2015年12月5日土曜日

自分が自分のカネでやっていることに、ちょっとでも「ケチがつく」事自体がゆるせない

あ~あ、本当につまらないな。つまらない。どうしょうもなくつまらない。つまらない。

これ、どうにかならないのかよ? どうにかならないのかよ? この気分。あ~あ。これは、ない。こんなのを続けていてはいけない。こんなのが、続くわけがない……と言いつつも、ずっとこの調子だからな。

どうやって復活すればいいんだろう。俺がなにをしたというのだ?? きちがい兄貴にやられていただけではないか。まるで、俺が悪いことをしたように思われている。というか、なんて言うのかな? なんて言うのかな? 言葉が見つからない。

けど、ともかく、疲れた。きちがいヘビメタに対処?して疲れた。ずっときちがいヘビメタ騒音が続いたから、全部めちゃくちゃ。で、何度も言うけど、きちがいヘビメタ騒音で破綻した時の気持ちが、そのまま!!!!本当にそのまま!!!ずっと、何十年も続いている。毎日毎日、何十年も続いている。あの時のままなのだ。

あの時の、……さまよっていた時の僕のままなのだ。きちがいヘビメタ騒音で、普通の進路を断念しなければならなくなった宙ぶらりんの僕のままなのだ。だから、つらい。

で、僕が僕である以上、僕からは逃れられない。だから、僕がどこに行っても、僕の憂鬱が続いてしまう。宙ぶらりんな、死にたいほどの憂鬱が続いてしまう。

けど、死にたくはないんだけどね。怒りがあるし。

けど、どれだけ、我慢してがんばっても、無駄だったんだよな。あれは、やられていたら無理だろう。全部、無理。本当に全部無理なんだよな。全部無理。いいわけがない。いいわけがない。いいわけがないだろ。そんな状態でずっと暮らしして、いいわけがないんだよ。こころが全部、張り裂けそうだ。本当にくるしい。誰もわからない。僕しかわからない。

けど、くるしい。くるしいんだよ。マイナスなんだよ。どれだけやせ我慢してたえたとしても、マイナスなんだよ。日々、常にマイナス。きちがいヘビメタ騒音がなっているからマイナスなんだけど、きちがいヘビメタ騒音のマイナスは、ないものとしてみなされるので、……世間的にはないものとしてみなされるので……すべてがすべて、くるしいことになる。きちがい兄貴、お前がやったのはそういうことだ。ゆるせない。

これ、きちがい兄貴にとってみれば、自分が鳴らしたいように鳴らすのはあたりまえのことで当然の権利みたいなものなのだけど、違う。鳴らす権利がなかった。あるわけがないだろ。時分は鳴らしていいから鳴らしている……がたがた言うな……これが、きちがい兄貴の態度だ。で、鳴らしているんだけど、鳴らしているつもりがない状態なのだ。

あまりにも、全部、自分が鳴らすのがあたりまえすぎて、やっている感じがしてない。本当にきちがい。いまだに、そういう気持ちがあるんだよな。だから、まるで、ひとごとなんだよ。「そんなんだったのかなぁ?」みたいな感想しかない。

自分が意地になって、一〇年以上、毎日頑固にやったことなのに、まるで自分が関係ないみたいな感じでいる。で、鳴らしている時から、そういう状態なんだよな。こころでは、鳴らしていないつもり……鳴らしてないのと同じつもりで、からだは、全部がめて、好きなように鳴らしている状態だ。

だから、「絶対無責任」の境地に立っているわけで、自分かやっていることなのに、自分がやっていることではないような気持ちでいるのである。一切合切関係がないんだから。

関係がないから、わからない……それだけ。どれだけ、「困る」「鳴らすな」「うるさい」「やめてくれ」と言われても、その時、追い払えば、それでおしまいなんだよ。感情が切れている。感覚が切れている。きちがい親父とまったく同じ。「つながってない」。自分の感情が、切れている。細かく切れている。つながってない。常につながってない。

