2016年4月8日金曜日

●バス停で事故を目撃したなら バス停の妄想(公開バージョン)(小説)

●バス停の妄想

かりに、たとえば、三角さんがアメリカに旅行したとしよう。で、アメリカのバス停で、ゲームボーイ」をいじってたとしよう。そうしたら、三角さんの前を走り抜けたバスが、道を外れて、歩道に突っ込んで、歩道を歩いていた人、子供を含む十数人が死んだとしよう。まあ、ゲームボーイじゃなくてもいいよ。たばこの箱でも、スマートフォンや小型のパソコンでもいい。ともかく、そういう事故があったとする。

そうしたら、とあるアメリカ人が、三角さんのところまで来て、「おまえは、かの組織のエージェントだろう。アメリカ人を抹殺するために、そのディバイスで、電磁波を発生さて、バスを遠隔操作したんだろ。日本人がアメリカ人を抹殺しようとしている。子供たちがかわいそうだ」といったら、三角さんはどう感じますか? と訊いておきたい。

三角さんがやっていることは、こういうことなのだ。勝手な決めつけがある。三角さんは、たぶんだげと、自分がやられたら、ひどいことをされた、ひどいことをされたとわめきちらすだろうと思う。実際、自分がなにもやってないのに、犯人に仕立て上げられてしまうというのは、ひどいことだ。自分がなにもやってないのに、「疑いがかかる」ということでさえ、気分のいいことではない。かなり悪い気分になることだと思う。

三角さんに、「アメリカ人を抹殺するために、電磁波を使って、事故を発生させた」といってくるアメリカ人が、本当にそういうふうに思っていたら、どういう気持ちになるか? ということを、問いたいのである。相手は、本当にそういうふうに思い込んでいて、自分(三角さん)がどれだけ、そんなことじゃない。そんなことはしてない。このゲームボーイでは、バスを操作するような電磁波なんて、出せない」といっても、そのアメリカ人は、三角さんが、電磁波を使って、事故を発生させたといってゆずらない。

三角さんにもわかるようにわざと、設定を変えたんだけど、たぶん、わからないだろうなと思う。この、設定を変えたバージョンだと、他の人にもわかりにくいので、設定を変えてないバージョンの話をしておこう。

設定を変えてないバージョンの話は、こうだ。ドイツ人のマルターさんが、バス停のベンチに座って、ゲームボーイをいじっている。そうしたら、マルターさんが座っていたベンチの向こう側の車線を走っていたバスが、歩道の方に突っ込んでしまう。歩道には、当時、子供一人、大人三人の計四人の人がいて、その人達が、バスに轢かれて死んでしまう……としよう。


三角の目からすると、外人はみんなアメリカ人に見える。ドイツ人もカナダ人もイタリア人も、全部、アメリカ人なのだ。そして、アメリカ人が、電子ディバイスを持っていたら、そのアメリカ人は、悪の組織のエージェントで、その電子ディバイスは、車などを操作する電磁波を出す特殊なディバイスなのだ。

バス停のベンチに座っていたのが、ドイツ人でも、三角には、アメリカ人に見える。日本にいるアメリカ人は全員、悪の組織のエージェントに見える。スマホであろうが、なんかのゲーム機器であろうが、特殊な電磁波を出すディバイスに見える。三角からすれば、それらは全部、真実で、それを認めない人たちは、全員、マスコミや教育に洗脳されているのだということになる。


東日本大震災の時もそうなんだけど、「アメリカ艦隊が太平洋上で目撃された」ということが、アメリカ軍が原子爆弾型の地震兵器を使ったということの、「動かぬ証拠」になってしまうようなところがある。これは、三角さんの中で、「動かぬ証拠」になっているだけで、こんなもの、全然証拠にならない。

ところが、三角の中では、それは絶対に正しいことなので、それについて、批判する人は、これまた、悪のエージェントになってしまう。三角がそういうふうに思い込んだら、誰がなんといっても、三角の中では、それが絶対に正しいことなのである。

だから、「正しいことを言っているのに、批判、非難されて、悔しいと思ってしまう。「みんな、洗脳されて、本当のことがわからなくなってしまっている」「こんな汚い世界は滅んだ方がいい」と考えてしまったとしても、不思議ではない。というか、こころのなかで、「みんな死ね みんな死ね」と叫んでいるのである。この世はきたなくなりすぎたから「粛正」が必要だというようなことを考えているのである。で、それを、関係がないスレ(スレッド)に書きまくる。とりつかれたように、書きまくる。

話を元に戻す。

「アメリカ艦隊が太平洋上で目撃された」から、なんだというのだ。「太平洋上で目撃された」から「原爆を使って地震を起こしたに違いがない」と考えるのはおかしい。すくなくても、「太平洋上で目撃された」ことが「原爆を使って地震を起こしたことの証拠にはならない」。しかし、三角の中では、そういうことが、つながっているんだな。いったんつながりができたら、他人が否定しても、絶対に、つながりが切れない。

