2018年1月15日月曜日

「認めたら、死ぬ」というレベルで認めない

寝る前は、「ノート術」とか「やりたいことリスト」のことを調べていたのだけど、起きたら……



もう、かんけいねぇ~~~



の世界だ。



まあ、やりたいことスリトに関しては、調べてもいたけど、実際にちょっと書いてみた。



起きた途端にヘビメタ騒音の記憶がよみがえるんだよな。ちなみに、いまは、朝方に寝る状態なんだけど、朝の雰囲気がヘビメタ騒音連続期の朝の状態だ。あれで、「憂鬱になるな」というほうが無理だ。ほんとうにこれ、繰り返し繰り返し、ずっと、毎日、夜の一一時一一分まで、自分が嫌いな音にずっと何時間も何時間もさらされてみな。だれだって、朝がつらくなる。つらいなんてもんじゃないんだよな。あれ、数千日続いて、俺のからだにきざまれているよ。けど、ぼく以外のひとは、そういうことをやられたことがない人なので……経験したことがない人なので……自分の経験にあわせて、想像で、それを判断する。「自分だって、朝がつらいときがある」と思うわけだ。けど、それは、ちがうんだよ。ぼくだって、ヘビメタ騒音以前に、そういうときがあった。「つらい朝」があった。けど、質的にちがう。「自分だって、朝がつらいときがある」のあとには、「けど、がんばって起きて働いている」が続き、そのあとには「だから、起きれないなんて甘えたことを言ってないでおまえも働け」が続く。けど、ぜんぜん経験したことがちがう。俺とおなじ経験をしたあとに、そういうことを言え!と言いたくなる。けど、これを実際に言うと、ほとんどの「相手」は怒った。あるいは、不愉快な気分になるみたいなのだ。「相手」のほうが失礼なことを先に言っていると思う。ほんとうに「腹を立てる必要がない」のである。けど、経験をした人は……ぼく……ひとりで、他の人は経験してないわけだから、多勢に無勢というところがある。その人は、自分の想像と判断が間違っているということを言われて、腹を立てているわけだから、……俺としては、どうしようもない。実際に、間違っているわけだから。そういうものじゃない。相手の騒動と判断を熟慮しても、そういうものじゃないと言っているんだよ。こっちは。

   *   *   *
俺が高校を落ちているとき、クラスのやつらにバカにされたんだよ。バカにされたと言うよりも、「エイリがサボってだめだめだ」みたいな感じのことを言われた。

気違い兄貴、おまえ、ほんとうに「ハンダゴテ」事件どころじゃないから。気違い兄貴の頑固さで、俺は、気違い兄貴の騒音と、世間の常識の板挟みで、困り続けたよ。

それは、やっぱり、ハンダゴテ事件とよく似ている。「そんなの言ってわからないわけがない」「家族なのだから話し合えばどうにかなるはずだ」なんて、言われるんだよ。小学生でも一目見て、「使えないハンダゴテだ」ということがわかるのに、どれだけ言っても、わからない。親父はわからない。わからなかった。

で、学校に持っていくしかないのだけど、持っていったら、「こんなの使えるわけがないのに、そんなこともわからないのか」ということを言われるわけだよ。「そんなのは知っている。けど、親父に言ったら、使える!!!使える!!! ダイジョウブダ!!ダイジョウブダ!!と言って、聞かなかった」と兄貴が言うだろ。そうすると、大人なのに、理解できない人がいるわけがないと「よその人」は思うわけだよ。

だから、「おまえの言い方が悪かったんじゃないか」と言われる。どれだけ、正確にちゃんと言っても、気違い親父は、わからない。わかったら、金を出さなければならないことになる。親父だって、金を出したくないという無意識がなければ、わかることなんだよ。

けど、金を出したくないという無意識がある以上は、どれだけなにを言われても、一目見ればわかることでも、命がけで否定して、認めない。認めてしまったら、金を出さなければならなくなる。それは、死んだって、ぜったいにいやなことなのである。

だから、防衛して認めない。「防御」として認めない。

で、親父の場合は、そうやって、否定したということが、わかってないんだよ。認識できない。だから、全力で否定したのに、「否定なんてしなかった」ということになる。「否定なんてしなかった」ということになるのは、自分が否定したということが不都合なことになった場合だ。

不都合なことにならなければ、肯定も否定もしないで、無視している。そういうことがあったかどうかということが問題にならないわけだから、「そんなことは、知ったことじゃない」のである。

それから、自分が強制的に持たせたもので、子供が恥をかいたということが、わからない。これも、どれだけ説明してもわからない。「なんだ!そんなの!!」と怒り狂う。

これ、絶対にどれだけ考えてもわからないんだよ。

そういう世界だ。

親父がどれだけ真剣に、胸に手を当てて考えても、自分が押しつけたもので子供が恥をかいたということはわからない。これは、何十年だろうがわからないままなんだよ。ほんとうは、強制したわけだから……相手の言うことを認めないで押しつけたわけだから、……押しつけたということは最低でも理解してなければならないのだけど、押しつけたなんて思うわけがないのである。

そして、実際に、子供がそれで恥をかいたのに、恥をかいたというということも絶対に認めない。それも、発狂して、はねのけたら、「あったってないこと」になってしまうのである。

「やったってやってない」になってしまうのである。

親父は、自分がやってないことで、不当に「相手に責められている」という主観しかもてない。どうやっても、そういう主観しかしょうじない。「親父がだいじょうぶだと言うから持っていた」「その持ち物で恥をかいた」ということは、絶対にどれだけ言われても認めない。認めるわけがない。そんなのは、現実と関係なく、認めることができないから、絶対の意地ではねのけて、認めない。認めても「死ぬ」わけではない。

けど、親父は「認めたら、(自分が)死ぬ」と深く確信しているような態度で否定する。そういう、切迫感がある。そういう緊張感と興奮がある。そのくらいの意地で否定する。逆上して否定して認めない。

で、兄貴の態度というのが親父の態度とおなじなんだよ。だから、自分のヘビメタ騒音で、弟が恥をかいたとか、そういうことは、一切合切認めないで、頑固に鳴らし切る。そんなのは、認めてしまったら、静かにしなければならなくなるわけで、静かにしたくないから、認めないのである。

だいたい、親父にとって、ハンダゴテを物置から出してきてやったというのは、最大限の譲歩なのである。金を払いたくないので、絶対に「使える」のである。だから絶対にゆずらない。兄貴も、自分の音がでかい音だということを認めてしまったら、静かにしなければならなくなるので、絶対に、自分の音がでかい音だということは認めない。

これも、「認めたら、死ぬ」というレベルで認めない。

認めて、「ほんとうに」静かにしなければならなくなるというのが、「死ぬほど」いやなのである。そんなのは、「死んだってやりたくないこと」なのである。だから、事実に関係なく、絶対の意地で認めない。そして、絶対の意地で認めないということも、絶対の意地で認めない。「認めたら、死ぬ」のである。

   *   *   *

つづく

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。