騒音サイコパス




人間の印象として記憶のなかにある音というのは、たとえば、人間が絶叫した声の音はこのくらい、雷の音はこのくらい、広域放送の音はこのくらい、太鼓の音はこのくらいというような印象として記憶のなかにある音。
他の人から見れば、俺が異常にこだわっているように見えるのだろうけど、それは、ヘビメタ騒音に長時間、長期間にわたってさらされたことがないから。もし、ヘビメタ騒音に長時間、長期間にわたってさらされたなら、こだわると思う。ただ単に経験がないだけの話しでしょ。もっとも、僕もこういう経験がなかったら、わからないと思うけど。話しとしてはわかるけど、「いまのしんどさ」なんて言われても、(自分はしんどくないわけだから)わからないと思う。将来の不安とか、働けないからだとか言われたって、「俺が鳴らしたわけじゃないんだから、俺はそんの知らない」って思うよな。それはわかる。ヘビメタ騒音に関しては無理だ。どうやっても無理だ。これは、もう無理だ。

騒音サイコパス


これ、本当に思慮深い人じゃないとわからない。「ただのぐち」じゃないんだよ。ちゃんと文学になっている。わからないひとにはわからない。そういう人たちからみると「ただのぐち」にしかみえない。本当は心理学が扱っている深い問題を扱っている。現実としてこういう人生がある、現実があるということは、絶対につたえておかなければならないこと
やっぱり俺は、この人生が嫌だ。やられすぎている。
毎日、頑固にすべての時間鳴らしているやつが、どんなに言っても、「つもりがなかった」とか。こんな人生あるか? どれだけのこだわりで、鳴らしたか。どれだけのこだわりで、すべての時間鳴らしたか? 鳴らせる時間なのに、注意されたから、我慢してヘッドホンをするなんてことは、一分もなかったんだよ。どれだけこっちにとって、大切な日も。期末試験だろうが入学試験だろうが、鳴らせる時間は全部鳴らした。それで、「つもりがない」「そんなに鳴らしてない」とかアホすぎる。で、本当に、こういうやつに、やられた人生だ。どうしても、やられているのに、影響を受けないと言うことができなかった。鳴っていれば影響を受けた。どれだけ、影響を受けないようにしても、ヘビメタ騒音にさらされていれば……浴びていれば……不可避的に影響を受けた。しかし、その不可避的な影響に関しても、ぼろが出れば、俺のせいだと思われる。実際、遅刻したら、遅刻した俺が悪いと言うことになる。けど、だれが、あの環境で遅刻をしないで通えるというのだ? あれだけの時間、さらされ続ければ、どうしても、睡眠に影響が出る。どうしても、起きれないということが発生する。どれだけ強い意志で起きようとしても、何千日もやられていれば、そういう状態になる。
ほんとう、あいつ、しらんぷりだからな。
無視して、こだわってこだわって鳴らしたのに、鳴らしたと思ってない
そういう態度が破滅的にむかつく。






6ヶ月間やっぱり兄の騒音に悩まされていた人は(悩まされたことがある人は)僕に同情的だったけどな。どうして、レビューを書く人は、僕に敵対的な人ばかりなのだろう。6ヶ月間騒音に悩まされた人、レビューを書いて!!
音のでかさと音の伝わり方って案外わからないものなんだよな。太鼓の音と幼稚園生の絶叫だと、どっちもおなじぐらいの音だと思うかもしれないけど、太鼓の音のほうがでかい。これも、太鼓の音といっても、いろいろあるけどね。


