2017年7月31日月曜日

いま、こういう気分なのだから

いま、こういう気分なのだから、楽しい計画とか立てても無駄だよな。
楽しい計画というか、人付き合い計画とか大学院進出計画とか。

松屋のカレーでも食べるかな?
あれ、昔食ったとき、うまかったんだけど、なんか、かわった、らしい。新しいオリジナルカレーは食べたことがない。味をかえないほうが良かったんじゃないかと思う。

負の交流(ぼく固有のものであって公開バージョン)

やっぱり、ヘビメタで人生がないから、つまんない。
つまんない~~~
この時間、ヘビメタが鳴ってた。どれだけやっても、やめてくれなかった。いま、午後七時〇三分。
キーキードカスカ鳴っていた。


ガーーって鳴ってた!!!鳴ってた!!くそうるさかった。
死にたかった。うるさいから死にたかった。
「このままじゃぼくの人生がない」と思っていた。思っていたというか、きゅーーっとくる。騒音……爆音のなかで、発狂的な気持ちになっていた。あの連続は、たまらない。鳴っているあいだじゅうずっと連続する。朝から、一二時間やられているような状態だと、鳴り終わったあと、きゅーーーっと一気に冷えて、死にたくなる。

鳴っているあいだも、死にたいし、鳴り終わったあとも死にたい。これ、鳴っているあいだは、暑くなって死にたいし、鳴り終わったあとは冷たくなって死にたい。そういうことの繰り返しで、人にはわからない、「疲労」がたまった。「暗い気持ち」がたまった。

だから、これは、そういう毎日が何千日も続いた、ぼく固有のものであって、一般的な日常生活のなかでの疲労や一般的な日常生活のなかでの「暗い気持ち」とはちがう。

だから、一般的な日常生活のなかでの疲労に対処したことをやればいいと言われても、困るんだよ。意味がない。「そんなの、やりもしないで」などと腹を立てられてしまうのだけど、つらい。

ぐたぐたな一五年間は……そんなことは、やること自体が……無理だし、それ以降も、無理なんだよ。

体がちがってしまっている。

だから、あれをやれば良いこれをやれば良いというアドバイスは、なんか、つらいのである。で、なんて言うのかな? これ、アドバイスされた通りにやっても、ぜんぜん楽にならないと言ったら、そういう人たちは、機嫌が悪くなるわけだろ。機嫌が悪くなるとまでは言わないまでも、あんまり、いい気分じゃないわけだろ。そういうあんまりいい気分じゃない経験が積み重なると、やばいんだよ。親友や友達とのあいだでも、そういうことが、いっぱいあった。

ともかく、これは、負の交流なんだよな。きちがい兄貴が、ずっと鳴らしていて、治る見込みがない場合は。普通の生活をしているわけではない。それは、ヘビメタ騒音生活一五年に関しても言えるし、一五年目以降も言える。実際には、一四年と数ヶ月間なので、一六年目以降じゃなくて、一五年目以降という言い方で、正しい。

ヘビメタ騒音はぼくの人生すべてです。

俺は、この先の人生、どうしよう?
なんでこうなった?
ほんとうにヘビメタ騒音がきつかった。
ヘビメタ騒音はぼくの人生すべてです。
ヘビメタ騒音がきつすぎる。

2017年7月30日日曜日

一分間、強制的に静かにさせられたということさえ、ない

今日もつかれた~~
今日考えていたのは、ヘビメタ騒音のことばかりだ。あいつの態度。あいつの認識。

もう、つかれた。

とことん、おなじだったな。
あとは、デジカメをちょっといじっていた。
自分をとってみたら、ふけてた。

ともかく、そりゃ、人間、歳をとるよな。

ともかく、つかれた。

カーテンを洗った。昨日一枚、今日一枚。

「静かにしてやった」とかひどすぎる。
ほんとうは一日に一分だって静かにしてくれなかった。
それが、兄貴がやったことなのに、「静かにしてやった」つもりでいるんだよな。だから、そういう「つもり」で、頑固に鳴らしてたんじゃないか。一日に五分間、鳴らさないで静かにしたことがあるか? ない。一日に一分間、鳴らさないで静かにしたことがあるか? ない。だから、静かにしてない。証明おしまい。一分間でも、鳴らさないで静かにしろと言われたら、発狂して鳴らしてたんだよ。静かにするわけがないだろ。顔真っ赤にして、あぶらあせをかいて、親父とおなじ。一分間、強制的に静かにさせられたら、どんな気分なんだよ? その一分間どんな気分なんだよ。猛烈に怒って、「静かにしてやるものか」と思うだろ。一分間、強制的に静かにさせられたということさえ、ないのが現実だ。どれだけ言われても、〇分だ。一分も静かにしてくれなかった。

いつ死んでも、成仏できない。ヘビメタ騒音が六年間毎日続いたあとは、成仏できない状態になっている。成仏できないし、ナットクガイカナイ。納得がいかないんだよ。この人生、ナットクガイカナイ。きちがい兄貴やられただけの人生。ヘビメタ騒音攻撃を受けただけの人生。ヘビメタ騒音でつねにめちゃくちゃだった。つねに!

一分間弟のために静かにしてやらなければならないとなったら、発狂して刃向かって、エレキギターをかき鳴らしてたのが、きちがい兄貴だ。一分間「ほんとうに」我慢させられたら、怒り狂うね。親父とおなじ状態になる。頑固な発狂。絶対にいうことを聞かない。自分の意地を通す。気違い的な意地でやりきる。これ、ほんとうに大げさじゃなくて、殺し合いにならざるを得ないのである。一分間でも本当に静かさせようとしたら、殺さなければならない。そういう意地なんだよ。

そういう意地で、たとえば、一日に一三時間鳴らせるなら、一三時間かっちり鳴らして、自分の意地を通しているから、兄貴にとっては、「なにもしてない時間」になる。「べつに迷惑をかけている時間だとは思わない。自分の意地が、すべて通っているから。いつも、つねに、自分の意地が通っているから。一分でも、自分の意地が通らないとなったら、ふくれて、真っ赤なおかになって、目を三角にして、やろうとする。そして、やろうとしたとき、殺さなければ、やってしまう。やり続けてしまう。「できれば」……「やり続けることができれば」……「まったくなにもやってない」という認知・認識になってしまうのである。弟の勉強の邪魔をしているとか、弟の迷惑になる」なんてことは、どれだけ言われても、興奮しているときの親父とおなじで、無視する。この無視が、普通の人の無視とはちがって、ほんとうに、記憶からなくなるような無視なのだ。「言われなかった」ということになってしまう。「そんなのは、知らなかった」ということになってしまう。「そんなの」というのは、「弟が自分の騒音で困っている」ということだ。一回言われたら、言われた途端に、不機嫌になって、無視して忘れてしまう?ので、トータルで何万回、言われても、「知らないまま」なのである。そういうことがあり得るかというと、あり得る。

で、みんな、ここのところがわかってないんだよな。だから、「そんなの、言えばいいのに」とか「家族で相談すればいいのに……(しなかったおまえが悪い)」とかそういう意見を持つことになる。

わかってない人は、まったくこのことに関係がない人たちばかりではない。張本人の兄貴がわかってない。むしろ、まったく関係がない人たちより、わかってない状態なのである。まったく関係がない人より、関係がないつもりでいる。これは、つもりでいるというだけではなくて、ほんとうに、そういう信念?が成り立っている状態だ。だから、自分がどれだけ鳴らしても、弟は、迷惑を感じると思ってない状態で、鳴らすことができる。弟が実際、「文句」を言っても、言われた途端に、「なかったことになる」ので、まったく、悪いと思ってないのである。ずっと続けて、なにも思わない。だから、そういう意味で、気楽なんだよ。

で、こだわりつくした、よその家では一秒だって鳴らせないようなでかい音で鳴らす。弟は隣にいるようで、いないのである。弟が、何万回文句を言ってきても、「ぜんぜん知らなかった」状態で鳴らし続ける。全部、毎日毎時間、そういう態度だ。心配するということ自体が、できない。どれだけ、心配しようとしても心配するということができない。「自分の音で困っているんだな」というのが、根本のところでまったくわからない。「迷惑な音を鳴らしている」ということが、まったくわかってない状態なのである。どれだけ言われたって、頑固に、しつこく、何年間も何年間も毎日毎日、そういう状態が続く。兄貴が引っ越したことで、終わったけど、兄貴が引っ越さずに、この内に済んでいたら、ずっとそのままなのである。で、いまも、うちでやったことに関しては、当時の感覚のままだから、ぜんぜん悪いと思ってないのである。むしろ、よそのの人の前で、自分がやったことを言われて、不愉快に思うだけ。「そんなことしてないのに、なんだぁ!!」という気持ちになるだけなのである。だから、どこまでも、平行線だ。こんなやつと、話し合って、どうにかなるわけがないだろ!! 他の人には、ここがわからない。


2017年7月27日木曜日

これで、俺がそとで働いてもおなじなんだよ


俺の一生、どうすっかな??

これ、ほんとう、困ったことになってしまった~~
ヘビメタ騒音のことでずっと悩みっぱなし。
他の人には、ない悩みなんだよな。これ、ほんとうに、どれだけ長いか?

きちがい兄貴がどれだけ「他人」の不利をしてやってきたか。これは、血がつながっているから他人ではないのにという意味ではない。「やってない人」としてやってきたのである。「鳴らしてない人間」として鳴らしてきた。「関係がない人」として、ずっと「関係があるのに」「張本人なのに」鳴らしてきた。ずっとやっている張本人が、ずっとやってないつもりでいるとか、いたとか、どういうことなんだよ? で、問題の本質はそこにある。どれだけ長い間、毎日毎日、そういう立ち位置で「やってきたか」。舞値に毎日、こだわりつくしてやっているのに、本人は、毎日毎日、まったくやってないつもりなのである……これ!! こういう「きちがい構造」……これが問題なんだよ!! これがぁ!!

他の人にはわからない問題。他の人にはまったくわからないぼくの悩み。問題。それで、だるくなったら、俺が他の人から悪く言われる。虚弱体質だと思われる。だれだって、あんな生活をしていたら、つかれるのに……。俺は、がんばってがんばって、そういうところを見せないようにやってきたのに……最終的には、疲れ果てて、けっきょく、つかれやすいからだになった。睡眠回路もこわれたので……根本的なところで睡眠回路がこわれた。これも、「ひきこもる」と普通に昼夜逆転して、夜起きて、朝寝るような生活になるんだけど、それとは、違うんだよな。ヘビメタ騒音が七時間から一二時間鳴っているにもかかわらず、通い続けた七年間があるかどうかで違う。この期間の長さは言いようがない。ぎりぎりのところで、たえてきたけど、限界だ。ヘビメタ騒音+通学ということを繰り返してきたぼくと、引きこもったあとに昼夜逆転といった睡眠障害を抱えた人とでは、おなじ睡眠障害であったとしても、質が違うんだよな。ぼくのほうが治りにくい。

で、これも……たとえば、「Aさんというもと引きこもりの人も、働き始めたら、昼夜逆転が治った。だから、あなたも働けば、昼夜逆転が治る」「入眠時間の回転が、ちょうど一般人とおなじになったときに、楽なバイトからはじめれば良い」と言ってくるひとも出てくるわけなんだ
けど、違う。

違う!!違う!!違う!!!

