2017年9月12日火曜日

レッサーパンダ帽男殺人事件について 自閉症というよりも、反社会性パーソナリティ障害かつ知的障害者であった可能性のほうが高い

●自閉症というよりも、反社会性パーソナリティ障害かつ知的障害者であった可能性のほうが高い


レッサーパンダ帽男殺人事件には興味がない。『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』も読んでない。あとで読むから、これは、レビューを読んだときに感じたこと。ようするに覚え書き。



加害者の場合、自閉症というよりも、反社会性パーソナリティ障害かつ知的障害者であった可能性のほうが高い。前科のことも含めて考えると、そうなる。

自閉症だからではなく、反社会性パーソナリティ障害だから、わりと簡単に犯罪行為をするのではないか。反社会性パーソナリティ障害場合、犯罪行為はそれほどたいした行為ではない。

言い切れないけど、「怒るということ」と犯罪までの距離が短いのではないかと思う。佐藤さんは加害者のことを自閉症と決めつけているけど、前科と自閉症であるということの関係性についてはどう考えているのだろうか。

たとえば、ドアの開け閉めに夢中になっている自閉症者がいるとする。この、他者から見るとまったく無意味な行為に夢中になる(繰り返しずっとやっている)ということは、自閉症の特徴の一つだ。

セックスがしたいからレイプとか、お金が欲しいから略奪というのは、わりと目的がはっきりしている。他人から見て、無意味な行為ではない。他人から見ると、なんでそんな行為に夢中になっているのかわからないような行為に夢中になるというのが自閉症の特徴の一つだ。

そして、その行為をやめさせようとすると、たしかに怒るわけだけど、怒るから殺人をするというわけではない。「怒るということ」と「殺人」までの距離は、たぶん健常者とおなじだ。自閉症者だから、「怒るということ」と殺人までの距離が短いということはない。


あとは、どちらが先に行為をしかけているかという順番について考えてみよう。たとえば、ドアの開け閉めに夢中になっている自閉症者(Aさん)をドアから引き離して、ドアの開け閉めという行為をやめさせようとすると、Aさんは怒るだろう。この場合は、夢中になっていることを他者によって中断させらそうになるから怒るわけだ。他者の自分に対する、具体的で強制的な行為がきっかけで怒るわけで、具体的で強制的な行為を先にするのは他者だ。

当人からみると、自分がなにかをやられたあとに怒るわけだ。そして、怒ったあとなにをしたいかというと、元の行為をしたいわけで、怒って元の行為に復帰しようとするのである。当人からみれば、他者による行為の中断(他者による具体的な強制的な行為)→怒りという受動的な順序だ。一方、加害者は他人の表情を読み取り、怒り、能動的に攻撃をしかけているのであって、順序がちがう。

おどろいたような表情をするというのも、行為といえば行為だ。しかし、相手の身体を拘束しようとするというような、相手の身体に力強く触れるような行為ではない。行為の強度と質がちがう。加害者がほんとうに自閉症なら、むしろ、他人の表情には鈍感だったはずだ。被害者が先に加害者の身体に触れ、加害者のなんらかの行為を中断させようとしたわけではない。

佐藤さんが(加害者は)自閉症と決めつけているところがある。本のタイトルは『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』だ。これだと、自閉症者というのは、ちょっと拒否されただけで殺人までするおそろしい人だというイメージさえ与えかねない。怒りと殺人までの距離が短いというのは、自閉症の特徴ではない。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%80%E5%B8%BD%E7%94%B7%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

レッサーパンダ帽男殺人事件
レッサーパンダ帽男殺人事件(レッサーパンダぼうおとこさつじんじけん)とは2001年4月に東京都台東区浅草で発生した殺人事件。
「浅草レッサーパンダ事件」とも呼ばれる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。