2017年1月29日日曜日

ヘビメタ騒音が鳴ってからつかれっぱなし。

正直言ってかなりくるしい。からだがだるい。喉が渇く。だるいよな~~。また、横になるしかないか。俺もうつかれたな。つかれた。ヘビメタ騒音が鳴ってからつかれっぱなし。

どうすりゃ、いいんだ。
耐えて、横になるしかないか。

まるで、迷惑行為をしたつもりがないんだよ。うらまれているとは思ってない

正直言ってむなしい。ヘビメタ騒音に十数年も毎日たたられずに、引きこもっていると、ぼくは違うと思う。もちろん、引きこもりから離脱した人も。

だから、ヘビメタ騒音がない状態で暮らしてきて、引きこもりから離脱した人の話というのは、まるで参考にならない。まあ、その人にもヘビメタ騒音に相当するようないやなことがあったのかもしれない。……と考えるしかないだろう。けど、違うんだよな。本当に、人は違う。条件が違いすぎる。なんとなく、相似ではあるんだよな。

逆に、ヘビメタ騒音以外の理由で引きこもっている人には、どういう理由で引きこもったのか聞きたい感じがする。もっとも、いじめが理由という場合は、ぬかしておく。まあ、いろいろあるだろうな。相似ではあるんだよな。まあ、人のことはいいや。けど、ぼくはやはり、もと引きこもりの人が言っていることは、参考にすることができない。おなじようにヘビメタ騒音にさらされた人が、この状態を打開したというのであれば、その人の話は聞きたい。


いま、日曜日の午後三時四一分で、この時間も鳴っている。朝の一〇時から鳴っていて、今のいままで鳴っているという状態だ。で、こういう状態で、鳴らしているきちがい兄貴に「うるさいから静かにしろ」!!」「鳴らすな!!」と言っても、絶対に、静かにしてくれなかったんだよ。一分も、一秒も!! だから、この空間に染みついている。これが問題なんだよ。朝、俺が起きてから、どういう気持ですごしていると思っているんだよ? 

いま住んでいるところで鳴らさないで生活できるのだから……すごしているのだから、鳴らさないですごすことも可能なんだよ。けど、きちがい兄貴は鳴らさないですごすことは一秒でも可能ではないという状態で暮らしていたんだよ。うちでは!!! 態度の差が激しすぎるだろ。これ、本当に自分が静かにさせられそうになったら、ふくれて、むすーっとした顔をして、二階に上がって鳴らした。

きちがい兄貴が、気楽に対応するときは、きちがい兄貴が好きな分だけ静かにするというやり方で、静かにするだけ?で、まったく意味がない。きちがい兄貴とって、静かにするというのは、だれもがけたたましいと感じるでかい音で鳴らし続けるということだから、意味がない。

こんなの、絶対に、起きてやっていることなら、わかりそうなものなんだけど、一三年間でも、一四年間でも、ずーーっとわからないままなんだよな。三〇年経っても四〇年経ってもわからない。わからないまま。うちでやったことは、「いい」と思っている。これ、本当に、自分勝手に好きな音で鳴らして……けたたましいでかい音で慣らして……なんとも思ってないんだよ。

よそのうちでは、日曜日に一時間どころか、一〇分どころか、一分間でも鳴らすのをはばかるような音で鳴らして、なんとも思わない。一分間本当にならさないで我慢してやるというのが、どうしてもできない。一秒だろうが本当に我慢させられて、鳴らせなくなるというのが、我慢できない。自分が鳴らすなら、自分が満足できる音で鳴らすということにこだわりつくす。

これ、きちがい兄貴自身がわかってないかもしれないけど、このこだわりは、親父の金に対するこだわりを遙かに超える。そういうことをやって、……そういう意地で、そういう悪いことをして、なんとも思ってないんだよ。むしろ、一分間でも、自分がやりたい音で鳴らしたまま、ホーーーんのちょっとだけでも静かにしてやったら、それで、大威張りだ。

もう、一日中静かにしてやったのとおなじつもりになる。だから、ほーーんのちょっとだけ、静かにしてやれば、入学試験前だろうかなんだろうが、そのあと一〇時間鳴らし続けても、悪いと思わないんだよ。むしろ、協力してやった、しずかにしてやった」と思っている状態だ。そういうどけちぶりと恩着せがましさがあるんだよ。で、これも、親父とおなじなんだよ。けど、親父のそういう態度や感情よりも、さらに、兄貴のほうがそういう態度や感情が強い。も

う、「はいっちゃってる」。親父も「はいっちゃってる」状態なんだけど……これ、本当に、本当に、気にしない。ほんのちょっとでもやってやれば、やってやったことになっている。一日中やってやったことになっている。で、心底そういうふうに思っているところがある。だから、入学試験前だろうが、一分間、〇・一デシベル静かにしてやれば、それで、一日中静かにしてやったのとおなじだと思っている。

だから、二分目から、もとの音に戻して、一時間……二時間、……三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間、九時間、一〇時間、一一時間一二時間と、よそのうちでは一分でも鳴らせないようなけたたましい音で鳴らし続ける。そうであれば、一二時間と二分鳴らしていることに鳴るのだけどなるのだけど、本人は、最初の一分静かにしてやったから、「静かにしてやった」つもりなんだよ。まったく悪いと思ってない。こっちが、何回も「困るからやめろ」「明日試験だからやめろ」と怒鳴り込んだら、「せっかく静かにしてやったの、あとからあとからなんだぁぁぁぁ!!!」と逆上して、エレキギターにしがみついて鳴らすんだよ。

だいたい俺が、精一杯、怒鳴っても兄貴が、音を落とさなければ、俺がなにを怒鳴っているか、聞こえないような音で鳴らしている。そういう音で鳴らしているのに、……そういう音で現在進行形で鳴らしているのに……「静かにしてやったのになんだぁぁぁ!!」と思うような性格なんだよ。これ、本当に、……。親父以上だな。いや、親父もおなじなんだけどな。やっていることがおなじなんだよな。きちがい兄貴がやっていることは、きちがい兄貴が小さいときに、親父にやられて、くやしくてくやしくてくやしくて、くやしくて、納得できなかったことなんだよ。俺にやり返している。き・く・わけがないんだよ。

そういう状態なのに、本人は、もちろん、「つもりがない」ままだ。頑固にそういう態度で鳴らしているのに、「自分は静かにしてやったからいい」「もう静かにしてやる必要がない」と思って鳴らしているということに、気がつかない。やり通せば、「やらなかった」ことになってしまうのだ。その時、やり通すことができれば、本人の中ではそれで終わっていて、次の日に「静かにしてくれなかった」と言われたら、もう、むすーーっとした顔になって怒ってしまう。「静かにしてやったのになんだ」という気持ちになる。親父も兄貴もなんて言うのか、相手に言われたときの気持ちと、そのあとの気持ちがくっついてないんだよ。そのあと頑固にやったことは、「やったってやってない」ことになっている。で、兄貴は無言でむすーーっとした顔をして、毎日やりきる。親父が「やったってやってない」と怒鳴り散らして怒り狂うのは、親父の無視のしかたが、不完全だったからだ。兄貴の無視の仕方は、それよりも、ひどいんだよ。だから、無視すればそれで、済んだ。要するに、親父よりも、追い込まれない。相手に対してよゆうがある。無視して、自分がやりたいことをやれば、なんていうのかな「やってないやってない」といいわけをしなくても済む状態なのである。言い訳する必要が出たのは、よその人に「これ本当なの?」と聞かれたから。よその人から「これ、本当なの? (弟さんが言っていることは本当なの?)」と聞かれて、はじめて、都合が悪くなくて「そんなのやってない」「(弟が)嘘をついている」という必要性が生じた。「うち」の中では、どれだけ、うちの人から、言われたって、むーーっとして怒るだけで、そういうことを言う必要性さえ生じなかったんだよ。これ、わかるかな? で、本当に、きちがい兄貴は、あれだけこだわって、やりくさった」くせに、ぜーーんぜんそんなのやってないという気持なんだよ。いまは……。「そんなの知らなかった」「そんなつもりじゃなかった」「そんなに鳴らしてない」ときちがい的な嘘をつけば……それで済んじゃってる。自分がどれだけこだわりつくしてやったか、……自分がこの世でやったことに……直面しなくていいんだよ。そんなの弟が勝手に言っているだけだ」みたいな気持ちになって、「そんなんじゃない。そんなんじゃない」と言っている状態だ。それは、「よそ」のうちで!!!そういうふうにいう必要性が生じた。「うち」では、そういうことを言う必要性さえ生じなかったのである。これ、わかるか?? うちでは、一日中、こだわりつくして、こっちが何回「やめろ」と言っても、鳴らし続けたのに、一日が終われば、それで、なんて言うのかな? まったく鳴らさなかったのとおなじ気持ちになる。おなじ認識になる。そういうことが毎日きちがい兄貴の頭の中で繰り返されているから、本当にやったつもりがないんだよ。じゃあ、やめてくれるのか……本当の意味で我慢してくれるのかというと、本当の意味で我慢するのは一秒だって、絶対にいやだから、やってやらないという態度で、鳴らし続ける。これ、兄貴が本当に静かにさせられそうになったら、腹を立てて、自分の気持ちを通して、一秒だってゆずらないで鳴らしてたのである。だから、鳴らしているのに……鳴らし終えてしまえば……鳴らさなかったことになってしまうのだ。鳴らしている最中の気持と、鳴らし終わったときの気持が、くっついてない。完全に分離している。鳴らし終わった途端に、「一日中静かにしてやった」のとおなじ気持ちになる。鳴らしている時は、鳴らしたいわけだから、「(相手に静かにしろと)言われた」ということさえ、認めずにやりきるのである。そういうことを意識の外に出して、熱中して、頑固に、自分のこだわりの音で鳴らし続ける。

だから、自分が鳴らし続けて(相手に)うらまれているとか、そういうことは、どれだけがめつくやりきっても、意識できない。だから、へらへらしていられる。自分ではさんざんゆずってやった、弟に対して悪意がない、言いお兄さんだと思っているのである。「別になにもしたつもりがない」のである。あれだけもめて、あれだけ、意地になって、迷惑行為をしているのに……絶対にやめないで迷惑行為をしているのに……まるで、迷惑行為をしたつもりがないんだよ。うらまれているとは思ってない。普通、「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言われているのに、自分が意地を通して、ガンガン鳴らし続けたといこうとを知っていれば、相手がうらんでいるということがわかるんだよ。これ、親父とおなじなんだよな。どこまでもおなじなんだよ。親父も、兄貴にうらまれていると思ってないんだよ。兄貴うらまれることをしたと思ってないんだよ。これ!! おんなじ!!!

新JIS配列を援護する……新JIS配列は小指の負担が大きすぎるというのは嘘!

新JIS配列が発表されたとき、批判していたのは新JIS配列で打ったことがない人たちなのである。「みたかんじ」を言っているにすぎなかった。見た感じ「小指をひねって打たなければならないので、小指に負担がかかる」などと批判していたのだ。小指をひねる必要などはないのだ。この人の批判した小指をひねるというような表現は、実際には当てはまらない。たまたま見た、子供?が小指をひねるようにして打っていたのだろう。実際には、腕全体を斜め下に移動することで、シフトキーは打てる。腕全体と言ったけど、まあ、手全体でも、おなじだ。おなじことを、別の言葉で言っているにすぎない。実際に、新JISを使い込んで、それで、批判しているというわけではないのだ。「ただ、見た感じ~~」にすぎない。

子供?が手首をひねっていたのは、Jのキーに指を置くことにこだわったからかもしれない。あとは、子供の手が、キーボードに対して小さかったのかもしれない。いずれにせよ、実際の新JIS入力においては、小指の負担はそれほどでかくない。これ、頭で考えている人が、小指の負担がでかそうだ」と思っているだけなのである。新JIS配列のシフト入力は、実は、英文タイプに似ている。新JIS配列で日本語を打つときの感覚は、ローマ字入力をそのまましているときの感覚よりも、QWERTY配列で、そのまま英文をタイプしているときの感覚に近い!! 

何度も言うけど、小指は、手をひねって打つのではなく、……つまり手首の関節をくの字型に曲げるようにして打つのではなく、そのまま、下に手を移動するだけでよい。手首の「回転」はいらない。見た感じで判断した人は、これがわかってない。だいたい、本人が打たないで……子供が打っているのを見ただけで、批判をするというのが、良くないことなのである。そのキーボード配列の批判をするなら、自分が習得して、何ヶ月も使ってみて、それで、批判するべきだ。完全に、間違っている。

にもかかわらず、新JIS配列が発表されたときは、その手の批判が多かった。一度も、そのキーボード配列で文字を打たずに、批判していたのだ。これは、おかしいだろう。けど、そうだった。

新JIS配列は、もともとは教育用に開発されたものだ。教育用のコンピューター(パソコン)には新JIS配列のキーボードが接続されるはずだったのだ。しかし、実績がないというめちゃくちゃな理由で、「廃止」になっている。実績がないという理由が成り立つのであれば、ニコラ配列も同様に実績がないわけで、廃止にしなければならない。しかし、ニコラ配列は廃止されてない。あまりにも、批判を受けたので、なんか黒歴史のように感じて、なかったことにしたかったのだろうか。

けど、新JIS配列はものすごく考えられた、良い配列で、日本語を打ち込むのにふさわしい配列なのである。自分はローマ字入力も高速入力できるけど、新JIS配列で打っているときの方が明らかにはやい。はやいし、間違いがない。そして、自分が思った速度でさくさく打てるのである。一文字ずつ本当にひらがなが出るということは、日本語を打つときにけっこう必要なことなのである。大正時代に考えられた日本語タイプライターの規格をほぼそのまま持ってきたJIS配列は、厳しいところがある。しかし、新JIS配列に関しては、そういうことはない。

JIS配列の厳しさは、よく使うひらがな「う」などが最上段にあるからしょうじる。中段、下段、上段の三つの段階しかない新JIS配列とは、まったく違う「感覚」なのである。この「感覚」というのは、打つときの感覚で、感覚と言えども非常に重要なことだ。新JISの場合は、三段にすることによって、その問題を解決している。

何度も言うけど、小指の負担はそれほどでかくない。実際自分は、何十年も新JIS配列でパソコンやワープロを使ってきて腱鞘炎になったことがない。ぼくが一日にタイプする量というのは、普通の人間としては膨大な量で、けっしてタイプする量が少ないから、腱鞘炎になってないというわけではないのだ。じゃ、どのくらい打っているのか数字を見せろということことになるかもしれないけど、これは、ちょっと難しい。何十年にもわたって、打ってきたときのデータがない。ともかく、この程度の文章を二〇本ぐらい打ってもまったく問題はないよと言い切れる。
ぼくの場合問題なのは、むしろヘビメタ騒音で失った正常な体力のほうで、腱鞘炎とかそういうことは、関係がない。

ともかく、言いたいことは、新JIS配列はそれほど小指には負担がかからないということだ。小指は腕ごと、あるいは、手全体をすこし斜め後ろに動かすことでごく自然に入力できるのであり、実は、小指の負担の多さというのは、あまり問題にならない。

2017年1月28日土曜日

不安感が半端じゃない

生きているうちにヘビメタ騒音のことをどうにかしたかったけど、どうにもできないまま死ぬのかもしれない。夜、電気を消すととてつもなく不安になったので電気をつけっぱなしにしておいた。

で、眠ったり、眠りからさめたりしていたのだけど、不安感が半端じゃない。「つくづくヘビメタ騒音だった」と思った。ぼくの人生は、つくづくヘビメタ騒音だった。ヘビメタ騒音がない人生というのを、つねに考えている。これ、きちがい兄貴は、そのまま、なんて言うのかな?全部の時間鳴らすのがあたりまえだから鳴らしたぐらいの気持ちしかないと思うけど、ほんとーーーに全部が全部、ヘビメタ騒音なんだよ。

きちがい兄貴にとって、親父にやられていた日々は遠い昔で過去のことなんだろうけど、俺にとってきちがい兄貴にやられていた日々は遠い昔の話しではないし、過去のことでもない。本当にヘビメタ騒音がなければ普通に勉強ができるのに、俺だけつねに勉強の邪魔をされてすごしてきた学生時代というのが大きすぎる。この不公平感が半端じゃない。ぼく以外のだれにとっても、「そんなは、関係がない話し」で、「そんなのは、たいしたハンディじゃない」ということになるのだろうけど、……これ、違うんだよな。

ヘビメタ騒音のハンディがでかすぎる。

本当に、ヘビメタ騒音が一日目に鳴りやんだら、ぼくの人生はまったく違ったものになっていただろう。で、そっちの人生のほうが本当の人生、本来の人生で、こっちの人生は間違っている。いまのこの人生は、間違っている。こんなのはおかしい。ぼく以外のひとにとって、ぼくがヘビメタ騒音で勉強ができないということはぜんぜん関係がないことなんだけど、ぼくにとっては関係がある。おおありだ。これ、たいしたハンディに見えないんだろうな。「ヘビメタ騒音なんてものがなかったとしても、大差ないんだろ」「ヘビメタ騒音のせいにするな」とか思ってそうだよな。そういうことも含めてつらすぎる。

兄貴の態度というのが、やっぱりおかしい。感じ方自体がおかしい。兄貴は、完全に親父になっていた。親父とおなじモードでやって、親父とおなじモードでまったく気にしない。過去の話になれば「やってないやってない」だ。本当に、全部おなじ。


   *     *     *

正直言って、だるい。横になっているとき、強烈にだるい。本当は、喉が渇くので水を飲むために起きたかったのだけど、起きれなかった。小便には起きている。けど、小便に起きたとき冷たい水を飲むのは、気が引けるので飲まなかった。はやく寝床に戻って横になりたいから。からだのだるさと夜の感じが……ヘビメタ騒音の夜とおなじなので、つらい。これ、本当、どれだけ言っても、俺が言っているだけ……になってしまうんだろうな。他の人の身の上にも、きちがいヘビメタ騒音が等分に降りかかっていたら、話しは違うと思う。ヘビメタ騒音が異常だったので、他の人と話があわなくなっている。本当にくるしい。

2017年1月26日木曜日

Linuxで、新JIS配列を実装する方法を考えていた

とりあえず生きているよ。
この先どうするかな。

けど、新JIS配列で打てるということがすごいことなのかもかもしれない。一応、Windowsだけなんだけど、新JIS配列ですらすら打てる。Linuxで、新JIS配列を実装する方法を考えていた。で、あるんだよ。いまこれからWindowsのほうでテキストファイルを作るつもりなんだけど、これをLinuxのGoogle日本語入力で読み込める。

けど、DvorakJで日本語がすらすら打てるのだから、Linuxのことを考える必要はないかなと思う。本当にDvorakJの作者様には、感謝感謝、ひたすら感謝です。これがものすごくいいソフトで、プリシフトにも対応してくれたんだよな。要望を出したわけじゃないけど、親切で対応してくれた。

ともかく、Windowsに関しては、DvorakJでいいわけだけど、Linuxでどうするか悩んでいた。LinuxではGoogle日本語入力のローマ字変換テーブルを書き換えれば、やっぱり、新JIS配列になる。そして、スティッキーキーの設定をすれば、プリシフトもなんとかなるはずだ。けど、スティッキーキーの設定をして、プリシフトを実現する場合、アドビの一部のソフトで、多少の不都合があった。まあ、その作業をするときは、スティッキーキーを切ればいいんだけどさ。

しかし、すごい時代になったな。そして、新JIS配列とのつきあいもずいぶん長くなったな。時代が進んで、新JIS配列がどのパソコンでも可能になるとは思わなかった。

2017年1月24日火曜日

長期間、ずっと繰り返されてきたことに対するトラウマ

どうするかな。いろいろな思いが錯綜する。俺なんて、銀行のパスワードの設定をしているときも、ヘビメタ騒音のことが頭に浮かんでくる状態なんだよな。ヘビメタ騒音でつらかったときの記憶が頭のなかを駆け巡って、けっきょく、パスワードの設定に集中できない。パスワードがウエブログイン用のパスワード、取引用のパスワード、テレフォン用・ATM用のパスワードと三種類ぐらいあった場合、どれにしようかなと思っているんだけど、その思っている最中に……ヘビメタ騒音が鳴るんじゃないかみたいな恐怖感がある。なんて言うのかな? 鳴り始めるのではないかというような予期不安と、鳴っているときの実際の不愉快な感じが同居しているいやな感じなんだよな。鳴っているときも、なんて言うのかな……実際に、そっちのほうに気をとられて……勉強に集中できなかったわけで……その感覚が「復帰」してしまう。なので、忘れないようなパスワードを考えないとなと思いながらも、「ヘビメタ騒音終わってくれ!!!」みたいな気持ちがあるわけで、集中力が極端に?さがる。なんて言うか、夢の中で、あれやこれやと苦しみながら対応しているような感じになる。だから、「まさか忘れるはずがないよな」というものを忘れてしまったりする。銀行ごとにパスワードを変えてくれとか、もうだいぶ長い期間にわたって同じパスワードを使っているので変えてくれとかいろいろと言ってくるわけだけど、銀行だけで七行ぐらいあったから、いろいろと変えていると本人がわからなくなってくる。どうして、七行も口座があったかというと、ヤフーオークションに対応するためだった。出品者として。まあ、そのほかにもいろいろなパスワードがある。で、なるべく、集中してやらなければならないときに、ヘビメタ騒音の感覚が復活してしまう。で、なんか、……なんか不愉快なカタチでリソースをとられるんだよな。いろいろな作業をしているとき……アルバイトをしている時でもいいけど……ともかく、ヘビメタ騒音感覚が復活してしまう時がけっこうある。ちょっと頭を使うこととか、ちょっと集中しなければならないと思うことをやるとき、かならず、ヘビメタ騒音の感覚が復活する。ヘビメタ騒音が鳴っていて、足を引っぱられているときの感覚が復活する。ヘビメタ騒音が鳴っていて、勉強ができないときの感覚が復活する。


だから、ぼくは、四六時中、いまも、楽しくない。
外に出て、歩いているときも、ヘビメタ騒音の感覚が復活して楽しくない。これは、集中しなければならないことがあるわけじゃない。頭を使わなければならないことがあるわけじゃない。けど、歩いているとき、ヘビメタ騒音が鳴っているときの朝の感じが復活してしまう。朝、歩いているとヘビメタ騒音にたたられていたときの、あさの歩行感覚が復活してしまう。そのままの気持ちになってしまう。前の日まで、何千日もヘビメタ騒音に、あたりまえのようにたたられて勉強ができなくて不安になっていたときの状態が復活してしまう。特に、入試シーズンの朝はやばい。電車が……最寄りの駅が同じなんだよ。どうして同じかというと、ヘビメタ騒音にやられて、独立に失敗しているからだ。そりゃ、「簡単な作業」もできない状態なのだからしかたがない。簡単な作業が、どれだけ、不愉快で、気の滅入る、重い作業かわからない。「ヘビメタ騒音の四〇〇〇日、五〇〇〇日の連続で、ついにこんなところまで追い込まれてしまった」という気持もある。それから、鳴らされて一年経ったときのしんどい朝の雰囲気がある。なんて言うのかな? 本当に、持続してやられてしまった人間じゃないとわからないと思うけど……毎日やられたことというのは、ぬけないんだよね。「そんなことに、こだわらなくてもいい」「もう、もう過去のことなのだから、はやく忘れた方がいい」と言われがちなんだけど、それは、意識がどうこうできる問題じゃない。要するに「忘れよう」と思ったら忘れられるような「記憶全体」ではない。繰り返しなんだよな。一回じゃなくて、……。ずっと繰り返し。トラウマというと、なんか、一回だけひどいことが起こった、そのひどいことの記憶がこびりついているような状態を思い浮かべがちだけど、そうではないトラウマもある。繰り返されたことに関する記憶だ。長期間、ずっと繰り返されてきたことに対するトラウマ記憶も、消えない。「学習」しちゃってるからな。学習期間が長すぎる。学習の機会が多すぎる。本人の意志ではどうにもできない状態なんだよな。これ!

