2016年4月15日金曜日

ヘビメタ騒音で、「鳴ってない時間」もつらくてつらくてしかたがなかった

むなしい。つまらない。あ~~あ、こういう時間か。あ~~。あ~~。これどうなるんだろうな。こういう時間の積み重ねなのか。かりに好きな女の人と一緒に住んでも、変わらないんだろうな。たいして……かわらない。しかし、どうしたものか。

この、しおれた気分。この、しおれた雰囲気。これこそが、きちがい兄貴のヘビメタが鳴り終わったあとの、雰囲気だ。死にたい。鳴り終わったんだから、いいんじゃない」と思う人がいるかもしれない。そうじゃないんだよ。この雰囲気は死にたい。疲労感とやる気のなさがピーク。不安と破滅感がピーク。もやもや度がピーク。

だから、なんていうのかな、やられて、「これはもうおしまいだ」と思っている状態で、苦しい。破滅……「どうにもならさな」と、破滅……「もやもやした疲労」が、わけがわからない状態で、続いている……こんなんじゃ、希望があることを考えられないよね。本当にめちゃくちゃだったなぁ。全部……。

本当につらかったな。ヘビメタ騒音で、「鳴ってない時間」もつらくてつらくてしかたがなかった。希望なんてないよ。

あいつは、何十年間も、俺にこういう思いをさせて「知らなかった」「静かにしてやった」「言い分がある」と言っているんだぞ。そういう態度で、実際には、こっちがどれだけ、困っていても!!ぜーーーたいに一分だって我慢してゆずらずに、鳴らし切ってた。これが本当に、一五年間のきちがい兄貴の姿なのである。「だから、そういう態度で鳴らした」と言って、ぶん殴ってやりたい。一五年分、ぶん殴ってやりたい。ぶん殴っても、なにも解決しないとしても、ぶん殴ってやりたい。……そういう、無視なんだよ。

これ、本人が一番わかってないんだろうな。そういうやり方で、無視して、鳴らせる時間は、全部、きちがい兄貴が気が済む形で……つまり、静かにしないで、我慢してない、鳴らした。一分だって、我慢して、ゆずったことなんてないんだよ。一日に一分だよ。一日に一分、我慢して、ゆずったことがない。毎日毎日、なんだろうが、一日に一分だって、ゆずらない状態で意地を張って、鳴らしてた。こっちが、どれだけなにを言っても、鳴らしてた。

だから、鳴らしているのに……いまになれば……認めるのが都合の悪いことになれば……きちがい親父のごとく、「静かにしてやった」「言い分がある」と言い出す。鳴らしているときは、何千日も、顔真っ赤にして、目を三角にして、絶対に一分だって我慢するのはいやだという態度で鳴らしてたんだよ。これに違いがないのである。きちがい兄貴が、なにを言おうが、事実こうなんだよ。

きちがい親父はきちがい親父で、「顔を合わさなかった」のに、「積極に注意した」だからな。これも、認めるのが都合の悪いことになったら、もう、そういうふうに、変換されてしまう。脳内変換で、嘘をついているつもりがない。こうなったら、今度は、意地でも注意しなかったときのように、「注意した注意した」と言い出す。主張する。頭がおかしい。こういう頭がおかしい人のまわりにいて、俺がどれだけ傷ついたと思っているんだよ。きちがいと健常者は違うんだよ!! それがわかってない。ふつーーの基準で考えやがる。ふつーーの基準が成り立っていたら……どれだけ助かったか。そんなことになってないんだよ。こんなことになってないんだよ。ふつーーの基準が、ふつーーに成り立っていたら、そもそもこんなことになってない。

けど、他人はふつーの基準でものを考えて、ふつーの基準で助言をしてくる。その助言の前提になるものが、根本的に違う。その助言の前提になるものが、根本的に成り立っていなかったから、困っている。まあ、普通の助言をしてくる人は、そういうところがある。本当に、わかってないのである。そういうふつーーの基準が成り立っていたら、俺は、困ってない。こんなふうになってない。愚痴も言ってない。

「よそのひと」には、これまた、一切合切通じないんだよな。我が家の常識が。入っちゃっている人の意地が。意地になって頑固にやっているのに、それがやってないことになっているひとの、頭の中が。態度が。絶対にわからない。どれだけ、俺がそういうことで、「はさまれて」きたか? がちゃめちゃに意地なって、発狂して、一分だって、ほんのちょっとだってゆずらずにやっているやつが、「やってない」つもりなんだからな。あたかも、やってないのと同じ認識、同じ態度だ。頭がおかしい。どれだけの意地でやったと思っているんだよ。ぜっーーったいの意地で、発狂してやり切った!!!

