2016年5月12日木曜日

毎日毎日、誤解されまくりなら、誤解が真実になる。どういう、罰ゲームだよ

うーーー、つかれた。やっと、普通に文字が打てるようになった。文字が打てるようになるまで、時間がかかる。起きてからここまでが長い。かりに小説を出したとしてもまったく売れないんじゃしかたがないなぁと思う。まあ、ぼくの場合自分人生はこうだった、自分の人生の中でこういうことが起こったということは、絶対に表現しておかないと、死ねないので、なんとか終わらすしかない。どこかでブレイクしたいとは思うけどな。飢餓陣営の人たちは読むべきだな。

しかし、自分の昔の文章がない。どこに行っちゃったんだというのがいっぱいある。困ったな。

なんか頭がモヤモヤしている時間が本当に長い。あとは、モヤモヤで疲れ果てているのだけど眠れないという時間も長い。そういう時間は横たわっているしかない。なにもできない。で、そういう時のからだの状態や気分が、きちがいヘビメタが鳴っていた日々の夜の体の状態や気分!そのものなんだよな。

いま、幼稚園生がぎゃーぎゃーわめいているけど、そういうのは別にいいんだよ。ヘビメタの破壊的な音は、別だ。これ本当に、違うんだよね。普通にうるさいというのと違う。次元が違う。ああいうきちがい的にうるさい音を鳴らして、それで、本人は「譲ったつもりで」「静かにしたつもり」とか頭がおかしい。頭がおかしすぎる。で、そういう手口でずっと何万時間も何千日もやってきたんだよ。当然、普通だったら、一回言われれば気がつくことなんだけど、何万回言われても「気がつかないまま」なんだよ。その間は、心置きなく……どれだけ何回文句を言われても怒鳴られても、「気がつくことなく」「気兼ねせずに」きちがいヘビメタを爆音で聞けるわけだからな。爆音で聞いている時間も「静かにしてやった」と恩着せがましい気持ちでいられる。で、きちがい兄貴は耳か頭がおかしいけど、ほーーんとーーにひどい音。で、それが他の人にはわからないから、俺がいろいろなところで誤解を受けるわけで、本当に誤解だらけの人生だった。誤解されまくりの人生だった。毎日毎日、誤解されまくりなら、誤解が真実になる。どういう、罰ゲームだよ。きちがい親父のうちに生まれたということでも……それだけでも、かなりのハンディがあるのに、きちがい兄貴が、……頼みもしないのに……ヘビメタに夢中になって、親父とおなじやり方で鳴らす。親父のやり方というのは、発狂して、万力を締め上げるような意地で、やるというやり方だ。で、途中で「やめてくれ」「迷惑だからやめてくれ」といわれたら、脂汗をかいて、顔を真っ赤にして、やりきろうとする。で、やってしまえば……自分がやれれば……それで、やったことになってないのである。ぜんぜん気にしてない。相手がやめてくれと言ったのに、それを押し切ってやったという気持ちがまるで生じない。「やめてくれ」といった相手に「うまいだろ!!どうだどうだ!!」「ほめろほめろ!!」ってこうだぜ。こういう態度、顔を真っ赤にして、相手が言っていることを無視してやったことで、相手がほめるわけがないだろ。そういうのが、まったく!!!わからないんだよね。空気読めない」とか、そんななまやさしいものじゃないんだよ。本当に頭がおかしい。で、いつも!!!そうなんだよ。あいつに関わると!!!いつも!!!!!そうなんだよ。こういうのを、「誰でも機嫌が悪いときはある」とか「自分のことに夢中になってわからないときはある」というふうに理解すると、ダメなんだよ。そういうふうに理解すると……理解しようとすると……強迫神経症になってしまうのだ。これがわかってない。だから、(そういうしくみで)強迫神経症になっている人に、「誰でも機嫌が悪いときはある」「たまたま、そうだっただけではないのか」みたいなことを言うことは、逆効果なんだよね。けど、さも、それが合理的で正しいと思っている。こんなのは、バカだ。だから、たいていの認知療法家はバカだ。そういうことでは相対化できない出来事があったから、強迫神経症になっているわけだから。ここがわかる人とわからない人の差はでかい。わからない人のほうが多い。実際、わからない人は、強迫神経症者のことを、(理由もないのに)変なことにこだわるバカな人だと思っている。認知療法家の理論だと、強迫神経症になってしまう理屈がわからないのである。だから、ただたんに、認知がおかしい人ということになる。そういう気持ちにならなくてもいいのに、そういう気持ちになるバカな人ということになる。本当にバカなのは、どちらか? もちろん、認知療法家なのである。せっかく、フロイトが発見したことを、ゴミのように捨てて「原因なんてどうでもいいんです」と言う。原因がどうでもいい場合もあるけど、原因がどうでもいい場合ばかりではないのである。

