2017年12月18日月曜日

「決心することでどんな病気も治る」

風呂がたけた頃だ。

貧乏、仕事系のリアルな記事を読んだらちょっと、意気消沈。



まあ、いいや。



このあいだ片付けたときに出てきた……グリソディンを飲んだ。一カプセル。これは、このボトルをあけたら、もう買わない。グリソディン、ピクノジェノール、半夏厚朴湯、ローズヒップティー、セントジョーンズワート、いろいろ買ったなぁ。ヘビメタ騒音にかんしては、これはあんまり効かない。なんとか、体調不良をどうにかしたかったんだけどな。「つかれやすさ」はあんまりかわらなかったな。ピクノジェノールと半夏厚朴湯は、わずかに効いた感じがするけど、なんて言うのかな……ヘビメタ騒音の影響のほうが大きくて、強烈な効果は感じられなかった。メラトニンは、六ヶ月ぐらい、ものすごく効いた。これは、睡眠系のことだけどな。効果が持続してくれれば良かったのになぁ。だんだん効かなくなって、一年目あたりから、効かなくなってしまった。まあ、量を増やしたり、リリースに時間差があるカプセルのものを飲んだりといろいろしたけど、慣れちゃうと、効かなくなってくるんだよな。ヘビメタ騒音さえなければ、こんなサプリは飲まなくていいのに……。ほんとう、ヘビメタ騒音を押しつけられた。そりゃ、鳴っているのだからそうだろ。どれだけ言っても鳴っているのだからそうだろ。スピ系の人は、集合名詞を使って……引き寄せたと言っているけど、失礼だよ。おまえ、あれ、どれだけくるしいか。隣に気違いが住んでいて、その気違いがヘビメタを鳴らすことに命をかけていたら、こまるだろ。俺はその当時、子供だったんだよ。俺だけ引っ越すわけにはいなかったんだよ。スピ系の人たちやいかさま心理学系の人たちは、なんて言うのかな……集合的な名詞を使ってわりとひどいことを言っている。ただ、なんて言うのかな? 彼らにとって具体的な誤診というのは、最初から頭にないので、別にひどいことを言っているつもりはないんだよ。それに、本人がポジティブにそう考えているだけだとするなら、問題はない。けど、本人が本人に対して適応されるルールについて語っているのではなくて、本人が「人類」に対して適応されるルールについて語っているので、実は、他人のことも言っている。けど、人類すべてに適応されるルールについて語っているのだという明確な意識がないんだよな。「すべてはこうだ」「人類はこうだ」「病気の人はこうだ」と決めつけたがる。そうなると、「そうではない人」が不当に侮辱されたことになる。けど、まあ、「そうではない人」は侮辱されたということをあんまりうまく表現ができない。それは、言っている方……人類について語っているほうが、自分について語っているのか、人類について語っているのかあまり意識してないからだ。ほんとうは「あんた」のことについても語っているのだけど、「自分はこう思う」「自分はこう思って行動している」ということを言い出すからだ。

たとえば、あるスピ系の人が「病気の人は、病気を引き寄せた」と言ったとする。とりあえず、あるスピ系の人のことをAさんということにしておこう。Aさんは、「病気の人は病気を引き寄せた」という前に、いかにも病気を引き寄せたような人について語る。たとえば、暴飲暴食をして、生活習慣病になったような人のケースについて語る。あるいは、いつも病気のことを気にしていて、病気になってしまうのではないか病気になってしまうのではないかと気にしている人が病気になったというケースについて語る。で、このふたつのケースを語ったあと、「だから、病気の人は病気を引き寄せた」と言ってしまう。そりゃ、暴飲暴食をして生活習慣病になった人は、「病気を引き寄せた」と言える。しかし、「そうではない人」もいるということが、無視されている。何度も言うけど、「一例」から「普遍的な真理」へと跳躍してしまう。



