2018年2月11日日曜日

損傷に関する自分の認知と他人の認知 と フォーカシングの限界

たとえば、左腕をなくした人のことを考えてみよう。「左腕がないということにこだわるよりも、右手でできることを考えましょう」という考え方はそこそこ肯定できる。しかし、『やる気』『意欲』といったものは目に見えない。左腕のように目に見えることではないのだ。かりに海馬が損傷していたとしても、そんなのは、目に見ることはできない。だから、ちょっとだけ話がちがってくる。

Aさんが左腕をなくした場合だと、Aさんの認知は左腕がないというものであって、なおかつ、他の人の認知もAさんの左腕はないというものだ。しかし、海馬が損傷して?やる気がなくなっている人の場合は、その人の認知とまわりの人の認知が食い違うのである。

それから、脳みその一部が損傷している場合、その人の自身の考え方が、その人の思い通りにはいかないという場合がある。しかし、それを感じているのもその人だけなので、まわりの人が確かに目で見てわかるわけではない。問題なのは『脳みそ(感じるもの)(判断するもの)』の能力自体がさがっているということだ。

これは、たとえば、左腕のように限定されたものではない。損傷部分が脳みそだと、『それ自体』(本人の質自体がかわるので)どの能力がこれだけなくなったということがわかりにくい。左腕がなくなった場合は、左腕がなくなったという部分に着目すれば、左腕がなくなったという損傷の範囲が本人にも、他者にもわかるので、「左腕がないということにこだわるよりも、右手でできることを考えましょう」というようなことが言いやすいのではないかと思う。「左腕がないということにこだわるよりも、右手でできることを考えましょう」という考え方が説得力を持つ。

しかし、これをそのまま、脳みその損傷に適応することができるかというと、できないと思う。まあ、ないはずの左腕がかゆいということがあるので、左腕がないということが本当に脳みそに影響を与えないかというと、そうとは言い切れないと思う。左腕を失った場合でも、脳みそに影響はある。

しかし、それでも、直接、人格に関わる部分ではないと思う。(能力の欠如の範囲)が目視できて、なおかつ、そうであることがその人の脳みそ全体は影響を与えない場合と、能力の欠如の範囲が目視できず、なおかつ、脳みそそれ自体に直接、影響があることは、わけて考える必要がある。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。