2016年5月28日土曜日

構造的に、絶対に、相手の思い通りには動きたくないという気持ち

あ~~あ、意味ないな~~。あ~~、意味ない。生きていても、意味がないか? これ、爆音ヘビメタが鳴っていた空間だ。

ヘビメタ騒音が鳴っていた空間とおなじだ。日曜日の午後五時三〇分は、爆音ヘビメタが鳴っていた。どれだけ、「やめろ!!!やめろ!!!やめろ!!!やめろ!!!」と怒鳴り込んでも、ふつーーーーに、鳴らしてた。

本当に頑固兄貴が、「やめろ!!!やめろ!!!やめろ!!!やめろ!!!」と怒鳴られて、一分間、鳴らさないで静かにしたことがない。そのまま、ふつーーーに鳴らしている。怒って、鳴らしている。

ただ単に、自分が言われたから、頭にくる。自分が怒鳴られたから頭にくるという気持ちだけだ。静かにしてやるつもりなんて、さらさらない。一切合切ない。

で、頑固に鳴らしていたわけで、本当に、一分間だって、静かにしてくれたことがない。それは、一〇年間毎日そうなのである。一〇年目も、まるで、悪いと思わないまま……つまり、鳴らせてあたりまえ……という態度で鳴らしてた。「言われたから」「注意されたから」一時間鳴らさないで我慢してやる……そんなことは、毎日毎日一〇年間も一一年間も鳴らしていて、一日もない。

それが、本当に、この世での、頑固兄貴の、姿だ。

「静かにしてやった」とか言っているみたいだけど、それは、どういう空想の世界なんだ? そんな世界であるわけがないだろ。一分も、静かにしてないのに、「静かにしてやった」と思える……心底嘘でなく、思える、サイコパス思考なんだよ。だから、そのサイコパス思考のそのまま押し通して、がんがん、鳴らしてたんだよ。

親父は、日曜日の午後五時三〇分であろうが、六時三〇分であろうが、七時三〇分であろうが、八時三〇分であろうが、九時三〇分であろうが、一〇時三〇分であろうが、「うち」にいたときがないんだよ。

だから、俺がどれだけ親父に「鳴っている」「ものすごい音で鳴っている」と言っても、そういう時間にどれだけの音で鳴っているか「知らない」んだよ。こういう世界があるんだよ。他の人は、そういうことは、想像すらできないだろ。

おなじ家に住んでいて、一〇年間も一四年間も、頑固兄貴が本格的に鳴らしている時間に、いない。しかも、本格的に鳴らしている時間が、一日に……七時間から一四時間なのである。日曜日は、一二時間、本格的な音で、ドカッスカ鳴らしているのである。毎週日曜日は、この時間、……午後五時三〇分に、本格的な音で、爆音ヘビメタが爆音で鳴っているのである。

それなのに、それなのに、毎週毎週一〇年間も、一四年間も、父親が……一緒に住んでいる父親が……鳴らしている時間にいたことがない。これが、作為でなくてなんだ? 頑固兄貴が本格的な意地で、本格的な音で鳴らしているときは、「うち」に近寄らなかったのである。だから、本人は、「知らない」んだよ。

で、知らなくても、「ものすごい音で鳴っている」ということは、言えばわかるのに、小学六年生の時から、言っているのに「つたわらない」んだよ。こういう親なんだよ。こういう家族なんだよ。……本当にどれだけ、そのことひとつをとっても、世間の基準から離れているか?? こんな家族ない。こんなのあるはずがない。はずがないのに、うちでは、一〇年間、一五年間、あったりまえのように、毎日毎日そうなんだよ。

毎日毎日ふつーーにそういう状態が成り立っている。よその人は、俺がヘビメタ騒音のことについて言えば「家族で話し合えばいい」ということを言うけど、こういうことがわかってない。根本的にわかってない。

頑固兄貴なんて、俺がせいいっぱい怒鳴る声よりで、何倍ものでかい音で鳴らしているのに、「こんなの普通の音だ」と思っているのである。

で、そう思ったら、もう、どれだけなにを言っても変わらない。頑固親父とおなじなのである。意地を張っている頑固親父とおなじなのである。一切合切、何万回言っても、何万回ぶつかっても、ぜんぜんつたわらない。二万回三万回言われても、「一回も言われたことがないから知らない」という態度なのである。そういう態度が! そういう認識が!!ふつーーーーーに成り立つ。成り立っているから、どれだけ言っても通じない。

だいたい、「静かにする」ということ自体に、ズレがある。頑固兄貴の「静かにする」というのは、俺が精一杯怒鳴る声の何倍もでかい音で鳴らすことだ。人が怒鳴る声より何倍もでかい音でドカスカ鳴らし続けることだ。そういう音で鳴らしていても、本人が一デシベル音を弱めてやれば、「静かにしてやった」ということになってしまうのである。

