2017年8月31日木曜日

「人がどう思ったってかまわない」に関する考察(2) 原因帰属理論

ヒトゴトなのでどうだっていいということは、言える。しかし、ぼくは、たとえば、Aさんがほんとうは強姦してないのに、強姦魔だと「他の人から言われた場合」Aさんは、気にするだろうなと思う。Aさんにとっては、それはどうでもいいことではないと、ぼくは思う。この、自分にとってどうでもいいことだということと、本人にとってどうでもいいことだということは、ちがう。

Aさんが、「強姦してないのに、他の人から強姦したと言われてくるしい」と言ったら、それは確かにくるしいだろうなと思う。「そんなこと、気にするかな??」とは思わない。こういうことを、いちいち、ごっちゃにして言うやつがいる。

もうちょっと、場合分けしたほうがいいよ。場合分けをすすめる。しかし、こういうやつらは、「めんどくせぇ。どれだっておなじだ」と考えることが多い……みたいだ。そりゃ、ぼくの話にはついてこれないだろうぜ。

ちなみに、Aさんに向かって「くるしい」と言うからくるしくなるんだ……という言葉を投げかけるのは、良くないことだと思う。Aさんがくるしいのは、誤解されているからだ。「くるしい」と言ったからではない。

それから、Aさんが「強姦魔だと言われる状態を想像したから」そういうことが現実化したとも、思わない。これは、ぼくが作者だから、神様的な視点で「事実」を決定できる。Aさんは、かつて、一度も「強姦魔だと言われる状態を想像した」ことがない。

だから、思ったから現実化したというのは、この場合はまちがいだ。

「Aさんが強姦魔だと言われる状態を想像したから、いけないんだ」「Aさんが悪いことを考えたから、悪いことが現実化した」という言葉を投げかけるのは、筋違いだと思う。

また、「強姦魔だと言われる状態を作り出したのはAさんだ。Aさんに責任がある」とも思わない。

だいたい、ぼくは作者だから、事実を決定できる。

しかし、実際の世界では、もちろん、ぼくが事実を決定できるわけではない。ぼくだけではなくて、現実の世界では、だれもが相対的な「他者」であり、神様の視点で事実を決定することができない。せいぜい、いろいろと調べ上げて、事実はこうだったのではないかということを(共同幻想として)決定していくことしかできない。

そりゃ、目撃者の証言を聞いたり、物的な証拠とかそういうものを集めて、だれがこうした……あるいは、だれがこうしなかった……ということを決定するしかない。しかし、その決定はかりそめの決定にすぎない。最終的には、裁判で決めるしかない。けど、裁判で決めたあとも、裁判の決定がまちがっているのではないかという可能性は残り続ける。


それから、「そういう悪いことを考えたから、悪いことが現実化した。だから、悪いことは考えなければいい」とAさんにアドバイスする人は、Aさんが事前に「自分が強姦魔だと思われることを想像した」と考えているらしいけど、それは、事実ではない。

これも、作者だから、Aさんは事前にそんなことは考えたことがありませんと決定、設定できるけど、現実世界では事実として決定できない。現実世界では、Aさんが「自分はそんなこと考えたことがない」と言うしかないのである。

その場合、たとえば、「そういう悪いことを考えたから、悪いことが現実化した。だから、悪いことは考えなければいい」とAさんにアドバイスしたBさんは、Aさんが言うことを信じないかもしれない。

Bさんは「思ったことが必ず現実化する」「思わなかったことは必ず現実化しない」と強く思っているからである。そういう信念がある以上、Bさんにとっては、Aさんは強姦魔だと思われることがあると思ったことがある人でなければならない。

作者だから、Aさんは思ったことがないと決定できるけど、現実社会では、「自分はそんなことは思ったことがない」と言うAさんと、「Aさんはそういうことを思ったに違いない」と考えるBさんが、おのおの、自分の考えを言うだけということになる。Bさんのなかでは「Aさんはそういうことを思ったことがある人」なのだから……。たとえ、Aさんが「そういうことは思ったことがない」と主張したとしても。

この「思ったことは必ず現実化する」という考え方は、自分にだけ適応したほうがいい。他の人にまで適応すると、その人に対してまちがった考えを持つことになる。(まちがった決めつけをしてしまう可能性が高くなる。)しかし、「思ったことは必ず現実化する」と主張する人にとっては、それは「だれにでも」成り立つことなのである。「だれにでも」「すべての事柄について」成り立つことなのである。だから、基本的には、他人のことについてまで、事実とは異なる考えを持つ可能性が高くなる。

だから、「思ったことは必ず現実化する」という考え方は、最初から、はためいわくな考え方だと言うことができる。「思ったことは必ず現実化する」というのは、「すべてはこうだ」と決め付ける考え方のひとつだ。(実際に)そうなったのは、そうなることを考えたからだと、まちがった推論をしてしまう。(実際に)そうなった以上、そうなることを考えたのだと、決めつけてしまう。

他に原因があるのに、「考えたから」と原因を決めつけてしまう。「思ったことは必ず現実化する」と考えるひとは、すべての事柄についてそう考えるので、他の人の身の上に起こった事柄に関しても、そう考える。

だから、ジョゼフ・マーフィーも「いまのあなたは、あなたが考えたことをそのままあらわしている」と言うわけで、慈悲の心が最初からない。

いま貧乏だとしたら、貧乏になると考えたからだ。お金持ちになると考えたら、絶対にお金持ちになっている。貧乏になると考えたから、あなたが貧乏になっている。貧乏になったのは、貧乏になると考えた「あなた」が悪い。あなたが貧乏なのは、貧乏になると考えた「あなた」に責任がある。……「思ったことは必ず現実化する」という考え方を持っているひとは、貧乏な人についてこういうふうに考えるようになる。

しかし、実際には、貧乏な家に生まれたから、貧乏だという場合がある。「子供はしかたがないけど、大人はそう考えた責任がある」などと思う人もいるかもしれないけど、これは、これであとで論じる。いや、いま、言っておこう。

まず、子供は、子供であったとしても、人間だ。赤ちゃんも、この場合は、赤ちゃんであっとしても人間だ。「思ったことは必ず現実化する」と言っているのだから、子供でも赤ちゃんでも、関係がない。どうして、成人しているかどうかが、関係あるのか? そんなのは、あとだしだろ。「思ったことは、必ず現実化する」のである。例外はない。

現実の社会では、所有権が認められていて、所有しているものの差がある。親の年収や財産に差がある。ある子供が貧乏なのは、その子供が「自分は貧乏になる」と思ったことがあるからではない。その子供が、すでに貧乏である両親のもとに生まれてきたからである。

生まれつき貧乏な人と、生まれつき貧乏じゃない人の差がある。その差のほうが、「貧乏になる」と思ったかどうかよりも重要な差だ。貧乏な家に生まれた赤ん坊は「将来自分は貧乏になる」と思う前に、貧乏なのだ。そういう生まれつきの差を無視して、「貧乏になると思ったから貧乏になったのだ」と言ってしまうのがジョゼフ・マフィーと彼の信者だ。





わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。