2017年8月4日金曜日

「人は働くべきだ。しかし、病気などで働けない場合はしかたがない」

「働けるのに働かない」のか「働けないから働けない」のかということが問題になることがある。「働けない人はしかたがない。しかし、働けるのに働かない人はゆるせない」と思っている人はすくなくないと思う。
しかし、この、働けるか働けないかというのは、あんまり、きちんとした基準があるわけではない。

就労可否証明書と医師の診断書があれば、いちおうは、働けるかどうかの基準になるのだろう。けど、これも、「働く」ということの範囲が問題になる。うつ病の診断や障害年金の申請書などでも、実は医師の考え方が影響する場合が多い。医師によって、だいぶ判断が異なるのが、精神疾患だ。

実は、働けるかどうかに関しては、「見た感じ」どう思うかが問題になる。通常の会話の範囲で医師の診断書を見せろとかそういうことにはならない。

どういう場合が働けて、どういう場合が働けないのかということに関して、実は、個人的な意見が分かれる。おのおのがおのおのの感覚でいっていることでしかない。「病気ならしかたがない」という場合にしても、病気の範囲が問題になる。病気というのは、狭い意味の病気なのか、なんとか障害、なんとか症といったものまで含むのかに関しては、実はおのおのの感覚の違いがある。

たとえば、A1さんA2さんA3さんがいるとしよう。そして、B1さん、B2さん、B3さんがいるとしよう。B1さんは認知症、B2さんはうつ病、B3さんは社交不安障害、B4さんは回避性パーソナリティ障害、B5さんは睡眠障害だとしよう。

その場合、A1さんは、B1さんとB2さんとB5さんは働けないからしかたがないが、B2さんとB3さんB4さんは働けるのに働かない人だと判断するかもしれない。A2さんは、B1さんは働けないからしかたがないけど、B2さん、B3さんは、B4さん、B5さんは働けるのに働かないからケシカランと思うかもしれない。

A1さんとA2さんは、「人間は働くべきだ」「しかし、働けないのであればしかたがない」とおなじように思っているとする。しかし、目の前に具体的な個人があらわれた場合、判断が異なる場合がある。

誰か具体的な個人がいて、その人が「まるまるで働けない」といった場合、「働けない」ということを信じるかどうかの違いがある。信じない場合は「まるまるさんは働けるのに働けない」と思うわけである。

で、その基準がひとりひとりちがうので、総論では「人間は働くべきだ」「しかし、働けないのであればしかたがない」と思っていたとしても、具体的な個人に関しては、その具体的な個人がおなじことを言っているのにある人は「働けないからしかたがない」と思って、また別のある人は「働けるのに、働けないと言って甘えているだけなのだから、働くべきだ」と思うというような違いがある。

つまり、意見が分かれるのである。総論ではおなじでも。なんとか病に関してどう思っているかで、個人に対する判断がちがってくる。


また、おなじなんとか病気、おなじなんとか障害、おなじなんとか症、おなじなんとか症候群でも、程度の違いがあるから、人の数だけバリエーションがあるといっていい。これは、対象となる人のバリエーションだ。そして、判断する人には、判断する人の価値基準のバリエーションがある。

だから、総論では「人は働くべきだ。しかし、病気などで働けない場合はしかたがない」と言っていても、具体的な個人に関しては、実際には、おなじように判断するとは限らない。

ようするに、その人が思っているだけなのである。「働けるのに働かないからケシカラン」と思うか「働けないのだからしかたがない」と思うかは、その人が、話を聞いて判断しているだけのことだ。



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うつ病は「病」とついてはいるけど、狭い意味での「病気」ではない。「病気」であるからには、原因が特定できなければならない。しかし、うつ病の場合は原因が特定できない。セロトニン仮説とかいろいろあるけど、仮説にすぎない。うつ病とはいっているけど、ほんとうは気分障害の一種だ。つまり、「病」ではなくて、「障害」だ。

しかし、広い意味で「病気」という言葉を使うのであれば、うつ病は病気といって差し支えないという事情がある。

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自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。