頑固兄貴が静かにしてやった時間……一日のなかで、最大で一〇分間ぐらいだけど……一日のなかで最大限静かにしてやった音が、俺がせーーーいっぱい怒鳴り声を上げる声よりでかい! だから、ぜんぜん静かにならない。普通に、普段からそういう音で鳴らしていて、最大限静かにしてやった音というのが、そういう音だ。

で、これ、「鳴らさないで静かにしろ」「ヘッドホンをして静かにしろ」と言っても、本人は、まったくそういうことをやるつもりがないのである。一日に、一分間だろうが三〇秒だろうが一秒だろうが、鳴らさないで静かにするとか、ヘッドホンをして静かにしてやるつもりがない。

静かにするというのは、自分がおもっいっっっっっきり鳴らして、静かにしてやるということなのである。ものすごくどでかい音で鳴らして!!それで!!!静かにしてやるということなのである。一分間でも、思いっきり鳴らしたまま静かにしてやれば? それで、もう、大威張りだ。

「静かにしてやった」「静かにしてやった」「静かにしてやった」「静かにしてやった」「なんだなんだ」「なんだなんだ」「なんだなんだ」「なんだなんだ」「後から後から、静かにしろって言ってきやがって」「なんだなんだ!せっかく静かにしてやったのに!!」「なんだなんだ!せっかく静かにしてやったのに!!」と怒ってしまうのである。

で、その態度が、理不尽なことをやりきるときの態度とおなじなんだよ。親父が理不尽なことをやりきるときの態度とおなじなんだよ。そういうやり方で、一分もゆずらずに鳴らしきって、それで、本人は「じゅうぶん静かにしてやった」「最大限静かにしてやった」と、嘘でなく思うことができるというサイコパス構造が成り立っている。そういう毎日だ。どれだけ言ったって、静かにしない。頑固兄貴がふつーーーに、ちゃんと一分間我慢して、静かにしてくれたことがないんだからな。

それで、いまになれば、嫁さんの家族という「外部」があるから、外部の人に「弟さんが言っていることは本当なのか?」と聞かれると、これまた、ふつーーに、「静かにしてやった」「あいつががたがた言っているだけだ」というような嘘をつけるんだよね。鳴らしている時も同じなんだよ。そういう感覚で!そういうやり方で!毎日!一分もゆずらないで、俺の生活を握りつぶしてきた。

これ、本当に、頑固兄貴だけがわかってないだけで、本当は、ひどいことなんだよ。一日でも、本当はひどいことなんだよ。親父もわかってないけどな。一緒に住んでいて長男が、サイコパス的な意地で何時間も何時間も、よその家じゃあり得ないような音でヘビメタを鳴らし出したら、……一切、文句を言えない。頑固兄貴が小さかったときは、頑固兄貴が悪いことをしてなくても、普通に座っていても、一日に何十回も逆上してたんだから。

本当に、頑固親父のうちでの態度というのが、「発狂してぶち当たる」「わけがわからないことで、切れて、怒り狂う」という態度なんだよ。これも、普通の人はそんな人はいないと思っているから、俺がそうだったと言っても、信じなかったりするんだよな。そういう「うち」の常識と、世間の普通の常識が、どれだけ離れているか?

「そんなに鳴らしてたのに、どうして親は注意しないんだ?」おかしいじゃないかとか、思うんだよな。そういうふうに言ってきた人もいる。その人が、たとえば、「親父がうちにいるときは、怒り狂っていた」という話を聞けば、なおさら、「そんなのはおかしい」と思うわけだよ。「そんなに怒りっぽい人だったら、そんなにうるさくしたら怒っているだろ」と思う。

けど、親父が怒っていたのは、頑固兄貴が小さいときなんだよ。言ってるだろ!! これも、本当に、話が通じないな~~~。兄貴のからだか大きくなって、自分でアルバイトをして金を稼げるようになったら、一切合切、文句を言わなくなったんだよ。これは、考えがあることではないんだよ。ただ単に、自分よりからだがでかくなったから、言えなくなっちゃっただけ。考えがあるわけじゃない。


●自分はぶっ飛ばされて、おんだされた

こどもというのは、感情の人間サンドバックで、自分の怒りをぶつけるようなものなのである。頑固親父にとって、小さいこどもというのは、そういうもなのである。だから、「居合わせれば」何かと理由をつけて、爆発する。二〇分一緒にいれば、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、爆発して怒りくる。よくそんだけ、わけのわからないことで「発狂」「激怒」できるなと思うほど、わけがわからないことで怒る。

ただ単に、機嫌が悪くなって怒るという感じではなくて、本当に、一つ一つが「爆発」なんだよ。あとは、金に関しては、金で、意地悪をしていじめるんだよ。本人はまったくそういうつもりがないんだけど、いつもそうなる。

だから、頑固兄貴の金に対するこだわりが、尋常じゃないのである。金でいじめられたから。金を持っているほうの、考えが、勝つわけだから。こどもの時は、買ってもらうしかないわけだから。