だから、「やったってやってない」という状態でずっとやり切る。本人は、どれだけなにを言われても、なにも感じない。で、自分が好きなだけゆずってやればそれでいいという考えしかないから、ほんのちょっとでもゆずれば……ゆずったことにならないような時間……ゆずったことにならないような分量……ゆずってやれば、それでもう、本人は満足して、どれだけなにを言われても、なにもしてないつもりで、安心して、ドカスカ一〇時間でも一二時間でも鳴らせる。

「明日、入学試験」があるからやめろと言われても、安心して七時間鳴らせるなら、きっかり七時間、一分もゆずらないで鳴らしきる。で、ゆずってやったつもりでいる。何も問題がないつもりでいる。本当は、自分の意地を通して一分もゆずってやらなかったのに、七時間中、七時間ゆずってやったつもりになってしまう。

だから、本人は、まるで迷惑をかけてないつもりでいられる。そして、ずーーーっと、どれだけ何回「やめろ」と言われても、七時間、全部鳴らすことができる。

で、なにも感じない。弟の入試の邪魔をしたつもりがまったくない。じゃ、言えば静かにしてくれるのかというと、それはも、う、ぜぇぇぇぇったたたぁぁぁいにありえない。一分だって、ほんとうに自分が我慢してゆずるのは耐えられない。自分がゆずりたい分だけゆずる……これを、死守している。

だから、本当に一デシベルでも静かにしてやれば、それで、いいのである。けど、一〇一デシベルで鳴らしていたとして、一デシベル静かにして、一〇〇デシベルで鳴らした場合、うるさいんだよ。それがわかってない。自分が一デシベルでも静かにしてやったら、それは、たとえ一〇分だろうが、も・の・す・ご・いことなのである。

「やってやったやってやってやった」「(せっかくやってやったのに)なんだ!!!なんだ!!」ということになる。これ、きちがい親父がやり始めたことだけど、きちがい兄貴もまったく同じ。きちがい兄貴は騒音でそれをやって、きちがい親父は、お金でそれをやったんだよ。

で、本当に、きちがい親父はそうやって、子どもをいじめていたので……もちろん、そうやって、じめているつもりなんてまったくないのだけど、常に、カネのことでいじわるをして、相手の希望を打ち砕くということをしていた。自分のカネかどうかがものすごく重要な事になっている。自分のカネでやったとは、なんだろうがいいのである。自分のカネなので、やる権利があるのである。主観的には、自分のカネなので絶対にやる権利があって、相手がなにを言おうが聞かないということが、ずっと繰り返されていた。

きちがい兄貴は、自分がバイトをして、自分のカネで買ったヘビメタ道具で鳴らしているから、どれだけ鳴らしても、いいのである。これ、きちがい兄貴が気がついているかどうかわからないけど、「うちで鳴らして良い」理由の一つだよ。

もう、こういう思考が頑固にこびりついていて、そんなの、自分の金で買ったものかどうかなんて関係がないと言われたって、そんなのはわからない。気分的には、ともかく、自分は「うち」では、……「ここ」では、鳴らしていいわけで、「鳴らすな」と言ってくるほうがおかしいという気持ちしかない。

気分的には、どれだけ言われたって、「鳴らしていいから鳴らしている」という気持ちしかない。そういう立場で鳴らしている。悪いことだと思ってないのである。どれだけなにを言われても、自分が悪いことをしているつもりかない。迷惑をかけているつもりが、正真正銘、まったく生じない。そういうやり方なんだよね。毎日全部、毎分毎秒、頑固に全部そういうやり方でやり切る。

で、ともかく、自分がゆずりたいぶんだけゆずればいいということになっているので……きちがい兄貴の頭のなかでそうなっているので……一〇分間ぐらい、ほんのちょっ~~~とだけ、音を落としてやればそれでいいということになっている。それで、入学試験の前の日に、一二時間鳴らしたっていいということになっている。やっていいことをやっているのだから、なにも反省する必要はないのだ。やっていいいことをやっているのに、ガタガタ文句を言ってくるほうがおかしい。そういう感じ方しかない。

