「外に出る」には、二種類の意味がある

++++++++++++ここのところを上記の本に、うまくまとめました。+++++++

本当、現実可能なしあわせってあるのかな?
まあ、外に出ないと、孤独感は埋まらないだろう。
外に出れば孤独感が埋まるかというと、もちろんそうではない。
雑踏の中で、孤独や孤立を感じてしまうことがあるのだ。
外に出るというのは、だいたい二種類ぐらい意味がある。
一つは、物理的に外に出るということで、文字通り、外に出るということ。
もう一つは、社会的に外に出るということで、何らかの組織に所属して、いつも会う人がいるというようなことだ。
普通は、何らかの組織というのが、お金を稼ぐための組織で、その組織の中で働くことによって収入を得て、普通の暮らしをするということになる。職場の人間関係は、その人の生活にとって決定的に重要だ。学生であるならば、クラスの人間関係は決定的に重要だろう。なんといっても、一日の三分の一は、そこで過ごすのだから。
世の中には、そういう「いつも行く場所」をなくしてしまった人もいるわけだ。たとえば、僕のように。
それでまあ、そういう人が集まる場所みたいなものもある。これは、趣味の集まりで、金を稼ぐためのものではない。だから、まず、その趣味の集まりに行ける金があるということが、参加条件になる。その趣味の集まりに行ける金がなければ、そもそも、そこに行くこともできない。
うーん、考えながら書いているので、これは草稿レベルだな。
いまの僕にとって現実可能なしあわせがあるかどうか? という問題は、働けるかどうかということと密接につながりがあることなのだが、……だかしかし、これも分けて考えなければならないみたいだ。つまり、現実可能なしあわせは、問題として種類が違うので、いましばらくは、横に置いておこう。
○「外に出る」には、二種類の意味がある
○「物理的に外に移動する」という意味と、「社会に出る」という意味の二種類だということにしておく
○さらに、「社会に出る」ということは二種類に分けられる
○その二種類とは「会社系」「趣味系」ということにしておく
○なんかの組織に所属して働く、ということが金以外の人間関係をもたらす
○その人間関係が「良い」ものであれば良いが、悪いものであると、人は苦しみ悩む
○底辺の労働環境では、「人間関係が悪い」ほうが多い(のではないか)
○かりにバイトをしたとして、良い人間関係に恵まれるかどうかはわからない
○趣味の集まりに行くには、金が必要
○かりに趣味の集まりにいったとしても、良い人間関係に恵まれるかどうかはわからない
金の流れに注目した場合、「会社系」…金が入ってくる VS 「趣味系」……金が出て行く ということになる。
(もっとも、これは、だいたいの話で、そうではない場合もあるとは思う)。
まあ、バイトをして、そこで良い人間関係に恵まれれば、それが一番良いのだろう。居場所ができて、社会的なつながりができ、お金ももらえるのだから。とりあえず、「バイト」といっておいたけど、もちろん、正社員でもかまいません。雇用形態を問わず、そこで働くということです。
しかし、それが簡単にできれば、誰も苦労してない。
-----------関連した問題
一応、「バイトをして、そこで良い人間関係に恵まれれば、それが一番良い」という最適解を得たわけだけど、それを実行するには、それを実行できる体力が必要になる。この体力は、必ずしも、背筋力とか握力といったものではない。そうではなくて、持続的な生活をできる体力だ。
たとえば、睡眠相が壊れているだけで、背筋力や握力が一定水準以上でも、まともに働けなくなる。「実行できる体力」がない状態になってしまう。また、体のだるさ、疲労というのは、なかなか検査しにくい。さらにまた、疲労の中でも、累積した疲労は、なかなか計量化しにくい。
睡眠相の乱れや、疲れやすさといった問題がある人は、そもそも、バイトをすることさえできない。決まった時間に、行くということができないから。
自分の場合、騒音生活が毎日一〇年以上続いて、睡眠相が壊されて、治らない状態になっている。さらに、起きたあと、机の前に座っていられる時間というのが、実は限られている。
「バイトでもいいからやったら」などとアドバイスされてしまうこともあるが、事実上できない。

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ところで、いま、「「外に出る」には、二種類の意味がある」って読んでみたけど、なにを言いたいのか、あまりわからないな。あれを、ページにして出しておくのは、問題があるかな。

引きこもり問題を考えている時に「外に出る」と言ったら、文字通り、外に出るということだと思う。家から出て、外に行くということである。けど、もうひとつ、「働く」という意味で使われている場合もある。で、働くというのは、定職につくということであって、ときどき日払いの仕事をやる言うことではない。外に出るのが苦しいタイプと、毎日決まった時間に外に出るのが苦しいタイプが居るんじゃないかなと思う。
外に出るのが苦しいタイプというのは、対人恐怖や乗り物恐怖があって、それこそ、外に出れないのである。思ったところに行けない。近所を歩けない。近所の店に行くことができない。どうしてかというと、ひと目を気にするからである。けど、無職ならば、……無職期間が長く続くなら、普通の人は、普通の人は外に出にくくなる。どうしてかというと、「無職でいること」は道徳的に悪いことだという常識が成り立っているからである。「人間は働くべき」だと考えている人からみると、働かない人間は、道徳的な罪を犯しているのと同じなのである。というわけで、無職という肩書である以上、普通は、外に出にくくなると思う。これは、別に、対人恐怖とか、乗り物恐怖、といった精神的な問題を抱えているわけではないのだけど、「バツが悪い」「格好がつかない」ので、出たくないということだ。あるいは、知っている人に会いたくないということだ。
もちろん、親戚とも、顔を合わせたくなくなるだろう。親戚にも「人間は働くべきだ」と考えている人はいるだろうから、その人から、道徳的な罪を問われがちになる。そうなると、「会いたくない」と思うのは、人間として当然のことだろう。まあ、まあ、親戚に働かない人がいると、将来のことなどを心配して、いろいろと言ってしまうという傾向はあるだろう。
あとは、無職だとお金がないので、人と付き合いづらいというのがあると思う。まあ、お金があればいいのだけど、なるべく、余分なお金を使いたくないと思うと、どうしても、人付き合いができなくなる。喫茶店であって話をする……その程度のことでも、喫茶店での飲み食い代が気になる。なんかの会に出て、どこかに行くというのであれば、また、そこでお金が出て行く。さらに、ある程度、お金に余裕があったとしても、「俺は無職でこんなことをしていていいのだろうか」というような迷いがある場合がある。その場合は、なんかの会に出て、楽しもうと思っても、なかなか楽しめない。そういうことが重なって、あんまり、人付き合いをしたくなくなる。
だから、もともと、対人恐怖ではない人でも、無職状態が長引けば、あたかも、対人恐怖のような感じなってくる。しかし、無職状態が長引いて対人恐怖的な気持ちになった人と、元から対人恐怖がある人の決定的な違いがある。それは、無職状態が長引いて対人恐怖的な気持ちになった人は、仕事に復帰すれば、対人恐怖的な気持ちがなくなる。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。