で、親父は、普通に買ってやるということが、どうしても、できない人なんだよな。親父になにかを買ってもらうとなると、かならず!!!ひどい目に遭わされるのである。これは、認知療法家が考えるような非合理的な思考ではなくて、本当に、かならず!!! ひどい目に遭わされる。そういうことを、なんの根拠もなく、「すべてではないのだから、かならず、ということは成り立たない」などと、涼しい顔をしていうのが、非合理でひどいことなんだよ。間違っているからな。本当に、サイコパスのしくみがわかってない。構造的に、絶対に、相手の思い通りには動きたくないという気持ちがあるんだよ。

だから、自分が金を出して相手になにかを買ってやるとなると、かならず、相手にとって役に立たないものじゃないとだめだということになる。相手が、喜んでしまったらダメなんだよ。自分が買ってやることで、相手が喜んだり、助かったりしてしまっては、「立つ瀬がない」んだよ。我慢ならないんだよ。そんなことはあってはならないんだよ。一回だって、絶対にあってはならないことなんだよ。もし、そんなことが成り立つなら、自分はどうだったんだ!??ということが、問題になる。

「自分はぶっ飛ばされて、おんだされた」のである。

で、これに、親父がこだわってないから、無意識的な力として暴れてしまうのではないか。親父が、自分と「育ての親」のあいだにあったことを、ちゃんと認識していれば、なんで自分がそんなにも腹が立つのかわかるんだよ。腹が立つということが認識できる。

けど、親父は、「自分は過去のことは水に流した」と思っている。かつて自分の育ての親がやったことは、しかたがなかったことだと思っている。だから、「しかたがない!しかたがない!!」と怒鳴ったり、「水に流した水に流した」と怒鳴ったりするんだよ。「オンダサレタ!オンダサレタ!!なんだなんだなんだ!!!」と怒り狂う。

これは、意識の上では、「水に流したことになっているから」しょうじるやっかいなことなんだよ。きちがい親父が、きちがい的な理由で怒ったとするだろ。これは、もう、いちゃもんで、こどもがちゃんと座っているのに「なんだ!その足は!!」と怒り狂う。

で、怒っているときは、別に、理不尽なことをしているつもりが一切合切ない。怒っているときは、自分が本当にひどい目に遭って怒っているつもりなのである。

相手が、ひどいことをしたから怒っているつもりなのである。だから「ダレダッテオコル!!ダレダッテ、オコル!!」とものすごい目つきになって怒るわけで、自分が、取るに足らない小さなことで怒っているという認識がない。気持ちがない。「そのとき」は、怒り狂っているし、その時は、怒り狂って当然だと思っているんだよ。相手が、たとえば、座っていることで……その足の形で座っていることで、ものすごい目に遭った気持ちがしているわけだよ。

だから、「そういうことで怒らないで」と(妻から)言われても、逆上がとまらない。あっちこっち、理由を探して怒り狂う。

で、それは、当然なのである。やって当然。やって当然なんだけど、理由がないことで怒ったということは、まるで認知されてないんだよ。その時その時で、切れちゃっているわけ。つながってない。だらか、「そういうことで怒った」ということを言われると、今度は「そんなこと、してない」「ナンダナンダナンダ!!」と怒鳴って本気で怒り狂う。

その時はその時で、「自分はそんなことはしてないのに、そういうことで怒ったと言われて、どれだけ傷ついたかぁ!!」ということで、発狂する。で、その発狂のしかたが、最初、足の形で怒った時と同じなんだよ。

これ、本当に理由がない。普通に座っているだけなんだけど、怒り狂う。兄貴が、赤ん坊の頃、病気で寝ていたということで、怒り狂っている。理由なんてないんだよ。まあ、この場合は理由がある。

それは、妻が、こどもの看病をしているのが気に食わないという理由だ。自分が帰ってきたら、すぐさま、自分の世話をしろという気持ちがものすごく強い。だから、病気のこどもなんて、邪魔で邪魔でしかたがない。

そういう気持ちがあるんだけど……妻を独占したい、あるいは妻の行為を独占したい……自分のことだけやってほしいという強烈な気持ちがあるんだけど、……その気持に気がつかない。だから、病気で寝ているこどもは、邪魔で邪魔でしかたがないのである。そりゃ、こどもの方に、リソースをとられたいやなわけだから。こどもの世話をする分だけ、自分が待たされたら、いやなんだから。だから、怒る。一秒でも待たされたら、「ナンダ!ナンダ!!」と発狂する。

けど、別に、そういう理由で怒ったという気持ちがないんだよね。認識がない。だから、「ナンダ!ソンナトコロニ、ネテ!!!」と絶叫して怒り狂う。親父にしてみれば、ひどいことなのである。自分が帰ってきた時、こどもが病気で寝ているということは、ひどいことなのである。だから、なじって、発狂して、怒鳴ってということになる。けど、本人は、そういうことでナンクセをつけて怒っているという気持ちが、ない。

