2015年10月5日月曜日

誰が正常なのかわからない

「それ、本当にどうにかならなかったんですか?」と訊かれてしまう時があるんだけど、ならないんだね。ならない。ならない。本当に、うちでは、「あたりまえ」のように、きちがい兄貴が全部の時間きちがいヘビメタを聞きまくって、絶対に一分だってゆずらなかった。で、「お父さんは?お母さんは?」ということを訊かれるんだけど、これが困るんだよね。「家族で話し合ってください」「お兄さんに静かにしてって言えばいい」……困るんだよね。本当、困ったわ。

あと、今朝起きて考えていたことは、「一つ目の人と、二つ目の人と三つ目の人がいて、外から遮断されていた場合、誰が正常なのかわからない」ということだ。一つ目が自分こそが正常だと言って、三つ目も自分こそが正常だと言って、ゆずらない。二つ目も自分が正常なんだというけど、けっきょく誰が正しいのかわからない。……これ、有名な問題なんだけど、ぐぐっても、グリム童話しか出てこなかった。おかしいな。有名な問題であるはずなんだけどな。まあ、いいや。言いたいのは、人間の気持ちに関する限り、客観性というのは、主観性の中にしかないということだ。物理現象を記述する場合は、客観的な基準があって、客観的な単位があって、客観的な数値がある。これは、ひとつ上の次元を考えないかぎり、客観といえる。ひとつ上の次元といったけど、次元ではなくて、フレームでも良い。同じことだ。客観的な物理現象に関する限り、ひとつ上のフレームを考えるということは、普通はない。だって、そこで打ち止めなわけだから。けど、人間の気持ちとか、常識とか、そういうことを考える場合は、最初から、客観性はない。物理現象を記述する場合のような客観性はない。これは別に難しいことを言っているわけではなくて、個人の王国があるということだ。「認知」に関する個人の王国がある。で、誰も、その個人の認知の王国を本質的な意味では変えられない。認知の王国というのは、けっきょくのところ、個人における客観性の問題なんだ。客観性を問題にしても、本質的には、個人の枠を出ることがない。個人の認知の枠を出ることがない……これが問題なんだ。

人間にかかわることになると、客観的な客観性というのは、成立しない。主観的な客観性しか成立しないということだ。三角さんには三角さんのものの感じ方があって、三角さんにとっての客観性というのは、三角さんのなかにしか存在しないということだ。だから、客観性の「すりあわせ」で、みんな苦労しいるのである。客観性が主観性の中にしか存在しないからこそ、警察とか、裁判所が必要になる。

で、普通は、そんな「主観的な客観性」というようなことは問題にならない。問題になるのは、家族が変な人の場合だ。家族が迷惑をかけるタイプのへんな人だと、問題になる。ものすごく問題になる。本当に、きちがい兄貴は、悪いと思ってない。それから、きちがい親父は、嘘を言っているつもりがない。「否定」「否定」「否定」で嘘なんだけど……嘘をついているつもりがない。だから、困る。困るんだよ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。