2017年12月16日土曜日

気違い親父が気違い兄貴にのりうつっている

ヘビメタ騒音がつらすぎる。
やっぱり、もうダメだ。
ヘビメタ騒音の雰囲気がする。
これは、ヘビメタ騒音の午後四時一二分だ。
いつも毎日、午後四時一二分は、気違いヘビメタが鳴っていた。三六五日中三六五日、かならず、ヘビメタ騒音が鳴っていた。どれだけ言っても、一分も静かにしてくれなかった。気違い兄貴が気違い兄貴の理由で、休む午後七時一〇分から、午後七時四〇分を抜かして、午後一一時一一分までかならず!!!鳴っていた。午後四時一二分になっていると言うことは、午後五時もかならず鳴っているし、午後六時も、かならず鳴っているし、午後七時もかならず鳴っているし、午後八時もかならず鳴っているし、午後九時もかならず鳴っているし、午後一〇時もかならず鳴っているし、午後一一時もかならず鳴っているということを意味しいてる。だからなんだ? と言うと、だから、うるさかった。鳴らされているあいだじゅう、やすみなく、けたたましい音が鳴っていて、うるさかった。そして、どれだけ何回言っても、鬼の意地でうるさくしまくって、一分もゆずってくれなかった。こういうことを絶対にやり通した。途中で「静かにしてくれ」と俺が言って、兄貴が静かにしてくれたことがない。入学試験だろうが中間期末試験だろうが絶対に、一分だって静かにしてくれなかった。それが!兄貴が!!この世で、ずっと毎日やってきたことだ。これが事実なのである。毎日、十年以上……ほんとうに毎日この調子で鳴らし続けた。それで、「静かにしてやった」とか「そんなつもりじゃなかった」とか言っているのが気違い兄貴。鳴らしているときは鳴らしているときで、そういうモードで鳴らして絶対にゆずってくれなかった。これがほんとうの話しだ。で、鳴らされると、すべてが、くるうのである。すべてが狂う。すべてが木っ端みじんになってしまう。あんな音のなかで落ち着いてなにかをするということができるわけがない。こも、まるで、俺が神経質だからできなかったみたいに言われると腹が立つ。俺は、幼稚園の横に住んでいたわけで、普通の騒音にはたえられる。ほんとう、気違い兄貴のヘビメタを一分だって聞いたことがない人が、その人の常識で考えて、わかったようなことを言いやがって頭にくる。ほんとうに、そんなんじゃないのに……。一四年間毎日やられて、人生がないので、音には敏感になっている。もう、縁まできているからな。「どうして俺だけこんな思いをしなければならないのか」という気持ちが、強い。ともかく、鳴っているときだけうるさいからこまるというようなことではない。すべてがおかしくなる。気違い兄貴よ! 気違い兄貴のヘビメタ騒音があまりにも常識外れだから、俺が他のひとから悪く言われる。これは、気違い親父の態度があまりにも常識外れだから、他のひとにはわからなくて、兄貴が悪く言われたのとおなじだ。「ちゃんと説明することができなかった」と判断されてしまう。親父の意地なんて他のひとには絶対にわからない。頭がおかしい、意地が発動するわけで、なにがなんだろうが認めないのである。普通の頭の持ち主なら一回言えばわかることが、どれだけ言ってもつうじない。さらに、「どれだけ言っても通じなかった」ということに関する認知もない。この態度が、認知が、まさに、気違い兄貴のヘビメタ騒音に対する態度であり、認知なのである。ヒトコト言えばわかることが絶対に通じない。通じないということも、認知しない。認めない。だから、いつもやりがちで、やりまくっているのに、本人はまったくやっているつもりがない……のとおなじつもりでいる。いられる。じゃあ、「やめてくれ」とこっちが言えば、やめてくれるのかというと、それは、絶対にないんだよ。これが、どれだけ腹が立つやり方かわかるよな。兄貴だって、親父にそういうことをされれば、腹を立てていたわけだから。親父はもちろん、そんなことをしたつもりはないよ。そりゃ、一回もないんだよ。何万回何億回、つねにそうしていても、一回もそんなことをしたつもりがないままなんだよ。「そんなのはおかしい」。おかしいけど、うちではそうなんだよ。親父は、うちではそうなんだよ。兄貴もうちではそうなんだよ。兄貴はヘビメタ騒音にかんして、親父とおなじことをやっているんだよ。親父とおなじ態度で親父とおなじことをやっている。たがら、親父とおなじように、「まったくやったつもりがないまま」なのである。一四年と四ヶ月毎日、こだわってこだわって、こっちがどれだけ「やめてくれ」と言ってもやったことなのに、一四年と五ヶ月目には「そんなのまったく知らなかった」という態度になる。「そんなの一回もやったことがない」と思っている。