2018年1月9日火曜日

感覚がずれた人が暴君となって、はちゃめちゃなことをする「家庭」だってある

いや~~ほんとう、つかれた~~~

つかれた~~



うごけません



まあ、いいや。



ヘビメタ騒音のことを「だすと」かならず、敵ができるんだよ。敵が発生する。この人たちはなんなんだろうな。俺が悪いことをしたわけじゃないのに、あたかも、俺が悪いことをした(悪いことをしている)と思う人たちなんだよな。読解力あるのかな? まあ、無職だということを言ってしまうと(当時)それで、偏見ができるというのもあるんだけどね。それから、自分に関係がないことで人が人の悪口?をいっているのがいやだとかそういう感じなんだろうか。

けど、まるで俺が、ヘビメタ騒音を鳴らしてたというような感じで、誤解しているようなところがある。この、頭の悪い人たち、なんなんだろうな。一割ぐらいいるんだよな。兄貴が鳴らしたのに、俺が鳴らしたと思っているようなところがある。

それか、そういう人たちが……その一割ぐらいの人たちが、基本的に兄貴とおなじ構造をもっていて、自分のことを言われたような気がして、腹を立てるのかもしれない。まあ、一番でかいのは無職に対する偏見なのだと思う。あとは、「なんだぁ、そんなの!!」と感じる人がいるんだよな。この人たちは、悪い人だと思う。



いずれにせよ、ヘビメタ騒音のことは、出しても出さなくても、人から嫌われる。人、全部から嫌われるわけではなくて、一割ぐらいの人から、なんか嫌われる。これ、ほんとうに、やられてみな。ああいう態度で!! ああいう態度で!!

これ、ほんとう、兄貴みたいな人がいるというとを信じたくない人たちもいるんだろうな。そういう人たちのなかには含まれているんだろうな。兄貴みたいな人はいない!」というような価値観を維持したいのだろう。価値観というか、世界観だ。

だから、「いる」と言っている俺に、嫌悪感を抱くのだろう。

これもおかしい。ようは、そういう人がいない世界に住んでいるのに、そういう人がいると言われて、腹を立てる。これ、ほんとうに、気持ちが小さい、同情心がない、共感性の少ない、悪い人だと思うな。

「そんなの人、いないのになんだ!」ということなんだろうな。

まあ、これは、自我が攻撃を受けているのとおなじだから、そういう反応になるのも納得がいく。世界観というのは、その時の自我を構成しているものだから。これも、むかし書いたな。けど、なんて言うのかな? ほんとうに、家の人がこまった人だとこまるんだよ。

感覚器がずれている人だとこまる。自分がやりたいことを優先して、感覚器のほうを折り曲げる人だとこまる。そういう人は、ほんとうに、悪意なく「やったってやってない」と思うことができる。ほんとうにそういう人はいるし、そういう人とのもめごとというのは普通の人とのもめごととは、ちがうのに、そこがわからないんだろうな。

「そんな人いない!」とまあ、そっちはそっちで、頑固になる理由があるのだろう。「そういう人とのもめごとと普通の人とのもめごとに質的な違いはない!!なんだこんにゃろう」と思う部分があるんだろうな。

けど、質的にちがう。そういう人が「親」であった場合、普通の親とのもめごととは、ちがうんだよね。そういう人が「兄」であった場合、普通の兄とのもめごととは、ちがう。あたかも、統合失調症の人を相手にしているような状態になる。あたかも、発達障害で、悪気がないのにこまったことをする人であって、なおかつ、相手を困らせたということがまったくわからない人を相手にしているような状態になる。

発達障害者というと、いつも、「やられているがわ」の人間であるかのように語られるけど、そうじゃないんだよ。発達障害者が、暴君となって、はちゃめちゃなことをする「家庭」だってある。一家の大黒柱が、悪い意味で発達障害者である場合だってあるんだよ。

そうすると、強権で、わけがわからないことを、ばんばん押しつけてくるわけで、ものすごくこまるんだよ。話しあいなんて、成立しない。

そんなのは、成立するわけがない。

「やったってやってない」のだから……。そして、「やったって」の部分がとれて、「やってない」になるのだから、話しあいのテーブルにつくと言うことさえ無理なんだよ。そういう状態だ。これ、ほんとうに、身近な他者がそういう人であった場合の状態なんて、わからないんだろうな。だから、「話しあえばいい」みたいなことを言う。