で、じゃあ、幼稚園生の絶叫はたいした音じゃないのだから、耳元(みみもと)で絶叫され続けても大丈夫なのかというと、それは違う。けど、僕の部屋と幼稚園の園舎ぐらいの距離があれば、絶叫していても問題はない。園舎の中でどたばた駆け回っているしね。教室とか廊下とか。で、ヘビメタ騒音はどのくらいの音かというと、耳元で絶叫されているような音だ。僕の部屋ではそうだ。幼稚園の園舎の中で、兄貴のヘビメタ騒音がどのくらい聞こえるのかはわからない。けど、兄貴が鳴らしている時間というのは、幼稚園生も職員もいない。兄貴の部屋(のスピーカーの位置)と僕の部屋の位置と関係と、兄貴の部屋のスピーカの位置と隣の家の位置関係(幼稚園の園舎の位置関係)というのはまったく違うのである。人間の印象として記憶のなかにある音のでかさよりも、音源からの距離が問題。
本当に人に誤解されてばかりでつらい。兄貴の態度というのが他の人にはわかりにくい態度なのである。あとは、兄貴が鳴らしたと音というのも、実際僕の部屋に入った友達しかわからない。部屋に入った友達は「こんな音で鳴っていて、よく俺より勉強ができるな」とか言ってたよ。その友達も、どのくらいの音で鳴っていたか証言してくれと言えば、証言してくれると思う。けど、ヘビメタ騒音で、大学を落ちてから、人間関係を切ってるんだよね。
兄貴がいま住んでいるところで、かつてうちで鳴らしていたような音では鳴らせないということが、かつてうちで鳴らしていた音が非常識なでかい音であったことの、証拠。いまだに「残っている証拠」。証言してくれる人は、加齢で死んでいく。お母さんだって、天国に行ってしまった。ヘビメタ騒音で働くことができないからだになって、俺がどれだけ不安な気持ちで暮らしていると思っているんだ??きちがい兄貴!! 他の人にも言っておく、他の人には関係がないことだけど!!! 俺は、いま不安なんだよ。いまだるいんだよ。いま睡眠障害を抱えているんだよ。いま易疲労性(あるいは慢性疲労症候群みたいな状態)を抱えているんだよ。いま、ちょっとした気温の変化で風邪を引いてしまうような抵抗力がない体になって困っているんだよ。で、これは、全部ヘビメタ騒音で生じたことだから、ヘビメタ騒音にはこだわりがある。こだわりが生じた状態だ。これ、まるで俺が……みたいだけど、他の人だって(ご本人が)おなじ目に遭わされておなじ状態で暮らしていれば、こだわるよ。こだわっているのが異常に見えるのは、ヘビメタ騒音を一四年間もやられてないからだろ。



○○中学の先生、騒音を六ヶ月間経験した人(この人も教師)、埼玉県で塾を経営している人 読んだらレビューを書いてください

わかるひとカモーン。きて~~。わかるひと、きて~~。
で、できたらリビューも書いて~~~ たのみまする 樹が陣営(飢餓陣営)読書会の人たち、たのむ。

本に関しては、出しただけじゃ、出してないのと同じなんだというのがわかった。ちゃんと宣伝をしないと、だめなんだ。けっきょく、「ぼっち出版」ではダメなんだな。まあ、商業出版なら、宣伝の部分を出版社がやってくれるわけだけどさ。それなりのお金をかけて……。味方が必要。援軍が必要。ぼっちじゃだめだったんだぁ~~~。やっぱりこういうことを考えても、俺は、動くタイミングを間違っている。元駒草出版社長の村山さん~~こういうことだったんですよ~~。

人間の印象として記憶のなかにある音というのは、たとえば、人間が絶叫した声の音はこのくらい、雷の音はこのくらい、広域放送の音はこのくらい、太鼓の音はこのくらいというような印象として記憶のなかにある音。




他の人から見れば、俺が異常にこだわっているように見えるのだろうけど、それは、ヘビメタ騒音に長時間、長期間にわたってさらされたことがないから。もし、ヘビメタ騒音に長時間、長期間にわたってさらされたなら、こだわると思う。ただ単に経験がないだけの話しでしょ。もっとも、僕もこういう経験がなかったら、わからないと思うけど。話しとしてはわかるけど、「いまのしんどさ」なんて言われても、(自分はしんどくないわけだから)わからないと思う。将来の不安とか、働けないからだとか言われたって、「俺が鳴らしたわけじゃないんだから、俺はそんの知らない」って思うよな。それはわかる。ヘビメタ騒音に関しては無理だ。どうやっても無理だ。これは、もう無理だ。


高貴な魂を持つ人たちが、注目する
やがて……



騒音サイコパス6の評価をした人って2人いるようだけど実は1人で、某掲示板某スレで、絶望男さんをつぶしたやつだと思う。慶應か慶應じゃないかにこだわって、絶望男さんのやる気をなくさせたやつだ。俺に関しては助言のことでうらみがあるんだろう。助言に関しては完全なさかうらみだけど、個人的なうらみで星1評価をつけてる。あれしきのことで人をうらむ人がヘビメタに関しては、まるで俺が異常者みたいなことを書く。どんだけ、ちっちゃっいことでしつこくうらみまくってるんだよ。さかうらみ。兄貴が俺にしたことと、おれがその人にしたこととはまるで違うだろ。期間も回数も。よく考えなさい。神があなたの行いを見てますよ。
敵ばかりかと思って弱気になったけど、騒音サイコパス1と6のレビューを書いているやつは1人だ。と思う。