これも、せっかくのアドバイスをぼくが※むげに※否定しているように思えるかもしれないけど、違う。経験が違う。そもそも、病気の原因も病気の程度も違うのだから、せっかくだけど……悪いけど、役に立たない。役に立たないどころか、ヘビメタ騒音をまったく体験したことがない人のこういったアドバイスは、ぼくを傷つけまくる。それは、ぼくが何十回何百回?とトライしたけど、できなかったことなんだよ。最初の七年間の経験がきつすぎる。日曜日も、ガンガン鳴っているという状態が、きつすぎる。平日と土曜日だけではなくて、休みの日も容赦なく、一日中鳴るというのがきつすぎる。休みにならない。休憩できない。日曜日は、ヘビメタ騒音の時間が、増えてしまう……正確には、長くなってしまうので、きついままであり、……正確にはきつさが増す。他の人にとっては、休みである日曜日に、ヘビメタ騒音のつかれが、増大してしまうのだ。こんなのはない。月曜日どれだけきついか。夏休み期間中なんて、毎日が日曜日みたいなものだから、ほんとうに、エンドレスに四〇日間、朝から晩まで、……他の家では迷惑だから、兄貴自身が鳴らせないようなでかい音で……鳴らしやがるんである。主語は、もちろん、兄貴だ。兄貴が鳴らす。鳴らした。



ああ~~

そとに出ても、つまんない。
これで、俺がそとで働いてもおなじなんだよ。だから、「引きこもり問題」自体はそんなに問題じゃない。「ヘビメタ騒音問題」自体のほうがずっと問題だ。

あれ、ほんとうに、俺が大学入学試験前に死にものぐるいで頼んでいるときに、わりと「のんきな」反応を返してくることがあったんだけど、ほんとうに!!でかい音で鳴らしているつもりが、まったくなかったんだな。あれだけでかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているというつもりだけが、ずーーっとずーーーっとまったくないとか、ほんとうにどうかしている。

で、兄貴にとってみれば、そういう感覚で「好きなだけ」鳴らした方が都合がいいわけだから……。でかい音で鳴らしているという知覚・認知・認識はないほうがいいんだよな。ほんとうに、ばかにしている。

ほんとうに、そういう「人をばかにした態度」なんだよな。

もちろん、これも、無視の度合いが強いほど、そういう態度で接しているということがわからない度合いも強くなる。これ、「ほんとうは悪意があって、わからないふりをしている」というのではないんだよ。だからこそ!!!たちが悪い。

どれだけ言っても、ほんとうには、通じない。どれだけ言っても通じない親父のように、通じない。

これだって、「そのこと(ヘビメタ騒音問題のこと)はお兄さんとよく話し合えばいい」とアドバイスしてくる人には、わからない。「通じない」の「通じない」がわからない。

アドバイスをしてくれる人は、相手が普通の人だと思っているんだよな。相手が特殊な精神異常者だから、困る。どこが特殊かというと、「うちでだけ」そういう感覚で、悪さをするということが違う。

よそでもやれば、一発でわかるのに!!

引っ越した先の新しいうちでは、一分間だって鳴らしてないんだよ。だったら、うちでも、できたはずなんだよ。

けど、一分間だって鳴らさないどころか、一分間だって、絶対に静かにしなかったんだよ。そういう毎日なんだよ。

うちにいるあいだの一四年と数ヶ月間(あしかけでは一五年間)は、そういう毎日なんだよ。

で、そういう毎日でまったく疑問を持たない。親父のように、まったく疑問を持たない。親父のようにどれだけやっても、まったくやってないつもりでいる。発狂して押し付けたことなのに、親父のようにまったく押し付けてないつもりでいる。押し付けてないつもりなら、どれだけ押し付けたって、押し付けたことにならないのである。

精神異常者だから、「押し付けているだろ」とこっちが、どれだけ言っても、「わからない」状態なんだよな。ほんとうに、気違い的なレベルで相手のことはまったく考えない。自分がやっていることで相手が困っているということを、けっきょく、一五年間ずっと認めないで、一五年間毎日鳴らし続けた。何度も言うけど、一五年間というのは、あしかけ一五年間だ。

「こだわりの程度」が高ければ高いほど、「わからなさの程度」も高くなる

片付けをどうするか迷っている。
あとは、どれだけヘビメタ騒音のことを説明しても、問題自体は解決しない。じゃ、説明しなければ、それだけ前進めるのかというと、そうではない。説明しなくても、説明しても、問題自体は解決しない。

ほんとうに、どれだけ違ったことになってしまったか。きちがい兄貴がヘビメタに興味を持たず、ヘビメタ騒音が「存在」しなかった場合の、人生とどれだけ、ちがってしまったか。どれだけ、ぼくがかけ離れた「存在」になってしまったか。ヘビメタ騒音がなかった場合のぼくと、いまのぼくが、どれだけかけ離れた「存在」になってしまったか。ヘビメタ騒音がないのが、普通。ヘビメタ騒音がない人生が普通。ヘビメタ騒音がない人が普通。ああいうレベルの破壊的なヘビメタ騒音が、繰り返し繰り返し鳴っている状態を経験しないのが普通。気違い兄貴がどれだけヘビメタに「こった」からといって、あんなに長い期間ずっと、鳴らしているなんてことは、普通なら絶対にあり得ないことなんだよ。気違い兄貴は「うち」では普通に鳴らしたけど……そして、それが普通のことだと思っていたみたいなんだけど、ヘビメタ騒音は普通のことじゃない。兄貴のヘビメタ騒音は普通のことじゃない。異常なことだ。一日でさえ以上。一時間ですら、以上。一分ですら、以上なんだよ。よその家でやってみればわかる。あんな音で一〇分間鳴らしたら、どれだけ文句を言われるか。気違い兄貴だって、あまりもに非常器尚人だから、「よそ」の家では鳴らせないのである。

きちがい兄貴にしたって……あの!!!こだわりつくして鳴らした!きちがい兄貴にしたって……よそのうちでは、一分だって鳴らせないようなどでかい音なんだよ。

それを、鳴らしている当時は絶対に認めない。

当時だけではなくて、当時普通にやっていたことに関しては、いまも、当時の感覚が成り立っているらしく、いまでも、「そんなにやってないつもり」なのである。「そんなでかい音で鳴らしたつもりがない」のである。こういうのが頭にくる。

どれだけどでかい音で鳴らしたか、本人がわかってない。どれだけの邪魔をしたか本人がわかってない。「よその人」には一分だってできないような迷惑行為を、一日中やっていたということがまったくわかってない。こだわりつくしてやっていたのに、まったく、そこのところがわかってない。

こだわりつくしたぶんだけ、わかってない。こだわりつくしたぶんだけ、余計にわかってないのである。「こだわりの程度」が高ければ高いほど、「わからなさの程度」(わからないということの度合い)(わからない度合い)も高くなってしまう。普通は、こだわりの程度が高ければ、普通にわかるはずなのである。こういうしくみが成り立っている。まるで、わからないということにも、こだわりつくしているような状態なのである。こだわりつくして鳴らしたから、絶対に、わかろうとしない……こういう態度だ。

「よそ」では、まわりの人に迷惑をかけるのがいやだから……つまり、気にして!!……一日に一分だって鳴らせないような!!!でかい音で!!鳴らしたということが、まったくわかってない。一日中、迷惑をかけていたのに、……迷惑な音で鳴らしていたのに、まったく「迷惑な音で鳴らした」という認知がないのである。そして、一日中、迷惑な音で鳴らしていたのに、「迷惑な音で鳴らした」という認知がまったくないということの異常さに……これまた、まったく……気がついてないのである。

一年三六五日中三六五日、意地になって、すべての時間、そういう非常識なでかい音で鳴らしたということてが、わかってない。こだわりきって鳴らしたやつが、まったくわかってない。これが、おかしい。

けど、現実だ。いまもわかってないけど、鳴らしている最中も、わかってない。鳴らしている最中も、こんなのは「小さな音だ」こんなのは「普通の音だ」と思って鳴らしていた!! ……らしいのである。

これ、ぼくは最終的に兄貴ではないので、兄貴が当時、どう持っていたのか知らない。けど、どうも、いろいろな発言や当時の態度を思い出して考えてみると、そういうふうに認知しているらしいのである。

これが、ほんとうに馬鹿げたことなんだよな。よそのうちでは一分でも鳴らせないような、迷惑な、でかい音で鳴らしているということが、わかってない。

本人がわかってない。

わかってないままやったことは、何万時間やっても、まったくやったことにならないのである。記憶として、認知として。だから、いまだに「言い分がある」なんてことをいいやがる。

当時は、そういう態度で、すべての時間、鳴らし切った。すべての時間というのは、すべての可能な時間という意味だ。たしかに、すべての時間というと、イ・ラショナルシンキングということになるけど、すべての時間というのは、すべての可能な時間という意味だと考えれば、イ・ラショナルシンキングにはならない。合理的で矛盾のない考え方なのである。

2017年7月25日火曜日

しかし、いつもひとりだな。どこに行くのもひとりだな。

友よ! ぼくはどうしたらいいんだ??

しかし、いつもひとりだな。
どこに行くのもひとりだな。

ヘビメタ騒音が始まってから一三年目辺りから、友達が減ってきた。中学高校の六年間はそれでも、けっこう友達がいたんだよな。

ほんとう、無理なんだよな。どうしても!! ヘビメタが鳴っているとどうしても、友達付き合いができなくなる。これ、わからないだろうな。

これ、ほんとうに、なんて言うのかな?ひとにとってみれば、「たいへんなことだ」というのがわかったにしろ……わかってくれたにしろ……きちがい兄貴が鳴らしているわけだから、どうすることもできないんだよな。「兄貴に合わせろ。俺が言ってやる」「電車賃も俺が負担するから」と言ってくれた友達がいた。試しに言ってもらえばよかったのかもしれない。けど、俺の勘で言うと、そのひとが帰ってしまえば、兄貴は、何事もなかったように、普段通りに、ヘビメタを鳴らすだろう。

きちがい兄貴が「しらんぷり」でずっと毎日、すべての時間を使って、できる限り最大限の音で鳴らすから、俺とよその人の関係が悪くなる。不可避的に悪くなる。そんなことは、兄貴がわかるはずがない。そんなことがわかるぐらいなら「宿題をやるから、ヘッドホンをしてくれ」で、済む。それじゃ、済まなかったから、ヘビメタ騒音問題が毎日毎日一四年と数ヶ月間も続いてしまった。「明日、試験だから静かにしてくれ」と言われて絶対に静かにしないやつが、「兄貴が鳴らしていると、他の人との人間関係が悪くなるから静かにしてくれ」と言われて、静かにするわけがないでしょ。

最大限の音というのは、離れているよその家を考えて、最大限の音で鳴らすということだ。俺には一切合切気を使わない。俺がいるということがわかってない態度だ。騒音で困るというのが、わかってない態度だ。どれだけ言われても、親父のように、まったくなにもわかってない態度が続く。きちがい兄貴は、「自分が親父のようだったなんて、信じられない」と言うかもしれないけど、きちがい兄貴の態度は親父の態度そのものだよ。これ、いま兄貴の嫁さんに、弟が言っていることのうち親父のパートは正しいけど、自分のパート(兄貴のパート)に関しては、間違っていると言っているのである。兄貴が言っている。これ、ほんとうに、きちがいにも程がある。自分がやってきたことがわかってない。こだわりつくしてやってきたことなんだよ。不注意の事故じゃないんだよ。コダワリきって毎日、毎日、頑固に、すべての時間を使って、やってきたことなんだよ。親父のパートはほんとうだけど、自分のパートは、弟が嘘をついていると主張しているんだよ。「静かにしてやった」とかホンキで思っている。じゃあ、一日に何時間、鳴らさないで静かにしてくれたんだ?と聞かれると、むすーーっとして答えられない。全部、そういうモードでやってきた。

*     *     *


けっきょく、ひとりなのはかわらないか。

なんか、トラブルに対応するとき、ひとりだと心細いんだよな。そりゃ、付添の人がいたっておなじなんだけどさ。もう、何十年もそういうことをやってきて、つかれた。……なんて言うのかな?……お母さんや友達がいた頃がなつかしい。






あんな、でかいスピーカーを六畳間に入れるなよ

つかれた。

つかれたけど眠れない、まずい感じだ。

このまま起きていると、腹が減ってくる。
いろいろ考えたけど、やっぱり、ヘビメタ騒音でダメだ。

この時間が、くるしいねぇ~~。
いつも、毎日、くるしいわぁ~~。

ほんとう~~、つかれた。

つかれた。つかれた。「もうダメだ」と思ってなんとなく死にたくなる。まあ、死なないわけだけど、ほんとうに、……。ヘビメタが鳴っているとき、つらかった。鳴り終わったあと明日の学校のことを考えて、つらかった。朝、死にたくなるぐらいにつらかった。あれだけ何回も何回も言っているのに、「なにも知らないまま」鳴らし続けるわけだからな。毎日、くるしかったよ。兄貴!! 毎日、兄貴のヘビメタ騒音でくるしかった。ずっとくるしいまんまだ。これ、終わらない。まるまる荘のときだってそうだろ。俺がまるまる荘から帰ってきて、飯を食うわずかな時間、気違い兄貴が一分でも、静かにしてくれたか? 一分も静かにしてくれなかった。これが兄貴の態度だよ。新しい家族に「静かにしてやった」とか言っているらしいけど、それは、頭がおかしいレベルのウソだ。嘘を言っているつもりがほんとうにないなら、ほんとうに頭がおかしい。ちょっとは、自分の意地に気がつけよ。自分がどんな気持ちで、鳴らし続けたか、思い出せよ。まあ、あの時から「あたかも鳴らしてないような態度」だったからな。どれだけ言っても、そういう態度なんだよな。親父とまったくおなじ。話が伝わらないときの親父とまったくおなじだ。むしろ、兄貴のほうが長い。「話が伝わらない時間」が長い。「話しがつたわらない時期」が長い。ほんとうに、頭がおかしいレベルで話が伝わらない。「ツタワラナサ」がおかしい。あれ、ほんとうに、「静かにしてやったつもり」だったのかよ? そういう気違い的な意地でやったことが、ずっとこたえてるんだよ。どれだけの意地がかかっている。試験だろうがなんだろうが、一分だってゆずってやらないという、強烈な意地があった。そして、その意地の通りに、頑固に行動した。毎日、十数年間そうしているのに、ぜんぜん「本人は」気がつかないのかよ? おかしいだろ。こっちは、兄貴のヘビメタ騒音で毎日死にたい気分だよ。延長して生きているだけ。とっくに、終わってた。あれだけの音で、あれだけの長さ、毎日毎日、あれだけの長い期間ずっとヘビメタを、至近距離で鳴らされたことがない人には、わからない。けっきょく、俺だけが抱えている問題になってしまう。まあ、最初から、部屋がつながっていたのは、俺だけだからな。至近距離も至近距離だ。俺の壁のすぐ後ろに気違い兄貴のでっかいでっかいスピーカーがある状態だ。あんな、でかいスピーカーを六畳間に入れるなよ。で、気違い兄貴は、あのスピーカーを持っていったけど、あのスピーカーで鳴らせるのかよ? いま住んでいるところで、一分でも、あのスピーカーを鳴らせるのかよ? どうして、他の家では普通に静かにできるのに、うちでは、死んでも静かにしないという意地で、つねに毎日、毎時間、毎分毎秒、なにがなんだろうが鳴らし切ったんだよ? なにがなんだろうが「こっち」が言うことは聞かないで鳴らし切ったのに、「鳴らし切ったつもり」がないのかよ? おかしいよ!!!