けど、それは、「うち」の状態がわかってないから、そういうことを言っているだけ。


ほんとうに、第一者の感覚がずれた行為と、第三者の常識のはさまれて、やられた人(第二者)がものすごく、損をするんだよな。「おまえ、そんなのわからないなんて、バカじゃないの」と思われる。いや、俺はわかっている。何回も「ちゃんと」親父に言った。けど親父がわからなかっただけだ。

けど、そういうふうに言うと、「そんなのわからない大人はいない。おまえの説明が悪かったんだろ」と言われる。「こういうふうにちゃんと言った」「こういうふうにちゃんと説明した」と言っても、第三者の常識の世界では、「大人が、わからないなんてことはない」ということになっているので、俺が言っていることを受け付けることができないのである。

俺が「ちゃんと説明した」と言っても、その人は「ちゃんと説明されてわからない大人がいるはずがない」ということにこだわるので、俺が「ちゃんと説明しなかったから、だめなんだ」「親が誤解をしたんだ」というような間違った推論をする。

親父みたいな人に関わると、そういうことが、多い。

これ、ほんとうに損な立場なんだよな。

ほんとう「どれだけちゃんと言っても、つたわらない」ということ(事実)が第三者には、わからない。第三者は、事実だと思いたくない。だから、第一者が変なことを言っていると思う。「ちゃんと言わないからダメなんだ」とか間違った推論をする。感覚がずれた人が親だと、不可避的にこういうことが、いっぱいしょうじる。日常茶飯事だよ。

で、俺の場合は、「父親」だけではなくて、「兄貴」もそういうひとだったので、二重にこまるんだよな。兄貴が「父親」のやり方で、ヘビメタを鳴らしまくった。一部の第三者にとっては「そんなひといない」と思うような人なんだよ。一部の第三者には信じらないような感覚でヘビメタを鳴らしやがったんだよ。だから、そのままその人たちに、そうだったということを説明すると、俺が変なことを言っていると思われる。


そういうことを「ちゃんと」言われて、わからない人はいないという世界観のなかに住んでいる人は、俺の言っていることが、根本的にわからない。「いる」ということをつきつけられて、不愉快になる。もっと、正確に言うと「いるという可能性」を突きつけられて、自我が不安定になり、不愉快に感じる。たしかに、これは、認知療法家が言うように「俺の問題じゃない」。

(こまった行為をする人を第一者、こまった行為をされる人を第二者、まったく関係がない人を第三者と言うことにする)。

   *   *   *

ほんとうにすべてが!!!
ヘビメタ騒音だったな!!
この朝の雰囲気!!!
これ、ヘビメタ騒音の朝の雰囲気だから!!
三〇年経っても、まったくかわらない。
これ、ほんとう、死にたい。
どうしても、ヘビメタ騒音で、人生がなかった。
どうしても治らない睡眠障害だって……鬱だって、トラウマだって……。人付き合いの破滅だって……。
ゼンブガゼンブ、ヘビメタ騒音。
ほんとう、これちがうから。行きすぎた一般化じゃない。やってみればわかるよ。やられてみればわかるよ。不可避的にどうしても、影響を受ける。ずっと続けば、ずっと影響を受ける。どんだけつらいか。俺が選んだんじゃないんだよ。自己責任のわけないだろ。「自己責任うんぬん」だって、一日もやられてないやつが言うわけだ。家族に「感覚がずれた人」……はっきり言えば、家族に精神病質者がいない人が言う……。どれだけ言っても、まったくなにも通じない!!! まったくなにも通じない!!! まったくなにも通じない!!! こだわりつくしてやっているのに、やっていると思ってない。こだわりつくして、頑固に頑固にやったのに、やったと思ってない。一秒だって、ヘッドホンをして静かにしてくれなかったのに、「静かにしてやった」と思っている。ほんとうに気違い的なこだわりで、気違い的な頑固さでやったことは、全部!!やってないことなんだよ。関係がないことなんだよ!! これ、わからないだろ。そういう人間を目の前で見たことがない人にはわからないだろ!!
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。