2016年7月21日木曜日

一日に一〇分間、ヘッドホンをして静かにすれば、それでいいかというと、良くない

さっきは、お金が入ることをしなければと思って、焦っていたが、いまは、もう、弛緩している。どうでもいいや。なにか価値があることをしようと思うと、だめだ。もう、俺は、ご飯を作ること、ごはんを食べること、食器を洗うこと、洗濯、掃除、入浴、以外のことは、やめた。本は、欲しいんだよな。気になる本がある。けど、買うとカネがかかるから、買わないことにしている。買わないでいると、そのうち、読みたくなくなる。そういうことの繰り返しだからな。考えてみれば、きちがいヘビメタ騒音以降は、そういうことが多すぎる。で、読んでも、それがカネにつながらない。一体何をやってきたんだと、思うけど、しかたがない。なにをするときでも、体力がなくなってしまったというのがある。それが、ヘビメタ騒音の主作用の一つだ。本当にどれだけ長いあいだ、やられたか。全部が全部、ヘビメタ騒音になってしまった。生活のすべての時間が、ヘビメタ騒音になってしまった。いま、夏休み期間中の、午前八時二五分。鳴ってない。けど、四五分後には鳴り始めるな。そうしたら、夜の一一時一一分まで、俺がどれだけ言っても、ヘビメタが鳴っている状態が続く。きちがい兄貴が飯を食う時間と風呂にはいる時間、きちがい兄貴の都合で鳴り止むことはあるけど、俺が「静かにして欲しい時に」鳴り止むということがない。で、ともかく、くるしい。それこそ、ヘビメタ騒音の中では、本さえ読めない。そして、好きな本でも、嫌いになる。嫌な記憶がこびりつく。いやでいやでしかたがない雰囲気がこびりつく。いやでいやでしかたがない雰囲気のほかに、破滅感や、怒りがこびりつく。好きな本なのに、きちがいヘビメタのなかで読んでいたという、いやな記憶がまとわりつくようになる。結果、嫌いになる。興味が持てないものになる。「これ、好きだったのにな」と思うけど、なんて言うのかな……頭がこんがらがる感じがある。ともかく、ヘビメタ騒音の中では、普通にふつうのことが考えられない。すべて、ぶち壊されている。特に、たとえば、それが、エレクトロニクス工作とかある程度、頭を使う本だと、読めない。不愉快な記憶が積み重なる。死にたくなる。

きちがい兄貴は、一〇分鳴らしても、一〇時間鳴らしても、まったく気にしてなかったけど、俺は、きちがい兄貴のヘビメタで一〇分間、苦しみ抜くことになる。一〇時間、苦しみ抜くことになる。で、一〇時間のあいだ、どれだけ、なにを言っても、けっきょく、一〇〇か九九・九の音で鳴らされる続ける。だから、くるしい。これ、「知らなかった」と言うんだろうけど、知ってるよ。俺、一日目から、さんざん言ってたから。まるで、「静かにしろ」と言われなかったから、知らないで鳴らしてしまったみたいな印象を与えたがっている。きちがい兄貴が他の人にそういう印象を与えたがっている。そんなの、嘘。そんなのありえない。一分だって、絶対に、自分が我慢するのは、いやだから、鳴らし続けた。どれだけ、「静かにしろ」「鳴らすな」と言われても、それを無視して、頑固に、一日中、鳴らし続けたのが、きちがい兄貴なのである。で、それが毎日のきちがい兄貴の態度なのである。すべての時間、きちがい兄貴が満足できる、どでかい音で鳴らすことに決まっていて、一分だってゆずらないというのが、きちがい兄貴が、この世で、毎日毎日、何年間も、十数年感も続けてきたことなのだ。それを、まるで、「静かにしろ」「鳴らすな」と言われなかったから、気付かずに、鳴らしてしまった……と言っている兄貴は、きちがいだ。きちがい的な都合の良さ。きちがい的な認知の湾曲。きちがい兄貴よ。言っておく、きちがい兄貴が、一時間、我慢してくれたことなんてない。それが、きちがいヘビメタ騒音でうめつくされた夏休みの真実だし、きちがいヘビメタ騒音でうめつくされた一四年間の真実だ。途中でやめてくれることなんてないんだから。どれだけ「静かにしろ」「鳴らすな」怒鳴りこんでも、ずっと、きちがい兄貴が満足できるデカイ音で鳴っている状態が続く。いま朝だけど……朝だから、朝の雰囲気だけど……こういう朝の雰囲気の時間から……ずっと夜まで鳴らされ続ける。その間の感覚が、たまらない。たまらなく、嫌だ。生きていけない。こんなしんどいからだで、生きていくのは嫌だ。