これ、ほんとう、どうしてもくるしい。この時間、……いま、午前二時〇五分なんだけど、この時間、眠れずに起きているのはつらい。どうしても、気違い兄貴のヘビメタにやられていた、学生時代を思い出す。中学高校と六年間、ずっと毎日やられた。日曜も祝日も、夏休みも冬休みも、春休みも、すべての期間、すべての時間鳴らされた。日曜祭日、なんとか休みとか、気違い兄貴が家にいる日は、かならず、午前中から、午後一一時まで、ずっとヘビメタが、ガンガン鳴っている状態だった。あれで、静かにしてやったとかおかしい!!!

全部そういう方法で、「のりきって」やってしまう。で、やってしまったら、まったく関わり合いがないつもりでいるんだよ。これ、親父とおなじなんだよな。時間が経ったあとに「やった」と言われとる「やってない!やってない!」というのがはじまる。「静かにしてくれなかった」と言われると「静かにした!!静かにした!!」とはじまる。親父とおなじだろ。気違い兄貴は、親父とそっくりなんだよ。そういうやり方が!! 全部!!

これ、ほんとうに「ホネガラミ」で、ごく普通に、頑固にそうする。ごく普通に、頑固にしたことは、「した」と思ってない。気違い兄貴の中に骨があるあいだは、そういうモードなんだよな。もちろん、「うちにいるときは」という条件がつくけど。この条件は、親父だっておなじだ。ほんとうにホネガラミでそうする。ごく普通に「そういうふうになっている」状態だ。ごく普通に全部やりきって、ごく普通に、自分がこだわりつくしてやったことを、否定する。「やってない」と言う。やったことは、「やってない」と言って、やってくれなかったことは、「やってやった」と言う。ごく普通に、そういうふうに、できあがっている。毎日、二四時間中二四時間、ごくごく普通に!!!そういうモートで暮らしている。うちでは!な!! だから、本人はまったく気がつかない。ほんとうに「やってたってやったことじゃない」のである。じゃあ、ほんとうにやめてくれるのかというと、それは、一秒だってない。一回だってない。発狂して、やりきる。頭がおかしい!!!

気違い兄貴は、この時間、高いびきなんだろうけど、こっちは、気違い兄貴のヘビメタ騒音が「残って」眠れない。これ、ほんとう、小学六年生のときから、高校三年生のときまで、ずっと続いた。そのあとも、アルバイトをしているときに、そういう状態になった。だから!!! 通えない体になってしまったんだよ。死にものぐるいで、限界を感じながら、残業しているような状態なんだよな。普通人は、ヘビメタ騒音にさらされたことがないし、普通の人は、ヘビメタ騒音に七時間から一四時間されされたあとどんな体の状態になるか経験したことがないから、わからないだけだ。経験としてわからないだけだ。だから、「起きれないなんていうのは、甘い」と俺が言われることになる。


2017年7月24日月曜日

クーラーをつけている理由は、蕁麻疹対策。

ほんとうにつまらない。どうにかしてくれ。ダイヤ、遊びこい!

あ~~~

実は、一昨日、……。まあいいや。

ともかく、今年は電気代を気にせずに、ずっとクーラーをつけているから、涼しいよ。それでも、……それでも! なんか、暑くて、だるいときがある。やはり、節約モードからはぬけられないらしく、三〇度に設定してつけているから、暑いときもある。まあ、二九度にするけどさ。二九度は、だいぶ涼しい。けど、ほら、クーラーっておなじ温度設定でも、涼しいときと涼しくないときがあるじゃん。

それに、うちの他の部分は、猛烈に暑くなっているからね。(自分の部屋以外は、かなり暑い状態)。

クーラーをつけている理由は、蕁麻疹対策。
暑くても、寒くても、蕁麻疹がでる。

ずっとクーラーなし耐熱生活をしていたら、体が、適応できなくなったらしくて、だめだ。慣れれば適応できるような感じがするだろうけど、つかれとストレスがドンドンたまってだめになったみたい。消耗する。暑さで、だいぶ消耗する。で、四〇日以降、相当にくるしくなる。夏が長くなったからね。やっぱり、連日三三度以上はきつい。

二九度なら、楽勝なんだよな。




あまりにも、毎日続きすぎた

朝というか、起きたばかりのときは、からだがだるくて机の前に座れない。椅子に座ったとしても、たましいがぬけた状態で、動けない。で、これは、不通の疲れとは違う。また、普通の人が普通に体験できる朝の頭が回らない状態ではない。そういう状態じゃない。ぼくの場合は、普通の人と違う。一五年のヘビメタ騒音の連続が、そういう状態を作り上げてしまった。そして、ぼくには、それをどうすることもできない。からだと精神ということを考えた場合、からだのほうが上だ。上位に位置する。そういうモデルを考えた方がいい。どれだけ「動こう」と思っても、体が言うことを聞かなければ、動けない。

普通の人が普通に体験できるつかれは、実はぼくも、ヘビメタ騒音がはじまる前に経験したことがある。また、ヘビメタ騒音がはじまってから一ヶ月ぐらいは、ヘビメタ騒音のつかれも、「普通のつかれ」に分類できるものだったのだろう。けど、二ヶ月……三ヶ月……六年と積み重なると、「普通のつかれ」とは違った疲れになる。

けど、このつかれも普通の人にはわからないのだから、普通の疲れとして分類されてしまう。しかし、違う。ぼくが言いたいのは、なんて言うのかな?……無茶なことを言う人たちがいるので、困ると言うことだ。無茶なことを言う人たちにしてみれば、つかれて動けないなどと言うのは甘えで、動こうと思えば、どんな状態(どんなにつかれた状態)でも動けるということになる。

つかれて動けないなどと言うのは甘えで、動こうと思えば動けるはずなのである。動けるのに、動けないのは、おまえが甘えているからだということになる。けど、こういうことを言う人たちは、ヘビメタ騒音を一五年間、毎日経験してない。しかも、精神異常者による騒音なのだ。家族による騒音なのだ。

これも、ほんとうはでかい。

無視されるけど、ほんとうは、でかい。

普通の騒音とは、経験していることがちがうのである。本質的に違う。健常者が出す騒音と、精神異常者が出す騒音は、騒音としての物理的な特性はおなじでも、違う。どういうふうに違うかというと、「話が一切合切通じない」という意味で違う。

そして、こだわりつくしてならしている本人が、特にならしているつもりがない(でかい音で鳴らしているという認知を、ならしているあいだ持つことができない)ということで違っている。その認知のズレが、引き起こす、「こちら側の」感情がわかってない。
その認知のスレがもたらす、こちら側の都合がわかってない。

その認知のズレがもたらす、人間関係の問題がわからない。人間関係の問題というのは、「こちら側」の人間関係の問題だ。騒音が鳴っていることによって、やられている方の、(やられていない時間の)人間関係がおかしくなる。

どうして「やられていない時間の人間関係がおかしくなるか」そういうことが、一切合切わかってない。これも・言えば、「甘え」と言われそうだけど、違う。

、これは、甘えだと考える人間が完全にまちがっている。精神異常者の態度がわかってない。あるいは、(俺の説明を聞いて、甘えだと思う人は)部分的にそういう精神異常者と同じ性質を持っているのではないかと思う。あるいは、自分の身に起こった場合について、考えられない性格の人なのではないかと思う。自分の身に起こった場合について考えようとしても、リアルには考えられないひとなのではないかと思う。

そういうことも含めて……そういうふうに言う人間、思う人間が出てくるということを含めて……精神異常者にやられた場合と、健常者にやられた場合は違う。「やっているのに」「やってないつもりでいる」なんて、こんなもの、どう考えたって精神異常者だろ。

頑固にこだわってやっていることなのに、本人はやっているつもりがないなんて、どう考えたって精神異常者だろ。やっているつもりがないということは、やっているという認知・認識がしょうじないということだ。それから、もし、気がつかずにやっているのであれば、言われればわかるが……つまり、認知・認識することができるが……そういう可能性がゼロなのだから、普通にいう「不注意」ではない。

ともかく、兄貴の態度と期間の長さが違う。普通の騒音とは、そういう点で違う。だから、騒音からもたらされる疲労は普通の疲労とは違う。あまりにも長すぎた。あまりにも、毎日続きすぎた。毎日毎日、ずっと、何千日もやられたというのが、でかすぎる。一年を通した「毎日の雰囲気」ができあがる。この雰囲気!!

ほんとう、何千日も騒音生活が続かないとわからないんだろうな。だから、たてまえやキレイゴトを言う。そんなんじゃない。そんなたてまえやキレイゴトが成り立つような空間じゃないのだ。気違い兄貴がやっていることが、たてまえやキレイゴトを破壊しつくす。無理だ!! うちで、気違い兄貴のヘビメタが俺の側のたてまえやキレイゴトを破壊する。そういうことについていけない体になる。そうなると、俺と世間のあいだで軋轢が生じる。かならず、不可避的に軋轢が生じる。気違い兄貴は、俺に、どんなことをやってきたのか、いまだに!!ぜんぜんわかってない。まったくわかってない。やっているさいちゅうも、わからずに、頑固に、すべて自分の思い通りに鳴らした。で、気違い兄貴が思い通りに鳴らすと不可避的に俺が困るのである。どうしても体がしんどくなるのである。どうしても、しんどい体で行動しなければならなくなるのである。しんどい体を抱えていると、世間の基準に合わせることができなくなる。しかし、世間の人は、ヘビメタ騒音が理由で、俺が世間の基準に合わせることができなくなっているとは考えない。俺がかりに説明しても、そう考えない人が出てくる。

究極的に、甘えたことを言わず、……究極的にだるい体を抱えて、究極的に世間の基準に合わせてきた結果が、これだ!!

2017年7月22日土曜日

騒音サイコパス19をだしたじぇ、じぇ、じぇ!







騒音サイコパス19をだしたじぇ、じぇ、じぇ!