2017年1月21日土曜日

なんだかんだ言って、フリーで働いている人って強いよな

なんだかんだ言って、フリーで働いている人って強いよな。一国一城の主。自分が主役。
まあ、形態的には、自営業(個人事業主)から一人会社の社長までいろいろあると思うけど。別に、会社組織で部下がいてもいいけど……。個人事業主には簡単になれるよ。あんなもの、届け出を出せばいいわけだから。ぼくも、むかし出したよ。

まあ、一人会社の社長がつながっていくというのが理想なんだろうな。ぼくみたいな人間だと。けど、やっぱり、ぼくは、ヘビメタ騒音などで体力を失ってしまっている。睡眠回路も、直らないままだ。これ、本当に、根本的なところでだめになっているんだよな。睡眠回路のものすごく奥の方がだめになっている。木の幹がだめになっている。葉っぱとか小枝だったら、抜かれたり、おられたりしても、復活できるのだけど、木の根元から切られるとだめだろ。そんな感じ。睡眠回路のものすごく基本的なところがだめになっている。

むかし、口先三寸で国を動かすというのに、あこがれた。もちろん、良くするためにそうする。自分だけ偉くなればそれでいいというのではない。深いところまで考えるとこっちの政策のほうが、いいから、こっちの政策にしておけというような感じだ。目先のことじゃなくて、もっと遠くのことまで考えると、こっちのほうがすぐれているという政策がある。社会というのは、生き物のようなものなんだよ。生態系を保っている。だから、生態系に合致した政策が必要なんだよ。けど、目先のことにこだわっている人は、そこら辺のことがわかってない。ぼくは共産主義的なことも言っているけど、共産主義者じゃない。経済は設計できないと思っている。市場経済がたいせつ。市場経済は、社会にとって血管みたいなものなんだよ。だから、そこを、計画しようとすると失敗する。


困ったことに、ネズミが発生した。ネズミがくるようになった

男は外に七人の敵がいる……なんて、昔は言ってたけど、別に外じゃなくても敵はいる。うちなんて、ひどいもんだよ。兄貴が最大の敵だったからな。二番目の敵が親父だ。これ、本当にいろいろな影響を与えるんだよ。人間関係にいろいろな影響を与える。

起きてもだるい。寝ていてもだるい。だるいだるい。

もう、ともかくヘビメタ騒音がはじまってから、つらくてつらくて、しかたがない。今もつらい。今は鳴ってないけど、つらい。激しくつらい。つらすぎる。それから、おもしろくないんだよ。……この人生。

   *     *     *

親父は、へんなんだよ。たしかに。たとえば、電子レンジの中に金属スプーンを入れるなと言っているのに、かならず、ご飯の上に金属のスプーンを入れて、レンジをかけるんだよ。で、「だいじょうぶだ。だいじょうぶだ」って言う。たしかに、そのスプーンに関してはだいじょうぶみたいなんだけど、それでも、どうして、ごはんのうえに、わざわざ金属のスプーンをのせて!電子レンジにかけようとするかな。

ただ、そうしたいからなんだろうけど、金属のスプーンをのせる意味がないわけだから、標準的な方法にしたがえばいいだろ、と思う。電子レンジの中に金属製品を入れるとだめなのである。これは、スパークする。だから、メッキの飾りのついたティーカップとかは入れてはいけないのだ。もちろん、入れても、電子レンジのレンジ機能を使わなければいいけど、使うために入れるわけだろ。

で、あとは、これも何回も言っているんだけど、ご飯やおかずをそのまま、なにもかけないで、置いておくんだよ。普通、ほこりがつくから、なにか蓋をしようと思うでしょ。そういう気持がまったくないんだよな。で、何時間もずっと、置いておいてほこりがついているだろうご飯とかおかずを食べてまったく平気なんだよ。半日ぐらいおいてたって平気。いや、一日おいておいても平気。で、困ったことに、ネズミが発生した。ネズミがくるようになった。で、俺が毒えさを買って、ネズミには死んでもらったんだけど、これだって……本当は、そんなことはしたくないんだよ。けど、困る。

で、ともかく、ネズミがいなくなった。そうしたら、また、なにもかけないで、置いておくようになった。だから、「ネズミがくるから、そういうことはよせ」と言っているんだけど、通じないんだよな。「ネズミなんて、もういない」と答える。「だから、いまは、いないけど、そうやって、ご飯やおかずをテーブルの上におきっぱなにしておくと、ネズミがくるから、やめろ」と言っているんだけど……ご飯やおかずをテーブルの上に置いておくんだよ。なにもかけないで……。

で、ネズミが来ていたとき、いや、来る前から、「なにかかけておいた方がいい」と言ってたんだけど、かけたんだよ。ティッシュペーパーをかけた。これ、普通、そういうことする?? 鮭の切り身とかそういうものの上にティッシュペーパー。紙とか……。ネズミが来ているとき、ティッシュペーパーをかけていたかどうかは、忘れたけど、……たぶんかけている。かけてた。ちゃんと、防御できるようなもをかけておけよって言いたくなる。

もう、ネズミがいなくなったと思っているのか、ご飯を茶碗によそったまま、出しっ放しなんだよね。だから、「ネズミが来るから、やめてくれ」と言っているんだけど「ネズミなんてもう、いない」「だいじょうぶだいじょうぶ」の一点張りだよ。いまは、いないけど、そうやって、えさになるようなものを出しておくと、来るようになるからやめろと言っているのに、通じないんだよな。

で、これ、昔っからなんだよ。で、昔は親父が暴君だから、どんな間違ったことでも、うちの中では、正しいということになってしまうということがあった。というか、そういうことのオンパレードなんだよ。オンパレードは和製英語だけどな。こっちが正しいやり方でやっているのに、親父が、血相を変えて、怒鳴り込んでくるんだぞ。で、へんなやり方を押し付ける。発狂して押し付ける。頭がおかしい。お母さんもそれで、どれだけ苦労したか。

ちゃんと、掃除機を正しい使い方で使っているのに、きちがい親父が顔を真っ赤にして怒鳴り込んで「そんなんじゃない」「こうしろこうしろ」ってうるさい。親父が暴君だから、親父のやり方に合わせるしかない。で、それが、きちがい的におかしいやり方で、「そんなやりかたじゃ、掃除できなくなっちゃうだろ」って絶叫したくなることなんだよ。で、これは、こうだから、このほうが正しいと言っても、絶対に聞かない。で、自分のきちがい的なやり方を押し付ける。だから、親父がいるあいだは、きちがい的なやりかたでやるしかないというようなことになる。当時の親父を押さえつける人なんていないわけだから……うちには。親父の天下ででやりっ放しだ。







兄貴の形容しがたい態度があるのである

「本当に俺がどれだけ」という気持がいっぱいいっぱい、ある。これは、小学六年生のときから積み重なっている。もう、積み上がって積み上がって、背負いきれないほどだ。で、こういう気持ちの背景には、きちがい兄貴の形容しがたい態度があるのである。この形容しがたい態度は本当に形容しがたい。そして、きちがい兄貴自身が、そういう態度でつねに接してきた……ということに気がついていないみたいなのである。で、その気がつかない態度も含めて、形容しがたい。けど、形容しなければならないわけで、ぼくが、ここに、ずっと書いてきたのは、そういう態度についてなのである。形容しがたい態度をなんとか形容しようとして、ずっと書き続けているのである。けど、書いたところで……説明したところで、きちがい兄貴が生きているあいだ、ずっとずっと、そういう態度を通したということは、まったく変わりようがないのである。というわけで、……。(ちょっと他のことをする必要ができたので他のことをしていたら、文章が続かなくなってしまった。)というわけで、のあと、ずっとずっと、こころのなかで話が進んでしまった。だから、「あいだ」が思い出せない。これ、だれに言っても、根本のところでわからないんだろうなと思う。だれに言っても、他の人は実際に経験したわけじゃないのだから、ああいう態度ででかい音で鳴らされ続けるとどういうことになるのか、根本のところではわからないと思う。ならば、書くだけむだとも言える。わからないわけだから。これは、母親でも親友でも、わからない。実際の全部の体の状態なんてわかるわけがないだろ。お母さんは、ヘビメタ騒音にさらされながら下の部屋で寝ていたけど、お母さんは勉強するわけでもなく、学校に行く必要もなく、会社に行く必要もないのだから、ぼくよりずっと楽なんだよ。ちょっと耳が弱いし、下の部屋が一番、ヘビメタが届かないところにある。下の部屋というのは一階の部屋という意味だけど、お母さんが寝ていたところは、ななめにずれている。で、一番ヘビメタ騒音から遠いところにある部屋だ。この部屋は、親父とお母さんの寝室なんだけど……。寝室なんだけど……寝室って言うのかな?まあ、寝室だろ。寝るための部屋で、布団はひきっぱなしだった。「うちなのかでは」一番、ヘビメタの音が届きにくい部屋なので、あの部屋を使おうとしたときがあるんだよな。けど、届きにくいと言っても、横の部屋はすごい音でガンガン鳴っているわけだから、やっぱりきつい。壁と「ふすま」だよ。親父の布団の上に小さな机を持っていってやるしかないのだけど、それが、位置的におかしくなってしまうんだよな。水虫、うつりたくないし。布団の上に、小さな机を置くしかない。で、小さな机なんてない。で、ぼくが椅子のようなものに座って、言ってみれば床の上に寝ているお母さんがすぐ隣にいるというのは、ちょっとおかしいんだよね。小さい部屋だから……。親父の布団の上に乗るのが、気色悪くていやだった。けど、気色悪い思いをしても、きちがいヘビメタ騒音は避けたかった。けど、これ、避けきれないんだよ。ともかく、きちがい兄貴が、すべての時間、最大限の音で鳴らしていると言うことをどうにかしなければ、俺がヘッドホンをつけたり、下の部屋で勉強しようとしても、だめだったんだよ。きちがい兄貴は、全部の時間やる権利があると思ってやってるのだけど……本当にそういうふうに決め付けてやっているのだけど……全部の時間あんな音で鳴らして良いわけがない。全部の時間どころか一分でもあんな音で鳴らしちゃいけない。そういう音で、すべての時間!鳴らしている。我慢しなかった。一日に一秒だって我慢しないで、自分がやりたい音で鳴らし続けたのがきちがい兄貴だ。で、本当に、まず、きちがい兄貴が無制限でやっていいという状態が成り立っているというところに、メスを入れなきゃしょうがないんだよな。けど、親父は、知らぬ存ぜぬだし、お母さんも力がないし、俺が言っても、無視して鳴らしている状態で、そのきちがい兄貴が鳴らしたい文だけ鳴らしていいというような状態が、十数年間毎日かわらなかった。そこがでかいんだよ。お母さんなんて、「あんまり言うと怒るから……」なんて言ってたんだ。あんまり言うと、兄貴が怒るから……腹を立ててますますやるから……ということだ。俺が言ったって聞きはしないし、お母さんが言ったって聞かないし、親父は、完全に部会者でヘビメタがでかい音で鳴っているということ自体理解していたかどうかわからない。いっしょに住んでいて、そんな音で鳴っていて、そんなことはないだろうと思うだろうけど、そうなんだよ。

理解者「だから、ヘビメタが鳴ってたって言っているじゃない……」
非・理解者「その、ヘビメタが鳴ってたっていうのもなぁ……。そんなへんなことあるか? そんなのへんだって!!(へんなひとだから、へんなことを言っているんじゃないの……)」
みたいな会話を聞いてしまったことがある。へんなひとというのは、三〇代で、働いてないへんな人という意味。けど、ヘビメタ騒音で働けなくなった。ちなみに、あれだけやられれば、だれもが働けなくなります。けど、やられてない人は、わからないんだよな。これ、どれだけ続いたと思っているんだよ!

このあいだも、お母さんの寝室で、耳栓をして勉強すれば良かったのかな?などと考えていたのだけど、無理だったんだよな。あの部屋はせまいし、蛍光灯の位置と、お母さんが寝ているところの位置と、机を置く位置を考えるとだめなんだよ。親父の水虫がうつるのを覚悟して、あのかび臭い親父の布団の上で台をおいて、正座をして座り込んで勉強しようとしたときがあるんだけど、だめだっんだ。中学一年生のときだけど。兄貴が、全部の時間鳴らしている……という状態を維持したまま、こっちが、なんらかの工夫をして勉強をするというのは、完全に無理だった。実際にやってみると、、本当にへんなんだよ。あの音で鳴ってたらだめだ。せめて、時間制限がないとだめだ。一日に一時間とか……どれだけ、我慢にするにしろ、一日に一時間が最長だろう。一時間以上鳴らしている状態じゃ、こっちがどれだけ工夫をしてもだめなんだよな。風呂の中でも、ガンガン鳴っている状態だ。あんな音で鳴らして良いわけがない。おかしい。


ともかく、兄貴の頑固な態度は言いがたい。で、兄貴がそれに気がついてないところがあるんだよね。だから、どれだけ言っても、なにも伝わらない。で、やりきる。で、やりきったつもりがない……それの繰り返し。毎日毎日、判を押したように、そういう態度でやりきる。すべての時間やりきる。あんなでかい音で鳴らさなくたっていいだろ」と一分で絶叫したくなるような音でずっと鳴らす。それで、まったく鳴らしてないつもりでいる。あの無視の仕方とか頑固さとか、ないよ。

きちがい兄貴がへんな態度で、十数年間も毎日、こだわりくつして、一秒もゆずらないで鳴らし続けるから、俺が、へんな人だと思われる。そういう人生だ。どんだけ、そういうことを経験してきたか。これ、本当に、飢餓陣営のようにまじめな人がそろっているところでも、半数が敵にまわるんだからな。

……「そんなへんなことあるか? そんなのへんだって!!」

2017年1月17日火曜日

一緒に住んでいたときのきちがい兄貴の、意地!!

今日も疲れてきた。疲れてきた~~
おやすみ~~~
おやすみ~~

一日のなかで、活動できる時間が決まっているんだな。

菓子パン、買うんじゃなかったな。これ、甘すぎる。いくらなんでも甘すぎる。大根がなかったんだ~~。

俺はどうなってしまうんだ?? 一緒に住んでいたときのきちがい兄貴の、意地!! あれはない。本当に「自転車」のことなんかが影響しているんだよな。家族に対するきちがい兄貴の態度に深い深い影響を及ぼしている。だから、親父は無関係な人じゃないのに、親父も無関係な人だと思っている。親父の他に無関係だと思っている人って、兄貴だよ。当の兄貴が「無視して」無関係なつもりなんだよ。それは、一〇〇%やりきるけど、一〇〇%、頑固に無関係だと思っているきちがいてきないたい
本当にきちがい兄貴本人は自分が若いときに、やりたいように鳴らすことができたからそれでいいんだろうけど、こっちはよくない。ずっと、本当にやられた。ずっと、毎日、どれだけ俺が怒鳴り込んでも、絶対に一分もゆずらないで鳴らし続けた。これ、普通の人間なら、「勉強するからやめろ」「宿題をするからやめろ」「うるさいからやめろ」と言われれば、相手が困っているということがわかるはずなんだよ。で、兄貴が無視したことというのは、そういうことなんだよ。で、親父流のやり方で無視したから、無視したことになってない。これ、本当に、根本の根本から無視している。自分のやっていることで相手が困るということを、根本的に認めない。あとは、本当は自分がやりたい音でやっているのに、「やっているつもり」だけがないんだよな。そんなのは、認めたくないから認めないのである。で、これも一旦認めないとなったら、一年三六五日中三六五日、血相を変えて、どんなに短い時間もゆずらないで鳴らしているのに……やっているのに、やっているということを、認めないんだよ。本当に、催眠術にかかったように、認めない。頑固にやり切っているのに、頑固に認めない状態なんだよ。そういう状態は、親父とまったくおなじなんだよな。本人のつもりがなければ、本当に、本人にとっては、どれだけやったってやってないのとおなじなんだよ。これも、本当に言いにくいけど、かたくなに、そうなっている。けど、これまた、そうなっているということを、かたくなに認めない状態なんだよ。だから、二重、三重に否定して、鳴らし続ける。だから、やっているのに、本人は、全然やってないつもりなんだよ。これは、おかしいけど、そうなんだよ。

やっぱり、俺はつらい。これ、本当に、車の免許だって、教員免許だって、海外青年協力隊だって、アルバイトだって起業だって、どんだけ違ってたか。むなしすぎる。

あれだけ、意地になって、何年間も何年間も、毎日毎日やったのに、いまだに「そんなつもりじゃなかった」とか、きちがい的な嘘を言っている。これも、嘘を言っているつもりがない場合がある。それじゃ、本当に静かにしたのは……鳴らさないで静かにしたのは、一日に何分なんだよ?? きちがい兄貴!! 答えられる?? 本当に静かにしたのは一日に〇秒。これ以外の答えを返すことができるのか?