人権人権というけど、困った人のまわりにいる人はどうなっちゃうんだ。 ぼくが言いたいのは、「まわりにいるひとはどうなっちゃうんだよ?」ということだ。たとえば、大人の発達障害ということを考えた場合、自分の父親が「大人の発達障害」といえる人であった場合はどうなってしまうのかということだよ。
大人の発達障害について、理解を求める本はたくさんあるけど、まわりのひとがどうなってしまうかについて書いた本はぼくが知るかぎり、ない。
サイコパス(精神病質者)も同じだ。「平気で嘘を付く人」「なにを言ってもまったくつたわらない人」「自分がやったことなのに、やったつもりが生じない人」が、兄だったらどうなるかという話だ。そういう「困った人」が家族だったら、どうなってしまうのか? どういうことが起こるのか? ずっと毎日毎日やられ続けたらどういう人生になってしまうのか? という話だ。だから、そういうことに興味がない人は読まないほうがいい。
サイコパス(精神病質者)の人権じゃなくて、サイコパス(精神病質者)のまわりにいるひとの人権はどうなっちゃうかというはなしなんだよ。「困った人の精神分析」に興味がないひとは読まないほうがいい。サイコパス(精神病質者)と一緒に住んでいたら、どうなるかということについての「愚痴」だから。
臨床心理学、異常心理学、精神分析、騒音ストレスによるうつ病・心的外傷後ストレス障害などに興味がある人だけ読んだほうがいいと思う。困った人がヘビメタを鳴らすことに執着したらどうなるかという話だ。愚痴だ。
太宰治や芥川龍之介といった昔の暗い小説が読める人じゃないと読めないと思う。「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」が読める人なら、読めるかもしれない。昔の暗い小説(純文学)が好きな人向け。大正・昭和の暗い小説や「カラマーゾフの兄弟」が読めないひとは、読もうとするべきではないと思う。
家族とはなにか? 人生とはなにか? 人間とはなにか?
言いがたい家族の記録
騒音で人生がない
ぼくが経験したこの世は、こういう世界だった
アマゾン(キンドル電子出版)で売ってます。
著者ページからアクセスすると楽です。
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%AA/e/B01DH58EMK/ref=pd_sim_sbs_351_bl_2?_encoding=UTF8&refRID=610RAW6YFM8VND0ENPCV
まあ、小説かどうかというと、小説なんだよ。 ドストエフスキーの「地下室の手記」やゴーゴリの「狂人日記」を読んだことがないのだろうか? まあ、本当なら、日付が(おのおのの文章の)タイトルになるところなんだけどな。 あとは、どうして小説にしなければならなかったかというと、事実だからだ。事実だからこそ、小説にしなければならないという事情がある。三島由紀夫の「仮面の告白」と同じだ。あとは、「きちがい」あるいは「キチガイ」という単語を使えないので、「サイコパス」という単語を使った。
ドストエフスキーの「地下室の手記」は間違いなく「愚痴」が書いてある。なぜ、小説に愚痴を書いてはいけないのか。「愚痴」というのは言い方を変えれば「苦悩」なのではないか。人間界に生まれて、こういう「苦悩」があったということは、文学がずっと取り上げてきた話題ではないのか。愚痴とは言わずに「苦悩」と考えてくれ。苦悩は文学が取り扱ってきた話題だ。「人間界の苦悩について書いてあるので小説じゃない。エッセイだ」というのは、筋が通らない。
キチガイという単語を使えないと言うことが、文章にどれだけの影響を与えているか……

リトマス試験紙としては、中上健次の「十九才の地図」を読める人なら読める。「十九才の地図」だって、全面愚痴小説だからな。
かつて岡本太郎は「芸術は爆発だ」と言った。
「小説は爆発だ」とぼくは言おう。
岡本太郎はまた「見た人がむっっなんだこれは!と思わないような芸術はだめなんだ」みたいなことを言っていたと思う。
「読んだ人がむっっなんだここれは!と思わないような小説はだめなんだ」とは、言わない。けど、ぼくはそれをめざす。
愚痴!!!暗い小説!!!大爆発!!
小説は爆発だ!!!
古くて新しい文学……それが「騒音サイコパス」だ。
人類史上最大最高の苦悩爆発文学を、俺はめざす。
#kindle #無料 #読書 #キャンペーン #騒音 #小説 #アマゾン
なっとくがいかない。自分の人生に納得がいかない。自分がされ続けたことに納得がいかない。
役に立たないライフハック、偽スピリチュアリズム、口当たりがいいだけの似非スピリチュアリズム……そんなことじゃ、解決しないから、悲惨な事件が起きるんだろ。苦悩がしょうじるんだろ。自殺する奴も出てくるわけだろ。違うか?



