2018年1月14日日曜日

精神異常者が「親」であった場合は、一般論は成り立たない

簡単にいっておく。すべては自己責任だ」という考え方は間違っている。私は「すべては自己責任ではない」ということを言っているわけではない。自己責任である場合もあるし、自己責任ではない場合もある」と言いたい。



それから、すべては自己責任だといった場合、自分以外のひとについても、言及している。Aさん、Bさん、Cさんがいるとする。その場合、Aさんの身の上に起こったことは、すべて!Aさんの責任なのである。Bさんの身の上に起こったことは、すべて!Bさんの責任なのである。



これは、「すべては自己責任だ」と考えている人から見れば、そういうふうに見えるということで、べつに、私が、Aさんに起こったことは、すべてAさんの責任だと考えているというわけではない。



「すべては自己責任だ」と考えている人から見れば、あなたの身の上に起こったことは、すべてあなたの責任なのである。だから、「すべては自己責任だ」と考えている人は、自分のことについてだけ言及しているというわけではない。「自分の身の上に起きたことはすべて自分の責任だ」と考えているだけではないのである。



かならず、他の人のことについても言及しいてる。



他人の身の上に起こったことは、すべてのその他人の責任だと考えていると言うことを、表明しているのである。これは、自分の身に起こったことはすべて自分の責任だと考えているだけではないこと言うことを、意味している。



しかし、「すべては自己責任だ」と常日頃からいう 人は、このちがいを軽視する。あるいは、ちがいを完全に無視してしまう。発話者が「自分の身の上に起こったことはすべて自分の責任だ」と言う場合と、発話者が「他の人の身の上に起こったことはすべてその他人の責任だ」と言う場合は、意味が違う。



ちがうけど、「すべては自己責任だ」と考えている人は、この両者を区別せず、適当に、使い分けている。



要するに、「すべては自己責任だ」というおなじ文字列でちがった事柄について語っているのである。おなじ文字列なので、普通の人にはどっちのことを言っているのかわからない。言っている本人ですら、適当に、その都度、別の意味をこめて(おなじ文字列)を使っているので、両者のちがいについてあんまり考えてないのだろう。しかし、おなじ文字列を使うにしろ、そこにこめられている意味がまったくちがうということは、意識しておかなければならない。



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自分の行為に対する他人の反応と言うことを考えた場合、他人というのが精神異常者であった場合と、健常者であった場合はちがう。そもそも、反応がちがうのだから、一般論は、相手が精神異常者であった場合は成り立たない。精神異常者が「親」であることもある。なので、精神異常者が「親」であった場合は、一般論は成り立たない。けど、精神世界の人は、それこそ、「すべてこうだ」と言い切る人が多いので、精神異常者にやられた「子供」を精神的に追い込むことがある。

たとえば、「ほめれば、相手は喜ぶ。喜んだ相手の反応が、自分の自己イメージ作る」……というのは、一般論としては正しい。しかし、親が精神異常者である場合は、ちがう反応を返すので、一般論のなかで語られるようなことにはならない。「よいことをすればよいことが返ってくる」ということも、親が精神異常者である場合は成り立たない。



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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。