あたまがもやーっしてくると、きちがい兄貴が頑固に鳴らしてた時間がよみがえってしまう。これ、本当に部屋ごと鳴ってた。空間ごと鳴ってた。いたたまれない。自分の部屋の壁がどでかいスピーカーの表面みたいになっている。壁から音圧を感じる。ガンガン鳴っている。壁ごと鳴っているので、部屋のどこにいても、うるさいんだよ。部屋のどこにいても、ほぼ同じ音で聞こえる。壁からなるべく離れても、ほぼ同じ音で聞こえるんだよな。耳をふさいだって、ガンガンガンガン、ドシャドシャドシャドシャキンキンキンキン、はいってくる。せわしなく、あいている間隔がないまま入ってくる。時間的に、鳴ってない状態というのがないんだよ。要するに、ヘビメタ騒音の場合、音が「密」なんだよ。疎と密だと、密なわけ。過剰に密なんだよ。だから、切れ目なく、でかい音がガンガンガンガンはいってくる。とめられない。耳をふさいでも、とめられない。

つもりがないのは……つもりがないまま一〇〇%本人がやりたいようにやることができたからだ。

なんか、やりたいことはあるんだけど、多少はお金がかかるからどうしようかと迷っているうちに、なんとなく、どうでもいいことになってしまうというのが多すぎるな。パソコンいじりだって、やりたいときはやりたいことなんだけど、やりたくなくなったら苦痛な作業ということになってしまう。ハードウエアは特にそうだな。興味があるときは、ものすごく?楽しいけど、興味がなくなったら、つらい作業になる。ものすごく?に?がついているのは、ぼくがヘビメタにやられすぎたからだ。これ、本当に、本当にやりたい気持でやっているわけじゃないんだよな。きちがいヘビメタ騒音にたたられる前、やりたい気持でやってるとき、やりたい気持を一〇〇だとすると、ヘビメタ騒音後にやりたい気持ちになってやっているときの、やりたい気持は、どれだけ高くても五〇とか四〇なんだよ。終わってる。これ、他の人は、マイニチマイニチたたられることがなかったから、そういう感じになってしまうというのが根本のところでわからないと思う。そんなのは、興味が持てないおまえが悪い」ということになってしまうのだろう。ほんとーに、違う。ヘビメタ騒音やられる前の俺と、ヘビメタ騒音を毎日一四年間やられたあとの俺は、ほんとーーに違う。ぜんぜん違う。おなじ人間ではないみたい。だいたい、一一歳から二五歳までって、歳をとっているほうが体力も気力もあるわけだろ。能力だって、ずっと高いわけだろ。けど、俺は違う。きちがいヘビメタ騒音がずっと毎日続いたので、体力、能力、気力のすべてが下がった。で、ヘビメタ騒音軽く考える人は、そういうのがまったくわかってないんだよな。毎日一定の時間に起きて、毎日どこかに通うということができないと言うことをいうと、「そんなのはあまい」と思うわけだよ。けど、そいつは一四年間、マイニチ、俺と同じようにヘビメタ騒音を鳴らされて生活し続けたわけじゃないんだよ。だから、健康体の感覚でものを言っている。で、そういうところで、もめても、分が悪いんだよな。最初から分が悪い。相手が言っていることが正論だからだ。ただし!!!ヘビメタ騒音を浴びてなければという条件(制限)がつく。この条件がわかってない。だから、そういう人とは、なんて言うのかな、溝ができるわけよ。いきなり溝ができる。だから、そういうこと自体が、なんて言うのかな?……俺の正常な人間付き合いを妨げてしまう。きちがい兄貴は、自分がやりたいからやっているだけなんだけど、そういう影響をぼくに与えていた。きちがい兄貴は、どれだけ言われても、「つねに、つもりがない状態」なんだけど、やっているというつもりぐらいもてよ。「やめてくれ」と言われた後鳴らし続けるのであれば、「やめてくれ」と言われたのに、鳴らし続けたと認識してくれよ。毎日、そうやって、こだわりつくして、やっている!!のに!!!つもりがない状態なんだよ。で、毎日それが同じように繰り返される。だから、毎日ずっとやっているのに、やってないつもりでいる。つもりだけは、いつもそうなのだ。で、じゃ、「やめてくれ」と言われたとき、やめることができかというと、それは、一分だって一秒だって、できないんだよ。入学試験だろうがなんだろうが、どれだけ「困るからやめてくれ」と言われたって、自分が本当に我慢してゆずるのは一秒だろうが、いやだからいやなんだよ。だから、やっている。一秒もゆずらないでやっている。けど、本人は、まったく関係がない人のつもりでいる。本人は、一日中、ゆずってやったつもりでいる。本人は、迷惑をかけたつもりがない。勉強の邪魔をしたつもりがない。試験の邪魔をしたつもりがない。どれだけ、何回、直接言われても、「つもりがないまま」やり続ける。で、本当に、つもりがない状態を維持する。だから、今だって、……これだけ言われたって……自分がやったんじゃないのに、文句を言われている……ぐらいにしか感じない。自分がどれだけの意地で鳴らしたか、全然わかってない。で、全然わかってない状態のほうが都合がいいので、何十年でも毎日、そういう状態を維持する。それはまるで、鳴らしているとき、鳴らしてないつもりでいるのとおなじだ。迷惑をかけているのだけど、全然迷惑をかけているつもりがしょうじない。そりゃ、どでかい音で鳴らしてたって、何回文句を言われても、どうして困るか説明されても、そんなのは、無視して鳴らし続ける。本人が鳴らし続けることができれば、それで、本人はいいわけで、まるで気にしない。これが、一時間、本当に我慢しなければならなくなったとなったら、記憶に残っているよ。つもりがしょうじるよ。つもりがしょうじなかったのは……つもりがないのは……つもりがないまま一〇〇%本人がやりたいようにやることができたからだ。

2017年1月16日月曜日

けど、好むと好まざるとにかかわらず、人生をあきらめるしかないのかもしれない

午後九時五二分。起きてご飯を食べ終わったところ。今日一回目のご飯。当然眠ったあとのご飯という意味。午前〇時から午前〇時までと考えると違う。

本当、パソコンとかどうしようかな。ディスクトップを記録して重たいソフトをいじってもへたらないのがいいな。なんか、不安なんだよな。これだと。

人生、どうにかするのをあきらめてこのままでいいとすれば、ぼくの悩みは二%ぐらい減るな。けど、そう考えても、おなじなんだよね。別にそう考えて、旅行に行けば、旅行を楽しめるというわけじゃない。そう考えても「破綻旅行」であることにはかわりがない。

南国に行って、若い女の結婚するとか、そういうのでもいいかと思ったけど、なんかなぁ~~。

それにしても時間が経つのがはやい。

けど、好むと好まざるとにかかわらず、人生をあきらめるしかないのかもしれない。

どうしても、ヘビメタ騒音で憂鬱で、明るくなれない。これ、南国に行ってもおなじなんだよな。たとえ、理想の彼女が現れて、その人といっしょに暮らしたとしても二〇%ぐらいしか、改善されない。理想の人といっしょに暮らしても、ヘビメタ騒音の傷が癒えない。どうしてもくるしい。

本当に影響がでかすぎる。履歴になるからな。

これから横になるつもりだ。2020年にwindows7のサポートが終了するので、そのあとどうしようかということを考えていた。いま、サブ機として使っているやすーーい中古パソコンがある。で、それについていろいろと調べていた。ぼくの場合、新ジス配列問題があるので、いろいろと将来の将来が不安なのである。

にしても、暗いときから、調べはじめて、いま明るくなっちゃったんだけど、俺の人生はいったいなんんだったんだ?って思った。やっぱり、ヘビメタ騒音問題がでかすぎる。で、ものすごく将来が不安になったりするのである。だいたい、本当にさみしい一生だよ……。これ。女の子のことだって、結婚だって、本当に……。ヘビメタ騒音がでかすぎる。ぼくの人生がない。

ぼくがこれからなにをするかというと、眠るんだけどさ……。むなしい。この光の中でヘビメタが鳴っていた。この光の中で、「昨日」のヘビメタ騒音のしんどさを引きずって、起きて、ぎりぎりのところで、生活していた。この光の中で、「昨日」のヘビメタ騒音のしんどさを引きずって、眠れないまま、入学試験を受けに行った。朝日が朝日である以上、午前七時台の光が、こういう光である以上、かわらない。そこから受ける印象が変わらない。つまり、太陽が普通の太陽である限り、空が普通の空である限り、雲が普通の雲である限り……当時の気持のまま生きているということになる。

小学六年生のあの日からはじまったヘビメタ騒音がでかすぎる。本当に、二五歳までずっと続いたからな。二五歳以降も、ずっとくるしい。どうしてなら、二五歳までがヘビメタ騒音でめちゃくちゃだからだ。本当にくるしいのである。夜、ひとりで、あれやこれやと考えているとき、どれだけ俺がさみしい気持ちになっているか? 他人とくらべるのは良くない。これは、良くないけど、どうしても他人とくらべてしまうときがある。そして、ぼくの場合、ヘビメタ騒音がなかった場合の自分(空想)とくらべてしまう。もう、本当にぜんぜん違うと思う。もーー、うーーーぜんぜん違うと思う。これ、他の人は経験がないからわからないと思うけど、中学三年間、高校三年間、毎日、土日も含めてきちがいヘビメタ騒音があの音のでかさで鳴っているというのは、ものすごく困ることなのである。なんていうのかな、俺がここで不満を言っていると、まるで、俺がこだわっているから、不満を言っているように思う人が多いのだろうけど、違うんだよ。これ、本当にやられてみればわかる。影響を最小限にしても……影響を最小限にしようといろいろな方法でトライしてみても……すべてのことに影響を与える。能力や体力や気持だけじゃないのである。本当に影響がでかすぎる。履歴になるからな。


2017年1月15日日曜日

ふんばらねば、鬱になったまま死んでしまうぞ

ふんばらねば、鬱になったまま死んでしまうぞ!
ふんばらねば、やられたまま死んでしまうぞ!

2017年1月14日土曜日

どうして、お母さんは弟の味方をするんだ!!

新しい人間関係を作るとき、ヘビメタ騒音のことを話すかどうか、迷うんだよ。「騒音サイコパス」の作者であるということを伝えておくか、伝えないようにするか迷う。そんなことは、きちがいヘビメタ騒音がなければ……キチガイ兄貴が一日目にやめてくれれば、生じなかったことなんだよ。

いま、ここにいるけど……この部屋にいるけど……これ、なんなんだよ……と感じる。
これ、なんなんだろうな。

つらすぎる。無間地獄。

あれだけ普段の時間、ずっと、鳴らしているのに、キチガイ兄貴は鳴らしたつもりがない状態なんだよな。そういう認知だ。どれだけの意地で鳴らしたと思っているんだよ」と言いたくなる。それは、朝起きたときから、そうだ。朝起きたときから、「いない」キチガイ兄貴たいして、そう言っている。いつもこころ中でそう言っている。やられているとき、ずっと、「静かにしろ」と言っていた。

俺は、さんざん言ったからな。

それで、キチガイ兄貴がきちがい的にこだわって鳴らしたわけだろ。中学三年の時の三者面談のときだって……そういう日だって、一時間も静かにしてくれなかった。「家のことは家で解決してください」と言われただけだよ。「今日、三者面談だった。受験があるから静かにしろ」と兄貴に怒鳴ったって、キチガイ兄貴は、シランプリで鳴らしているわけだ。兄貴の部屋に行って怒鳴っても、けっきょくは、鳴らし続ける。怒って鳴らし続ける。怒りたいのはこっちなんだよ。そういう時……そういう反応をキチガイ兄貴が返してきたとき……こっちがどれだけ、腹立たしい気持ちになると思っているんだよ。

そういう毎日の反応……毎回の反応は……キチガイ兄貴があれだけ腹を立てた……ハンダゴテの反応とおなじだからな。親父のハンダゴテ事件の反応とおなじだからな。で、これが、何千回、何万回、何十万回、何百万回、と繰り返される。ずーーーっと、一日目から、こういう反応だ。「言われたら」そういう反応で、全部、やりきる。

本人がやりきれれば、それで、本人とってはいいことなのである。で、本人とっていいことだと、なにもやらなかった」ということになってしまうのである。「なにもしなかった」「なにも言われなかった」ということになってしまうのである。だから、「つもり」がないんだよ。どれだけ、おなじ態度ではねのけたか。

自分が本当に、静かにさせられるのは、たとえ、一分でも、納得がいかないのである。だから、こだわりつくして、腹を立てて、やりきる。やりきれば、「やったことになってない」ってそれは、どういうことだ?? キチガイ兄貴!! 生きているうちに、答えろ!!!

全部毎日、そうやって、押し切って、本人は、ほんとうーーーに、まったくなにもしたつもりがないんだよ。じゃあ、お母さんが賛成して、午後四時から、午後五時まで、自分がエレキギターを弾きたいのに、弾けないとか、ステレオを鳴らしたいのに鳴らせないということになったら、どれだけ、くやしい気持ちになると思うんだよ? そういうことになったら、……本当に我慢しなければならないことになったら……一分でも、我慢できるのかよ? 三〇分、本当に、そのまま、鳴らさないで、我慢できるのかよ? 俺の他の家族が、そういうことに賛成したということだけで、発狂するよ。くやしくてくやしくて、くやしくて、「どうして、お母さんは弟の味方をするんだ!!」と思って、一分だって我慢してやらないんだよ。本当に我慢させられて、それで、キチガイ兄貴が一分間、耐えられると思っているのか? いまだよ!!いま!! いま、たえられると思ってのいるのか?? それも、答えろ!! キチガイ兄貴が生きているうちに、答えろ!!!

自分が本当に静かにさせられて、三〇秒我慢するなんてことは絶対にないんだよ!!!! だから、うるさくしていた。これが、すべて!! 本当に我慢させられなかったから、「静かにしてやった」とかくそ嘘を言っているだけ。「よその家で」都合が悪くなったから、親父と同じように、記憶を切り替えて嘘を言っているだけ。ちょっとは、自分が本当に我慢しなければならなくなったときの気持を思い出せよ!!! 自分が鳴らしたいのに、ヘッドホンをしなければならなくなった……そういう制限がついた……そういうことになったら、どれだけ、腹を立てて、抵抗すると思っているんだよ!!!! 兄貴のことなのに、兄貴が全然わかってないというのは、いくらなんでも、おかしいぞ!!! 

これ、記憶障害とかじゃなくて、感情の問題なんだよな

この時期はやばい。ヘビメタ騒音でくるしい。ヘビメタ騒音でくるしい感じが朝も昼も夜も、深夜も強くなる。あまりにも強くなりすぎて、おかしくなる。くるしい。これ、本当、ぼく以外のひとにはわからないのだから、書いてもしかたがないよな。

正論が返ってくるだけだし……。そんな正論が成り立たないから、困っている。そういう正論にぼくが一四年も一五年もこだわり続けて、なんとかしようとして、破綻している。無理なんだよ。無理ということを、味わい続けた。これ、本当「な・っ・て・い・る・か・ぎ・り」は無理だから。

で、そういう生活が長すぎた。あれだけやって、キチガイ兄貴は、本当に「やってないつもり」なんだからな。「やってない場合」とおなじつもり、おなじ感覚でいる。で、やっているときは、そういう感覚で、そういうつもりで、頑固に全部の時間、最大限ゆずっても、〇・一デシベルしかゆずらずに、鳴らした。だから、さんざん言っているのに……ずっと、何回も何回も、毎日怒鳴り込んでいるのに、……怒鳴り込まれたら……「静かにしろ」ということを言われたら……本当に自分が静かにしてやらなければならないような状態を押し付けられそうになったら、むきになって怒って、怒って怒って怒って、はねのける。


「はねのけたら」それで、もう、兄貴の中では、終わっている。兄貴の中では、言われた途端、全部、静かにしてやったのとおなじなのである。もちろん、顔を真っ赤にして、血相を変えて、絶対にゆずるものかと、きちがい的な意地でならまくるんだけどな。けど、からだはそうしているのに、はねのけた途端に、「やってない」ことになってしまんだよ。認めたくないことは、全然やってないということになってしまう。

もちろん、過剰に、こだわってこだわってこだわって、やっているんだけどな。親父とおなじなんだよな。親父と似ているとかじゃなくて、まったくおなじ。どこまでもおなじ。これ、きちがい親父が、何年間も毎日、俺、兄貴、お母さんに、押し付けてきたことなんだよ。本人は、頑固にやるけど、やり終わったら、まったくやってないという記憶になっているという、頭がおかしいやり方。こだわってこだわって、絶対にゆずってやらなかったことは、そうやって、やってないことになっているんだよ。頭のなかでは。

これ、きつい。

けど、これがわかっているのは、やられた人だけなんだよ。やった人は、まったくわかってない。「そんなんじゃない」って言い出す。「やった」と言われたら「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」「なんだなんだ」と荒れ狂う。で、その時の態度が、自分にとって不都合なことを言われて、「やめさせられそうになった」ときの態度とおなじなんだよ。だから、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」「なんだなんだ」と荒れたということも、時間が経てば、「そんなんじゃない」ことになっている。頭のなかでは……。

で、こういう話を聞いたとき、普通の人は「そんなことあるのかな」と思うわけだよ。これ、記憶障害とかじゃなくて、感情の問題なんだよな。かならず、感情が関わり合っている記憶なわけ。特に、自分がやりたいことを、邪魔される場合の話しなんだよ。全体にそういう記憶障害があるわけじゃなくて、自分が認めたら……自分が相手の言っていることを認めたら……自分がやっていることをやめなければならなくなる場合に、限られているんだよね。で、さらに言葉のズレがあって、たとえば、〇・一デシベルでもゆずってやったら、ゆずってやったということになっているわけだから、あいまいなんだよね。記憶障害的におぼえてないのではなくて、言葉のズレもあるんだよね。

だから、実は頑固にやり切るのだけど、ほんのちょっとでも自分がゆずってやったと思ったら、それは、もう、そのあとずっとゆずってやったのと、根本的におなじなんだよ。そういう認知的な障害??がある。これ、言いがたいだよな。で、時間が経つと、本当に、やってないと思ってしまうんだよ。これは、もう、記憶障害的に、そういうふうに思っているわけで、「そんなの本当に知らない」状態になっている。

まあ、これも、たとえば、事柄が発生したあと、一〇年も経っていれば、普通の人だってそうなる場合があるわけだから、日常生活範囲内で、記憶障害のような問題を巻き起こすことはないわけだよ。どうしてかというと、忘れられる記憶、というのは、認めないほうが、その人にとって都合がいい記憶だからだ。

で、そういうのが発生する場所も決まっていて、親父と兄貴の場合は、「うち」だけだ。親父は、実は、よそでも似たようなことをやってたんだけど、兄貴に関しては、よそではいいこちゃんで、そういうことをしてない。だから、もうひとつ下の「層」を考えると、ちゃんとそういうスイッチを入れたり切ったりしているところがあると考えていい。もちろん、これは、理想的なモデルで考えた場合の話しだ。





