引きこもり物理距離尺度

引きこもり物理距離尺度

引きこもり分類表をもう一度見てみよう。


01:寝床から、外に出られない
02:部屋から、外に出られない
03:家から、外に出られない
――――↑真性ひき↓半ヒキを隔てる時空の壁――――
04:人の少ない場所なら外に出ることができる
05:人の多い場所でも外に出ることができる
――――↑半ヒキ↓偽ヒキを隔てる時空の壁――――
06:通学や通勤ができる

これが、引きこもり分類表なんだけど、寝床、部屋、家といった物理的な範囲を示すものと、「人が多い」「人が少ない」といった、社会不安尺度に入れるべき基準がごっちゃになっている。
というわけで、これを整理したい。

引きこもり距離尺度

01 寝床付近いることが多い(一日二四時間 中 二〇時間以上)
02 部屋から出れない
03 家から出れない
04 近所なら行ける
05 一〇キロ以上遠くに、電車で行ける

上記のように、距離に関しては、距離で考えたほうが良いのではないかと思う。
なお、部屋から出れないというのはどういうことか、ちょっと考えておこう。これは、体が普通に健康?であれば、部屋から出れないことはない。しかし、出れないのだとすると、体以外に理由があると考えた方がいい。まあ、精神的な理由といえば、精神的な理由なんだろうけど、実は、これは、移動距離、の問題ではない。

たぶんだけど、部屋から出れない人というのは、親に会うのが嫌なのではないか。あるいは、親の視界に自分が入ることが嫌なのではないか。あるいは、自分の視界に親が入るのが嫌なのではないか。と思う。親でなくても、「嫌いな人」が自分の視界に入るのが嫌だから、出れないのではないか。

親が寝ていて、絶対にその部屋から出てこない……また、その部屋から、自分の姿が見えないということがわかっていれば、部屋から出てこれるのではないかと思う。ようするに、見かけることもないし、見られることもない、ということが一〇〇%保証されていれば、出てくるのは容易なのではないかと思う。それは、自分の部屋にいるのと同じだからだ。

だから、部屋から出れないというばあいでも、身体的に出れないのではなくて、やはり、人間関係が関わっているのではないかと思う。だれだって、嫌いな人間には会いたくないわけだから。この場合、親が、あるいは他の家族でもいいけど……ともかく、うちにいる人が、その人(引きこもり当事者)にとって、会いたくない人間になっているということが問題なのだ。

家から出れないというのも、「無職だったり、引きこもりだったりすると引け目を感じるから、出たくないというのがあるのではないかと思う。これも、近所の人と、会わないということが一〇〇%保証されていれば、出れるのではないかと思う。

特に親しくはないけど、顔は知っているという人に、会いたくない人もいる。まったく知らない人なら、別にどうでもいいというタイプだ。こういうタイプのばあいは、「人混み」か「人が少ないか」は関係がない。もちろん、人混みのほうが、「特に親しくはないけど、顔は知っているという人」に、会う確率が高くなってしまうので、出たくないという気持ちも、上がるかもしれない。しかし、かならず、「特に親しくはないけど、顔は知っているという人」に会わないという保証があれば、これも、話が違ってくるだろう。

これも、移動距離というよりも、社会不安(社交不安)と関係している。「特に親しくはないけど、顔は知っているという人」に会いたくないのは、その人達が、自分に、いろいろと聞いてくるかもしれないからである。たとえば、「どうして、会社に行ってないのか?」とか 「どうして学校に行ってないのか?」 というようなことを聞いてくる可能性があるからではないかと思う。
そういう質問は、当人にとっては、困る質問なのである。けど、普通の人は、普通に気になるので、聞いてしまいがちだ。

「特に親しくはないけど、顔は知っているという人」というのは、たとえば、挨拶だけしている近所の人、あんまり会わない親戚、特別友達ではないクラスメイトなどだ。こういう中位の距離の人と、会いたくない人というのは、確実にいる。とくに、無職や引きこもりという、ネガティブな属性を背負っているばあいは、中位の距離の人と会いたくないから、余計に外に出にくくなるということが、生じやすい。さらに、これは、期間が長くなればなるほど、出にくくなる。なぜなら、仕事をしていないというような期間が長くなればなるほど、その理由を説明しづらくなるからだ。説明をしても、ダメな人間だと思われるという認識があるので、あまり会いたくないということになる。最初のうちはともかく、長くなればなるほど、格好が悪くなるので、会いたくない度合いも上がる。

というわけで、実際には物理的な距離はあまり問題にならない。引きこもりのばあい、物理的な距離で表されているものに関しても、人間関係などが関わっていることが多い。

だから、スモールステップで、距離の伸ばしていこうというばあいは、精神的な事柄に関しても、配慮しておく必要がある。たとえば、部屋から子供が出てきたとしても、親は話しかけないという取り決めが必要だ。話しかけてこないのであれば、部屋から外にでることも可能だ。まあ、そんなふうになってしまったそれまでの人間関係はどうするのだという問題もあるけど、ここでは取り扱わない。

尺度の最後の「05 一〇キロ以上遠くに、電車で行ける」に関しては、乗り物恐怖の人もいるので、入れておいた。

物理距離尺度は、行動範囲を知る上で、一応の目安にはなるけど、そんなに重要ではない。そこまでしか行けないということに関して、心理的な理由を考える必要がある。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。