2016年8月24日水曜日

選択肢と選択肢をうばう騒音

注!以下、「人のせいにするな」と(私に)言ってきた人は、あっちサイトのコメント欄に書いてきた人、このサイトでメールを受け付けていたときに書いてきた人、リアルで会ったことがある人の複合人格です。要は、3人をあわせて作った架空の人格です。だから、実在するわけではありません。

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確かにヘビメタ騒音は他の人たちにとって「どうでもいい問題」なのだが、でかすぎる。でかすぎる。あの七年間はない。これ、平日七時間、休日一二時間の、連続騒音がどれだけの影響を与えるか、すぐに考えられる人と、考えられない人がいるんだよな。不思議なことに、学歴とか社会的地位とかIQはまったく関係がない。

ただ、「そういう騒音の影響があったらどんなことになるだろう」ということを普通に考えられる人と、考えられない人が出てくる。平日月曜日から金曜日まで、自分が家に帰ったときから、自分の嫌いな音が、人が絶叫するよりもずっとでかい音で鳴っている……五時に帰ったら、六時七時八時九時一〇時一一時と、ずっと鳴っているということがどれだけの影響を与えるか、わかる人とわからない人が出てくる。まあ、僕の場合は四時に帰ったらということなんだけど、一応、五時に帰ったらということにしておく。社会人の場合を考えて六時でも七時でもいい。「明日も仕事があるのに」……ガシャガシャ・ドンドン・キーキー、許しがたい音で連続で鳴っている。相手が騒音きちがいでなにを言っても通じない……。こういう状態で、会社に通うというシーンを想像できる人とできない人がいるんだよな。

次の朝、どれだけつらいか、想像できる人とできない人がいる。そういう騒音生活をしているわけではないのに……つまり、普通の生活をしているにもかかわらず、会社勤めが限界になる人なんて、そういう騒音生活が始まったら、一ヶ月ももたないだろう。土曜と日曜のことは説明してないけど、平日以上に長い時間!鳴る。土曜日に半日出勤があるか、それとも、完全に休みかでちがうのだけど、休日は、祝日を含めて、ずっと、朝の一〇時から、夜の一一時まで鳴るという生活だ。言っておくけど、週休二日で、残業なしでねをあげている人が、耐えられるようなことじゃないのである。そういう人は、どれだけがんばっても一ヶ月でつぶれると思う。俺は、六年と半年、耐えた。そういう生活に耐えたのだ。

それだけでも、普通のやつよりも、根性があると言っていい。

これ、ちがうのである。僕の身の上に、実際にそういうことが起きたので、僕が弱くなって、普通の生活ができないようになっているから、弱く思われるのだけど、じゃ、実際、上に書いたような騒音生活をして、どれだけの人が、朝七時四〇分には起きて、通勤通学できるというのだ? いったいどれだけの人が?? 

歴史的に見ても、そういう人が俺以外にいないから、他の人は、まったく状態がわからず、間違った判断をしているのである。週休二日の普通の出勤でねをあげる人が、実際に、そういうことが始まったら……そういう長い時間騒音にさらされるという生活が始まったら、どれだけ長く、出勤できるんだよ? 土日と、合計で二四時間以上鳴らされて、月曜日、遅くても朝の七時三五分に起きて、出勤するということがどれだけ苦しいことだと思っているんだよ? 

この苦しさを、普通に想像できる人と、できないひとがいるんだよな。普通に想像できる人は、自分の体力状況やそれまでの自分の騒音体験などを考えて、リアルに「自分がそういう目に遭わされたら(こういうことになってしまうだろう)」ということが、想像できる。そうでない人は、「なんだ!そんなこと?!」と思って、自分に当てはめて考えるということをしない。こういう違いはでかい。自分に当てはめて、リアルに想像することができない人が、俺を馬鹿にする。

