2018年2月7日水曜日

いまさら、図書館に行ってなにになる?

自転車を買い換えるかどうかまよっている。

まだ、使えるものを捨てるのはなぁ~~

けど、ペダルが重いんだよな。ギア付きのものを買えば良かった。

ギア付きのものを買えば、図書館に気楽に行ける。



いまさら、図書館に行ってなにになる?っていう話もある。

金はあるんだ。どうするかな?



それにしても、買ったにしても、人生がつらすぎる。



いまの自転車をどうするかという問題がある。自転車を捨てるのはけっこうたいへんなんだ。めんどい。しかも、使えるものだからな。気が引ける。けど、二台おくところはない。



僕にとって自転車のことはけっこう大きな問題だけど、本当は、それほど大きな問題じゃない。細かいものを買えば、すぐに合計で1万8千円ぐらいにはなる。細かいいろいろがあるんだよ。服も含める。



で、図書館に気軽に行けるようになったとして、それで、たしかに生活の質は上がるわけだけど、……どうするかな?という問題がある。せこすぎる。せこいことでなやんでいるんだよな。



自転車はけっこう悩むんだよな。金額の問題だけじゃない。まあ、普通なら、車を買い換えるかどうか悩むような年齢だ。車とかオートバイじゃなくて、自転車というところが、俺らしいというか、俺の人生を象徴しているよな。



アメリカのETFがさがったので、買っておいた。これは、老後資金になる。仮想通貨を買おうと思ったけど、いろいろと問題があるので法的な整備をまった方がよいかと思った。



ともかく、ヘビメタにやられていたときのままなんだよ。精神状態が! だから、ものすごく苦しい。俺の人生なんだったって、ものすごく思う。



これ、自転車のこととかETFのこととかわりと普通に書いているけど、おきたときのしんどさ、眠る前のしんどさは並みじゃない。

普通の精神を保って生きているのがだんだんつらいものになっている。



まあ、業務用ストアに行くにしても、漕ぎやすい自転車のほうがよいのだけどな。ETFのことを書いたのは、ETFなんか買うよりも、漕ぎやすい自転車を買う方が先じゃないかと、俺が俺に突っ込みを入れたくなったからであーーある。



本当に取り残されちゃったな。ヘビメタが鳴ってなければ……。ヘビメタがあしかけ一五年間毎日鳴っていた場合の最善の選択がこれだ。長すぎる。

本当にヘビメタ騒音でくるしい。気違い兄貴が、一分もやめてくれなかった。一日に何十回怒鳴り込んでも、気違い的にデカい音で鳴らすことに、気違い的にこだわって、絶対に絶対に絶対に、一秒も静かにしてくれなかった。

気違い兄貴にしてみれば、「このくらいの音で鳴らしていい」と思っているわけで、どれだけ言われたって反省なんてしない。言われれば、言われるほど、腹を立てて、頑固に鳴らした。

「ちゃんと言えばつたわる」なんてことはない。親父とおなじなんだよ。気違い兄貴にわかりやすく説明するには、やはり、ハンダゴテ事件がいいと思う。ハンダゴテ事件では親父に、気違い兄貴がやられたから。あれとまったくおなじことをヘビメタ騒音事件でやっているんだよ。

兄貴のヘビメタに対する態度というのは、親父のハンダゴテに対する態度おなじなんだよ。言われたら、怒るだけで、なにも悪いと思わないで、気違い的なことを主張して、やりきる。絶対に、相手の言っていることを認めない。第三者なら一目でわかることなのに、第一者には、どれだけ言ったってわからない。

気違い親父には、「親父が出してきてくれたハンダゴテは使えない」と言うことがわからない。事実に関係がなく、使えるハンダゴテでなければならないのである。それが、くつがえされることは、心臓を持って行かれるようにいやなことなのである。普通の人が自分の心臓をかばうように、自分の意見をかばう。『使える』『だいじょうぶだ』という意見で防御しなければ、自分の金を持って行かれる。自分の金を持って行かれることは、心臓を取り出されて持って行かれることよりも、いやなことなのである。屈辱なのである。

だから、普通の人が自分の心臓を持って行かれないようにするように、激しく抵抗する。そういうがんばりなんだよね。あぶらあせをかいて、顔を真っ赤にして、『使える使える』と逆上する。

で、兄貴の場合は、まず、気違い兄貴がこだわって鳴らしている音が、デカイ音だということを認めない。命がけで認めない。そんなのは、兄貴の友達が、兄貴の部屋にはいって、兄貴が普段鳴らしている音を聞けば、一分でわかることなのに、兄貴は、一五年間鳴らそうが、わからない。どれだけ、何万回『デカイ音だ』ということ言われてもわからないままなのである。命がけで認めない。デカイ音だということを認めてしまったら、静かにしなければならなくなる。

本当に静かにしてやるのはたとえ、一秒だろうが絶対に、いやなのである。命がかかっている。一秒本当に静かにしてやるのは、絶対になにがあろうがやってやりたくないことなのである。だから、絶対にデカイ音だということは認めない。

「普通の音で鳴らしているのだからどれだけ鳴らしてもいい(どれだけ長い時間鳴らしてもいい)」という自分のなかの理屈がこわれることは絶対にどんなことがあっても認めない。

