2017年9月18日月曜日

レッサーパンダ帽男殺人事件5 ●近代国家と仇討ちの権利 強者と弱者の理論

現代の被害者には仇討ちの権利や決闘する権利がない。刑事事件なら警察が調べて検察が訴えるということになる。だから、容疑者(個人)と検察(国家)という対立構造ができあがる。これが、案外、被害者遺族を、いらだたせているのではないだろうか。

人権派は、国家を目の敵にして個人を守ろうとする。しかし、その個人というのは、この場合容疑者だから、罪が確定する前の加害者である場合が多い。この事件の場合、知的障害者が加害者であるような事件だから、佐藤さんみたいなひとが知的障害者側に立とうとする。中立だと言っているけど、私には加害者側に立っているように見える。

たぶん、加害者は自閉症者ではない。加害者は反社会的な性格の知的障害者だと思う。障害者というのは、言ってみれば、弱者の立場に立つ。障害者は守られなければならないのである。

しかし、この加害者とこの被害者の場合は、道路の上で立ち向かう以上、加害者が強者で、被害者が弱者だ。加害者は身長一八〇センチぐらいの大男で、包丁という武器を持っている。

一方、被害者の方は、身長はわからないけど、アニメ声?のわかい女性だ。こんなもの、どうみたって、力の差が明らかだろう。道路の上では、加害者が「強者」、被害者が「弱者」。法定では、いちおう被告が弱者で、検察側(国家)が強者なのだろう。検察は被害者にかわって、加害者(容疑者)を訴えることになっている。

しかし、検察は被害者ではない。加害者には、弁護士(弁護団)と人権保護団体が味方につく。さらに、知的障害者の犯罪ともなれば、知的障害者に特別な思い入れがある人も加害者側につく。この事件の被害者はすでになくなっているので、加害者が殺した時点で、復讐の権利・イーブンなことをする権利は永遠に剥奪されてしまったわけだ。仇討ちの権利があるのであれば、被害者遺族は、仇討ちをする権利があるということになる。

しかし、近代国家は、被害者遺族から、仇討ちの権利を剥奪してしまった。なので、こういう社会に住んでいるということが、被害者遺族にとっては、もどかしい感じがするのではないかだろうか。

路上 加害者・強者 被害者・弱者
法廷 加害者・守られた強者 国(検察)・強者 被害者・無視された弱者
障害者かどうか 加害者(障害者なので弱者) 被害者(健常者なので強者)


路上と法廷で加害者は強者だ。法廷では加害者の人権は守られる。そういう配慮がなされる。一方、被害者の遺族は、裁判を見守るということしかできない。

ともかく、路上で加害者のほうが強者なのだからどうにもならない。強者なんだけど、障害者という「弱者」属性を持っていた。だからこそ、被害者のほうの人権は、無視されるような状態になる。これは、おかしい。

「刑期を長くしても反省するとは限らない(だから、刑期を長くする必要はない)」などと言う人まで出てきてしまうしまつだ。この人は路上強者の人権しか考えてない。路上弱者の人権はどうなるのか??

「弱者」属性を持っている人の人権ばかりが尊重されて、「弱者」属性を持っている人に殺された人の人権は無視されている。また、反省してないのだから、再犯する可能性は高いので、その点でも将来の『路上弱者』の人権が無視されていると言える。


(社会的な罪と道徳的な罪の続き)佐藤さんは罪を償って早く出てきてほしいのだろうけど、被害者の遺族は早く出てきてほしくないだろう。被害者も生きていたら、早く出てきてほしいなどとは思わないだろう。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。