2017年12月17日日曜日

ふがいない気持ちがつみかさなる

他のひとのサイトを見ると、ラーメンのことが書いてあったので、なんとなく、ラーメンが食いたくなる。ちゃんとした店で、ラーメンを食いたいな。いまは、袋ラーメンやインスタントラーメンじゃなくて、店のラーメンが食いたい。醤油か味噌だな。味噌味が効いている味噌ラーメンがいい。実は、自転車で行ける範囲のなかに、ラーメン屋は二〇軒ぐらいはあるな。もっとあるかもしれない。俺が知らないだけで、あるのかもしれない。地元の人だったら絶対に食べたことがあるラーメン屋に行ってなかったりするんだよな。あとは、図書館に行くまでに、何軒かラーメン屋の前を通るんだけど、そのラーメン屋(複数)にも、一回も行ってない。一回も行ってないうちに、つぶれた?店もある。まあ、自転車をかえてから、図書館には行ってないんだけどね。もう、二年ぐらいは行ってないかな。本を買うようにしたら、本が増えちったよ。

ぼくは、塩ラーメンにかんしては、透明スープ系塩ラーメンがいい。透き通った汁の塩ラーメンがいい。あれ、透き通った汁の塩ラーメンを出すところが少ないんだよな。みんな白濁系だから。けど、塩ラーメンは透き通ったやつがうまいんだよな。かーーー。透き通った汁の塩ラーメンを食べたい。

食いに行くかな。透明スープ系塩ラーメンを二軒知っている。けど、そこで食べたことはない。「食べログ」みたいもので知っているだけ。その二軒も、図書館に行く道にあり、寄ろうと思えば寄れるところなのに行かなかったところだ。ウエブページを見て、「へー、あそこ、透明スープ系塩ラーメンなのか」と思った。ほんとうは、ここは、外食にむいている街なんだけど、うちで食べてた。金がなかったし、金を使いたくなっかたからだ。それから、(アパートから)こっちに帰ってきたあとは、(病気の)お母さんのために料理作っていたので、うちのおかずがわりと健康的で、外食する必要がなかった。

   *   *   *

干し柿を買いにいったのは、金曜日のことなのか。

なんか、ものすごく時間が経っているような気がする。

けど、あの時もヘビメタ騒音のことで崩壊気分であの道を通ったわけで、僕のこころには暗雲がたちこめていた。いまも大差ないな。



塩ラーメンを食べに行きたいと言ったけど、なんて言うのかな? 塩ラーメンを食べに行ってもぼくの場合、楽しくない。ヘビメタ騒音で楽しくない。ヘビメタ騒音をやられたあとは、ほんとうに街を歩いているとき「ヘビメタ騒音の不安」がたちこめている。兄貴に対する怒りや、兄貴の態度に対する怒りや、実際のやるせなさがうずまいている。これが、ぼくの大半の人生だったんだよな。他のひとは、ラーメンを食べに行くとき、楽しいと思う。「そんなに楽しみにしてないだろ」と言う人の気持ちもわからないではない。そういう人は、普段、気軽にラーメンを食べているから、そういうことになっていると思う。けど、ぼくが言いたいのはそういうことではない。ヘビメタ騒音のふがいなさですべてがかわってしまったのである。そりゃ、ヘビメタ騒音が鳴る前も……鳴り始める前も……鳴り始める前の期間も……そりゃ、人間だからいろいろあって、その日、気分が悪いということは、あった。けど、ヘビメタ騒音の連続のあとは、そういうものではないのだ。気分が悪いと言ってもそういうものではないのだ。普通にいいことも悪いこともあって、普通の時間をすごして、それで、「ショックなことがあった」「不愉快なことがあった」というような感じではないのだ。ヘビメタ騒音の連続は、それ自体が地獄だ。鳴っているあいだじゅうなにをしてもつらい。発狂的につらい。「発狂的につらい」の「発狂的な部分」がヘビメタ騒音の連続を経験したことがない人にはわからないのだろうと思う。だから、自分の不愉快さをもとにして、いろいろ言うわけだけど、それは、全部的外れだ。全部違う。そういうことじゃない。ヘビメタ騒音の連続というのはそういうものではない。ヘビメタ騒音の連続、の、日々というのは、そういうものではない。違う。違いすぎる。「ふがいなさ」というのは、デカイ。ヘビメタ騒音のことについて、いろいろ書いてきたけど、あんまり、「ふがいなさ」ということに関しては書いてない。けど、つらいというのは、「ふがいなさ」を含んでいる。もう、すべてが違う。毎日鳴っているという点で、すべてが違う。一年、二年、三年続けば、すべてが違ってくる。ほんとうにやるせない、感情のかたまりがある。感情のかたまりができる。ほんとうに違う。すべて、やるせない、ふがいない時間になってしまう。ヘビメタ騒音毎日連続の効果というのは、そういう効果だ。鳴ってない時間も、ふがいない、ものすごくさみしい時間になってしまうのだ。あれだけやって、「やったつもりがない」とか、ふざけている。当時から、(命がけでガンガン鳴らすけど)……(一秒もほんとうにはゆずらずにガンガン鳴らすけど)……(やっている最中も含めて)……つもりがかなった。気違い兄貴は、やっている最中も含めて、つもりがなかった。「鳴らさないでくれ」と言われて怒っているときも、「つもりがない」のだ。あたかも、「鳴らしているつもりがない」状態で、ずっと鳴らして、シランプリだ。どれだけ困っているからやめろと言っても、親父のように、相手が困っているということ自体を認めない。完全に無視する。で、かならず、一秒もゆずらないで、自分の意地を一〇〇%通して、全部の時間やりきる。だから、こっちは、テストのたびに、ふがいない気持ちがつみかさなるということになる。あの空間、ないよ。あの時間、ないよ。あの時空間は異常だ。俺がどういう気持ちで、中学時代、高校時代、自宅浪人時代をすごしてきたと思ってるんだよ? 気違い兄貴! やっているつもりがないって、……それ、最大限の「いいわけ」だから。ほんとうに、親父とおなじで、絶対に認めないんだよな。で、無視して鳴らし切る。けど、無視して鳴らしたという気持ちが一切合切生じてない状態なんだよな。こんなのは、異常な状態なんだけど、毎日、二四時間、そういう状態だ。そういう状態でない時間が、一秒もない。毎日一秒もない。毎日、そうじゃない態度のときが、一秒もない。これが、この世で起こったことだ。十数年毎日続いたことだ。中学、高校と、毎日毎日、ヘビメタ騒音で勉強の邪魔をされていいわけがないだろ。どうやって、将来をつかむというのだ。これ、もう、建前・キレイゴト連合と現実生活のあいだでものすごい葛藤が生じる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。