(注)ぼくの死にたいというのは、下のほうにも書いてあるけど、「より良く生きたい」ということだ。

2017年1月13日金曜日

そういう緊張状態が七時間から一三時間続くから、鳴り終わったあとも、死にたくなる

今日もつまらない。本当につまらない。
よく、生きているよな~~
あんな目に合わされて、あんな状態でよく生きてるよな~~。
本当にきつかった。毎日毎日、ずっとずっと、ヘビメタが苦しくて苦しくてたまらない。どうしても、死にたくなる。耐えきれない。殺したくなる。ずっと持続。鳴っているあいだじゅう、どれだけ無視使用しても、つらい。どうしても、死にたくなるほどつらい。で、そういう緊張状態が七時間から一三時間続くから、鳴り終わったあとも、死にたくなる。この、死にたくなるの種類が違うんだけど、ともかく、鳴り終わったあと、ひえて、死にたくなる。絶望か。絶望ってもう、陳腐な言葉になったけど……そして、ぼくの以外の人は死んだってわからないことなんだろうけど……ヘビメタ騒音で、絶望して死にたくなる。これ、鳴ってない時間にもそうなる。ひえるといったけど、本当に、つめたい気持ちになる。冷たい気持ちになって、疲れ果てて、絶望を感じるのだけど、どこかの頭が以上に興奮していて、寝れない。眠れない。そういう時間が、夜中の三、四時まで続く。試験当日もそうだった。午前一一時ぐらいにちょうど眠りたくなる。そういう状態で試験を受けていた。受けさせられた。そりゃ、どれだけ何を言っても、きちがい兄貴が絶対に一分たりとてゆずらずに、関係ない人として、全部の時間鳴らしているから。で、他の人は、「そんな、入試のことなんて、四〇代になって気にすることはない」とか言うんだけど、それは、そういう六年間……中学三年、高校三年の六年間を経験したことがないからだろ。きちがいヘビメタ騒音の破滅が、誰の目にも明らかになるというのがぼくの中学高校の全過程だ。けっきょく、落ちているだけだから、「破滅」と言ったって、そりゃ、関係ない人には関係がないわけで、まったくどうだっていい問題なんだけどな。けど、俺にとっては十代だった。ぼくの道というのは、学問の道だから。高校を卒業した後も、ずっと鳴ってたんだ。バイトしていたときだって、「鳴らすな」と言っているのに、絶対に一分もゆずらないで鳴らし続けた。きちがい兄貴は、土日休みだったから、土日だけで合計二四時間異常鳴らしている。それで、「なにもしてないつもり」「静かにしてやったつもり」なんだからな。兄貴は、ともかく、自分が本当に我慢して、静かにするのは、絶対に嫌だったんだよ。だから、一秒だって、俺に言われてちゃんと我慢して静かにしてくれたことがない。だから、静かにしてないのに、ヘビメタが好きな人が「こんな音で鳴らして大丈夫なの?」と不安に思うようなどでかい音で鳴らしていて、静かにしてやったと思っている状態だ。親父とおなじで、どれだけ何回、何万回もめても、一回目と同じ態度なんだよな。で、まったく言われてないのと同じ態度、同じ認識で鳴らし続ける。だから、一日に一三時間四五分鳴らしても、本人は、まったく鳴らしてないのと同じなんだよ。その日、「もうすぐ試験だからやめてくれ」と二〇回、三〇回、四〇回、怒鳴られても、本人は、〇回しか怒鳴られてないつもりで、鳴らす。それが、「知らなかった」の内容だ。いま、よその家で、ぼくの送った文章が問題になっているんだよ。というか、それ、きちがい兄貴が結婚したときから、送っているのたげど、きちがい兄貴は新しい家族の前で「知らなかった」「静かにしてやった」と言い続けているわけ。それが、もう、何十年も続いている。嫁さんの父親に「あんなおもちゃに夢中になりやがって」と言われても、「静かにしてやった」「そんなに鳴らしてない」「知らなかった」と言って、逃げ切る。もう、嫁さんの父親はなくなってしまったけど。生きているあいだじゅう、嘘を言ってるんだよな。で、その新しい家族の前で、嘘を言っているような態度で、鳴らしてた。うちにいるときは、何を言われても、そういう態度で、「自分は関係がない」と思って鳴らしてたんだよ。兄貴が鳴らしているのだから、関係がないわけがないのだけど、ともかく、自分のなかで、自分が好きなだけ鳴らすということを決めていから、それが、千分の一でも、傷つくのが嫌なんだな。自分が本当に我慢して静かにしてやるというのは、最初から、兄貴の頭にはない。で、最後まで、本当に我慢するのはいやだから、本当には、毎日一秒だって我慢しないで、暮らしてきた。だから、ずっと、本当に我慢する時間は、一日に一分もない状態で、毎日暮らしているんだよ。毎日鳴らして暮らしている。だから、鳴らしている。本当に我慢させられて、一分間でも、一秒でも、過ごすというのが、絶対にあってはならない状態で暮らしていた。だから、静かにしてない。けど、本人はやり切って、「静かにしてやった」「そんなに鳴らしてない」と思っている。一日に何十回も怒鳴り込まれて「やめろやめろ」と言われているのに、本人は「知らなかった」と思っている。で、きちがい兄貴の主観のなかでは、本当に、そう思っていて、嘘を言っているつもりはないのである。けど、そういうつもりで、あるいは、そういう状態で、ずっと、鳴らしてたんだよ。一秒も本当には我慢させられることなく、毎日、やりたいだけ鳴らしてた。これが、本当の話だから。だから、「つもり」だけないんだよ。がむしゃらに、鳴らしてたのに、つもりがない。「やめてくれ」と言われたら、あぶらあせをかいて、顔を真赤にして、不愉快な気持ちになって鳴らしていたのに……鳴らし続けたのに、鳴らしたつもりがないんだよ。静かにしてやったつもりしかない。これが、おかしいのだけど、全部毎日、こういう状態。で、本人がそれに、気がつかない。だから、本人にとっては、気楽な話なんだよ。じゃあ、一分でも、我慢させられたらどんな気持ちになるかというと、きちがい親父が発狂しているような気持ちになってしまう。本当に静かにさせられたら……自分が思った音で鳴らせないような状態になったら……本当に我慢させられたら……もう、発狂してしまう。そのくらいの意地がる。で、発狂して、「なんだって鳴らしてやる」と思って、頑固に頑固に鳴らした。きちがい兄貴は、きちがい親父の困った態度について知っているけど、自分がそういう態度できちがいヘビメタを鳴らしたとは思ってないんだよ。そこも!!!親父と同じなんだよ。そっくり。全部同じ。相手が言っていることを、完全に無視して頑固にやりきったら、本人は、満足して……本当に我慢させられるということがなかったので満足して……まったく何もやってない気持ちになる。やっていることは、もちろん知っているのだけど、感情としてはまったく何もやってないのと同じ気持ちにになるんだよ。我慢させられなかったから。我慢させられずにやりきることができたから……一〇〇%やりきることができたから、逆に、ゆずってやったと思える。まったく無意味な譲歩をして、ゆずってやったと思える。最大限譲歩しているときも、自分がやりたい気持ちは、少しも傷ついてないんだよ。どうしてなら、傷つくような形では絶対に譲らないから。だから、本人が最大限ゆずってやったつもりの時間も、頑固にやっている。主どおりにということが一〇〇%なら、まさに、思い通りに一〇〇%やっている。譲歩は、本人の気持ちがまったく傷つかない譲歩であるわけだから、本当の譲歩じゃない。やらないで一秒間我慢するというのも、しない。一秒間だって本当には譲らない。一秒間、自分がやりたい音で鳴らせないというのは我慢できない。その我慢したつもりの一秒間も、自分が満足できる音で鳴らしている。だから、ぜんぜん譲歩になってない。けど、五分間でも、譲歩してやったつもりになったら、一日中全部譲歩してやったというのと同じ気持ちになる。そのくらいに、ケチなのである。だから、その後、ずっと、一二時間鳴らしたとしても、まったく悪いと思わない。「ゆずってやった」「静かにしてやった」「あとからあとから、なんだ!」という気持ちになるだけで、絶対にゆずらない。どれだけ、怒鳴り込まれても、絶対に自分の気持ちが傷つくような形では鳴らさない。そういう小さい音で鳴らすのは絶対にやだから、そうしない。ヘッドホンを付けて鳴らすというのも、自分の気持ちが傷つくので、こだわり尽くして絶対にヘッドホンをつて鳴らすということがない。だから、スピーカーから大音響で鳴らしているのに、本人は、「ゆずってやった」「静かにしてやった」と思うことが可能なのだ。で、毎日毎日、どれだけ何を言っても、こっちが入試だろうがなんだろうが、きちがい兄貴のその状態は変わることがない。だから、ずっと、こっちが本当に、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で困っていたときも、普通に、可能なすべての時間、客観的に言ってどでかい音で鳴らしている。
で、こういうひとは、いるのだからいる。これ、「そんなひと、いない」「そんなに意地を張る人なんていない」なんて言う人も出てくるんだよ。それから、「おイニさんとおイニさんと話し合えば相容」と言われる。実際に鳴らしていた一四年間。どれだけこっちが話し合おうとしても絶対の意地で一日に一分だって本当にはゆずってくれなかった人と、何を話せばいいんだ?

俺の人生を返してくれ!!!

きちがい兄貴、俺の人生を返してくれ!!!

きちがいヘビメタがなってなかった場合の人生を返せ
きちがいヘビメタが毎日毎日、どれだけやめろと言ってもなっていた人生じゃなくて、今のうちで我慢しているように、一日中我慢して鳴らさなかった場合の人生返してくれ。

これ、本当に、俺だけだからな。
飛行場なら、他の人と連携できるのに、俺だけだから。「あいつが勝手に文句を言っている」と見えるんだろうな。他人には。俺にとっては、そんなもんじゃないんだよ。で、そこにそもそも、他社との溝がある。だから、生きにくい。


   *     *     *

どうしても、くるしみが消えない。どうしても、つらい。

どうしても、つらいんだ。どうしても、つらい。

   *     *     *

あいつ、本当に「つもりがない」んだろうな。死にたい。

どうしてぼくだけあんなやつに。あんなやつが家族で、毎日、勉強の邪魔をされるんだ。毎日、普通に生きることの邪魔をされるんだ。きちがいヘビメタがなかった場合の人生が、俺の本当の人生で、これは俺の本当の人生じゃない。

他の人にとってはどうでもいことだけど、ぼくにとってはどうでもいいことじゃない。ぼくの、いま持っているすべてとおなじぐらいに重要だ。

きちがいヘビメタでいろいろな機会をなくした。全部成り立たなかった。どうやっても、くるしかった。無理があった。一日目に鳴りやんでくれればそれで済んだ。あいつが、意地になって、知ってたのに、ずっと鳴らし続けた。きちがい兄貴のいまの態度は、ケー君のときの態度おなじ。

あいつが張本人で、あいつのせいで困っているのに、まったく関係ない人として、一般的なことを言う。一般的なことを言うのに……実際に、ゆずってやるとなったら、それは、一分だろうが、死んでも嫌なんだよ。だからゆずらない。で、ゆずらないでずっと鳴らしていることが問題なんだよ。いっょに住んでいて、その時点で何万回も言われているのに、気がついてないとか、いくらなんでも態度がひどすぎるだろ。

親父とおなじなんだよな。

どれだけ言われても、ひとことも言われてないのとおなじなんだよ。本人がやり切れる」体制を維持できるなら……一秒でもゆずらずにできるのであれば……何万回、何十万回言われたって「知らなかった」ということになる。どれだけの意地で無視してやるか?? そんなの、他の人は絶対にわからない。で、おかしなことなんだけど、本人も他人以上にわからないんだよ。やり続けて、本人も、他人以上にわからないし、やっているつもりがないんだよ

。他人のように、まったく関係がない人のつもりでいる。そういうつもりで……そういうつもりのまま、張本人が、頑固に意地を張って一秒もゆずらずに、使えるすべての時間を使って、俺の邪魔をする。で、その、邪魔というのは、無視できる邪魔じゃないんだよ。隣のうちで、バイオリンが鳴っているとか、こどもがぎゃーぎゃー言うとか、犬が吠えるぐらいの、邪魔じゃない。一秒も有効に使えない。どうしても、やめないから……鳴らし続けるから、この時期本当に困った。この時期!!

   *     *     *

なにくわぬ顔をして普通に暮らしているんだからなぁ

入学試験が二日にわたってある場合も、二日間、帰ったら、ヘビメタがドシャドシャ鳴ってて、うるさかった。うるさかったので、「静かにしろ!!静かにしろ」と怒鳴り込んだのに、静かにしてくれなかった。一分も静かにしてくれなかった。何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も怒鳴り込んだのに、一分も、静かにしてくれなかった!! 

それで、「静かにしてやった」と思っているのか?


なにくわぬ顔をして普通に暮らしているんだからなぁ

ゆるせないな。本当に、俺はあのとき兄貴を殺して、服役したほうがいかったかもしれない。そのほうが、自分の人生をいい方向にむけることができたと思う。ちなみに、服役したほうがと書いたけど、納得はいかない。そりゃ、殺して先に進むしかないわけだろ。絶対にやめないわけだから。俺が自分の人生を切り開くには、きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、一日中鳴ってない状態にならないとだめなんだよ。もちろん、未成年のうちに、殺す。未成年でも、社会は、なんらかの罰を押し付けてくるだろう。けど、そんなのは、ヘビメタ騒音にくらべたら、「へ」でもない。ヘビメタなんて、拷問に次ぐ拷問だ。音の拷問。なんで俺はそんな拷問に耐えなければならなかったんだ。しかも、やっているほうは、まったくやってないのとおなじ気分なんだからな。一万時間鳴らしても、ゼロ時間しか鳴らしてないのとおなじ気分。二万時間、三万時間鳴らしても、まったく鳴らしてないのとおなじ気分。じゃあ、やめてくれるのかというと、それは、絶対にないんだよな。

殺さなければ、わかってくれない。殺さなければ、やめてくれない。そういう状態をつねに突きつけて鳴らしていた。だから、ぼくは、つねに、くるしかった。人知れず、ずっとずっとずっと、くるしかった。きちがい兄貴のヘビメタ騒音で、ちぎれるほどくるしかった。

命と引き替えにしても静かにしろ!!! 俺の命とひきかえにして、静かにして欲しかったな。そのくらいの切迫感がある。この時期、今日入学試験で、明日も、別の科目の入学試験があるというのに、ずっと、鳴らされている。一時間……二時間、……三時間……四時間……昨日も鳴らされて、ぐちゃぐちゃな気持で試験場に行ったのに、帰ってきたら、鳴ってんだよな……。つねにそうだったな。死にたい。けど、腹が立つ。切迫感があった。全部めちゃくちゃだった。で、騒音の中で、そういうめちゃくちゃな気持ちになっているときの、さらにめちゃくちゃな気持というのはない。いろいろなことがあって、……ヘビメタでトラブルに巻き込まれて、……それで、帰ってきてヘビメタが鳴っているときのへちゃむくれな気持はない。俺が、普通につかれているのは、あのときのストレスがそのまま続いているからだ。これ、一〇年以上毎日やられると、「疲労」がからだに染みついてとれない。どうやっても、とれない。自分のからだを脱いでしまうわけにはいかないのだから。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」がずっととれない。で、「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」は新しい人間関係にも影響を与える。そりゃ、普通の人にしてみれば、風邪で寝込みたいのに、無理矢理、外に出て、外の人の動きに合わせている状態なのだから、ストレスがたまる。

あのときの気分と行ったらない。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」じゃないや。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」だけじゃない。怒りがある。発狂的な怒りがある。どうにもならない、きちがい兄貴に対する怒りがある。で、その怒りが、一日目から、ずっと、ヘビメタ騒音の中で大きくなっている。そりゃ、一日中、すべての時間、やられっぱなしで、どれだけ何回、怒鳴り込んでも一秒もちゃんと死すがにしてくれない状態なのだから、怒りも、育つ。でかくなる。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」「怒り」だけじゃないや。不安もある。どうにもならない不安がある。その不安も一日目からずっと、育っている。どれだけ言っても、静かにしてくれないのだから……。本当に、全部の時間、「まったく関係がない人として」ガンガンずっと鳴らし続ける。途中でやめてくれたことがない。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」「怒り」「不安」が渾然一体となった、ひきつった感情がある。

これ、……医者に行くのだって……。「疲労」「憂鬱」「不愉快な感覚」「怒り」「不安」を抱えて、医者に行くわけで、楽じゃないんだよ。継続的に通わなければならないところにも、通えない場合がある。で、ヘビメタ騒音が続いて、そういう暮らしをしていると、風呂に入りにくくなるわけで、体が不潔になったりする。そうすると、皮膚病になったりする。で、皮膚科の人は、……。ともかく、なんていうのかな、きちがい兄貴が知らずに?シランプリできちがいヘビメタを、すべての時間、自分が思ったとおりのでかい音で鳴らすことに、死ぬほどこだわってこだわって鳴らすと……きちがい兄貴が知らないところで、こっちにいろいろなトラブルが発生してしまうのだ。で、鳴っているところ」でそのトラブルに対処しなければならなくなる。それが、また、ストレスを生む。トラブルを生む。で、きちがい兄貴は、なにも気にしないで、頑固にやり切るわけだからな。こっちがどれだけなにを言っても、「関係がない」という態度で、自分が鳴らせる時間は全部、きちがい的にデカい音で鳴らし続ける。それで、やったつもりがなくて、まったく、関係がないつもりなんだよ。こういうことが、毎日毎日、何千日も積み重なって、いいわけがないだろ!!!

自分が、十数年にわたって、毎日毎日やったことなのに……そして、毎日毎日、「やるな」「鳴らすなと文句を言われていることなのに、「知らなかった」の一言で済ます。済まそうとする。というか、ずっと、そうやって、やりきる。これ、「知らなかった」というのは、嫁さんという外部の人が出てきてはじめて言うことなんだよ。うちにいるときは、「知らなかった」とすら言わないで、無言のまま、頑固に鳴らしている。知ってるんだよ。けど、きちがい親父とおなじで、不都合なことは受け付けたくないから、何万回言われても、知らないことになっている。だから、知らないことになっているという状態は、つねに発生してたけど、きちがい兄貴がそれを、言語化するというのは、一五年間毎日ないんだよ。それこそ、なにも言わないで、知らないつもりで、鳴らし続けるわけだから。何万回怒鳴り込まれても、ひとことも言われなかったままの状態で、鳴らし切る。そういう毎日だ。嫁さんという外部の人ができてはじめて、「知らなかった」と言う「必要性」がしょうじる。それまでは、どれだけ、なにを言われても、中間期末試験だろうが入学試験だろうが、シランプリで鳴らすわだから。もう、鳴らすと決まっているから鳴らすんだよ。自分が午後四時に帰ってきたら、もう、午後四時から、寝るまで、鳴らすと決めている。「明日入学試験だから静かにしろ」と言われたって、最初から、一秒だって、静かにするつもりがない。本当には静かにするつもりがない。これ、何度も説明しているけど、「本当には」ってつけなければならない。自分が本当に我慢させられて静かにするのは、死んだっていやなんだよ。一秒だろうが、絶対にいやなんだよ。きちがい兄貴にとって静かにするというのは、〇・一デシベルだけ静かにして?けっきょくは、自分がやりたい音で鳴らし切るということだからな。鳴らさないで我慢するというのは、一秒だって絶対にいやだからやってやらないことなんだよ。ヘッドホンをして静かにしてやるというのは、一秒だって絶対にいやだからやってやらないことなんだよ。やってやらないというか、そんなことできるわけがないと心底思っているような態度だ。できるのに!! 死んだって絶対に一秒だって本当には静かにしないのだから、殺すしかないだろ。静かにさせたかったら殺すしかない。そういうことを、弟にずっと押し付けてきて、まったく押し付けた気持がないんだよな。自分の「やりたい気持」だけだから。自分がヘビメタを鳴らしたいと思ったら、それだけしかないんだよ。自分が思ったとおりの音で鳴らしたいと思ったらそれだけしかない。だから、静かにしてやったつもりの時間も、自分が思ったとおりの音で鳴らしている。

本当に、あれだけうるさい音で鳴らして、「静かにしてやった」とか、頭がおかしい。つねにそういう、なんて言うのかな?きちがい的に都合がいい解釈をして、鳴らしてきたんだよ。本人にとってだけ都合がいい解釈を普通にする。で、その本人にとってだけ都合がいい解釈というのは、呪いのような催眠術で、どれだけなにを言っても、解けないんだよ。そのまま、鳴らしてないつもりで、頑固に、全部の時間、自分が満足できるきちがい的にデカい音で慣らしきる。で、本人は、ゆずってやったと思っている。頭がおかしいから。全部、毎日、そういうやり方で、一秒もゆずらないで鳴らし切る。こだわってこだわってこだわって鳴らし切る。そりゃ、こだわりの音だから、静かにしないよ。静かにしてしまったら……こだわりの音じゃなくなるわけだから。ガンガン鳴らして気持ちよくなりたいわけだから、静かにしてやったつもりの時間も含めて、ガンガン鳴らしている。一秒だって、本当にはゆずらないんだよ。それで通している。で、それで通したつもりがまったくない。そういう状態がつねに成り立っている。頭がおかしいから、どれだけ言っても気がつかない。親父とおなじなんだよな。そりゃ、気がついてしまったら、自分が思い通りにできなくなる。思い通りにできなくなるのは、死んだって絶対にいやなんだよ。だから、死ね!!! 本当、きちがい兄貴が、死んでくれたら。死んで、ヘビメタが鳴ってなかったら。死んでヘビメタが鳴りやんでくれたら……俺はどれだけハッピーだったか。一日六時間四五分から一日一四時間のヘビメタ騒音なんて、本当に、すべてにたたる。やられてない人はわかってないだけ。

ヘビメタ騒音というのは、毒ガスといっしょだ

兄貴のけちくささというのは、親父とおなじなんだよ。だから、一万分の一とか、一〇万分の一しかゆずらない。どれだけ言っても、ゆずる量がそういった量なんだよ。そういった量だと意味がない。

これ、本当、ヘビメタ騒音って、ピアノとかバイオリンレベルの騒音じゃないのである。子供が騒ぐ音なんて、くらべものにならない。本当に、くやしい。こ、れ、わかる人がいないんだよな。ここで聞かされてわかる人がいない。いや、俺の部屋に入った友達は知っているけど、他の人は、知らない。だから、俺が言っているだけということになる。「(あの人の)話しでは、でかい音で鳴らしてたと言うことらしい」ということにとどまるんだよ。どこまで行っても。

この間は水銀で話したけど、ヘビメタ騒音というのは、毒ガスといっしょだ。毒ガスのほうが比喩として適切なんだよな。一気圧で〇度のとき、一〇〇立方メートルの毒ガスをこっちの部屋に流している。一時間に一気圧で〇度のとき、一〇〇立方メートルの毒ガスを流している。気体だと、圧力と温度で「おおきさ」が違うので、一気圧で〇度のときという条件をつけるけど、以降単に「一〇〇立方メートル」と言ったら、その条件が成り立っているものと思って欲しい。

「一時間に一〇〇立方メートルの毒ガスを垂れ流すところを、一時間に九九・九立方メートルにしてやったから、いいんだ」なんてことはないんだよ。その一時間も、ずっと、大量の毒ガスを流している。けど、キチガイ兄貴理論だと、いいことになってしまう。最大限譲歩してやった。最大下ゆずってやったということになってしまう。さらに、ゆずってやったのだから、これからは、どれだけやってもいいということになってしまうのだ。キチガイ兄貴の理論だとそうなる。一時間と言ったけど、これは、五分間でもいい。五分間、〇・一立方メートルゆずってやったら、そのあと一三時間、一〇〇立方メートルの毒ガスをまき散らしても、「いいことをしてやったのだから、いい」ということになってしまう。全然やってないのとおなじなのである。五分間ゆずってやったら、それはもう、ものすごくいいことをしてやったので、あとはもう、いいことをしてやる必要がないのである。だから、「困るからやめろ」ということを、一〇分おきに怒鳴り込まれても、絶対にやめない。「もう、ゆずってやったからいいんだ」「せっかくゆずってやったのに、後から後から、文句を言ってきて!!」と腹を立てて、〇・一立方メートルゆずることもなく、一〇〇立方メートル、毒ガスをまき散らすということにこだわりつくして、まき散らす。だから、キチガイ兄貴がゆずってやったつもりのときも、実は、悪いことをしているのであって、いいことをしているわけではない。本人はゆずったつもりなのだろうけど、ゆずってない。依然として毒をまき散らしている。だから、そもそも、「いいことをしてやった」「ゆずってやった」と思うのが、間違い。悪いことをし続けている!!! 困ったことを、頑固にし続けている。

けど、キチガイ兄貴のなかでは、たとえ、五分間でも、たとえ、〇・一デシベルでも、ゆずってやったらゆずってやったということになってしまう。ものすごくいいことをしてやったことになってしまう。相手は、自分に行ってくる権利がないのである。どうしてかというと、「最大下ゆずってやったから」。今日はもうすでに嗅いだ威厳ゆずってやったから、相手が文句を言ってくるのは、お・か・し・いと言う感じ方なんだよ。だから、絶対にゆずらないで、入学試験の前だろうが、一二時間、鳴らせるなら一二時間鳴らし続けて、絶対にゆずらない。その一二時間の前に、五分間ゆずってやったから、もう、一分も一秒もゆずらなくてもよいのである。「文句を言ってくる相手が悪い」ぐらいの気持ちしかない。相手の入試を邪魔しているつもりなんてない。自分は五分間ゆずってやったのだから、相手は自分に感謝するべきだと思っている。

いつもいつも、そういうゆずり方なんだよ。だから、意味がない。意味がないし、やられたほうは腹立たしく感じる。その毒ガス騒音にさらされて、翌日眠れないまま、入学試験に行くときの気持ちが、どういう気持ちだと思っているんだよ??

