2016年8月28日日曜日

夏はなんかMOT(マイクロソフトオフィシャルトレーナー)の試験を受けてた


そういえばさぁ~~。夏はなんかMOT(マイクロソフトオフィシャルトレーナー)の試験を受けてたな。けっきょく、ヘビメタ騒音で睡眠回路を壊れていたから、むだになっちゃったよ。あの朝の感覚はない。何年我慢したと思っているんだ。ヘビメタ騒音がなかったら、MOTなんて受けてないと思うけど、受けたら楽勝だ。そして、通勤できる状態だったら、通勤してたんだろうな。

ヘビメタ騒音がなかったら俺は普通に大学講師かあるいは教育関係の仕事をしていただろうから、(あのとき)NHKにも出れた。それから、そういう立場であれば、商業出版も楽だっただろう。

つまんない。全部、ボロボロだ。

いまでもまぶたに浮かぶ、きちがい兄貴の態度!!! 本当に、入学試験の前にどれだけ頼んでも、一分だって静かにしてくれないんだからな。あれで、「静かにしてやったつもり」なのかよ。だから、きちがい兄貴!!おまえは、そういうところで、ズレてるんだよ!!!! きちがい兄貴は、親父と同じ!! 本人はまったくそのつもりがないし、そんなんじゃないと言い出すだろうけど、まったく同じ。まったく同じ態度だ。どれだけなにを言っても、自分の「はいっちゃった」考えにこだわって、一切合切認めずに、自分がやりたいことをやる! それで、本人はゆずってやったつもり」なんだよな。

そういうの、何十年もやられてみろよ。そういうの、何千日、何万日とやられてみろよ。どれだけのことが積み重なるか。やられた方には積み重なる。だって、本当に「毎日」同じようにそういうふうになってしまうのだから。毎日、なにかと、そういこうとになってしまうのだから。

それで、やっている本人は、蚊帳の外で、自分はまったく関係がないつもりでいる。

じゃ、譲ってくれるのかというと、それはもう、絶対にないんだよね。だから、絶対に譲らないと言うことを常に選択しているのに、常に本人は、譲ってやらなかったという意識がない。だから、対人関係がめちゃくちゃになる。けど、そういうことをやるのは、家族に対してだけなんだよ。「うちでだけ」なんだよ。

「よそ」じゃ、ゆずっている。「よそ」でゆずったぶんだけ、「うち」では、死んでもゆずらないのである。しかし、自分がそういうことを、強い意志で「選択している」という気持ちがない。認識もまったくない。だから、やられた方は、ものすごく、いやな思いをする。そりゃ、やられっぱなしなのに、……相手はやったつもりがまるでないということになっているのだから、やってられないだろ。

ガチゴチにはまっているのに、「それだけ」は絶対に無視なんだよ。ガチゴチにはまってやったことは、どれだけなにを言われても、「そんなのは知らない」「そんなんじゃない」と真顔で言えるようなことなんだよ。で、その真顔で言った一分後に、その問題行為をしても、まったく矛盾を感じない。そういうところで、精神異常者なんだよ。これ、本当、やられた人じゃないとまったくわからない。ふーーーつーーーーに!!そうだから。毎日ずっとふつーーーにそうなんだよ。そうじゃないときがないんだよ。「うち」にいるのに、そうじゃないときがない。そうじゃないモードになっているときがない。普通に全部やりきる。

で、まったくなにもやったことになってない。必要以上にゆずってやったと思っている。本当は、自分のやりたい気持ちが傷つくようなカタチで、我慢するということがない。これは、まったくないんだよ。だから、やっているのだけど、本人だけは、絶対になにもやってないつもりなんだよ。「つもり」だけは。

だから、そういう人が家族のなかに二人いる状態だと、普通の人は、全然わからない話になる。「そんなの、本人に言えばいいのに。なに、ぐちぐち言ってんだ」という気持ちになる。死にたい。二人いるんだからな。一人じゃないんだからな。二人いる。四人家族で二人。どれだけの確率か。あーー、死にたい。で、意地になってやったことは、たとえ、一〇年間毎日やっていても、二〇年間毎日やっていても、ぜーーーぜん、やったつもりがしょうじないんだよ。「そんなんだったのかなぁーー」みたいな感じしかない。これ、最大限相手に譲歩して、これだからな。自分がまったく責任を追及されないなら、「そんなんだったのかなぁ~~」みたいな気持ちになるときは、あるみたいなんだよな。けど、自分にちょっとでも責任がかかるとなったら、そういう気持ちすら、一切合切沸かないのである。

自分がちょっとでも責任追及されそうなら「そんなんじゃない!!そんなんじゃない!!なんだぁ!!!なんだぁぁ!!!」とあれまくる。……そういう態度で、鳴らしたんだよ。そういう態度でやりきったんだよ。やっているときに、「やめてくれ」「ゆずってくれ」と言われたら、もう、逆上して、顔を真っ赤にして、発狂して、やっちゃう。兄貴よ、おまえ、全然わかってないだろうけど、きちがいヘビメタをやっているときに、「やめてくれ」と言われたときの態度、状態は、ハンダゴテ事件の時の親父の態度、状態そのものだよ。あぶらあせをかいて、顔を真っ赤にして、発狂して自分の言い分を通す。やりたいことをやる!!

