2016年6月24日金曜日

死にたくなるほどつかれる日々……六年と半年

ぼくがやりたかったことって、なんなんだろうと考えると、ひとつは経済的不平等を解決するための経済政策は何かということを研究すること。もうひとつは、強迫神経症に関わる心理学の研究……なんだよな。あとは、カリキュラムの研究をしたかった。心理学、教育学、経済学を研究したかった。経済学は、経済政策のほかに、経済思想や経済人類学といった分野の研究もしたかった。教育学は、やはり、学校システムの研究もしたかった。学校というのは、近代の文化装置という側面もあって、ただ単に知識を教えるための機関ではない。学校システム全体を知識の伝達システムと考えてもよいのだけど、知識だけではなくて、どうしても、行動様式を伝達してしまうというところがある。「自由教育」は、この、近代の行動様式をなるべく伝えないようにしようとするのだけど、それでも、「自由教育」の行動様式を伝えてしまうところがある。伝えると書いたけど、押し付けると言ってもよい。無意識的に、押し付ける。だから、常に、反自由なのであり、自由ではない。だから、その反自由な部分というのが、出てしまうのだ。昔、ぼくが一冊書いたのだけど……(出版されなかったが)……。まあ、いいや省略。これ、出てきたら、電子出版しておくよ。


ヘビメタ騒音を残業時間で換算すると、すごいことになってしまう。

ぼくは、この記事を書いたとき、ワタミの元従業員で自殺した人のことを考えていた。自殺する前に書いたメモに「からだがついて行かない」というのがあったように思っていたのだ。調べてみたら実際には違っていた。

参考URL 引用開始-----
http://blogs.yahoo.co.jp/ganho31/8281513.html

ワタミ社員の過労自殺を認定 入社2カ月の26歳女性 <47NEWS>

居酒屋チェーンのワタミフードサービス(東京)社員だった森美菜さん=当時(26)=が入社2カ月後に自殺したのは「長時間労働による精神障害が原因」として、神奈川労働者災害補償保険審査官は21日までに、遺族の労災申請を不支給とした横須賀労働基準監督署の決定を取り消し、労災と認定した。遺族側の弁護士が同日発表した。

 決定書は「時間外労働は月約140時間以上で休日を十分取得できる状況ではなかった。業務の負荷が主因で適応障害を発病し、自殺を思いとどまる力が著しく阻害されていたと推定できる」とした。決定は14日付。

