2015年12月7日月曜日

現実可能なことなんだよ。

この感覚は、やっぱり、ヘビメタ騒音の朝だわ。朝の雰囲気がこれだからな。本当に、何千日、きちがいヘビメタにやられてすごしてきたかわからない。何千日、頑張って、押し殺して頑張ってきたかわからない。他の人から見るとぼーけーっとしているような感じなんだろうけど、破滅的な死にたい気持ちを押し殺して、頑張ってきたのである。

だから、通っていた、のである。七年間。けど、……けど、それが、もうダメなんだよな。七年以降は、ダメだ。どれだけ気力を振り絞ってもダメだ。人間として七年間が限界なのかもしれない。八年目、九年目も、容赦なく、いつものように、常に毎日、毎分毎秒、きちがい兄貴がいる時はヘビメタが鳴っていたので、苦しかった。

で、激しくもめていたんだよ。きちがい兄貴は、無視して自分の部屋に入って、こっちのことはまったく気にしないで、きちがい的な音で鳴らしまくるけどな。で、本人は静かにしてやったつもりがあるとか……ありえない。こういうやつなんだよな。死にたい。あんなんじゃどれだけでかい音で鳴らしても、本人が静かにしてやったと思えば静かにしてやったことになってしまう。

じゃ、いま、その、静かにした音量で、自分が嫌いな曲を、一日に七時間から一四時間鳴らして、生活してみろ。誠意を見せろ。死ねないというのであれば……責任をとって死ぬということができないというのであれば、せめて、自分が弟に強制した生活を、一年でもいいから、してみろ。どれだけのことが起こるか。どれだけのことが派生して起きるか。

本当、一日でもいいから、自分が静かにしてやったつもりの音……のでかさで、自分が嫌いな音を聞いてみろ。ふざけるな!!! 本当に頭にくる。あんなの、入試シーズンでさえ、その「本人にとって静かにした音」というのは、一日に一〇分ぐらいなんだよ。

どれだけ「入試だからやめろ」「一ヶ月したら入試だからやめろ」と言っても、まるで気にしないで、一四時間鳴らせるなら一四時間鳴らしていた。入試前の、冬休み期間中、二週間、全部、毎日一四時間近く鳴らしているから。二週間、自分が嫌いな音を、一日に一三時間五〇分、きちがい兄貴が静かにしたつもりの音一〇分聞いてみろ。どれだけ、破滅的な気分になるか。どーーいう気分になるか味わってみろ。ふざけるな。なにもしたつもりがないんだからな。

しかも、一〇分でも、静かにしてやれば、「静かにしてやった!!」と思えるので、なにを言っても、通じない。何回も言っても通じない。しつこく何回も言うと……何回も言わなければならない状態でなっているんだけど……何回も言うと、「あとからあとから、なんだぁ!」といって怒って、鳴らす。そういうもんだよ。たとえば、冬休み一四日間中、一四日間、入試が近いから、一日に一四時間、自分が鳴らすときは、ヘッドホンをして鳴らそう……そんなことは一回も思ったことがないんだから。どれだけ、「ヘッドホンをしろ」と言われても、それは、いやだから、目を三角にして、押し黙って、二階に行って、鳴らしてたんだから。

現実可能なことなんだよ。きちがい兄貴が、鳴らしたくて鳴らしているだけだから、誰も困らないんだよ。何度も言うけど、業務上どうしても、音が出てしまうとかそういうことじゃない。きちがい兄貴が鳴らしたくて鳴らしているだけだから、きちがい兄貴が、そのつもりになって、一日中静かにしようと思えば、静かにできるんだよ。けど、きちがい兄貴は、そういうつもりになれなかった。それは、きちがい兄貴の意思なんだよ。これがわかってないみたいだけど。まるで、考えてない。自分が静かにできるということがまったくわかってない状態なんだから。本当にまったくわかってない。催眠術にかかったように、頑固にやり切る。

けど、本人は、たいしてやったつもりが生じないし、どれだけ言われても、やめてやろうとか、ヘッドホンをしてやろうとは思わない。それで、一〇分間、自分のなかで、静かにしてやれば、一四時間、静かにしてやったのと同じで、まったく自分の音が、相手に影響を与えてない……(知らなかった)ということになってしまうのだから。だから、本人はいつも晴れ晴れなんだよな。こっちが、どういうつもりで、入学試験前の冬休みをすごしていると思っているんだよ。どんな鈍感なやつだって、どんだけ、自分の人生について考えてないやつだって、入学試験前の冬休みとなれば、真剣に勉強しようかなと思ったりするもんなんだよ。