あたりまえなのである。その時はあたりまえで、相手が(こどもが)そんなところに寝ているから、自分が腹を立ててあたりまえだという気持ちなのである。だから「ソンナトコロニネテ!!」と怒り狂う。じゃ、どんなところに寝ていればよいのかというと、それは、ない。ないんだよ。そんな場所はこの世に存在しない。サイコパス親父が!満足できる!こどもの寝場所なんてというのはない。その時!そこで!!寝ているということが、気に喰わないわけだから。(目に入ったから、怒り狂うわけで、目に入らなかったら、そのことでは怒り狂わない。他の「わけがわからないこと」で、お母さんが、怒り狂われることになる。)





●無意識の領域に抑圧したからこそ、わけのわからない小さなことで爆発する

本当、認知療法家とかその流れをくんだ人たちは、「しかたがないことは諦めましょう」というような考え方をする。他の人達も「どうしょうもないかのことは、諦めましょうと」いうようなことを言う。

で、意識の上では、親父もそうやって、水に流したつもりなのだ。だから、……だからこそ、右記のような、爆発が生まれる。無意識のレベルでは、許してないので、(自分が自分の感情を出せる場所で)怒り狂うということになってしまう。相手が小さくて弱いので、自分の感情の「ふた」が取れてしまうのである。親父にとっては、「うち」というのは、そういう場所なのである。

意識の上では、水に流したつもりの怒りを、子どもたちにぶつけまくる。親父が怒っているのは、こどもが寝ていて、妻のリソースがこどもにさかれるから、いやだということもあるんだけど、それは、本当はたいしたことじゃないのである。

そこで蕩尽されている心的エネルギーは、かつての自分が育ての親に感じた怒りなのである。言いたいのは、スカラーの問題なんだよ。心理的な力動の問題。心理的なエネルギーの強さの問題なんだよ。その場所に充当されているのだけど、エネルギーの強さは、かつて親代わりに、やられた時の感情の強さなのである。

かつて、自分が養子で文句を言えない立場だったのだけど、自分が虐待されてつらかった……怒ったけど、怒りを感じたけど、怒りをぶつけても親代わりに打ちのめされるだけで、どうすることもできなかったということが……爆発してしまう本当の原因なのである。そこで蕩尽される心的エネルギーの大きさは、実は目の前の不愉快な出来事(こどもが病気で寝ているから、妻のリソースがさかれる)……ということに対応しているわではなくて、自分が小さな時、育ての親が自分を虐待したのに文句を言えなかった……文句を言ったらなぐられたということに対応している。

だから、ベクトルとスカラーの問題で、本当の場所じゃないところに、強大な心的なエネルギーをぶつけているのである。本来の場所は、当時の育ての親なのである。対象が違う。怒りをむける対象が違う。だから、どれだけ「怒っても」「怒っても」対象が違うから、根本的な解決にならないのである。なので、常に爆発寸前のボイラーのような状態なのである。だから、理由がないことで、怒り狂うことができる。(帰ってきたら、こどもが病気で寝てたというのは、一応、怒る理由があることなんだけど、本当に、まったく怒る理由がないところで怒ることができる。それが、こどもの歩き方とか、髪型とか、足の形とか、特に理由がないところで怒ることができる本当の理由だ。)

で、それは、感情的にイーブンなのである。その親代わりに向けられるのであれば、理由と感情が釣り合っている。しかし、水に流したことになっているから、場所がないのである。そういう感情を向ける場所がない。

で、些細な、どうでもいいところに「むかって」怒るわけなのである。だから、些細なところ向けて怒っているのだけど、そこで消費されている心的エネルギーは莫大なものになってしまうのである。だから、本気で爆発して怒りが収まらないのである。そこで蕩尽されている心的なエネルギーの源(みなもと)は、自分にいじわるをして虐待した育ての親に対して持った復讐心、憎悪、怒りなのである。





●「いらない子がきた」

「やられたらやりかえす」ということになっているけど、きちがい親父は、育ての親に、やりかえすことができないまま成人しちゃったのである。もっとも、「すてられて」、浮浪していたわけだけど。親父はだいたい九歳ぐらいのときに浮浪児になっている。これは、うまいことだまされて、本当に家を「おんだされた」のである。親父の親父はもともとは、けっこう裕福なところに生まれた人なんだよ。ボンボンなんだよね。駆け落ちして、勘当されて、親子の関係・親戚関係が全部切れているんだよね。親父のお母さんも、勘当されて、親子関係・親戚関係が切れている。

駆け落ちした頃はまだ、金があったのだろう。写真館で撮ったと思われる赤ん坊の頃の親父の写真がある。けっこう、金がかかってそうな写真館で撮った写真がある。たぶん、写真館だと思う。家じゃないと思うな。

まあ、それで、生活できなくなって、親父の父親が自殺してしまう。だから、関係が切れた親戚に、「いらない子」として引き取られることになるんだよ。そこで、ものすごい虐待を受ける。で、養子縁組の話などもあったんだけど、あんまりうまくいかない。引き取ってくれるところに行ったときに、寝小便をしているんだよね。