これは、気違い兄貴がよその家に行って、「うちではもう、ヘビメタを鳴らす必要がなくなったから」そう言っているだけ。一四年と五ヶ月目だって「うちにいたら」……「やめてやるつもり」なんてないんだよ。一分だろうが鳴らさないで静かにしてやるつもりなんてさらさらないんだよ。そうやって、俺がショウガ六年生のときから、ずっと毎日、「親父の態度で!!!」頑固に鳴らしているくせに、鳴らしている最中から「やっているつもりがない」。これ、ほんとう、親父とおなじなんだよな。そっくりおなじなんだよな。俺は!……兄貴は!!!やっているのはわかっていると思っていた。いっくらなんでも、あんなデカイ音で鳴らし続けて、鳴らしているあいだ、デカイ音で鳴らしているつもりがない……まったくないなんて、おかしい。親父以上に狂っている。しかも、兄貴が鳴らしているあいだ、俺が何回も何回も「宿題をするからやめてくれ」と怒鳴り込んでいるのに、一回もいわれたつもりがなかったんだよな。これも、親父とおなじなんだよ。自分が一〇〇%やりたいことを押し通しているから、どれだけ言われたって、いわれたつもりがしょうじない。言われたときだけ、真っ赤な顔をして、怒り狂っておしまいなんだよ。「なんだそんなの!!」の気分になって怒っておしまい。これ、トータルで何十万回やったって、何億回やったって、「自分が起こってはねのけた」という気持ちがないんだよな。「聞いてやらずに、自分の意地を通して、やり通した」という気持ちがない。実際にはそうしているのだけど、一〇〇%やりきることができるので、どれだけ、言われてもゼロなんだよ。まったくいわれた気持ちがない。まったく言われた記憶がない状態。これも、親父とおなじなんだよな。こんなの!!他のひとには、絶対にわからない。そして、そういう風な毎日が、どういう影響を与えるか、からだで経験してないから、ぼくのつかれがわからない。睡眠回路がどれだけ、深いところで損傷するかわからない。毎日、一〇年以上やられると……毎日やられると……鳴り終わっても、からだの調子がたいしてかわらないんだよな。これも、他のひとには絶対にわからないのであり、わからないという意味で、俺が勝手に言っているだけのことになる。他者にとっては、「そんなのはどうでもいいこと」なのである。「どうでもいいこと」と考えるというのはわかるけど、「だから!そんなのは、簡単に治る」と思うな。「だから!そんなのは些細な問題だ」と思うな。他のひとにはどうでもいい問題だけど、些細な問題じゃない。なおそうと思えば軽く治るようなものでもない。他人から見れば俺がこだわっているようにみえるけど、他のひとにしたって、おなじことを小学六年生のときから二五歳までやられれば、……俺とおなじ状態を俺とおなじ分だけ経験すれば、わかると思う。わからないのは、経験してないからだ。わからないから、「そんなのは些細な問題だ」「そんなのは簡単に治る」と簡単に思っていやがる。そうじゃないから、こまっているんだろ。で、もともとは、気違い兄貴の態度が、他のひとにはまったくわからないというところからきているんだよ。それは、気違い親父の態度は、他のひとにはわからないというのとおなじだ。気違い兄貴は、自分のことは、まったくわからないんだよな。親父とおなじように「自分ことは!」まったくわからない。自分(兄貴)が親父にやられたことはわかるんだよな。親父の態度がどれだけ頭にくるものか、わかっている。けど、それとおなじ態度で俺に接したというのは、ほんとうにわかってない。気違い兄貴に親父がのりうつっているような状態なんだぞ。気違い兄貴に親父がのりうつっているような頑固さなんだぞ。気違い兄貴に親父がのりうつっているような融通のなさなんだぞ。まったくなにもつたわらない状態なんだぞ。まったくなにもつたわらない状態のまま、毎日、やりきるんだよ。好きな分だけ!!  それで、やりきったつもりがまったくないという状態になっている。だから、本人は本当にやったつもりがないのである……ほんとうにこまる。毎日実は、そういう状態でやってきたんだよ。お・な・じ・なんだよ。しくみがおなじなんだよ。わからないしくみと認めないしくみと、つもりがないしくみがおなじ。だから、どれだけやったって、やったつもりがないままなのだ。「すぎてしまえば」……どれだけこっちが「やった」と言っても、当時とおなじ頑固さで「やってないやってない」と繰り返すだけだ。「静かにしてくれなかった」というと、親父のように「静かにしてやった!静かにしてやった!」と言うだけだ。全部、そういう状態だから。こんなの他のひとにわかるわけがない。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。