俺は、きちがいヘビメタで、一日中、まったく勉強ができない。きちがいヘビメタ騒音のなかで、焦った気持ちで、教科書とにらめっこをしているだけだ。ヘビメタ騒音の方に、どうしても、気を取られる。耳をふさいでも、がんがんがんがん、どしゃどしゃどしゃどしゃーーきーーきーーーきーーー、音が入ってくるので、いたたまれない気持ちで、教科書とか問題集を見ている……だけだ。で、二〇分も、そういう気分を味わったら、……「この先どうなってしまうか」……とても不安になるので、きちがい兄貴の部屋に行って「入試だからやめろ」「勉強するからやめろ」と怒鳴るわけだけど、きちがい兄貴は一分だって、静かにしてくれたことがない。……怒鳴らないと、きちがい兄貴の部屋では、会話ができないから、怒鳴る。怒鳴っても、きちがい兄貴が、音を下げなければ、怒鳴った声が聞こえない……なにを言っているのかわからないようなでかい音で鳴らしている。きちがい兄貴が、「ゆずった」時の音もそういう音だ。……そういうでかい音で鳴っているのに……鳴らしているのに、本人が、「静かにしてやった」と思えば、きちがい兄貴のなかでは「静かにしてやった」ことになってしまう。本当は、まったく静かにしてないのに。きちがい的にうるさい音で鳴らし続けているのに。

こういうところが、ごく自然に成立してい、どれだけなにを言っても、修正できない。どれだけなにを言っても、そういう態度が修正されないのである。伝わらない。だから、きちがい兄貴は、入試シーズンだろうがなんだろうが、自分がやれるのであれば、一日に一四時間鳴らしてもまったくなにも感じなかった。まったくなにも。まったくなにもというか、そうやって邪魔しているのに、(静かにしやった)と思っている状態なのだ。

で、きちがい兄貴が静かにしてやったつもりで、きちがい的にでかい音で一四時間鳴らして、それで、(協力してやった)と思っているような状態なのだ。けど、実際には、きちがい的にでかい音で一四時間鳴っているので、こっちは、勉強ができなくて焦りまくっている……きちがいヘビメタ騒音のなかで、頭を抱えて焦りまくっているという状態なのだ。もうこれ、……。これ、中学一年生の中間テストの時から、そうだから。

まあ、日曜日は一二時間だけど。夏休み、冬休み、春休みは、普通の休日よりも、二時間早いんだよな。きちがいヘビメタをやり始めるのが。きちがいヘビメタの普段の音だけど、こんなの、ありえないというほどでかい。あんな音で鳴らしているうちなんてない。ない~~。いま住んでいるところで鳴らしてみろって言ってるんだ。たいした音じゃないというのなら、いま住んでいるところで鳴らしてみろ。これ、きちがい兄貴が、いまだに、嫁さんや嫁さんの家族に、言い訳している。(静かにしてやった)(そんなにうるさくしてない)……そんなにうるさくしてないのであれば、いま住んでいるところで、昔、「この家」で鳴らしていた音で、鳴らしてみろと言ってるんだよ!! そんなの、一日に一〇分だって不可能なんだよ。「こんな音で鳴らしてたのぉぉ???」って言われる。「うるさいからやめて」と五分で、絶叫されるよ。そういう音で鳴らしていて、まったく悪いと思ってない。そういう音マイナス一デシベルで鳴らして、「静かにしてやった」「協力してやった」と思っている状態だ。

嫁さんに言っておくけど、きちがい兄貴が「静かにしてやった」とか「協力してやった」と言っている場合も、現実はこういうことだから。「静かにしてやった」というのがまったく逆の意味。本当は、一四時間、静かにしてやらずに鳴らし切ったということだから。協力してやったというのは、その、一四時間、静かにしてやらずに、無慈悲に頑固に、入試だろうがなんだろうが、鳴らしきって、弟の人生を邪魔してやったということだから。まったく、逆。真逆。

で、そういうモードで、本人はまったく良心の呵責を感じないで、本当に、全部、毎日、毎分毎秒、鳴らし切ることができる。これが、きちがい兄貴だ。で、そういうモード?でやったことは、ずっと、そういうモードの気持ちのままなんだよ。認識のままなんだよ。だから、そういうことが言える。嘘でなく、……嘘をついているつもりがないまま言っていたら、そういうことだ。これ、俺は、本当は、「嘘をついているつもり」があると思うんだけどな。

もし、本当に、本当に、本当に、「嘘をついているつもりがない」としたら本物のきちがいだ。で、本当に、そういうモードで、毎日やり切ったんだよ。「うち」なら、それで問題がないわけで、がたがた言ってくるほうが悪いぐらいの気持ちしかない。せっかく人が鳴らしているのに、あとからあとから、なんだぁ」と、思えるのがきちがい兄貴だ。で、そうやって、入試前だというのに一日に一四時鳴らしてもまったくなにも思わないのがきちがい兄貴だ。本当に、ヘッドホンをして静かにてやろうとかそういうつもりがまったくない。一日に七時間しか、鳴らす時間がないなら、七時間しか鳴らせないけど……この七時間だって、どれだけくるしいと思っているんだよ……きちがい兄貴、平日五日間、七時間でいいから、きちがいヘビメタと同じ音量で、自分の嫌いな曲を鳴らしてみろ。