これ、やっぱり、時期を間違ったのかな? 三〇年!遅いか!?
まじで、美少女戦闘系ラノベでも書くかな。仮面ライダー系も美少女戦闘系も大差ないんだよな。味方10人、敵10人ぐらい出して、それぞれ、特殊なこだわりと、そのこだわりに応じた能力を持っているという設定だ。あとは、いろいろ頭の中にあるけど、詳しくは書かない。けど、そのまえに、マニュアル執筆だろ。

と思ったけど、やっぱり、ヘビメタ騒音で人生がない。
と思ったけど、ヘビメタ騒音の問題さえ片付ければなんとかなる感じがする。
けど、やっぱり、もうちょっと元気が欲しいな
もうちょっと、楽しく生きられたらと思う
きちがい兄貴ときちがい親父がやったことで、すべての正論が吹っ飛んでいるよ。まったく意味がない正論になっている。というわけで、ぼくの言っていることは裏正論みたいなもので、まず、正論を良く理解してないと理解できない。で、正論の理解のしかたが中途半端な人は、わからない。


ヘビメタ騒音は、合計で十四年と数ヶ月だ。 六年とか七年と言っているのは、ヘビメタ騒音が鳴っていて、なおかつ、学校に通わなければならなかった期間だ。九年数ヶ月(足かけ一〇年)と言っているのは、まるまる荘に出るまでの期間だ。(これに関しては、九年と書いていたり一〇年と書いていたりする。12月から1月になる期間を含んでいるから、足かけだと一〇年になる。)なにも矛盾してない。 それから、家の前がでかい幼稚園(小学校ぐらいの敷地がある)で、道路や敷地の関係から言って、家が離れている。なにも矛盾してない。全部読めばわかる。矛盾してないんだよ。
本当に読んでるのかな?
きちがい兄貴よ、おまえのきちがい的ながんばりで俺がキチガイ呼ばわりされているよ。本当のことを書けば、他のやつは、そう思う。この人生はなんなんだ? 言わなければ言わないで、勝手にサボっているように思われるわけだからな。まあ、言ったって、通じない人が半分だけどな。そいつらはしあわせな家に育ったのだろう。
「そんなでかい音で鳴っていたら、いっくらなんでも、介入がある」と思う人がいるかもしれないけど、そうじゃないんだよ。音の伝わり方というのがわかってない。居酒屋に入ればわかるだろ。一号室でものすごい音で鳴っているとする。それが、一三号室では、たいして聞こえないだろ。じゃあ、一号室の室内や、となりの二号室でものすごい音じゃないかと言えば、ものすごい音なんだよ。
居酒屋じゃなくてアパートで考えてもいい。一号室で鳴っている音は、二号室で聞くのと、一三号室で聞くのはぜんぜん違う音なんだよ。
広域放送が遠いところでも聞こえるのは、高いところにスピーカーがあるから。真横で、二つの部屋の位置関係が水平(平行である場合)とは違うんだよ。スピーカーは横に音を出しているわけだから。
いずれにせよ、兄貴はいま住んでいるところで、ヘビメタを鳴らせない。うちで鳴らしていたようには鳴らせない。どうしてかというと、ものすごくでかい音だからだ。当時の!!!兄貴の部屋から外を見ると、でかい幼稚園の敷地と、その後ろにある林が見える。だから、本当に場所的には、横の部屋のことさえ考えなければ、鳴らせる。
もし、マンションだったら、絶対に、うちで鳴らしていたような音では鳴らせない。実際、いま、どれだけ俺が「鳴らせ」「鳴らせるなら一日に一〇分でいいから鳴らしてみろ」と言っても、鳴らさない。鳴らせない。いま兄貴が住んでいるマンションでは、一〇分だって、うちで鳴らしていた音では鳴らせないのである。文句が出るからな。「うち」の文句は、きちがい親父のように腹を立てて、握りつぶしていたのである。「よそ」の人に対する態度と「うち」の人に対する態度が違うと言っているだろ。本当に、催眠術にかかったように違うんだよ。本当に「よそ」の人たちは、わかってないな。だから、証言を集めただろ。
本当に「うちでの」親父の態度と兄貴の態度は、「よそ」の人に説明しても、(よその人は)わかってくれない。兄貴が俺にしたことと、俺が○○さんにしたことは違うだろ。よく考えなさい。ゆるしなさい。神さまが見てるぞ