これ、きちがい兄貴をなぐったら、やめさせることができたかというと、そうじゃないのだ。なぐったら、なぐったで、「なぐったのだから、どれだけ鳴らしたっていい」という理屈で鳴らしまくる。不退転の決意で鳴らしまくる。「鳴らしまくってもいい」理由を手に入れたということになる。相手が、暴力を振るったのだから、自分だって鳴らしていい……どこが悪い?」という理屈を武器にして、俄然ゆずらないで、鳴らしまくる。きちがい兄貴のヘビメタ道具を、俺が壊したら、どうなるか? 同じことになる。「人のものを壊すという悪いことをしたのだから、静かにしろなんて言えた義理じゃないだろ」という理屈で鳴らしまくる。そういうことがなくても、同じ分だけ、きちがい的な意地で鳴らしまくるけどね。どれだけ喧嘩しても無駄なんだよ。「理由を与えた」ことになってしまう。俺、本当に、きちがい兄貴がいないあいだに……そういう機会は少なかったけど……なんとかいない時間を見つけて、きちがいヘビメタ道具をバットでめちゃくちゃにしてやろうと思っていた。コードとか、切って、絶対に、弁償しない。どれだけなにを言っても弁償しない。「弁償しろ弁償しろ」と言ってくるだろうけどな。けっきょく、こっちが悪いことをしたら、理由を与えることになるのではないかと思ってやらなかったけど、……やっておけば良かったと思う。きちがい兄貴は、むちゃくちゃな意地でアルバイトをして、直すか、買い直すだろうけど。で、そうたら、もう、「おまえだって、悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをする。それでいいな」という気持ちで、絶対に鳴らすと思う。それから言っておくけど、「おまえだって、悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをする。それでいいな」と、こっちがなにもしないで普通に鳴らしているときの、意地は同じだ。そういう意地なんだよ。すでに……。鳴らし始めたときから。命がかかっている。一分もゆずらないで、自分が思いっきり鳴らすと言うことに、すべての命がかかっている。そういう意地なんだよ。「言って」「聞くわけがないだろ」。

いま、午後六時一七分だけど、午後六時一七分に、俺が石を持って、石をぶん投げて、「鳴らすな」と言っても、絶対に、一分も、ゆずらないで、頑固に鳴らし切った。そういうレベルだ。本当に俺がどれだけ、きちがい兄貴のヘビメタ道具を壊すことを考えたか。これ、本当に、やったら、「あいつが悪いことをしたんだから、俺だって悪いことをしていい(鳴らしていい)」という気持ちになって、意地でも鳴らすと思う。アルバイトで、金を稼いで、壊されたものを買い直して、意地でも鳴らすと思う。で、買い直したときには、もう、「すべての時間、自分が思ったとおりの音で鳴らしていい」という理由を手に入れている。けど、その理由を手に入れる前から、ずっと、あたかも、そういう理由があるような気持ちで、絶対にゆずらないで鳴らしているんだけどな。

いま、親父が、居間にいるんだけど、親父は、……きちがい兄貴が鳴らしている一四年間と数ヶ月、午後六時台に、家にいたときがない。七時も八時も九時も一〇時もない。日曜だろうが正月だろうが、ない。兄貴とかち合わないように気を遣って、避けまくっていた。だから、「午後九時に帰ってきて、家にいてみろ。どれだけ鳴っているか、聞いてみろ」と俺が言っても……激しく言っても……午後九時に帰ってきて、普段どのくらいの音で鳴っているか、聞いて確かめてみるということをしてないんだよ。入試前の家族会議の時に、俺がこだわってこだわってこだわって、言ったから、一四年間で二日間だけ……高校入試直前の一日と最初の大学入試直前の一日だけ、いたことがあったけど、それ以外はない。で、その日だって、兄貴の部屋に……兄貴が鳴らしているのに、注意をしに行くということがなかった。居間にいただけなのである。黙りこくっているか、俺になにかを言われると「したがない」「したがない」と言って、居間にいただけなのである。ちなみに、きちがい兄貴を、下に連れてくるのも、俺の役目な。……それなのに、「注意をしてくれなかった」といま、言われれば、「注意した注意した」ってなる。

同じ。親父と兄貴は、同じ。そっくり。全部同じ。こういう状態が本当にわかる人が少ない。他の人は、普通の人間だと思っているから、「お父さんだって言えばわかるよ」とか「家族で話し合えばいい」という助言をしてくれた。けど、それ、無意味なんだよ。で、「無意味なんだ」ということが、これがまた、普通の人には通じないんだよね。繰り返しになるけど、そういうことで、板挟みに遭って、俺がどれだけ苦しい思いをしたか。不甲斐ない思いをしたか。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。