それから、「誰が目撃したのか」ということが全然明らかにされていなくても、「絶対の証拠」になっている。さらにいうと、「目撃されたとされている」などということになって、全く話があやふやなんだけど、話があやふやな割に、「絶対に正しい」というような自信が、揺らがない。それもおかしいといえばおかしい。

これも、「目撃された」という表現と、「目撃されたとされている」というような表現が、同時に使われていて、「目撃された」と「目撃されたとされている」の区別がついてない。あるいは、そういう区別がどうでもいい次元の話になっているのかもしれない。


けど、こういうことにはもっとまずいことがあって、それは、三角が、批判をした人を、悪のエージェントだと思い込んでしまうことた。三角からしたら、自分の意見を批判する人、自分の意見に疑問を投げかける人は、みんな「悪のエージェント」だ。「アメリカ軍をかばっている」「秘密が漏れるのがそんなに怖いのか?」などまじめに言ってしまうのが三角さんなのだ。

それにしても、近くにいることを目撃されたら、それが、ある具体的な行為の証拠になってしまうという、思考回路はどういうものなのだろう。これ、不思議だな。

三角によると、その目撃されたアメリカ人が、電磁波を使って、バスを遠隔操作して、わざと日本人の子供にぶつけたということになっている。で、三角さんの中では、それが「真実」で、それを信じない人は、「洗脳された家畜だ」ということになる。


自分の中(三角さんのなかにある)「悪のエージェントが日本人を抹殺しようとしている」というような幻想というか妄想の軸があって、どんなニュースでもその軸に、絡みついてしまう。

だいたい、「アメリカ人が」ということになっているけど、その人の国籍がアメリカなのだということを、調べた人がいない。ようするに白人だったら、みんな「アメリカ人」だという思考方法なんだよな。そこで、たとえば、僕が次のように言ったとする。

「アメリカ人が……といっているけど、その人は、カナダ人かもしれないし、オーストラリア人かもしれないし、イギリス人かもしれないぞ。その人がアメリカ人だということは、誰がどのように確かめたんだよ」と。

そうすると、三角さんは「(おまえは)アメリカ人をかばってる。さては、真実が公表されるのが怖いんだな」みたいなことを言う。で、それは、「本気」で言っているのであって、本気で、私のことを、「悪のエージェント」だと思っているのだ。

嘘とか悪口で、悪のエージェントだと思っているのではなくて、本当に悪のエージェントが、自分の書き込みを「監視」していて、「真実が公表されるのが怖いから、自分にいちゃもんをつけてくる」と思っているのだ。

そういうことの、薄気味悪さがまた、そいつから人を遠ざける原因になっているのだけど、本人は、そういうことは考えない。本人からすれば、自分の言ったことを批判してくる人が本当に悪の組織のエージェントで、その(批判した人に)賛成する人は、悪の組織に洗脳された人なのである。

で、俺は考えたんだけど、多分だけど、自分が同じことをされれば、それは、相手が勝手なことを言っているということがわかるはずだ。

たとえば、三角さんが、アメリカを旅行していて、バスを待つために停留場にいたとするだろ。そうしたら、なんだか知らないけど、バスが歩道の方に突っ込んで、結果、歩道を歩いていた人が死んだというような事件が起こったとする。……あくまでも仮定の話だ。

そうしたら、とあるアメリカ人が三角さんのところににきて、「おまえが、電子ディバイスで電磁波を発生させて、あのバスをコントロールしたんだろ」と言ってきたらどう感じるかということなのだ。どう感じるだろう? たぶん、「こいつ、なに言ってるんだ。そんなこと、するわけがないだろ。いちゃもんをつけてくるな」と感じるだろう。

そういう場合は、相手が言っていることが「正しい」とは感じないのではないだろうか。しかし、とあるアメリカ人と三角の思考回路は全く同じだ。

だから、自分がやっているときは全く気がつかないのだけど、他人が自分に「やってきたら」それは、「変だ」ということがわかるのではないだろうかと思う。自分が普段使っている同じ理論を使って、ほかの誰かが、自分を責めてきた場合には、それの理論がおかしいということが理解できるのではないだろうかと思うのだ。

しかし、普段自分が、他の人にいちゃもんをつけているとは、絶対に考えないんだよな。こんなもの、本当にいちゃもんでしかない。いちゃもんでしかないのだけど、三角の中では「動かぬ真実」なので、それについて批判したり、疑問を投げかけてくる人がいると、その人のことは、本気で「悪の組織のエージェント」だと思ってしまうのだ。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。