い換えられない記憶があるわけで、おいそれとは、認知療法家の説明には納得できないわけ。

これは、歪んだ考えにこだわっているからではなくて、正常な認知にこだわっているから。「だれだって、機嫌が悪いときはある」「だから、たまたま期限が悪くて、そういう反応をしたのだろう」これが間違っている。だから、現象が説明されない。現象が説明されて、やっと、腑に落ちるという経験ができるんだよ。腑に落ちるという経験をしない場合、強迫神経症は繰り返される。症状をかえて繰り返される。バリエーションなんだよな。たとえ、距離があるようでもバリエーションなんだよ。だから、無理やり納得しようとして、「たまたまだったんだ」ということで、一つの症状を押し込めたとしても、ある程度期間があいて、別の症状がしょうじる。

2016年8月1日月曜日

前世と差別主義

なんか大きく誤解している人がいるみたいだから言っておく。


たとえば、いろいろなデータを分析して「日本が負ける」という結論を出した人がいたとしよう。けど、言霊に支配されている国だと「日本が負ける」ということを言うことができない。「このままでは日本が負ける」「この作戦では日本軍が負ける」ということが、言えない。さらに、もしそういうことを言って、実際に負けてしまったとしよう。そうなると、「おまえが、負けると言ったから負けた」というようなことを言い出す人が出てくる。そういうひとが出てくることが、明らかなので、余計に言えなくなる。これが、思考の停止なのである。だから、良くない。これがどれだけの損害につながったかわかっているひとが少ない。本当に多くの人(徴収された日本兵)がくだらない作戦につきあわされて命を落としていったのである。これは、良くない。

昔の話しではなくて、いまでも、そういうことが成り立っている。


あとは、スピ系差別助長の話しだけど、これは、こういうことだ。スピ系では、たいていの場合、前世があるということになる。そして、魂をみがくためにこの世に生まれてきたというような話しになる。それは、別によい。しかし、たとえば、なにかの身分制度において、一番上のひとは、前世で善行を行ったから一番上の身分に生まれたと考える人が出てくると問題が生じる。あるいは、カースト制度で一番下のひとは、前世で悪行を行ったから一番下の身分に生まれたというような意識が生じてしまうと、問題が生じる。そして、その意識は肯定される。つまり、悪いものだとは思えなくなる。しかし、それは、前世というフィクションを現実のものだと考えているからしょうじる差別意識だ。

本当にわかっているひとは、こういうことが、また、新たな問題(カルマ)を生み出してしまうということを、わかっている。だから、そういう意識には陥らない。わかっているひとは、他のひとにそういう考えを伝えるときも、配慮がある。わかってないひととは、ぜんぜん違うのである。

   *     *     *

基本、スピにかんしては、正直ブログをやっている人むけのメッセージじゃありません。時期的に誤解したみたいだな。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。