で、それがすぎてしまえば「そんなことはない」というのが始まる。

で、これを一日に何十回繰り返しても、トータルでは、「なにもしてない」「そういう争いはまったくなかった」ということになってしまうのである。トータルで、全部やりきっているからな。自分の気が済むカタチでやり通しているから!「そんなんじゃない」「やってない」ということになってしまう。話が一切伝わらない。全部そういうことだから。毎日何十回、きちがい兄貴の部屋に「やめてくれ」「宿題をするからやめてくれ」「勉強をするからやめてくれ」と言いにいっても毎回同じだったよ。毎回同じなんだよ。きちがい兄貴が、鳴らしたいときに、「やめてくれ」と言われたから「やめてやった」なんてことは、一回もないんだよ。一五年間毎日で、一回もない。毎日同じ反応だからな。ヘッドホンをしてくれたこともない。

まあ、これは、一日だけある。一〇分間ぐらいヘッドホンをした。けど、そのあとは入試だろうが、一分もヘッドホンをしてくれなかった。「感じが出ない」からだ。ふざけんな!! そうやって、そういうレベルでこだわって、俺の勉強の邪魔をしているのに、……ずっとずっと、勉強の邪魔をしているのに、まるで、勉強の邪魔をしたつもりがないんだよ。「うるさくしていた」と言えば、きちがい親父のように、言葉だけに反応して「静かにした、静かにした」だよ。言葉だけに反応してと言うのは、自分のそれまでの行いを省みることがない状態で、ともかく、言葉だけに反応することだ。相手が言ったことを、「そうじゃない」と否定してしまえば、それで済んでしまうのである。事実を知っている人にとって見ればこういうことが、屈辱なんだよ。あれだけ、むきになって、あれだけこだわって、あれだけ長い時間、何回も何回も逆上してやっておいて、それかよ!って気持ちになる。


本当は、言われたあともずっと勉強の邪魔をしているのに、ぜんぜん勉強の邪魔をしていると思わないんだよな。たとえば、一日に一四時間鳴らした日は、一四時間全部!勉強の邪魔をしている。今日は八月二八日で、夏休み終了三日前だけど、毎年、夏休み最後の日も一四時間鳴らせるなら、フルに一四時間!……一三時間しか鳴らせない状態でも、フルに一三時間鳴らしている。だから、一日中鳴らして、一日中勉強の邪魔をしている。言わないからわからないのかというと、そうじゃなくて、俺は、一日に何回も何回も何回も「勉強の邪魔だから鳴らすな」「宿題をするから、鳴らすな』と怒鳴りこんでいる。ちゃんと、きちがい兄貴にわかるように言っている。けど、どれだけどれだけ、強く言っても、きちがい兄貴にはつうじない。

それは、きちがい兄貴がきちがい兄貴だから、通じないのである。

しかし、他の人にはそれがわからないから、「あなた(俺)が言わないから、ダメなんじゃないか。言えばわかってくれるよ』というような感想を持つ。それは、たとえば、教師にヘビメタ騒音のことを相談した時、明らかになる。常にそういう返事だった。これは、中学高校を通じてずっとそうだった。教師と言ってもひとりじゃなくて、相談した教師は、そういう反応しか返してこなかった。※普通の人には、きちがい兄貴の意地はわからない※。

どういう「あたま」でヘビメタを鳴らし続けているのか、それがわからないのである。これもしつこくなるけど、一番わかってないのが、きちがい兄貴だ。ほんーーーとーーに、不思議なんだけど、こっちがどれだけ言っても、ぜんぜん悪いと思わないんだよな。実際に一分でもゆずるのはいやだから一分もゆずってやらないという態度で、踏ん張って、こだわってこだわって、しつこくしつこく、鳴らしているのに、本人は、そうやって、一日中鳴らした時も、「鳴らしてない」という気持ちでいる。頭がおかしい。そういう構造で、俺がどれだけ苦しんだと思っているんだ。

兄貴のヘビメタ騒音なんて、子供の成績に関心がある普通の親だったら、絶対に一日目に、やめさせているんだよ。あんな音で鳴らす一日が、ずっと続くなんてことがおかしいんだよ。きちがい兄貴よ。いま住んでいるところで、むかし、夏休みに鳴らしていたような音で、夏休みに鳴らしていた時間の長さ、鳴らしてみろ。一日で、どうなると思うんだよ。

きちがい兄貴よ! 相手がどれだけ、「やめてくれ」「うるさいからやめてくれ」と言ってきても、それを無視して、あの音のでかさで、一日中鳴らしたら、どうなると思うんだよ。そういう想像力がないのか。これ、「うち」でやったことに関してはまるで悪いと思わないんだよな。本当に筋金入り。頭がおかしい。うちの兄貴は頭がおかしいレベルでそういうことがわからないということが、他人にはわからない。ヘビメタ騒音の被害者じゃない人たち!ヘビメタ騒音問題とはまったく関係がない人たちにはわからない。想像はつくかもしれないけど、本当のところはわからない。だから、俺が悪く言われる。

兄貴の認知構造がおかしいことに、責任なんて持てるわけがないだろ。親父の認知構造がおかしいことに、責任なんて持てるわけがないだろ。なにが自己責任だ! ふざけるな!!

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。