で、「こんな子おいてられない」と言われて、話がなくなったというようなことがあったらしい。たぶんだけど、幼い親父の夢遊病みたいなものは、不安が作り出していたと思うんだよ。寝小便もそう。(たぶん、不安で小便をしてしまったんだろうけど、ひょっとしたら、「この人は大丈夫なのか」寝小便で調べたのかもしれない。まあ、意識してやれることじゃないんだけどね。)

で、親戚の家に戻ったりしているんだけど、親戚の家はいくつかある。いくつかあるんだけど、どれも、もう親戚関係が切れていて、なおかつ物資がない時代だから、その家の人達も食べ物に困っているような状態なんだよ。そこに、「いらない子がきた」ってことで、さんざんいじめられる。で、いくつかの親戚をたらいまわしにされたりしてたんだけど、やっと、養子縁組で良い人にめぐりあったんだよ。そうしたら、その良い人が、割とすぐに死んでしまう。だからまたそこで振り出しに戻って、いやでいやでしかたがない親戚の家に行かなきゃならなくなる。そういう状態なんだよね。

で、ともかく、親父の場合自分が相手になにかをやってやらなければならなくなった……ということ自体が、怒り狂いの種なのである。さらに、自分が「相手の言うとおりに」金を出してやるということは、絶対にやってやりたくないことなのである。発狂しちゃう。

だから、話自体(はなしじたい)をぶちこわして、「金を払わない」ということを、現実化する。で、その腹が立つやりとりというのは、頑固親父のほうでも、不愉快なことなんだよ。けど、爆発して、「なかったこと」にしちゃうと、とりあえず、その場はしのげるわけで、その場がしのげれば、「なんにもなかった」ことになっちゃうんだよ。わかりますかね? こういうの。どれだけ、世界が違うか。認知療法家や常識的な人が住んでいる世界とどれだけ違うか? わからないから、俺が変なことを言っているように、聞こえるだけだろ。

そうすると、たとえば、「家族で話し合えばいい」というすごくいいアドバイスに、俺が興味を示さなかった。だから、だめなんだというふうに思ってしまうのである。まあ、認知療法家はさすがに抜かしておくけど、常識的な人はそうだ。「人のアドバイスをなんだ」と思ってしまうわけだよ。家にサイコパスがいて、サイコパスを相手にしていると、「よそ」の人から、誤解を受けるんだよな。



   *   *   *



とは、言え、どうしたものかな?

時間は過ぎていく。


   *   *   *



時間は過ぎていくわけだけど、本当に腹が立つ。どうにもできない。頑固親父の金に対する態度と、頑固兄貴のヘビメタ騒音に対する態度がおなじなんだよ。うり二つ。まったくおなじ。コピーみたいなもの。複製。意味がなくても、やってやったら、ものすごくやってやったつもりになる。本当は「やってやらなかった」ということなのに、本人は、ものすごくやってやったつもりになる。

本当は、やってやらずに、いじめた、あるいは、自分の意地を通して困らせたのに、自分はじゅうぶんにやってやったと思う。頭がおかしいからそう思える。「役立たず」なんだよ。一円というのは、自分の中の比喩で、実際に親父がやったことではない。けど、態度としてはそうだ。……一円でもあげたら、ものすごいこと。一円あげた。やってやった。「やってやったのになんだ!!」と発狂する。

一〇円のものを買うのに、一円しかくれなかったら、九円足りないから、買うことができないんだよ。買うことができないという現実がある以上は、助けてくれたわけじゃないんだよ。

じゅうぶんな金を出してくれたわけではないんだよ。自転車事件の時だって、ハンダゴテ事件の時だって、電球事件の時だって、電池事件の時だって、便所事件の時だって、トオセンボ事件の時だって、机事件の時だって全部おなじだ。自転車事件、ハンダゴテ事件、電球事件、電池事件、便所事件、トオセンボ事件、机事件は実際にあったことだけどな。親父が関わると全部、空中分解で、頑固親父が発狂して終わる。

ぶちこわし!! 全部!ぶちこわし!! あいつが関わって、うまく行ったことがないだから。サイコパス兄貴? 兄貴のは、一デシベルでも静かにしてやったら「静かにしやった!!静かにしてやった!!」だよ。親父は一円で、兄貴は、一デシベル。一デシベルでも静かにしてやったら、どれだけでかい音で鳴らしていても、「静かにしてやった」「じゅうぶん静かにしてやった」ということになってしまうのである。だから、二回目に「宿題をやるから静かにしてくれ」「鳴らすな!!」と言いに行くと、「

相手のやったことがまるで、効果がないのに、やってやったやってやった」って騒ぐ。普通なら、意地悪をしてやるつもりでやることなのに、心底、「静かにしてやった」と思っている。あんなでかい音で鳴らしていて、「静かにした」というのは、本当にギャグで悪意があるとしか、思えないのだけど本人は、本当に「静かにしてやったつもり」なのである。