体が痛いです。
体か辛いです。
気持ちが沈みます。
早く動けません
どうか助けて下さい
誰か助けて下さい

引用終了--------

「からだがついて行かない」じゃなくて、「早く動けません」だった。

学校に八時一〇分にはつかなければならなくて、午前七時五〇分に出ると遅刻だったんだよな。七時四五分に出れば間に合った。七時四〇分に起きて、五分で、出て行くような状態だった。あれ、本当につかれた。七時四〇分が、眠たい盛りなのである。きちがい兄貴のヘビメタにやられて、午前四時か四時三〇分ぐらいまで眠れない。五時になってしまったときは、どれだけあせったか。本当に死にたいめちゃくちゃな状態なのである。朝、死にたかった。毎日だからな。五分で、飯を食って、着替えて、出発するんだよ。しかも、走らないとバス停まで五分でいけない。これが、六分かかってしまうもう、次のバスまで待たなければならなくなるから、遅刻確定なんだよ。五分で飯を食って着替えてと書いたけど、なんて言うのかな、飯を食う暇なんてないわけ。だから、飯抜きで、バス停まで走っていたときも、たくさんたくさんある。俺、本当に、きちがいヘビメタにたたられていた中学三年間が、一番辛かった。めちゃくちゃなんだよな。高校のときも、きちがい兄貴のヘビメタに対する態度は変わらなかったから、そのまま辛い。けど、きちがい兄貴のほうで空きができたから、ちょっと減った。減ったと言っても、なんていうのかな、ちゃんと減ったわけじゃないんだよね。きちがい兄貴が夜学をサボればそのまま鳴っているわけだから。あとは、死にたいな。きちがい兄貴が、本当に夜学に行っているのか?と言いたくなるほど、毎日学校に行かないで、家でヘビメタをドカスカ鳴らしている。鳴らしていたら、どれだけ言ったって……どれだけ怒鳴り込んだって、一分だって、ちゃんと静かにしてくれないから、試験の時こまった。きちがい兄貴が、パチンコ屋で鞄を盗まれるまで、わりとまじめに通っていたんだけど、それって半年間だけだから。で、まじめに通っていたときですら、土日は一日に一二時間爆音で鳴っているような状態なんだから、いいわけがない。けど、それでも、その半年間俺は、成績が上がった。本当、ふざけるな!! きちがい兄貴、おまえが鳴らしているあいだ、ずっと、おまえは俺の勉強の邪魔をして俺の足引っぱっている。強く強く引っぱっている。つもりがないというのは、まったくやったつもりがないと言うことだろう。けど、きちがい兄貴が鳴らしていて、一分間でもやめて静かにしてくれたことがないから。だから、ずっと鳴らしてたんだよ。鳴らされているあいだずっと苦しかった。それは、鳴らされているあいだだけ辛いというのではなくて、次の朝、辛いのである。死にたいのである。本当に、ボロボロなんだよな。朝から~~。体がついて行かない状態になる。早く動けない状態になる。まるで、水の中で動いているような状態で、苦しい。なんで朝からそういう状態になっているかというと、きちがいヘビメタが帰ってきたときから、午後一一時一一分まで鳴っているからだ。つかれているから、帰ってきたらご飯を食べて眠って、午前四時ぐらいに起きて勉強するということもできない。俺は、それをやろうとしたけど、ヘビメタ騒音のなかで眠るというのができなかった。本当にくるしい。ヘビメタ騒音が鳴っているあいだ勉強するのはやめて、朝早く起きて勉強をすればいいじゃない」というアドバイスをしてくれた人がいたけど、それは、もう、その時点で、だめなアイディアだった。けど、「それじゃだめなんだ」というと相手は「残念なおもい」をするわけだよ。「エイリになにを言っても否定される」とかそう思うわけだよ。けど、実際できないんだよ。普通に思いつくあらゆる対策をしたけど、きちがい兄貴があの音のでかさでは鳴らさないようにしてくれないと、すべての対策が無意味なんだよ。だいたい、時間を決めて鳴らすということさえしなかった。「全部」なのである。自分がうちにいて鳴らせる時間は、全部鳴らすと決めて鳴らしていた。で、鳴らしているときに、「やめてくれ」「静かにしてくれ」と言われて、静かにすると言うことが一切合切ないんだよ。一分だって、静かにしてくれない。一分間、鳴らさないで静かにすると言うことが絶対にない。一分間ヘッドホンをしてくれると言うことが絶対にない。一分間、フォークギターぐらいの音に下げてくれると言うことが絶対にない。一分間、テレビの音ぐらいの音に下げてくれると言うことが絶対にない。この、フォークギターとテレビの音だけど、どうして、そこまで下げることが絶対にないかというと、きちがい兄貴がヘビメタを鳴らすときは、爆音で鳴らさないと「気分が出ないから」だ。ヘッドホンをすると気分が出ないという理由とおなじなのである。一分間だってヘッドホンをしてくれない人間が、一分間、テレビの音ぐらいにしてくれるわけがないだろ。で、これが親父とおなじきちがいで、こいつは、フォークギターの何十倍も何百倍もでかい音で鳴らしているのに、「こんなのフォークギターとおなじぐらいの音だ」と思っている状態なのだ。これが嘘できちがいなんだけど。俺は、兄貴がフォークギターを鳴らしている三年間、一回も文句を言ったことがないんだよ。きちがい兄貴は凝ると、毎日ずっと練習するところがあるから、フォークギターも毎日鳴らしてたんだよ。俺は、三年間、毎日、フォークギターを至近距離で鳴らされて、文句を言ったことがないんだよ。それから、きちがい兄の部屋にあったステレオで歌謡曲を聴いていたときに文句を言ったことがない。このきちがい兄貴の部屋にあったステレオというのは、昔、居間にあったステレオで、早い話、テレビぐらいの音しか出ない。普通の人がしゃべるような音のでかさで、ステレオを聴いたり、フォークギターを鳴らしているとき、俺は文句を言ったことがないんだ。そのくらいの音なら平気だから。けど、きちがい兄貴のヘビメタの音は違う。あんなの、本当に六畳間に持ち込むようなオーディオセットじゃない。あんなの本当に、六畳間で鳴らすようなエレキギターじゃないんだ。あのアンプ付きスピーカーを、六畳間でがんがん鳴らしていいわけがないだろ。エレキギターの練習を家でするときは、普通は、ヘッドホンをするものなんだよ。スタジオじゃないんだから、あんな音で鳴らすなよ。これ、本当、何百倍もでかい音。デシベルって対数表記なんだよ。対数!!! ともかく、きちがい兄貴が、きちがい的にデカい音で鳴らしたいなら、そのでかい音は、普通の音になってしまう。きちがい兄貴なかで、「何時間鳴らしたってかまわない普通の音」ということになってしまう。