この号は(巻は)認知療法の背後にある思想について考えたいひと向けです。

●何万回も言われて「知らなかった」かよ
●ぜんぜん違う、人生
●どんだけ、差があるか
●親父以上に、話がつうじない
●自分の持っている常識が傷つくと、自我が傷つく
●全部の時間鳴らしきる
●認知療法家の認知はポジティブ側にゆがんでいる
●生きていて、なにが苦しいって、ヘビメタ騒音が苦しい
●本人は、まったく鳴らしてないのとおなじつもり
●本人は言われてないのとおなじつもり
●ヘビメタ騒音で困るということを発狂して認めない
●本人が怒って、はねのけたら、それでおしまい
●全部が、手の届かないものになった
●ヘビメタ騒音にやられていた時の朝の雰囲気
●理由がないことで怒る父親もいる
●外は憂鬱だけど、うちにいても憂鬱
●父親が健常者の場合と父親が精神病質者の場合は違う
●「親父関数」「兄貴関数」
●弟が自分の音で困っているということは認めない
●兄貴は、自分が弟に与えた影響はゼロだと思っている
●いま、苦しい
●それは、僕にとって解決じゃない
●これで、どこかに行っても、おなじだからな
●何十年もおなじだよ
●「やった」と言われたら、「やってない!!やってない!!」と言う
●一分だろうが、静かにしてやるとなんて、できない
●ネガティブとポジティブ
●静かにしてやったのになんだ
●強迫神経症
●言霊と強迫神経症
●神経症と耳なし芳一
●認知療法と踏み絵
●外に出たくない
●患者の認知がゆがんでない場合について
●ガマガエルと父親
●事柄と認知

++++++++++++++
みんなとおなじことを言ってもしかたがない。



ヘビメタ騒音でいっぱいで、若い時期がなかった。それがでかい

先のことを考えてたら、ものすごくくるしくなった。
俺がいま死んでしまったら、老後の心配なんて意味がないからな。本末転倒。それにしても、若い時間がなかった。ヘビメタ騒音でいっぱいで、若い時期がなかった。それがでかい。ともかくでかい。やっぱり、死にそうなぐらいにでかい。

あ~あ、たしかに、時間はかえってこない。
そりゃ、たしかだ。

2017年7月20日木曜日

四万時間、五万時間鳴らしても、一分も鳴らしてないのとおなじ気持ち

ぼくはヘビメタ騒音がなくて、
なおかつ、「こだわらなければ」リア充だったんだけどなぁ。
相当にうまくやってたと思う。

けど、実際にはヘビメタ騒音がずっと鳴っていて、すべてがボロボロにこわれていく。

   *     *     *

ほんとう、きちがい兄貴にしたって、自分が「別の音を」あれだけの音のでかさで、鳴らされていたら、その音のなかで勉強ができなくなって困っていたはずなんだ。あんなでかい音で鳴らしてはいけないということがわからないというのがおかしい。

うちで鳴らしている限り、どれだけやったっていいという前提でやっている。うちで鳴らす限り、でかい音で鳴らしても、それは、でかい音じゃないのである。自分が好きな音で鳴らしていいという前提で鳴らして、一歩もゆずらない。

しかも、一歩もゆずらずに鳴らしている……ということが、まったくわかってない。自分が意地になって頑固にやっていることなのに、ぜんぜんわかってない。

ほんとうに、どれだけ鳴らしても、まったく鳴らしてないのとおなじ気持ちしかない。

だから、最初から、話しがかみ合わない。
親父とおなじで「言われたら」腹を立てる。で、自分が一度腹を立てて「おしけのたら」言われたという事実がなくなってしまう。認識されなかったことになってしまう。

「言われた」という事実がなくなってしまう。本人が怒った途端に、関心が切れているんだよね。自分が押し通した瞬間に、関心が切れている。

で、「関心が切れた」ということに関しては、また、認識してない状態だ。「言われたら」「押しのけて」「言われたと」ということを忘れてしまう。何万回繰り返してもおなじ。だから、本人は、一回も文句を言われなかったつもりで、ずっと鳴らすことができる。

何度も言うけど、あれが兄貴が鳴らしたいヘビメタじゃなくて、なんか、へんな宗教の太鼓の音だったら、どうなんだよ? 犬が吠えている音だったら、どうなんだよ?

きちがい兄貴にしたって、別の音が、あの音のでかさで鳴っていたら、怒るんだよ。五分、一〇分で怒る。怒って怒って怒って、不満になって不満になって、たまらないという状態になる。鳴っている時間ずっと怒っているような状態になる。勉強ができない状態になる。

けど、そういう音で「ヘビメタ」を鳴らしていても、弟の勉強の邪魔をしているというのは、わからない。これは、言われなかったからわからないのではなくて、何万回言われても、わからないのである。うちにいる限り、「どれだけならしてもいい」ということになっている。

で、最初にその前提があるから、絶対にゆずらないし、ゆずらなくても、悪いと思わない。勉強の邪魔をしていると、思わない。どれだけ「勉強の邪魔だからやめてくれ」「静かにしてくれ」と言われても、「はねのけて」わからないままなんだよ。

一日に何十回、言われても、まったく言われなかったのとおなじ状態で「※そのこと※には気がつかずに」鳴らし続ける。

で、夏休みなんて一四時間近く鳴らしていたのだけど、一四時間鳴らしていたって、一分も鳴らしてないのとおなじなんだよ。一四時間鳴らして、そのあいだに二〇回、三〇回、怒鳴り込まれて文句を言われても、一回も「文句を言われなかった」という認知のもとで鳴らし続ける。

ほんとうに、自分があの音のでかさで、別の音を鳴らされてたら、どう思うんだよ?? きちがい兄貴は、そこのところが、徹底的にわかってない。※親父とおなじレベルで※わかってない。

何万回言われても、わかってない。何万時間鳴らし続けても、まったくわかってない。トータルで四万時間、五万時間鳴らしても、一分も鳴らしてないのとおなじ気持ちなんだよ。

だから、「一分も勉強の邪魔をしたことがない」という認知のままなんだよ。そういうやり方でずっと鳴らし続ける。



『昼のセント酒』って、おっさんの裸がたくさん出てきてたえられなかった

『昼のセント酒』……ちょっとだけ視たけど、おっさんの裸がいっぱい出てきてたえられなかった。漫画なら、やりたいことはわかるけど、実写だと、きつい。

「あーあ、うちぶろだとおもっちゃって……」というような台詞がある。孤独のグルメと同じような感覚だ。やりたいことはわかる。わかるけど、きつい。実写はきつい。「あーあ、うちぶろだとおもっちゃって……」という言葉の対象は、手ぬぐいを雑に扱って、泡水をはね散らかして?からだを洗っているおじさんなんだけど、ただの迷惑おじさんにしか見えない。

本当、どうしようかな。

本当、どうしようかな。
どうしても、ヘビメタ騒音で人生がない。
どうしても、ない。

これ、やられなかった人にはわからないことなんだよな。
あしかけ一五年間毎日毎日、……気違い的な意地で鳴らす人が家にいる時間は、つねにヘビメタが非常識なでかい音で鳴っていた人じゃないとわからない。

なおさら、気違い的な意地で鳴らした気違い兄貴にはわからない。どれだけ言ってもわからないから、けっきょく、一五歳以降、うちにいるあいだは、絶対にゆずらないで、鳴らし続けたわけだから。毎日毎日。(一五歳というのは、気違い兄貴が一五歳以降という意味ね)。

わからないのは鳴らされているときの状態と、鳴らされたあとの状態だ。他の人たちには、これがわからないのだから、俺がどれだけ言ったって、わからない。人によっては、いいわけに聞こえるのかもしれない。けど、その人がおなじことを経験したら、とても、いいわけだとは考えられないだろう。

   *     *     *

どうしようかな~~
ほんとう、どうしよう~~~
う~~ん。

いちおう、本箱の整理をし始めたけど、本を捨てるわけじゃないから……。しかし、俺の一生はなんだったんだ??

どんだけのハンディがあったか。ハンディありすぎ。ハンディありすぎなのに、普通に見えるからな。ギャップがひどいんだよ。つねに火事だよ。つねに、背中に火がついている。かちかち山。ヘビメタ騒音で、つねにパニックだ。本当に、一〇分の一の力も出ないという状態で、普通に見えるから、普通の状態で暮らしていた。けど、限界を越えて、こわれた。もう、もとにもどらない。

   *     *     *

2017年7月18日火曜日

騒音でふっとばされている

雷が鳴っている。けど、雨は降ってない。空半分が晴れている。


ヘビメタ騒音に関してはだいぶ書いたので、……つまり、どういうことが起こったかについて弁明したので……これからは、自分が失った人生を取り戻したいが……ヘビメタ騒音一五年で虚弱体質みたいになってしまったので、なかなか、取り戻せない。

巻き返しの『章』に入りたいんだけどな。

基地外兄貴の態度というのは、「なにもやってない」という態度なんだよ。そういう態度で一〇〇%頑固にゆずらずにでかい音でヘビメタを鳴らし切る。一〇時間鳴らせるなら、かならず、一〇時間鳴らして、それが、九時間五五分になるということが、絶対にない世界だ。絶対にそういうことがない毎日なんだ。だから、くるしい。続くとくるしいんだよな。これ、他の人はそういう暮らしをしたことがないので、まったくわからないみたいだけど、くるしい。たてまえやキレイ事がすっとんでしまうほどくるしい。騒音でふっとばされている。たてまえやキレイ事がけたたましい騒音で、いつもいつも吹き飛ばされている。ぶっ飛ばされている。やっているやつは、やっている最中も、やっているつもりがない。どれだけ、「やめろ」「うるさい」と言っても、やってないつもりのまま、鳴らし続ける。そして、やってないつもりで鳴らし続けているということに関しては、まったくの無頓着だ。それこそ、やったってやってない。やったってやってないということに関して、まったく認識できない状態だ。だから、あいつにとっての一五年間というのは、やってない一五年間のままなのである。これが、本当にふざけている。きちがい兄貴にしたって、別の音があの音でかさで鳴っていたら、五分ぐらいで「うっさいうっさい」と感じて、一〇分ぐらいで強烈に腹をたてるような音なのに、本人がやりたいつもりで鳴らしているヘビメタに関しては、どれだけでかい音で鳴らしても、「こんなのはたいした音じゃない」と感じているのである。で、そういうふうな認知、そういうふうな態度いとうのは、きちがい親父と同じで、どれだけなにを言われても、かわらない。


あいつの態度は、本当に頭にくる!!!


2017年7月17日月曜日

『さみしいアパート』で暮らしてきたよ

起きたあと、文章を書いた。
一発でちゃんとした漢字変換をしてくれればなぁ~~といつも思うよ。

残された人生の時間、とか考えている。
こんなの、考えたってわからないけどね。
わりともてたのに女性関係は、悲惨のヒトコトだな。

ヘビメタ騒音で全部ない。

俺がこの先、少しでも楽しく生きるにはどうしたらいいんだろうな?
ヘビメタ騒音が原因で、『さみしいアパート』で暮らしてきたよ。いまも、その延長だ。ヘビメタ騒音がなかった場合のちゃんとした人生というのがなかった。

2017年7月16日日曜日

全部が、嘘なんだよ。やっているときから、最中から。

起きた。

この先どうするかな?

とりあえず飯は食べた。

きちがい兄貴のことで腹が立っている。
日曜日の雰囲気はこれだからな。

あいつ、ほんとうに鳴らしているつもりがなかったんだろうなと思う。あれだけでかい音で鳴らしている最中、鳴らしているつもりがないのと同じ状態だというのが、信じられないけど、きちがい兄貴の態度や発言を考えるとどうもそうなんだよな。

これ、親父や兄貴と一緒に住んだことがない人だとわからないと思う。

親父と一緒に住んだことがない人に、ハンダゴテ事件の時の親父の態度をどれだけ説明しても、リアルにはわからないんじゃないかなと思う。絶対さが異常なんだよ。

絶対的な意地が異常。絶対的な無視が異常。絶対的な無理解が異常。ほんとうに、ヒトコト説明されれば絶対に「普通なら」わかることが、一切合切つたわらないんだよな。で、怒るわけだから。こっちが怒りたいよ。怒って、顔を真赤っかにして頑固に認めない。

で、認めないということも、認めないということになっている。なっていると書いたけど、これも、ゼロなんだよね。本人の主観としては、「認めてやらなかった」「言葉として理解してやらなかった」というのが、ない。なければ、「やってない」のとおなじなんだよ。

だから、いつでも、「そんなんじゃない」ということになる。「そんなんじゃない」というのは、あとで、自分がやったことを認めなければならないハメになると、「そんなんじゃない」「そんなんじゃない」と発狂して、認めないんだよ。

だから、同じ構造が成り立っている。だから、何万回言っても、どこまでもどこまでも、話が通じないままだ。で、兄貴も、親父とまったく同じで、何万回言っても、まったく、話が通じない。頭がおかしいレベルで無視している。

で、無視しているということも、頭がおかしいレベルで無視するので、無限の時間、わからないままだ。どこかでわかるというのがないのである。で、判らない時間は、自分が好きなようにやりきるわけで、ゆずらない。びた一文譲らない。

けど、ゆずらずにやりきったということが、これまた、抜けているんだよな。だから、何万時間、頑固にやりきったとしても、……こだわりの、きちがい的にうるさい音で鳴らし続けたとしても……そんなことは、一日もなかった……一分もなかった……一回もなかったという「つもり」のままなんだよ。