だから、「静かにしてやったのに!なんだ!!がたがた言ってきやがって!!がたがた言うならもっと鳴らすぞ!!」みたいなことを言って、執着して執着して、そのまま、エレキギターを爆音でかき鳴らすのである。それで、何時間やっても、……その数時間の間、何回文句を言われても……まったく相手に悪いことをしたと思わないのである。

思わない日々なのである。思わない毎日なのである。

思わない毎日一〇年間、なのである。



だから、その調子で、入学試験前にずっと一〇時間鳴らしていても、ぜんぜん悪いと思わない。本人は、一デシベルでも静かにしてやったら、それがどれだけうるさい音でも、静かにしてやったつもりになるから、「静かにしてやった」という気持ちのままなのである。「静かにしてやった」という気持ちで、兄貴の友達が「こんな音で鳴らしていて、家の人、文句を言わないの?」と思わず聴いてくるような音でやっても、でかい音で鳴らした……相手がやめてくれと言ってくるのに、それを聞かずにでかい音で鳴らした……相手が自分の音をいやがっていることを知っているのにでかい音で鳴らしたという……つもりが一切合切沸かない。

一切合切沸かない日々だから、そういう日を五〇〇〇日以上繰り返しても、まったく、つもりがないまま」なんだよ。俺がこういうことを書いて、兄貴の、いま住んでいるうちに送るだろ。そうすると兄貴の嫁さんが見るわけだよ。

でっ、「ここに書いてあることは本当なの?」と聞くわけだよ。そうすると、「嘘だ」って答える。「自分は、ゆずってやった」「あいつが勝手に言っているだけ」「静かにしてやった静かにしてやった」と答える。親父とまったくおなじ。

全部おなじ。

こいつらは、死にものぐるいで、頑固にやりきったことは、全部やってないことになっている。毎日毎日、しつこくしつこく、執着して執着して、有効な範囲では絶対にびた一分間ゆずらなかったのに、「ゆずってやったゆずってやった」ということになる。本当に、親父のすべてのことに対する態度とおなじ。自分がやりたいように逆上して、やって、それで、「つもりがない」とか「やってない」とか、よく言えるな!!

毎日!何時間も何時間も、相手がどれだけやめてくれと言っても、無視して、頑固に頑固にやりきったことは、全部やってないことになっているのである。相手が言っていることは嘘で「そんなんじゃない」と言い出すことなのである。じゃあ、あの踏ん張りはなんなんだよ??

じゃあ、一日に一時間でも、時間を決めて鳴らさないで、静かにしてくれたとでもいうのかよ? サイコパスのサイコパスたるゆえんは、本当に、嘘をついているつもりがないというところなのである。じゃ、午後五時から午後五時一〇分までは、日曜日を含めて、鳴らさないで静かにしてやるという約束をしたのか? そんな約束をするわけがないだろ。どうしてかというと、自分が一〇分間、鳴らさないで我慢するなんてことは、耐えられなかったからだ。

一分間だって、自分が負けて、本当に静かにしてやらなければならないとなったら、ふくれてふくれて、ふくれてふくれて、怒って怒って、発狂して、絶対にゆずらないで頑固に鳴らす。で、頑固に一四時間鳴らしても、……一日で一四時間だぞ!!……一日に一四時間鳴らしても、本人は、まったく鳴らしてないつもりなのである。

同時に、「じゅうぶんにゆずってやったつもりのまま」なのである。試験前の冬休みに一日に一四時間近く鳴らしても、本人は「そんなつもりがないまま」なのである。じゃ、こっちが言わなかったかというと、そうじゃないんだよ。一日に何回も何回も怒鳴り込んでも、どれだけ理由を言っても、頑固に鳴らしてたんだよ。それなのに、まるで「知らなかったから、鳴らした」みたいなことを言っているんだよ。嫁さんの前で……。

本当に、どれだけ言ったと思っているんだよ!!!

そういう態度が、どれだけ俺を傷つけると思っているんだよ。

いまだに、そういう態度で俺を傷つけている!!! 認めればいいだろ。実際に自分が、やったことなんだから。じゃ、試験前の冬休みは、一日に何時間、鳴らさないで静かにしてくれたんだ? 答えてみろ!! ゼロ時間だろ。一分だって鳴らさないで静かにしてくれなかっただろ。試験前の冬休みは、毎日、一分間は、ヘッドホンをして静かにしてやったとでもいうのか? 一分間ですら、ヘッドホンをして静かにしてくれなかっただろ。

「おまえ、本当になに言っているの??」と言いたくなる。いまは、よその家に住んでいて、その家で鳴らしてないから、……よその人の前で、自分がやってたことを認めるが、いやなんだよ。そういう悪いことをしていたというのを認めるのがいやなんだよ。だから、黙りこくっているか、親父のように、反射的に正反対の嘘を言うということで乗り切っている。反射的に正反対の嘘を言うというのは、「やった」と言われたら「やってないやってない」と答えることだ。「やってくれなかった」と言われたら「やってやった、やってやった」と正反対のことを、反射的に言うということだ。

これ、本当に、本人は、そういうふうにいって怒って、それで、おしまいなんだからね。何回繰り返しても、おなじなんだよ。このしくみがわかる人って少ないと思う。そういう人がいるんだということが、他の人には理解しずらい。

だから、他の人は「家族で話し合えばいい」「お兄さんに相談すればいい」などと言ってくる。

ど・れ・だ・け!!!本当に、どれだけ!!!!