何万回言われようが、だれから言われようが絶対に命がけで認めない。

もし認めてしまったら、本当に静かにしてやらなければならなくなる。それは、死んでもいやなことなのである。一秒だろうが、死んだってやりたくないことなのである。それは、心臓を抜き取られてしまうことよりもいやなことなのである。だから、命がけで認めない。

「自分が鳴らしている以上は、どれだけデカイ音でも普通の音だ」ということになる。「普通の音で鳴らしているのだからいいんだ」という気持ちを絶対に手放さない。気違い親父にとって、使えるハンダゴテなのかどうかは、最初からどうでもよいことなのである。

それとおなじように、気違い兄貴にとっては、自分が鳴らしている音がデカイ音かどうかなのかということは、最初からどうでもよいことなのであ。事実を無視して、『でかくない音だ』ということに決まっているからだ。

死にものぐるいだよ。『言われたら』発狂だよ。一回でも言われたら『発狂』だ。二回、三回、言われたらもっと怒る。「せっかく静かにしてやったのなになんだ!」と怒り狂う。実際には、静かにしてやってないのだけど、気違い兄貴のなかでは、最大限の譲歩をしてやったということになっている。これは、親父が、家にあるハンダゴテを出してやったという状態とおなじだ。親父にとってみれば、ハンダゴテを出してやっということが最大限の譲歩なのである。使えないハンダゴテだということはどれだけなにを言われても、認めないのである。

兄貴の場合は、気違い兄貴の基準で、ちょっとでも静かにしてやれば、それは、静かにしてやったということになるのである。実際には、その『静かにしてやったやったつもりの時間』も、爆音で鳴っている。兄貴の友達のカオ君が『こんなにデカイ音で鳴らして大丈夫なの?」と不安になるようなデカイ音だ。兄貴だって、いま住んでいるところでは一分だって鳴らすことができないデカイ音だ。

けど、うちでは、そういうデカイ音で鳴らして、『静かにしてやった』と思うことができるのである。

だから、ちゃんと「やめて」と言っても、やめてくれない。「家族会議をひらけばいい」なんてアドバイスが、どれだけ無茶なアドバイスか、「家族会議をひらけばいい」なんてアドバイスをした人は、わからない。これは、感覚としてわからない。

だから、『兄貴に言ってもダメなんだ』ということを、「家族会議をひらけばいい」なんてアドバイスした人は認めない。「家族会議をひらけばいい」なんてアドバイスをする人は同時に「そんな音で(お兄さんが)鳴らしているのに、他の家族が文句を言わないなんていうのはおかしい(他の家族が文句を言ってないなら、エイリが大げさに言ってるだけなんだ)」と思っているような人なのだ。

「他の家族」って親父とお母さんのことだけどな。要は、『親』だ。『親が文句を言ってないなら』たいした音じゃないのだろう(音に敏感なエイリが、大きな音だと言っているだけなのだろう)と思ってしまう。けど、それは、間違っている。こういう、間違いが多い。

で、親の話が出ると、親父のことを説明しなければならないのだけど、親父のことは、兄貴のことを説明する以上にむずかしいのだ。それこそ、「ちゃんと説明」しても、「そんな親はいない」とかたく信じている人は認めない。いずれにせよ、「そんなことは、家族で話し合って決めてくれ」ということになる。

その人にとっては、兄貴のヘビメタ騒音問題は、たいした問題じゃないのである。兄貴のヘビメタ騒音問題は、遅刻の原因になるような問題ではないのである。そういう見なし方がある。『(兄が)ヘビメタ騒音を鳴らしているから、遅刻してしまう。なんていうのは、甘えている』と考える。

それは、事実を知らないから、そう思うだけで、おなじことをやられれば、その人だって遅刻する。最大限努力しても、何日かに一日は遅刻するようになる。死にものぐるいで努力しても、何回かは遅刻するようになる。ヘビメタ騒音にたたられたことがないから、そういうことが言っていられる。一日のなかで、何時間も何時間もヘビメタ騒音を聞かされたら、夜眠れなくなる。

どうしてもどうしても、どれだけからだがつかれていても、眠れなくなる。そういうことが、何日も、何十日も、何百日も、何千日も続いたら、その何千日のなかでは、どうしても、どうしても遅刻する日が出てくる。数千日とは言わず、一年三六五日のなかでも、何日かは遅刻するようになる。普通の人にくらべれば、遅刻する回数が多くなる。普通の人というのは、毎日普通に眠れる人だ。普通の人というのは、毎日、何時間も何時間も気違い的にデカい気違いヘビメタ騒音にさらされることがない人なのである。

僕も、毎日、何時間も何時間も気違い的にデカい気違いヘビメタ騒音にさらされることがない期間は、普通に普通の人とおなじように、遅刻せず通うことができた。

しかし、ヘビメタ騒音問題がたいした問題じゃないと思う人は、『エイリが甘えているから遅刻する』と思う。「(ヘビメタ騒音で)朝起きれない(起きることができない)」と言えば、「起きれないと言っているから、起きれないんだ」「できないできないと言っているからできないんだ」と言われる余地が出てくる。

ヘビメタ騒音問題というのは、そういう問題なんだよ。うるさいときだけうるさいからこまるという問題ではない。全部なんだよ。俺の名誉の問題なんだよ。これは、生活態度に関する問題だけど、学力に関してもおなじ問題が成立してしまう。










わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。