6ヶ月間やっぱり兄の騒音に悩まされていた人は(悩まされたことがある人は)僕に同情的だったけどな。どうして、レビューを書く人は、僕に敵対的な人ばかりなのだろう。6ヶ月間騒音に悩まされた人、レビューを書いて!!
音のでかさと音の伝わり方って案外わからないものなんだよな。太鼓の音と幼稚園生の絶叫だと、どっちもおなじぐらいの音だと思うかもしれないけど、太鼓の音のほうがでかい。これも、太鼓の音といっても、いろいろあるけどね。
で、じゃあ、幼稚園生の絶叫はたいした音じゃないのだから、耳元(みみもと)で絶叫され続けても大丈夫なのかというと、それは違う。けど、僕の部屋と幼稚園の園舎ぐらいの距離があれば、絶叫していても問題はない。園舎の中でどたばた駆け回っているしね。教室とか廊下とか。で、ヘビメタ騒音はどのくらいの音かというと、耳元で絶叫されているような音だ。僕の部屋ではそうだ。幼稚園の園舎の中で、兄貴のヘビメタ騒音がどのくらい聞こえるのかはわからない。けど、兄貴が鳴らしている時間というのは、幼稚園生も職員もいない。兄貴の部屋(のスピーカーの位置)と僕の部屋の位置と関係と、兄貴の部屋のスピーカの位置と隣の家の位置関係(幼稚園の園舎の位置関係)というのはまったく違うのである。人間の印象として記憶のなかにある音のでかさよりも、音源からの距離が問題。
本当に人に誤解されてばかりでつらい。兄貴の態度というのが他の人にはわかりにくい態度なのである。あとは、兄貴が鳴らしたと音というのも、実際僕の部屋に入った友達しかわからない。部屋に入った友達は「こんな音で鳴っていて、よく俺より勉強ができるな」とか言ってたよ。その友達も、どのくらいの音で鳴っていたか証言してくれと言えば、証言してくれると思う。けど、ヘビメタ騒音で、大学を落ちてから、人間関係を切ってるんだよね。
兄貴がいま住んでいるところで、かつてうちで鳴らしていたような音では鳴らせないということが、かつてうちで鳴らしていた音が非常識なでかい音であったことの、証拠。いまだに「残っている証拠」。証言してくれる人は、加齢で死んでいく。お母さんだって、天国に行ってしまった。ヘビメタ騒音で働くことができないからだになって、俺がどれだけ不安な気持ちで暮らしていると思っているんだ??きちがい兄貴!! 他の人にも言っておく、他の人には関係がないことだけど!!! 俺は、いま不安なんだよ。いまだるいんだよ。いま睡眠障害を抱えているんだよ。いま易疲労性(あるいは慢性疲労症候群みたいな状態)を抱えているんだよ。いま、ちょっとした気温の変化で風邪を引いてしまうような抵抗力がない体になって困っているんだよ。で、これは、全部ヘビメタ騒音で生じたことだから、ヘビメタ騒音にはこだわりがある。こだわりが生じた状態だ。これ、まるで俺が……みたいだけど、他の人だって(ご本人が)おなじ目に遭わされておなじ状態で暮らしていれば、こだわるよ。こだわっているのが異常に見えるのは、ヘビメタ騒音を一四年間もやられてないからだろ。
○○中学の先生、騒音を六ヶ月間経験した人(この人も教師)、埼玉県で塾を経営している人 読んだらレビューを書いてください

わかるひとカモーン。きて~~。わかるひと、きて~~。
で、できたらリビューも書いて~~~ たのみまする 樹が陣営(飢餓陣営)読書会の人たち、たのむ。

本に関しては、出しただけじゃ、出してないのと同じなんだというのがわかった。ちゃんと宣伝をしないと、だめなんだ。けっきょく、「ぼっち出版」ではダメなんだな。まあ、商業出版なら、宣伝の部分を出版社がやってくれるわけだけどさ。それなりのお金をかけて……。味方が必要。援軍が必要。ぼっちじゃだめだったんだぁ~~~。やっぱりこういうことを考えても、俺は、動くタイミングを間違っている。元駒草出版社長の村山さん~~こういうことだったんですよ~~。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。