2016年5月2日月曜日

これも、わかるやつが少ないんだろうな。

近代の行動様式を「押し付けること」が学校制度の重要な役目である……ということでさえ、どれだけの人が理解しているのだろうか。こういうことの重要さがわかって、なおかつ、このページを読んでいる人がどれだけいるだろうか?

あーー、けど、やっぱり、ヘビメタ騒音の雰囲気がするな。休みの日の午後五時はきちがいヘビメタ騒音の雰囲気がする。いままで、ずっと六時間鳴らしてきたから、あとの六時間は鳴らさないで我慢するなんてことは、なかったわけだから……一度もなかったわけだから、静かにしてないんだよ。半分ですら……。きちがい親父も同じで、なんて言うのかな、本当にきちがい的な意地を押し通して、頑固に全部やったことは、全部やってないことになっているんだよな。認識としては……。そういう便利なキチガイ回路を搭載していて、自分がやったことに関する責任感が生じない。「やったってやってないこと」なのである。こういう回路。じゃ、やっているときにやめてくれるのかと言ったら、それはもう、絶対にない。絶望的にない。発狂して頑固に、全部やり切ることにこだわって、ほんのちょっとでもゆずらない。ゆずると言ったって、……きちがい兄貴やきちがい親父にとってゆずるということは……そのままやり切ることなのである。簡単に言うと……。きちがい兄貴や、きちがい親父の「譲歩」というのは譲歩になってない。「こいつなめてんのか?」と思うほど、わずかな量しかゆずらない。で、そのわずかな量がわずかすぎて、ゆずったことになってないんだよね。意味がない。相手にとっては、まったく意味がない量だけゆずる。どけてくれなければ通れないのに、「〇・一ミリどけた」「だから、どけた」「だからいい」というような考え方なんだよ。それじゃ意味がないだろ!!!!って言いたくなる。で、それじゃ意味がないんだと言うことを言っても、通じない。きちがい的な意地でやり切る。だから、どけない。まったく無意味なレベルだけ、ゆずってやると言うことで、それは、別の言葉で言うと、「そのままやり切る」ということなのだ。しかし、本人は、たとえ、一兆分の一でも、一不可思議分の一でも、「ゆずってやったら、ゆずってやった」という気持ちになる。そのゆずった分だけ、戻すことだってできるわけだから、本当は、ゆずってない。時間的には、ゆずってない。一時間、鳴らさないで静かにしてやるとか、三〇秒だけちゃんと通れるようにゆずってやると言うことがない。一時間鳴らさないで静かにされても、そのあと、一〇時間鳴っていたら困る。けど、一時間鳴らさないで静かにすると言うことでさえ、毎日、何千日も、絶対にやってやらなかったことなんだよ。だから、一日に一時間も静かにしてくれなかったのに、「静かにしてやった」「じゅうぶん静かにしてやった」「言えば、静かにしてやった」と本人は思っている状態なんだよね。そういう状態で、鳴らし続ける。一日に、何十回言ったって、同じなんだよ。親父に「そのハンダゴテじゃダメなんだ」ということを、説明しているときと同じ。何十回説明しても、きちがい的に興奮して、怒り狂って、認めない。けど、認めなかったということも、同じしくみで、認めないんだよ。そりゃ、認めてしまったら、自分が本当に我慢しなければならない場合は、どれだけ明確なことでも、実際にやったことでも、頑固に認めない。で、何万回何十万回、言ったって、同じなんだよ。一回目と、一万一回目が同じなんだよね。反応が……。だから、そういうやり方で、十年間も十数年間もやり切る。そりゃ、そうでない日がないのだから、連続してやり切るんだよ。けど、そうやって、十数年間にわたって毎日やったことでも、認めることが都合の悪いことになれば、「やってない!!やってない」「そんなんじゃないそんなんじゃない」って始まる。けど、そうやって、むくれて、怒り狂ったあと、その当の行為をしても、まったく気にしないんだよね。そういうきちがいだ。どれだけのことが、積み重なっていると思っているんだよ。だから、なんというか、いつも同じなんだよね。で、そういうことをしている、そういうことを押し付けている……毎回そういうふうにして、相手がいやがることをしているということを認めない。だから、人間関係がめちゃくちゃになる。けど、本人は、まったくやってないのと同じ感情のままなんだよ。こういうことが、毎日毎日、何千日も何万日も、同じように繰り返される。そりゃ、しくみがかわらないわけだから、どこかで、良くなると言うことがない。「うち」にいる限り、変わらない。根っこのところがそうなんだよ。これ、わかるかな? これも、わかるやつが少ないんだろうな。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。