2017年8月28日月曜日

飢餓陣営の佐藤さんは、どう思いますか?

たとえば、AさんとBさんがいたとしよう。Aさんは統合失調症で、自分の中の妄想が現実だと思い込む傾向があるとしよう。そして、Bさんは、変わった性格の上司からパワハラを受けて、うつ病になってしまったとしよう。

で、二人がデイケアで出会ったとしよう。そして、最初AさんがBさんに話しかけたとしよう。そして、Bさんは、特に会話を断る(拒む)理由がなかったので、Aさんの話しかけに応じて、ちょっとした会話をしたとしよう。二日後にAさんとBさんが会った。

Aさんは、「Bさんが自分の絵をけなした」と言っていって、手に持っているガラス製のコップを、Bさんの顔に向かって投げた。コップはBさんの目に当たって、Bさんは右目の視力を失った。……こういうことがあったとしよう。Bさんは、Aさんの絵を見たことがないので、そもそも、酷評することができない。なので、BさんはAさんの絵をけなしたという事実はない。

Bさんは、病院に訴えたが、病院は「患者同士のトラブルには介入しない」という主張を繰り返した。Bさんは弁護士のところに相談しに行ったが、弁護士はAさんが統合失調症患者だとすると、Aさんに責任を負わせるのはむずかしいという見解を示した……とする。

ぼくの意見としては、Aさんが統合失調症患者であったとしても、AさんはAさんがやったことに対して責任を負う必要があると思う。飢餓陣営の佐藤さんは、どう思いますか? 責任能力に関係なく、AさんはAさんのやったことについて責任を負うべき。法律は、Aさんと健常者の区別をするべきではなく、Aさんには健常者とおなじ罪がかされるべきだと思います。ぼくの意見は、そう。

飢餓陣営の佐藤さんはどう思いますか? 佐藤さんは、精神障害者が加害者であった場合に関しては、加害者寄りの判断をしますよね。けど、それでは、被害者のほうがむくわれないのではないかと思います。責任能力に関係なく、外面的な客観的な行為を問題にするべきじゃないですか? 「なされた」ならなされたんですよ。Aさんによってなされたことは、Aさんによって!なされたことなんですよ。

AさんもBさんも、ぼくの架空の話しのなかの登場人物で、実在する人物ではありません。だから、「とする」と書いてあるでしょう。それから、Aさんは話しのなかで統合失調症だけど、統合失調症の人はみんなAさんのような人だということを言ってないということに注目してください。これは、たとえば、Aさんが日本人だという設定でもおなじです。読んだ人が、日本人はみんなAさんのような人だと考えるのは、イ・ラショナルシンキング(非合理的な思考)です。それとおなじように、統合失調症の人はみんなAさんのような人だと考えるのはイ・ラショナルシンキングです。

ちょっと関係がない話になるけど、これが、密室の出来事だとするともっと問題が複雑化する。要するに、AさんとBさんしかいない部屋で起こったことだとすると、そもそも、Bさんが言っていることは事実なのかどうかということが問題になる。もし、Aさんが、苦し紛れに「コップなんて投げてない」と言ったら、どうなるか? さらに、そのあと、「Bさんがコップを投げた」と言ったらどうなるか? Aさんがもし、自分にとって都合が悪いことを言われると、「妄想」がはじまる人だとそういうことがあり得る。密室で目撃者がいない場合、Bさんは、こまった立場に突き落とされる。自分にとって都合が悪いことを言われた途端に、「事実ではない」と言い出す人というのは、いる。本人が思いついたことが「現実」として認知・認識されるのならば、本人は「事実として」こうだったと言い出す。そして、それは、その都度「つくられる」ことだから、全体としての整合性はない場合が多い。しかし、全体としての整合性がないということを、その人(ここではAさん)が認めるということは、ない。そのつど、矛盾したことを「真実」「事実」として語るからだ。時系列的に、矛盾点がちがうので、矛盾点を指摘されるたびに、「違う事実」が出てきてしまうというような傾向がある。だから、基本的に、「整合性のある話し」はできない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。