そういうつもりのまま、ずっと、本人だってよそのうちに行けば一分だって鳴らせないようなでかい音で鳴らして、鳴らしたつもりがまったくしょうじないということになる。全部が全部、毎日そうだ。だから、反省のしようがないのである。

やってないつもりのままだから。いまだに、やってないつもりのままなんだよ。で、やってくれなかったことに関しては、「やってやったつもり」なんだよ。こだわりつくしてやったことに関しては、まったくやってないつもりで、頑固にやってくれなかったことに関しては、「やってやったつもり」なんだよ。本当は、一日、一分だって静かにしてくれなかったのに、「静かにしてやった」というつもりがある。そういう「嘘」でできあがっているんだよな。「嘘」をついたまま、やりきる。自分がやりたいことをやりきる。だから、自分がやりたいことを、やりたい方法で、常にやっているのに、……「そんなことは、やってない」と思っている状態ができがある。

全部が、嘘なんだよ。やっているときから、最中から。



2017年7月14日金曜日

一日に一分だって静かにしてくれなかったのに(公開バージョン)こだわりつくして、迷惑行為をやりきる

一日に一分だって静かにしてくれなかったのに、なにが「静かにしてやった」だよ?? そういうところが精神異常者なんだよ。知らんぷりだからな。どれだけ俺が「絶叫」して静かにしろと言っても、頑固に無視して鳴らしてたときの兄貴の横顔が浮かぶ。


どれだけがんばったって、我慢したって、鳴らされ続けたら「おしまい」だった。がんばったって、我慢したってのなかには、認知療法的なたてまえ、アドラー心理学的なたてまえがはいっている。認知の問題じゃないんだよ。考え方の問題じゃないんだよ。

そういう「たてまえ」は、ぼくを苦しめるだけで……余計に苦しめるだけで……害以外の何物でもなかった。ヘビメタ騒音歴九年目辺りまで、認知療法やアドラー心理学の知識はなかったけど、俺は天才なのか? あるいは特に認知療法とかアドラー心理学という名前がついてなくてもよくある考え方だったのか? 似たような考え方は知っていた。

そして、自分なりに実行していたけど、破滅的な音の前にくずれる。

やっぱり、そういう思い込みじゃ、無理があるんだよね。そういう解釈の変容(出来事に関する解釈を変えるという手法)だと、身体を無視している。実際に一日に七時間から一三時間四〇分、あの音のデカさでどかすか鳴らされて、さらに、学校の用事があるとなると、破滅する。

どーしたって、穴が開く。勉強することもできない。これ、うちで勉強することが毎日ずっとできないって、学生にとってどういうことだと思っているんだよ?

それも、小学以降の学生時代、全部。中学高校と、人生にとって一番大切な時期、毎日毎日、うちにいれば、すべての時間ヘビメタを、けたたましい音で鳴らしやがって。これ、本当に、気違い的にこだわる人が、気違い的なこだわりで、頑固に頑固に鳴らしたんだよな。あんなのないよ。兄貴は、親父にやられて、起こってたけど、兄貴のやり方が親父まったくおなじなんだよ。「言われたときだけ、腹を立てる」。「腹を立てたあと、自分がやりたいように一〇〇%、血相を変えてやる」。「けど、一〇〇%やったつもりがない。まったくやってないのとおなじつもりでいる」。「だれもが一言でわかることを、絶対に認めないんだよな」。「認めないということも認めない」。全部が全部、毎日、毎時間、毎分毎秒、そういう態度だ。そういう態度でやりきる。だから、まったくゆずらないでやりきったのに、まったくやらなかったという認知を持っている。まったくやらなかったという認知の上に、さらに、「ゆずってやった」「相手に言うとおりにしてやった」という、事実はまったく異なる、恩着せがましい認知が生じている。こういうタイプの精神異常者なんだよな。そして、「うち限定」。うちでだけ、そうなる。うちでだけ、そうなっているのに、うちでだけ、そうなって、実際に自分がこだわりつくして、こだわりつくして、頑固に頑固にやったことは、やってないことになっている。そして、自分はやってないのだから関係がないという考え方が成り立っている。そういう感じ方が成り立っている。で、そういう感じ方が成り立っている以上、たとえば、頑固に、すべての可能な時間、ヘビメタを「よそでは一分間も鳴らせないようなでかい音」で鳴らしても、まったく、鳴らしてないという認知なんだよな。だから、関係がないのである。鳴らしてないから関係がない。そんなことはしてないので、関係がない。「やってないやってない」「なんだなんだ」だよ。で、これが、やっているときも、そうなんだよ。まったくつもりがないまま、こだわりつくして、迷惑行為をやりきる。やめない!!!

ヘビメタを鳴らされてから


ヘビメタを鳴らされてから、……あの日から……ずっとくるしい。ずっと、ひきつってつまらない。

よくあるライフハック的方法、認知療法的な方法、認知行動力法的な方法、では、よくならないことが、はっきりしている。ちなみに、スピリチュアル的な方法(考え方)やアドラー心理学的な方法(考え方)でもどうにもならない。こういうのは、全部、ぼくの実際の経験を無視している。キレイゴト。

本当、どうすりゃ、いいんだよ。
むなしい、一生だったな。
くるしかった。ずっと、くるしい。鳴り始めてからずっとくるしい。切れ目なく、ずっとくるしい。

2017年7月13日木曜日

一般的なネット民の態度

子供の絶叫が気になるという人がいたけど、気持ちはわかる。ただ、ぼくの立場としては、その騒音と兄貴のヘビメタ騒音を一緒にするわけにはいかなかったのだ。

けど、その人の感性というか、気持ちというのは本当によくわかる。いまは、なんか、ネット民の特徴なのか?加害者側に立つ人が多い。迷惑をかけている人と、迷惑をかけられている人だと、迷惑をかけられている人をさらにたたくというのが、一般的なネット民の態度だ。
あの人、大丈夫なのかな?とちょっと気になる。


2017年7月12日水曜日

騒音サイコパス18を出した



騒音サイコパス18を出した。


夏休みなんて、朝の九時一五分から、夜の一一時一〇分までずっと鳴らしてた。昼ごはん一〇分、夜ご飯一〇分、風呂一〇分の三〇分の休憩はある。けど、それ以外の時間は、こっちがどれだけ言っても鳴らしてた。どでかい音で鳴らしていた。よその家では一分だって鳴らせないようなけたたましい、でかい音で鳴らし続けた。それで、「静かにしてやった」と思っている。頭がおかしい。うちでだけ精神異常者。どうしてくれるんだよ。俺は、ほんとうに中学三年間と、高校三年間の六年間、ずっと毎日勉強してすごしたかった。うちで、勉強することができな中高六年間が人生でどれだけの意味を持つかわかるか? 気違い兄貴なんて、自分でやっておいてまったくわかってないのだろう。わからないまま、やった。やっている最中どれだけ言っても、親父のように、顔をまかっにして目を参画して怒るだけで、ぜんぜん反省しない。相手が言っていることを認めない。この、相手が言っていることを、根本から否定して、絶対に認めないというのも親父と同じ態度だ。で、否定したのだから否定したということをおぼえていても良さそうなのに、「その場面」が済んでしまえば、まったく、否定したということをおぼえていな状態になる。本人が怒って、否定したら、それでおしまい。一秒後には、「言われてないつもり」でガンガン鳴らしまくる。


気が狂いそうになる。自分の人生がない。
うちにいるとき、勉強することができなかった。一分ですらできなかった。毎日うちに帰ったあと、一分も勉強ができないってどれだけくるしいと思っているんだよ? あれだけ鳴らし続けて、「そんなに鳴らしてないつもり」とか頭がおかしいだろ。これ、ほんとう、きちがい兄貴は、きちがい親父にやられて、腹が立って腹が立って仕方がないことを、腹が立って腹が立ってしかたがない態度で、俺にやり返した。俺にやり返すなよ。親父にやり返せよ!! ふざけるなよ。あんなでかい音で、一日中鳴っていて、いいわけがないだろ。一日中、すべての時間、鳴っているのがディフォルトだ。普通の状態だ。そんなのでいいはずがないだろ。朝の九時一五分から、昼間の一二時四五分まで三時間ずっとずっと鳴らして、昼間の一二時五五分から、夜の七時一〇分まで、六時間一五分、ずっとずっと鳴らして、夜の七時四〇分から夜の一一時一〇分まで、三時間三〇分、ずっとずっと、鳴らしていいわけがないだろ。これ、いちおう夏休みのことだけど、冬休みも春休みも同じだ。たとえば、七時一〇分まではずっと、鳴らすけど、七時四〇分から、一一時一〇分までは、遠慮して鳴らさなかったという日が、一日もないんだぞ。午後の部をやめるということがない。それまで、何十回こっちが、怒鳴り込んで、ずっと「やめろやめろ」と絶叫しているのに、一時間、ちゃんと静かにするということが、一日もない状態なんだぞ。これで、「静かにしてやった」とか「ゆずってやった」とか思っている正真正銘の精神異常者。これ、ほんとうに、なんで、家でだけ狂うんだよ。よそのうちでやってないだろ。こんど、よそのうちだと、一分だってやらない状態で毎日過ごしている。何年間も何年間も一分もやらない状態で過ごしている。うちでは、どれだけ言っても、一分だって、本当には静かにしてくれなかった。それで、ほんとうに、悪気がなくて「やったつもりがない」ままなんだよな。それで、やったと言われたら「やってないやってない」と親父と同じように否定しやがって。そういうふうな態度で、やれるときはやったんだよ。一〇〇%やって、一%もゆずってくれなかった。一分間ですら、絶対に毎日ゆずってくれなかった。これ、ほんとうに数千日の真実だから。それで、……繰り返しになるけど……何もしたつもりがないんだよな。










2017年7月11日火曜日

兄貴だって、親父にさんざんやられた。もう、本当に、「しこまれた」。

ほ~~んと、全部がすぎちゃったな。
やばいっしょ。やばいよ。
感情が動かない。やる気がしない。
どのシーンもつらい。


何十年も前のシーンなのに?ときどき、鮮明によみがえるんだよな。それが、ヘビメタ騒音で生じた『他者』との、あらそいのシーンだったりする。他者のというのは、ヘビメタ騒音とは関係がない他者だ。ようするに、学校の友達。その他もろもろの、当時の他者。不愉快な記憶が、突然よみがえる。けど、これは、突然ではないんだよ。よく考えると、ちゃんと、その前に、関係があることを考えている。これは、なんでもないことなんだけど、連想がつながるという意味で関係がある。大根を買うときに、お勝手のシーンがよみがえるというような意味で関係がある。あるいは、大根ではないけど包丁を使って料理をしているシーンとかそういうふうに、無関係ではない。

他の人にとっては、蛇めた騒音の話というのは、どうでもいい話だ。きちがい兄貴にとっても、どうでもいい話だ。

これ、ここが、腹立たしい。

これ、きちがい兄貴はこだわりつくして、親父の態度で、ヘビメタを復讐のようにやり切って、親父の態度で否定している。他人にとっては、ヘビメタはどうでもいい話で、兄貴とってもどうでもいい話だと書いたけど、実は、兄貴のほうが、まったく関係がない他人よりも、まったく関係がないつもりでいる。ようするに、兄貴のほうが他人よりも関係がないつもりでいる。張本人の兄貴が、まったく関係がない人よりも、関係がないと思っている。

これが、やっているあいだじゅう、毎日、毎時間、毎分、毎秒、成り立った。常に鳴らしているとき、そういう認知状態なのである。で、どれだけ言っても、親父の態度で、否定して、怒ってそれでおしまいだ。自分にとって不都合なことを言われたら、起こって否定しておしまいなんだよ。それがどれだけ簡単なことでも普通なら絶対に認めることでも認めない。

言っておくけど、認めないということも認めないという態度で認めない。きちがい兄貴にしたって、自分がなしらている音が、本当は、よそでは一分だって鳴らすことができないでかい音だということを知っていたはずなんだよ。そういう、異常なでかい音で鳴らしたいから、こんなのは、たいした音じゃないと思いこんで、異常なでかい音だというコト自体を認めなかった。一旦認めない状態になると、悪意でなく、ほんとうに認めない。

これ、普通は、自分がでかい音で鳴らしたいので、でかい音だということは認知しているけど、(でかい音だということを認めると小さな音にしなければならないから)わざと、意識的に、でかい音だとことだといこうとは、認めない、というのとは、違う。

これが、他の人にはわからないところなんだよな。ちなみに、兄貴にもわからない。これも、他の人以上に、兄貴は、わかってない。だから、もし、そういう気違い的な認知が成り立たなければ、『意地悪としてやること』を普通に、やることができる。意地悪なことをしているつもりがない。

で、一旦こういう認知が成り立ったら、ほんとうに、どれだけ明らかなことでも、何十年も認めない。三〇年だって、四〇年だって毎日認めないのである。毎日、毎時間、毎分毎秒、常に、どの時点で言われても、認めない。認めないとなったら絶対に認めないであって、途中で認めたりしない。なんて言うのかな? 骨絡み? 命がかかっている? 