それで、協力してやった」とか兄貴の新しい家族の前で言ってんだからな。当時から、そういうつもりなんだよ。これ、言われたら、言われたときだけ腹を立てて、絶対にやってやらないという態度で、すべての時間やりきって、それで、「ゆずってやった」と恩着せがましく思っている。キチガイ兄貴がゆずってやったつもりの時間も、キチガイ毒ガスを出しているから!!

ゆずると言ったって、ちゃんとゆずってくれたわけじゃない。ゆずっている時間も……ゆずっているつもりのわずかな時間も……ずっと、毒をまき散らしている。キチガイ兄貴が最大限ゆずってやったつもりの音というのは、普段の音と、ほとんどまったくかわりがない。キチガイ兄貴が、最大限ゆずってやった音というのは、よそでは、最大級の騒音だ。爆音だ。だから、いま住んでいるところでは、逆に一日に一分だって、鳴らせないんだろ。知ってるよ!! キチガイ兄貴がゆずってやったつもりの音が、本当は、よその家では鳴らすことができないような、どでかい音だということを、兄貴は本当は知っている。だから、鳴らせないんだよ。

うちでは、鳴らせるんだけどな。「よそ」の人に囲まれたら、そんなでかい音で、一分だって鳴らすことができない。迷惑だからだろ。

うちでは、絶対に迷惑じゃないんだよ。俺のことは無視してたから。家の人のことは無視していたから。この、無視が、他の人の無視と違うんだよな。本当に、病気。精神病、あるいは、精神病質じゃないとああいう無視の仕方はできない。自分の感覚まで、だますんだからな。うちにいるあいだは、自分が鳴らしている音が、大きな音だということを、最後の最後まで、根本的に認めなかった。

よそ」に行ったら、一発でわかることなのに。よそで、おなじことをやろうとしたら、一発でわかることだ。よそ、でなら、一発でわかることを、うちでは、絶対に認めない。「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」「そんなの知らなかった」「そんなの知らなかった」ということになる。

ヤッパリ、ボクハ、ナットクガイカナイ……
ヤッパリ、ボクハ、ナットクガイカナイ……

2017年1月11日水曜日

横になっていると楽で良いかというと、そうではない

やらなきゃいけないと思うと、途端にできなくなるんだよな。
やっていることが遅すぎるよ……。オソイ、オソイ、おそい。あーー。

どうにかしなきゃなと思うと動けなくなっちゃうんだよな。「もうつかれたな」という気持ちも当然ある。ヘビメタ騒音で燃え尽きてしまったよ。ヘビメタ騒音対抗!で燃え尽きてしまった。だから、ヘビメタ騒音にやられてない俺が力を出すのとは、違う。ぜんぜん違う。本当に自分の人生でも、信じられない。あの生活はない。つねにヘビメタ騒音を鳴らされているあの生活はない。で、その生活が「基礎」だから、全部「暗雲たちこめる」ことになる。やりたくないのである。動きたくないのである。

横になっていたい。

けど、横になっていると楽で良いかというと、そうではない。ヘビメタ騒音に汚染されていて、くるしい。ヘビメタ騒音の毒素がぼくのからだに染みわたっているので、生きていること自体がくるしい。

あれ、どうしてもくるしかったんだよ。俺、何回も言ったからね。一日のなかで、何回も何回も怒鳴り込んだからね。「知らない」わけがない。ふざけるな。


   *     *     *

あれ、本当にやめて欲しかったんだよな。全面的にちゃんと静かにして欲しかった。で、それは、アタリマエのことだからな。いま住んでいるところで静かにするように静かにするというのは、人間としてアタリマエのことだから……。人間としてアタリマエのことをしなかったんだよ!! きちがい兄貴は!!! だから、困ってたんだよ。そして、困っている!!!


   *     *     *

他人は本当に、他人だから、わからないと思う。きちがい兄貴と、きちがい親父とのあいだにはもともと、知覚・認知・認識の差があるけど、きちがい兄貴がきちがい的な音で、きちがい的な意地できちがい的に長い時間きちがいヘビメタを鳴らしたので、ぼくと世間の人とのあいだにも、知覚・認知・認識の差ができてしまった。で、この差は、でかい。壁だ。認識の差がでかくて言葉が通じないような感じになっている。


ともかく、いままでの行動原理とは違う行動原理で行動しないと、すべてが無理なんだよな。そういうところにおちこんでしまった。

   *     *     *

うーーん、やっぱりくるしいな。俺の人生はなんだったのか? ヘビメタ騒音で本当にくるしかった。

ずっとくるしい。

ヘビメタ騒音で!!くるしい。
キチガイ兄貴よ!!! 兄貴のヘビメタ騒音で、ずっとくるしい。
おまえ、ぜんぜんゆずってくれなかっただろ。一分だって、一秒だってゆずってくれなかった。
つねに毎日、やりたいだけやりやがって。本当に我慢したのは、一日だけだ。一四年間で、一日だけだ。ふざけるな。困るに決まっているだろ。この「困るに決まっている」ということを無視して、ガンガン鳴らしやがったんだよ。しかも、親父とおなじで、一〇〇〇〇〇分の一でも、自分がゆずってやったら、全部ゆずってやったと、頑固に思い込む。ゆずっているわけがないでしょ。そういうのも、わからない。入試のとき、どれだけ俺が切羽詰まっていたか!! 兄貴のヘビメタ騒音で切羽詰まっていたか!!! その気分が、どれだけ長い間続いているか!!! 本当に、自分がやりたいだけできれば、それでいいわけで、実際にはゆずらないけど、ゆずらなかったということを、認めない。そういうやり口で、実際には、毎日やりきる。一日に一四時間鳴らせるなら、一四時間、ガンガン鳴らして、一分だって、一秒だってゆずってくれなかったのがキチガイ兄貴だ。キチガイ兄貴が静かにしてやったつもりの時間というのは、よそのうちでは一分だって鳴らせないようなでかい音だ。だから、鳴らしているのに、本人は「まったくつもりがないまま」なのである。で、これも、一旦、キチガイモードで「まったくつもりがないまま」になったら、こっちが何万回何十万回言ったって、そのままなんだよ。そのまま、やりたいように頑固にやり切る。で、本人は「やったつもりがないまま」なんだよ。こんなのおかしいけど、キチガイ兄貴が、「うち!!!!!」にいたときの態度だ。キチガイ兄貴はこういう態度で、絶対にゆずらないで、ゆずったつもりの時間も、頑固にどでかい音で鳴らしてた!!!! いまだに、キチガイ兄貴にはわかってないんだからな。「うち」でやったことは、本人の中で、いいことなんだよ。「やっていいこと」なんだよ。「やっていいことをやっただけなのに、文句を言われている」……こういう感覚しかなりたってない。いまだにそうなんだよ。じゃ、うちで、最大限ゆずってやったつもりの音で、いま住んでいるところで鳴らせるのかというと、鳴らせない。一日に一四時間鳴らせる時間かあっても、一日に一分も鳴らせない。どうしてかというと、「うるさすぎて、いっしょに住んでいる家族に文句を言われるからだ」。
生まれ育った家の家族には、なにをしてもいいけど、自分で作った家族?……結婚した相手と、結婚した相手の両親には、一分だって、そういうことができないんだよ。やったらまずい、と思っている。「あの音で鳴らしたら、まずい」と思っている。「あの音で鳴らしたら一日に一分でも、やばい」と思っている。けど、「うちの家族」には、一日に一四時間鳴らしたって、なんとも思わない。入試の前に、さんざん言われているのに、一日に一二時間鳴らしたって、なんとい思わない。むしろ、五分間、最大限ゆずてっやったから、ゆずってやったと思っている。その五分間も含めて、よそのうちでは、一分だって鳴らせないようなでかい音なんだよ。そういうことに、気がつかない。どれだけの、違いがあるか。「よそ」の家族と、「うち」の家族に対する態度が違いすぎる。これは、親父がやったことなんだよ。これも、最初は親父がやったことだ。けど、まねすることはないだろ。これ、親父がやったことを、親父以上にどきつく!!!なにもやってないつもりで!!!頑固にすべての可能な時間、やりきるのが、キチガイ兄貴なんだよ。一旦そうなったら、毎日全部、そうなんだよ。三六五日中三六五日、自然にそうする。そうしない時間がない。そうしない時間がまったくないという状態でそうする。けど、本人は、「そんなんじゃない」つもりなのである。本人が、「つもり」を持たなければ、……つまり、本人につもりがなければ……どれだけやったってやってないのとまったくおなじなのである。で、そういう感覚の持ち主だから、どこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも、ずっとずっと、一〇年間、二〇年間、三〇年間、四〇年間、話が通じない。もっとも、最初の一〇年間、やっているときに、話が通じなかったら、一一年目から、話が通じたとしても、意味がないんだよ。その最初の一〇年は……一〇年間は……ぼくにとって、一番貴重な時間だ。その一番貴重な時間をのがしたら、あとでどれだけひまがあっても、だめなんだよ。そういうふうにできている。

まあ、一一年目から、わかってくれると言うことは、なかったけどな。言えばわかる」なんて、おとぎ話以上に現実味がない。キチガイ兄貴がぶるトーザーのように、頑固に頑固に、既成事実を、一秒……二秒……一〇〇分……六〇〇分、積み上げる。で、一日に六〇〇分鳴らしてたって、その日は、一分も鳴らさなかったという気持ちのままなのである。頭がおかしいから。どれだけ鳴らしたと思っているだよ。どれだけ、意地になって、ゆずらないで鳴らしたと思っているんだよ!! あんなの、どれだけ頭がいい人だって、勉強が出ない状態になっていく。人並みに、やる気がある人でも、やる気がなくなる。人並みの体力がある人でも、生まれついての虚弱体質をはるかにこえる虚弱体質になってしまう。そりゃ、一〇年も、一四年も毎日続いていたらそうなる。それで!!! 「やったつもりがないまま」なんだから。本当に、兄貴と親父は!!! 特に、兄貴がひどい。こいつが、こいつの意志で頑固にやり切ったことなのに、「つもりがない」とか、ふざけるな!!! で、ずっとずっとずっと、そういう「ふざけた態度」で鳴らすんだよ。これも、一旦そうなったら、こっちが、何十万回言ったって、なおらないままだ。自分にとって不都合なことは絶対に認めない。たとえば、自分が音を鳴らしていると、弟が勉強が出なくて困るということは、絶対に認めないのである。自分は鳴らしたいから、もし、認めてしまったら、本当にゆずらなければならなくなることは、どれだけ明白なことでも、何十万回言われても、絶対に認めない。けど、認めないということがわかってないんだよ。ごく自然に、認めないまま……まったくなにも言われなかったから気がつかなかったという地点に、とどまり続ける。認めないまま、やり続けることができるから、それは、キチガイ兄貴にとって都合がいいことなのである。と言うか、そうでなければ、困るのである。そうでなければ、たとえば、一日に一時間、鳴らさないで静かにしてやるというとをしなければならなくなるのであり、それは、絶対に嫌だから認めないのである。けど、認めないということも、認めないで、……ごく自然に「知らなかった」ということになる。「そんなの、言われなかったから、ぜんぜん知らなかった。ぜんぜん気がつかなかった」……「だから、しかたがない」。これで、おしまいだ。一切合切、反省しない。そうやって押し通して頑固に鳴らして、鳴らしていると言うことを認めないで、やりきった。自分の音が普通に言ってでかすぎる音だということも、「うちにいる限りは」認めないのである。うちにいる限りは!!! 

2017年1月10日火曜日

一日中ガンガン鳴らし続けて、一日中鳴らさないで我慢してやったのとおなじ気分

昨日は激しく落ち込んでた。からだがあんまり動かないんだよな。やっぱり、精神と体は直結しているのだろうか。あのだるさはない。

持ち直したんだけど、さっき、センター試験のニュースを視てしまった。天候の話しだけどさ。天候関連でちょーーっとだけセンター試験の話が出ただけなんだけど、入学試験の話しをちょっとでも聞くと、ヘビメタ騒音の切羽詰まった気分を思い出す。あのシーンが浮かんでしまうんだよな。あのシーンって、いつもある。あれらのシーンが浮かんでしまう。ともかくヘビメタ騒音でくるしかった。ほんとうにーー、くるしかった。ともかく、くるしかった。それから、足踏み状態で話が進まないという状態もくるしかった。きつかった。ヘビメタが鳴っているあいだじゅう、足踏み状態なんだよな。

ヘビメタ騒音は破壊的で、勉強することが無理なんだよ。あいつ……きちがい兄貴はシランプリで鳴らしてたけどな。絶対の無視なんだよな。殺さないと静かにしてくれない。これ、何度も言っているけど、悪気がないんだよ。しくみとしては、言われたら、発狂して、顔を真っ赤にして頑固に鳴らすんだけど、それが済んだら、鳴らしたまま、「言われた」ということを忘れてしまう。「その時」乗り切れればいいわけ。相手が言っていることを認めないで、自分がやれれば、それでいいわけ。

で、中断されずに自分がやりきったら、……中断されなかったので……自分にとってはなんでもないことなので……自分にとって不愉快なことが生じなかったので……「自分はなにもしてない」ということになってしまう。自分はなにもしてないし、言われてもいない。「やめてくれ」と言われたということを、忘れてしまう。

忘れてしまうというよりも、最初からおぼえてないというような感じになる。けど、ちゃんと聞こえているんだよ。で、「がたがた言ってくると、もっとやるぞ」というような反応もしている。だから、相手が「ヘビメタ騒音を鳴らさないでくれ」と言ったことは、認識しているわけ。けど、自分がぁぁぁ!! ゆずらないで……ちゃんと押し通してやることができれば……最初から「言われなかった」ことになってしまう。これが、親父とそっくりなんだよ。しくみがおなじ。で、毎回リセットされてしまうから、つねにカウントがゼロなんだよ。毎日リセットされてしまうから、

その日、何十回も言われても……怒鳴り込まれて「やめろ」「静かにしてくれ」と何十回言われても……一回も言われたことがないのとおなじことになってしまう。何十回言われようが、「知らなかった」ことになってしまうのである。「そんなの言われなかった」「知らなかった」……こういうことになってしまう。だから、まったく気にしてない。

普通、たとえば、入学試験の前に、何十回も、「やめてくれ」「静かにしてくれ」「入試だからやめてくれ」と鳴らしているときに言われたら、それが「残りそう」なものなのに、まったく、残らない。まったく残らない。そういう精神状態なんだよな。

普通だったら、相手が何回も「静かにしてくれ」と言ってきたのに、自分はヘビメタを普段通りにでかい音で鳴らしたいから、ずっと、鳴らし続けたということを記憶しているはずなんだよ。そして、「あれだけ言ってきたのだから、鳴らし続けた自分のことを良く思ってないだろう」ということが、「残る」はずなんだよ。

けど、そういうのが、一切合切残らない。どれだけもめても、喧嘩しても、喧嘩したあと、ガンガン鳴らし続けても……一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、六時間、七時間、八時間と鳴らし続けても、その八時間のあいだに……何回も何回も相手が「やめてくれ」と言っても……まったく、悪いことをしたという気持ちがしょうじない。

つねに、毎日そうだけど、入試のときもそうだった。あれだけもめているのだから、喧嘩しているのだから、自分が押し切って鳴らしたということが記憶に残っても良さそうなものなのに、押し切って鳴らしたということが記憶に残らない。

それから、相手が何回も何回も言ってきたということが、記憶に残らない。

それから、相手の態度からして、相手の状況からして、鳴らし続けたら、さぞかし自分のことをうらむだろうなということに気がついても良さそうなのに、……ガンガン鳴らし切って……まったく気がつかない。

きちがい兄貴の認識としては一日中、鳴らさないで静かにしてやったのとおなじだから、自分がうらまれているとはどうしても、思えないのである。一日中、頑固に、鳴らすのに、一日中静かにしてやったと思っている状態が続く。

こっちが、ずっと鳴っていることに耐えきれずに、何回も「やめてくれ」と言っているのに、一回もそんなことは言われなかったという認識のままなんだよ。もちろん、言われたら!……腹を立てて、追い返している。「絶対に聞いてやらない」と言う態度で、親父のように顔を真っ赤にして、しがみついて、固着して、鳴らすんだよ。

だから、鳴らしているのに、本人は、つもりがないままなんだよ。「つもりがない」というのは、「鳴らさなかった」「言われなかった」いうことだ。だから、鳴らしてないし、「やめろ」と言われたことが一回もないということだ。だから、うらまれているとは思わないのである。

本当は、相手が必死で頼んでいるのに、それを無視して、一二時間鳴らせるなら、きっかり一二時間鳴らしているのに、本人は、一分も鳴らしてないつもりなんだよ。鳴らしてないのだから、うらまれていると思えるはずがない。「うらまれている」ということに気がつくことすらできない。

本当は、すべての時間鳴らしているのに、すべての時間鳴らさないで静かにしてやったのとおなじ気分なんだよ。気分は!!!!! そして、本当は、一日に何十回も「やめてれ」と言われたのに、一回も言われなかったという気分なんだよ。気分は!!!!!!!!

それを、何千日繰り返しても、ゼロたすゼロはゼロだから、俺の勉強の邪魔をしたつもりがしょうじない。だから、「自分がヘビメタを鳴らしたからうらまれている」ということがわからない。そりゃ、こっちがどれだけ頼んでも、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間もしつこく、頑固に鳴らしているわけだから、うらまれて当然なのだけど、一秒も鳴らしてないという気分なので、うらまれていると思うことができないのである。

本人が「言われたとき」……はねのければ、それで本人の中では終わっている。だから、やっているのに、やってないということになっている。最初から一分も鳴らしてないのとおなじ気分のだから……つもりも悪気もないままなのである。

けど、じゃあ、言われたらちゃんと静かにしてくれるかというと、それは、絶対に!!!!ないんだよ。どれだけ言われても、こだわってこだわって、スピーカーから、でかい音で鳴らすことにこだわって、スピーカーからでかい音で鳴らす。

だから、鳴らしているのに、まったく鳴らしたつもりがないのとおなじ認識のままなんだよ。そういうきちがいだ。これ、本当に矛盾があるのだけど、あいつの態度はそうだ。

だから、いまだに、「そんなつもりじゃなかった」とか「静かにしてやった」とか言ってる。頭がおかしい。一分間我慢させられることに、耐えられなかったんだよ。本当に、自分が鳴らしたい音で鳴らせなくなるということには、耐えられないんだよ。たとえ一秒だろうが、弟が入試だろうがなんだろうが、一日に一秒間、本当に我慢させられて、鳴らせないというのには耐えられない。ゆずってやるとしたら、本当にゆずるのではなくて、自分がゆずってやりたい分だけゆずってやれば、それで、一〇〇%ゆずってやったことになる。

本当に自分が我慢させられそうになったら、親父のように顔を真っ赤にして、発狂して、やりまくる。認めないで、絶対にやりまくる。細部の細部まで、相手の思い通りしてやるのはいやなのである。

で、だから、〇・一デシベルでも、静かにしてやったら、それは、ものすごく静かにしてやったことになるのである。自分の中で、静かにしてやれる分だけ静かにしてやればいいということになっているから、〇・一デシベル、五分間静かにしてやれば、それで、一日中鳴らさないで我慢してやったのとおなじだけ静かにしてやったということになってしまう。兄貴の中出は、まったく疑いようもなく、そうなんだよ。

だから、入試の前々日、前日と、一日中鳴らしていていも、一日中静かにしてやったのとおなじ気持ちでいられる。そういう病気、そういう頭の病気なんだよ。たから、困る。

「やめてくれ」と言われたら、鉄板の意地ではねのけて、鉄板の意地でやり続けるわけだから、やり続けているのに、「まったくなにもしてない」つもりのままなんだよ。「言われた」ということすら、まったく記憶にない状態なんだよ。それが毎日繰り返される。おんなじように毎日毎日、頑固に繰り返される。どこかで、相手が言っていることを認めて、ちゃんと相手が言っているように静かにしてやるということがまったくない。

そんなのは、〇秒。そんな時間は、〇秒。すべての時間、自分が思ったとおりの音で頑固に鳴らして、自分はすべての時間まったく鳴らしてないのとおなじ気分。だから、「うらまれている」ということにも気がつかないで、自分が思ったとおりに、頑固に鳴らし切ることができる。そういうしくみだ。これ、本当に困る。いまも、そうなんだよ。「よそ」の家に行ったから、鳴らせないけど、過去において自分がやったことは、正しいと思っている。本気で静かにしてやったと思っている。よそのうちじゃ、一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らし続けたのに……何年も何年も毎日毎日……長時間鳴らし続けたのに……本人は、いまだに、「そんなに鳴らしてない」つもりのままなのである。だから、まったく悪く思ってない。自分は「協力してやった」と思ってる。恩着せがましく思っている。いまだに、そういう状態だ。

