2016年3月28日月曜日

だから、言ってるのに……

親父は、カレーとかシチューをかならず、こがす。あいつはぁ!!! せっかく作ったのに! なんで、焦げ臭い、燻製みたいな味のシチューを食べなければならないのか? あいつは、早くあたためたいので、最大火力で、火にかけるんだよ。もう、そういうふうにできている。言っても、なおらない。最大火力して、鍋のそばをはなれるんだよ。これもかわらない。

で、けっきょく、こがす。しかも、「こがしてない」とか言いやがる。こがしているのに。学習をしない。普通さ、たとえば、乾いているシチューをあたためなおすときは、ある程度、水かお湯を入れて、混ぜたり、鍋の底にくっつかないように、なるべく鍋の底の部分に水やお湯が、行くようにするよな。それが人間てものだろ。けど、親父は、そんなことはしない。早くあためたいから、水やお湯をくわえないまま、あるいは、水やお湯が鍋の底に行き渡るようにしないまま、最大火力で、火をかける。

何度も言うけど、かならず、火をつけっぱなしにしたまま、コンロからはなれるんだよな。「まぜる」とか「かきまぜる」ということをしない。表面が乾いたシチューだろうが、だいぶ固くなった?カレーでも、かきまぜないで、そのまま、お湯のように、火にかける。そりじゃ、だめなのに、何回言っても、けっきょく同じことをするんだよな。昨日、横になって、下に行きたくない時間に、焦げ臭いにおいがしたから、こんなことになるかなと思ったけど、いっくらなんでも、学習しているかなと思って、注意しに行かなかった。やっぱ、こうなってたか。けど、俺は、親父に、食べさせないようにするというのは、いやだ。そういういじめみたいなことはいやだ。だから、言ってるのに……。

で、でかい声で注意すると、「食わない」というようなことになったりする。俺が言いたいのは、ちゃんと普通のやりかたで、あたためなおしてくれ!!ということなのだけど、そういうことが、つたわらないんだよ。そうなると、俺がまるで、いじめてるみたいじゃないか。食わせないようにしていじめてるみたいじゃない。

別に脳こうそくで倒れたから、そうなっているわけではなくて、「もとから」そうなんだよ。(俺が)小さい時は、そりゃ、俺が注意することなんてできない。お母さんが、どれだけ注意しても、頼んでも、きちがい親父は、やりたいようにやるから。力の関係というのがあって、俺や兄貴が小さかった頃は、親父のひとり天下だ。こっちが、一般的な正しいやり方でやっているのに、きちがい的な思いつきで、きちがい的なやり方を押し付けてくる。で、押し付けるというのが、もう、発狂!!発狂!!発狂!!発狂!!なんだよ。そういう歴史がある。

家族アドバイサーや、中立を装う人は、実は、そういうことがわかってない。歴史がわかってない。歴史はなかったことにされてしまう。こんなの、卑怯だろ。Aさんと、Bさんがいて。Aさんが、一〇〇〇発なぐったとする。で、一〇〇〇発なぐったあとに、中立を装うアドバイサーが出てきて、「いままでのことはなかったことにしましょう」と言う。Bさんに一〇〇〇発、なぐらさせてくれない。BさんがAさんを、一〇〇〇発なぐったあとに、「いままでのことはなかったことにする」わけではないのだ。

こういうことは、毒親と子供と中立を装うアドバイサーの関係にも当てはまる。中立を装うアドバイサーは、子供が毒親にされたことを、子供が、毒親にやり返すということを、させない。もう、その時点で、中立じゃない。子供が四歳五歳と、小さい時は、毒親のやりがちだ。いじめが、普通に成立するようなものなのである。でも、毒親は、怒り狂っていながら、傷ついている。

これが、わかるか? 不満を爆発させている方が、「傷ついている」気持ちになっている。これが、わかるか?? きちがいだと、そういうことになってしまう。これがわかるか?? 中立を装うアドバイザーは、すくなくても、そういうことは、わかってなきゃいけないんだよ。

けど、中立を装うアドバイザーは、毒親にやられたことがないからわかってない。中立を装うアドバイザーの親は、普通の親なのである。で、どっちかというと、かつて、中立を装うアドバイザーが性格的にひねくれていて、親に不満を感じいたというパターンなのである。

そりゃ、親が普通の人間でも、なにかしらの不満は出てくるものなのである。で、そういう不満と、きちがいにやられた子供が抱える不満というのは、質的に違うんだよ。その質的な違いがわかってない。そういう、ある意味、鈍感で、思考力がないやつが、中立を装うアドバイザーになったりする。あるいは、常識おじさんとして、わかったようなことを言う。

親が、ひどい発達障害だった場合のことなんて、わかるわけがない。大人の発達障害って、はやっているから、そういう言い方をするけど……したほうが伝わりやすいと思うのでそういう言い方をするけど、発達障害の場合もあるけど、神経症領域の場合もある。あるいは、幻覚や幻聴がない統合失調症の場合もある。いわゆるボーダー(境界性パーソナリティ障害)である場合もある。

ともかく、一定数、わけがわからないことをする人達がいるんだよ。

けど、中立を装うアドバイザーは、そういう人たちが親になっている場合というのを、最初から、除外して考えてしまう。どの親だって、子供を本当は、かわいがっている。子供のことを考えている。ただちょっとしたボタンの掛け違いがあるだけだ」なんて、のんきなことを言ったりする。それは、はずれている。間違いだ。

個人には個人の認知の仕組みがあって、普通の人では、許容できない認知の仕組みを持っているものがいるんだよ。そういう人が「親」である場合もあるんだよ。これが、わかってない。親が普通の人なのに、子供のほうが、満たされない「甘えた」感情を保つ場合がある。中立を装うアドバイザーがかつて、そういう子供だった場合、中立を装うアドバイザーは、「みんなそんなものだ」と思ってしまう。「親子の関係はそういうものだ」と思ってしまう。

だから、本当に親が、なんらかの精神疾患を抱えている場合というのが、わからない。中立を装うアドバイザーの甘えは、あるいは、甘えた感情は、精神疾患と言うほど、強くはない。健常者の範囲だ。

だから、「だれだって、そう」とか「だれだって、不満を感じる」というふうに理解してしまう。けど、違う。なんらかの精神疾患を抱えている親か、発達障害の親にやられた子供が抱えている不満というのは、中立を装うアドバイザーが考える「子供が抱える不満」、あるいは中立を装うアドバイザーが考える「子供が抱えがちな不満」というのとは、違う。

で、中立を装うアドバイザーだけではなくて、常識的な人も、同じようにここらへのことがわかってない場合がある。そりゃ、いわゆる「健常者」に育てられて、こんなことがわかる人のほうがおかしい。そりゃ、だれだって、精神疾患を抱えるほどではないにしろ、性格的な歪みがあるから、不満を抱えることはあるんだけど、それは、やはり、質的に違う。

けど、自分が見た範囲のことでしか考えられないから、そういう間違いが起こる。自分のことを基準にして、考えてしまうのである。「どこだってそう」「みんなそんなようなもの」と。けど、違う。明らかに違う。どちらかと言うと、考え違いをしているのは、中立を装うアドバイザーや常識的な人だ。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。