たとえば、遺伝的に糖尿病になりやすい人がいる。この人たちは、特に不摂生なことをしてなくても、糖尿病になってしまう場合がある。その場合、特に不摂生なことをしてないのに、「不摂生なことをして、糖尿病になった」と言うことができるかというとできない。できないのだから、言わない方がいいのだけど、Aさんみたいな人はそういうふうに言う。ようするに、不摂生で糖尿病になった人と、遺伝的に糖尿病になりやすい人を区別しない。これは、事前に区別しておく必要がある。そして、遺伝的に糖尿病になりやすい人が糖尿病になった場合は、かならずしも、不摂生で糖尿病になったわけではないので、「あなたも不摂生で糖尿病になった」と言うことは、失礼なことなのである。けど、Aさんみたいな人は、「病気の人は病気を引き寄せた」と考えるわけであるから、当然、遺伝的に糖尿病になりやすい人も、不摂生で糖尿病になった人もおなじだと考えてしまうのである。Aさんにしてみれば、糖尿病になった人は、糖尿病を引き寄せてしまったのである。そして、引き寄せた糖尿病が治らないのは、病気を追い出す決心をしてないから、なのである。この場合、結果がすべてだから、「決心をした」と言ってもむだだ。その病気にかかった人が、病気を追い出す決心をしても、いま現在病気なら、「病気を追い出そうとしてない」と言われてしまうのだ。Aさんにしてみれば、その人がいま現在その病気であることが、その人が本気で!病気を追い出そうとしてないということの証明になってしまう。本気で病気を追い出そうとしたら、病気はかならず追い出される(治る)のである。そうでないなら、そうしてないということになる。



それじゃ、どうして、Aさんみたいな人がうけるのかというと、「病気を治したいとみんなが思っているから」だ。思うだけで病気が治るならこんないいことはない。本気で追い出そうと「決心」するだけで病気が治るなら、こんないいことはない。(治らなかった人は、どれだけ決心をしていても、決心なんてしてないひとになってまうんだけどな……Aさんにとっては)。



実際に、アファメーションや決心が、免疫力を上げる場合がある。だから、治ってしまう場合もある。その場合は、そのひとにとっては「決心」で病気が治るということになるのだけど、これも、演繹のしかたがへたくそだと、「どんな病気も治る」というような間違った結論を導き出すようになる。

1)「決心することで、自分はこの病気が治った」→「決心をすれば、どんなひともこの病気が治る」。

2)「決心することで、自分は子の病気が治った」→「決心することでどんな病気も治る」。

1)の演繹も2)の演繹も間違っている。なので、間違っている。

決心をすることで免疫力があがって病気が治る場合もあるけど、それは、ひとつのファクターにすぎない。病気には他のファクターも影響を与えている。絶対的なファクターではないから、決心をすることで免疫力があがって病気が治る場合と、決心をして免疫力が上がったにかもかわらず病気が治らない場合が出てくる。だから、決心をすれば、かならず病気が治るとは言えない。「決心」「こころの持ちよう」は重要なファクターであるけど、ひとつのファクターにすぎない。

これは、わかりにくいかもしれないけど、「死なない」「不死」ということについて考えてみればわかる。「自分は死なない」と決心すれば、永遠に生きることができるか? Aさんみたいな人にしてみれば、「決心」するだけで、永遠に生きられるのである。けど、実際には老化というようなファクターがあるので、決心したにもかかわらず、死んでしまう場合がある。老化というファクターと決心で免疫力が上がるというファクターが両方とも作用しているので、常に決心のほうが影響を与えるというわけではない。決心をしても二〇〇年以内にはたいていの人は死ぬ。公式的な記録では、二〇〇年生きている人はいない。将来、二〇〇歳をこえる人が出てくる可能性は否定しない。けど、さまざまなファクターが影響しているので、「決心」だけが寿命に影響を与えているわけではないというのは、わかるだろう。病気の場合もそれとおなじだ。たしかに、「決心」は重要なファクターだけど、それだけではない。他の法則も機能している。「決心」だけが重要なファクターであると言うことはできない。

なので、「病気を追い出すという決心をすれば、病気は治る」ということは、成り立つケースと成り立たないケースがある。成り立たないケースの人に対して「病気を追い出すという決心をすればいい」「治らないのであれば、本気で決心してない(本気で決心しないからいつまでも病気なんだ)」と言うことは、以上の理由で、不適切なことだと思う。












わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。