よその家で、一時間でいいから鳴らしてみろ。どんな人間関係になるか。よそのうちで一〇分でも鳴らしたら、よその家の人にわかるよ。どれだけうるさい音で鳴らしていたか。そして、うるさい音で鳴らしているのに、ぜんぜん反省しないで鳴らし続けた。どれだけになにを言われたって、反省なんてしないんだよ。言われたら言われた分だけ、腹を立てて、固着して、頑固に鳴らした。だから、本当は一秒もゆずらないで、自分の意地を押し通して鳴らしているのに……あるいは、鳴らしているからこそ……一秒も鳴らさなかった場合の認識とおなじなのである。矛盾しているけどそうだ。本当は全部鳴らしているのに、全部鳴らさなかったと思っている。頭がおかしい。キチガイ兄貴の態度というのは、最初から最後まで……今に至るまで……「鳴らさなかった」場合の態度なんだよ。一日中、弟が言うように、ヘッドホンしてやった場合の態度とおなじなんだよ。実際には、一日中、ヘッドホンをしないで鳴らしてた。それは、自分の音にこだわりがあるからだ。ヘッドホンをつけることさえ、かたくなにこばむやつが、静かな音で、聞くわけがないだろ。でかい音で鳴らすと言うことに、こだわりきっているわけだから。このこだわりは、親父の発狂的なこだわりとおなじなんだよ。ある意味、こだわり方で、親父を超えている。だから、こだわりつくして、やっているのに、本人は「やってない」つもりのままなんだよ。一〇年、一四年繰り返したって、「一日もそんなことにない」という気持ちのままなんだよ。実際には、一四年間、そういう気持ちで、頑固に鳴らした。こだわりつくしたでかい音で鳴らしてた。よそでは、一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らしてた。

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2017年1月7日土曜日

ヘビメタ騒音毒がくるしすぎて、人生がない

俺もうつかれた。本当につかれた。ヘビメタ騒音以降、ずっとつかれている。つかれがとれることがない。それが、ヘビメタ騒音毒一四年間の効果だ。負の効果だ。負の影響だ。どうにもくるしい。頭がモヤモヤする。これ、長いんだよな。一日の中で相当に長い時間、もやもやしている。しかも、ヘビメタ騒音八年目あたりから、ずっとそんな感じだ。どんだけ……。どれだけ……。俺が、度なん気持ちになると思っているんだよ? ヘビメタ毒をまき散らしやがって……。こだわってこだわって、絶対の意地でまき散らしているのに、本人は、ゆずってやったつもりで、まったく関係がない人だと思っている。そういう態度がゆるしがたい。俺がぼーっとして、しかるべき地位の人から「ぼーーっとしないで!!」と怒られる。で、けど、頭がぼーっとして集中できない……こんなことがどれだけあったと思っているんだ。きちがいヘビメタのせいで、俺がどれだけ……。俺がどれだけ……。しかも、いいわけだとか言われるわけだからな。ヘビメタ騒音の効果でそうなっていることは疑いがないことなんだよ。いいわけだとか言う人だって、おなじ時間、おなじ期間、ヘビメタ騒音に……あのどぎついヘビメタ騒音にさらされたら、そういう状態になる。一〇〇%そうなる。どれだけ、くるしいか。ヘビメタ騒音毒がくるしすぎて、人生がない。


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からだが蕁麻疹でかゆくてしかたがない。この蕁麻疹も、一度治ったのに、ヘビメタ騒音で復活してしまったんだよな。試験の前、あれほど、「ならすな」と言ったのに、一二時間鳴らせるなら一二時間鳴らしてた。それで、「しずかにてやった」とか思っているだろ。そういう態度自体が頭にくる。俺は、蕁麻疹が出てるときも、言ったからな!! ヘビメタのストレスで蕁麻疹が出る。ヘビメタのストレスで蕁麻疹が出るようになったのは、二〇歳の時だから、ヘビメタ騒音で蕁麻疹が出るようになるまで九年間、我慢している。九年間、ストレスを感じながらも、蕁麻疹は出なかった状態が続いている。けど、その我慢も、限界に達した。きちがい兄貴よ、横に家が建ったとき……工事をしているとき……きちがい兄貴が午後五時に帰ってきたら、午後五時から午後一一時一一分まで、どれだけなにを言っても、やめてくれなかった。あと一週間で大学入試だからやめてくれと、どれだけ怒鳴り込んでも、ずっと鳴らしてた。きちがい兄貴が静かにするのは、自分の用事で、ヘビメタ騒音道具の前を離れるときだけだ。具体的には、夜ご飯と風呂だけだ。兄貴は、ご飯も、風呂も一〇分ぐらいで済ます人間だから、この二〇分以外は、ずっと鳴らしている。俺が、あと二週間で入学試験だからやめてくれ」と言って、それで、きちがいヘビメタを鳴らす時間が、一日に一時間になったとか、二時間になったとか、三時間になったとか、四時間になったとか、五時間になったということがない。もちろん、一日に鳴らすヘビメタは六時間にしろと言われて、本当に六時間だけしか鳴らさないようにしようとしたことすら、一日もないんだぞ。それで、「静かにしてやった」「そんなに鳴らしてない」「ゆずってやった」「言い分がある」なんて、三〇年も言っているんだからな。嫁さんの前で。そういうのが、「いいわけ」なんだよ。嘘のいいわけだけどな。で、鳴らしているときは……つまり、うちにいる期間はずっと……そういう態度で鳴らした。本当に、「鳴らしてたって、鳴らしてない」という親父とおなじ態度なんだよ。静かにしてないのに、「静かにしてやった」と思い込んでいるきちがい的な態度なんだよ。で、いま、こういう手紙を、兄貴の家に送って、それで、兄貴の嫁さんが「これ、本当なの?」と聞くと「やってない」「そんなんじゃない」と言って、むすーーーっとして、目を三角にしてふくれる。不愉快なのである。で、うちにいるときは、むすーーーっとして、目を三角にしてふくれて、頑固に七時間鳴らせるなら、きっかり七時間、八時間鳴らせるならきっかり八時間……一三時間四五分鳴らせるなら、きっかり一三時間四五分、……入試前日だろうがなんだろうが、頑固に鳴らし切った。お母さんに「静かにしてやった」と言われたら、むすーーーっとして、目を三角にしてふくれる。不愉快なのである。で、二階に行って絶対の意地ですべての可能な時間、頑固に九九・九から一〇〇の音で鳴らした。本当に、入試だろうがなんだろうが、一時間ヘッドホンをして鳴らさないで我慢してくれるということが、なかった。これは、イチニチモナイ。きちがい兄貴が静かにしたのは、最初の高校入試前日だけで、あとの日は、〇分なんだよ。他の日も、一日に一時間ぐらいは静かにしてくれた日があるのかというと、ない。当然、中間期末試験だろうが、一日に一時間静かにしてくれるということがなかった。一日に一〇分だって、四分だって、一分だって、ヘッドホンをして静かにしてくれなかった。それは、本当に、日曜祝日、夏休み冬休み春休み全部を通して、一日に一分間ヘッドホンをしてくれると言うことがないんだよ。それで、「しずかにてやった」とまじで思っている。これが、きちがいでなくてなんだ。そういう状態で、こっちの言っていることがぜんぜん通じない状態なんだよ。どれだけ意地になってやったか……本人がわかってない。自分の部屋に入って頑固にすべての時間、一分だってヘッドホンをしないで、鳴らしてた。で、これが、たとえば、一分だってヘッドホンしてくれない」と言ったとするだろ。そうしたら、「じゃ、一分ヘッドホンをするから、そのあとはどれだけ鳴らしてたって文句を言ってくるな」「がたがた言ってくるな」と言ったんだよ。たとえば、午後四時から午後四時一分まで、一分間ヘッドホンをしてやったら、午後四時一分一秒から、午後一一時一一分まで鳴らしても、文句を言うなと言うことだ。本当に、入試の前の冬休み期間中を含めて、そういうことを言う。これ、一分間は、後ろにずらすこともできるんだよ。端的に言えば午後一一時一二分まで鳴らせれば、一分間分は回収できる。自分が朝の九時一五分から鳴らすとき、朝の九時一六分から鳴らせれば、それで一分間静かにしてやったことになるから、朝の九時一六分から、夜の一一時一一分まで、きちがい兄貴が自主的にヘビメタ道具の前を離れるわずかな時間を除いて、ずっと鳴らしていたとしても、俺が注意できないということになる。一分間ヘッドホンをして静かにしてやっているので、注意できなくなる。そんなバカな話しはないのだけど、兄貴が押し付けてきたことは、そういうことなんだよ。いつもそうだよ。本当に自分が一分でも静かにさせられそうに鳴ったら……我慢させられそうになったら……そういう幼稚なことを言って、頑張って、無効化しようとする。それが、恩着せがましい。親父とおなじなんだよ。とことん親父とおなじ思考回路。押し付けてくることが全部、親父とおなじ。だから、親父は浄化する機能がないんだよ。兄貴がやったこと……その期間中やっていることは……親父がやってきたことだから、説教できない。やめさせることができない。けど、親父は、これまた、でかくなった兄貴には文句を言えずにこそこそ逃げ回るような状態だったんだよ。親父は、兄貴に文句を言いたくないわけだから、親父に浄化機能がないと言うことは、そもそも、最初の段階で問題にならない。このことをどれだけの人間が理解できるのか? 「お兄さんに言えばいい」「家族で話し合えばいい」「そんな音で鳴らしているのに親が注意しないはずがない」なんて言いやがる!! 全部が全部、ゆるせない。俺が外側から文句を言われて、うちで、どれだけ兄貴文句を言っても、きちがい兄貴が普通に無視して頑固にすべての時間鳴らすという状態が十数年間毎日成り立っている。これ、どれだけ兄貴に言ったって、かわらない。どれだけ言ったと思っているんだよ。俺は、直接兄貴に、何万回も言ったからな。一日に何十回も言ったからな。きちがい兄貴は、言われたら「あとからあとから、がたがた言ってくんな」と言って、怒ってたんだよ。怒りたいのは、こっちだよ。それが、大学入学試験二週間前一週間前、一日前の態度だから。今の言い方だとあいだが開いているけど、ずっとだから。二日前はやめてくれたとかそういうことはないから。

一分間、ヘッドホンをしてやれば、すべての時間鳴らし切る権利がしょうじると思っている。「それでいいだろ」と言う。良いわけがないだろ!!! もう、その時点で六年前から毎日毎日、特異的な一日をのぞいて鳴らされているわけだから、良くないんだよ。ヘビメタ騒音がつもっている。これ、きちがい兄貴は、忘れたことにしたいんだろうけど、ぜんぜん違うからな。きちがい兄貴が新しい家族の前で言ってることと、ぜーーーぜん違うからな。自分でわかってないのかよ? 自分でわかってないとしたらおかしい。頭が完全におかしい。自我の統一性を維持しているとは思えない。けど、やってときから、入試だろうがなんだろうが、そういう態度なんだよ。すべて頑固にやり切るのに……まったくやったつもりが生じない。どれだけ言われても頑固にやり切るのに、……まったく言われた記憶がない。だから、本人はまったく関わってないつもりで、へーーちゃらなんだよ。だれのせいで困っていると思っているんだよ。だれのせいで、親父と(ヘビメタ騒音のことを巡って)議論して、ぶつかって、喧嘩していると思っているんだよ? きちがい兄貴が頑固に鳴らしているからなんだよ。これ、きちがい兄貴がやり始めてから一〇年目の態度がこういう態度だよ。一〇年のあいだどれだけ鳴らして、一〇年のあいだどれだけ、「やめてくれ」「静かにしてくれ」とはっきり文句を言われたと思っているんだよ? 毎日もめているのに、まったく言われたつもりがないまま、生きている。そういうのがおかしい!! おかしいけど、頑固無視して、ふつーーーーにそういう状態で暮らしている。うちではそうだ。よそのうちでは、一分も鳴らしてない。頭がおかしい。よそのうちで一分も鳴らせないということは、自分が我慢してやったつもりの音も含めて、「よその家」では一分だって鳴らせないようなでかい音だということを、知っているからなんだよ。どうして、うちでは、一分だって我慢してくれなかった。俺が、入試で困っているとき、きちがい兄貴は、一分も我慢してくれなかったんだぞ。それで、「入試に協力してやった」「ゆずってやった」「静かにしてやった」と嘘をついているつもりがないまま言えるんだぞ。それも、何十年間も毎日!!! 兄貴に言っておく。どうして俺が入試で困っていたかというと、ずっときちがいヘビメタが鳴っていたから。これ、入試の前、二週間だけ毎日きちがいヘビメタが鳴っていたのとは違う。それだってくるしいことだけど……。高校入試のときは、三年数ヶ月前から毎日鳴っていて、大学入試のときは、六年数ヶ月前から毎日、鳴ってるんだよ。で、この鳴っている時間だけど、兄貴が部屋にいる時間はすべて鳴っているという状態だ。一日の中で、兄貴が起きて、部屋にいたら、入試だろうが、中間期末試験だろうが、入学式だろうが卒業式だろうが、全部、鳴っているんだよ。一分だって、静かにしてくれなかったのがきちがい兄貴だ。これを、きちがいと言わずしてなんと言う? これも、俺がまるで、普通の人みたいに、あるいは、掲示板の荒らしみたいにきちがいという単語を軽い意味で使っているように誤解している人がいるけど、そうじゃないんだよ。きちがいの中には一四年以上、毎日、静かにしてくれなかったという気持ちが込められているんだよ。矛盾があるへんな態度で、静かにしてくれなかったという気持ちが込められているんだよ。俺は、その言葉を使う権利がある。ただちょっと、自分の意見を批判されたから、「この、きちがい野郎」などと人格攻撃をする人は違うんだよ。ぜんぜん違う。


2017年1月4日水曜日

毒とヘビメタ騒音の理論

やっぱり、なんだかんだ言ってヘビメタ騒音で人生がない。どうして、一日中鳴らさないで静かにしてくれなかったんだよ!! 兄貴!!! 兄貴!!おまえ、ずっと鳴らしっぱなしじゃないか。「こんなことになると思わなかった」だと?? 俺が試験期間中も含めて、何万回「静かにしてくれ」と言ったと思っているんだよ。「こんなことになる」と思って静かにしろ!!

一日目に、ヘッドホンをして静かにしてくれればそれで済む話しなんだよ。ヘッドホンをしてヘビメタを聞くようにすればそれで済む話しだ。エレキギターの練習をするときもヘッドホンをして練習するようにすれば、それで済む話しなんだよ。一日中、そうやってヘッドホンで鳴らせば、それで済む話しなんだよ。

けど、きちがい兄貴は、なまの音で聞くことに、こだわった。なまの音というのは、スピーカーから鳴らす音という意味だ。俺は、一日目から、さんざん言った。小学六年性の、あの日にさんざん言ったからな。きちがい兄貴が勝手に、「このくらいの音で鳴らすなら大丈夫」「このくらいの音で鳴らすなら何時間鳴らしても問題がない」と決め付けて鳴らした。で、親父の決めつけとおなじで、最初っからおかしいのに、本人が気がつかない。自分にとって不都合なことは、何万回言われても認めないんだよ。だれに言われたって認めない。自分が決め付けたら頑固に、それを守る。その決め付けに疑問を持つことがない。

で、それは、親父の「見えたって見えない」「やったってやってない」とおなじなんだよ!!! 兄貴の友達の、カオ君に指摘されるまでもなく、だれがどう聞いても、どでかい音なんだよ。けど、最後の最後まで、どでかい音だということを、うちでは認めなかった。よそのうちに行ったら、一日目に……と言うかゼロ日目に「こんなでかい音で鳴らすとまずいだろう」と理解して、一切合切鳴らさないようにした。そのあと、何十年も一日だって鳴らしてない。一日に一分だって鳴らしてない。

もし、新しいうちで、あの音で鳴らしていたら、兄貴の嫁さんが知っているはずだ。よそのうちではまったくこだわらずに、やめることができる。けど、うちでは、一〇〇%こだわりつくして、一〇〇%自分の意地を通した。全部の時間、どでかい音で鳴らす……ということにこだわりつくした。だから、本当は……本当には、一日に一分だってゆずってないんだよ。きちがい兄貴のこだわりというのは、本当は、きちがい兄貴が知ってなければいけないことなのに、知らないんだよ。

これも、親父とおなじだ。

で、知らないということは、やってないということとイコールなんだよ。これも、親父とおなじだ。どれだけどでかい音で鳴らしても、どでかい音だということを認めない。認めなければ、どれだけでかい音で鳴らしていても、どでかい音で鳴らしてないことになっている。本人の中では、そうなっている。けど、そうやって満足できる音で鳴らしているから、「認めないまま」でいられる。自分が本当に制限されたら、一分だって、不満爆発で、怒り狂うような状態になってしまう。不満なんだよ。

自分が一分でも本当に我慢させられたら……思った通りのでかい音で鳴らせないとなったら、怒り狂う。不愉快で不愉快で不愉快で不愉快で、たまらない気持ちになる。一二時間のうち、一分だってそうだよ。他の一一時間五九分を、自分が好きなように、鳴らせるとしても、あるいは、鳴らせたとしても、一分!!自分が我慢させられたとなったら、もう、それが不愉快で不愉快で不愉快で不愉快で不愉快で、たまらない気持ちになる。自分がやっている一一時間五九分には、目もくれない。そういうアンバランスなところがある。

自分既得権益は一〇〇%守らなければ、それは、もう、不満で不満で不満で不満で……「そんなことやってられるか??」「そんなばかなことがあるか??」という気持ちになって、頑固に、その一分にこだわりつくして絶対にゆずらないで鳴らす。一〇〇%でなければ絶対にだめなんだよ。だから、きちがい兄貴が静かにしてやったつもりの時間があったとしても、その時間を含めて、自分が満足できるでかい音で鳴らしている。一〇〇%の時間鳴らしている。

だから鳴らしているのに、本人はまったく鳴らしてないのとおなじ気分なんだよ。

一〇〇%全部我慢して鳴らしてないのとおなじ気分、おなじ認識。だから、俺に(弟に)うらまれているとは思ってない。中間期末試験前、中間期末試験中、一分もゆずらないで、自分が満足できると音で鳴らしているのに、試験の邪魔をしたということがわからない。

それは、言われないからわからないのではなくて、一日に、二〇回、三〇回、五〇回、一〇〇回、怒鳴られてもわからない。怒鳴られたら……「やめろ」「静かにしてくれ」と怒鳴られたら、「なんだこんにゃろう」「人がせっかく鳴らしているのに!!」と親父のように怒り狂って絶対にやめてやらないんだよ。そういう態度だ。「試験だから、六時間ぐらいはヘッドホンをしてやろう」なんて気持ちはまったくない。一〇〇%自分の思い通りに鳴らしたいから、一〇〇%自分の思い通りに鳴らした。一%ゆずることだって、許しがたいことなのである。

もし、あの音が問題のない静かな音だというのであれば、いま住んでいるところで、一日に一二時間鳴らせばいいだろ。日曜日と土曜日は一二時間ずつ鳴らせばいいだろ。それだって、静かな音で鳴らしているわけだから、まったく問題がないわけだろ!! で、一日だってできるのかよ?? そういうことを、俺には、一四年間押し付けて、平気だったんだからな。「なにもしたつもりがないんだからな」。最後の最後まで。今ですら!!! 「うち」でやったことはまったく反省しないんだよな。

そのうち、「自分が親父といっしょだなんて?」「自分が親父とおなじことをしていたなんて?」としらばっくれてて言い出すよ。おなじどころか、親父よりひどいよ。親父のきちがい行為も困ったけど、兄貴のヘビメタ騒音みたいに、持続してない。兄貴のは、ずっとずっとずっと続いてんじゃないか。どれだけくるしいと思っているんだよ。あの音に一日に何時間もさらされ続けてどれだけくるしいと思っているんだよ?

