2016年4月27日水曜日

認知療法家の頑固さは、ある意味、きちがい兄貴の頑固さと同じ

あの感覚がよみがえっちゃうんだよな。やっぱり、苦しい。苦しいったらありゃしない。どうしても、苦しい。考えようで、苦しくなくなる? 冗談じゃないよ。やっぱ、苦しいよ。「あ・れ・は・な・い」って思う。あれはない。あれはない。あのときの、ヘビメタ騒音の連続が忘れられない。あのときのきちがい兄貴の態度……渡り廊下での態度が……忘れられない。あのときの、外を歩いているときの破滅的な気分が忘れられない。

最近、寝ている時間が多い。多くて長い。いま、午前〇時五四分で、普通の人は寝ている時間だけど、やっと、水分を補給した。まだ、ご飯は食べてない。さっき、起きたばかりだ。ものすごく、喉が渇いて、数時間おきに起きている。だから、水分は、補給されていると思うけど、……これは、ひょっとしたらなんかの病気かもしれないな。やたらとのぞが乾く。これは、ちーって音が始まった、二年前から続いている。で、それとは別に、腹が痛い。これは、一週間ぐらいかな。まずいんだよ。なんか、「身も心も疲れ果てた」という感じだ。これで医者に行っても、たいした進展はなく、現状維持みたいな感じになるんだよな。薬を飲んでもさ。あーーつかれた。本当、つかれた。

まあ、いまは、キーボードを打てるぐらいには、復活したわけだ。グロッキー状態で横になっているときは、キーボードを打つためにここに座るということができない。で、その時の体の状態がヘビメタ騒音をあびたときの体の状態と同じなんだよな。俺は、人知れず、何年間、こういう思いをしてきたんだ。「もう、死にたいよ」……こういうことが、頭のなかをまわっている。けど、そのうち、寝ちゃうんだけどな。けど、死にたくはないんだよ。ときどき、このままなにも残さずに、このままなにも経験せずに、消えてしまうのは、ものすごくこわいことだと思える。「なにも経験せずに」と言ったけど、そりゃ、いろいろなことを経験してきたわけだ。だから、「なにも」というのは、非合理だと考える人もいるかもしれない。けど、そこで言っていることは、そういうことではなくて、「自分がやりたいと思っていたことは、なにも経験できずに」ということだ。

エネルギーがないんだよな。たとえば、ある出来事があって、普通なら一〇〇のしあわせを感じるとするだろ。ところが、ぼくの感じ方だと、三ぐらいしかしあわせの感じることができない。高揚感や興奮がない。「やった!よかった!!」と思うことができない。最大限いいことがあっても、あんまり、感じないんだよね。もちろん、最大限いいことなんていうのは、待っていても来ないので、実際にはないんだけどね。まあ、最大限いいことって、好きな女の子に、告白されるとか……それは、普通だったら絶対に、うれしいことで楽しいことだよな。ハッピーな気分になれるはずだ。けど、ヘビメタ騒音や無職のことが気になって、ハッピーな気分になれない。「この子に、どうやって、無職だということを説明したらいいんだろう?」とか「ヘビメタ騒音のことをずっと言ったら、この子もいやになって、どこかにいってしまうんだろうな」とか、そういうことが気になる。ヘビメタ騒音のきゅーっとした雰囲気というのがない。あるいは、たとえば、宝くじで一〇〇万円当たったとする。絶対に、普通だったら楽しいことだよな。「やった」と思うよな。けど、ヘビメタ騒音以降は、そういうことがあったとしても、そんなに「やった」と思えない。無価値なものに思えてしまうのだ。「それがなんだ」みたいな……。もちろん、アルバイトで一〇〇万稼ぐとしたら、かずかずの耐えがたきことに、耐えなければならないわけで、一〇〇万円稼ぐのは、並みじゃないんだけど……一〇〇万円というのは、ぼくにとってそういう金なんだけど……けど、ヘビメタ騒音をやられたあとは、感情が平坦になっていて、楽しむことができない。怒りのほうは、メーターが振り切れるほど、感じてしまうのだけど、楽しみのほうはないんだよね。本当、きちがいヘビメタが八年以上続いた時点で、ぼくの感情が……楽しみを感じる方の感情が、死んでいる。ともかく、つらい。なんだろうがつらい。持続的にずっとずっと、つらい。ずっと、続いている。あの態度!本当に頭にくる。不満が頭のなか、こころのなかにうずをまいている。ともかく、苦しい。で、はちゃめちゃに疲労してなにもできない。この「なにもできない」というのも、そうやってキーボードを打っているわけだから「なにもできない」というわけではないと考える人がいるかもしれない。けど、そこで、言いたいのは、そういうことじゃないんだよ。これ、本当に、非合理なんだろうか。認知療法家的な考え方というのは、はっきり言えば、「いらつく」。頭にくる。そして、認知療法家はある意味、頑固だと思う。で、その頑固さというのが、ベクトルの違いはあるにしろ、本質的なところで、兄貴の頑固さや親父の頑固さと、似てるんだよな。これ、どれだけの人がわかるのか? ある種の「無視」という機制が働いている。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。