2017年12月15日金曜日

病気にならない方法を教えます……幼児的万能感

病気にならない方法を教えます。病気にならない方法は、「病気にならない」と決意することです。決意すれば病気にはなりません。たとえば、会社で風邪が流行ったとします。風邪をひくのではないかと考える人は、風邪をひいてしまいますが、「自分は絶対に風邪をひかない」と決意すれば、風邪をひきません。風邪のほうから逃げていきます。一方、「病気になるのではないか」とおびえている人は風邪にかかってしまいます。病気と「仲良く」しているひとは、病気を追い出すと決意するべきです。決意すれば、病気は出ていきます。



……というようなことを言う人がいたとする。病気にかかっている人は病気と仲良くしている人。病気にかからない人は、病気にかからないと決意している人。……こういう考え方は、おかしい。現実を無視している。けど、そういうことを言いたくなる人があとをたたないんだよな。これ、まあ、自分が決意するのはいいんだけど、すでに病気にかかっている人を悪く言うのはやめたほうがいいよ。


   *   *   *



病気にならないという決意をすれば病気にはならない。
病気にかかっている場合も、病気を追い出すという決意をすれば、病気は治る。というようなことを言う人をAさんだとする。

Aさんが、自分はそう思っているというのは、いい。そもそも、Aさんは、病気にはかからないそうなので、病気になることがないと思う。けど、「人はみんなそうだ」「病気にかかっている人は、まるまるだ」と言ってしまうのは問題がある。主語を「人」「人間」「病気」「病気にかかった人」にすると問題が生じる。

なんたって!!!病気にかかると思った人しか病気にはかからないので、病気になってしまった人は、病気になると思った人だということになる。しかも、病気になったにもかかわらず、病気を追い出す決意をしない人は、病気と仲良くしたい人で、言ってみれば……決意をすることをサボっている人なのである。

どうしてなら、病気だからだ。

病気である以上、病気を追い出す決意をしてないということになる。Aさんによれば、病気を追い出す決意をすれば、かならず、病気は「出ていく」わけだから……。勝手にひとのことを決めるなと言いたくなる。

Aさんみたいな人たちは、実は、呪文の世界に生きている。魔法の世界に生きている。ようするに、幼児的万能感のなかで生きている人たちなのである。「決意」と言っているけどそれは、魔法の呪文とおなじだ。「魔法の呪文を唱えれば、どんな病気も治る」ということと「決意をすればどんな病気も治る」ということは、質的な違いがない

   *   *   *

 *   *   *

   *   *   *

ジョゼフ・マーフィーも、本来、人間は病気にかからないのだけど、親や社会の人が病気のことを教えるから、病気になるというようなことを言っていた。

けど、生まれながらになんらかの病気にかかっている人もいる。あとは、病気のことなんてまったくなにも知らない赤ちゃんだって感染症になることがある。遺伝的になんらかの病気になりやすい人もいる。

ともかく、生まれたばかりの赤ちゃんだって、すでになんらかの病気にかかっている場合がある。これは、「病気になる」と思ったから病気になったのではないということをしめしている。

「まるまる病気」だけではなくて、「まるまる障害」というのもある。生まれながらに障害を背負っていることもある。こういう赤ちゃんたちがいる以上「まるまる障害になる」と思ったから「まるまる障害になっているのだ」という思考法は間違っているということがわかる。

   *   *   *

風邪だと思っていたら川崎病だったというケースもある。これがどういうことを意味しているかというと、「その病気」のことを知らなくても、「その病気」になってしまうことがあるということを意味している。

川崎病というのは、風邪に症状がものすごく似ている病気で、普通の医者に行くと(いわゆる)風邪だ診断されて*1(いわゆる)風邪の薬を出される場合がある。けど、風邪ではないので、風邪の薬を飲んでも治らない。そして、死んでしまう場合がある。川崎病だということがわかっていれば、それ用のケアができたのに、川崎病だとはわからなかったので(わかるのが遅かったので)命を落としてしまう場合もあるのだ。かなしいことだ。

風邪というのはじつは、一種の「総称」だ。コンセプトとしては症候群だ。その都度ウィルスや細菌が違う。「風邪」なんていう病名はない。ようするに、狭い意味で言えば、「病気」ではない。まあ、そういうことは、どうでも良いのだけど、なんて言うのかな? 抵抗力がある人はかからずに、抵抗力がない人がかかることがあるというのを経験として知っているんだよ。

だから、そこから、「病気にかからない人は病気にかからないし、病気にかかる人は病気にかかる」というイメージができあがる。普通に「抵抗力」のちがいなんだけど、それがすべてだと思ってしまう人がいる。抵抗力がある人は、実際に抵抗力があるので、病気にはかかりにくく、自分は病気にはかからないという自己イメージを持っているかもしれない。抵抗力がない人は、病気にかかりやすく自分は病気にかかりやすいという自己イメージを持っているかもしれない。

この自己イメージは、現実の回数からしょうじる自己イメージなので、客観的なイメージとも一致する。現実の回数というのは、病気になった回数である。これ、病気だとめんどうなので、「風邪」ということにしておく。風邪で何回も学校や会社を休んでいる人は、「風邪をひきやすい」というイメージができがある。それから、実際に風邪をひきやすい(ので)風邪をひくかどうか気にすることが多くなるだろう。これは、本人の問題。問題なのは、会社で誰かが風邪をひいたとき、うつる人とうつらない人がいる……ということを発見したAさんの思考方法だ。風邪をひきにくいということと、風邪を絶対にひかないということは違うし、風邪をひきにくいということは「病気」にならないということとも違う。Aさんは、「決意」を第一の原因だと考えているけど、実は、この場合、第一の原因は「抵抗力」だ。Aさんは「抵抗力」を「決心」という言葉に言い換えただけなのだ。引きやすさの度合いは、決心じゃなくて、抵抗力と関係がある。風邪は狭い意味で病気ではないけど、抵抗力があればかかりにくい病気(の群)がある。それだけ。

   *   *   *

Aさんの思考法だと、「その病名」を知らない人は、「その病気」になれないということになる。その病気について知らなければ、その病気になれないのだ。たとえば、川崎病などというものを知らなければ、川崎病にはなれない。「川崎病になるのではないか」「川崎病になってしまうのではないか」と思ったから!川崎病になると言っているのであるから、そもそも、川崎病について知らなければ、川崎病になることができない。けど、実際には、川崎病がどんな病気かということを知らなくても、川崎病になってしまう人がいる。なので、「川崎病になるのではないかと思うから、川崎病になる」という考え方は間違っている。事実と一致しない。

   *   *   *


*1患者の保護者が、そういう説明を受けただけで、医者は「風邪」とは診断してない。
以降、続くかもしれないし続かないかもしれない


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。