「気違いもほどほどにしろ」と言いたくなる。

で、これが、ごく自然にそうなっているのであって、何万回、何億回言っても、本人は、認めないままなんだよ。けど、頑固に認めないというつもりはないんだよ。つねにそういう間違いが成り立っている。

つねに、そういう間違った認知が成り立っている。本人は、知らないことなんだよね。

けど、ほんとうなら「ひとこと」言われればわかることなんだよ。というか、言われなくても、あれだけでかい音で鳴らしているなら、でかい音で鳴らしているということがわかっていてあたりまえなんだよ。

耳が聞こえるわけだから。

けど、耳が聞こえないというような状態で、でかい音で鳴らしているとは思ってないのである。強烈にでかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているということ自体を、絶対に認めないという態度……。こういう態度が、腹立たしい。で、気違い兄貴だって、親父にさんざんやられた。もう、本当に、「しこまれた」。

親父が、そういうことばかりする。気違い的な認知で、認めないで、やりきる。主張?を押し通す。で、迷惑を被るのが、「こっち」なんだよ。親父以外の家族。

けど、親父は、今まで兄貴の騒音のたとえで、説明したように「つもりがない」。つもりがない」というのは、やったってやってないということであり、本人にとっては、やってないのとおなじことなのである。けど、こだわりつくして、やる。絶対に、途中でやめない。

ヘビメタ騒音は、親父がやってきたことの、ヘビメタ騒音応用版なのである。だから、うちのなかでは、なじみがあることで、普通のことなのである。つねに、すでに狂っている誰か……親父だけどさ……が、道を作っている。「うちではあたりまえ」なんだよ。「うちではそれであたりまえ」なんだよ。張本人がまったく意識してないということを含めて、うちでは、それであたりまえなんだよ。で、本当にこういうことが、他の人にはわからない。これ、心理学を学んでいて、修士号を持っているひとでも、九割ぐらいわからないんじゃないかな。

これ、ほんとうにわかっているひと、少ない。


『見たい』という気持ちがあるときが『花』なんだよな

昨日の夜の雰囲気が最悪だったな。
あれ、蚊に起こされて、腹が減って、食べているときの雰囲気が並じゃないな。やっぱり、睡眠がでかいんだな。やる気とか、気分とか、相当に睡眠が影響している。食べ物よりも睡眠だな。

ヘビメタ騒音の雰囲気がぬけない。

とりあえず、ローヤルゼリーを飲んだ。
これ、ものすごく安いローヤルゼリーなんだけど、だいじょうぶなんだろうか? 

ちょっとでもやろうかなと思ったことはやったほうがいいのかな?
たとえば、『銀と金』の一話目は見てないので、見ようかなと思うのだけど、そんなに見たいわけではなくて、どうしようかなと思ってしまう。

これ、ほんとう、ドラマでもアニメでも、『見たい』という気持ちがあるときが『花』なんだよな。

そういう気持ちを失ったら、やろうにもできない。まあ、ドラマやアニメの視聴ならそれでいいけど、仕事となるとそうはいかないだろう。性欲系のことにしたって、女の子と付き合いたいということだって、やりたくなくなったら、それはもう、むりなんだよ。

ヘビメタ騒音生活の世界というのは、いろいろあって、そういう気持ちを失っていく世界だ。とてつもなくつらいんだ。

いろいろあっての部分がいわば『負の体験』なのであって、いい体験じゃない。ヘビメタ騒音付きのつらい体験になってしまう。ヘビメタ騒音でめちゃくちゃな状態になってしまう。ヘビメタ騒音で必然的に、メチャクチャな気持ちになってしまう。
ヘビメタ騒音が鳴っていて、正常な状態に気持ちを保つということは、できない。ヘビメタ騒音生活というのはそういうものだ。

*     *     *


しかし、ほんとうにヘビメタ騒音で人生がない。全部真っ黒。ヘビメタ騒音が始まってから、苦しくて苦しくてしかたがない。どうにもならない。

自然なやる気と人工的なやる気 その1


アニメを見るのだって、やる気が必要なんだよ。見たくなきゃ見ないわけだから。ドラマだって映画だってそうだろ。見たいという気持ちが、やる気なんだよ。これはやっぱり、自然に湧き上がってくるのを待つしかない。自分はこのドラマを見たいんだと言い聞かせて見たって、おもしろくないだろ。普通、アニメを見るとかドラマを見るとか、漫画を読むということに関しては、やる気」云々ということは言われない。まあ、ゲームをいれてもいい。やりたくないゲームは、やりたくないんだろ。やりたくないゲームを、やるひといる? やりたくないゲームをやることは苦痛なんだよ。それは、やりたくない仕事をやるのとおなじなんだよ。ここのところがわかってない人がいる。やりたくないゲームをやるにはどうするか? そのゲームに興味を持つということが必要だということになる。そして、そのゲームを好きになるあれやこれやが紹介される。たとえば、そのゲームをするときに、自分が好きな音楽をかけるとか、まず、パソコンを起動したら、そのゲームが表示されるようにして、やらなければならない環境を作っていくというようなことが推奨される。「なんとかゲームが好きだ」「なんとかゲームをやりたい」と紙に書いて貼っておく。「なんとかゲームが好きだ」「なんとかゲームをやりたい」と自分で吹き込んで、それを何回も何回も、聞く。ゲームに関するいろいろな情報を集めて、ゲームが上手い人とつきあうとか、いろいろと、「興味を持つ方法」がある。けど、そういうことをしていても楽しいか? そりゃ、そのゲームが好きなら楽しいだろうけど、嫌いなら楽しくないだろ。やる気がないという状態が改善されて、やる気のある状態になるか? ここで、二手に分かれるんだよな。けど、それは、本質的な問題じゃない。「最初は興味がなかったけど、やってみたら楽しかった」というような場合と、「最初から興味がなかったし、やってみても楽しくなかった」というような場合の二通りの道ができる。けど、どちらも同じだ。やってみたら、楽しかった「無理矢理でもやってみたら、けっこうおもしろかった」「興味がなかったけど、やってみったら興味が出てきた」というような場合は、刺激によって「自然なやる気が出ている」のである。だから、この場合は、刺激を増やすことによって、自然なやる気を誘発することができたということだ。しかし、刺激を増やしても「自然なやる気が出ない」場合がある。この場合は、自然なやる気を誘発することができなかったということだ。だから、刺激を増やしても、それでやる気が出るとは限らない。無理やりやってみるということは、機会を増やすだけだ。その機会についてどのように反応するかは、個人の本当の状態にまかされているのである。ようするに、個人の本当の状態を「こえて」反応が起こることがない。だから、機会を増やしても、それが、「やる気を出す方法になるかどうかはわからない。その人の状態に依存する。その人のもとからの人格に依存する。



2017年7月10日月曜日

どうして、うちでだけ

自分の文章と向かい合うのがくるしい。つらい。

ほんとう、どうしてくれるんだよ。
気違い的な意地でやりやがって。あれでやってないつもりだったのかよ? ほんとうに、あれでやってないつもりだとしたら、頭がおかしい。精神異常。どうして、うちでだけ、精神異常者なんだよ。うちでだけ!

自分にかけた「認知の魔法」がとけない

兄貴がずらしたところというのは、音量のでかさに対する認知だ。本当は、よそのうちでは一分だって鳴らすことができないようなとてつもなくでかい音で鳴らしているのに、「こんなのは、フォークギターぐらいの音だ」ということにしてしまった。

どれだけ、どでかい音で鳴らしても、本人のなかでは、「たいした音じゃない」ということになっている。自分が鳴らす以上は、「たいした音じゃない」ということになってしまうのである。じゃ、どうして、そういう認知になるかというと、とてつもなくでかい音で鳴らしたいからだ。

とてつもなくでかい音で鳴らしたいからこそ、「こんなのは、フォークギターぐらいの音だ」ということになってしまう。「フォークギターぐらいの音なら、どれだけ長い時間鳴らしても問題がない」わけだから、自分の音はどれだけでかい音で鳴らしても、フォークギターぐらいの音だということになってしまう。

やりたいから!!やりたいことにあわせて、そういう認知を作り出す。

一旦そういうふうに思い込んだら、こっち(他の人)がどれだけ言っても、通じない。何十万回、言われても、一回も言われてない状態にとどまる。要するに、「こんなのは、たいした音じゃない……だからどれだけ長時間、鳴らしても悪くない」「こんなのは、フォークギターぐらいの音だ……だからどれだけ長時間、鳴らしても悪くない」と思ったまま、とてつもなくでかい音で鳴らし続ける。

こういうところで、ズレている。認知がズレている。

で、鳴らしたいからそういう認知が発生しているわけで、つまり、自分にとって都合がいい認知が発生しているわけで、自分がやりたいあいだは、その認知がかわらない。自分にかけた「認知の魔法」がとけない。

2017年7月7日金曜日

不安と怒りで死にたくなる

毛布を洗った。
けど、まだ、風呂場のなかだ。あれを持ってくるのがめんどうくさい。というか、風呂場のなかである程度かわかさないと、持ってこれない。いま、バスタブにかけて「みずぬき」しているさいちゅう。

あとは、洗濯をした。干した。今日は、エアコンなしでもなんとかいけるかな。

自分、やんなっちゃうよ。
俺は、自分が好きだけどな。
自分が好きなんだよ。けど、もう、つかれたな。

こういう人生、なんなんだろうな?
ヘビメタ騒音にやられたときのままなんだよな。
ヘビメタ騒音にやられて、五年経ったときのままなんだよな。
ヘビメタ騒音にやられて、九年経ったときのままなんだよな。
九年経った時点で、九年間、毎日フルの音で、フルの時間の長さやられている。兄貴がうちにいて、ゆずる時間というのはない。兄貴が兄貴の用事で、自分の部屋を離れるとき以外は、ずっと鳴っている。でかい音でずっと鳴っている。ものすごく足を引っぱられる。死にたくなる。

こんな人生ないだろ。本当に、すべての時間鳴らしている。鳴らすとなれば、かならず、どでかい音で鳴らしている。

いま、曇りで、そとは、まあ、穏やかな感じなんだけど、こういう時間ですら、なんていうのかな……ヘビメタ騒音の雰囲気のままなんだよ。長い間やられすぎた。本当にすべての時間鳴らしてた。鳴らすとなったら、かならず、よそのうちでは一秒も鳴らせないようなでかい音で鳴らしていた。だから、こっちは、つねに、きちがい兄貴のヘビメタ騒音にやられてくるしかった。そとに出れば、鳴ってない時間があるわけだけど、そのあいだも憂鬱で暗い。帰ればかならず鳴っている。ドッカスカドッカスカとてつもなくでかい音で鳴らしている。鳴っている。そとに出れば鳴ってない時間があると書いたのは、たとえば、買い物に行けば、買い物に行っているあいだは、ヘビメタ騒音を聞かなくても済むわけだ。自転車でそとに出れば、自転車に乗っている時間はヘビメタ騒音が鳴ってない時間であるわけだ。けど、漕いでいるあいだずっとくるしい。ヘビメタ騒音のことで、くるしい。気持ちが重い。不安と怒りで死にたくなる。殺したくなる。どうしてもくるしかった。解放されない。ずっと鳴っているから。帰れば鳴っているわけで、帰ったその時から、どれだけ何回「ヘビメタを鳴らすな」「静かにしろ」と怒鳴り込んでも、ずーーーーーっと鳴らしている。やめてくれない。毎日毎日、何年間も何年間もそういう状態だったから、毎日毎日くるしかった。勉強することができないということもくるしかったけど、それ以外のことでもくるしかった。いまも、そとに出るときは、そのときのままなのである。その時の気持ちのままなのである。一一歳から二五歳の鳴らされていたときのままなのである。本当に、どれだけ続いたか。ずっとずっと、慣れなかったよ。あの音にはずっとずっと慣れなかったよ。鳴らされているあいだも、一日の中で鳴らされてない時間も、くるしかった。死にたくなるほどくるしかった。つねにヘビメタ騒音問題で死にたかった。

けど、事実上そうなるんだよな

冬用の毛布を洗うことにした。
これはいつも五月にやっていることなんだけど、今年は夏になるのを待っていた。しかし、どうでもいいが、むだにつかれている。どうしたもんだ。