きちがい兄貴なんて、「ほめろ」というような態度の親父とおなじで、自分が迷惑をかけたつもりがまったく生じないのである。自分は常に、悪いことをしているつもりではないのである。迷惑行為をしているつもりではないのである。一五年間毎日、どれだけ何回、何万回文句を言われても、相手が困っているということを認めない。自分のやっていることが、相手に迷惑をかけていると言うことを認めない。自分がやっていることが相手にとって迷惑なことだから、相手が「やめてくれ」「静かにしてくれ」「明日、テストだからやめてくれ」と言ってくるということが、わからない。
い・わ・れ・た・ら……むきになってやるだけなのである。その時!!! 譲るわけにはいかないから、腹を立てて、頑固にやり切る。やりきろうとする。やれない」のは困るのである。きちがい兄貴が望んでいることではないのである。だから、どれだけ相手が「困るからやめてくれ」と言っても自分のヘビメタ騒音で「困る」ということを認めない。認めたら、静かにしてやらなければならなくなるわけだけど、それは、死んだって、殺されたって絶対に絶対に、いやなことだから、やってやらないのである。ムキになる。むきになってるんだよ。それなのに、きちがい親父とおなじで、目を三角にして、顔を真っ赤にして、ヘビメタ道具に執着して、いま鳴らしているでかい音に執着して、頑固に頑固にやり切るのである。その場で、殺さなければ、どれだけ言っても、一分間ですらぜっぇぇぇたいぜーーーったいにやめない。自分が「せっかく」鳴らしているのに、我慢してやらなければならなくなった、となったら、それは、くやしくてくやしくて、頭にきて頭にきて、頭にきて頭にきて頭にくることだから、たとえ、一分だろうが絶対に、相手の思い通りにはやってやらないのである。相手が思っているようには、絶対にどんなことがあっても、入試だろうがなんだろうが、一分だってやってやらないのである。だから、「やってやらなかった」ということは、知っているはずなんだけど、親父とおなじで、知らないことになっているのである。そういうことが、何万回あっても、一回もそんなことはなかったつもりでいるのである。頭がおかしい。……それで、「そんなつもりじゃなかった」「静かにしやった」とか嫁さんの前で、嘘でなく言える。嘘をついているつもりがない。じゃ、一六年後以降にそういうしらばっくれたことを言うのであれば、その時!鳴らしていたとき!!やめてくれるのかと言ったら、それは、絶対にないんだよな。だから、そういうところで矛盾しているのだけど、その矛盾が、ものすごく奥底に入った矛盾で、矛盾しているとは思えないんだよね。本人が、矛盾していると思えない。「えーっそんなことだったのかなぁ」と、これまた、まるで自分ではない人間がやったような態度だ。認知だ。頭がおかしい。で、そういうでたらめなことを「うち」では、一五年間毎日、繰り返してきたんだよ。途中で、やめてくれると言うことがないのだから。俺にとっての一五年間がどういう一五年間だと思っているんだよ。きちがい兄貴、この世に生きているあいだに言っておくけど、おまえの!!!ヘビメタで、俺は人生がない。


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言っておくけど、こどものわめき声や足音が気になる場合もあると思います。そんなのはたいした音じゃないということを言いたいわけではないんです。そりゃ、気に入らない家族の騒音は本当に響きますよね。それはわかる。ぼくの場合は、幼稚園の音は気にならないということです。太鼓と笛は別。そりゃ、腹立つときは腹立つし、破滅的な気分になるときは、破滅的な気分になりますよね。……騒音で。ヘビメタとこどもの奇声は違うと言うことをいっているけど、それは、こどもの奇声は誰にとっても、気にならない音であるということをいっているわけではありません。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。