本当に、きちがい親父とまったくおなじなんだよな。ヘビメタ騒音でまったく同じことをしている。きちがい的な意地で、相手がどれだけ注意してもやりきる。そして、そうやってやったことに関しては、絶対に認めない。何千日やろうが、「やってないやってない」と言い出す。これおんなじなんだよね。やっているときは、「やめろ」といわれているということを認めるのが不都合なことなんだよ。で、不都合なことは、絶対に認めない。だから、どれだけ言われて、そこでどれだけ喧嘩したとしても、いわれたことになってない。それは、本人が、無視してやりきることができるから、やり続けることができるから、いわれたことになってないし、やったことになってない。で、そうやって、一五年、毎日、ずっーーーっとそういう態度でやり続けるだろ。そりゃ、毎日同じ気持ちで同じことをやっているから全部おなじなんだよ。で、一六年目に、今度は、自分が一五年間毎日そうしたと言うことを認めるのが都合が悪い日が来る。そうたら、認めないのである。全部が全部、これ無意識なんだよな。嘘をいっているつもりがない。あれだけ頑固にやってきて、「やってないやってない」ということになる。ならしているときは、鳴らしているということとと、鳴らしていると相手が困るということを、無意識的に無視して、意地でも?認めない。認めないことは、ないことなんだよ。これ!……これ!! 本人が認めなかったら、どれだけやったって、やってないことになっている。そんなんじゃないということになってしまう。本人が認めなければ、どれだけ「困っているからやめろ」といわれても「そんなの知らなかった」「そんなになっているとは知らなかった」ということになってしまう。何千日もめててもそうなんだよ。何千日中、毎日、何回ももめているに「知らなかった」ことになってしまう。「いわれなかった」ということになってしまう。それは、認めるとやばいことになるから、認めない。で、この認めないというのが無意識的な過程だから、本人はいつも悪意がないということになってしまうのである。じゃ、いえばやめてくれるかというと、それはないんだよね。血相を変えて顔を真かっにして、頑固にやり切る。例外なく頑固にやり切る。だから、やってんだよ。けど、本人は、追い払うことができれば、「本当に」我慢させられることがなければ、忘れてしまう。認知しない。認識しない。だから、「知らなかった」なんてことになる。何千日も、一日に何回も言われているのに知らないわけがないだろ。けど、「知らなかった」「そんなんじゃないそんなんじゃない」と言い出す。言い出すときは、もう、静かにしてやる必要性がないときなんだよ。兄貴の場合は、「よそ」のうちに行ったから、「うち」で静かにしてやる必要性がなくなったから、「やってないやってない」一六年目に言い出す。けど、それは、一五年目に結婚をしてうちを離れたからで、うちに居続けたら、何十年だろうが、ここに書いてある態度で、ヘビメタを鳴らし続けて絶対に認めないんだよ。あとは、きちがい兄貴にしろ、きちがい親父にしろ、「よそ」と「うち」では、態度がひっくり返るというのがある。これは、ものすごく深いレベルであって、本当にこれも、無意識がなせる技なんだと思う。しかも、「うち」と「そと」で態度が違う、と言うことがわかってない。本人はまったくわかってない。「よそ」なら、普通にイチニチジュウ静かにしてあたりまえなのである。「よそ」では、うちではこだわってこだわってこだわって、一〇万分の一だってゆずらなかったことを、一〇万分の一〇万、ゆずってなんとも思わない。もちろん、一五年間好きなようにやり続けたから、「やりきった」という感じがしているのかもしれないけど、それでも、頭がおかしい。「よそ」では、一日もできないこと、一日に一分ですらできないことを……そういう異常なことを……「うち」では、一日に一四時間やっても、平気だった。ぜんぜん悪いと思わなかった。まったくなにも認めなかったのである。自分が悪いことをしている、非常識なことをしている、相手に迷惑をかけているということを、意地でも認めないのである。うちでは、ヘビメタ騒音は、やっていいことなのである。だから、一回も、一秒も、悪いと思ったことがないのである。いまは、悪いことだから、普通に、我慢して、一日に一分も「生の音で」鳴らさないということができる。けど、「うち」では、一分だって我慢ならないのである。自分が思ったとおりの音で鳴らしたいわけで、ヘッドホンをつけるのは、「気分が出なくなるから」嫌なのである。それだけの理由……それだけの理由で、弟の人生をなんとも思ってないんだよな。いまだに、そうだ。「うち」でやったことに関しては、ぜんぜん悪いと思ってない。親父もおなじなんだよ。あいつも。だから、兄貴や親父が、自分の胸に手を当てて、反省をしようとしても無駄なわけ。そういう、スイッチが他の人にはわからない。で、きちがい親父やきちがい兄貴にもわからない。だから、なんていうのかな、反省のしようがないんだよ。本人は!! いまだにそうだから。

あれ本当に、きちがい兄貴は、「おやじのうち」だから、どれだけなにを言われても、親父のように気にしないで頑固に全部、自分の意地を通して鳴らしたのである。頭がおかしい。で、こういう頭がおかしい人というのがいるというのが、他の人にはわからないんだよ。本当に、俺は、ここに書いているようなヘビメタ騒音を経験した。大げさに書いているわけでもないし、嘘を書いているわけでもない。


























わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。