きちがい兄貴よ!! 人の心がちょっとでもあるなら、ヘビメタ以外の音を、あの音のでかさで聞いてみろ。きちがい兄貴、自分がどれだけひどいことをしていたかわかるから。これ、自分が被害を受けてないから……まったく受けてないから……まったくわからないんだよ。どれだけ言われたって、わからないんだよ。一万分の一も、一兆分の一もわからない。「自分はそんなことをされなくて良かった」とか、思っちゃうやつだよ。自分でやっておいて!! そのくらいに、関心がないんだよ。

自分がやったことに関心がない。

やりきれたから!!……関心がないのだけど。一〇〇%!!つねに毎日やりきれたから!!関心がないのだけど。

一〇〇%やりきって、きちがい騒音でいじめているあいだじゅう、ずっと、「鳴らしてないのとおなじ気分」なんだよ。それは、どれだけ言われたって、わからない。普通に自分は鳴らす権利があって鳴らしていると思っているぐらいだから。がたがた文句を言ってくる方がおかしい」ぐらいの気持ちしかない。自分がまったく意味がない分(ぶん)静かにしてやったら、それで、全部静かにしてやったのとおなじ気持ちになる。だから、そのあとは、ずっと、一〇〇%の音で鳴らし続けることができる。けっきょく、一〇〇%時間、九九・九%の音と一〇〇%の音で鳴らしている。

きちがい兄貴が、最大限静かにしてやったでかい音と、きちがい兄貴が気にしないで鳴らしているでかい音の違いがわからない。まったく、聞き分けることができない。そういう意地悪なことをしやがる。親父とおなじなんだよ。

これ、親父のカネの支配とおなじなんだよ。

金を使った……金にまつわる意地悪とおなじなんだよ。本人はもちろん、意地悪をしているつもりなんてない。一円だって出してやるなら、それは、ものすごいこと!! で、一円だから、ハンダゴテとおなじで、買えないんだけどな。買えなければ意味がないんだけどな。けど、待たせて待たせて待たせて待たせて、半額しか出さないとか、他のものを買うなら金を出してやるというような意地悪をする。普通にそうなる。

だから、欲しいときに、なにかを買ってもらったことがない。かならず時間か、ものがズレる。もちろん、それだって、親父としては、最大限の譲歩をしてのいるのであり、せっかく金を出してやると言っているのに、文句を言うこどものほうが悪いということになる。で、文句を言ったから出してやらないということを実行する。そうやって、待たせて待たせて待たせ、買ってやらないということをするんだよ。親父に関わるとそうなる。

だから、余計なものしか買えないんだよ。親父の金の出し方と、兄貴のヘビメタの譲歩のしかたがおなじなんだよね。まったくおなじ。金を出すほうが、まだましだ。きちがい兄貴のは、悪いことをするのをやめないわけだから。たとえば、公害を出すとするだろ。

まあ、これ、比喩だけど一日に一〇〇キロの有機水銀を出すのは悪いことだ。で、これをたとえば、〇・一キロゆずって、九九・九キロにしたら、それでいいのか?という問題がある。カネじゃないよ。ゆずったら、それでいいのか? そんなことないだろ。ゼロか限りなくゼロにちかい数値にしなければ意味がないだろ。ヘビメタもおなじだ。一分間ゆずってやったから、あとは全部鳴らしてもいいのか?

そんなことにはならない。ヘビメタは毒ガスと一緒なんだよ。毒になる物質とおなじなんだよ。ゼロにしなきゃいけない。きちがい兄貴が静かにしてやりたい分だけ静かにしてやればもいいというものじゃない。けど、きちがい兄貴は、それでいいと思っている。一分でもゆずってやったら、それで、いいと思っている。もちろんその一分間ゆずることだって、きちがい兄貴のやり方でゆずるわけだからまったくゆずったことにならないようなゆずり方でゆずるんだよ。金を出してやるというのではなく、害となる物質を出すのとおなじだから、一〇〇キロを九九・九キロにすればいいというわけではない。けど、一〇〇キロを九九・九キロにしてやれば、もう、大威張りなんだよ。「対策してやった」と、良いことをしてやったつもりで、毒をまき散らす。

2017年1月3日火曜日

「どけたら、死ぬ!!」みたいな切迫感がある(1)

こげくさいにおいの中でこれを書いている。で、なにを言いたいかというと、親父には普通の話が通じないということを言いたい。親父とは関わりたくないのだけど、ストーブの上にのせた鍋から煙が出ている場合などは関わらざるを得ない。

それで、嫌な思いをする。これ、むかしからそうなんだよ。いま、ぼけたからそうなったというわけじゃない。親父はストーブの上にいろいろなものを置いてあたためるんだけど、何度も失敗している。芋などを載せるときもあるけど、けっこう、失敗してこがしているんだよな。

で、いまさっき、俺は、一階に降りていって、冷凍のスパゲッティーを電子レンジであたためようとした。で、親父が起きていて、テーブルの前に座っていた。で、親父が座っている斜め後ろあたりに石油ストーブがあって、その石油ストーブの上に、親父がおかゆの入っている鍋を置いておいたんだよ。で、鍋から、蒸気の他に煙が出ている。

で、こげくさい。だから、「鍋から煙が出ているから、鍋をどけたほうがいい」と言ったんだよ。普通だったら、「あっ、しまった」とか言って、どけるよな。普通だったら!!!

けど、親父は、鍋をどかさないんだよ。で、「煙なんて出てない」「においなんてしない」と言い張る。そういう反応!!!

つねに、こっちがなんか言うと、かならず!!!否定!!!するんだよな。「煙が出てる」「こげくさいにおいがしている」って言っているのに、「煙なんて出てない」「においなんてしてない」と言う。これ、本当、出てるんだよ。蒸気のほかに明らかに煙が出ていて、明らかに、こげくさいにおいがしている。

鍋のなかで、こげている。

で、「なかでこげているから、どかした方がいい」と言うだろ。……俺が言うだろ。

そうすると煙が出てるのに、「煙なんかない」と言うんだよ。居間全体が、煙たくなっているのに、そういうことを言う。いま、ぼけたからこうなったんじゃなくて、昔からそう。

これは、お母さんが若っ買ったときの話しだけど、親父が植えた桜の木に、毛虫がわいたんだよ。で、お母さんが「毛虫がいる」と言ったら、「毛虫なんていない」って言い張るんだよ。もう、目の前に数え切れないほどの毛虫がいたって、「毛虫なんていない」と言い張る。

まあ、これは、親父がいるときは、早朝か深夜で、毛虫が少ない時間帯で、そんなにいるように見えないという日もあった。けど、本当に、日中は木の表面が見えないぐらいに、毛虫がたかって動いているんだよ。で、「日曜日とか、日中いるときに、桜の木を見てくれ」というようなことをお母さんが親父に言うだろう。けど、これが何回言っても、日中、毛虫がいっぱいいるときに、見ないんだよ。

で、そういうことでもめて日にちがすぎるだろ。桜の木から、けむしがぽたぽた落ちてきて、洗濯物に毛虫がつくから困るということを、何十日も、何百日も、何千日も言わないと確認しようとしないんだよ。で、何百日後に確認するとするだろ。確認するために、桜の木を見たわけ。で、その時は、毛虫がたくさんつている時間帯だから、毛虫が見えるわけだよ。普通の人なら。けど、きちがい親父は、「毛虫なんていない」なんてことを言うんだよ。明らかにおかしい。

で、そうやって、また無視して、何百日もたつ。で、本当に、お母さんが「桜の木に毛虫がいる」と言い始めてから、三年、四年、五年経たないと、「いる」と言うことを認めないんだよ。

認めると自分が処理しなければならなくなるから!! 見えたって見えないんだよ!!!

で、人に言われたことは、ともかく、否定なんだよ。客観的な事実でも否定なんだよ。目が見えれば絶対に認めなければならないようなことだって、かならず!!!「否定」するんだよ。

で、何年間も毛虫のことは放っておく。どれだけ毛虫がいるからどうにかして」と言われても、毛虫を処理するのはいやだから、認めない。けど、めちゃくちゃにたくさんいるんだよ。で、毛虫の場合は、五年後ぐらいから……言い始めてから五年ぐらい経ったときに、毛虫がいるということを認めて、しかたなしに処理をしたんだよ。処理というのは、親父が油をつけた手ぬぐいを物干し竿みたいな棒の先っちょに結びつけて、火をつけてあぶり殺すという処理だ。毛虫が発生してから、そういう処理をするまで、何年間も「いないいない」ってがんばるんだよ。何年間もだよ。

だから、毛虫の場合は最後には処理しなければならなくなって、認めたわけだけどさ。……けど、そういう行動をするまでに、「毛虫なんていない」って、どれだけ言い張ったと思っているんだよ?? 「毛虫がいる」って言っているのに、……目が見える人なら明らかに、木の表面にわんさとたかっているのが見えるのに。これ、本当に樹皮が見えなくなるほど、たくさんついていた。
毛虫が!!


これ、親父が、他の人が反対しているのに、無理矢理植えた桜の木なんだよ。桜なんて植えたら、いろいろと手入れをしなければならなくなるから、やめてくれと言われたのに、頑固に無視して、植えちゃった桜なんだよ。親父はやりたくなったら、やりたくなるわけで、反対されても……反対されたらなおさら、意地になって、やる。兄貴もおなじなんだよ。自分が鳴らしたくなったら、どれだけ反対されても、意地になって鳴らすんだよ。だから鳴らしているのに、一日中鳴らしているのに、一日中鳴らしてたと言うことを認めるのが、嫌になったら、「そんなんじゃない」と言い張る。で、言い張るときの態度が、やるときの態度とおなじなんだよ。これは、兄貴の話だけど、兄貴のそういう態度は、親父のコピーだから。親父が最初に、やり始めたことだ。兄貴と親父はおなじ。一応、親父の話に戻す。

どうせ、植えたって手入れなんてしないだろうし、手入れをしないと虫がわくからやめてくれと言われたら、もう、真っ赤な顔をして怒って、植えてしまう。聞こえないふりをして? 俄然加速して、植える。そこに植えると邪魔だから植えないでくれと言われると、もう、エンジンがかかって、真っ赤な顔をして、意地になって植えてしまう。で、これがおかしいところなんだけど、「植えないでくれ」と言っていた相手に「どうだ。すごいだろ」「ほめてよ。ほめてよ」みたいなことを言うんだよ。どんだけ、気分がさがるか。「めんどうなことになるから、植えないでくれ」とさんざん言った相手に、「どうだ。すごいだろ」「ほめてよ。ほめてよ」って言うんだよ。それも、嫌みじゃないんだよ。本当に褒めて欲しい。相手の気持ちは、完全に無視なんだよ。そういうのが一切合切、伝わってないわけ。わかってないわけ。(兄貴も、おなじだよ。だから、協力してやった」とか言っているんだよ。頭がおかしいから。そういうところで、相手の言い分を根本から認めないから。相手の気持ちを根本から無視して、相手がいやがることを、自分がやりたいからという理由で、やった……ゆずらずにやったということ自体がわかってない。だから、本人は、「気楽」なんだよ。もちろん、この気楽というのは、やれたから、そうなんだよ。実際に、邪魔されて自分ができなくなったなんてことになったら、発狂して、怒り狂う。発狂して、頑固に人を殺すような勢いでやりきる。だからやっているのに、……やったのに、本人は、わかってないんだよな。「相手がやめてくれ」と言ったことを、「やってやった」って言うところがある。「やってやった」「だから、ほめて」と気楽に言うところがある。そんなの、相手にとってみれば、やってほしくないことを、やられてしまったわけだから、おもしろくない気持ちになっているわけで、褒められるわけがないでしょ。そういうのが、一切合切わからないんだよ!!!!! 本当に、一切合切!!!!わからない。


ともかく、理由はなんであれ、「植えないでくれ」と言われたら、もう、真っ赤になって、エンジンがかかって、植えてしまうんだよ。で、責任をとらない。植えたら植えたで管理する責任があるんだよ。けど、植えるときは、そんなこと、考えないんだよ。もう、植えることしか考えてない。きちがい兄貴と同じように、「やめろ」と言われたら目を三角にして、顔を真っ赤にして、相手が言っていることは、発狂状態で無視して、植える。

で、その!桜の木に、ものすごい数の毛虫が発生しても「毛虫なんていない」と言い張る。言い張る期間が、長いんだよね。何年も、毛虫がいるのに、「毛虫なんていない」と言い張る。これ、やった人はわかると思うけど、火であぶって、毛虫がぽたぽた落ちてきも、なんて言うのかな、次の日には復活しているんだよ。なにごともなかったように、木の表面を覆うように、毛虫が張っている状態が続く。で、最後には、根本から桜の木を切らなければならないことになったんだけど、それに到達するのに、何年間もかかっている。

何年間も、毛虫がいる状態なのに、何年間も「毛虫なんていない」と言い張る。

これ、嫌なんだよな。

普通の反応が返ってこないんだよな。本当に頭にくる。脳梗塞で倒れたあとだから、そういうふうにちょっとぼけて、「煙なんて出てない」という反応しているわけじゃないんだよ。かならず、こっちが、「こうだ」と言うと、「そんなんじゃない」と否定する。これが親父のデフォルトの反応。初期設定でそうなっている。何回も、同じ反応をする。煙が出てるから、煙が出ているのに、「煙なんて出てない」と言う。これ、本当、部屋の中が霧のようになっても、「出てない出てない」って言うんだよ。自分が置いた鍋を、動かしたくないから。動かしたら、負けだと思っている。……のか? よくわからないけど、ともかく、認めない。

で、今の話しは親父の話だけど、兄貴もおなじなんだよ。実は、ヘビメタ騒音がでかい音で鳴っているということを、認めなかったんだよ。頭がおかしいから、認めない。あれだけでかい音で鳴らしているのに、そのでかい音がでかい音だと親父のように認めないんだよ。煙が出ているのに、「煙なんて出てない」と言い張る親父のように、兄貴は、ヘビメタの音が実は大きな音だということを、認めない。

もう、本当に嫌になる。

で、親父の話しに戻るけど、桜の話しじゃなくて、ヘビメタ騒音に対して親父がどういう反応をしたかの話しをする。親父は、自分が注意をするのは、嫌だから、ヘビメタ騒音が非常識にでかい音だということを認めない。「そんなのしかたがない」「なっちゃったらなっちゃったでしかたがない」「全部鳴らすななんて言えるわけがないだろ」と、普通の人だったら絶対に言わないことを言うんだよ。

あんな音で鳴らしてたら「全部鳴らすな」と言うのが普通。ああいう音で一分も鳴らすなと怒るのが普通の親。普通の人だったら、日曜日の午前中にしかないなら、日曜日の午前中に「そんな音で鳴らすな!!」と注意するのがあたりまえなんだよ。それ、けっきょく、一四年間、一度も注意しなかった。一日目というか、第一週目の日曜日に「そういう非常識な音で鳴らすな」と注意するのが普通の親なんだよ。

けど、一四年間、注意しない。親父が注意したのは、俺が、高校入試の前、大学入試の前に、家族を会議を開いたときだけだから。それもヒトコト「静かにしてやれ」と兄貴のほうを見ないで、言っただけだから。そして、兄貴は無視して、二階に上がって鳴らしたのに、そのことは、まったく気がついてないんだよね。鳴っているのが問題なんだから、ヒトコト注意したって、鳴ってたら問題だということに気がつくよな。

けど、きちがい親父の場合は、「注意したからいい」ということになってしまう。「注意してくれ」と言われたから、「注意した」……だから、いいということになってしまう。注意したから、もう関係がないのである。まったく関係がない人になってしまう。ヒトコト注意したから。兄貴がヘビメタを非常識な音で一日中・可能な時間はすべて鳴らしている状態だから困っているということが、まったく飲み込めてない。きちがい親父が兄貴のことを注意しないから、注意してくれということになっているんだけど、ヘビメタ騒音が鳴っているということが問題なんだよ。

だから、注意すれば良いわけではなくて、兄貴がヘビメタを鳴らさないようにしてくれないと困るんだよ。でかい音で奈良さなようにしてくれないと問題が解決しない。だから困る。……そういうのが、どれだけもめていても、わからないんだよ。親父にはわからない。ヘビメタ騒音も桜の木とおなじなんだけど、桜の木の場合は、毛虫が問題なわけ。

だから、毛虫を排除しようとする行動が正しいわけ。けど、兄貴にヘビメタを鳴らさないように注意するということに関しては、ヘビメタ騒音が問題で、注意するかどうかは本当は問題ではないわけ。注意すれば、兄貴が聞かないで、注意されたあとも、注意される以前と同じように、ヘビメタを非常識な音で鳴らすというのであれば、困るわけなんだよ。問題は解決してないわけ。だから、問題に対する関心が持続しなければならないわけ。きちがい兄貴が注意されたら、「わかった」と言って、ヘビメタを鳴らすときは、かならず、ヘッドホンをするということにしてくれればそれでいいわけだけど、一分だって、一秒だってヘッドホンをしないでこれまでと同じようにヘビメタを鳴らすということを、実際に鳴らして表現しているわけだから、「注意した」だけでは、問題は解決してない。

けど、親父の中では、「注意してくれと言われたから、注意をした」……ということで終わっている。それで、終わり。注意したあとヘビメタが鳴っているのかどうかというのは、ぜんぜん関心がないわけ。これも、本当に言いがたいな。二大怪獣に挟まれているような状態だ。きちがい親父と、きちがい親父のまねをしてヘビメタを鳴らし続けるきちがい兄貴。家族会議に親父も参加させたら、二人を相手にしなければならないような状態になるんだぞ。

まあ、親父なんて「いたって・いなくたって」おなじなんだけどな。兄貴は、一秒だって本当には我慢するつもりがなかった。本当に一日、一秒だって静かにしないという意地を通したんだよ。で、高校入試の前々日まで、ずっと、その意地を押し通して、本当に一日に一秒もゆずらないで、可能な時間はすべて、非常識なでかい音で鳴らしている。

小学六年生の後半からずっと、「兄貴に注意してくれ」と言われているのに、高校入試の前々日まで三年以上ずっと、無視して、注意しなかったのが親父なんだよ。けど、これで、い・ま!! 「注意してくれなかった」と言うと「注意した注意した」ってはじまる。これ、日本語だから主語を省略したけど、わかるよね。「注意してくれなかった」と言ったのは俺で、「注意した注意した」と言ったのは親父だ。小学六年生の後半といのは、俺が小学六年生の時という意味で、俺が親父に「兄貴に注意してくれ」と言ったわけだから、親父は、俺に、注意してくれと言われたことになる。


家族会議の席に兄貴をつかせることもたいへんだったけど、家族会議の席に親父を着かせることも、ものすごくたいへんだった。親父としては、注意をしたくないから、そういう席には着きたくないんだよ。そうなったら、たとえば、小学六年生の時に、「家族会議をしよう」と言っても、中学三年生の最後の最後まで、家族会議なんて、無理なんだよ。

俺は、他の人(教師)から「ヘビメタ騒音のことは家族で話し合えばいい」と言われたけど……。

どれだけ、俺の現実を無視してる提案か!!! で、そういう人(教師)に、「うちのやつらはだめなんだ」「親父と兄貴はだめなんだ」と言っても、今度は、そういうふうに言う人が、引き下がらないんだよ。「そんなことないよ」「ちゃんと言えばわかってくれるよ」なんて言ってくる。どれだけ、重たい気持ちになるか!!! ものすごく、重たい気持ちになる。もう、死んでしまいたくなる。ものすごく重たい気持ちになる。

他の人は、「うちのモード」を知らない。親父と兄貴が、どういう状態で、どういう神経で、暮らしているか、根本から、わかってない。親父や兄貴は頑固と言えば頑固なんだけど、頑固などという言葉では、おさまりきらないものがある。

で、それが、あまりにも常識はずれだから、信じないんだよな。だから、俺が変なことを言っているように思われる。「やったってむだだ」「言ったってむだだ」と言っているに、「そんなことないよ」と言われる。もう、さんざんやってみて、言っているんだよ!! 俺は!!!

じゃ、そういうふうに言えばいいじゃない。ということになるけど、「やったけどむだだった」「いったけど、むだだった」と言っても、あんまり信じない。たぶん、そういう問題に首を突っ込むのがめんどうくさいのだろう。家族の問題だからね!! 他の人から「普通の人はこうだから、だいじょうぶだよ」というノリで、言われると、本当にへこむ。

それ、幼稚園のときからそうなんだから。

幼稚園の教諭に、「親父はへんなんだということ」を言ったときだって、「親父は(こっちの言うことを)聞かないということ」を言ったときだって「そんなことはないでしょ」みたいなことを言われておしまいだった。

親父の反応が、普通だったらあり得ない反応なんだよな。

で、修正が効かない。何年かかっても、けっきょく、桜の木は切ったわけだから、何年も言えば修正が効くと思うもかもしれないけど、それは、桜の木の話しで他の話しじゃない。構造自体は変わらない。兄貴も、けっきょく、うちにいるあいだ、一四年間数ヶ月は、ずっと、やり通した。この兄貴の態度が、親父の認めない態度、そっくりなんだよ。まったくおなじ反応で、認めない。

たとえば、「鳴っているからうるさい」「うるさいからやめてくれ」と言うことをぼくが兄貴の部屋に行って言うということを、何万回繰り返してもけっきょく認めなかった。自分の音が客観的に物理的にでかい音だということを最後の最後まで認めなかった。

じゃ、いま住んでいるところで!!その音のでかさで!!鳴らせるのかというと鳴らせない。客観的に物理的でかい音だからだ。うちでは、鳴らしたっていい音なんだよ。で、一度そう決めつけたら、うちにいるあいだは、絶対に認めないんだよ。

一回一回言われているときの態度、無視の仕方が親父とまったくおなじ。親父とまったくおなじ反応なんだよ。顔を真っ赤にして無視して、認めない。無視して発狂して認めない。どっちが、腹を立てたいと思っていると思っているんだよ。そういう反応が返ってきたほうが、腹を立てたいに決まっているだろ。

けど、「うち」では、「やめてくれ」と言われた方が腹を立てて、やりきって、おしまいなんだよ。

腹を立てて……言われたときは腹を立ててやり切ったほうが……実はやりきったということを、どこまでも認めない……これが、うちのやつらのノーマルな反応。ノーマルな反応だから、何万回でもおなじことが繰り返される。絶対に、届かない。絶対にではないんだけど、……桜の木のような反応があるから五年で届くときがあるんだけど……一回二回じゃ絶対に届かない。

きちがいヘビメタ騒音みたいに、何万回、言っても、届かないときがある。届かないこともある。何万回って、大げさに言っているわけじゃないからね。本当に、何万回言っても、まったく届かないんだよね。三万一回目も、一回目とおなじ反応が返ってくる。黙りこくって、顔を真っ赤にして、鳴らし続ける。

あとは、「わかったわかった」と言う場合が一四年間で三回ぐらいあるんだけど、その回も、ずっと鳴らしている。「わかったわかった」という場合は、兄貴の基準で静かにしてやるということで、実際には、静かにしない。「一万分の一でも静かにしてやったら、それは、静かにしてやったということなんだ」というきちがい的な感情がある。これも、親父とおなじなんだよ。

親父のカネに対する態度と、兄貴のヘビメタに対する態度はおなじ。どけちぶりを発揮する。親父のすべてのことにかんする態度と兄貴のヘビメタに対する態度はおなじ。まったく意味がない譲歩しかない。まったく意味がない譲歩をして、譲歩してやったと思うことは、相手にとっては、屈辱的なことなんだけど、これが、ぜんぜんわかってない。

きちがい兄貴は、親父に自分がやられたときは、それがまったく意味がない譲歩だということがわかるんだよ。けど、自分がヘビメタ騒音でやっている譲歩に関しては、それがまったく意味がない譲歩だとは思わない。

で、「そんなんじゃ静かにしたうちにはいらないから困る」ということを言われても、認めない。一秒でも、〇・一デシベルでも、譲歩してやったら、譲歩してやったということになる。で、譲歩してやったら、一日中全部鳴らさないで譲歩してやったのとおなじだけ譲歩してやったということになる……兄貴のなかではそうなる。

だから、気分的には、まったく反省しない。自分が迷惑をかけたとこころの底からまったく思わない。本当に、一〇〇%ぐらい譲歩してやったと恩着せがましく思っている。きちがい兄貴の基準で譲歩しても、客観的に、物理的にものすごくでかい音で鳴っているから、困るんだよ。

何度も言うけど、「譲歩したつもりのときも、ものすごくでかい音で鳴らしているから、困る」ということを、どこまで認めない。一秒でも〇・一デシベルでも譲歩してやったら、全部譲歩してやったのとおなじなのである。兄貴のなかでは!!!

