2016年8月2日火曜日

あまりにも非常識すぎるでかい音だからだ

本当に鳴ってた。今の時間鳴ってた。なってたぁ~~~~~という感じしかしない。この夜の雰囲気は、鳴っている雰囲気だ。本当にすべての日、すべての時間、耳をどれだけきつくふさいでも、無遠慮にどかどか入ってくる、きちがい的にでかいヘビメタ騒音が鳴ってた。どれだけ、耳をふさいでも、きちがいヘビメタ騒音で、いっぱいで逃げ場がなかった。逃げ場がないんだよ。

ここで、ヘビメタ騒音に焼かれるだけになってしまう。それから、きちがい兄貴は、俺が「しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだ時だけ、うるさく感じていると思ったかも知れないが、あるいは、思っているかもしれないけど、そうじゃなくて、我慢している。たとえば、午後九時に「うるっさささいぁぁぁいうるさいっぁぁぁい!!!しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだあと、午後九時四〇分に「しずかにしろぉぉぉしずかにしろぉぉぉぉぉゅぉ」と怒鳴りこんだとしよう。

この場合、四〇分間ずっと煮えくり返っている。どうしてかというと、ヘビメタ騒音が四〇分間「なりつづけて」いるからだ。別に、午後九時だけうるさかったのではないのである。午後九時四〇分だけうるさかったのではないのである。耐えている。四〇分耐えている。その四〇分間が俺にとってどういう状態だと思っているんだ? ときちがい兄貴に聞いているわけ。

どれだけなにを言っても、きちがい兄貴が、顔真っ赤にして、願に鳴らし続ける。無視して鳴らし続ける。そういう状態だ。それが、まあ、「おっぱらった」状態だよ。で、一日に一三時間鳴らしているときは、一三時間、どの時間に行っても、同じだったんだからな。きちがい兄貴が、きちがい的な決意で、絶対に弾いていた。鳴らしていた。

どでかいヘビメタの音に合わせて、エレキ・ギターをこれまたドデカイ音で鳴らしていた。あれだけの音を、いま住んでいるところで、一日に五分でも鳴らせるのか?と聞いているんだよ? いま!!! 鳴らせないだろ。あまりにもでかい音だからだ。あまりにも非常識な音だからだ。きちがい兄貴が鳴らしていた時、かならず、そういうでかい音で鳴らしてたんだよ。

「ゆずってやった」とか「静かにしてやった」とか嫁さんの前で言っているけど、それ、嘘だから。自分で嘘を付いているつもりがないかもしれないけど、嘘だから。

で、自分で嘘を付いているつもりがないというしくみが、親父と同じなんだよ。あの時の音がなんでもない普通の音だ……自分は普通の音で鳴らしていたというのであれば……いま住んでいるところで鳴らしてみろと言っているんだよ。一分だって、いま、住んでいるところで、鳴らせない。それは、迷惑だからだ。あまりにも非常識すぎるでかい音だからだ。「うちでは」なんだろうがあたりまえなんだよ。

それが、また、キチガイオヤジと同じなんだよな。きちがい親父にたたきつけられて……一五年間たたきつけられて、キチガイオヤジとまったくおなじになってしまった。きちがい親父は、これまた、きちがいだからとしか言い様がないのだけど、「すべてのことで」そうなる。すべてのことで、話が通じない。すべてのことで、きちがい兄貴がヘビメタでやったような、「わからない」ことをする。

で、そうやって意地になってやったことは、全部やってないことになっているんだよな。それは、何十年毎日、そうしていても、一回もやってないことになっている。逆に、これまた、きちがい的な意地で、どれだけ言っても、絶対にやってくれなかったことに関しては、「やってやったやってやった」ということになっている。

で、それが、本当に、際限なく続く。

きちがい親父の……なんて言うのかな??人格……構造?が同じだから「いつも」そうなるんだよ。これを、たとえば、認知療法家は「またまた、そうなった」と言い換えるんだよ。そうじゃないわけ。だから、きちがい親父が原因で!強迫神経症になった人は、そういう説明では、言い換えられない記憶があるわけで、おいそれとは、認知療法家の説明には納得できないわけ。

これは、歪んだ考えにこだわっているからではなくて、正常な認知にこだわっているから。「だれだって、機嫌が悪いときはある」「だから、たまたま期限が悪くて、そういう反応をしたのだろう」これが間違っている。だから、現象が説明されない。現象が説明されて、やっと、腑に落ちるという経験ができるんだよ。腑に落ちるという経験をしない場合、強迫神経症は繰り返される。症状をかえて繰り返される。バリエーションなんだよな。たとえ、距離があるようでもバリエーションなんだよ。だから、無理やり納得しようとして、「たまたまだったんだ」ということで、一つの症状を押し込めたとしても、ある程度期間があいて、別の症状がしょうじる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。