2016年4月21日木曜日

なんか、行動の原理を変えないと、俺はこのままだ

なんか、行動の原理を変えないと、俺はこのままだ。どうにかして、なにかを変えなければ。
このままでは、このまま歳を取って、死ぬ。さみしい気持ちを抱えたまま死んでしまう。

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また、動けなくなってしまった。また、「一日一個法」でやっていくしかないな。


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にしても、つかれた。やっぱり、一〇年ぐらい「ひきつった」生活をしていると、人間というのはだめになってしまうらしい。家に帰ればヘビメタ騒音が鳴っている状態で中学、高校と通学しただけで、ぼくの人生終わっている。きちがい兄貴はまるで気にしてないけど、一日でもすごいことだからな。ひどいことだからな。どんだけひどいことか、「いま住んでいるうちで」やればわかる。あるいは、自分が!!!一日、自分の嫌いな音をあの音のでかさで、浴びせられれば、わかる。一日でわかるよ。次の日、学校や職場に行くことが、どれだけつらいか。日中、どれだけのだるさがおそってくるか? そして、「だるいけど、だるいからできない」という状態で責任がかかることをしなきゃいけない。あるいは、みんなと同じようにマラソン大会に出場しなければならない。ヘビメタ騒音にやられて、前日、前々日とだるくてだるくてしかたがなくて、ちょっと歩いたら、顰蹙を買う。なんだか知らないけど、クラス対抗みたいになっていて、ひとりでも歩いたものが出ると、ダメらしかった。何千日もヘビメタ騒音が続いて、そういうことの連続だよ。いまも、ヘビメタ騒音でつらい。これ、本当に、一〇年以上やられた人じゃないわからないみたいなんだけど、しんどい。身体的にも苦しいし、本当に、「やる気」が出ない。とうてい働けない状態なのである。けど、「働けない」と言うことができない。言ってもいいけどさ。けど、なんというか、不満を感じる人たちがいるんだよな。ヘビメタ騒音で働けないといっても、認めない人たちが半分ぐらいはいる。何度も言うけど、そういう人たちとのあいだに、溝ができる。マラソン大会の時、歩いてしまったあとに、「ヘビメタ騒音が……」と言っても、「甘い」とか言われるのと同じだ。帰れば鳴っている。休みの日は、朝から鳴っている。死にたい。本当に、夏休みも冬休みも春休みも、有効に使えたことがない。ヘビメタ騒音で遅れた勉強を取り戻すということができない。夏休みも冬休みも春休みは、一日一四時間に増えてしまう。どれだけ言っても、「その日」一時間だって、静かにしてくれない。三〇分だって、二〇分だって、一〇分だって、鳴らさないで、我慢して静かにしてくれるということがない。きちがい兄貴が、きちがい兄貴の基準で、静かにしてやったつもりになって、五分間ぐらいドカスカ、鳴らすと、きちがい兄貴のなかでは、一日中静かにしてやったのと同じ」ということになってしまうらしい。そういう、きちがい魔法、きちがい自己洗脳を使って、がんがん鳴らしまくる。一切気にしない。きちがい兄貴の一五年間というのは、そういう一五年間なんだよ。うちにいる限りは、その魔法がかかっていて、どれだけなにを言われても、気にしないで鳴らし続けることができる。気にしないでと言ったけど、言われたら!!!腹を立てるのである。腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。鳴らさないで我慢するなんて発想自体が、ない。鳴らさないで我慢しなければならないという状態を突きつけられたら、きちがい親父が、逆上するように逆上してしまうのである。なにを言っても、一切合切つたわらない状態になってしまう。で、やり切るんだけど……一〇時間でも一四時間でもやりきるんだけど、……やり切ることができたら!!……一分も本当にはゆずらないで、自分の思いを通すことができたら!!!……やってないことになってしまう。まったくなにもやらなかった。まったくなにも言われなかった。「言えば静かにしてやったの」にみたいな気持ちになってしまう。というか、そういう状態なんだよ。何十回怒鳴り込まれても、……なにもいわれなかった……こういうふうに思ってしまう。自動的に!!! で、本人はまるで気にしてない状態が「できあがる」。で、なにも気にしてない状態ができあがったら、本当に本人の主観としては、なにもしなかったと言うことになってしまうのである。だから、本人は、いつでも気楽なんだよ。じゃ、一分でも、鳴らさないで静かにしてくれるかといったら、それはもう、ぜぇぇぇぇっっっったにい、ない!!! 死んでもない。「一分だってゆずるのは絶対にいやだ」という状態になってしまう。そういうとがった気持ちで、鳴らしまくる。わけがわからないことを言って、発狂している親父と同じなのである。ハンダゴテ事件の親父のように、言葉が通じない。普通ならひとこと言えばわかることが、絶対にわからない状態になってしまう。一〇〇回言ったって、つたわらない。それで、そういうことを押し付けた」つもりもないんだよね。自分の言い分が通ってしまえば。自分がやりたいことができれば!!!……できなかったら、ひどい騒ぎだけど……一分もゆずらないでやり切ることができれば!!!……なにもしてないということになってしまう。相手は、自分に対して、ひとことも文句を言ってこなかったと言うことになってしまう。「知らないこと」なのである。だから、そういう一五年間が終われば、「そんなになっているとは知らなかった」みたいなことを、平気で言うことができる。嫁さんには「言えば、静かにしてやった」ということをほのめかしたいんだろうけど、頭がおかしい。どれだけの意地でやったか、本人が覚えてないとか、おかしすぎる。



わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。