五分間まるで静かにしたのかどうかわからないような譲歩をすれば、そのあと一二時間、ヘビメタ騒音を鳴らしても、まったく悪いと思わないんだよな。それがたとえ、入学試験二日前でも、まったく試験の邪魔をしたと思わない。自分は協力してやったと思ってくるぐらいだ。これが、なんとなく、相手が植えて欲しくないと言った桜の木を植えて「どうだすごいだろ。ほめてほめて」と言うときの親父の態度と似てるんだよ。

ともかく、……きちがい兄貴の譲歩というのは、そういうレベルなんだよ。そういうレベルでしか譲歩しない。けど、これまた、一日でも、そうやって譲歩してやったら、ずっと譲歩をしてやったと思ってしまう。毎日、何回も何回も、小学六年生のときからずっと言っているのに、そういう気持ちしかないんだよな。実際には、親父と同じように顔を真っ赤にして、頑固に全部の時間、自分が満足できる!客観的にでかい音で鳴らし続けたのである。

これ、本当に……きちがい兄貴!! 自分は客観的にでかい音で鳴らしてないというのなら、いま住んでいるところで、鳴らしてみろ!! 一分でわかるから。嘘を言うな!! 本当はわかっているはずだぞ。うちで普通に鳴らしてた音では、一分だって鳴らせないということが!! あまりにもうるさすぎて、よそでは、一分だって、うちで鳴らしていた音で鳴らせないんだよ。

「うち」では普通に鳴らしていた音では、鳴らせない。いま一緒住んでいる人は、基本的に「よそ」の人だからだ。「よそ」の人には一分だって迷惑をかけるわけにはいかないのである。兄貴にとって新しい家族……嫁さんと嫁さんの親は……「よそ」の基準で反応してあげなければならない他人なんだよ。うちの家族は……昔の家族は……生まれた家の家族に関しては……よその基準で反応しなくてもいい人たちなんだよ。

うまれた家の家族に対しては、「うち」の基準で反応する。それであたりまえなんだよ。うちの基準というのは、親父の基準なんだよ。親父が作った基準。親父が頑固にやり通した行為から導き出される基準。うちじゃ、そういう態度であたりまえ、なんだから!!!

もう、これは、あたりまえすぎて、疑問に思わない。親父と同じように頑固にやって、まったく悪いと思わない。よその家では一分でも、悪くてできないとを、うちでは、一四時間、やってもまるで悪いと思わない。うちの家族の一員が……どれだけ何万回文句を言ってきても、相手が自分がやっていることで困っているということは、絶対に認めない。

何万回言われたって、一回も言われてないのとおなじことなんだよ。それが、「そんなつもりじゃなかった」の本当の内容だ。「そんなつもりじゃなかった」というのは、きちがい兄貴の今現在の発言だけどな。

「よそ」の人の前ではそういう発言をする。けど、「うち」にいるときは、何万回、言われても、絶対に認めない。何年間も何年間も、一日に何十回言われても、認めない。


それこそ、冒頭の煙が出ているのに、煙が出ていることを認めないというような意味で認めない。

兄貴もおなじなんだよ。耳が普通なら、絶対にどでかい音だと言うのがわかるはずなのに、「認めたら本当に静かにしなければならない」と言うときは、絶対に認めない。認めないまま、毎日同じように、ごり押しで押し通す。押し通せば……押し通して自分が思ったようにできれば……一〇〇%自分が思ったようにできれば、……やったってやってないということになる。やったってやってないと言うことにしてしまう。本人が認めなければどれだけやったって、やってないことにってしまうのである。きちがいの頭の中では。本当に、自分が静かにさせられることは、一分だっていやだったんだよ。

思い通りの音でエレキギターを弾けないのは、一分だって、いやだから、静かにしてやらなかったんだよ。思い通りの音でステレオを鳴らせないのは一分だって耐えられないことだから、静かにして屋ら菜語ったんだよ。

耳が普通なら絶対に認めなければならないことだって、「うち」では、やる本人が「そんなんじゃない」「でかい音じゃない」と言えば、本人の中では、でかい音じゃないんだよ。だから、どれだけ鳴らしたって問題はないということになって……そういうふうに判断して頑固にすべての可能な時間、鳴らし続ける。きちがい的にデカい音で鳴らし続ける。で、「やめてくれ」と何万回言われても、相手が「やめて欲しいと思っている」ということを認めない。認めないとなったら、二重に、三重に、四重に、五重に無視して認めない。


親父の、煙が出ているのに、煙が出ていると認めないというのとおなじなんだよ。親父は目が見えるのに、煙が出ていると言うことは認めない。鼻がふつうなら、絶対に、焦げ臭いのがわかるはずなのに、自分にとって都合が悪いことだと認めない。鍋を動かしたくない。これは、親父の話。

兄貴は、耳が聞こえるのに、自分のヘビメタが強烈にでかい音だということを、認めない。自分にとって不都合なことはどこまでも認めないんだよ。これは、兄貴の騒音の話し。


   *     *     *


2017年1月2日月曜日

この先、俺はどうしようかな。

さっきまでわりと長めの文章を書いていた。けど、漢字変換で誤変換が多く、誤変換をなおしていると言いたいことが言えなくなってしまうので、そのままにして、書き進めた。これは、書き進めないと、だめなんだよ。誤変換はあとでなおせば、それでいいけど、変換でもたついていると本当に書けなくなる。

というわけで、誤変換ばかりの文章だから、変換をするのにちょっと手間がかかる。そのうち、公開するかもしれない。

で、まあ、どうしようかなと思っている。本当、どうしようかな。疲れ果てたときは意識がないまま眠っていて、起きているあいだはずっとヘビメタのことや親父のことで腹を立てているような状態だ。つかれる。

路線バスの旅を視ても、いろいろとつらい。つらい記憶がよみがえってしまう。あとは、歳のことが気になるな。若いときは、二〇年冷凍保存みたいな感じで寝ていたら、二〇年後はもうあきらめがついて楽になれるだろうと思っていたんだけど、そうじゃなかった。

他の人のブログをどれだけ読んでもしたがないんだよな。

この先、俺はどうしようかな。

   *     *     *

やっぱり、俺が、つまらない。つまんないなぁ。
いまは起きている状態だから「なんとかしなくちゃ」みたいな気持ちになっているけど、これでだるくなって寝たら、「もう死ぬしかないか」みたいな気持ちになる。

ヘビメタ騒音なしで生きているやつらがうらやましい

ヘビメタ騒音なしで生きているやつらがうらやましいな。あんなのは、ない。本当に、どれだけ言ったと思っているんだよ。兄貴!! どれだけ、俺が「静かにしてくれ」「やめてくれ」と言ったと思っているんだよ????? 本当に、くやしい。兄貴のやり方は、親父のやり方をひどくしたものだ。絶対にやりきって、やったことを認めない。あるいは、忘れている。あるいは、最初から、本人の中では「やったことになってない」。これ、不思議なんだけど、うちでは!!!そうだ。これ、みんな……みんなと言っても親父と兄貴なんだけど……うちでは!!ごく自然にそういうモードになって、そういう状態で暮らしているんだよな。よそに行けば、一発で直ることなのに、「うち」では、命がけだ。絶対に認めない!! で、認めないということも認めないんだよ。やり方がすべて、掲示板の荒らしとおなじ。本当に、自分の都合しかない。やりたい放題だ。で、「やってないやってない」ってなる。じゃあ、そういうふうに「やってないやってない」と言ったあとはやめてくれるのかというと、ごく自然に、やる。やりきる。やっているときに、どれだけ文句を言っても、絶対に、やめてくれない。なら、相手が文句を言ってきたけど、自分は自分の意地を貫き通して、ゆずらずにやったということが記憶に残っていいはずなのだけど、記憶に残らない。やりきることができれば、やってないのとおなじ」なのである。本人がやりたいようにやることができれば……邪魔されずに、貫徹できれば……本人の中では、「まったく最初からやらなかった」「まったく一回もなにも言われなかった」「だから、やった」「だから問題がない」という気持ちになってしまう。そういう認識が成立してしまう。だから、本人としては本当に「やってないつもり」なのである。「やってないつもりのまま」……起きているのに!!……頑固にやり切って、相手が困っていると言うことを認めない。自分がやっていることで相手が困って、それを言いに来た」ということが全部ぬけてしまう。発狂モードで、こだわってこだわって、こだわってこだわって、細部までゆずらないで頑固にやり切れば……本人の中では、「なにもしなかった」ことになってしまう。そういうことの、繰り返しなんだよ。で、一旦そういうことがはじまると、「うち」にいる限り、何十年でも毎日そうだ。かわらない。そういう他の人には了解できない態度で鳴らし切るから、俺がよその人から悪く言われる。そういう構造が、ずっと成り立ってきた。こんな状態で、底辺に押しこまれて、良いはずがないだろ。こんな状態で暮らしてきて、良いはずがないだろ。本当に、きちがいヘビメタにたたられて困ったことがない人に、わかったようなことを言われる立場に追い込まれる。実際普通に生活することができない。できなくなる。そりゃ、どうしたって、遅刻せざるを得ない状態のまま暮らしているわけだから。鳴っている期間で七年間通ったわけだけど、その七年間が地獄だ。あの地獄を経験してないやつに、「自分だってつらいけどちゃんと通っている」などとわかったようなことを言われなければならない立場になる。つらいのは、ノーマルな状態でつらいだけだろ。ヘビメタ騒音がはじまる前は、俺はちゃんと通えた。普通に、時間通りに起きて通うことができた。ヘビメタ騒音生活を七年間経験して、……土日も鳴っている状態で……通い続けることができるなら……その時、はじめて、俺に「わかったようなことを」言え!! ふざけている。これも、相手は、普通の感想を言ったまでで、ふざけているつもりなんてまったくないのだろうけど、……ふざけたことだ。ヘビメタ騒音を経験してない。最低でも、七年間毎日ヘビメタ騒音を経験して、それで、七年間通ってからにしろ。どこにも通わずに七年間毎日ヘビメタ騒音を経験した場合はだめだ。かならず、七年間、それほど遅刻しないで通ってからしろ!! 本当に頭にくる。







この世界は間違っている。こんなのは、ぼくの人生じゃない。これは、おかしい。

2017年1月1日日曜日

寝ても疲れがまったくとれない

買い物に行くかどうか迷っている。正直言ってつかれている。ヘビメタ騒音疲れだ。どれだけ休んでも復活しない。

セブンイレブンのやばい菓子パンでも買ってくるか。なんか、菓子パンを食べたい。本当は長ネギと大根を手に入れなければならないのだけど……。ローソン一〇〇だとあるんだよな。

あー、喉、かわく。

やはりおかしいのかな。ともかく、ヘビメタ騒音で憂鬱で外に出れない。くるしいんだよなーー。本当にくるしい。「もう、どうでもいいか」とも思うけど、ぬけない。どうしてもくるしい。どうしても、どうしても、くるしい。かわらない。くるしさが変わらない。

「つかれたな」
「寝ればいいでしょ」
「寝ても疲れがまったくとれない」「つかれた……」
「……」

兄貴は、自分さえ良ければ良いと思って、鳴らしてただけなんだけど

ヘビメタ騒音に関しては兄貴が悪い。けっきょく、止めることができなかった責任の一端はぼくにあるかもしれない。けど、それは、兄貴の態度、考え方、感じ方からすれば、どうにもならない部分でもあったので、ぼくの責任を追及するのはおかしい。ぼくに、責任があるとしても、本当に少ない責任で、きちがい兄貴の責任のほうが当然でかい。どうしてなら、きちがい兄貴が、意地になってやったことだからだ。ぼくは、何万回も、「やめろ」と言った。けど、やめなかった。……これ、まるでぼくが悪いみたいに言うやつがいる。出てくる。これは、無職がらみだと、そうなる。まるでぼくが悪いみたいに言う人は、だいたいふたつのタイプに分かれる。一つ目のタイプは、本人が人のせいにしたがる悪い人間で、もうひとつのタイプは常識的な人。一つ目のタイプは、本人が逆恨みをしがちなのに、他の人には「人のせいにするな」と言いたくなるようなパーソナリティーを持っている人間なのである。数としては少ないけど、掲示板には、そういう人が多い。掲示板で言うと、本物の荒らしか煽り専門の人だ。もうひとつの常識タイプは、本人が専業主婦で、実は無職なのだけど、本人は自分のことを無職だとは思っていないタイプだ。この手の人は、男の無職にたいして、ものすごい偏見がある。女が無職なのは、どうでもいいけど、二〇代、三〇代、四〇代、五〇代の男が無職なのは、ゆるせないというタイプだ。「三〇代の男が無職だなんて、そんなのはへん」なのである。自分だって、五〇代の無職なのに。けど、こういう人に「あなたも無職でしょ」と言うと、ものすごく怒るので、そういうことは言わないことにした。けど、ともかく、「どんな理由があるにしろ、男の人が三〇代、四〇代で無職なんて言うのは、おかしい」と心の底から思っている人たちなので、トラブルを避けるために、本当は無職でも、無職ではないことにしておいた方がいい。その人たちにとっては、男の無職は毛虫みたいなものなのである。むだに刺激しないように、無職ではないということにしておいた方がいい。だいたい、なんていうのかな、たとえ、目の前の男性が無職だとしても、その人たちにはなんの被害も及ばないんだよ。お金をくれとかそういうことを言うわけじゃない。ただ、友好的に人間としてつきあおうとしているだけなんだから。けど、無職、引きこもり、三〇代、四〇代のの男性だと、悪く思われる。あとは、ヘビメタ騒音のことについて、言うと、まるで、俺が悪いことをしたみたいに誤解するやつがいるんだよ。これはどういう理屈なのかよくわからない。理屈としては、なんて言うのかな、「そんな人がいるわけがないのだから、嘘を言っている」と思うのだろう。あるいは、大げさに言っていると思うのだろう。で、「そんな言い訳をして」と思う。けど、この人たちは、ヘビメタ騒音を一日も経験してない。だから、努力すればどうにかなるように思っている。けど、どれだけ努力をしても、どれだけいい人でも、どれだけ才能があったとしても、あれだけ毎日ヘビメタを、あれだけの音でずっと鳴らされ続けると、全部がだめになる。だれだってあれだけやられたら、無職・引きこもりにならざるを得ないのに、まったくヘビメタ騒音をやられたことがない人に、俺が悪く言われる。俺が根性なしみたいに言われる。あんなのあれだけやられたら、やっぱり、ゆるせない気持ちになると思う。やられてないから、自分の人生じゃないから、そんなことが言えるだけだ。俺は、本当に、寛容だ。俺を悪く言う人たちには、「おかしい」という考えがあるんだよ。「無職引きこもりなのはおかしい」「ヘビメタ騒音がそんなに鳴っていたのはおかしい」と思っている。「おかしい」と思っていると言うことは、俺が言っていることを本当のことだとは思ってないと言うことなのだ。けど、事実だ。ヘビメタ騒音を六年以上経験した人がない人に、わかったようなことを言われたり、「おかしい」と思われる。ヘビメタ騒音のことを言うと、そういうふうに、悪く思われることがある。変なふうに疑われる。けど、事実だ。兄貴の性格がおかしいのは、知らない。どうして兄貴があんなに意地になったのかというと、親父に毎日毎日さんざんやられたからに違いがないのだけど、兄貴がやったことについて疑問を差し挟む人は、親父の性格について話しても、疑問を差し挟む人だから、どのみち、信じない。俺が悪いわけじゃないのに、兄貴の性格や親父の性格について言うと、俺が悪く思われる。その人たちは、「そんなのはおかしい」「そんなことはあるはずがない」と疑問に思う人たちだ。だから、説明しても、本当には信じないのである。だから、そういう不信感や不快な気持ちが、俺に対する悪い評価につながる。で、そういう人は、本当にヘビメタ騒音を一日もあびたことがない人なのである。あれだけのヘビメタ騒音を一日でもあびたら、次の日どんな体の状態になるか、わかってない人なのである。あんなの、一ヶ月でもやられたら、一生うらむのが普通だ。俺は、多分だけど、一ヶ月だけで本当に終わってくれたら、うらんでない。だいたい、俺のことを悪く言うやつは、不寛容だ。俺にちょっと持論を批判されただけで、それこそ、一生うらむような不寛容なやつだ。そういう不寛容なやつが、「韓国人みたいにいつまでうらんでいる」とかまったく筋違いのことを言っている。韓国人の場合は、違う。どういうふうに違うかというと、まず、被害を受けた当事者が言っているわけではないというのが違う。当時、生まれてなかった人が、うらんで文句を言っている。自分がなにかをされたわけじゃないのだ。じゃ、どうして、そういうふうになるかというと、教育だ。教育で、日本占領下のことを習っているのだ。で、それは、いろいろと否定したいことがあるので、過剰にゆがんでいる。しかし、当時の日本が韓国を占領したのは事実なんだよ。で、別に韓国人から頼まれたわけでもない。日本が勝手にやったこと。だから、言いたいこともいろいろあるだろうけど、たいていの場合は当事者が言っているわけではないというのが違う。俺は、ヘビメタ騒音被害の当事者なのだ。

ともかく、ヘビメタ騒音のことを説明しても説明しなくても、一部の人からは、俺が悪く思われ、俺が悪い意味でへんなふうに思われる。きちがい兄貴ときちがい親父が説明しがたい態度で、説明がたいことを、毎日やったから、俺が悪く言われる。こういうことが普通の状態になっている。

やってられるか? こんな世界はいやだと思う。こんなのはやってられないと思う。きちがい兄貴がやったことはそういうこと。きちがい兄貴は、自分さえ良ければ良いと思って、鳴らしてただけなんだけど、いろいろなところに波及している。ひとつは、普通に考えてやはり、程度がおかしいと言うことだ。そして、態度がおかしい。で、この態度のおかしさは、親父の態度のおかしさとおなじなんだよ。だから、他の人だと、まったくわからない人が出てくる。そういう人たちは、兄貴のような人や親父のような人がいるということを認めたがらない。そして、「そういう人もいる」という人の話を聞くと、不寛容に、うらむ。「そんな人はいない」というような自分の中野常識がゆらぐのが嫌なのだ。だから、なんとなく不愉快な気持ちになる。

だから、親父や兄貴と常識的な人のあいだにはさまれて、俺が苦しむことになる。で、親父や兄貴は、どれだけやったって、「やってない」と思っているから、「よそでは」常識的な人とおなじ立場に立ってしまうのである。自分が本気になって、接待にゆずらないで、こだわりつくしてやっていることなのに、「つもりがない」ということになっている。それも、常識的に考えればおかしいことなのだけど、全部が全部そうだよ。まさしく、そういうところをだまして、(自分を)催眠術にかけて、やりたいだけやるのだ。ぜーーったいにゆずったりしない。発狂してやりきる。だからやっているのに、本人は、「やった」ということを認めないんだよ。だからやっているときに、「やってるだろ」と言っても、本人は、真っ赤な顔をして、黙りこくって、頑固にその行為をやるだけなんだよな。それは、気がついてないんじゃなくて、頭がおかしいレベルで、都合が悪いことは聞きたくないから、頑固に無視している状態なのである。ちゃんと、聞こえているし、最初のレベルでは、こっちが言ってることを正確に理解している。正確に理解していなければ、そういう態度になるはずがないのである。理解しているから、そういう態度になるのである。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。