2017年12月22日金曜日

いま住んでいるところで、鳴らしてみればいい

汁汁カレーをつくっておいた。
ほんとうは、ひさびさにジャワカレーでも食べようかと思ったんだけど、買いに行くのがめんどうだった。けど、これから、買いに行くかもしれない。

ヘビメタ騒音のことが気になってしかたがない。

あとは、やっぱり、いろいろとつかれているみたいで、ちょっと休もうと思って横になると眠ってしまうところがある。体調は、かなり悪い。

なんとかがんばって動いているという状態だ。冬は特に鬱になりやすい。入試シーズンだからな。ほんとうに、すべての時間、ヘビメタにやられた。

   *   *   *

ほんとうに、くるしい。「いまここで」くるしいわけだから、過去は関係があるよ。いま、午後九時〇二分。
絶対の意地で鳴らしている時間は、鳴らしてない時間なんだよ。気違い兄貴にとっては。鳴らしてあたりまえで、鳴らしてない時間だ。鳴らしてない時間なのではなくて、鳴らしたつもりがない時間だ。気違い的にこだわりつくして、鳴らしている。

自分の音にこだわりがあるから、大音響で鳴らしている。少しでも音を下げるのはいやなのである。

で、少しでも音を下げてやりたくないのに、〇・一デシベル下げてやったら、ものすごく下げてやった!!ということになる。だから、気違い兄貴のなかで「サゲテヤッタ!!サゲテヤッタ!!」ということになる。けど、その時間も含めて、こだわりの大音響で鳴らしている。だから、下げてやったにしろ、静かにしてない。けど、自分が、すこーーーしでも下げてやったら、それで、「下げてやったのだからいい」という気持ちになって、ガンガン鳴らすのである。だから、鳴らしているのだけど、気にしない。で、その鳴らしていた音が実際にでかい音なのかでかくない音なのかというと、でかい音だ。でかい音だということを知っているから「よそ」では、一分も鳴らせないのである。もし、気違い兄貴が言っているよう「そんなにでかくない音」「普通の音」であるのならば、いま住んでいるところで、鳴らしてみればいい。一分だって、一秒だって、鳴らせないんだろ。嫁さんや、嫁さんの親がこわいから、気にして鳴らせないんだろ。普通の音だったら、鳴らせるだろ。テレビとおなじぐらいの普通の音のでかさだったら、ずっとならしてたって問題がないわけだから、鳴らせるだろ。けど、一分だって、(気違い兄貴が)いま住んでいるマンションでは鳴らせないのである。だから、いまの気違い兄貴の基準で言えば、「デカイ音で鳴らしていた」……「うちにいるときは、常にここでは鳴らせないような音で鳴らしていた」と思ってもいいはずなのに、「うち」で鳴らし切ることができる気違いだからこそ、そういうふうには思わない。「うち」でやったことは、すべて、「うち」の基準で判断するのである。うちでやったことは、うちの基準で判断するから、まるで、気にならないのである。「うち」の基準では、たいした音ではないから、たいした音で鳴らさなかったという気持ちのままなのである。よそで、「当時うちで鳴らしていた音では鳴らせない」ということに気がついても、「うちでやったのだからいい」という気違い思考が成り立って、「だから、たいした音で鳴らしてない」と思うことができるのである。「うち」でやったことは、どれだけ時間が経っても、「うち」の基準で判断しているのである。「うちの基準」と書いたけど、気違い兄貴がうちにいるときの、気違い兄貴の基準だ。別に、うちではそうしていいと決まっていたわけではない。明文化されていたわけでもないし、親父、お母さん、俺、兄貴が、そういう基準があるということについて、意識的に、明確に意識していたわけではない。ただ、気違い親父とおなじように、兄貴が勝手にそう思ってやっていただけなのである。しかも、やっているのだけど、本人は「そう思ってない」と思っているところがあって、実際にやるほうの基準……実際にしたがうほうの基準は、無意識的な基準なのである。「明文化されてないほうの基準」なのである。だから、どこまでもやり放題ということになる。一切合切の責任を負わないのである。それどころか、「やってない」と思っている状態で「やりきる」。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。