だから、入学試験の前の日に一二時間鳴らせるのであれば、一二時間、全部鳴らしきって、それで、「ゆずってやったつもり」でいる。何十回怒鳴りこんでも同じなんだよ。交渉のテーブルにつけと、三ヶ月前から、交渉しているのに、ぜんぜんまったく知らないまま??……きちがい兄貴の意識のなかではまったく問題にならないまま、知らないまま??……その三ヶ月間、全部毎日やりたいようにやり切る。

で、何度も言うけど、どれだけやったって、悪いと思わない。そもそも、どれだけなにを言われても、迷惑をかけているという感じがしない。そんなのは、それこそ、「知らない」のである。どれだけなにを言われても、何回言われても、「知らない」のである。「やっていいからやっている」という気持ちしかない。そういう気持ちの根源に、きちがい兄貴が自分で買ったヘビメタ道具だという認識があるのである。自分の金で買ったヘビメタ道具だから、どれだけやってたって、良いのである。文句を言ってくるひとがいたら、そいつがおかしいのである。自分の金で買ったのに、文句を言われる筋合いなどはないのだ。なんでなら、自分の金で買ったものだからだ。自分の金で買ったということが、でかいわ、でかいわ、測りきれないほど大きい。

一秒でも自分ができる範囲で……要するにまったく我慢しないでやれる範囲で……静かにしてやれば、それで、良いのである。一日に一秒でも、そうやって、本当には我慢しないで済む、自分がまったく抵抗を感じないほど、微々たる量、静かにしてやれば、それで、十分に静かにしてやったことになってしまうのである。……きちがい兄貴のなかでは。

客観的には、一日中、どれでかい音で鳴らしていたとしても。自分が、自分のカネで買ったもので、やっていることに文句がつくこと自体がゆるせないことなのである。認めない。そんなのは、認めないのである。どれだけなにを言われても、そんなのは、断固認めない。断固認めないのだけど、断固認めないということも、断固認めない。自分が自分のカネでやっていることに、ちょっとでも「ケチがつく」事自体がゆるせないことなのである。

だから、本当にゆずるということがない。自分がゆずらないまま、自分の意地を押し通して、鳴らして、それで、ゆずってやった気分になっているだけなのだ。さっきも言ったように、一〇一デシベルで鳴らしていたものを、一〇〇デシベルにしてやれば、静かにしてやったつもりだけ手に入れることができる。ものすごくでかい音で鳴らして、その音から一デシベルだけ下げてやるというやり方で、静かにしてやったことにしてしまう。

本当には、もちろん、静かにしてない。きちがい兄貴がどでかい音で鳴らしたままだ。きちがい兄貴にとっての「我慢」というのは、そういう我慢なのだ。そういう我慢でも、ともかく「自分がやってやれば」「我慢してやってやった」ということになる。本当は、一日中、どでかい音で鳴らしているんだけどな。頭がおかしいから、ごく普通にこういう芸当ができる。

本人はまるで悪気がない。実際には静かにしてないのに、……一分だって静かにしてないのに……最大限静かにしてやったと思うことができる。頭がおかしいから。で、頭がそういうふうにおかしくなっていることで、きちがい兄貴は、「得」をしている。自分が本当には我慢せずに、全部の時間、自分が満足できるどでかい音で鳴らすことができる。

自分か満足できるどでかい音で鳴らすというのが、命にかえてもでかいことなのである。だから、本当には、一分もゆずらない。けど、ぜんぜん悪いと思わない。「静かにしてやった」と思うことができる。そういう毎日だ。十年間、十四年間、全部、同じだよ。一日目から、一四年と一日目まで、全部同じ。全部、そういうやり方で、こっちがなにを言ってもやり切る。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。