2016年6月10日金曜日

どこかで気づいてやめてくれるということは、なくて

ああ、この日差しは鳴っている日差しだ。この西日は鳴っている時間の鳴っている日差しだ。こういうとき、どれだけ何回、兄貴の部屋に怒鳴り込んでも一分も静かにしてくれなかった。それがたとえ、期末試験中だろうが、模擬試験だろうが、入試だろうが、ぜっーーたいに一分間も静かにしてくれたことがない。一五年間で一度も、一分間も静かにしてくれたことがない。だから、「鳴らした」といっているのに、きちがい兄貴は「静かにてやった」「つもりがない」と言っている。で、やっているときも、そういうモードで、頑固に認めないでやってたんだよな。同じなんだなよな。態度が! 態度がまったく同じ。これ、ほかの人には僕が嘆いているようにしか見えないけど……。何千日も、こういう西日が差す時間、一分たりとて静かにしてくれたことがないというのは、重要なことなんだよ。ほかの人たちにはどうでもいい愚痴にしか聞こえないのだろうけど、本人としては、じゅーーーーようなことなんだよ。感覚が、否定できない。この日差しの中から、外に出るというのが、うしろ髪をひっぱられるような思いなのだ。あの感覚……。ほんとーーに、俺が悪く言われるんだよな。ヘビメタ騒音なしで生きたかった。どうしても、ヘビメタ騒音なしで生きたかった。一年とか二年ならまだわかるけど、本当に、一〇年とか一一年とか、一二年とか、一三年とか、一四年とか鳴らしている。ゆるせない。で、きちがい兄貴は気楽で……鳴らし切ったから気楽なんだけど……一日も譲らずに、鳴らし切ったから気楽なんだけど……一日に一分も譲らないで自分が好きなように鳴らすことが、実際にできたからこそ、気楽なんだけど……。きちがい兄貴自体は気楽なんだけどそれは、鳴らし続けることができたからだ。実際には一分もやめてやらなくて良いという状態を維持できたからだ。そういう状態を維持できたから、鳴らしてないつもりでいられる。きちがい的な意地で、きちがい的な感覚で、絶対に譲らないで……一日に一分だって譲らないで自分が好きなように、頑固に鳴らし続けることができたからこそ、鳴らしたつもりがないと言うことになっている。頭がおかしい。で、どこかで気づいてやめてくれるということは、なくて、どこまでもどこまでも、うちに住んでいるあいだは、二浪のときの入試の前だろうが、なんだろうが頑固に全部鳴らしてたんだよ。そこまでにどれだけ俺の勉強の邪魔をしていると思っているんだよ。これも、ぜんぜん邪魔をしたつもりがないのだ。つもりがなければ、夏休み、冬休み、一日に一四時間近く、きちがい的にデカい音で鳴らしていても、「つもりがないからやってない」という状態を維持できる。頑固に、どれだけ何回怒鳴り込まれても、一分も譲らずに一四時間鳴らし続けて、それで、「鳴らしてない」つもりでいられる。こういう毎日だから……。俺は小学六年生ときからずっとそういうふうにやられて、うちで勉強することができなかった。どーーーしても、どーーーーしても、できなかった。うちで復習すると、学校で憶えたことも忘れてしまうような感じになる。授業中に憶えたことが、不安定になる。で、鳴っている時間は、寝て、朝早く起きて勉強をするということもできなかった。鳴っている時間、眠れなかったからだ。どれだけからだがつかれていても眠れない。それから、なんて言うのかな? 本当に「親父のように」話が通じない。本当に親父のように話が通じない毎日なんだよな。親父のように話が通じない毎分毎秒なんだよな。鳴らしているあいだ全部、きちがい親父モードで鳴らすわけで、「やったってやってない!!!」だよ。そういうきちがい的な感覚が成り立っている。じゃ、譲ってくれるのかと言ったら、どれだけぶつかっても、どれだけ怒鳴っていても、……一切合切つたわらない。だから、一日に何十回も「鳴らすな!!鳴らすなぁ!!」と怒鳴られていても、本人は、まったくつもりがないまま鳴らすことができる。で、鳴っていると、どーーーしてもできない。これも、他の人にはわからないことで、「鳴ってたってなんとかなるんじゃないの」と言われたりする。その人はぼくの部屋にいたわけじゃない。きちがい兄貴が横でドカスカ鳴らしているときに、うちにきて、ぼくの部屋できちがいヘビメタ騒音をじかに聞いたわけじゃない。だから、わからないだけだろ。これ、本当に、脳みそに炎症が起きて、疲れを感じる。一四年間毎日やられたから……。うんと、どうしょうもなさというのがあって……毎朝、ずっと思い知らされる。いまだよ!!いまの話だよ。いまぼくは、ヘビメタ騒音できつい。ヘビメタ騒音の記憶で苦しい。どこで、気を取り直して新しいスタートを切ろうとしても、四六時中ヘビメタ騒音で苦しくてスタートが切れない。ぼくがどれだけ気を取り直してがんばろうとしたか? 一万回とか二万回とかそんなもんじゃないのである。ぼくはしつこいからしつこくがんばってきた。しつこく気を取り直してがんばってきた。けど、もう、限界だ。無理だ。本当に騒音のことは、他の人には通じない。あれだけ鳴らされていると……他の人には通じない。異質なんだよ。他の人が体験している普通の騒音とか、普通の騒音時間とか、普通の騒音期間とか……そういったものとは、まったく異質な騒音だと思う。騒音時間だと思う。騒音期間だと思う。

どうしても言えないんだよな。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。