2016年8月26日金曜日

ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつは、みんな、「人のせいにしやすい人」

注!以下、「人のせいにするな」と(私に)言ってきた人は、あっちサイトのコメント欄に書いてきた人、このサイトでメールを受け付けていたときに書いてきた人、リアルで会ったことがある人の複合人格です。要は、3人をあわせて作った架空の人格です。だから、実在するわけではありません。

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失敗する可能性がある手術を受けて、失敗したというような場合は、僕は、自己責任だとは思わない。まあ、突きつけられる現実はあるけどさ。けど、たとえば、大学に通っていて、友達ができないから別の大学に行く(受験し直す)というようなことを選択した場合は、自己責任だと思うよ。だいたい、新しく大学を受けるために金が必要だし、新しい大学に受かったら入学金を払わなければならない。

さらに、前の大学(いま現在通っている大学)の入学金がむだになってしまうのだ。これは、本当に、自分の意志で選んで、他人が関わらない場合の話しだろ。他人に「あずける」部分がある場合は、違うと思う。いまの大学に通い続けて、そのままその大学を卒業するか、新しい大学を受けてそこに入学し直すかというような、二者選択の場合と、手術など他人が関わる場合の話しは違うと思う。

しかし、厳密なことを言えば、大学に入り直すということだって、他人は関わっているとは言える。

たとえば、親が入学金を負担するのならば、親が関わってる。けど、それと、手術がうまくいくかどうかというような場合は、違うと思うな。手術の場合は、医者(他人)が関わっている。手術を受けるにしろ、受けないにしろリスクがあるのだから、それは、違うだろう。あってはならないことだけど、医療ミスだってある。だから、そういう部分で他人が関わってる場合の自己責任と、そういう部分で他人が関わってない場合の自己責任は、峻別しなければならないと思う。


だいたい、ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつは、みんな、「人のせいにしやすい人」なのである。

僕の立場を言っておくと、僕は、人に「自己責任」「自己責任」とは言わない人間だ。ただし、ヘビメタ騒音について、「人のせいにするな」と言ってくるやつには、その言葉を、そいつにそのまま、お返ししたい。そいつは、なんらかのことで俺に腹を立てているけど、それは、自己責任じゃないのか?と問いただしたい。

だから、まあ、そっちがそう言うなら、こっちも、という話だ。

だから、なんていうのかな、他人が関わることで不幸な目に遭っている人に、「自己責任自己責任」といった言葉を投げかけるようなことはしない。その人なりの事情がいっぱいあるわけだからさ。どこまで、自己責任なのかわからないわけだからさ。けど、俺に対して、「自己責任」と言ってくるやつがいたら、そいつに対しては、「自己責任」という言葉を投げ返してやりたいだけだ。

けど、僕のブログを読んだ人が、こいつは(自分のことについて)自己責任だと言っていると思われるのはいやなんだよな。他人が関わることに関しての選択ミスは、不当にその人を追い詰めている場合がある。この「自己責任」という言葉だけどさ、全然良いものだとは思わない。むしろ、なんか、いじめのような感じさえする。困っている人に対してその言葉を投げかけるのは、なんかフェアじゃない。困っている人に「自己責任」という言葉を投げかけること自体が、悪い行為なのではないかと思う。特に、他人が関わることに関しては……。自分の選択だけで終わらない話の場合は……。

だから、僕は、俺に対して「人のせいにするな」と言ってきた人には、「おまえの選択の結果!俺に腹を立てている。自己責任だ」と言ってやりたくなるけど、他の人には、言いたくない。そのような言葉を、気楽に使いたくない。なんてたって、本当に人にはそれぞれ事情があるからな。(俺に対して「人のせいにするな」と言ってきた人の事情は、自動的に考えなくていいことになっている。そいつが俺の事情を考慮しなかったのだから。)




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。