2017年12月29日金曜日

「ゆずってやった」「ゆずってやった」「ゆずってやった」

とりあえず、ひげを剃った。



そして、シンクの掃除をやった。



そして、軽く洗濯をした。(あんまり量は多くないし、これから風呂に入るので、どのみち洗濯物は出る)







それにしても、午後三時とか、ヘビメタ騒音が鳴っている雰囲気がする。あとは、午後三時ではないけど、あそこのところを通るときに、彼奴が座っている感じがする。座っているときの記憶がある。その時は、こたつだったので、いまみたいなテーブルに椅子ではないのだけど、まあ、年末の午後七時一二分ありは、あそこの部屋に、気違い兄貴がいたわけだ。ふんぞりかえって座りやがって。どれだけ、冬休みのあいだヘビメタを一切合切鳴らすな」というとを言っても、気違い兄貴が無視して、聞かなかった。これ、気違い兄貴が、下の部屋にいる時間というのはめちゃくちゃに短い。ずっと、基地が兄貴の部屋で、ヘビメタを鳴らしている。エレキギターをかき鳴らしながら、でかい音でヘビメタを鳴らしている。エレキギターのアンプ付きスピーカーだって、めちゃくちゃにでかい音で鳴っていたわけで、ほんとうに、絶対に静かにしてくれなかった。兄貴が兄貴の部屋にいて、エレキギターをかき鳴らしているとき、どれだけ、「やめろ」と言っても、一分だってやめてくれたことがない。冬休み期間中は、朝の九時一五分から、夜の一一時一〇分まで鳴らすわけで、そのあいだ、静かな時間は、気違い兄貴が飯を食う時間と、風呂に入っている時間だけだ。風呂から出たらすぐに鳴らす。もう、毎日決まっていたわけで、やめさせることができなかった。フルに一〇〇%の時間「やるのがあたりまえ」で、中断して静かにしてやるなんていう時間は一分もなかった。風呂に入るときなど、自分がどうしてもヘビメタ道具の前から離れなければならないわずかな時間を抜かして、ずっと、毎日やっていた。だから、やっていたのに、いまになれば「静かにしてやった」だ。「そんなに鳴らしてない」とか言い出す。いまになればな!!

それは、よその人から「鳴らしていたのか?」と聞かれるからそういうふうに言っているだけで、気違い兄貴が、「うちにいたとき」どれだけ、話しかけても、首を縦に振らなかったんだよ。「静かにしてくれ」と言われて、ほんとうに静かにしたことが一分もない。

そういうあしかけ一五年間毎日なんだよ。一日だけ例外があるけど、その例外的な一日をのぞいて、ほんとうに、一日に一分も静かにしてくれなかったのが、気違い兄貴だ。毎日、一分だって、静かにしてやらなかったのが気違い兄貴だ。居間にいる……つまり下の部屋にいるわずかな時間……「やめてくれ」「静かにしてくれ」と話しかけたのに、一切合切口を利いてくれなかったのが、気違い兄貴だ。気違い親父とおなじように、目を三角にして無視だ。

自分にとって都合が悪いことを言われたら、腹を立てる。腹を立てて無視だ。それが、毎日の態度なんだよ。「知らなかった」とか、嘘だから。けど、気違いだから、「嘘をついているつもりがない」んだよな。それも親父とおなじなんだよ。

だから、本人は、本当に静かにしてやったつもりでいる。譲歩してやったつもりでいる。頭がおかしいからそういう基準で考えられる。ほんとうに自分が一分でも我慢しなければならないことを言われたら、目を三角にして、真っ赤な顔をして、一切合切口を利かなかったのが!!気違い兄貴だ。それに相違ないのである。

で、そういう毎日の記憶しかない。うちの記憶がそういう毎日の記憶でしかない。そういう毎日である以上、外に出ても、帰ったら鳴っている状態なのである。ぜんぜん、問題が解決しない。ヘビメタ騒音のなかで「外に出るしたくをして」ヘビメタ騒音が鳴っている中、ドアを開けて、外の門を開けて出ることになる。その時の、「ひきさかれんばかりの」の気持ちといったらない。ない。ない。

もう、切れている。で、いまも実は、外に出る支度をしているとき、そういう気持ちなのである。もう、一五年やられたら……若いときというか、小学生のころから一五年間毎日そういうことをやられたら、日常の光景に記憶がこびりついて消えない。そういう時の気分のまま生きている。気違い兄貴だって、いまだに、「否定している」んだぞ。やっているときの意地と否定しているときの意地がおなじ。

そういう意地でやってたんだよ」と言いたくなる。あとは、全部無視だからな。自分が無視してやったことは、どれだけやったってやったことにならないんだよ。一分もやったことにならないんだよ。いつも!!!そういうモードでやっている。一日中そういうモードなんだよ。だから、一日中そういうモードでやっている。

だから、一日中そういうモードでやったことは……意地になって意地になってやったことは、……実はまったくやったことじゃないということになっている。都合良く!! もちろん、記憶喪失とか認知症じゃないんだよ。けど、自分外字になってやったことは、やったと認めない。それはおなじしくみが成り立っているからずっと否定することになる。認められないということになる。やっているときは、一日中、そういうモードでやってたんだよ。ようするに、否定モードでやっていた。

だから、おなじなんだよ。やっているときのモードと否定しているときのモードがおなじ。全部おなじ。全部おなじしくみ。全部おなじ態度。

だから、どこまで行っても終わらない。これは、気違い親父がやり出したことなんだよ。だから、うちでは!!!それであたりまえだった。うちでは「気違いが意地を通せば、それで、ずっとやっていてもいい」ということになっていた。気違いにとってみれば、絶対にゆずらないで押し通すけど、それは同時に「やったってやってないこと」だから気にしなくていいことであり、実際に気にならない。

そして、気違いが否定すれば、どれだけやったって、……毎日、どれだけやったって……やってないことになってしまう。本人が「やってないつもりでやれば」どれだけやったってやってないのとおなじなのである。本人にとっては。

だから、まったくなにも悪いと思ってないんだよ。じゃあ、やっているときに「やめてくれ」と言われたら相手がいやがっているということがわかって、やめてやるのかといったら、それは、もう絶対にない。一秒だってない。

そこで、「ゆずる」ということは、絶対にないんだよ。けど、本人は、「ゆずってくれなかった」と後で言われたらその途端に、「ゆずってやった」「ゆずってやった」「ゆずってやった」と言い出す。その時はそのときで「ゆずってやったつもりになってまう」のである。「ゆずりかた」が「気違い」なんだよ。あんなの、意地悪でしかない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。