正反対の嘘を言って、その場を切り抜けることができれば、それで、まったくなにも考えないんだよ。「あれ? 自分は本当にそんなことをしたのかな?」とか「たしかに、時間を決めて、毎日静かにしてやったなんてことはなかったな」とかそういうことは、考えない。自分が「やってないやってない」「静かにしてやった静かにしてやった」と答えれば、それで、済んじゃっている。

どこまで、親父とおなじなんだ!! もう、本当にそういうところがそっくり!!! そっくり!!! いまは、うちに住んでないから、嘘を言って終わりなんだけど……ふくれて自分の部屋か、自分の寝床に行けば、それで、相手はそれ以上追及してこないから、それでおしまいなんだけど、うちに住んでいるときは、どうかというと、二階に上がって、普通にどでかい音でがんがん鳴らす。



●なにもしてないつもりのまま、日曜日は一二時間ずっと鳴らす

やっぱり、ヘビメタ騒音でぼくの人生がない。
どうして、ちゃんと普通に、静かにしてくれなかったんだ! できたぞ! 毎日、普通に静かにすることができた!! できたのに、しなかった! しなかったのは、サイコパス頑固兄貴だ。頑固にもほどがある。頑固兄貴の騒音のせいで、俺がどういう生活をしていたと思っているんだ? 絶対にわかるぞ! 普通に普通の感覚を持っていれば、一回聞けば「わかる」ことだからな。おまえ、頑固兄貴のせいで、冬も夏も苦しかった。春も秋もずっとずっと、苦しかった。生きていること自体が苦しかった。いまも、苦しい。ぜんぜん変わってない。

一一歳から二一歳まで一〇年間毎日、あれだけの音でドカスカ鳴らされると、も、う、人生がない!! 人生がない。二二歳、二三歳、二四歳と続くけど、もう、カスみたいなものだ。十代という人生にとってもっとも大切な時期、ずっと、九年間ヘビメタにやられて、人生がないよ!! これ、本当に、「なにもしてないつもり」なんだよな。それは、三〇年経ったいまもおなじなんだよ。

なにもしてないつもりのまま、日曜日は一二時間ずっと鳴らす。土曜日は九時間か。平日は六時間四五分だ。これが、変わったことがない。たとえば、小学六年生の日曜日は、朝の一〇時三〇分から、夜の一一時一一分まで爆音ヘビメタが鳴っていて、それから一〇年経った二二歳の日曜日も、朝の一〇時三〇分から、夜の一一時一一分まで爆音ヘビメタが鳴っているという状態だ。不変なのである。本当に! そういう頑固さは親父以上だよ。もう、「きめたら」そうなんだよな。どれだけなにを言っても、絶対にやる!!

絶対にやると決めているから絶対にやる。ヘッドホンはしたくないからしないと決めているから、一日に一分だって絶対にしない。ヘッドホンをすると「感じが出なくなる」とかそういう、サイコパス的な些細な理由だ。そういうことにこだわって、こだわって、入試の前の日曜日に一二時間ドカスカ鳴らして、なにも感じないんだよな。

本人が、五分間でも、ちょっと音を下げてやれば、「じゅうぶんにゆずってやった」「じゅうぶんに静かにしてやった」という気持ちになって、それ以降、絶対に、ゆずらないでドカスカ鳴らしきる。その時、どういう気分なんだよ?

●スピーカーから音を出して聞く以上は、爆音なのである

頑固兄貴は、なにも感じてないんだろうけど、俺は、めちゃくちゃだったよ。で、そういうことが、兄弟なのに、おなじうちに住んでいるのに、まったく!!!まったく!!つたわらないんだよ。どれだけ言ってもつたわらない。最初に決めたとおりに、全部の時間、ヘッドホンをしないでスピーカーから、音を出して聞く。で、スピーカーから音を出して聞く以上は、爆音なのである。普通の感覚でいえば、爆音なのである。

サイコパス的にでかい音なのである。頭がおかしくなければ、一分間だって鳴らせるような音じゃないのである。非常識な音なのである。

「よそ」じゃ一分間だって鳴らせないようなでかい音なのである。

けど、当時の頑固兄貴は、そういう音で鳴らしていても、「静かにしてやった」「ゆずってやった」と思うことができる。「こんなのは、たいした音じゃない」「フォークギターの音とおなじ」などと考えることができるのだ。