どれだけの音か。それで、一〇分間は、きちがい兄貴が静かにしてやった音にしていいよ。六時間五〇分、きちがい兄貴が気にせずに、どかすか鳴らした音で鳴らして、一〇分間は、きちがい兄貴が静かにしてやったつもりの音で鳴らせばいいよ。譲歩してやった。一〇分間でも、一デシベル下げてやれば、それがどれだけ、でかい音だって、「譲歩してやった」ことになる。……だから、ゆずってやったのであって、あとからあとから、言ってくるほうが悪い……こういう気持ちになって、執着して執着して、頑固に頑固に、こっちがどれだけ言っても、その音以上には落とさないで、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、続けて!!鳴らし切ったのである。

切ったんだよ……きちがい兄貴が途中でやめて、本当に静かにしてくれるなんことはないんだから。これも親父と話しているのと同じだからな。これ……親父と話しているのと同じなんだよな。……うちじゃぁ、ヤリガチできるときに、ヤリガチしたほうが勝ちなんだよ。で、一切合切、関与を認めない。一切合切責任を持たない。やったつもりがないだから。

けど、本当は毎日、執着して執着して執着して、頑固に頑固に、一分だってゆずらないで、発狂モードでやり切る。やり切るんだよ。「できない」なんてことはないんだから。その場で、「できない」とは感じないわけだから。なんて言うのかな、本当に、斧かなんかで、一気に、殺さなかったら、無理なんだよ。これ、本当に普通のうちに生まれた人だとわからない。

で、たちが悪いのは、きちがい兄貴が、わかってないということだ。きちがい兄貴は、きちがい親父がやったことについては、理解してるんだよ。わかっている。けど、きちがい兄貴が俺にやったことに関しては……自分が!!やったことに関しては、親父と同じようにまったく理解してない。わかってない。そういう、モードでやり切ったことは、やってないことなのである。

本人にとって、「つ・ご・う・が・わ・る・く」なったら、一五年間毎日、頑固に頑固にこだわってこだわってこだわってこだって、一分だってゆずらずにやったことでも「やってないこと」になってしまう。やっている時から……本当は、「つもりがない」。認めるのが都合がわるいことは、やってないことになっている。じゃ、やめてくれるかというと、それはもう、一分だろうが、死んでもないんだよな。だから、本人は、平気でやるきることができる。話してわかるとかそういうレベルじゃないから。「お兄さんに相談すればいい」「家族で話せばいい」こういう、提案が、どれだけ俺を破滅的な気分にさせると思っているんだ。

これ、無理なだけどな。これもまた、普通の人に、言っても、……。「せっかくアドバイスしてやったのに、そうしようとしない」とか言い出すことなんだよな。これ、普通の人は、まったく悪くないけど、……そういう効果が有る。これ、挟まれる。親友とのやり取りでもこういうことがあった。というか、なんて言うのかな……。これ、まるで俺が人のアドバイスには耳を傾けない頑なな人みたいじゃんか。で、これ、言っても、どうにもならないんだよ。だから!まこっているんだから。相談するって、どれだけ!! 

だから、相談するために、交渉のテーブルにつけなければならないのだけど、交渉のテーブルにつくかどうかはきちがい兄貴の自由だということになっていると、交渉のテーブルにつかないまま、三年間、鳴らし続けるということになってしまうのである。ずっとそうだよ。六年間、七年間、八年間、……一〇年間、……一四年間。ずっとそうだよ。どれだけ骨絡みか。

で、「親はなんて言っているんだ?」「そんなに鳴らしていて親が注意しないのはおかしい)とか言い出すひともいる。こういう人たちにとって俺は、提案してやったことを、しようともしないアホなやつなのである。親父のことだって、普通の人に説明してどれだけの人が一発で納得すると思うんだよ? 「そんなことないんじゃないかな」「ちゃんと言えば、お父さんだってわかってくれるよ)みたいな反応を返してくる人がいる。

で、何回も言うけど、そういう人が、悪いわけじゃない。悪いわけじゃないんだけど、ちょっとしたトラブルになる。こっちの気分は最悪だ。で、「言いたいことがあれば言えばいい」とかそういうことになるんだけど、これ、言っても、半信半疑のままなんだよな。普通の家に生まれ育った常識的な人はそういうところがある。なんていうのかな「言えば伝わるよ」「相談すればいい」……。傷つくのは僕の勝手なんだけど、これ、けっこう破滅的な気分になる。あ~~あって思う。また、これか~って思う。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。