いま、シャワーをあびた。裸でいられるから、夏は楽だ。こういう点は楽なんだよな。あ~~あ。また、夏か。なんか、去年は、一人でたこ焼きを食ったなぁ。一人で盆踊りに行って、一人でたこ焼きを食べた。意味ねぇ~~ない。つらい。全部が、ヘビメタ騒音でひっぱがえされてしまったよ。全部を遮断しなければならない状態になった。

毛布はけっこうでかくて、洗いにくい。バスタブに入れて洗うんだけど、相当にたいへん。やっぱり、裸じゃないとできない。

人付き合いもなにもかも、ヘビメタではがされて、おしまい。本当に、不可避的に孤独の道を選ぶしかなかった。選んだわけじゃない。不可避的にそうなる。ともかく、くるしい。やってられない。どうしても、くるしい。ヘビメタ騒音でどうしてもくるしい。どうやって、離脱しようとしても、むだだった。鳴ってたからな。あとは、あしかけ一五年経ったあとじゃ、手遅れだ。どれだけ言っても、一日一分ですら、やめてくれなかった。それがきちがい兄貴の足かけ一五年間の態度だから。まあ、これ、一四年と半年なんだけど。俺が二五歳の時、何月にあいつが引っ越したのかおぼえてないんだよな。まあ、一四年と数ヶ月、くるしかったな。あれ、本当は自分が火元なのに、ぜんぜん関係がないつもりでいるんだよな。そして、関係がないつもりとは、まったく関係がなく、ともかく毎日、自分がやりたい分だけは全部鳴らすということをしていた。自分が鳴らしたい分は、鳴らしていいという前提が成り立っているんだよね。で、その前提は、絶対に疑われない。どれだけなにを言われても、その前提がひっくり返ることがない。自分が鳴らしていいのはあたりまえだ、ということになっている。その部分は、きちがい兄貴にとって絶対に「問題にならない」部分なんだよ。もう、前提として自分がやりたいだけやってあたりまえというのが、頑固にあって、それで、その通りに行動している。けど、その通りに行動しているというのが、わからない。これは、文字通りわからない。本当に「やったってやってない」の世界なのである。だから、そういう気違い的な認知構造を持っているやつが横で、気違い的にデカい音で鳴らし出すと、手がつけられない。これ、よそのひとにはまったく関係がないことだけど、ひどいことだよ。これを甘く見ている人がいて、そういう人は、ぼくと対立することになる。けど、一般的な人、常識的な人は、甘く見るので、ぼくが、一般的な人、常識的な人を敵にするということになる。全部、そういうふうになっている。全部というのは、行き過ぎた一般化だと言っても、いい。けど、事実上そうなるんだよな。

2017年7月6日木曜日

ヘビメタ騒音さえなければ俺の才能でどんどん道を切り開くことができた

ヘビメタ騒音さえなければ俺の才能でどんどん道を切り開くことができたのに。ヘビメタ騒音が重すぎる。毎日毎日、ずっと、何時間も何時間もたたりやがって。どれだけくるしい日々だと思っているんだよ? 兄貴! 兄貴、おまえは本当に親父とおなじ。脳みその構造が親父とおなじ。感じ方が親父とおなじ。認識のしかたが親父とおなじ。態度が親父とおなじ。けち度が親父とおなじ。きちがい兄貴、おまえは、自分が親父にやられてくやしかったことを、そのまま態度で、俺にやり返している!! きちがい親父を追っ払って、自分の天下だと思っていた。自分が天下を取ったら、きちがいヘビメタを、親父とおなじやり方でやる。だから、「つもりがないまま」こだわりぬいて、毎分毎秒ずっとやっているのに、ぜんぜん「気がつかないまま」なんだよ。まったく悪気がなくそういうことができる。一四年間、毎日毎日、ゆずらずにやりきったら、そんなの、一日もやったことがないというような意識になってしまう。

2017年7月5日水曜日

またまた、関心がないふり

やばい。また、やばい状態になっている。もう、やばい状態になったら、すぐに眠りたいけど、そうはいかない。

洗濯をしてみたけど、そんなに元気にならないな。いまは、あの子のことを考えている。さみしいからね。けど、この「あの子」は、昔言っていたあの子じゃないんだよ。俺が三五歳の時、二〇歳だった女の人で、やっぱり、向こうから好意を持ってくれた人なんだけどさ。俺のほうは「無職だ」ということと「年齢が案外行っている」ということがばれるのがいやで、またまた、関心がないふりをしてしまった。レズというかバイセクシャルの子で、けっこう、おもしろそうな子だったんだよな。男であるぼくのことを好きになったのだからレズではないのだろうけど、まあ、バイではあるという……。ひょっとしたら、この人、本を出しているかもしれない。まあ、それはさておき「ヘビメタ騒音でボロボロの経歴・学歴」「無職」がばれるのがいやなわけ。だましてつきあうというのも、いやだった。だますというのは、たとえば、無職ではないふりをしてつきあうということだ。つきあい始めのとき、無職ではないと言って、あとで無職だということがばれるというのが、「かっこうわるくて」なんか、いやなんだよな。レズの子とか絶対おもしろそうなんだけどな。そのとき「あの子」にはすでに彼女がいたんだよ。で、その彼女とも会ってくれみたいな話があったんだけど、俺は、会わずに帰ってしまった。

いま、一人でいると、「あの時つきあっておけばよかったのかな?」みたいな気持ちになるときがある。いまなんだけど~~~。

   *     *     *

けど、いまもそうなんだけど、ぼくはヘビメタ騒音にやられて、相当にくるしい。可愛い女子と一緒にいたとしても、基本的にはヘビメタ騒音のことが頭の中をまわっているのである。なので、その女の子は、あんまりいい思いをしないかもしれない。そりゃ、どこかにいっしょに行ったのに、相手が関心のなさそうなぼやーっとした顔をしていたらいやだろ。悪気はないんだけど、関心がなさそうなというよりも……なんていうのかな??……つまんなそうな顔をしてしまう。これ、自分のことを心配してくれた、別の親友のときもそうだったんだよな。その人は、やはり、そのときは無職で、俺のことをいろいろと連れ出してくれた。いつも、向こうの車に乗って、いろいろなところに行っていた。けど、基本そういう、やさしい親友といるときも、ぼくの頭の中はヘビメタ騒音のことでいっぱいなんだよ。兄貴の気違い的な態度のことでいっぱいなんだよ。一四年と数ヶ月間続いた気違い的なヘビメタで疲労してしまって、この先、仕事ができるのかどうかで頭のなかがいっぱいだった。楽しくないわけ。気分的に……全部。これも、認知療法家やアドラー心理学好きな人は、いろいろとつっこめるところがあるんだろうけど、じゃ、その人たちが、俺とおなじ分量だけ、俺とおなじ期間の長さ、きちがいヘビメタ騒音にさらされ続けたらどうなるかというと、やはり、俺と同じような状態になってしまうと思う。もちろん、「そんなことは、させはしない」「自分だったらそんな状態になる前に問題を解決することができた(きちがい兄貴を静かにさせることができた)とか言うんだろうけど、これも……。

   *     *     *

空間が割れてる。つまんない。
横に「たましい、ぬかれちゃったような人」がいたら、あんまりおもしろくないだろ。









途中で帰ってくるのがめんどうくさくなった。

あ~、行ってきた。あの距離ですら、これか~~
途中で帰ってくるのがめんどうくさくなった。

あの距離でこうなるか?

景気づけに水着の女の子が掲載されているような雑誌を買おうかと思ったけど、実際に見たら、ぜんぜん買う気がしなかった。

ほうれん草の味噌汁、飲んでる。うまい。
けど、ドクターペッパーと交互に飲んでるから、わけわかんねぇ。

ちくしょう、なんでだろうな? こんだけ時間をむだにしているのに、アマゾンプライムで「見ようかな」と思っていたものを見る時間がもったいなく感じる。これ、だから、見れない。

もう、ぼくはじゅうぶん生きたのかな? 本当、くるしいだけだったな。ヘビメタ騒音がはじまってから、人間関係も含めて、くるしいだけだった。いや、くるしいだけではなかったか。たのしいこともあった。あったけど、ヘビメタ騒音で汚染されている生活だから、たのしさが、く・も・る。ヘビメタ騒音で楽しさが曇る。なんて言うの? 病気で苦しいのだけど、友達が見舞いに来てくれたから、一時的に楽しかったみたいな感じになる。いや、ちょっと違うか? ……ともかく、汚染されているんだよね。そりゃ、まだあの頃は、親友や友達がいて、いろいろなことをして楽しかったけどさ。けど、その頃からやはり、ヘビメタ騒音の汚染がある。家に帰れば、激しくヘビメタが鳴っているわけだから。午後一一時まで、鳴りやまないわけだから。本当、どうして、うちの真ん前が、でかい幼稚園なんだろうな。幼稚園の夜なんて、誰も人がいない。他の家も、わりと離れているんだよな。あれ、うちが団地だったら、きちがい兄貴も、あの音で鳴らすということはできなかったんだろうな。「うち」だから、やれたんだよな。で、他人にぼくがヘビメタ騒音のことを説明したとしよう。その場合、うるさい音で鳴ってたんだなということは、つたわる。けど、鳴っている、あの状態はつたわらない。うちにいるあいだじゅうずっと鳴らされる。こっちが、試験でもなんでも。本当に、ずーーーっとだから。休みの日なんて、朝からずっと鳴っている。くるしい。そして、それが、何年も何年も、毎日毎日、ずっと続いた。だから、くるしい。

その場合、なんて言うのかな? 認知心理学のなかでよくいわれることややアドラー心理学のなかでよくいわれることは、建前のキレイゴトのようにひびくんだよな。気違いが横にいて、ガンガン鳴らしていたら、どんなことになるかわかってない。建前やキレイゴトなんて吹っ飛んじゃうんだぞ。本当に、気違い的な意地でやる。そして、気違い的な意地で「やった」といこうとを否定する。否認する。そういう気違い的な他者が「うちの人間」である場合の話しというのは、その建前やキレイゴトのなかにはない。

2017年7月4日火曜日

いっしょに住んでいる人は一発でわかるから。

なにもやってないつもりで、ずっと鳴らしやがって!!!
くるしかったぞ!!!くるしかったぞ!!!
いま、午後八時三五分。
きちがい兄貴がヘビメタを鳴らしていて絶対に、やめてくれなかった時間だ。午後七時一〇分から午後七時四〇分までの休憩はぬいて、午後八時三五分の時点で四時間〇五分間鳴らしている。その、四時間〇五分のあいだ、……どの時点で「ヘビメタをやめてくれ」「ヘッドホンをしてくれ」と言っても、絶対的な虫で無視して、頑固に鳴らしてた。一分間ちゃんと、ヘッドホンをつけて鳴らすということがない。一分間ちゃんと、鳴らさないで静かにしてくれるということがない。これが、兄貴の三六五日の態度だ。一年中ずっと、毎日、こういう態度だ。鳴らしているときは、ずっとこういう態度で鳴らしていた。だから、鳴らしているのに、本人は、まったく鳴らしてないつもりだったらしい。耳が聞こえるのに、あれだけでかい音で鳴らして、「たいして鳴らしてないつもり」だったり「そんなんじゃないつもり」だったりするのは、頭がおかしい。じゃあ、頭がおかしければ、そうしていいかというと、それはだめだ。「頭がおかしいのであればしかたがない」と頭がおかしい人の人権ばかり気にする人がいる。やられたやつのことはまったく考えてない。こいつらも、頭がおかしいと思う。

これ、今日は七月〇四日で、一学期の期末試験前だ。早帰りで午後二時に兄貴が家に帰ってきたとすると、午後二時から、はじまる。午後八時三五分の時点で、六時間〇五分鳴っていることになる。どれだけ「試験だからやめろ」「鳴らすな」と言っても、親父のような頑固な態度で否定し、はねのけて、頑固に頑固に、鳴らした。エレキギターとステレオに執着して、絶対に、自分が満足できるでかい音で鳴らした。あの音がでかくないと思っているところが、おかしい。いま住んでいるところで、あの音のでかさで、鳴らしてみろ。いっしょに住んでいる人は一発でわかるから。

きちがい兄貴は意識してないかもしれないけど、しらばっくれ方が親父とおなじだぞ。そっくり。きちがい兄貴は、意識してないけど否定のしかたが親父とおなじだぞ。きちがい兄貴は、意識してないけど、こだわりかたが親父とおなじだぞ。兄貴は、意識してないけど、頑固さが親父とおなじだぞ。やっているときは、絶対に「言うことを聞かない」。やっているときは、命がけでやって、殺さなければ絶対にやめないという、意地でやる。やりきる。親父が、使えないハンダゴテを大丈夫だ大丈夫だと言って押し付けたように、兄貴は、ヘビメタ騒音を大丈夫だ大丈夫だと言って、押し付けた。これも、ぜんぜんわかってないだろ。ヘビメタが一〇時間鳴っている日は、ハンダゴテ事件を六〇回押し付けられているのとおなじなんだよ。ハンダゴテのことで、親父と話しているあいだ、どれだけ、怒ってたんだよ? 親父も怒ってたけど、あまりにも話が通じないから、きちがい兄貴が怒っていた。親父の否認で、どれだけ頭にきてたんだよ? そういう思いをずっとさせているんだよ!! 騒音つきで!!!