ぼくは、兄貴がフォークギターを鳴らしていた三年間毎日、文句を言ってないんだよ。それは、フォークギターの音は普通の音だからだ。フォークギターで、頑固兄貴のエレキギターに対抗できるような音は出せない。フォークギター一二〇〇本集めても、出せない。そういう爆音なんだよ。

親父に邪魔されて測量できなかったけど、スピーカーの前で計れば一〇〇デシベルを超えるだろう。ともかく、普通の音じゃないんだよ。頑固兄貴が、音を下げてくれた?時、フォークギターの音のでかさまで下げてくれたことが一秒もない。一五年間毎日で一秒もない。頑固兄貴が音を下げてくれたとき、テレビの音ぐらいまで下げてくれたことが一秒もない。頑固兄貴が音を下げたときは、そのまま、爆音で鳴っている。

本当に、おばあちゃんのうちで、「静かにしてやったとき」の音のでかさで鳴らすことができるのかよ? 鳴らして、「こんなの普通の音だから、ここまでしか静かにしてやんね」と言って、朝から、夜まで一日一二時間鳴らしたら、も・の・す・ご・い騒ぎだぞ。ものすごいことだぞ!! 一日だって、絶対にそんなこと、させないからな。一日だって!!! そのおばあちゃんの家だったら、一日だって鳴らせないような音で、「普通にまったく気にしないで」「こんなのフォークギターの音とまったく変わらない」と思って、何年間も何年間も毎日毎日、頑固に頑固に鳴らし続けた。それが、頑固兄貴なんだよ。

けど、本当は、フォークギターの音のでかさと、爆音ヘビメタの音のでかさの違いを知っている。どうしてなら、実際に嫁さんの「うち」に行ったら、一日に一分だって、爆音ヘビメタの音で鳴らしてないからだ。頑固兄貴が鳴らせるのは、「うち」だけなのである。で、「うち」だったら、一〇〇のうち一〇〇鳴らしてあたりまえで、絶対に、九九にしてやらないのである。

で、一日でも九九にしてやったら、それはもう、すっごいことで、「一日九九にしてやったんだから、あとは、もうずっと鳴らしていいな」と思えるほど、譲歩してやったことになってしまうのである。感情的にそうなる。だ

から、よそのうちでは一分だって鳴らせないようなでかい音で、一日中鳴らしていても、まるで!!まるで!!!!悪いと思わない。これっぽっちも悪いと思わないんだよな。頭がおかしいから。うちでは、一〇〇のうち一〇〇鳴らしてあたりまえという気持ちが、頑固に成り立っていて、なにを言われても、それが崩れることがない。親父とおなじ。サイコパス行為を、意地なにってやっているときの親父とまったくおなじ!!!

だから、どれだやったって、迷惑をかけているとは思わないのである。一〇〇のうち一ゆずって、九九にしてやったということだけで、大威張りだ。「やってやったやってやった!!!!」「静かにしてやった!!!静かにしてやった!!!静かにしてやった!!!」「静かにしてやったのに!!!なんだ!!!後から後から言ってきやがって」「そんなにしつこく言うと、もっと鳴らすぞ!!」「がたがた、言ってくるな!!」……こういう気持ちになって、頑固に頑固に、執着して執着して、一〇〇のうち一〇〇やりきる。

で、その日一〇〇のうち一〇〇やったら、「自分は、静かにしてやった」と思って、なにも気にしないんだよな。そういう毎日だ。

で、親父の性格!!のように、そういうやり方が、一四年間、毎日ずっと、かわらない。言えば、気分のいいときだけ、九九の音で鳴らして、全部ゆずってやった気持ちになって、けっきょくは、全部鳴らす。やれる時間を一〇〇だとすると、一〇〇のうち一〇〇の時間鳴らす。頑固兄貴が静かにした時間というのは、本当はない。

頑固兄貴が静かにしてやっているつもりの時間も、おばあちゃんちでも、いま住んでいるうちでも、一日に一分間だろうが鳴らせないような爆音だ。うちでなら、どうだっていいのである。うりでなら、自分が、一〇〇のうち、一〇〇やってあたりまえで、ゆずってやるとしたら、自分がゆずってやりたい時間、自分がゆずってやりたい分だけ譲ればいいという考え方が消えない。

で、自分がゆずってやれる分というのは、「人を馬鹿にするのも、いいかげんにしろ」と怒鳴りたくなるような、分、なんだよ。ほこりのような量でもゆずってやったら、ゆずってやったということになる。ほんのちょっとでもゆずってやったんだから、もうゆずらなくていい」という気持ちになって、爆音で鳴らしきる。で、そういうことを、入試の前にやっても、なにも感じないんだよな。だから、なにも感じないで、弟の入試を邪魔することができる。普通、入試の前に「明日入試で困るから、鳴らさないでくれ」と言われたら、その意味がわかるよな。けど、頑固に全部の時間、爆音で鳴らして、なにも感じない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。