2015年12月4日金曜日

俺は、一日に三分しか働けないんだ

昔も考えたことがあるんだけど、相変わらず、「もんやり」している。ぼーっとしている。自分でご飯を作って食べるということだけで、けっこう体力を使う。で、「もう、おしまいかな」と思ったりする。本当に、きちがいヘビメタにやられてから、良いことがない。いつも体力限界で暮らしてきた。……横になるんだよね……。横になる時、楽しいかというと楽しくない。けど、うわぁ~~という感じはある。横になった時だけ、楽になった感じはする。けど、横になっていても、だるさが消えない。頭がも~~~っとしているんだよな。これ、どうにもならないな。……そんなこんな、言っているあいだにずいぶんトシをとってしまった。トシ~~~。


昔も考えたことがあると書いたけど、もんやりしている時も、やれることはあるんじゃないかと思う。けど、これが、ここに文章を書くというのが限界で、それ以上高度な行為は、できない。あとは、有効な時間の使い方としては、ベッドの上で抵抗なくやれることをやるということだ。つまり、聴覚からの学習とか、音楽を聞くということだ。けど、僕はうるさいのは嫌いなので、横になった時は、静かなのが良い。まあ、せっかくつけた英語力が下がらないように、英語のニュースなんかを聴いている。けど、それはまあ、有効な時間の使い方なんだけど、こんなことをしてもしかたがないとは感じる。つまり、ぜんぜん有効じゃない。英語力があがって、その結果なんらかのことができれば、それは、有効にはなると思う。けど、そういう機会がなかったら、英語を覚えたこと……あるいは覚えようとしたことはまったくの無駄なのだ。無駄無駄無駄。

だから、有効というのは、カネになるということだとしておこう。カネになることをすれば有効、カネにならないことをすれば無駄。

けど、やっぱり疲れた。本当に疲れた。今まで横になっていたのだけど、また横になる。いま、小便と水を飲みに起きた。不安はある。不安なんだよね。

頭がすっきりしている時間というのがほんとうに少ないんだよな。頭がすっきりしている時間がない日もある。俺は、一日に三分しか働けないんだ。

あっ、そうだ。だけど、ネットを見ている時間が長い。もや~~っとしながら他の人のブログをだら~~っと読んでいる。これも、ちょっと依存症だな。ともかく、このネットを見ている時間を有効な時間にしなければならない。ということを考えていたんだけど……なんて言うのかな、エネルギー量が足りない。

たとえば、自分の今のエネルギー量が一〇だとして、ネットを見るのに必要なエネルギー量が五だとする。そうすると、ネットを見ることはできる。さて、カネになることをするのに必要なエネルギー量が二〇だった場合、今のエネルギー量は一〇なので、カネになることをするのは、できない。 で、この場合、自分のエネルギー量を二〇以上にしなければならないのだけど、……できれば余裕を持って三〇ぐらいにはしておきたいのだけど……自分のエネルギー量を、気力であげるということができない。だから、普段の自分のエネルギー量が一〇である場合は、エネルギー量二〇の行為はあきらめなければならなくなる。

しかし、ここで、自分のエネルギー量をあげるのではなくて、行為に必要なエネルギー量を下げることができれば、其の行為ができることになる。たとえば、金になる行為をするのに必要なエネルギー量が二〇だと言ったけど、これを、八に下げることができれば、金になる行為をすることができる。では、どうやって、本来、二〇必要なエネルギー量を八に下げることができるか。……こういう方向で考えた方がいいような気がする。持ち合わせているエネルギー量は、なかなか上がらない。もう、上がらない。きちがいヘビメタ騒音一五年生活で、とんだ。もう、ない。残りカスでやっと生きているような感じだからな。ヘビメタ騒音に対する対処で、人生のほぼ九〇%ぐらいのエネルギーを燃やしてまった。だから、もう、ない。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。