2017年7月3日月曜日

ヘビメタ騒音で、はずれた人たちからも、はずれてしまう

一分ぐらい前まで相当にやばい状態だった。なんとか、カーテンを開けて、サプリを飲んで、動けるようになった。やばいやばい。本当に、やる気がないんだよ。やばい。まずい。かなりやばい。うー、これ……だけど……状態自体はあんまり変わらないんだよな。そこそこ動けるときと、まったく動けないときの状態があまり変わらない。客観的に見ても主観的に見ても、まったく動けない方にスイッチが入りやすくなっている。

とりあえず、洗濯!!!
洗濯して、シャワーでも浴びるか?
つかれたのと、やる気がないのが、ゴッチャになって、めちゃくちゃな感じになる。しずむ……しずむ……どこまでも、しずむ。まじ、やばかったな。

phaさんの出た番組をネットでちょーーーっとだけ視た。合計で三分ぐらいしか視てないんだけど「俺、アンコウとかスッポンとか、だめだ」……というようなことしか感じなかった。「そこじゃないだろ」って感じだろうけど。

けど、まあ、そういうことは、どうでもよくて、……なんて言うのかな?……ともかく、エネルギー不足。やる気がしない。

   *     *     *

ヘビメタ騒音で、はずれた人たちからも、はずれてしまう。ヘビメタ騒音で、普通の社会からも、普通の社会からはずれた人たちのコミュニティーからもはずれてしまう。あくまでも、ヘビメタ騒音で!な。ここらへん誤解している人たちがいるかもしれないけど、ぼくはヘビメタ騒音六年目までは、普通にやってた。表面的には! ヘビメタ騒音が一日で鳴りやんだのであれば、ぼくは普通の社会からはずれなかっただろうし、もしはずれたとしても、はずれた人たちからは、はずれなかった。








2017年7月2日日曜日

ああ、空は小学二年生の頃とかわかってないのに

また、自動販売機に行って来る~~
あ~~あ。俺はなにをやっているんだろ?
これじゃ、本当に二〇歳のときとおなじだよな。
俺は本当になにをやってきたんだ??

   *     *     *

買ってきた~~

傘を持って出てよかった。
向こうの空は晴れているのに雨が降っている。
とちゅうで、バイク人に挨拶されたので、挨拶しておいた。(ぼくが、道をゆずった感じになる。)

ああ、空は小学二年生の頃とかわかってないのに。こんな状態ですごしているとは思わなかったな。俺が中年になるとは……。しかも、独り者でずっとすごしているとは……。想像することすらできなかったな。きちがいヘビメタがはじまってから、むちゃくちゃ。人として当然のことができなくなった。ヘビメタ騒音がはじまってから、俺の社会的な状態も(対外的な状態)も、俺の心身の状態(内部環境に関しても)めちゃくちゃ。

   *     *     *

あ~~つまんない。
これからできることってなんだ?
ヘビメタ騒音で現実が走馬燈のようなのだが……。現実のほうが、悪夢。走馬燈。悪い走馬燈。ニセの人生。嘘の人生。仮想世界の人生。あり得ない人生。ヘビメタ騒音という要素がなかったら俺の人生は完全にかわっていた。どうしても、ゆるせない。どうしても、くるしい。いまもくるしい。はじまってから、ずっとくるしい。だれにもわからないのだろうけど、くるしい。言いようがない。やっぱり、この世のほうが悪い仮想世界だよな。ヘビメタが鳴らなかった人生のほうが本来の人生だ。本当の人生だ。この人生はぼくの人生じゃない。

「まさかそんな意地で鳴らしている」とは思わない

きちがい兄貴は、いまだに、ぼくが言っていることを認めてない。兄貴が結婚してから二五年経つけど、二五年間のあいだ「静かにしてやった」「そんなにでかい音で慣らしてない」と嘘をついているのだ。そういう基本的なことを認めないで、「納得できるようなヒトコト」を言うなんてことはできるわけがないと思うけど、いかがか?

これ、本当頭がおかしいよ。ぼくが言っているようなでかい音で、ぼくが言っているように、普段も試験期間中もずっとずっと、一分もゆずらないでヘビメタを鳴らしたということを、認めたらどうなんだよ?

きちがい兄貴のいまの態度は、きちがい兄貴が鳴らしていたときの態度とさしてかわりがない。そういうやり方で、頑固にすべての時間、一分もゆずらないで鳴らしてきたのがきちがい兄貴だ。

こういうことがわかってないというのがおかしい。カオ君という人がいるのだけど、このひとは、兄貴の友達だ。そして、兄貴とおなじようにヘビメタが大好きなのである。その人が、うちにきたときわずか一分で「こんな、でかい音で鳴らして家族の人は大丈夫なの?」と思うようなでかい音で慣らして、ぜんぜん、気にしなかったのが兄貴だ。俺からどれだけ注意されても「大丈夫」な「つもり」だったのだ。

その「つもり」は、こっちがどれだけしつこいっても、壊れない。こういうところが、親父そっくりなんだよ。親父のやり方で、ヘビメタの意地を通した。で、一旦意地を通すとなると、なんて言うのかな? 普段二四時間中二四時間そういうモード、そういう意識、そういう認識で暮らすわけで、例外なく意地を通して、自分がやりたいことをする。

自分がやりたいことというのは、この場合、自分が思ったとおりの「でかい」音でヘビメタを鳴らすということと、自分が思ったとおりのでかい音でエレキギターの練習をするということだ。

で、それは、兄貴が「うち」で生きている限り、どれだけなにを言われても、かわらない。兄貴は、ハンダゴテで、親父にひどい目に遭わされているけど、兄貴のやり方というのが親父のやり方とおなじなんだよ。

普通ならひとこと言えばわかることが、何万回言われてもわからない。言われているときに、本人が怒ったら、それでおしまい。あとは、なにを言っても通じない。

で、本人は「やってやった」つもりになっている。これも、意地悪としかいいようがない態度なのだけど、本人は、意地悪をしているつもりがないのだ。本当に「やってやった」と思っている。本当はやってないのだけど、「やってやったつもりに」なっている。

こういう構造が本当におかしい。頭がおかしくなければ、芝居ではできないことなんだよ。

けど、「よそのうち」では、やらないわけだよ。それこと、一日一分だって一秒だってやらない。だから、本当は、自分がやっていることがまずいことだということは、わかっているのではないかと思う。

けど、それは、無意識的にわかっているだけで、意識的には本当にわかってないのだ。「よそのうちにいるか」「うちにいるか」という根本的なスイッチがあって、そのスイッチが入っているかどうかが、行為の善悪よりもずっとたいせつなのだ。「うちにいるかぎり」その行為は、きちがい兄貴とって「善い行為」なのである。だから、どれだけなにを言っても聞かない。

よその人は、俺がヘビメタ騒音で困っているということを言っても、「まさかそんな意地で鳴らしている」とは思わない。兄貴の性格がおかしいということがわからない。兄貴のヘビメタ騒音に関する認知・認識がおかしいということに気がつかない。

だから、「いっくら鳴らすたってそんなにならしてないんだろ」とか「そんな人いるのかな?」なんて言ってくる。こんなの、きちがい兄貴が「うち」で鳴らしているときに、ぼくの部屋にいれば、一発でわかることなのに。まあ、よその人を兄貴の部屋に連れて行って、それで「鳴らすな」と言ったら、その場合はどういう態度になるのか、わからない。ひょっとしたら、本当に静かにするかもしれない。けど、よその人が帰ってしまったら、普段通りに鳴らすと思う。だから、よその人が、いっしょに住んでくれないと意味がないんだよな。

2017年7月1日土曜日

「納得できるようなひとこと」があるわけがないでしょ

ヘビメタ騒音が毎日続いていると、数千日後にはどういう状態になるか、経験した人がない人のほうが多い。ぼく以外の人で経験したことがある人はほとんどいない状態だ。で、おなじ状況でも、相手の態度などで話は違ってくると思う。相手の態度なども含めて、ぼくとおなじぐらい騒音を経験した人じゃないと、たぶん本当のところはわからないのだろう。というわけで、ぼくがどれだけ語ってもむだなんだけど、やはり、語らずにはおれないのである。書いて残さなければ、死んでも死にきれない。ぼくにとってヘビメタ騒音体験というのは、そういうものなのである。むだだとは思うけど、きちがい兄貴みたいな感じでステレオを鳴らしている人は本当にやめたほうがいい。まあ、きちがい兄貴にしたって、いま住んでいるところでは一分も鳴らせない状態だ。「よそ」の人に囲まれると、そういうことになる。新しい家族には気を遣って、ヘッドホンをしてならしているのである。だから、新しい家族は、きちがい兄貴がどのくらいの音で鳴らしていたのか、知らない。だから、兄貴の嫁さんは「納得できるようなひとことを言ってあげて」など兄貴に言うのだ。そんな言葉があるわけがないでしょ。一四年間の行為が問題なんだよ。きちがい兄貴なんて、入試だろうがなんだろうが、一日に一四時間鳴らせるなら、一四時間全部鳴らして、一分もゆずってやらない状態だったのだ。そういう一日が一四年と数ヶ月間続いて、いま現在ぼくが睡眠障害や易疲労性で悩んでいるのに、「納得できるようなひとこと」があるわけがないでしょ。どうして、そういうことがわからないのか? これ、騒音の問題だと、騒音がうるさいということだけだと思ってしまう人間がいる。そうじゃない。一日のうち、六時間四〇分以上、どでかい騒音を聞かされるということは、騒音の問題じゃなくて、生活の問題なんだ。そして、それが毎日毎日、一年三六五日中三六五日続くなら、それは、人生の問題になってしまうのである。

   *     *     *
タイムマシンで過去に戻って、当時の兄貴を羽交い締めにして、その後最低でも一四年間、一切合切ヘビメタを鳴らさないようにしてくれるなら、納得できるけど、そういうことができない限り、納得できるようなことじゃないんだよ。兄貴はぜんぜん気がついてないけど、よそでは、普通に静かにしている。どうして、うちでは、静かにできないのか?
そして、兄貴はまったくわかってないけど、気違い兄貴が鳴らした音はでかすぎる。この、「でかすぎる」ということを認めずに、ずっと鳴らした。そして、いまも、うちでやったことに関しては、認めてない状態ないのである。こんな不誠実なやつを、ゆるせるわけがないだろ。どうして、よそのうちでやっているように、毎日、鳴らすときは「ヘッドホンする」ということをしなかったのか? これ、説明できるのかよ? 兄貴!! 説明できないだろ。弟なら、うちの人間なら、自分の犠牲になったっていいと考えてたんだよ。自分がやりたいことをやるというのが、最優先で、やりたいことができなくなるようなことは、どれだけ明らかなことでも一切合切、毎日毎日、長年にわたって、認めなかった。

きちがい兄貴だって、他の音を、あの音のでかさで鳴らされたら、一〇分で腹を立てる。腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。「うるさい、うるさいうるさい」と鳴っているあいだじゅう、思っているような状態になる。自分がヘビメタにこって、ヘビメタ鳴らしているから、「こんなのたいした音じゃない」と思っていただけだ。そして、いまも、「たいした音じゃない」と思っているのである。だったら、いま住んでいるところで、当時とおなじ音で鳴らしてみろ。一分間で、ものすごくでかい音だということが、兄貴の嫁さんや家族にわかるから。ともかく、うちでは、「なんだろうが、自分が思ったとおりに鳴らしていい」と最初に決め付けてしまって、一切合切認めなかった。

きちがい兄貴にしたって、他の音が、あの音のでかさで、ずっと鳴っていたら、困っていたと思うよ。たとえば、親父がへんな宗教に凝って、かならず、横の部屋!!でずっと太鼓を鳴らしているという状態だったら、どう思うんだよ? 兄貴はどう思うんだよ? 下の部屋じゃなくて、真横の部屋だからな。

本当に、しらばっくれて。どれだけ、言ったと思っているんだよ?


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。