本当は、自分だって(その人だって)実際にそういう騒音生活が始まったら、一ヶ月でねをあげると思う。どれだけ通おうと思っても通えなくなってしまうと思う。俺は、それを、小さいからだで、何年も耐えてきた。こういうことがわかってないやつがいる。で、一番わかってないやつが、きちがい兄貴なんだよ。二番目はきちがい親父だ。一緒に住んでいるやつが、一番わかってない。張本人が、一番わかってない。どうしてかというと、こだわってこだわってやったことは、やってないことになっているからだ。こういう、しくみが……これまた、わかる人とわからない人が出てきてしまうのである。わからない人には、わからないから、わからない。「そんなのは、ないんじゃないの」というような前提が、どこまでもどこまでも、尾を引く。素直に、「そうだったら」ということが考えられない。素直に、もし、自分の身の上にそういうことが発生したら……そういう生活を、強いられたら……どんなことになるか? ということを、考えられないのである。どうしてかというと「そんなことはないから」だ。ここら辺の想像力のあるなしは、僕に対する態度に直結する。

きちがい兄貴、おまえのせいで……。きちがい兄貴、おまえが、頑固にやり切るから。頑固に無視してやりきるから、他のやつとも、対立が生じてしまうよ。そして、対立云々よりも、「普通に通うことができない」のだから、無職・引きこもりになるしかないのである。これも、きちがい兄貴は、自分がやったことが、直接影響しているということが、一五年間、わからないままやり続けた。毎日やり続けた。きちがい兄貴が発狂的な意地で毎日無視し続けたポイントだ。毎日、毎時間毎分、毎秒、どれだけ言われても、かならず!無視したポイントだ。やっている最中、どれだけ何万回言われても、自分がやっていることで弟が困っているということがわからないのである。この「わからなさ」が他の人にはわからないから、俺がとやかく言われるわけだろ。「そんなのは、言えばいいのに」とか。きちがい兄貴はきちがい兄貴だから、二〇年経っても、三〇年経っても、わからないんだよ。「そんなんだったのかなぁ……」ぐらいの気持ちでいる。あれだけ意固地になって、選択して!!!頑固に、いつも鳴らし続けたのに!!


あとは、「人のせいにするな」だけど、これを言っているやつは、ほんのちょっとの助言で「自分が傷ついた」「腹が立った」「失敗した」と、人のせいにする。助言なんて、信じるか信じないかは自分の判断でどうにでもできることだ。どれだけ言っても、鳴り止まないという状態とはちがうのである。選択肢がある。「人のせいにするな」ということを(俺に)言ってくる人は、本当に小さなことで怒るし、俺のせいにする。やつらからみて俺は、他人なので、俺のせいにするということは、人のせいにするということだ。

選択肢を持っていて、その中から、自分にとって良い結果になる選択肢を選べなかったという話しではないのである。ヘビメタ騒音の話しはそういう話しではない。けど、選択肢を持っていて、自分の意志で選んだにもかかわらず、失敗したから、人のせいにするような人が、「人のせいにするな」と言ってくる。それこそ、人のせいにしている。そういうのを、「人のせいにする」って言うんだよ。きちがい兄貴があきらめてやめない限り、ヘビメタ騒音生活以外の生活を、選ぶことができないんだよ。選択肢がないんだよ。そして、きちがい兄貴が実際にやっていること(やっていたことが)原因で、困っているんだよ。ぜんぜん違うだろ。わかってないな~~。

俺の場合は、ヘビメタ騒音だったけど、ヘビメタではなくてもいいんだよ。自分が嫌いな音が、あるいは、普通の音で鳴っていれば中立的な音が、人が絶叫する音よりもでかい音で、ずっと鳴ってたら、困るだろという話だ。そういう生活について、想像できるかどうか、これがポイントだ。もし!!自分の身の上にそういうことが発生してしまったら、普通に通うことができるだろうか? 通い続けることができるだろうか? そういうことを考えることができるかどうかで、俺に対する態度が一八〇度ちがってくる。

そういうことを考える能力が欠落しているやつは、俺とは仲が悪くなる。その人が教授だろうが無職だろうが同じだ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。