本当に、「静かにしてやった」とか言っているみたいだけど、それは一体なんなんだと言ってやりたい。きちがい兄貴が、静かにするわけがないでしょ。一分だって静かにしてくれないよ。静かにするというのは、鳴り止んだ状態で静かにするということだからな。きちがい兄貴が、どかすか鳴らしたまま、「静かにした」と思い込んでいる状態じゃないからな。そういう嘘を平気でつけるというのがおかしい。そういう嘘を平気でつける状態で、固着して、執着して、鳴らしたんじゃないか。絶対に、静かにしてやるのは嫌だったから、静かにしなかったんじゃないか。何度も言うけど、普段の日、きちがい兄貴が一分間、ヘビメタを鳴らさないで静かにしてくれたことなんて、一日もない。それから、きちがい兄貴が、毎日、ヘッドホンをして鳴らしてくれたわけでもない。ヘッドホンにかんては、一日ぐらい一〇分間したことがある。けど、その日以降、一日もしてくれてない。一〇分間で、嫌になってしまったのである。「感じが出ないから嫌だ」……これだけの理由で、きちがい敵などでかい音で、鳴らし続ける。鳴らし続けて、一日に一〇分だって、ヘッドホンをしてくれない。一日に一〇分間、ヘッドホンをして静かにすれば、それでいいかというと、良くない。一日に、一〇分間、ヘッドホンをすればいいんだな!!ということになるんだろうけど、それでは良くない。きちがい兄貴に交渉するとこういうことになる。一日に、一〇分間、ヘッドホンをしたとしても、毎日一四時間鳴らされたら、困るんだよ。きちがい兄貴が一四時間一〇分鳴らす気になれば、そういうことが成立する。そうすると、きちがい兄貴が、一四時間鳴らしているにもかかわらず、俺が文句を言えない状態になる。「一日に一〇分間、ヘッドホンをすればいい」と言ったということになるからだ。そういう条件を飲んだということになるからだ。けど、俺は、ずっときちがい兄貴に鳴らさないで!!静かにしてほしいわけだから、一日に一四時間鳴っていたら、困る。良くない。良くないけど、きちがい兄貴が、そういう条件を突きつけてくる。きちがい兄貴が突きつけてくる条件というのは、俺にとってまったく無意味なのだ。そんな条件を飲んだら、きちがい兄貴が、好きなだけ鳴らすことを肯定してしまうことになる。で、きちがい兄貴の、言い分というのは、そういうものだった。全部が全部、そういうこと。ヘビメタ用のでかいスピーカーの位置を動かすというのも、そういうことになる。「位置を動かしてやれば、どれだけやってもいいんだ」ということになる。で、それじゃ意味がないということを言うと。けっきょく、動かしもしないで、ずっと、鳴らすということになる。ヘッドホンさえしてくれなかった。スピーカーの位置を移動してくれもしなかった。これが、きちがい兄貴のやったことだ。いまは、普通にできるのだから、鳴らすときは、いつもヘッドホンをすればいいだろ!!!それが、普通の家の普通のやり方なんだから。うちだけだよ!!きちがい兄貴が、スピーカーから、あれだけどでかい音で、ずっと何時間も何時間も、鳴らしているなんていうのは、うちだけだ。で、それを親が、黙認していたのも、うちだけだ。黙認というか、放置だ。きちがい親父は、一切合切関わりを持たなかった。かかわりがあるという感じが、しないのである。自分がかかっている感じが本当に生じない。きちがい親父は、きちがい兄貴が鳴らしているあいだ、ずっと家にいなかったので、本人が、困ってないんだよ。で、本人が困ってないと、もう、どれだけなにを言っても、一切合切話が通じないんだよね。それで、今度、「注意しなかった」というと、「注意した!!注意した!!」だからな。本当に、全部が全部こういう形だ。お母さんは、兄貴に「頼む」ことしかできない。きちがい兄貴が、お母さんの言うことを聞くかどうかは、きちがい兄貴に任されているのである。だから、聞きたくないことは聞かない。だから、お母さんに言われても、静かにしなかった。その場合、お母さんがきちがい兄貴の頭を押さえつけて、静かにさせるということは、できないのである。きちがい親父は、しらんぷりで、お母さんは理解していたけど、力がなかった。簡単に言うとそういうことだ。けど、きちがい親父の知らんぷりというのは、なんというのか、本当に、きちがいというのはこういうものだということを理解している人じゃないとわからないところがある。「そんなことはないんじゃない」と言われる。よく言われる。けど、そうなんだよ。で、一度注意しないとなったら、梃子でも、注意しないということになる。意地になって、絶対に注意しないのである。さらに、「注意してくれ」と言われたら、それは、不愉快だから「なっちゃったらしかたがない!!!」「なっちゃったらしかたがない!!!」と絶叫しながら、俺に対して怒っていたのだ。自分がやりたくないことを、頼まれた時の、きちがい親父の典型的な態度だ。きちがい親父だって、自分がやりたくないことは絶対にやらない人間なんだよ。きちがい兄貴が、静かにしないのと同じ意地で、勢いで、静かにさせない。そういう用事、要求は、「おっぱらいたいこと」なのである。で、理不尽なことを言って、怒り狂う。「しかたがない!!」「しかたがない!!」「しかたがない!!」と絶叫して、怒り狂う。自分がやりたくないことをやらされそうになったら、もう、普通にそういうきちがいダンスをする。いつものことだ。めずらしいことではなくて、いつものことなのである。で、それを知らないのは、親父と、世間の人だけなのだ。親父にやられた人は知ってるよ。親父にやられた人って、俺と、きちがい兄貴と、お母さんだけだけど。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。