2017年10月25日水曜日

エンジャクイズクンゾ、コウコクノココロザシヲシランヤ

午後三時ぐらい起きた。
ご飯を食べずに買い物に行くか、それとも、食べてから買い物に行くかまよっている。

にしても、起きてから考えることはヘビメタ騒音ことばかりだ。兄貴の態度についてばかりだ。これ、他の人には関係がないけど、すさまじいことなんだよな。他の日には関係がないけど「どうしょうもなさ」がすさまじい。ほんとう、いいようがないな。

関係がない人は、関係がないので、わからない。関係がない人からみると、俺が大げさに言っているように思えるかもしれない。あるいは、関係がない人からみると、ヘビメタ騒音の全部の影響というのは、ほんとうに、まったくわからないことなのかもしれない。表面の影響のごく一部を理解できるだけだからな。

そりゃ、「自分ならそんなことをやられても、そんなふうにはならない」と思えることなのかもしれない。けど、ちがうから。

けど、ちがうとしても、その人は、一生経験することがないのだから、「深さ」がわからない。どのみち、表面的なものを見て、個人のあほな感想を言う。あほだと思うけど、しかたがないのかな。あほだと思うけど。しかたがないかーー。

それは、わかるわけがない。「つもった場合」の状態なんてわかるわけがない。副作用なんてわかるはずがない。副作用の強さなんてわかるはずがない。ともかく、キレイゴトや「自分ならどうにかなった」というようなことは、経験してないから思える、軽い見方で、まちがった見方だ。けど、そうなるのはしかたがないよな。その人は経験してないのだから。

そりゃ、言葉として「騒音がずっと鳴ってたんだな」ということはわかるけど、その人が理解しているのはそういうことだけだ。それが生活上、どういう意味を持つかなんてわかってない。

さらに、「毎日、何年も続いた場合」の話しは、想定外。想像の「外」なのだろう。どれだけ、その人の知恵を振り絞って考えても、到底、想像できるものではないのだろう。

それは、しかたがない。

経験してないのだから。

毎日つもった場合の話しなんて、わかるはずがない。そりゃ、そうだ。そりゃ、そうなんだが……。毎日つもった場合の話しが、その人にとって「不愉快な話し」なのだろう。けど、ぼくは、自分のブログに書いているのだから、それは、問題がない。

早い話、不幸なニュースを視たくない人は、不幸なニュースを取り扱っているニュース番組を視なければいいだけの話だ。(中略)

「エンジャクイズクンゾ、コウコクノココロザシヲシランヤ」。

こういうことを書いておくのは価値があることなのである。人類にとって価値があることなのである。小人物が到達できない思考について書いてあるのである。実験することができない出来事について書いてあるのである。




(注)「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
《「史記」陳渉世家から》ツバメやスズメのような小さな鳥には、鷲や鷹ような大きな鳥の志すところは理解できない。小人物には大人物の考えや志がわからない、というたとえ。

(助言)明るいのがいいなら セミリタイア、投資あたりに移ったほうがいいよ。貧乏と名がつくカテゴリーに登録しておいて、貧乏な話し、底辺の話しは嫌だと言っている人がいたら、ちょっとどうかと思うぞ。

愚痴を言うやつは、最低だと言っておきながら、わざわざ、まずいパンをトイレに流してやったという話しをするのはどうかと思うなぁ。それ、口にしか聞こえないんだけど。さらに、そのまずいパンを作ったやつの悪口を言ってたよな。あれって、悪口じゃないの? 芽がはえたジャガイモをディスり、芽がはえたジャガイモを利用して、他人をディスっていたけど、あれも、聞く人にとっては、愚痴だ。それだけではなくて、最初から一貫して、あるカテゴリーに登録してある人たちをディスりまくりで、『それにくらべて自分は、コミニュケーション力があるからすばらしい』と自慢していた。本人が、あるカテゴリーに登録してある人たちの悪口を言いまくっているのに、本人はそれに気がついてないのかね? その人たちにくらべてどれだけ自分がすぐれているかの自慢話をしてたけど、そういう自慢話は、愚痴話ぐらいには嫌われるということがわかってないのかね? ほんとうにコミニュケーション能力がある人がやることだろうか? それとも、ネットの人間には、気を遣わないのかね?

ぼくのは「弁明」「真実の告白」で、うんころさんのはただの悪口だ。しかも、底辺とか仕事ができない人とかコミニュケーション能力がない人とか不幸な人の悪口を言っているだけだ。たたけるところをたたくという、まことに、くだらない行為だと思う。ぼくがたたいているのは、実の兄貴と実の父親だ。たたくだけの理由があるのである。それにくらべて、うんころさんは、ほんとうはたたく必要がないところをたたいている。俺には、実の兄貴と実の父親が「おれ」にやったことについて語る必要性があるのである。人によっては、それが悪口に思えるかもしれないが、それは、その人が、俺の言っていることの真意を理解してないからだ。こんなもの、実の兄と実の父親が「おれ」にやったことにくらべれば、屁でもないよ。そもそも、事実の報告であって『悪口』じゃない。父親と兄が実際にやったことについて、実際にそうしたということを述べているだけだ。じゃあ、翻って、あるカテゴリーに登録している人たちが、うんころさんにやったことがひどいことなのかというと、ひどいとじゃない。いいかげん、コミニュケーション能力がある人なら、気がついたほうがいい。ただの悪口と一緒にするな。げろまずパンとか、使えないジャガイモとか、腹いせの放火とか、うんころさんが毒を吐いているんじゃないか? 貧乏、生活苦というキーワードが入っているカテゴリに登録して、そのカテゴリの他人のブログなどを読んで「不幸なことを言ってんじゃない!(俺は金持ちで、コミニュケーション能力があってしあわせな人間だが、それにくらべておまえらは!)」と毒を吐いている人のほうがよっぽど有害だと思うけどな。(そういう人は)貧乏、生活苦、底辺関係のカテゴリには登録しない方がよいのではないかと思うよ。『俺すげぇーー。おまえら、底辺だな。おまえら不幸だな。おまえらが不幸なのはおまえらが悪い。俺がどんだけすぐれているか。俺がどれだけエリートだったか。俺のコミュケーション能力!最高!!』と言いたいだけなのかもしれないが。

生活費はともかくとして、貯金はたっぷりあるんだろ。生活費だって月に五〇万、六〇万かけようと思えばかけられるわけだから、最初から、場違いなカテゴリーに登録しているのではないかと思う。

金持ちが貧乏(底辺)カテゴリーに登録して、貧乏な話しが多いのは不愉快だから、「(貧乏な話しをするやつらは)早く出て行ってくれたらいいな」なんて言っているとしたら、おかしいと思うのはぼくだけではないはずだ。

「俺は金持ちで、コミュニケーション能力ばっちり」だと自負しているのに、わざわざ貧乏カテゴリに登録して、「コミュニケーション能力がたりないやつばっかり、貧乏人ばっかり」と愚痴(小言)を言うのはおかしいと思うぞ。

まあ、ヘビメタ騒音の話しは、登録したカテゴリーからちょっとズレていることは認める。けど、いろいろな都合があって、ちょっとズレているけどここにいる。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。